永遠の生命と、人間存在の希望の研究(386)7月3日、金曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」(満洲に実際にあった関東軍の部隊)日本の闇、には。永遠に墓標がついてまわる。らしい。昨日も、ハットリ(服部)ハウス(白金)の部分を読んでいた。書きたいことはいくらでもあるが、やめたくなる。がただ、そこは占領軍の。東京裁判の検事たちの宿泊所なのである。で、さらに書く読む。と引き込まれる。そこに、検事逹の年齢が、時々出てくる。ハッとして、ガックリする。なぜなら、みんな今の僕より、遥かに若い。彼らが、東條英機を判断したのである。当時の検事を、若い人だと思ったことがない。盛んに研究した、僕の若い、昔の印象と。全く異質な、今の僕の年齢が感じる印象は。隔絶の、78歳で読む、極東裁判は闇だらけとは。今の僕が若い、と感じる検事たちが。ほんのわずか生き残り。青木さんのインタビューを受ける。青子さんは、今もご健在で、ニューヨークに住んでおられるようだ。その彼女が、日本の闇を、突き詰めていく。執筆時、生き残っているわずかばかりの人に。貴重なインタビユーを行う。その生き残った人は、大体八十を過ぎていて、はっと思う。僕も、もうすぐ、八十を越えてしまうわけだ。それが、こんなことを書いていて、いいのか。青木さんは僕より、5歳ぐらい下の人で。妻と一緒の、秀才の団塊の世代である。いったい僕は、何をしたいのか。日本の深い闇とは、要するに。人間の闇で、日本ばかりの闇ではない。細菌戦は、日本の極東裁判で隠蔽された、日本の主要な武器の一つ。戦艦大和と同じ、最大兵器の一つなのである。それが、戦争で実践に使われ。て、それなのに裁判で。正式には問われない場面は、闇の闇の。さらに闇で。どうして裁判で問題にされなかったのか。それが、裁判に事実として出るようで、出ない、出せない。出さない、事実を。青木富貴子さんは書き続ける。日本の細菌戦が。世の中の。明るみ出されなかったのは。なぜか。それで人間自体が、恥ずかしくなる、のは。アメリカ(占領軍・GHQ)が、その生体事件の情報を独占したくて、闇取引をしたのである。司法取引の免責、という現象である。これが今も、近代日本史にデンと横たわり、今のコロナのありようさえ曖昧にする。歴史の闇なのである。日本の感染症対策は、その深い闇の流れを汲んでいる。青木さんの追求は、明治学院のそばの。あまりにもそばの僕もよく知る。三光坂、の闇なのである。どうも、読んでいて。辛すぎて、今朝は曇り、であるな。と思うのであるが。

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下の本の著者、武藤富男さんは、僕の明治学院大学時代の学長です。元満洲国高級官僚でもあります。

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2020.07.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(385)7月2日、木曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」の闇、は脱出できない人間の闇、である。永遠に墓標がついてまわる、日本人の人間の闇、である。原爆が、アメリカ人の拭えない闇、であると同じものだ。ドイツ人の消えない闇は、ボルタンスキーの闇で(ホロコースト・アウシュヴィッツ)、芸術になっている。芸術として最高に優れ。目黒白金の、都立庭園美術館で表現された作品。は、空間と言う存在の、闇、なのである。ウィキ⚫️クリスチャン・ボルタンスキー(仏: Christian Boltanski, 1944年9月21日 - )は、フランスの彫刻家写真家画家映画監督、現代アーティスト。兄は社会学者のリュック・ボルタンスキー、パートナーは同じく現代アーティストのアネット・メサジェである。制作活動の初期から、個人の記憶や存在、不在を作品の主なテーマとしている。⚫️その白金を。青木富貴子が「闇」を書くために、ある家を探す場面で。昨日は終わった(301ページ・「第八章、ハットリハウスの検察官たち」)。も、僕がよく知る場所で、明治学院のソバなのである。ボルタンスキーを教えてくれたのは、現代の画家、筒井友美である。作家は今。コロナの闇を生き抜いている。誰も、先のことが分からず。ただ空間の「帰る場所」が、「ある」だけで。そこが何を意味するのかは、今のところ誰にも。わからない。ギリシャでビーナスが生まれた遥か昔。芸術家は、人類の闇を。計測できるわけがない。あのような理想の人体は、一体どこから生まれたのか。ツタンカーメンならわかりやすい。永遠の生命を。無理に作り出したような。オール金ばりの墓マスクは、精緻な醜い造形である。あれが。人類の本当の欲望文明の発祥、表現では、ないか。中国の。あの、古代大帝国の人形群に。関東軍731細菌工場の、マルタ(生体解剖人間)、群の亡霊が、重なり。我々は、一体なんであるか。なんで

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なければならない か。と、哲学させる、ので。やっと。宗教ではなく、哲学に至ったときの本は。「存在の根拠を精神に求める唯心論と、それを自然に見出す唯物論との対立の歴史は古い」と、岩波文庫。「唯心論と唯物論」(フォイエルバッハ著・船山信一訳・第36版・2014年)の。表紙に書かれた解説の言葉は素晴らしい。だからこそ僕らの闇は、深い。フォイエルバッハがそれを書いた時は、なんと1866年、慶應2年だ。その2年後が、明治維新。で、フォイエルは68歳で死に。その「訳者はしがき」の8ページ。に、神明正道が出て。この人が、僕の。明治学院大学時代の社会学科の看板教授なので。人生は闇だね。今朝は開けたのであるが。「服部ハウス」とは。服部時計店の創業者の豪邸で、当時GHQに接収され。東京極東戦犯裁判の検事宿泊所、になっていたところ。伝染病研究所(僕らが明治学院の学生が、伝研と読んでいたところ)、と目と鼻の先だとは、いろいろ。闇だな。下はボルタンスキーの作品。ネットから転載した。

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2020.07.01

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(384)7月1日、水曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」の闇、を脱出することはありがたいことである。青木さんの本で、人間の闇は深いなどと、言ってみたところで、なんの役にも立たない。コロナ禍、と言う言葉があるが、それと同じだ。つまり感染症なのである。それを卑怯にも、大々的に使った日本の軍部は。要するに頭でっかちの、非理性派である。闇とは、病み、であって。本当の闇は、人間そのもにあると、気づいた。そうなると、私のような宗教派では、歯が立たない。宗教で闇は。とっくの昔に解決されている。しかし、それでは話は進まない。から、ここのテーマ、永遠問題を追求するには、やはり「哲学」しか、ないと思った。私は、明治学院で勉強したので、その点は、抜かりなく勉強していても。結局、宗教に偏って。はや、60年以上は経過する。その間、哲学は。ポツポツ勉強したが、大したことはしていない。とはいえ、宗教と哲学は一体で。昨日、珍しくウィキで。カントの「純粋理性批判」解説、を一式読んでみた。なるほど。細菌部隊の問題は。世界各国に、実態が存在しているが如く(青木本によって知る)。それは「理性」と言う問題に、帰結してくると、捉えた。そこで。一体人間には。理性が、どのように存在し、あるいは存在しないのか。それはアプリオリのものか、人間と名がつけば皆、持っているのか、持っていないのか。など。と考えて。そうそう結論も出ず。やっと、少し落ちついて。家でコーヒーを入れ。じっくり読みかかったのが、「唯心論と唯物論」(フォイエルバッハ・船山信一訳・1955年初版、2014年第36刷・岩波文庫)で。ここまで来れば、さして急ぐ話でもなく。やっと、落ち着いて。「人間の闇記録・731細菌部隊」を青木さんで読みつつ、画家ロスコのホロコースト哲学も読み、哲学者フォイエルバッハも読んで、さらに当然ジョン・ヒックさんを中心に据えて。落ち着いて。このコロナ騒ぎを、家で過ごす、こととした。で、私の哲学の師と思われる人が、わかったので。ここに転載しておきたい。なんと言っても若い時の、わずかな記憶であるから、心許ないが。⚫️羽田新さん、1929年(昭和4年)福島県に生まれる。1952年東北大学文学部哲学科社会学専攻卒業。1957年東北大学大学院(旧制、社会学専攻)在学期間満了により退学。1957年福島県立会津短期大学専任講師、助教授。1966年日本大学文理学部社会学科助教授。1970年明治学院大学社会学部社会学科教授。1998年明治学院大学定年退職、名誉教授。1999年弘前学院大学社会福祉学部社会福祉学科教授、現在に至る ⚫️私が二十歳の頃。明治学院大学で講義を受けた哲学で、カントの「純粋理性批判」を、教えてくださった羽田さんは、かなり歳をとっていたと印象するから。この羽田さんの、明治学院大学における先輩なのではないか、とも思う。のであるが、今のところ確実ではない。この方の経歴を読むと。哲学と、文学が微妙に絡んでいる学科だと、知るが。風の強い、朝で、あるな。

 

 

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2020.06.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(383)6月30日、火曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」は。また一段と、辛いことに、なった。それが、豊島区椎名町駅近くで終戦直後。昭和23年に。起こった、凄惨な事件へと繋がる、らしく見えるからである。それを書いた松本清張の小説。「小説帝銀事件」は名著で、今でも売っている本である。昭和35年出版の、私が持っている本は、今は。角川書店の文庫になっている。事件はもちろんウィキにあるので、少しコピーをとっておきたい。⚫️帝銀事件とは、1948年(昭和23年)1月26日東京都豊島区長崎帝国銀行(後の三井銀行。現在の三井住友銀行)椎名町支店(1950年に統合閉鎖され現存しない)で発生した毒物殺人事件。太平洋戦争後の混乱期GHQの占領下で起きた事件であり、未だに多くの謎が解明されていない。⚫️十六人が毒物を飲まされ、十二人がなくなった、事件。犯人は有名な画家とされ、最高裁でも死刑。だが、不思議なことに、その執行は、実行されなかった。平沢死刑囚は病死、して。それが原因で、今も、731細菌部隊と繋がっている、とされる闇が、存在する。当時の、警視庁の捜査が。GHQ(日本占領軍)の意向で、ねじ曲げられた、と推定されるとする説が、今も燻る。初め。石井四郎731部隊の関係者が、犯人であると目星をつけた警視庁は、それを確信として。そこに捜査本道に据え、捜査は進んで行く。ところがある日。あっけなく一瞬で。傍流方針、であった平沢説にシフト。と言う、もの。そこに、731部隊の責任者。である、石井四郎が帰国後も。大切に持っていた、超貴重な。満洲細菌部隊の研究成果の情報と、免責交換されたと、推定される事件。と言う推定が成り立ちうる状況は。事件当時は、子供の頃で。その後も、日本人の興味を引きずり、犯人が画家ともなれば。青年期の私の興味も尽きず。今も、事件が起こった近くで、寺カフェコーヒーを飲みながら。「日本の戦争」を考えて。やっと私も、今次の。世界大戦のドイツ、イタリア、日本の陣営と、アメリカ、イギリス、フランスの陣営に横たわる。キリスト教的な、また日本文化的(アジア的)な、戦争的かつ宗教的バランス感覚も。やっと、アンバランスでなくなり。この頃、あの戦争を少しは。冷静に考えることができるようになったと。昨日の、382回で書いた。が。昨日も、731と清張氏を併読し。イギリス人の宗教哲学者、ジョン・ヒックさんの自伝も読んで。なんとか、今朝の書きに漕ぎ着けて。類似の。現在進行形である、世界の。コロナ社会の感染症はまだまだ。先の長い話に違いないと、思いながら。それと並走する形で、一段とファイトを持って探究。して見る気持ちが、している朝となった。が、梅雨はまだ明けない。下にある二枚の写真は、Wikipediaの写真です。あまり貼り付ける気持ちは起こりませんが、深刻度の補強で、止むを得ず掲載します。

 

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2020.06.29

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(382)6月29日、月曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」を、読み続け。さらに一層辛いことに、なった。終戦間際にソ連が参戦する。すでに関東軍主力部隊は南方に大半が行き、満洲は手薄。のところに、すかさず、ソビエトは雪崩れ込んで来る。兵力150万、戦車5000(164ページ)で。なんとも抵抗はできないことが見透かされている。今更。反撃もできず。若き参謀瀬島龍三、が172ページに出て。戦後の瀬島のもとで、会社(伊藤忠商事社長)で、秘書をやったことのある人。を、よく知っているので。びっくりする、まさかの細菌戦である。ともかくそれでも、なんとかその細菌戦で反撃したいらしく。いろいろ工夫をするが、ときすでに遅し。で、戦争最盛期以前の、ノモンハン事件あたりからすでに。卑怯な「細菌バラマキ戦」を堂々と実戦、したらしいから。その大規模で巨大な10年ほど続いた、満州の細菌工場を速やかに破壊し。その痕跡を地上から抹殺し、戦争に。そのような卑怯な、汚い手段を使っていた関東軍の事実を、消すために。急遽徹底的に慌ただしく。その跡を、消すように指示、が出される場面は。まるで、子供の遊びに過ぎない。ともあれ、卑怯な日本の細菌戦と、ナチの強制収容所とアメリカの原爆とが。これで、私の中でバランスが取れ。第二次世界大戦の構造が。西高東低でなく。ドイツイタリヤ日本対、アメリカイギリスフランスとの並行的戦争。として思考上。バランスよく混ざり合い。78歳になってやっと。日本の戦争の歴史として。「1941年」、生まれの自分の。人生を振り返って。再びこんな世界に復活するなど。まっぴらごめん、こうむりたいと(輪廻転生思想)、思う朝になったのは。細菌工場で、医学検体としての人間の切りとった生の部品を、ぶら下げて。などという、記述を読んで。ナチの凄惨を、「夜と霧」(フランクル著)を読んで、ショックを受けた若い時以来。ヒトラー戦争に重点を置きすぎた自分の、クリスチャン生活が。やっと、日本の隠蔽された同質の罪性、を知るに及び。もはや言うことも、書くこともなくなったと、思いながら。一方で、本当に。直線的理解の(非輪廻的)永遠の生命、を探求する自分。を、励ましつつ。今朝の。「コロナ社会」の新生活、だと言われる鬱陶しさのなかで、朝の。この書きの今日は適度な温度で。晴れている朝、なのだと気づくので、ある。

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2020.06.28

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(381)6月28日、日曜日(千回を目指して)

Wikipediaの「731部隊」を、プリンターで全部打ち出して、読む。のは、いたって辛いことである。し、辛すぎて読めないのであるが、無理をして読んで。嫌悪感を感じ。やめて、これ以上読めないのに読んでいて。今では誰にでも簡単に読めるのだから。辛くてもさらに読んでと、これぐらいにして今朝は書かないことにして。日本特有の雨の音を聞いて。なぜこん優しい雨の音のある民族が、なぜあんなに酷い民族になれるのか。わからないで。私もその一人であると、認識し直して。読まないわけにもいかず。読んでみようと、思っている。が、私には聖書があるから、聖書を。ジョン・ヒックさん(宗教多元主義の実践と創造・ジョン・ヒック自伝)で、神学し。私たち全ての人間救済(死者にも生者にも渡る)を読んで、理解して、信仰を進めたいものだ、神を信じていたいものだ、と思い。現代の、人間の意識に沿った、神学を学びたいと、雨の音を聞いているが、これまでとする。

 

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2020.06.27

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(380)6月27日、土曜日(千回を目指して)

青木富貴子・新潮文庫・平成20年「731」を読んでいる。Wikiの「731」を、全部打ち出して、A4で39枚。そろそろ、インクがなくなります、とキャノンip100がサインを出した。それほど、すごい情報量で。しかし、結局僕のような戦後の青年は。いい加減んな情報しかわからないまま、今にいたっていた、ということがわかった。だけ、で。深い理解など、まだまだ遠い話なのである。第一に、その悲惨の様は理解できても、その意味は理解できるものではない。多分、731を書いている青木さんも、Wikiの作者たちも(記録者名がない百科事典)、全然。理解できないと思う。で、突然僕も(そして、ここから「私」、と一人称を変えることにし)、私は。いくらキリスト教が優れていても、イエスが神であっても、今までの人間救済の私の宗教理解では。到底追いつかないので。哲学的理解をするしか。これを理解する方法がない、と思い。ここの、永遠の生命探究も、まだ千回に及ぶものではないが。「永遠」も哲学する、ことができるとして。また、731事件がとても、私の今の、神理解の状況では、神にどう祈ったら良いかもわからず。私の宗教心で、は理解不能な状況で。哲学する、しか方法がなくなり、ついに。明治学院大学の学生の頃、カントの「純粋理性批判」のごく触り、の部分は勉強したので。それを教えてくれた羽田教授が、自殺した、と後で聞いて。その理由も、知らず。彼の姓名も、全部はっきり覚えていないし。まして、彼が、どのような人だった。と、なると。全く不明であるが、ただ。彼が。異常に背が低く。彼は何か、身体的なことで。それを、実行したのかなとも、思った程度で。確か、本箱にあった。カントを探したが、今のところ見当たらない、ので。改めて、岩波文庫を買って。などと、考えたのは。結局、731事件の、満州における秘密基地は膨大で、飛行場もあり。責任者の石井四郎は、東京とハルピン間を、飛行機で往復し。ながら、責任者として責任を果たし。ノモンハン事件では、細菌を。ソ連側の軍隊の、飲料水を供給をする河に大量に流し込んで。と、細菌戦の実践として。ノモンハンの、いくら読んでもよくわからなかった、勝敗の趨勢を。それで、説明すれば、なんとなくわかる、という事実が昨日あって。ノモンハンで実戦し、私が、実社会でお会いした人々の。顔を。思い浮かべる、ことができるノモンハン事件の。その、時代の秘密を。やっとこの歳になって、理解できたので。いよいよ、これでは。キリスト教の、聖書的救済だけで。人間社会の近現代的罪的悲惨は説明できない、とわかり。私は。さらに、ジョン・ヒック(「ジョンヒック自伝」・トランスビュー2006年刊行)に、戻って。「人は宗教を変えることがあっても、哲学を変えることはめったにない」190ページに、納得し。画家ロスコの哲学にも、至りながら。さらに、絵画の無言の価値にも、至り。やっと。「731」の消しがたい日本人の、大きな恥辱と向き合うことが、できると。思うコロナの朝となった。とは、驚きである。が。

 

 

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以下はロスコの作品です

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フォション倒産、とは絵画愛好家にとっては悲しい。

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2020.06.26

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(379)6月26日、金曜日(千回を目指して)

青木富貴子・新潮文庫・平成20年、を読んでいる。内容は731、のことで。近代随筆家の元祖はモンテーニューで。十六世紀の人。彼は、天井に旧約聖書の「伝道の書」の、気に入った文章を十二箇所ほど腹に蓄えるため。天井に書いて貼り付け、いつも読んでいた。と、昔の新聞で読んだことがある。それは1996年で、平成8年。日経新聞朝刊の、「春秋」というコーナーに書かれていた。僕は、その記事を大切にして。今も持っているが、それがまさに、僕の人生観の基礎になっている「伝道の書」なのだと、改めて知るのである。伝道の書は、旧約聖書だから。イエスの生まれる前の書物で、人間の虚しさが語られている。「空の空。伝道者は言う。空の空。全ては空」から始まる。この空と言う意識は、なんとも素敵であるが。もちろん、日本思想の基礎にも、これがあると思う。が、深すぎて、ここで書けるほど、今のところ僕に知識はない。731を読んで、ひどく落ち込んでみると。この「空」、だけが救いであると、思える。のは。全てを「空」に戻さないと。人間罪の深さが、到底削ぎ落とせないと、思うからである。731の読みは、やっと。133ページまで至ったが、全体は534ページで。まだまだ先がある、と思うと。なんとも、気の重いことになっている。青木さん自身を調べてみると、なんと団塊の世代で。僕より年下で、僕のお嫁さんと同じ年代で。僕は、本当に。ほとほと、すごい人だと思いながら。さらに調べてみると。例の、青木書店、創業者の次女の方だとWikiに出る。青木書店は、神田神保町の書店で、有名な資本論一式を出版した書店で。資本論の第一巻を、その書店で買って読んで。一発で、はねつけられて。その後、何度か挑戦したが、数ページで、それ以上読めず。いつしか、たった一冊で古書店に戻ってもらった、経緯が僕にはある。が、要するに、唯物論経済思想の世界の名著で。これほど読めなかった本も珍しい。ただそれゆえに、マルクスがすごい人であると、思ったのは。資本論を買うときに観た、青木書店の棚にびっしり並んだ資本論は壮観であった、と言う感想が、今でも脳裏に残っている。聖書に対抗した、資本論は。膨大な影響を、世界の思想世界に与えた、と言うことぐらいは。僕にでもわかる。が、そのお嬢さんが、僕の女房と同じ団塊の世代だと思うと。僕は。この頃、自分の奥さんを、自分の兄貴のように思いながら。歳をとった、雄の狼の狡智とも誤解される、考えで。今さら何よ、と、思われても。やはり、青木富貴子さんのような、素晴らしい書き手を生み出した、団塊の世代が。一斉に本当の老人となり。日本の人口問題にストレスとなると、言われ始めていると。僕は。戦後すぐの。世界の情勢の中に。悲劇の「731細菌部隊」を、戦後に正確に伝えた青木富貴子さんを、尊敬して。今日も読み。人間論の深み、に足を突っ込みながら、伝道の書の。空論を信じ、イエスの救済を導き出す、旧約聖書の神の救済論を。イエスの受肉(神としての)という難しい問題を、今日も考えてみたいのであるが。同時に、「空」思想の東洋的、日本的深さも味わって。ぼつぼつ鎌倉散歩も可能なのではないか、と期待もしているのである。が、如何であるか、とも思うのである。

 

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僕の銀座画廊の設営をしている佐々木夫妻

 

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2020.06.25

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(378)6月25日、木曜日(千回を目指して)

731・石井四郎と細菌部隊の闇を暴く・青木富貴子・新潮文庫・平成20年、を読み、志賀直哉研究もしてもいる、と。志賀の随筆も読み、小説「暗夜行路」も初めてしまったが。その暗夜行路の書きは複雑で、かなり厄介な小説であると、分かるようになった。若い時も、ちろん研究していたが、なんだか本当に暗いものがあって、と、読み終わってそうは思ったが。それ以外、よく覚えていない。ところが今読むと、事情も調べながらであるし、ウィキもあるから。さほど苦労なく志賀の全体像は、早々に粗方、理解しながら読める。志賀には、内村鑑三を書いた部分が、随筆にはあって。嬉しくなって、読んでいると、本当の内村に、出会っている錯覚が起こるほどだ。彼は、10年も、満たない付き合いで。内村のもとを去るとなっている。今は、そのどれも読み切っていない。これからであるが、読み切る気持ちも、実はないのであるが。それが僕の。今の、読書法である。が。青木富貴子さんの、「731」だけは、読み切る覚悟はできている。で、読んでいると、これは小説であってほしい、と思うほど。小説的で。実話であるらしいが。実にうまい、書き方である。志賀は、小説の神様だと言われるが。私小説ギリギリ、のところがあるからであろう。それが志賀の、時代感覚だと思える。僕の先輩の島崎藤村(先輩だと思っている)は、私小説だからこそ。江戸期の日本人の。差別的な感情が色濃く残っていて、本当の耽美的なやや崩れた文体に。ギリギリの、精神状態を経験する、今の近代人の。苦しい現実は。あまり写されないで。むしろ、昔の。日本人の。差別的ないいとこどりの、なーなーの甘さが感じられて。近現代の人間論としては物足りない、と思える。だから本当に甘いところがあるが、その甘さが。キリスト教的な甘さに通じていると、僕などは思っていたが。僕は明治学院に通ったのが10年間で。中学の時から「でんけん」と読ばれていた、伝染病研究所のそばを通って、学校から目黒に歩いていた時期があって。その伝研、「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」に、出るから。僕は、本当にショックで。それが、アメリカのロックフェラー財団の、当時は世界最大の細菌研究所とも繋がるあたりで。ため息が出て。これは、新型コロナの、深さが。決して古い話ではなく。今も綿々と地下で。継続している世界細菌戦の、本当の姿なのかと、思うと。人間と戦争と頭脳の。戦いのコロナとが、どこかでつながっていると思ってしまい。中国の武漢細菌研究所から漏れた、とも言われるウィルスの。中国の悲劇は。ハルピンの荒野にあった、石井の。秘密細菌工場が。日本の敗戦後。中国共産党に引き継がれている、のかな。などと考えていると。人間の高度な頭脳と、愚かな存在の。これ以上は言えない朝であると、書く。自分の今朝は、雨の音に消える。朝となりにけるかな。であるが。で、絵画が救いなのであるが。いつもこの行の次にある、画家筒井友美の絵画を推奨している、のであるが。

 

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青木富貴子さんを、もう一冊紹介しておきたい。

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2020.06.24

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(377)6月24日、水曜日(千回を目指して)

731・石井四郎と細菌戦部隊(731・石井四郎と細菌部隊の闇を暴く・青木富貴子・新潮文庫・平成20年)を読んでいて、人間存在の意味を考えている。僕の若い時の、戦後の時代は。などと書いても、あまり意味はないが。永田鉄山という殺された人の戦争論旨は、ヒトラーの著書よりも、一層リアリティがあり。人間の戦争、を。現代の今に、描いて見せるものの。確かに、説明は戦争論として秀逸で。戦争宿命論であり、その戦争非回避思想の戦争論として、いたって合理的である、と思う。しかし本質的には、彼も大日本帝国の優秀な軍人で、その人間闘争宿命論であり。それは資源をめぐる争奪戦である。と、書かれている。のは、合理的説明として、その戦争が。さらなる戦争を呼ぶことになる、とも書きながら。第一次世界大戦総括の論旨は見事なもので。いわば、テクノロジーが、現代の社会に。我々の身辺にある時代の初め、のような時代の戦争論であるが(飛行機、石油などの)。第一次世界大戦は、その基礎を据えたような時代であったのだ、とわかる。自動車と石油が、現代社会の主役となる時代の。人類の利便性の基礎に。まだコンピューターは登場していない、ものの。第二次世界大戦が、それを促進することになる。歴史として、それが。妙に、今も不気味で。巨大な、どこかに隠蔽された破壊兵器や、細菌兵器の。もっとも深奥の、近現代初期の軍事機密の知識を読んでいても。人間存在の闘争を、非闘争史に転換、できる日は。来るのか。と、僕が、自分に問う日となった、昨日の雨は。第一次世界大戦のドイツの敗戦を冷静に見つめる。大日本帝国と言った時代の、軍人永田鉄山の。時代を見つめる冷徹な目は。確かだったのだと、知ったが。本は、「永田鉄山・軍事戦略論集」(河田稔編集解説・2017年・講談社選書メチエ)であるが。僕らの時代が散々読んだ。戦争の実態を、一人の。殺された軍人の冷徹な目が。人類史を俯瞰して。説明する、資源争奪論としての、人間戦争論は悲しい。と、言えるだろう。が。明治維新以来、世界の資源戦争に巻き込まれる、近代日本の悲劇は。今も、まだまだ続くのであろう。と、思いながら。辛い雨の一日になってしまったが。結構しっかりと読んで。聖書の受肉した神である、イエス。の言葉の。意味を噛みしめつつ。人間存在の率直な嬉しさを、いささかでも表現する。単純な絵画の美しさが。これほど美しいものであるか。を、感じつつ。僕の友人の画家の、その一枚を壁にかけて、また掛け直して。優れた美、を味わう自分の。存在は。雨模様の、朝であると気づくのであるが。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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初めに・筒井友美氏の作品をご紹介します。

    

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

近々、この祖父ネットで、私の絵画を販売する予定です。お楽しみに。

 

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軽井沢80号の、製作過程の一部です。

 

 

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絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

 

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2020.06.23

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(376)6月23日、火曜日(千回を目指して)

現代コロナと接触しつつ、昔の感染症の。細菌戦争を読んでいる。「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」(青木富貴子・新潮文庫・平成20年初版)である。厄介な書物で、今のコロナに通じていくるが、僕の若いときに。この問題を、僕より若い青木さんが暴露、したものだ。第二次戦の日本の戦争物語、である。この関連本は、かなり戦後出ている。が、ほとんど揣摩憶測(しま・おくそく)の域を出ないものばかりだった。が、若い僕は結構読んで。何か、僕ら日本人の。戦争の、ほとんど最深部にある。知られてはいけない。表面に出てくれては困る。消したくなるような、戦争史の中に、ちゃんとある事実を。が、だんだんと表面化してきて、日本人の戦争の、多少はあるに違いない尊い意味すら。根底から根こそぎ削ぎ落とすような、戦争事件を書いたものである、というような。意識があった。今は、コロナ退避の結局は自粛、というより恐怖萎縮新生活が身について。正常時と、懐かしくなるほんのちょと前の。絵画論の、アンデンドゥコーヒーの。楽しい時間は、もはやない時代の。遡れる連続性の中で、読んでいた昔のものを。新たに昨日。池袋のジュンク堂で買って。読んでいるのである。読む人によって、この本は。かなり違った感想を紡ぎだす、と思う。感想は複雑で、あると予想できる。この戦中の。日本軍、特に中国侵略の、もっともデリケートな部分に触れた。この作戦の、隠された戦争は。凄惨である。それは、千葉のある場所から語られていく。が、引き込まれた。し、自分が知らないことばかりで、僕は。戦争もの、をずいぶん読んだが、これで。僕の底の浅さが、暴露された。と、自分ながら思ったのである。今、改めて石井四郎に、興味を持ったのはいろいろあるが。多分、コロナ感染症意識が、呼び覚ましたものであろう。ウィキで、志賀直哉の「暗夜行路」という、今にぴったりのタイトルを持つ、小説を調べていて。どれも、キリスト教に引っかかるので。そのあたりをネットで、追っているうちに、僕の情報意識に引っ掛かった。石井も、志賀も。深くキリスト教と関わるが。石井の関わりは戦後彼が。日本に帰り、カトリックや禅宗に興味を持ち。勉強したらしい痕跡から、青木富貴子さんの本に、至ったのである。ネットで調べれば今のことで、誰にでも分かり。これ以上は書かない。朝となった。深い人間の闇を。単なる、一人の石井四郎に押し付けて。人間全体を不問に付す、わけにはいかないであろう。僕らは人類として、まだまだ深く考えねばならないことが、山ほどある。し、これからも山も、谷も深いと意識し直して。今日も、曇りの朝である、な。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 筒井友美ホームページ    https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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2020.06.22

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(375)6月22日、月曜日(千回を目指して)

「二千年前の、聖書」を読みながら、今のコロナの「非社会化促進現象」と接触しつつ、それが、もはや昔の、人間関係をぶった切り、新たな地平を構築する、かもしれない。リアリティーになり、本当になってきた、と思うものの。銀座渋谷新宿、池袋。の、繁華街の賑わいは結局、解除後の。単なる一時的なもの、で。過去に経験したこともない無観客のスポーツや、激減して無接触で、しかないライブは。ライブとは言わない。死の空間に過ぎないと、気づく。いわば棺桶喫茶だの、墓場音楽界、などであって。絶対に、接触しないでいる、ことのできる絵画観賞も。隣に人が遠いので、息遣いのない無観客に近い映画状況だから、昔から僕は経験ずみで。何度も、自分の絵を。無観客の。広い部屋で、孤独に。自分の絵を、自分だけで見ていたから(国立新美術館・示現会)、何も驚いてはいない。教会すら、ずいぶん長い間。僕も何十年もお世話になったが。大体教会人というものは、流動的で。その教会に10年と。止まる人は、実は稀なのである。という経験をしている。まして、教会青年会の、真面目な月一会合も。はじめは元気であるが、そのうちに人がこないし。僕だけが、広い教会の椅子で、お持ちしている。僕の青年会会長の時は、しょっちゅうだったから。一週一度の、正式行事である教会祈祷会すら。牧師の山永先生は、フェイリス女学院の院長で忙しいのに、決して欠席をせず。まして風邪などをひいて欠席もできないのは。牧師を代行できる人材に、教会はお金を払うだけの財政基盤を持っていないのである。と、今頃この歳でわかるのであるが。コロナ解放をして解除宣言をし、はじめは「やれ嬉しや」と、なっても。しばらくすれば、怖くなって。繁華街には出かけないのだから、元の木阿弥(非常事態宣言の時の)に、戻るのは目に見えている。だから経済指標も、一時的カンフル的で(十万円はいまだこない)。平常時(非コロナ時の懐かしい時代)のイメージに。回復するという、株式投資的甘さの期待イメージで。社会学的に言えば、社会はもはや。一瞬にして慣習化、した世界的コロナ生活が、習慣固定したのだから(死の恐怖ゆえに)。結局、世界飛行運行の、原価としての経済的限度以下の。搭乗率しか確保できないのは恐怖現象から言って、合理的である。もはや、新たな人間関係論であり、過去はケーススタディーにしか過ぎず、いかなる時代かは。今のところ、びょうびょうと吹く風の、広野の人間関係の孤独だけが。無人の高原に吹く経済社会活動として、今のところの科学の限界と。社会生活の五割の無必要、を五割に正常化する。いいきっかけになると、書くと。老人的で、青年的でない僕の書きが、当たらないように。祈りはするが。で、祖父ネットタイトルの、曜日を間違えているとは、情けないことで。今、修正をしておいた。今朝の空は、曇りで、少し寒くさえある。そこにこそ、暖かい血を持つ人間の、ひそやかな希望を見出しながら。青年よ大志を抱け。とは、明治維新の時の北海道の叫び。として、内村鑑三を読む日、となる。と、思いながら。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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銀座ギャラリー惣、僕の個展飾り付け場面

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2020.06.21

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(374)6月21日、日曜日(千回を目指して)

昨日読んでいた数冊の本の主題、1961年は。古くないと勝手に思うのは。二千年前の聖書を読むからである。神を信じる時、それは僕に取っては「1960年」であるが。人類たる人間が、イエスという基督(救い主)を信じてから既に、二千年が経過している。仏教の救済はもっと古い。という自信が仏教にはある。と、思う。そこで、聖書を。逐語的に理解する、一番肝心な部分。イエス生誕の部分を。逐語的解釈で、改めて少し実行してみたい。逐語法を、乱用するわけにはいかない。ので、新約聖書冒頭にある誕生部分、だけを逐語すると。つくづくやはり、ギリシャ語でそれをやらないと、なんとなく不安になるというのも。大体の人が経験する、聖書研究の実感だと思える。のは、その逐語理解では、単なる原理主義に陥りやすいからであろう。それを、ジョン・ヒック氏が研究しているとき、原理主義を排除して。とうとう、「神は多くの名前を持つ」という、神学に達し。一神教であるキリスト教の、多神教的普遍を。キリスト教が世界的に乗り越えた、と思ったとき。僕のような、キリスト教的には辺境で、東洋人の。マタイ伝の逐語的解釈を。イエスの誕生事情という。マタイ伝の一章目の。単純な、話だけで研究をするのだから、世も末であると言えるだろう。言いたいことは一つ。イエスは。「受肉」した「神」である、という厄介な問題から出発している。聖書はそれを。「この子は、自分の、民を、罪から、救う」という夫ヨセフに、夢の中の天使の言葉として、書いているのが聖書であるが。句読点は、僕が勝手につけたもので。英語では「he 、will save、 his、 people 」であるが(マタイによる福音書一章二十一節)。英語の、heという主語は、イエスのことで彼。即ち、受肉する、時間的神(神に、本来時間はない)のことである。で、僕が逐語的に、注目したのは。次に。his すなわち「彼の民」という、言葉である。「彼の、民」つまり、それは。普遍ではなく救いを信じた、人の、救い(結果としての選民主義)。に、過ぎないのではないか。という、厄介な神学に達してしまった、朝となった。英語はギリシャ語に近い、と聞いたことがあるが。ギリシャ語が、素直に日本語に、訳されている、と解釈すると。聖書はこう解釈しても、いいと思う。つまり「普遍的であるキリスト教」は、実際には当然、「信じるものの宗教」であるに過ぎず。いたって非世界的であるので。信じることが救い、なのであるとすれば。世界に向かって早速、決然と宣教すべし。という意識が、勃興したのであると(聖書にある大宣言)、解釈した方が。いいのだと思う。そこで、世界宣教に出て。結果的に、植民地主義と合体してしまったキリスト教の、世界宗教としての歴史には。はっきりした意識として、キリスト教の人間救済は、「信じなければ実現しない」のが、真の「人間救済」であると、いう端緒に。僕も、今朝やっと達しのであるか、と思ったのである。そうであれば、信じない人は、別の救済法を探さねばならず。それが、東洋では主に仏教であり、日本に限定すれば神道であると、言えるのではないか。その真偽は、誠に困難な。厄介で高い、問題であることに違いはない。それは、こと人間救済や、永遠の生命の問題、だからだと思う。のであるが、手に負えない。が、千回を目指して。コロナ社会で、さらに頑張ってみる。朝は雨、であるな。で最後にWiki⚫️聖書主義(福音主義)バプテスト派のWikipediaの解説の冒頭。アメリカ原理主義の源流か。マルティン・ルターが始めた福音主義よりも更に急進的な立場で根本的宗教改革(宗教改革急進派)とも言われ、聖書を唯一の信仰のよりどころとする聖書主義に立っている。保守派またはキリスト教根本主義の間では聖書の無誤性または聖書無謬説逐語霊感説が支持されている一方、そうした説に立たない立場の日本バプテスト同盟日本バプテスト連盟などでは聖書本文についてそのコンテクスト(文脈:書かれた背景)を大事にする高等批評的読み方が支持されている。⚫️(追記)昨日の祖父ネット373に書いた。石井四郎とキリスト教から、かなり短時間で調べた結果を言うと。言うまでもなく、あの問題は。単に「石井四郎」を責めてもなんの解決にもならない、と言うことがわかる。確かに今の、コロナ騒ぎで、僕も再注目したのであるが。彼の墓が、新宿区河田町にある、正覚山臨済宗円覚寺派月桂寺にあって。ウィキでいろいろ、知らなかった彼の、縁辺を辿ると。結局、近代から継続する「日本の戦争」。ないし、江戸期から近現代史に至る、文化現象全体の問題で。今も現代史として。コロナに代表される、米中対決に見ることができる。世界の不安定情勢。と、同じ構造が。あの時の日本にもあり。その一部の出来事として、不幸な、細菌戦や伝染病兵器の推進者としての、優れた。「科学者石井四郎」の問題。として考えると。直接的な戦争原因は、大東亜共栄圏思想全体の。日本の、近現代で起こる、西洋社会との直接接触と。日本文化の問題との、深い歴史的遭遇の。そのごく一部、の問題として考える方が。良いと思いながら。今朝の書き、に展開したと、補足しておきたい。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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初めに・筒井友美氏の作品をご紹介します。

    

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

近々、この祖父ネットで、私の絵画を販売する予定です。お楽しみに。

 

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軽井沢80号の、製作過程の一部です。

 

 

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絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

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水彩「朝」

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

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2020.06.20

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(373)6月20日、土曜日(千回を目指して)

雑誌「透明・THE CRYSTAL 」(藤田約責任編集・日本基督教団白金教会青年会発行・1961年)を、池袋のキンコーズでコピーし直して、製本し。新たになった雑誌「透明」を読みながら。石井四郎という人物に至ったのは、彼が戦後。新宿で医院を開業し、売春婦の診断もしつつ、キリスト教に帰依した、という話を昔から読んでいたからである。その凄惨で過酷な人生は。僕が戦後の人間として、7・3・1という関東軍の。影のある有名な部隊の責任者としての、石井が書かれた本を。昔から、かなり真剣に読んでいた頃のことを、急に思い出し。結局、コロナ騒ぎの今日の状況が、なさしめたもの、なのであるとも思い。今朝、目が覚めて、改めて石井を調べるつもりなのは。彼がキリスト教的救済にすがった姿を。自分なりにもう一度確認したいからにすぎない。彼ぐらい、あの戦争で記録された深い人間罪を背負った人間は、いないと思う。が、彼を救いうるのは、キリスト教のような。あるいはイエスのような。純粋無垢の出生を経た経歴の、持ち主でなくては。とても救済不能なことであると。思うからであるが。イエスはマタイ伝一章によって、許婚のヨセフに告げられた言葉を書くと。「マリヤの胎の子は聖霊によって宿り、この子は自分の民を罪から救う」からだと。告げられる場面を、彷彿と。させる、戦中の石井四郎事件は。僕の、キリスト教信仰の完成状況として。老年の僕の、コロナの今の。様々に展開した自分の人生の。キリスト教的結末として。書いておきたいと思ったのである。石井のWikiのごく一部を転載し、今日は終わりたい。⚫️石井 四郎(いしい しろう、1892年明治25年)6月25日 - 1959年(昭和34年)10月9日)は、日本の陸軍軍人軍医将校)、医師。最終階級は陸軍軍医中将功四級医学博士。岳父は荒木寅三郎細菌学者、京都帝国大学総長)。関東軍防疫給水部長(「731部隊」は関東軍防疫給水部本部のことであり、関東軍防疫給水部は659部隊であることに注意)を務めたことで知られる。⚫️以上。

 

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.19

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(372)6月19日、金曜日(千回を目指して)

新生活だな。江古田で頭をかり、池袋のキンコーズに、雑誌「透明・THE CRYSTAL 」のコピーの製本を取りに行った。この雑誌、今世の中に存在しない。たった一冊ある、と思われる場所は教会、それも僕の青春が詰まった教会にしかない。そこで10年ほど前に、お借りし、コピーをしておいたものを、さらにコピーし製本したのである。第7号と8号を合本したもの。その雑誌は、出版からやっと、2年ほど経過したときのもので。やや本格的な雑誌らしい体裁が整い、その後すぐに廃刊した。責任者の藤田約(つづむ)が、本屋を回り。店頭に置いてもらっていた頃。は1961年。だから僕の大学2年の時である。彼は今、行方不明。ほぼ20年前から生死が不明だ。その場所は、アメリカ。住所もわからない。ある時、軽井沢にいた母上にお会いした時(既に他界されている)、ニューヨークで。ある人と恋をして子供をつくり、その人から連絡があった。僕も彼女と連絡ができ(その時、来日していた)、会う約束を電話でしたが。彼女から連絡があった時。僕は急にそれを取りやめた。それ以来、全く何の手がかりもない。藤田の名前「つづむ」とワープロすると、「約む」と。出るから。すげーなー、と。思うのであるが、本人とは全くそんな状態にある。昨日。ある本が古書で、着いたタイトルは「渡辺福雄自伝」、やれ嬉しやと封を解くと。なんと全く別人の伝記。早速捨てて、何か嫌なものを見た感じだ。騙されたのではない。同姓同名の人で。ネットで。渡辺福雄検索をして、出たのでなんの疑いも持たず、早速買った、ものだ。しかし別人だった、のだ。私の知りたい「渡辺福雄」は、ある戦中の、有名な軍需工場の経営者。で、そんな日に、昨日はなった。雑誌「透明」は、キリスト教の青年雑誌で。僕の青春の刻印である。当時安保闘争が終わり、僕の、二十歳の記念となってしまった、雑誌だ。明治学院大学2年。そこに武藤富男氏が、院長として就任してきた。彼と目があったことが一度あった、きりだが。学院には毎日礼拝説教がある。大学では、その出席は義務化されていない。自由参加である。で、彼の説教は、礼拝で何度か聞いたことがるような。気がしている。その院長の名前が載る「満鉄全史・国策会社の全貌」(講談社学術文庫・2019年第1刷)をジュンク堂に寄って買い。アンデンドゥでコーヒーを飲みながら、読んだ。武藤冨男氏は、ウィキにある。ネットから転載しておきたい。⚫️武藤 富男(むとう とみお、1904年明治37年)2月20日 - 1998年平成10年)2月7日)は、満州国日本官僚教育者キリスト教牧師伝道師)。恵泉女学園理事長、東京神学大学理事長なども歴任した。 開成夜学校を経て、一高卒業。

[1]中村妙子によると一高の学生時代より大森教会会員で、法務畑に入っても在京中は礼拝を欠かさず出席していた。教会の親睦会には玄人はだしの落語と漫談で周囲を笑わせていた。満州国では甘粕正彦とも親交が深く、甘粕を満映の理事長に推薦した。満州国のメディア統括のトップに立っていたとき朝日新聞が満州の市場に参入しようとすると協力する姿勢を見せた。関東軍は古野伊之助正力松太郎との関係を重視する東条英機の意向に反する(「関東軍の司令の首が飛ぶ」)から止めた方がよいと注意したが、「帰国後に出世するためには新聞にも恩を売っておこう」とは本人の弁。国家と縁を切ってからは「全身全霊、世界の大きな流れとの関係で生き、大正時代につくられた理想主義を貫こうとした」(武藤一羊)。

1947年東京市ヶ谷戦犯法廷に証人として出廷し、日本人戦犯容疑者の弁護をおこなったとき、武藤は「満州国政府は宗教を圧迫しなかった、我々はヒューマニズム(人道)に基いて満州建国をやった、という二つのことを立証する意図」を方針に、被告たちを弁護した。[1]

東京裁判(極東国際軍事裁判)において、天皇をかばって絞首刑になった東條英機を評して、「忠義とか臣節とかいうものを超えて、人間的な美しさを示して居ります」と言った。在日韓国人で経営学者の裴富吉(大阪産業大学教授など)は、1951年刊の武藤富男の著書『再軍備を憤る-追放者の告白-』(文林堂)を、「戦時体制期に満洲国で武藤富男が活躍したその姿を,敗戦後に武藤自身が狡猾にもすり替え,もみ消そうとした言論」と批評し、昭和天皇崩御のときに天皇制を考えるシンポジウムを行った明治学院大学に国粋主義者が抗議活動を行ったことを、「そうした現代的な迫害行為をうけた明治学院は,過去〔戦後〕に理事長職をはたしてきた人物,しかも,同学院の発展のために顕著な寄与をなした武藤富男が,実は,このたび明治学院に迫害をくわえた勢力・組織・集団・人物たちと,時空を超えてはいるものの,そして攻守ところを替えてはいるものの,「同じ地平に立っていた」という歴史的な事実に接し,恐らく「いうべきことばもなかったもの」と指摘し、「戦争の時代,満洲国政府の高官の地位に就き,植民地的カイライ(傀儡)国家「満洲国」のお先棒担ぎをしてきた人物でもあったという事実に,いままで明治学院の関係者は気づいていなかった。」と批判している[2]。明治学院大学自体は、1989年に昭和天皇崩御のおりに、天皇制を考えるシンポジウムを行い、1995年に戦争責任の告白と謝罪を行っている。⚫️などという、日になった。雨。前法相が逮捕されるとは、情けない朝である。日本は、かく劣化したのであるが。民主主義における、一党独裁は恐ろしい結果を生む。国民諸君の自覚を願う僕は、78歳で。なんの力もない、とは、雨だね。

 

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筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(371)6月18日、木曜日(千回を目指して)

コロナ時代、正確には新型コロナ時代、をなんと呼ぶにしても。新時代、だと言えるだろう。新生活などと洒落たネーミングだと、思っていたが。どうも、本当のようだと。思っていると、前法務大臣たるものがまた、そのかみさんが今日にも「逮捕」されると報じられている、やら北朝鮮が。女帝の下でえらい騒ぎであるが。いつもながら暴力に訴えてでも、自己主張する、とは(かつての大日本帝国のように)。大した度胸ではあるが。まさに。教養のない政治の、自己保存の法則が。なんとも無様な様子になるのは。人間のあまりにも浅はかな暴力を使う人間の、無教養な。言いようのない、悲劇的結論が透けて見えるその民族の。と、言ってしまえばそれまでであるが。ムッソリーニとその愛人の、悲惨な最後の姿や、吊るされているその惨めな結論が。今も、ネット上で堂々と見ることができるので。第二次世界大戦の三国(ドイツ、イタリー、日本)の、指導者の末路を見ていた、僕らのような子供が。いつか、かような世界に居合わせて老人となり、このようなことを書くのであるが。昨夜、内村鑑三全集第15巻(1907-1908、明治40年ー明治41年、私の父が生まれた年)に、書かれた。「処女の懐胎は果たして信じ難き乎」を読んでいて。なるほど世の中が、天才と認める人の意識の、また教養の高さは、なんともすごい、ことであると。思いながら、昨日は終わった、のであるが。教養のないということの、恐ろしさもつくづく感じて。世界はただならないと、思うのであるが。どうにもこうにも、人それぞれである以上。神(キリスト教の)にお頼みして、今日も生きてゆきたいと、思っている、のであるが。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(370)6月17日、水曜日(千回を目指して)

自分の命、ないし生命(永遠の)、を大切に後生(いろいろ深い意味がある)を念じる時。コロナになると。いろいろ複雑なことになるから。より一層、いろいろ宗教は出動する今、になることになる。ように思う。キリスト教もまた、再び世人の注目するところとなるとしても、備はあるのか。教会という場所が、あるにしても。果たして、そこに。集まれるのか。集まれないとすれば、どうすれば良いか。で、無教会、ということになる。他の宗教とて、同じで。現代社会まで維持された宗教ではあるが。教会集会的でない方法としてのキリスト教の。ヒック流に言えば、「神は多くの名前を持つ」、となれば。いろいろ宗教も仲良く一斉に出動する、コロナ機会であるが。そう都合よくいくものか、どうか。ともあれ、神頼み、が一方にあり。無神も一方にある人間世界。で、あるが。神の実在は、証明ができかねること。もう一方の無神も、簡単には証明はできかねる、ことである。昨日、「異端の空・太平洋戦争・日本軍用機秘録」(渡辺洋二・文春文庫・2000年第1刷)を読んでいた。面白かったのは、終戦間際に。日本で造られたロケット噴射をする、いわばジェット機の製造が行われる。そう言った起死回生、の飛行機が、あの時に造られていたという、お話に。宗教が出る、というお話に夢中になっていた。ナチスドイツから、極秘に届いた設計図をもとに、急遽秀才が集められ。制作の大枠が決定されながら。一気に計画が進行する中。操縦桿を握る戦闘員集団の責任者が。ある宗教(現代では安定しているように見える、ある有名な神道系新興宗教団体)にのめり込んでいく、という場面。で、時間を忘れて読んでしまったが。一方、ジョン・ヒック自伝で、Paul Tillich (発音和訳が結構難しい名前)ポール・ティリッヒないしパウル・ティリッヒか。迷う、音表現に引っ掛かり。昔から、追及不能な思想家を。ヒック本でも、紹介するので。やっと、僕も到達した「藤田約」(つづむ・この人の漢字読みもややこしいし。実際にややこしい人物だった)、の。藤田とヒックの、共通思想家たる「ポール・ティリッヒ」に肉薄できることも発見し。コロナも、満更ではないと、思いながら。学生の頃に経験した、キリスト教思想のややこしい問題にも。やっと60年後の今、達して。ヒック本にある「ポール・ティリッヒ」を、明治学院高校の先輩、藤田約(ICU・国際キリスト教大学)の研究論文(雑誌「透明・英名 THE CRYSTAL・1961年・8号」)。を、読んで研究する気になるという、誠に複雑な。過去の若い時の、不明だった、キリスト教思想家の解明が。できるかもしれず、と思いつつ。今日も、読書で過ごしたいと思っている、のであるが。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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初めに・筒井友美氏の作品をご紹介します。

    

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

近々、この祖父ネットで、私の絵画を販売する予定です。お楽しみに。

 

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

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2020.06.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(369)6月16日、火曜日(千回を目指して)

マタイによる福音書第六章、冒頭の一説、のイエスの言葉。食物、着るもの、それらは。即、自分の命のことであるが。それらで思い煩うな、を。子供の頃から盛んに読んで。今読むと全然。自分が、毎日。今も、食物と衣類の悩みそのものに囚われて生きている、老人である、ことがわかる。ばかりではない。日々、それのみで。必死にコロナに対抗している自分は、今の全人類なのであるとも、わかる。第六章の最後には。「だから、明日のことまで思い悩むな、明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイによる福音書・昔はマタイ伝と言った)となる、聖書の箇所を。読んだ今朝は。その箇所を開くのが、何十年ぶりではないか。と、気が付くほどであるが。命令調のこの箇所。若い時に盛んに座右の銘とした。また現役の苦しい時、この言葉に救われて、よし、今日もまた生きていこうと、頑張ったのは。それ(食と衣)に囚われて一生懸命稼いて、いたからである。が、もはや時間がない人生では、つまり歳となると。どうもこのことばは迫力がない。明日のことをしっかりと思い煩い、ながらの。生きる日々は。不思議と毎日の生きがいになる。から、イエスは若すぎる、といった神谷恵美子さん(キリスト教思想界では有名な人、だった)の言葉が。彼女が、それでキリスト教に距離を置くようになった、素晴らしい洞察力すらも、思い出す(彼女は経済的に困った人ではない)。しかしイエスが、こう言った、神としての言葉(受肉者として)。を、この世に贈った時に、まさに。イエスは受肉した神なのである、と思わざるを得ない。神であるからこそ、今の言葉は出る。それは、苦しむ自分の子供に対する、親のように。そら、ここにわずかばかりだが金がある、この金を使って食べ物を買いなさい、と。コロナで焦る子供に向かい。コロナで苦しむ子供に対し親が、自分の命を削って与える、金を渡す親に。思えるのは。僕も、本当の老人になり、年金生活者で、困っていないのに。季節の変わり目で毎日、食物と着るものに苦労する自分、として。この苦労というのが、全く質の違う苦労で。聖書の苦労は、あくまでも年金受領者に、言っている苦労ではなく。現役で、毎日苦労して金を稼いでいた若い時の僕の、苦労を。一言で慰めてくれる、親の、即ち神の。温かい言葉と理解すると。神が、今現在、ここに臨済し。この世界に向かって。「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何お飲もうかと、また自分の体のことで何を食べようか何を飲もうか、またまた自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。生命は食べ物よりも大切であり、体は衣服より大切ではないか。」(マタイによる福音書・第六章25節)は、原理主義的に解釈することのみが、解釈の全てであるのか。と、いう大問題が。今の僕や、僕の今の研究対象者たる、ジョン・ヒックさん(宗教多元主義の実践と創造)、の前に突然。提出されたのは。今の僕が、禅寺の責任者たる老僧の僕だと、仮に解釈すると。如何にも、と、思うのであるが。如何か。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.15

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(368)6月15日、月曜日(千回を目指して)

なんだか今朝目を覚ますと急に。ジョン・ヒックさんの宗教的・多〈言〉論が、いやその神学的・多〈元〉論(主義)が嫌になってきて。聖書を素直に読むことにした。マタイ伝第一章、イエス誕生の経緯は、次のようなもの、であるから始まる。母マリアは、ヨセフと婚約していたが、彼らが一緒になる前に〈聖霊〉によって、マリヤは身篭っていた。となる聖書の出だしの部分は、気になるが。こういった、2000年前の記述が、一体どうして気になるのだろうか。こういったことが、あの頃。全くなかったと言いうるだろうか。となると、ごく普通にあったことではないのか。という気もする。身籠るということが、男女の関係で生じるのは、今も。昔も変わらないことで。人間は経験則として、それが。普通は結婚という正式な儀式で、家や地域や、親戚や、人の目や、などの厳しい社会監視の、習慣や。で、規則的に社会慣習的になっていることを気にしている。社会のありようとして。秩序として、関係の正常な関係として。社会を維持するための、当然のありようとして、理想というより。現実として、一般的に。なんの抵抗もなく、自然に行われていたと、言って良いであろう。ただ、実際には。イエスの事例のようなことも多くあって。結婚式を前に控えた男女が、普通の恋愛感情の元に。ある晩。急に愛し合って、しまったとしても。それはいたって普通にあったことで。なるべくなら、規則的に社会慣習的に、普通に。正常に。段取りを踏んで。結婚して、子供を作って、それで。所帯を持って家庭として、家族を作って。子供を育てるため、男女で。親から独立し、生計を立てて、金を稼いで。家を建てて、親を養って。またその子が結婚する年齢で、隣村のaikoちゃんとaioくんを見合いさせて。というからいいというので。では、二人は晴れて夫婦ですから。と、お披露目をして。二人は夫婦ですと登録をして。という登録など、本当に2000年前に、登録所(どこか)に、お披露目の3日目に登録に、行ったのかどうか。当時、今のイスラエルは。ローマ帝国の属国で、代理の王様がいて。その王様のもとで、登録が正式になされていたのかどうか。わからないが。ともかく二入で、登録して。所帯を認めてもらい。二人で愛し合っていると。子供ができたようだと思って、マリヤは。姑に相談に行くと。義理の母が、そういう兆候は子供ができたので、少しこうやった方がいいよ。こうしなさいと、教えてもらい。というような。手順を踏んでいたところ。などといういたって正常である手順であるが。それは絵に描いたような手順で。実際には、いろいろドタバタがあって、なかなかそうもいかない世の中であったのではないか。という中で、イエス様はお生まれになったのであろう。ということが想像できるのであるが。こういった古代社会から、残ったロマンチックな記録を。なぜ今、僕らは破棄しければならないのであろう。しかし、このかたの(イエス)の生まれが。とんでもない世界や世界観を、巨大に作りあげていくのであるが。それは、世界像としても。人間の道徳の基準になるようなキリスト教の教祖の生まれにしては。いささか、不備であるというものの。では、イエスという人が、「受肉した神」である、ということを。論理化できなかったとすれば。世界の道徳は、また飛躍して人間の。永遠の生命は。どうやって西洋世界に今存在し得たのか。と、それを考えると。僕らは、もう少し。原理的などという、嫌な言葉ではなく。原始的に信仰を率直に教会的に認められないものなのか、どうか。僕の今朝の探索は。如何にも神秘主義的でまずいものになった、のかと。という思いもするが。今日の書きは、これまでとする。

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2020.06.14

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(367)6月14日、日曜日(千回を目指して)

すでに亡くなっている、神学者ジョン・ヒック(JOHN HICK)研究を始めたばかりである。彼の若い。二十歳の頃の爽やかな兵役拒否(第二次世界大戦・アフリア戦線)の結果の、軍務は。鮮やかな清々しい、あの殺し合いの戦争の中で、本当に凄烈な気分と行動が伝わってくる。彼は、兵役拒否軍務勤務の。意外に差別されない、当時のイギリス軍の。スケールの大きな世界戦略の。例えばその、植民地や。そこにあるアラブ人の生活や、差別されるエジプトの状況なども。嘘偽りなく伝わってくる感じがする。スエズ運河を通過。すでにジブラルタル海峡も通過していて。ドイツの、ナチスUボートに警戒して進む、彼らを。海外勤務地に運ぶ船の情景は、彼が憧れていた。アジアの風景を見事に書き出す。彼はそこを、アジアと考えている。が、アジアの本当の東、極東の僕にはちょっと。アジアという表現は当たらないような気がする。が、今のように、現在も。渚の素晴らしい景観と、波の音をユーチューブで聴きながら。観ながら書く自分の。存在の不思議さを思うと。人類もよくここまで、地球の景観を鑑賞でき。あたかも、そこにいるが如く打ち寄せる波に、身を任せる自分が。砂浜に寝転んで祖父ネットを書いている、ような「錯覚」が。起こるほど。この波の情景は、8時間もつづくユーチューブなのである。いやそれはすでに永遠に。見ようと思えば、いくらでも見ることのできる美しい波の。永遠の、無限の変化、であり。自分の命と共に。永遠の生命の地球のありようを安心して、危険なく。自分の現在の居間で。みる僕の脳天は。再び、今朝の曇り空の、現実の今の梅雨空の。コロナ習慣で、はっきりと変わってしまった社会生活の。今の。悲しむべき状況から生まれた中ですら、海岸で海を見つめなが執筆する。という僕の。ヒック研究とは。とても信じられない「状況」、なのである。が。これも、本当の。神の創造の渚なのだ、と思いながら。いくらでも、僕の身辺に引き寄せることのできる、現代地球社会の神の恵み。で、あると思い素直に。波の音を聴きかつ広い海を見ながら、今日は終わりたい。その渚で神に祈り。読者諸君の幸せを願い。永久に。では。

 

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2020.06.13

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(366)6月13日、土曜日(千回を目指して)

神学者のジョン・ヒック(JOHN HICK)研究は。想像以上に厳しいことが、わかり始めた。初学の人は、名前も知らないイギリス人の神学者、であろうから。初めからキリスト教的に、かつ質的に異質な大変さ、であるが。多少共、彼の名や、その環境を知るものにとっては。彼のテーマの厳しい内容は人生で。一番厳しいものではないかと、思って読んでいる。初めの人なら、初めから、である以上。時間はかかるかもしれないが、素直に問題(宗教多元主義、徴兵忌避、人種差別反対)などに取り組める。しかし、その時代を知り、彼を取り巻く世界(戦争と論争)とともに(彼は僕の母と、ほぼ同時代の人)ヒック旋風、に巻き込まれた僕らの時代の、当時の若いクリスチャンと、同じの僕は。ヒックの結論、いわば多軸神世界の問題は、あるいは多神教的神理解という、西洋社会ではもっともダブーたる、一神教を越え出る問題は。僕らのような、アジア的文化そのもので。一神教的でない世界観の中で育った人間には。決して容易には理解できない、一神教世界を。やっと明治学院教育で完成できた、自分の一神教理解なのに、それを再び。それが元に戻ってしまう世界観に近い、さらに深い一神教の。僕らの浅い、東洋的一神教信仰を、一気に混乱させる、とは。いわば汎神論で言えばスピノザで。あるが、だが最後にスピノザは、「漠然とする神理解」としての汎神論的理解と、は完全に違う。あまりにも高い、純粋な一神教テーマが、僕の今。を苦しめている。それは、まさにいみじくも(非常に巧みに)、ジョンヒック自伝本の宣伝に書かれていることなのである。「神は多くの名を持つことを提唱し、キリスト教、仏教、イスラームなど多様の世界宗教の見方に統一的なヴィジョンを開いた、英語圏でもっとも大きな影響力を持つ宗教哲学者の芳醇な自伝。良心的兵役拒否、人種差別との闘い、原理主義者との闘争など、波乱に富んだ実践から、宗教多元主義はいかにして生まれ、そして鍛えられたか。」を文字通り理解できるようになった僕の。信仰の真髄を突いてくる、彼の。信仰的良心的神学的哲学は。僕のような、いい加減なクリスチャンの日常性を。ほとんど完璧なまでに打ち砕き恥いらせ。自分の人生を反省させる、厳しい書物と。今日も向き合うと思うと。この暑い夏の、梅雨時の蒸し暑さが。なんとも言えない不快な季節となって。僕という老人の脳天を、打ちのめす朝。と、なったとは。ありがたい話なのである。が、今日は季節らしく小雨が降って。ありがたきかな瑞穂の我が祖国、は。であるが。この際、ヒックさんの肖像をネットから。(追記)ヒック自伝を盛んに読んでいると。彼の二十歳の頃の。イギリスの徴兵忌避時代(第二次世界大戦)の彼の。若々しい活動を読んでいて、日本の当時の徴兵と戦争の、あまりに悲惨な単なる強制的な制度の。などを知る僕は。一方で昭和10年ごろ、世界労働問題会議に参加する、経営者の代表渡辺福雄さんの(僕が今、ヒックさんと同様、研究している人で、当時九州飛行機社長・工学院出身)、のスイスにおける。世界の労働問題を解決しようとする、高い日本帝国の代表、としての事績にも触れて、いると。戦中の日本の戦争の無理が、如何に。本当に無理を生じさせていたかを、知る僕の心を。一層暗くしている、とも書いておきたくなる。

 

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2020.06.12

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(365)6月12日、金曜日(千回を目指して)

イギリス人神学者のジョン・ヒックさん(JOHN HICK)の・アメリカ生活は長いらしい。を、今や知る人はいないであろう。もちろん、僕のようなものは、少しは知るのである。彼の自伝は、しかしながら、なんとも形容し難いほど立派な本として。それでも今も、池袋ジュンク堂で売っているのは。少し頭にくるほどの有名人、なのであるからだと書くことになる。のは、彼がキリスト教の真髄、その信仰を。喝破(大声で、「ヒックはジェントルに」他の言を説き破る事)してしまった、からだと思う、のであるが。もしそうであるなら、もちろん彼は。世界中のキリスト教徒の、知るところとなっても。さぞ、他のクリスチャンは、がっかりしたことであろう。つまり、イエスのキリスト化、とでもいうような。「神が受肉したイエス」、という宗教概念を、ヒック氏によって破棄された、のである、とすれば。もちろんヒックさんが至った思想たる概念は。現在の世界の、宗教思想世界で。人間が。2000年もかかり到達した、一つの純粋な。高い「真理思想の典型」なのである、とも言えるのか。と、思う。今まで2000年間、こんな明確な認識が、なかった、というのは。今更ながら不思議な気がするが。僕にとっても、ちょっと恐ろしい気がする。確かに、神が、受肉、するという。ことになると。その宗教は、世界一の宗教であり。世界中で多数ある、宗教のうちで、もっとも高い最高の。他の追随を許さない、恐るべき宗教になる(今までのキリスト教、その文明も含むのか)、のは言うまでもない。が、神が、特定の宗教にだけ肩入れをする、ということは。神の正義からして、本当にあるとは思えない、ことだとすれば。というような、ことを言い始めるとすれば。これは、ヒックさんを無視できる話ではない、のである。僕らは、今までの、人類文化史で。キリスト教を高い宗教として、認めているし。誰もそれに異論はない。にしても。その根本が。神の受肉にある、と知る日本人は、そうはいなかった、のではなく。キリスト教神学は、そのことを。昔から論争として持っている、のであり。その論争史の事実は。驚くほど長くされていて、それで差別された人も多くいるのである。と、キリスト教史を少しは勉強している人は。よく知っていることなのである。が、ともかく、なににしろ、キリスト教文化は。世界の人類文化に、網の目のように浸透しているため。どれがどれやら、さっぱりわからないほどの、影響を持つから。今更ながら神学的に、あれは間違いでした、と。なっても、さっぱりわからないことなのである。が。それが、今までも。特に問題にならなかったのは、受肉思想が。宗教に溶け込んでいて、それほど高いものとは思わず。しっかりといつも、その思想基礎を持ち、それに囚われていながら。世界史の現実は、これで一体。どのようになるのか、僕にはさっぱりわからないが。コロナの前で、僕はとんでもない概念と対峙、している自分を。なんとも、難しいことになったものだ、と思いつつ。今日も当分は。JYON HICK / AN AOUTOBIOGRAPHY / 宗教多元主義の実践と創造・ジョン・ヒック自伝・2006日本語訳刊行・を読み続ける恐ろしさを。今日もしなければならない、のだと思うと。本当に気の重いことであると、思いながら。梅雨空を見上げている朝となった。と、書いておきたいのである。この状況で。祖父ネットの末尾に。いつも展開させていただいている、筒井友美氏の。動画作品を。つくづく観ていると。なんで、筒井は。このような傑作を、あの時、神宮前の画廊で発表したのか。と、つくづく。今朝も観ているのであるが。天井から下がった、裸電球(太陽か、月か)と、大地を表象したと思える。床にひきつめられた青い「大地」ないし、大陸と宇宙。を、思わせる人類の住処は、なんとうまく表現されているものかと、おもう今朝なのであるが。(追記)ここで、若干の追記をWikiからしないと、なるまいと思った。が、それも少し長いかな。ともあれ、僕らの若い時(僕にはわからなかったが)に、騒がれた問題で、これをヒックさんが一気に解決した。多分読んでもわからないであろう、と思う。のであるが。⚫️小史[編集]今日のキリスト教根本主義、福音主義は18世紀の第一次大覚醒にルーツを持つ。同時期、イングランド国教会の確立された教会によって、抵抗を受けながらも、メソジスト運動は連合王国のキリスト教を刷新し始めていた。この宗教的な情熱の多くは、西方の哲学的エリートたちの啓蒙主義と理神論への反応であった。大覚醒と初期メソジストの強調は、個人的回心、敬虔主義、聖書の学び、道徳の向上(節制、家族の大切さ)、奴隷廃止運動、信徒と婦人の礼拝と伝道における役割の拡大、教派を超えた伝道協力にあった。鍵となる人物は、聖公会司祭でメソジスト運動を組織したジョン・ウェスレー、アメリカのピューリタンの説教者、神学者のジョナサン・エドワーズ、聖公会司祭でハンティンドン伯爵夫人チャプレンジョージ・ホウィットフィールド、スラムの子供が犯罪に陥るのを防ぐため最初の日曜学校を設立したロバート・レイクス、讃美歌作詞、作曲者チャールズ・ウェスレー、アメリカのメソジスト主教フランシス・アズベリーである。しかし、根本主義運動の創立者と言える者は誰も存在しない。19世紀の何人かの福音主義者の働きが、運動につながった。アメリカ人ドワイト・ライマン・ムーディー(1837年 - 1899年)、連合王国の説教者ピアソン、ディスペンセーション神学の提唱者ジョン・ネルソン・ダービーである。ファンダメンタリズムの語は、聖書の高等批評学に反対する94の論文集に直接由来する。この論文は1910年から1915年にかけて、連合王国とアメリカ合衆国の保守的な64人のプロテスタント神学者によって書かれた。⚫️ 

 

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2020.06.11

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(364)6月11日、木曜日(千回を目指して)

イギリス人神学者のジョン・ヒックさん(JOHN HICK)に。再登場をしていただき。と言っても。彼はすごい人だったと知ったのは、夕方。彼の「自伝」(古書、トランスビュー刊行、2006年、間瀬啓充〈ひろまさ〉訳)が着いたからで。馬鹿に南風が強い日で、ベランダの木を倒すような風で。読みかけのヒック自伝を脇に置いて、まずその植木を起こしてやり、紐で縛り。再転倒を防止しても、風は一向に止む気配がない。今朝起きたら、なんと。未だ南風は止まず。近所の樹木を揺るがす風は、なんとも強く。梅雨に入っているはずの我が列島の、六月特有の梅雨の季節、とは。とても思えないような青空がのぞいている。ではないか。で、僕は、ヒックが、神が「受肉」した、というキリスト教の根本神学を批判し。この重要神学の最大テーマに、反対意見(2000年以来なかったこと)を発表した、時のイギリス神学会の大混乱を。僕は、初めて。僕の大問題、としても感じ始め。南風の空の青さのようにすっきりと解決は、できない大問題。と、対面したのだと。思ったのである。で、これ以上は書けない朝となり。と、書いて今朝は終わる。(追記)本の表紙にある宣伝の帯には、次のような印象的な言葉が書かれている。「良心的兵役忌避、人権差別との戦い、原理主義者との闘争など、波乱に富んだ実践から、宗教多元主義はいかにして生まれ、そして鍛えられたか。」

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2020.06.10

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(363)6月10日、水曜日(千回を目指して)

イギリス人神学者のジョン・ヒックさん(JOHN HICK)に。再登場をしていただき。と言っても彼は2012年(平成24年)に他界している。亡くなられたときは90歳で、僕がこれから10年ほどかけて、やっと登ることのできる大きな山、のいただきから。天国に行った人だと知って。彼が即ち、明治や大正に活躍した人とはやっと、思わなくなった。が、彼が生まれたのは大正11年で、母よりは少し下の人だとすれば。印象的に、自分とそんなに遠い人ではない、ということを改めて気がついたのである。彼の著作が書かれた年代や。それが日本語に訳された年代を検証すると。それで、自分の歳なども振り返ってみて、要するに。自分の壮年期に、それらは出版されているということがわかる。つまり、僕が学者であれば。それも、キリスト教に関わる仕事の人間であれば、同時代人の思想として、もっと注目し。いろいろ教えられた人である、ということが。今更ながらわかるにしても。僕は、そんな生活者ではないので、現役で読めたのは、全くの幸運であるに過ぎない、が。かなり集めたヒックさんの本は。いつしか古書店に持っていって、しまったところを見ると。読んだは読んだが、さわりの部分を。少し読んだに過ぎなかったのだと、今さらながら。明確にわかるのである。それを、精細に再読してみて(ネットで読める時代)、あの時代。それはやはり2回目の、あの大戦と深く関わるのであり。あの時代の、キリスト教界の深い悩みがかかれている。のだと、思うと。今更ながら、キリスト教の。神学的な困難と、神を神学するというキリスト教の辛さが。僕の身にも染みてくるにしても、大変な作業であると思うのである。要するに世界の現実や、精度の上がる情報社会の戦後の到来は。宗教の、古典的ロマンチシズムを破壊して行くのであるが。それは、戦勝駐留軍がもたらした、クリスマスソングの明るいムードが、戦後。いつまでも続くものではない、という警告。でもあったような気がするが、僕は。いい歳になりながらも。明治学院的ロマンチシズムに酔って酔いつづけ、キリスト教に留まり。内村鑑三にも出会い、少し現実的なキリスト教になり、今日に至っているが。それも、さらなる。情報社会の嵐の前で、風前の灯となって。聖書の、原始的な古典世界の。あらゆる装飾が剥がれる、2000年の時の隔たりを埋めるものとしての。ヒックさんのイギリス神学を今、また始めると。たちまち「宗教多元主義」という、もっともな、宗教的。万人向きのイギリス的「甘いキリスト教」に達して。今更ながら、原宿のクリームパフェ(若い時にはやった女の子むきの食べ物)的、崩壊に至るから。修道院的、カルヴァン的プロテスタントの禁欲主義の、スイス的厳しい問題を。石油王ロックフェラー1世、が。その禁欲主義で、世界の大石油を支配し、アメリカ資本主義の大帝国を創る。という話にも関わりながら。それが、アメリカの富の源泉である、とするなら。なぜ神は、あのようなチャンスを、彼の禁欲主義に与えたのかと。考えてしまい。僕の経験した明治学院的、当時のカルヴィニズム(キリスト教プロテスタント的禁欲主義の原点)が、とても懐かしく感じる、のは。やはり自分が本当の老人になり。もはや現代社会には通用しない、単なる古びた肉体の、老人禁欲者の画家として。ネット販売をいよいよ開始しよう、と思いつつ。昨日は一枚の、モデルケースの絵が完成できたことを、神に感謝しているのである。

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2020.06.09

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(362)6月9日、火曜日(千回を目指して)

マリヤが神に妊娠させられて、と言うマタイによる福音書(新約聖書冒頭)の物語を。と、書いた西洋人は、いない。このような不遜な恐ろしい表現は、異邦人たる日本人のクリスチャンに、しかできないことだろう。いわば、今の現代的感覚でいけば、マタイ伝は。神の不倫物語でもある(ヨセフと言う許嫁いたのだから)が。それが、西洋の伝統的な倫理の、もっとも神聖な象徴(マリヤ信仰)で。それが不倫とは。もちろん書けるわけはないのである。たかが、150年程度の、まともなキリスト教伝統のない日本のクリスチャンにしても(まして明治学院教育を受けていて)。こんなことを書いた日本人、ないしアジア人または本場の西洋人で、世界広しと言えど私一人であろう。それは、ブログという手段があるから、書けるので。伝統的な印刷出版で、こんなことを書いた原稿を誰も出版してくれない、のは明確である。し、すべきではない。つまり、電子的で無限的文学的表現で書けば、非神学的表現として。ここまで書ける、ということである。第一に、キリスト教の神を語る時、いきなり「神の不倫」を、それがどのような表現であれ表現するなど。マタイ福音書の記者も、2000年前に予想しているとは、とても思えない。書いた当時、マタイという福音書の一記者が、正確(神聖として)だと信じて、書いているとしか思えないのであるが。彼がマタイ伝を書いた時。神がマリヤを通してイエスとして受肉、した時(キリスト教ではこれを正式な神学として採用している)として。正式な神学は堂々と、これを神聖として。初めから高めつつ、崇めながら書いているのであって。「不倫」などという、いかにも人間的な表現として。神の生誕(受肉)物語を、書いているとは、とても思えないことである。が、しかし、ヨセフとマリヤの婚約が、その状況として言うことを許されるなら。彼らの婚約に割り込んだ神の行為は、今ならやはり最悪の不倫であって。それも、婚約中の若い純粋な二人の中に行われた、もっとも忌むべき行為となるのは、当然のことである。という、現代的視点も、全く成立しないと言い切ってしまうことも、できるわけではない。昔、池袋芸術劇場に古書店があった。僕は、たびたびそこを覗いていたが、そこに。この種の本があったことは覚えている。その本を、少し立ち読みし、何を言っているのやら、という気持ちで買ったわけではない。が、そこには、至って合理的な説明がなされていた。が、日本人の中にも、自然と。聖書にある、イエス生誕の動機付けとして。神の受肉に対する、キリスト教の不合理について(神学的伝統では決定的に尊重された、西洋的保守的正統神学理論として)、神であるが故に、無理ではないばかりか神聖で。と、解釈をしている人は、多くいたに違いないのである(無教会の内村鑑三すらそう解釈していた)。僕は、それを。ここに来て明らかにするのは。コロナで、世界の人々が苦しむ死の世界があまりにも身近になり。この死の陰の谷、を歩む(聖書的表現)僕らの。無差別的状況を。キリスト教的普遍、ないし西洋の神の天地創造からくる、差別的人間視点の救済論が。その死の考え方が、あまりにも絶対的かつ画一的であるために。それならば、なぜ今まで東洋に神は。救済の受肉として降られなかった、のか、という。若い時に感じていた東洋人的疑問を。再び思い出して。神の救済が必要な(永遠の生命論を含む)緊急事態、となってしまった今の社会状況で。僕が、考えざるをえなくなり。再び。過去に研究していたジョン・ヒックさん(JOHN HICK)に。再登場をしていただきたいと、思った昨日なのであるが、今日はこれまでとする。

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2020.06.08

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(361)6月8日、月曜日(千回を目指して)

果たして、マリヤが神に妊娠させられて、と言うマタイによる福音書(新約聖書冒頭)の物語を。西洋社会は、真面目に受け取って口に出したのだろうか。マリヤ像は普通、西洋の街角のあちこちにあって、マリヤ大聖堂とか言う、母マリヤの像をいかにもロマンチックに飾る西洋の習慣は。その長い、不問の上に成り立っている。と言えるだろう。それを真正面から描いたものなど、さらに書いたものは、西洋には一つもないばかりか。そう言う、「不敬な神学者」も一人もいないのである。ニーチェは精緻な無神論を持ってそれに答えているが、いかにも迂遠である。仏僧がそれを言って、キリスト教を非難していたら。江戸のキリシタン迫害もなかったであろう。あの時の迫害は、生活の手段を奪われた仏僧のプロテストとして、当然の生きるための戦いであっと思う。ザビエルは上陸する時、シドチも最後の宣教師として。今茗荷谷に残るキリシタン屋敷跡の碑に書かれた、記念碑に過ぎないが。シドチはその牢で死んだのである。それを尋問したのは、新井白石で。見事な尋問調書は、江戸期の日本人の教養の高さを今に残す。が、その時シドチに、もし、僕が質問を許されるなら。母マリヤが神によって妊娠したと言う、話から。その話を始めるとして、それがキリスト教の初めであるなら。マリヤという乙女は神によって妊娠させられた、と言う説が、貴君の主張であるのか、と僕は聞くであろう。だか、僕はその時、まさか。神が、亭主のいる夫婦の結婚の前に(許嫁)、神がその新妻を妊娠させたと言うことを、許嫁のヨセフは。承知したのであるか、と言ったなら。この話は、西洋の出鱈目であると、今なら主張することであろう。と、言う話を、池袋のベローチェでコーヒーを飲みながら話していた。ここが、初めから問題視されたなら。西洋の東洋侵略もなく、信長もそんなダボら話は、止せと言ったに違いなく。秀吉が宣教師などを殺さなくとも、話としては全く不成立の話として。きっと、日本への西洋進出もそれほど。我が国には影響を及ぼさなかったと、思うのであるが。今更ながら、現代人の僕のようなクリスチャンの、自分の救い主の。古い聖書の記述を。視点を変えて真正面から受け取って、解釈しなければならない時代に入っているな。と、思ったのである。しかし、この大問題の回答をできるとは思えない、が。ここを乗り越えなければ、コロナの前で、怯懦でしかない世界の人々の。「永遠の生命」など、誰も保証できない世界が、目前に現れ。世界は本当に救いを求めているのだと、知ったのである。が、僕がそのマリヤ問題とぶつかって、その西洋が。二千年の長きにわたりパスしていた。キリスト教の重大問題を。原点的な視点から、見つめな直す自分の役割は。至って、しんどいことであると、思っているのである。しかし、コロナで萎縮した社会を立て直すには、この問題は避けて通ることができない、と思う朝となった今日の。いよいよ日本列島は梅雨の季節に入る。⚫️英紙ガーディアン(電子版)は5月31日、「新型コロナウイルスのパンデミックにより米国で5400万人が飢えに直面している」とする記事を配信した。中国国営新華社通信系の参考消息(電子版)が6月3日、その内容を要約して、次のように伝えている。新型コロナウイルスのパンデミックによって引き起こされた壊滅的な経済的影響により、数千万人の米国人が家族を養うのに十分な量の食料を購入できなくなったため、記録的な数の米国人が飢えに直面している。⚫️

 

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2020.06.07

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(360)6月7日、日曜日(千回を目指して)

有名な「ロックフェラー」の初代、をテレビで偶然見ていた。ので、ウィキを改めて調べ。彼のキリスト教と、石油経歴を中心に考えていた。あまりに巨大なテーマだから。とても手に負えるものではない。ので、手短に言えば。彼のキリスト教は、Wikiでは次のようになる。⚫️ロックフェラーはエイブラハム・リンカーンに投票しており、新たな共和党を支持していた[30]。地元のバプテスト教会の熱心な会衆の1人で、日曜学校で教え、評議員や教会の事務を務め、時には門番役も買って出た[31]。生涯にわたって信仰を行動指針とし、それが自身の成功の源泉だと信じていた。「神が私に金を与えた」とも言っており、蓄財を恥じることがなかった。ジョン・ウェスレーの格言「得られる全てを得て、可能な限り節約し、全てを与えなさい」を信条としていた[32]。⚫️となっているから、僕の微弱なキリスト教倫理と一致していないとは言えない。し、僕も、明治学院と教会生活と無教会で、ほぼ。このような禁欲生活を送った人生だから、とても不思議で。書かれ方によっては、極悪非道なロックフェラーの生き方が、キリスト教的であるというのも。何か不思議な気がしないではない。が、現在の僕の生活を考えてみると。何もロックフェラーと違わないもので。僕はこのコロナで、実際個人的には何も困っていない。し、生活上の困難があるわけもなく、株の暴落が、もしあるとするなら、また世界不況なるものが。あるとするとすれば。僕ら、年金組の心配はもっぱら株で。年金運用が世界株で、その財政を維持しているとするなら。僕は、世界有数の富豪と同じ老後を送っている、富裕者なのである、と知るのであるし。またロックフェラーの、キリスト教的信仰や生活心情が、Wikiで言う通りだとするなら。僕の富は無限であると言ってもおかしくはない、状態にあると。表現していいと、知る朝となったと、書いておきたい。が、石油と言う大地の恵みが、彼に巨大な財をもたらした、と言う話は。若い時に聞けば、何か特殊な気もするが。78歳の今の僕の理解では。何も「特殊なこと」とは全く思えないで。僕が聖書を解釈すれば。「神の霊」が、マリアを妊娠させた、と言うこのきわどい記述が(マタイによる福音書・一章全体)。どうしてこうも、高く世界を席巻したのか。と言うことの方に興味があって。僕は、大ローマ帝国の、コンスタンティヌス帝に対する、ヱウセビオスの「コンスタンティヌスの生涯」(西洋古典叢書第五回配本・多摩美術大学名誉教授/秦剛平訳・京都大学出版局・2004年初版第1刷)のなかで、書かれた。キリスト教徒「ヱウセビオス」の、くどい「お追従記事」にこそ、問題があると感じる。ので、ある、と思うようになったのであるが。西洋の知識人も長い間、大体同じ感じを持っていたと、秦さんの解説と優れた翻訳で、確実に。1500年前の。キリスト教の本当の秘密、を推察できることこそ。まさに、僕の信仰もいよいよ。宗教上の究極を極める、こと。になったのだと思った朝となったと、書いて今日はどうなるのやら。(追記・Wikiから)⚫️ロックフェラー(Rockefeller)は、アメリカ合衆国の企業家、富豪の家系。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.06.06

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(359)6月6日、土曜日(千回を目指して)

1960年は、今から60年前。か。僕が19歳。でカミュが死んだ。交通事故だったようだ。高校から大学へ進むと、やたら読み始めた。文学部で特に、そーだったのだと今知る。で最後の今で。やたら読む本は「原爆本」。「ブロックゲージの社会史」と改訂し、僕が曲がりなりに10年前に書いた本を改訂したいと、祖父ネットにも書いた本の改訂のためである。この話を、最終的に突き詰めるため僕は、「銀座教会100年史」も買った。昨日宅急便で着いて、枕にもできるでかい本を、二千円程度で買えたので満足しているが。なんとも内容のない本で、ある、と批判的である。それでも調べたいところは、教会100年史にちゃんと書いてあって。それは教会に電話して、事前にわかっていた。ので、ネットで調べたら古書にあって。それで買ったのだ。コロナの中、届いたその本にある、「英語学校」を調べたいのである。それはそれとして昨日は、もう二冊着いた古書がある。米国から着いた英語の一冊は。もちろんコロナ処理をして、すなわち殺菌ガーゼでよく消毒し。僕が既に持っている、「私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した」(原書房・2000年)の原本 「WAR`S  END」  である。買った理由は。翻訳本で読む筆者スウィーニーさん、の直の「英語言葉」(彼の意識や思想)を読みたかったからである。第一に、表題の訳が全く違うのは問題だと、思ったことがあるからだ。もちろんその理由はわかる、やる側の論理やられる側の論理。があるだろう。しかし、その翻訳には納得がいかない。原題を、そう訳していいの。と、僕は本当に納得がいかないのだ。表題を、こんなにも変えることは罪ではないか。ことは簡単でないのはわかる、言うまでもない。翻訳本を売るためには、仕方がないとはいえ。あまりにもそれは原意を毀損していないか。原意は作者のもので大切な思想ではないか。了解を受けた翻訳なのか。スウィーニーは日本語など全くダメでと、思うと。了解されたとしても、それは彼が訳された意味を、自分なりに解釈し。日本人が読むと全く違う意味に取られる、という宿命を理解しなかったからではないか。で、もう一冊。「原爆投下報告書・パンプキンと広島・長崎」(東邦出版・1992年、奥住さん、工藤さん、桂さん三人の共訳)で。銀座教会史と原爆本二冊。で、僕の「ブロックゲージの社会史」を改訂していくつもりだ。が、いつになるやら。で、マタイ伝(マタイによる福音書)。マリヤが神の霊で妊娠し、神の子を生むというデリケートな、嘘か本当かの。部分に触れるのは。誠に恐れ多いことと、ヨーロッパの「近代人」は、本当に恐れたのではないか、とも思ったのである。で、聖書のこの箇所を、本当に批判できたのはニーチェのみ、だと思う朝になった。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」

(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 



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2020.06.05

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(358)6月5日、金曜日(千回を目指して)

アルベール・カミュが死んだのは47歳。それを今書く僕が78歳で、彼が死んだ1960年は、僕が19歳、の時である。それをゲージにして考えると、実に天才と鈍才、ここに極まったり。と言う感じがある。僕が小説「ペスト」を読んでいて感じるのは、ネズミの死の書き方、の優れているところである。この小説は僕の19歳の時として。当然僕の若いアンテナにかかり読んだ、記憶がある。が、何も覚えていないし、何か印象に残った何者かがあると、言えばないのである。19歳の僕が、47歳で死んだノーベル賞作家は、高過ぎて。何か特別のものを読んだ気になっていたのであろう。それは決して読めた、と言う話ではなくて、読んだと言う段階である。他にも色々読むのは、青春の特権であり過ぎて。よく考えてみると、一銭の金も稼いでいたわけではないので。要する親からもらう小遣いで、それも買ったのであろう。なんともだらしがないが。あの時の学生など皆幼稚なもので、大学に行くなどと言う甘ったれは。ほとんどそれで、あったと言えるだろう。それに比べれば、今の学生はてんで大人で、コロナでアルバイトを失った学生が多く。概ね自活的であると、知った僕は。前世紀的遺物になったのだと、知った。それでもアメリカ的教育が主調の。当時の明治学院高校でも、アルバイトも奨励していたから、その頃から僕は。よくアルバイトをやった。大学ではあまりまとまったアルバイトは思い出さないが。銀座四丁目の三越や、その中元歳暮配達の自転車での配達作業は、大いに思い出がある。それにしても、そんな僕がカミュを読んで。わかるわけもないが。それが、今読むと。ネズミの死に方にまで、カミュの書き方を探れる歳になって。つくづくノーベル賞も当然であると、思って読んでいるのである。ともかく、いよいよ。門番(人間)に感染していくペストの記述は。「不条理」という哲学を、世界に蔓延させた彼の思想の深さで。コロナの、今の僕の。衰えた脳天を打つのである。で、マタイ伝。イエスは神の霊で、神がマリアを妊娠させて生まれると言う、マタイ伝のとんでもない記述に今頃気づき。こともあろうに、カミュより高い不条理の。さらに高い記述として僕を打つから。ヨーロッパの神(キリスト教)にやっと、少しは肉薄できる自分を。コロナ不安の死の世界に僕が見出したとしても。遅きに失するとはいえ。東洋の片隅にいる、伝統でない78歳のキリスト教徒の神認識としては。なかなか良くできた方ではないかと、自分を褒めているのである。(追記)「ペスト」本、の48ページに、ラテン語が出る。フランス語の意味をよく知るためにラテン語の勉強が必要だと、書かれている。のを、理解する日本人はいないとは、思わないが。ごく少数者であろう。ラテン語は、ヨーロッパ語全体の母なる語で、結局聖書のヨーロッパ化は、ラテン語でできたのである。いわばヨーロッパと言う場所はみんな、言語的親戚でかつ宗教的親戚でもある。僕はアジア人だから、親戚でもなんでもないのに、いわば親戚扱いで。そこで、マリアが、神の霊によってイエスを妊娠した、というラテン語で翻訳された聖書(原文はヘブル語とギリシャ語)で、非現実の異界を覗くアジア人として。自分を扱いかねている今なのである、と書いても、なんの役にも立たないコロナの現実である。として、神に祈るしかないのも現実なのである。いよいよラテン語の聖書(ウルガタ⚫️ウルガタ(: Vulgata)は、ラテン語: editio Vulgata(「共通訳」の意)の略で、カトリック教会の標準ラテン語訳聖書のこと。1545年に始まったトリエント公会議においてラテン語聖書の公式版として定められた。伝統的にヒエロニムスによる翻訳とされるが、実際にはより複雑な成立過程をたどっている。⚫️)を、銀座教文館で買うことになるのかな。と、ふと思った朝となった。

 

 

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 筒井友美「帰る所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.06.04

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(357)6月4日、木曜日(千回を目指して)

⚫️アルベール・カミュ(Albert Camus、フランス語: [albɛʁ kamy] (13px-Speaker_Icon.svg.png 音声ファイル)、1913年11月7日 - 1960年1月4日)は、フランス小説家劇作家哲学者フランス領アルジェリア出身。第二次世界大戦中に刊行された小説『異邦人』、エッセイ『シーシュポスの神話』などで「不条理」の哲学を打ち出して注目され[1]、戦後はレジスタンスにおける戦闘的なジャーナリストとして活躍した。また『カリギュラ』『誤解』などを上演し、劇作家としても活動した。戦後に発表した小説『ペスト』はベストセラーとなり、エッセイ『反抗的人間フランス語版英語版)』において左翼全体主義を批判し、反響を呼んだ。小説『転落』発表の翌年、1957年、史上2番目の若さでノーベル文学賞を受賞した。⚫️カミュ、懐かしい名だ。1960年。僕が大学生に成り立てのとき、死んだ人。で、その「ペスト」を再読した。思い出したのだ。池袋大地書店(全て文庫売りの書店)で昨日買い。コロナしたてのメトロ地下喫茶店は、素晴らしかった。そこで読んだ。人がまばらな店内は。僕などにはもったいない空間で。座った位置の、左右上下、数メーターは僕のもの。なので堂々と、「ペスト」が読めた。その時、「僕の1960年」がはっきりわかった。僕は、彼が。「時代と人間」に反抗した人。だったと、知ったのは。出だし部分。ネズミの死骸とアルジェリアの乾いた風景、の描写。あの時代の、あの人が出現するのは必然だったのだと。50年も経って昨日知ったのだ。若くしてノーベル文学賞、だというから。ノーベル賞も節穴ではない。これ以上は書かないのは、さらにカミュを読む時間が欲しいからだ。彼が生まれた1913年は、大正2年。母とほぼ同じ。母が僕らを生んで、戦後の僕らがカミュから、大いに影響を受けて混乱、したのも、むりからぬことと納得した。カミュの正しい認識こそ、当時の社会だったのだ。当時の僕らには、青春の難しい時代の難しい思想、になったのもやむを得ない、と僕は思った。一人で占拠した喫茶店の壁は真っ白く広がる。そこに僕らは勝手に。わけもわからず絵を描いたのだ。あの戦争で。一億近い人間が戦って死んだ、とは。とても信じられない馬鹿げた時代だった。とは、知ってはいたが、あらためて呆れた。彼の名作「異邦人」も、読むつもりだ。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.06.03

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(356)6月3日、水曜日(千回を目指して)

ボルタンスキーを知り、フランクルを調べ始めた僕は。⚫️クリスチャン・ボルタンスキー(仏: Christian Boltanski, 1944年9月21日 - )は、フランスの彫刻家写真家画家映画監督、現代アーティスト。兄は社会学者のリュック・ボルタンスキー、パートナーは同じく現代アーティストのアネット・メサジェである。制作活動の初期から、個人の記憶や存在、不在を作品の主なテーマとしている。⚫️確かに少し人間に深くなった。僕のような、78歳にもなる僕が、少し深くなるなどというのはおかしいと思う。にしても歳を取ったから深い、というのは神話に過ぎない。深い浅いは何にでもある。ことそれが人間、のこととなれば。どうにもならないほど明確ではない。存在は初めから浅くはないが、深いということを、などと書いて。一層困難を感じる存在は。生物として考えると。全く進化論的に考えるのが一種の慰めであろう。進化としてしまえば安心して思考するが、進化というレールを引かないと。なかなか人間史は解けないというより、生物界は深過ぎて。解けないが。それもそろそろ限界があって。この頃コロナで、あらためて考えさせられる。世界の人間情報をビックデーターで読み解いても結局、一つになる、のではないか。で、神説がやはりいいかもしれないが、どこかで躊躇する自分がある。神と世界とコロナ、と書けば。何か理屈は付けられるが、もはや一般論。であって、その程度ではどうにもならないと思うのであるから、さらにどうにもならない。が、どうにかする必要がある。という朝に、なったのは。クリスチャン・ボルタンスキーを読む(「クリスチャン・ボルタンスキーの可能な人生」水声社・2010年第一刷)からである。彼の画家としての成功の部分を読んでいるし、彼の生存を始めた1944年ごろの。フランスのユダヤ人を読むからで。辛いのは、僕は。彼がフランス人になろうとして一生懸命なのに、彼の父上は。医者のユダヤ人で。寡黙な人で、とユダヤ人の典型的な生き方が書かれていて。彼の書き方は実際の自分の体験の、存在の様を書いているので。1941年に生まれていた私の。存在と。どうしても年代としてリンクしてしまう読み方は。なんとも同じ画家としても、いたたまれない、コロナを。彼は(ボルタンスキーさんのこと)コロナをどう考えて今も、生きているのかと。本の中では自分は癌で死にたいものだと、書いているが。それが気になる朝となった明るくない日々は続いているが。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(355)6月2日、火曜日(千日祈願)

突然。友人の画家の勧めでボルタンスキーを知り、フランクルを調べ始めた。僕は。⚫️ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl、1905年3月26日 - 1997年9月2日)は、オーストリア精神科医心理学者。著作は多数あり日本語訳も多く重版されており、代表作は『夜と霧』である。⚫️で、フランクルが。1905年生まれの、強制収容所識別番号119104で。明治38年生まれで。結局僕の父が明治41年だから、僕は。親父とその息子の年代たるボランスキーなどの。二人のユダヤ人に、徹底的に影響を受ける。と、今朝、初めて知った。時、僕は時空を深く覗いたような気がする。が、彼らは共にユダヤ人で、神たるイエスもユダヤ人で。ボルタンスキーは、子供時代の間接経験者としての第二次世界大戦の記録者となって、世界にその真実を伝えた芸術家として。世界的画家になった、と知った。が、日本人の僕も。そんな記録者となっていた、というのは。僕が十年ほど前に書いた。「ブロックゲージ物語」や「冷蔵倉庫物語」は、片方が原爆と関わり、片方が戦後の現代生活と関わった。深い日本の歴史でもある、と思った以上に。さらにそれらが、いろいろ複雑に関係していたと最近知って。この連鎖を。僕もなんとか、もう一度深く書いてみたいと思っているが。人生は、やはり。時間に制限があるという事実も知る年齢だから。僕は非才であると、言うのみで残念であると、言っておき。僕の弟と、同い年の。ボルタンスキーを読んでいると。僕も、少しは本当の絵が描けるような気がするから。不思議な朝の経験として。貴重な朝となったと、書いておきたい。と、思ったのである。今朝の祖父ネットが短いのは、それで、意を尽くしたと、心から本当に。そう思ったからである。

 

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.06.01

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(354)6月1日、月曜日(千日祈願)

天才ニーチェの、ヨーロッパ史否定哲学「反キリスト」を、読むか。と思いつつある時。突然ボルタンスキーが手に入った。友人の画家が本を貸してくれたのだ(「クリスチャン・ボルタンスキーの可能な人生」水声社・2010年)。ユダヤ人は本質的にキリスト教否定である。そんなユダヤ人ボルタンスキーを、画家、として読むのは。抵抗がない。むしろ読んでみたい人だ。彼は僕より3歳ぐらい下で、その僕は「夜と霧」時代の人間である。ハタチの安保闘争の頃それを読んで、著者フランクルから大きな影響を受けた。「絶望」という漢字は数字で言えば、「119104」。心理学者フランクルの囚人番号で腕に刺青されている。僕は、自分の抽象画に、それを画面いっぱいに描いた。僕の絵を買ってくれた人が、あれは何の数字ですか、と聞くので。ある不幸な人の、数字ですと答えざるをえなかった。僕らしい、明治学院的甘さのある、クリスチャンの。僕をよく知る購買者に、申し訳ないと思いながら。それは、決して口にしてはいけない、絵画空間の絶望の数字で、と。買ってくれた人の夢を。僕は壊したのではないかと恐れている。が。事実だから仕方がない。そんな僕に。ボルタンスキーを教えてくれた画家は、現代の画家で。空間画家である。僕のような、印象派の終焉を勉強した者には、どうしても。その画家の「くうかん」が理解できなかった。が、やっとアンデンドゥコーヒーが復活し、その画家と話す機会を得。その「くうかん」を教えてもらい、ボルタンスキーに至ったのである。ボルタンスキーは、フランクルとは別な。全く新たな地平を見出したのであろう。それが。無限の人間空間で、その地平も無限であると、教えらえた。と、今朝思ったのである。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.31

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(353)5月31日、日曜日(千日祈願)

天才ニーチェを考える日曜日となった。彼の、ヨーロッパ史否定意識の「反キリスト」を、いよいよ本当に読みたい、と言う意識は。無教会すら克服し、イエスその人を、神と考える単純信仰にやっと達したのか、と言う意識なのである。そんな中、頭に浮かぶのはいつも。日本の宗教史環境の。信長の比叡山焼き討ちは、宗教と政治の問題を考える時。今持って重要なテーマを、私に与えてくれる。Wikiで書くと⚫️先の比叡山の攻防戦では、比叡山側は信長が横領した寺領の返還を約束する講和も拒絶し、浅井・朝倉連合軍を援けたりもしたので、軍事的拠点を完全に破却しようと考えたとしている[2]信長包囲網で各勢力から包囲される中、近江の平定と比叡山の無力化が戦線打破の重要課題と考えられていた。比叡山の無力化とは、比叡山が信長方に属さない以上、軍事的役割の抹殺つまり比叡山の徹底的破壊を意味している。⚫️この辺りのwikiが、正しい記述のような気がするが。それにしても内村鑑三も。自分に付けられた「無教会主義」という名称には、ほとほと手を焼いたようだ。彼は、「僕はイエス教なのだ」と、言ったらしいが。本当であろう。私なども、最近は。その意識にやっと達したが、きっかけは。実行された「ネット教会」で。少し知っていた本庄教会のそれは。今日(5.31)まではネットだが、次回からは集会を回復する、となっていて。すでに興味を失ってしまった。が。ネット礼拝とすることは、コロナ対策に過ぎなかったのだと知り。対策としてのネット教会などは、全然興味がない僕は。すでに教会意識が至って薄いのである。イエス生誕の、マタイ伝記述の信憑性(マリアの処女妊娠説)は。結局、イエスを神とするキリスト教の歴史意識と。現実の教会との、乖離を問題にする、教会的社会政治史的意識、と言えるだろう。私は結局、一人のイエス教の信仰者に過ぎない、この祖父ネットで。イエスの救いを宣教するに過ぎないが。イエスは神なのだから、聖書は神の言葉であり、人間の守ことのできない高すぎるイエスの言葉に、影響を受けずとも。神は、人間を創造し、愛してくださると信じることを。僕の信仰として。かつそれが、聖霊というようなものも含むにしても。超自然的意識ではなく。普通の人間性の、霊的一般論として。僕が、信仰する神の。日本人的信仰である、と言う意識が。本当の、内村鑑三の言いたかった信仰ではないかと、今朝思ったのである。彼の死をもって、内村の集会は解散したのであるが。その無教会主義という集会は。人を変えて継続し、今は。それも日本社会の中に消化されて。どこにあるやら、多分ネットの中に残っている、と考えると。ネット宗教の典型が、イエス教であり。神が、心から人間を愛してくれている、という証拠として。僕ら人間の、世界全体のありようとして今後とも存続する、のであろうと期待している。私は単純に神様仏様、的な日本型の宗教情動を、心から愛しているが。それが、奇妙な偶像拝仏拝神主義に陥らず。芸術的美意識の、底辺の深い人間意識の。宗教的帰結を本当の精髄として。人間存在の深い、永遠の生命へ。この祖父ネットを書き込んで行けたらと思うものの。非才この上ない僕の、できることとはとても思えないのである。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(353)5月30日、土曜日(千日祈願)

この歳になて、天才ニーチェを。やっと克服できるかな、と言うところまできた。彼の「反キリスト」は素晴らしい哲学で、ごもっともなことが書いてある。それにしても、僕はクリスチャンだから、そうですかとは思いつつ。それを克服することに、長い時間が必要だった。もちろん、簡単にできることではない。戦い方はいろいろあったが、また決着が本当に、これで着いたかと言えば。今後も、何が出てくるのやらわかったものではない。それはそれとして、人間の寿命には、幸い限界があって。この問題から、離れざるを得ない時期は必ずくる。それが死であるが。それこそ、ニーチェからの本当の卒業であると思う。ニーチェとて、あえて悪意で。あのような高い哲学に達したのではない。むしろ達したくて達したのでなく、彼の学問が、あれに達せざるを得なかった、と言うところであろう。だが一方、キリスト教の、神を信ずると言っても。こちらの方がさらに問題を抱えている。信じる、と言うことは。人間の崇高な行為であるが、これが神を対象とする場合、ただならないことであると言うことも、まだまだ問題である。仮に、聖書にあるように。マリアが、聖霊によって懐妊したとして。生まれたイエスは神なのであるが。マタイ伝の、あのイエスの言葉は、すべからくではなく。人間の。あくまでも指針に過ぎず、神を、ないしイエスを信じる以上。その、神の言葉を、すべからくでは、なく。「なるべく」実行するのが、人間の。あるいは信じるものの、義務となるのであろう。それは神の言葉自体が、人間には高過ぎて。完全に実行できる話ではない、ことは言うまでもなく。これもまた神も。それをわきまえていることも確かで、いわば神は。教会的な「説教」で、それを日曜ごとに表明しているのであろう、と思う。そこで、僕は。コロナ禍の結果。社会が本格的に、ネット社会に「なった」ことを幸いに。無教会主義をやめ、「ネット教会主義」に転向したいと思ったのである。ネット教会主義、などと言う言葉は世界にはない、が、僕が勝手に造語したのである。ここ祖父ネットで、多少共。キリスト教を読む方は、今までは。「無教会主義の信者」の言葉として、これを読んでいただいていたが。今後は、普通の意味の。世界のどこにでもある、無数の教会のキリスト教、と思っていただいて結構なのである。ただし新興的なものはお断りで。あくまでも、「伝統的でなければならない教会」のことであるが。これで、教会的に言えば。日本のキリスト教的特殊事情から、やむをえず。近代社会に生じた無教会主義は、終焉し。新たな、全く古典的で伝統的な教会が、日本にもできると言うことになったことは。誠に慶賀すべきことと、深く神に感謝している。誰でも、世界中のどこの教会にも参加でき。一流の牧師の、それこそ伝統的に精錬された説教や儀式に参加できる、ネット社会が。突然「できた」のであるが。それが一般化するには、まだまだ時間が必要であり。コロナにもまだ働いてもらわなければならないだろう。などと、書くことになるとは。思いもよらないことであるが。これが、今の世界の。現実なのであろうと考える、晴れの朝となった。と、書けるとは。驚きである。この次に、常にご紹介している、画家筒井友美氏の作品「帰る場所」が。これほどまで深く、この問題の示唆に富んでいると理解することは。多分、作家の制作意図とは全く違った、作品理解なのであろうと思いつつ。毎回いつもこの作品を、ご紹介させていただいて恐縮している。

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 筒井友「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.29

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(352)5月29日、金曜日(千日祈願)

「日本近代文学の名作」(吉本隆明、平成二十年・2008・新潮文庫)。の中にある「島崎藤村」解説は、僕に。想像以上の知的効果を持った。それは、僕の意識が、ニーチェにまで至ったからである。ちくま学芸文庫・ニーチェ全集14・偶像の黄昏、反キリスト、は(1994年初版)。僕が手にした2014年ごろ。タイトルに書かれている部分は。すでに真面目に全部読んでいた、とメモから推定できる。この部分が、僕がまた最近、「マリア」に至ったので再興され。僕の実存の、決定的な信仰の、最後のうめきとなって今。僕の生涯を終わる時に。存在の存在たる、神的決定論として、今日も考えることになろうと予想している。コロナの惨禍は、ただならないものと、なるのは。世界の経済問題として表出する人間問題として、多分。今後ますます問題が大きくなると思う。と思うと、ゾッとするが。さらに各国の、国家財政が破綻しかねない事態は。僕の過去の、経済的実務経験の中から、考えてしまうことなのである。が、そこで経済問題が、人間存在の。キリスト教的人間論の決定的、破壊か。それとも永遠の生命か、と言う。とんでもない問題にも直面する自分としては。ニーチェになり。ニーチェをもう一度読むが、そこに。決定論としてのイエスの処女懐妊の、嘘としての、いや本当の真実としての。人類史の引き返せない局面として。もう一度命ある限り、考えるとは。僕程度の。人間のやることでないことはわかっているが。何せ、閉じこもりが理想であるとする、解除後の新生活は。どうしても、哲学をする、と言うことになるのである。マタイ伝を読んで、日本語聖書の曖昧で情緒的な表現から、英語の主語動詞に表現される。行為者と結果との、因果の明確な表現としての英語聖書の。ヨセフが性行為をしなかった故に、マリヤは妊娠し。神の子を生むと言う。とんでもない二千年前の聖書の記述は。結局ニーチェの。疑問でもあったわけで。本場の秀才の頭の中で始まった。現代の実存の叫びは。どうしても、今の科学時代の。疑問としても妥当するものとして。コロナ社会の中で、決断を求められる大問題で。非科学的な宗教的決断として、否定すればするほど。今度は、ヨーロッパを中心とした人類の、文明史が。一気に崩壊してしまう恐ろしさは。コロナどこではないので。僕は、ここで結論を言えば、イエスは神の子で、処女受胎の恐ろしき事実として。神に祈り。今朝の、これを書いている。が。吉本さんの藤村解説によれば、結局。日本の近代文学は。漱石の、凄まじい人間論で始まり。藤村の明治学院的ロマンチシズムの甘いキリスト教の。明治の女性の覚醒では物足りないもので。それは漱石の。高い虚無的な不条理の輪、の中にこそあり。決して、嘘のマリヤ的ロマンチシズム的記述ではない、とする鋭い日本文学史の。高い指摘に。やっと自分も納得がいく歳になったと、今朝は思ったのである。が。ニーチェ再読の苦しい戦いをまた、始める因果の朝ともなった。と、思ったのである。晴。(時間を少し置いて追記)ニーチェを読んだ(数ページ)。を、拾い読みしてわかったことがあるので、追記したい。ニーチェが書いた有名な、「偶像の黄昏」と「反キリスト者」であるが。これらは、1888年に書かれている。その年は明治21年で、僕の祖父が生まれた時。今の科学時代とは全く違う時代なのだ。ニーチェの高い意識で言えば、あの時。キリスト教を哲学的に否定することは。大変な思いと不可能な環境があったと、思う。だからこそ。氏は、かなり複雑な書き方をする。その後、それを読んだ多くの人も。その書き方に納得したから、彼の哲学が社会に容認され世界に巨大な影響が出た。しかし、現在の私から言うと。キリスト教を否定することは、そんな困難なことではない。それは、マタイ伝の処女降誕である。このことは、新約聖書の冒頭に書かれていることで。マリヤは聖霊で妊娠したと言う、その記事がデタラメである、とする科学的知見は。今や常識である。で、あの生誕の時。つまり2000年前に書かれた聖書の。このデタラメこそ、真実なんだとすれば。これがキリスト教の全てである。とすると、一切。神を信じるものにとって、聖書はまさに神の言葉。イエスは神。として。人間には無理な道徳倫理が、語られているのでなければ意味をなさない、と言う真実にぶつかる。のは、至って常識的な理解であると、思ったのである。僕は信じているが。信じつつ生きていて、さらに説明困難な「永遠の生命」を信じているのである。

 

 

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」

(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 



 

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2020.05.28

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(351)5月28日、木曜日(千日祈願)

コロナ・新生活思想を考えるていると。突然、島崎藤村の「春」が、頭に浮かんだ。ので、早速青空文庫で調べると。藤村小説が、あれだけあるのにそれはなかったのには、驚かされガッカリしたのである。「春」だと、と思ったのは。僕が今まで、散々悩まされたキリスト教的「明治学院」が、それで代表される小説、として上げられらるものは。「夜明け前」、ではなく。「春」だとわかり。この意識に達するのに、ずいぶん長い(人生の大半)をかける必要があったとは。無才も、ここに極まったと言うべきであろう。藤村の小説の中で、代表的なものは「春」である、と教えてくれたのは。評論家の吉本隆明さんである。第一に、学生時代。それと教えてくれた明治学院の教師、はいなかったような気がする。大抵は、「夜明け前」あたりを推奨していて、僕なども。勝手にそう思っていた節がある。これが、大間違いで。藤村が日本文学史に占めるその位置は。彼の「春」にあった、と言う指摘は。僕の長い間の迷妄を一気に解いてくれた。確かにそう規定すると。藤村は解ける。僕は、島崎の渦中にいたので、全くその点が不明だったのだ。いわば、キリスト教的に過剰な、明治学院のその時(戦後の)環境は。明らかに、過剰キリスト教環境と、言える。そのことは気がついていて、ほとんど、どぶ漬けであったが。それは、僕のような無才のものにとっては、異常な環境であったと思う。つまり過剰摂取になって。その僕が、やっとコロナ新生活で達したのが「春」なのである。言うなれば。「新たな」、と言う意味を含んでいる。日本の国自体が近代自我で、その青春を迎えたのが、明確に明治時代。あの時代、だったと指摘したのが、吉本孝明さんなのである。彼は「日本近代文学の名作」(新潮文庫・平成二十年)で、それを指摘して。僕は初め。なんで藤村を、文学者たちの初めに。持ってこなかったかが、不満だった。例の漱石が初めで。その次が、高村、鴎外と続き。ながら、藤村はなんと最後から二番目。で、本当の最後は二葉亭四迷である。で、不満だったが。吉本さんのその本自体を読んだのは、太宰治研究のためで。と言うのは、太宰と、戦後心中をした人の忘形見(御存命)が。実は、明治学院を卒業している。し、もう一人の正妻の娘さん(故人)を、僕の実家のそばで。若い時にお見かけしているので。と、言った。いろいろ戦後の研究をしていて。手にした吉本さんだったのである。要するに、日本自体の青春が。戦後の太宰で繋がり。その代表が、藤村や透谷の青春から始まっている。と、理解した時。僕は。戦後の。いわば、僕の青春の明治学院が、一気に理解できて。あの白金あたりをうろうろした、僕の青春が。初めからキリスト教的な、明治ロマンチシズムの流れを汲んでいた、と気がついたのである。それが、僕の。ここで書くマタイ伝のマリヤで。その処女懐妊は。改めて僕の青春のシンボル、でもあったとも知り。僕らの明治学院の青春は。とんでもない巨大な矛盾を抱え、出発していたと知った朝は。コロナ生活という予想だにしなかった、新生活にこそ。その近代の行き止まりでもあり。その打開策があるのかないのか。混乱と失望の、今後のコロナ生活は。結局さっぱりとは、開けないのであると思った僕は。本格的に、僕の絵を。ネット販売する準備が実は、出来ていたのではないかと昨日気づき。で、今朝は、妙に複雑な書きになってしまったが。まさにこれが、今の混乱を表していると、言えないこともない朝。と、なった。と思うのであるが。面倒だね。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.27

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(350)5月27日、水曜日(千日祈願)

「SNS」という概念(もはや古い当然の、概念)で、理解する自分の。今まで認識することのなかった「祖父ネット」、を意識し。コロナ新生活思想を考えることにした。昨日、近くの繁華街まで歩き、少し要領を得たのは。ユニクロでジーパンを買ったからである。買い物カゴに、Tシャツとジーパンを入れて、裾直しを決め精算をした。時、びっくりしたのは。カゴごと無人レジで。指定された位置に、そのカゴを置き。何もしないのに、精算システムが動き。現金を、例の馴染みのジー(古いね今はカード)に入れて、待つとお釣りが出て、終わり。入り口で、検温をしパスし。て、入ったユニクロは、馴染みのところで。ここに来て。知らない間に、ぐっと自動化されていたのである。で、コロナ新生活を考えたわけだ。家に帰り、マックの使いたくもないソフト。SIRIを渋々初めて使ってみた。「何かご用は、ありませんか」とは、わかっていたので。セックスをしたいのですが、と言ってやったら。やめてください、と。と、来たから。大した奴ではない、と思うものの。さらに、真面目に。今行ってきたばかりの、知っているユニクロの位置を。聞いた。すると。実に明晰な地図が、出て。ルートまで出、時間まで出。その航空写真は。以前より一段と、精細になり。これで、北朝鮮責任者の、コロナ逃避場所も特定できるのであるな。と、思ったのである。自分の財産の、隠匿場所に隠れて吠えている、無責任な原爆抑止力政治思想家は、ほとんど。嘘に聞こえるが。昨夜もユニクロから帰って、ここ毎日読んでいるスウィニーさんの、原爆投下本を読んでいた。原爆を搭載できる、戦略爆撃機800機から1000機の大編隊が、正式に形成される戦争中の過程は。読んでいて、身の毛もよだつものであるが。あの時の戦争の、我が国の敗戦は。すでにこの時に。大きな戦力の差として、決定的であった、と知ったのである。が。人間の愚かな真面目さに。哲学的神学的判断もできず。ただただ、イエスは神の子として、処女マリヤから生まれたと言う、ロマンチックなキリスト教思想が。僕の今の。たった一つののぞみであると言うことこそ。僕の新生活の、基本的な新思想なのであると書く朝。となった幸せを感じているのである。下は、アヴェマリアをWikiから転写したもの。

 

 アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、

    主はあなたとともにおられます。

    あなたは女のうちで祝福され、

    ご胎内の御子イエスも祝福されています。

    神の母聖マリア、

    わたしたち罪びとのために、

    今も、死を迎える時も、お祈りください。

    アーメン

 

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.26

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(349)5月26日、火曜日(千日祈願)

「SNS」という概念で理解する、祖父ネットを。意識したのは昨日である。「SNS・祖父ネット」として発達した祖父ネットは。今や、SNS、そのものなのであると。昨日知った。祖父ネットは、創設して十年ほど経過したのに。全く冴えない訪問者数であるが、それでも十万人は嘘ではない。それも十年の累計で、一体本当かどうか。真面目に考えたことはあるが、実態などは皆目わからない。現代社会が誤解する、百万件。だとかなんとか馬鹿げた無意味数に踊らされる人もいるようだ。が、馬鹿げている。人間は七十億人いる、と言われているが。それが、なんだというのであろう。百年も経過すれば、今のビックデーターは、遥か昔の記憶として。それは記録にも残らない時代が、必ずやってくる。その時世界の人口は、概ね三十億を切っている、と僕が言ったとしても。なんの意味もないのと同じである。いつの時代でも、そんな遊びをして。人生の時間稼ぎをするのが人間で。さしたる価値もないと、思うのであるが。左にあらず。自分という個人にとって、その命は、世界の重さに匹敵するのである。大体、人間は。二人の人間の合成であるということは、今更ながら。いうまいと思えども。そうなのだから仕方がない。これは実に、高い合成物であり、二つと、世界には無いのである。世界広しといえど。自分に似たものはいるであろうにしても。二人とは、「私」はいない。たとえ、DNAなるものが全く一緒だとしても、頭の中に蓄積される記憶は、全くの別物である。動物も、それは同じだ。同じ巣の中に育った、同じDNAの雛とて。時間、自然、すなわち環境と時間の、共有まではあるごとく見えて。実は、全く違っている。巣の中の位置が違えば、それでもう。全ては。隣の兄弟と全く違っているのである。まして、頭脳明晰な人間にして。その時間と空間は、全く違う。と、書いて。イエスキリストを書くことにする。昨日、本箱に古くからある。ヘボンが訳した、マタイ伝を読んだ。今朝もそれを右手に置いて、これを書いている。少し書いてみよう。matai den fuku-in sho ・新約聖書巻乃一 。であるが。これが、明治維新前に、日本で訳されたヘボンの聖書の。マタイ伝の頭の部分である。初めは、ローマ字。その次が漢文調に見える日本語。である。続けると、aburahamu no ko. Dabide no ko yaso kirishito no keizu.。となる。今の日本語で書けば、アブラハムの子、ダビデの子イエスキリストの系図、となる。ヘボンが、無謀にも。日本に来て、片言の日本語で初めに聞いた日本語は「危ない」、であることは有名で。維新前の慶應年間。外国人に対する、危険極まりない日本人最後の武士たちの、白刃の先が。彼らに向いていた時代である。その時、ヘボンは、聖書を。このように。二千年前の聖書を、このように訳した。明治学院を創ったのはかなり後で、僕はその明治学院で十年の教育を受けたが。それが、こんなSNSの、祖父ネット作業をやらせた。が、そこに。今でも驚くリアリティーが書かれている。男女の「交合」は、なかったという部分。「初子(ういご)うまるるまで、交合(まじはり)もせざりき」で、イエスは生まれた、と訳されている。これが、新約聖書の全体の、全てと言って良いと思う。イエスは、ここで。神の子(神の聖霊によって生まれた人)と記録され。世界に広まったとは。これを信じないで、キリスト教徒とは言えない朝、となった。世界はこれで変わった、のである。と、言って。晴れ。

 

 

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 筒井友美・「帰る場所」

(go tounin no kyodaku wo ete keisai shite imasu)

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.25

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(348)5月25日、月曜日(千日祈願)

世界がネットで一体化する、と同時に。コロナで分裂する、という神の手品を。SNSという概念で理解することができた僕は。実は、初めて。SNSという概念をネットで読んでみた結果に過ぎない。が、驚くばかり。教えられた。wikiを転載すれば⚫️ソーシャル・ネットワーキング・サービス(social networking service, SNS)とは、Web上で社会的ネットワーク(ソーシャル・ネットワーク)を構築可能にするサービス。⚫️をしみじみ、味わっている。S,がソーシアル、という頭文字であるが。社会概念であるというところが、僕の得意とするところなのである。僕は、明治学院大学の文学部、ではあるが実体は社会学で。そこは、明治学院から神学部が独立していった(東京神学大学になる)後継の。明治学院における、神学的学問所であると認識している。僕は、今立派なブロガー(祖父ネット)でもあり、それもSNSだとすれば。今日の全面解除(政府会議は夕方)への期待は。いやが上にも、僕の中で盛り上がる。それはまさに「社会」における、「規範と経済」という哲学の問題を浮き彫りにし。我田引水的に言えば、まさにそれが。キリスト教の歴史的基本概念、である。と、クリスチャンとして、自慢できる、と思っている。クリスチャンとは、要するに無神論者ではないのは、当然でも。共産主義者は、なんであれ。基本的に言えば。哲学的無神論者、なのである。コロナが、武漢(非民主的、共産主義的独裁主義中国)から、というのも(単に民主的と言い得ない、が彼らはそう主張している)。考えてみれば、何やら示唆的な話で。無神論が、結局。闘争的、戦争的、無情に陥るという危険な哲学も、歴史の証明するところなのである。が。僕は、昨夜、このところ盛んに読んでいた、例の。「私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した」(チャールズ・W・スウィニー著・原田剛訳・原書房・2000年刊行・原題、WAR′S END/AN EYEWITNESS ACCOUNT OF AMERICAN′S LAST ATOMIC MISSION )を読んでいて、かなり深いことを考えているが。スウィニーさんが、英語の原題につけたlast という言葉に深い意味を感じるし、また原題を彼が。戦争の終わり、とした意識にも。感動するようになっている。複雑な、戦略爆撃機の大量生産や、原爆製造の並走が。不思議に進んだ、という彼の。自分の経験の意識はなぜか。深い人類の。言い表せない。天、という東洋的感情を僕に引き起こしている。アインシュタインが、ルーズベルトに出した手紙で。アメリカの原爆製造が進み。かつ、大量の。ボーイング29型戦略爆撃機(通常、B-29と言われる)の。完成テスト機(当初は、一機一機の、盛時はランダム抽出方に変わる)には、なんと女性パイロットがいた、と書いてあり。アメリカの進んだ文化は、本当に高かったのだと感動している。が、僕は今まで、それを全く知らず。その上、ノルマンディー(ディーデイ)が、ヨーロッパ戦線の最終局面だとばかり、思っていたが。その後でも、ヒトラーは。バジルで。最後の大規模抵抗を試みる(関ヶ原的戦闘形式)、そのドイツの決戦スタミナも、見上げたものだと。妙な関心もしつつ、過去の。いろいろ知らなかった世界を味わい。「ソシャール・社会」、という言葉にかけた自分の人生も。いよいよ終局に近づいたと思い、ながら。僕の絵画(画道)が、いつの間にか。ネット大絵画展になっていることに満足し。僕は。計画していた、銀座の蜜的な最後の個展をやめる決心を。時代の、絵画的発展と捉える朝となったことを、喜んで(実態は、モチーフが揃わない)。この後も。今後は、蜜になる銀座には、とてもいけないと思いながら。僕は。自分のSNS(祖父ネット)を十年も続けたことを。神は、お許し下さったのだと解釈することを。神に感謝して。今日もスウィニーを読み、原爆投下の悲惨、に立ち会いたいと思っている。要するに、コロナとの共生が。今後の、世界の新生活の、人類の社会生活だと。やっと、認識できた朝と、なったと。僕のアンデンドゥ・カフェーのコーヒーに期待している。⚫️(Wikipediaで追記)人文科学への応用[編集]社会ネットワーク分析の人文科学への応用はデジタル・ヒューマニティーズの文脈で語られる。歴史学においては、とりわけ史料のもつ性質との兼ね合いから、どのように定性的情報を定量的な形へ変換するのかが問題となる。加えて、人文科学のもつ問題関心に適う形に社会ネットワーク分析のもつ分析枠組みを修正・適合していく作業も必要となる[10]。⚫️

 

 

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indo no KORONA(SNS kara)

 

 

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筒井友美・「帰る場所」

(ご本人の許諾を得て掲載しています。素晴らしい作品です。)

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.24

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(347)5月24日、日曜日(千日祈願)

世界がネットで一体化する、と同時に。コロナで分裂する、という手品を。深く理解することができない、まま。「私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した」(原書房・2000年・刊行)というおよそ、原題とは違ったタイトルをつけられた、チャールズ・W・スウィニーさんの。本を読んでいた。原題は、WOR′S END に過ぎないが。初めを少し読んだだけで引き込まれるが、翻訳タイトルより。原題の方が的確であると思う、ようになったが。翻訳部本体自身は、素晴らしい翻訳である。英語で原本を、アマゾンですでに申し込んであるから、いづれ手元に来るとは思うのであるが。果たして、原文はどうなっているか。楽しみなのは、日本に原爆を落としたB-29の、操縦者としてのスウィニーさんの。その名機(B-29、正確にはボーイング-29型、だと思う)との出会い部分が、昨日の主な読み、となった。で、僕は別に少し、マタイ伝の英語聖書と、日本語聖書を、対訳で照らし合わせながら。英語の、主語と動詞に構造を作り上げる、その鬱陶しさと、その単純なやり方に。改めて感動しながら。中学生で英語に接触したのであるが。それまでは一切、野球のベースボールさえ、なんのことやらわからなかった。ベースボールがラジオから聞こえてきたのは。信州の今なら佐久市の。ある一集落で。近くに小諸に行く、煙を吐く小海線が走っていた。ラジオから、なんやら聞こえてくるベースボールを。何か、理解できなかった僕は。それが、なんであるかを聞く友人も持っていなかった。日頃、村の他の子供たちが。そのラジオを聞いていて、お互いに何やら面白げに言っていても、それがなにであるかを僕に。教えてくれる友達は全くいなかったが。今ならそれが、野球中継の戦後の始めであると、知るのである。そのうち同じラジオで聞いたのは、落語と講談(主に寅三の、清水の次郎長)。で、面白くって、面白くってラジオにかじりつて聞いていたが。まさか、それから数年。親父が僕を。上野の鈴本に連れて行ってくれて。一番前で大口を開けてげらげら笑っている僕が。有名になったことがある(その後、何度か連れて行ってもらい)。このおぼっちゃまのように笑ってくれると、商売が繁盛して嬉しいとかなんとか。高座から言われた僕は。落語家になる気持ちは全くなかったが。そのころの少年の楽しみは、その程度の。はかないものであった。が、僕は。当然、今の落語などチャンちゃらおかしくて、聞いていられるものではない。で、原爆本の著者が、飛行機に乗りたくて乗りたくて。努力に努力を重ね。重ねして。やっと操縦士になり、B-29に初めて出会う記事は本当に。人間の真剣さが、彼をして結局。ヒロシマ長崎に原爆を落とす自分を作っていく、まともで真摯な勉強家の、青年の冒険心に富んだ。真面目な青年の、大空の人生が。なんとも強く深い悲しみとして、僕を打ったのが。昨日の読書で。空は曇っていたのである。が、今日は晴れとの予報がある。

 

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ima kakitsutsu aru pari eotorannze

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 go honnin no kyodaku wo e te, keisai shite imasu

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.23

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(346)5月23日、土曜日(千日祈願)

当然この、鬱陶しいコロナは。社会に。分断とネット構築を促した。世界を一体化する、と同時に。人間関係に実際の距離をおく、というこの絶妙な方法は。僕のような、ネット社会を予想したものには、別段驚くことではない。その要が、パソコンのブラインドタッチなのである。パソコンは、一時。散々非難されて、使えない、と。言ったのは、僕らから上の年代で三十年も前の話である。僕は、あるきっかけで、早くからブラインドタッチを獲得している。そこで仕方なく、パソコン屋さんはスマホを発案したが、文章作成能力は、パソコンに比べ。幼稚園と大学生ぐらいの差がある。スマホ止まりの人は、自己表現能力が著しく低下してしまう(自己表現能力がないのではない、その表現する方法の、こと)。のは。やむをえない。このやむをえない、という表現でも。昔のパソコンより、今のワープロ機能としては、かなり早く転換してくれるものの。実は、今度は漢字がネックになる。日本語は漢字の変容に過ぎないから。カタカナ、ひらがな、までは。高い、変容技術として。日本語文化の長年、の誇りである。しかし、残念ことに世界性が、全くない。ひらがなによる書道は、僕の得意とするところで、あの美しい流れは西洋人が真似できない。日本人の高い文化ではあるが、パソコン文化から見れば、もはや。無用の長物となりかねない。ともかく、社会というものは、ほとんど金金金の、要は合理性という名の実用一点張りで。その中で、美しさをたもつのは容易ではない。シンプルを考えた、世界性のあるデザインにしなければ世界に通用するものではない。その点アルファベットは抜群で、いうまでもなく。今の銀座は、単に西洋デザインの世界である、などというのも。嫌になるほど、単なるパリやニューヨークなのである。僕などは、昔のローマ字論者に過ぎないが。僕がローマ字に目をつけた時には、日本経済は好調でローマ字論者の言うことなど一切聞いてくれなかった。日本語をローマ字にすべしとは、あまりにも高い理想であるから、無理もないが。世界が、ここまでローマ字で展開すると、世界の文字文化が、ローマ字に統一されると言うことは目に見えた話なのである。簡単、明瞭、で美しく、いくらでも自由に表現できるアルファベットは。もはや世界の基準となって。世界が一つになって、コロナと戦わななければならない時の。人間の最も重要な武器なのである。コロナも、宿主である人間を抹殺しては。自分も死んでしまうので。適当に間を置いた攻撃を仕掛けてくるのであるが。アルフベットの世界代表は、今のところ英語だから。ともあれ、昨日もあのIBM(インターナショナル、ビジネス、マシーン、の略)を思い出して。税理士の友人と電話雑談をしていたが。最近は、あまり表面化しないIBMという会社は、僕が学生の頃や、戦争中の。隅には置けない世界の。本当の、世界のIT産業を牛耳る、密かな巨大企業であるということを忘れている日本人の。大衆の、愚かさを言ったところで。その愚かさが僕の、ローマ字運動の火を消した日本文化を恨んでみても。僕もすでに78歳なので。おさらばして、絵でも今日も描いて。銀座で個展を開く準備でもするが。この、毎日書いている祖父ネットは、全部。ブラインドタッチで、それは三十年も前に「獲得」している技術で書いていると。改めてここで自慢しておきたいのである。で、長年の溜飲、を下げた、いい朝となった。が、空は曇っているね。で、最後に。日本のローマ字化は、わが明治学院の創業者、宣教師ヘボンによって、明治時代早々に完成していること。と書いて皮肉を言ったつもりなのであるが。皮肉ではない、悲劇を今日は書いた。と、思っている。で今だ未だ、十万円はおろか、一枚のマスクも、送られて、こない。これが、一刻のいや、一国の首相の「約束」なのであるか。世界と戦った唯一のアジア民族、大和民族は滅びる。と、思うと。この予言が当たらないよう頑張られよ。と、年金受容生活者からぜひお願いしたい。のである。

 

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加賀町ホールストリーミングコンサート第3回「鈴木智恵ピアノリサイタル」ライブ配信は、本日5月23日土曜日、午後16時から、加賀町ホールチャンネル、you tube で行います。皆様のご期待に応え、いよいよこのような形で、実行されますので。ご案内申し上げます。現在の状況から、特に身に浸む、印象的な音楽会となると信じています。祖父ネット

 

 

 

 

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」

(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

 

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2020.05.22

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(345)5月22日、金曜日(千日祈願)

ギャラリー惣、で。人生最後の個展を実行しようか、などと考えたのは。当然この、鬱陶しいコロナをぶっ飛ばす思いからである。僕が、ぶっ飛ばしたところで大した効果もないが。祖父ネットが、最後にいよいよ、狂ったかと言われるのもあながち、悪いわけではない。しかし冷静を失い人生にいよいよ狂ったか、と思はれるのはよろしくない。ので、そこは祖父らしく慎重に、行きたい。中で、キリスト教が、この頃少し分かったと思った。その明確な意識で聖書を開いた。それも新約聖書。の、英語対訳である。その冒頭、マタイ伝(最近は福音書というが、ここでは伝、昔の表現で、伝、とする)から、始めている。この意識は、イエスは神である、という自分の、信仰的確定的意識を前提にしている。僕が、ここまで、イエスという人物を。神としてここまで確定し、聖書を解釈したことは今までにない。小学校の時(三年)から、今までキリスト教に付き合ったのであるが。初めての明確な意識である。イエスを神と確定的に意識すると。マタイ伝も満更ではない。まずそれはイエスの家系(血統)から始まっている。もともと、この家系は、近代人に馴染まない古代的家系であることは、明確である。初めから、インチキであると思ってしまうのは、当然で。内村鑑三もなんやら解説していたが、昔読んだ僕はわからなかった。しかしこの箇所は、聖書の冒頭であるから。簡単に無視できないことなのである。で、読めばわかるが、何代にも渡り書かれているが、デタラメであるのであるか、どうか。それはまず置いて、次に来るのが、イエスの誕生の経緯である。前者が系図、後者がイエスキリストの誕生という、小見出しがついている。対訳聖書では、ここが1ページで、新約聖書だけでも、全616ページにおよぶから、膨大で。薄紙の洋紙に印刷された聖書は、おなじみであるが、初めから読み切った人は皆無であろう。僕は、旧約聖書と新約聖書を通しで二回は確実に、通読したことがある。3回目は挫折したと思う。その最後は、黙示録22章で「二十一節・主イエスの恵みが、全ての者と共にあるように」で、英語で書けば、MAY THE GRACE OF THE LORD JESUS BE WITH EVERYONE 、ドイツ語のルターが訳した聖書では、DIE GNADE DES HERRN JESUS SEI MIT ALLEN !・であるがドイツ語は、英語よりアルファベットが、打ちやすいとはじめて知った。が、ドイツ語を打ったのは、これが始めてで。最後に感嘆記号で、終わっているのは、いかにもドイツ的である、と思った。のは、今朝であるが。マーこんなところである。ドイツ語はわからないから、英語でイエス誕生を追うと。英語の凄さがわかる。日本語では、単に誕生となるが、英語では。そこ、マタイによる福音書(伝)、第一章、十八節は。日本語で、「イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。」となるが、英語では、this was how the birth of jesus took place となるから。日本語表現と英語表現が、同じ箇所とはとても思えない。それは、英語のtook とplace という言葉からくる。took というのは、take の過去形で、意味は。つかむ、とらえる、などであると、英語辞書には書いてある。この、箇所に使われる。掴む、という英語は。いかにも、キリスト教的強権的表現で。今や世界は、イエスキリスト一色であると、考えると。恐ろしき限りであるが。僕ら日本人の神道的意識や習慣からは、想像できない言葉、なのである。つまり、どう考えても、そこから続いて出てくる、マリヤの。処女降誕の様子は、系図と完全に不一致であると、言わなければならないが。イエスを神と解釈すれば、そこは難なくクリアーできる、という事実は。僕も最近の経験である。異常な社会状況で聖書を読むと。うまく読めるコロナ社会の異常な朝となった。のは、ありがたきこと、有難き(ありえないこと)と、子供の僕に教えてくれたのは、クリスチャンの母であった。と、書いた朝となった。(追記)his mather MARY was engaged to JOSEPH , but before they were married, she found out that she was going to have a baby by the HOLY SPIRIT . で、神の聖なるスピリットで、彼女はイエスを身篭った (was going to have a baby)と。なるのである。だから、イエスは、神によって身篭って、人間(夫ヨセフ)によって、身篭ったのではない、のだから。神の子、神、となるデリケート。が、いきなり書かれるのである。この記述を、僕は文字通り信じるのであるが、祖父ネットの読者で。それを信じる人は、どのぐらいあるのかは不明、僕にはわからないことである。これが、キリスト教の第一歩、なのである。  

 

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筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.21

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(344)5月21日、木曜日(千日祈願)

ギャラリー惣、の惣、という字を。責任者の佐々木さんがくれた、葉書で読むと。「想」とも読める象形文字。の、漢字であるが。そのおもての絵葉書の写真は、地味な。石造、で。交脚菩薩坐像。で、五世紀の北魏時代、のものと書いてある。その菩薩のある、ところはアメリカメトロポリタン美術館だとも、ある。そして、その葉書は、便利堂で印刷されたもので。その便利堂は、京都と東京にある。ともある。佐々木さんが、なぜ、この絵葉書をくれたのか、いろいろ忖度するのだが。なぜなら、電話で話したばかりだし、わざわざ葉書をくれたのは。実際は僕の奥さんに出したかったのだと、思った。のは、正確であると、思う。今時、銀座で。この自粛期に開廊し、天下に、画廊を誇示した佐々木さんは。僕の個展のスポンサーが、僕の奥さんである、という僕の言葉を信じ。僕の優しい奥さんが、きっと最後の、僕の個展のスポンサーになってくれるよう。そんな気持ちを込めて、この菩薩を送ってきたのであろう。はるか昔、和光だったが。本当に。画道の修行時代の若い時。和光の画廊を覗いたことがある。僕は、吸い込まれるように、高級な和光画廊に入った。そこで。小さな同一の額縁に、美しい鳥の絵を描いて。展示していた画家の絵を見た。絵は具象で。どの鳥も素晴らしく美しかった、が、僕は。まだ、その地味な絵に開眼していない時期で。派手な自分の、若さだけが前面に出る時期であったが。ざっと見て、見終わると年配の女性が寄ってきて。これは、私の夫で。最近なくなったのです、と僕に話したことを、思い出した。その女性が。和光画廊という。とんでもなく高い(推定)画展のスポンサーだったと。今ならわかる年齢に僕もなったが。実際はもっと劇的で。その夫は最近、自殺したのだ、ということが加わっていたと。はるかかなたの記憶の中には、ある。などと書く朝となったが。人間は、あくまでも。神のもとにあって、生きているに過ぎない。ということは、先日。ギャラリー惣に、行くために。銀座線で銀座駅に降りた時、そこは真っ暗な自粛駅で。ほとんど、誰もいない駅で、改札口を降り。右も左も分からないような、工事中の駅になっていて。かすかにあの階段が。和光に出る階段だと確認できたので。この位置は、四丁目の真下なのだと、気付き。見当をつけて地上に出。ギャラリー惣を目指したのは、確か先日、だったかなと思ったぐらい。社会は平常を失ってもはや、新たな世界が。できつつある、と思うのは。神が、バベルの塔(旧約聖書)を、現代社会にまたまた起こし。人間を諫めた社会現象だと。僕は解釈して。伝統的で中世的な、教会の礼拝形式も。いよいよ本庄教会のようなネット配信に、せざるを得ない時期にきた、ということは。僕が。いよいよ。日本文化の発明品である、無教会主義を卒業する時期でもあると、思ったのは。世界万人に、神の言葉を伝えることが、「どの教会」でも「できる」時代になったと、慶賀して。僕の無教会的役割も終わったのだと、知った朝となった。と、書いて今日は終わりたい。が、今日も寒い朝であるな。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2020.05.20

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(343)5月20日、水曜日(千日祈願)

イザヤベンダサン(いざ、や、便ん出さん)を発送した、と古書店からメールがあった。高校生の時に読んだ、ユダヤ人について読むことができる、とは。山本七平さんは、そこで。何を書いたのか。彼のデビュー作であるが。評論家として活躍した彼の、戦後を生きるための苦肉の一作だったのだろ、と思う。一方昨夜「清水次郎長と明治維新」も、着いた。その125ページで、「大和田の友蔵」の写真。これが僕の先輩の、磯部さんの祖祖父の遺影だ。明治維新のあたりで撮影したものであろう。作者の田口英爾さんの名前(他界)、のエイジが読めなくて。エイジ、の英をひで、と読み。爾の字をや、と読んで、しまい。検索にてこずっていた小説家長谷川伸の。大衆小説の会に入っていた彼が。僕の家に来たのが、そんなに古いことかと、感無量だ。世間は、何事も。どんどと忘れてくれるのは。彼を支持した多くの人も、どんどん死んでいくということが、原因である。で、どんどん物事が忘れられるのだ、いや過ぎ去るのだ。本の中に、郷司浩平さんが、出る。日本生産性本部を戦後作った人で、僕がよく知る人だ。その人も、もちろん忘れられている。本の中で田口さんは、郷司さんを。「日本の経済成長の立役者」だと、書いて。その立役者をまるで。歌舞伎の舞台でみているようにみていた、若い時の僕が。なんと78歳で。今、コロナ時代なのである。ぼつぼつ、自粛も取れるのか。田口本はともかく古い話で、呆れるが。日本の映画収入が、前年比・なんと96%以上落ちた、と聞いては。倒産した日活に勤めていた若い僕が、日活を見放して離職した昔を。思い出してはいるが。昨今の経済状態が、こうも異常だと。僕は、本当に。若いこれからの人や、今の壮年期の人を。特に画家たちの生きる日常を、心配しているのである。銀座の画廊の佐々木さんと、先日。話したのであるが。横浜の、キリスト教の名門校から出身し、銀座で画廊を開いている佐々木さんが。元気で、先日早々に開廊したのは。僕の今の、唯一の喜びとなって。佐々木さん、あなたの学校の校庭で。「日本の聖書」は翻訳されたのですよ(記念碑がある)。と、話すと。そうそう、そうですねと、答えてくれて。イエスキリストは、二千年の間。人類に忘れられないで生きている、ということは。なんとも異常中の異常なこと、なのだと気付き。つくづくおかしな「救い主」であると、曇りの朝にこれを書いて。新聞でも取りに行く、気になっている。郷司浩平さんは、あの時。僕と教会が同じで。彼が今の立派な教会堂、目黒の駅に近いその教会堂の建設費を大半負担した。の、であると僕も。その一部を出した僕の誇りとして。無教会思想の僕が誇る、異常なことになった今日の朝となった。のは。異常なのである、と書いて今日は終わりたい。寒い朝だね。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.05.19

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(342)5月19日、火曜日(千日祈願)

起き抜けにまず、イザヤベンダサンの書いた本(古本)を、ネット古書店で買った。それは、僕が明治学院高校の時の有名な本で、日本人とユダヤ人の比較を書いたものである。著者は山本七平さん。僕の同級生の高濱君が後で読売新聞社に入り、そこで。著者は、イザヤベンダさんというのは、実在の人物ではない、山本氏である、と記事にしたのは。いつ頃のことだったかは、忘れたが。印象に残る記事であった。イザヤベンダさんを日本語で書くと。「いざ、や、便出さん」となる。というのが、内容であったと思う。山本さんを、後でいろいろ調べると。彼は青山学院の出身で。クリスチャンである。彼を、クリスチャンという確定はむすつかしいほど、最盛期は。有名な評論家になって。僕などは、彼の一生と、書物で付き合った。癌で亡くなり、その闘病記も書いているが。兵隊時代のジャングルで、兵隊が死ぬ時一番苦しむのは。便秘であると記録している。歳を重ね癌になり、最後に。その便秘で、彼も苦しんで亡くなった、ようだと。知って、僕は一層、彼が好きになったが。僕も深く関わった、明治の大逆事件の縁辺、にいたらしいとも後でわかった。が、今は。世間から完全に忘れられている。その忘れられた彼を、思い出したのは。昨日、銀座に行ったからで。自粛の中で開催された画廊主から、誘いがあって。松原修平展を鑑賞に行った。そのことはいずれ書くとして。銀座の豹変には、正直ゾッとした。あれだけの街が、一気に。変わり。不思議と復活感が出るとは。なんだ。すごい。と、僕がいうのは。景観的に、良い方への変貌のことである。凄い美だ、と思った。何者にも遮られないで。美しい建物が林立し。その姿は、ルイ十六世の宮殿にいるようで、宮殿の真ん中に和光ビルが、デンと座り。周りに配下を従えて、堂々と。している姿は。本当に、正直。何者も近づけるものではない威厳がある。それが最大の、僕の。ショックだった。しばらくすれば再び、見ることもない光景とは思うものの、和光のそばの閉鎖されている。今も、山本七平さんを売る教文館を横目に僕は。帰ってきたが。異様としか言いようのない経験をして。山本七平さんの「日本人とユダヤ人」をネットで買うアクションが律動として朝。僕を刺激したのである。早々に僕は、その古書を。それも英語版で買ったのは。十万円申し込みの書類を投函した後の、ことと書いて。今日は雨であるな。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.05.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(341)5月18日、月曜日(千日祈願)

日本キリスト教団本庄教会のネット礼拝(17日、10.25分から)に、参加した。意外だったのは、その映像の美しさである。ネット住所、https://honjochurch.wordpress.comを、アクティブで貼り付けることができないが。ともかく、ネット住所は、今書いた通りである。不思議な体験だ、と言っておきたい。その前日かに、事前に教会に電話を入れたのは。HPを見て、彼と、その奥さんが。共に明治学院で勉強した人であるからである。彼が明治学院大学英文科に入学したのは、僕より少し後であるとは、その時に電話で知ったことである。深くは、初めての会話で聞くことではないので、そこはあっさりとよけて。なぜ、僕が。日本基督教団本庄教会に。わざわざ電話を入れるかを説明しなければ、ならないだろうから。もっぱら、それに時間を取られた。まず僕は、明治学院に十年間在学した人間であること、僕がその、本所教会に行ったことがあるのは概ね、十年ほど前であること。それは、「磯部久作」さんという牧師のお墓をお参りに行った、縁であること。磯部牧師は。日本キリスト教歴史大辞典(教文館・1987年刊行)の112ページに、名前が載っていて。僕の先輩(壮年期社会人の時)の祖父、であること。その先輩もすでに亡くなっていて。その教会の一角に、その祖父の墓地があって。など、かいつまんで話しても、かなり時間がかかった。先方は牧師だから、人と話すこと、聞くことには慣れている職業だから。どちらかというと、僕の一方的な話であるが。彼の話ぶりと、ネットでみた彼の写真とから。彼の人となりをなどが印象にあって、僕より若いのに、なぜか老けて感じたのは(ネット/ユーチューブ礼拝では、貫禄があった、その日は司会者)。現在の責任のある職が、それに影響しているのかも知れないが。僕の印象は、そう言った印象である。僕が尋ねたときは。新幹線本所駅ができたばかりだったのではないか。と、思うのであるが、池袋から電車で行った。そこからタクシーに乗って行き(意外に近い)。僕の先輩が早速、懐かしそうに、そしていたわるように。自分の祖父の墓を見ていることが、印象に残った。僕は、彼との付き合いが長いし、建築設計業界の営業で苦労する仲なので。普段から、しょっちゅう会っていたが、彼の職業ぶりは、いつも。紳士で、真摯、というのが、僕の印象である。その彼が。僕にある日。自分の祖父の牧師人生を、「告白」したのは銀座である。銀座通りのレストランで食事をしながら。彼は、僕にポツリと。いつもとは違った調子で。僕にあることを語った。僕はある種の衝撃を受けて。彼の父上の名前を聞いて、そのまま。池袋の東武デパートから。彼の父上の名前を使い。真冬だったので、ジャンパーを贈って。そのようにした、と彼にジャンパーが着く前に事情を話しておいた。もちろん、もっと深い話であるが。僕が、ネット礼拝に参加した、初めての経験は。そう言った事情が過去にあって。今、その時に、当時の牧師飯野俊明氏から、いただいた、「本庄教会・教会設立100周年を記念して」、を詳細に読みながら。一方で、今の牧師(御子息)の説教を。ネットで全部聞いていて。僕なりの感想を持つのであるが、それは。それで、また後で。じっくり煮詰めて。教会をだずね。十万円をもらえるような社会情勢だから。牧師さんに食事をおごり、往復新幹線を使い、駅からはタクシーで。さらに特別献金もして。散財しようかと、今楽しい計画を考えている。朝と、なったのは。コロナのお陰なのである、と思うので、あるが。近くで救急車のサイレンが聞こえると、なんともリアリティのあることであるな。と、今日はこれまで。とする。

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筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.05.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(340)5月17日、日曜日(千日祈願)

日本キリスト教団本庄教会のネット礼拝(10.25分から)https://honjochurch.wordpress.com

なるものに、今朝は期待しているが。それでは、献金が教会にはいらない、という奇妙は。キリスト教会史、始まって以来の革命であろう。多分、今後の社会では、コロナ後のネット新生活が普通で、いわば無料社会が本格的に出現する訳であるが、ネットを繋いでいるのは、自己負担であることをうっかり忘れているのである。教会に行く通う、ということは今の社会にとって、いかに大変であるか。ということ、を逆に表している。神、の実在を語りかける教会の営為は、二千年の間、絶えることなく継続している訳であるが。教会を点と考えると、そこに行くという、人間の点的実在の、線的経費自己負担は、大いに大変である。献金をはじめ、交通費、いささかいの交際費、昼にかかれば昼食代、その他の雑費などを入れると、全体の経費はバカにならない。これは1ヶ月単位の経費の見積もりであるが、それを一年で見れば。その経費は、もっとかかってしまうだろう。僕のような貧乏老人にできることではない。で、教会というところは、本場ヨーロッパあたりでは。国民に教会税を課して、教会の安定的経営をはかり、大きな教会を建設し、自己負担を軽減しかつ、社会の安定を図る。という、政治的行動が出現するのは。結局。キリスト教は西暦500年程度で、早くもローマ帝国の国教だったからである。帝国の運営は、結局は破綻に帰すにしてもキリスト教は生き残り。ヨーロッパ全土で言えば。キリスト教の制度は見事な社会制度となって、はじめはキリスト教が政治を支配しながら、次に政治と併走して共生し。さらに、政治が優先される近代社会(革命)、が生まれてくるのである。個々の国(ヨーロッパ諸国・ロシア・南米・北米なども含む)で、この発展過程は異なるにしても。これで、キリスト教圏の文化の発展は、世界全体で見れば、見事な統一的発展を達成し。て、いわば世界を支配したのである。しかし、世界のローカルな各個文化も生き残り、島国日本も。キリスト教に犯されるまでは、鎖国によって。かろうじて、自国文化を維持したのである。しかし明治以降、それもならず。世界基準に巻き込まれて、キリスト教文化を受け入れることになる。それが、結局、昭和二十年(1945年)の原爆敗戦によって終焉してしまったが。僕の経験から言えば、この流れの中で。一番印象的な光景は。原爆3ヶ月後の、長崎の惨劇の後の。記録されたある日本人女性の(少女と表現される)、「微笑記録」に残されていると。昨夜、あるYouTubeで知った。彼女は、ほぼ、僕より10歳ぐらい上の人で。その記録映画のレポーターによって、再度、78歳で見い出され。あの原爆当時の、「モナ・リザの微笑み」と同じ表情が、今も輝いているということは、昨夜知ったことであるが。なんとも、そのレポーターとの初会見の場所が、長崎のカトリック教会であるということが、僕に深く印象に残ったのである。が、本物の方の美術品、ダ・ビンチのモナ・リザの謎の微笑も、結局あのとき。何かの大崩壊の後で、作家が同じ感じをある人に、同質のモチーフを持ち。今も世界で残る文化遺産として、人間遺産の。永遠の微笑として、世界に存在するのは。人間生命の運命の。宇宙的表情なのであろうと考えた朝になった、とは、驚きとしか言いようがない。僕も今は、その発見された少女と同じ、78歳なのであるが。ウィキから⚫️『モナ・リザ』(: La Gioconda、: La Joconde)は、イタリアの美術家レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた油彩画。上半身のみが描かれた女性の肖像画で、「世界でもっとも知られた、もっとも見られた、もっとも書かれた、もっとも歌われた、もっともパロディ作品が作られた美術作品」といわれている[1]ポプラ板油彩で描かれた板絵で、1503年から1506年に制作されたと考えられている[2]。もともとはフランス王フランソワ1世が購入した作品だが、現在はフランスの国有財産であり、パリルーヴル美術館が常設展示をしている[2]。しばしば「謎」と表現される画題の不確かさ[3]、スケールの大きな画面構成、立体描写の繊細さ、だまし絵めいた雰囲気など、さまざまな点において斬新であったこの作品は、現在に至るまで人々を魅了し続け、研究の対象となってきた[2]。⚫️

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

 

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2020.05.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(399)5月16日、土曜日(千日祈願)

アンテンドゥ・カフェーの椅子は、整理されている。人はそこを使えないが、今。に、見ておれ。そこで読書をし、画家たちと人生論を。語ったあの日を、忘れるものか。と、思いつつ。早くなんとかならないものかと期待して、首相の解除報道を聞いたにしても。美人の東京小池(朝寝ぼけて推敲前は、池田、と書いたいた)都知事は、この戦いにたくましくなって。これなら日本に女性の首相が生まれるやも知れず、と思いながら。先日、近くにある小池さんの家の前を通ったのは、何もストーカーをやろうと言うのではない。一国の首相(別言大統領)になるには、それ相当のテストを受けねばならないが。彼女は、今。その口頭試問を受けている真っ最中である(都は解除ではない)。多分、合格して見事日本の首相になると、期待している。おかあーさん的な優しい政治家が、やっと戦後七十年以上も経過して、ドイツのメルケルさん(クリスチャン)に追いつくのである。慶賀、と早めのお祝いを都民のために言っておきたい。と、書いたのは、思いつきであるが。今朝、意外なものを調べている。ハードカバーという本ではないが。地味なしっかりと、製本された真面目な自費出版本である。「本庄教会・設立100周年を記念して」で。出版されたのは1991年、私が手に入れたのが、2009年。送ってくださったのは。当時そこの牧師飯島敏明氏。今はどうなされているのかわからないが、なんとなく懐かしいのは。その本の中に。僕の尊敬している先輩が関係する事項、があるからである。その教会に一緒に行こう、と誘ってくれたのは、その先輩で。電車で行った記憶がある。その人は既に故人で。懐かしい人であるが。僕が、設計業界のある団体(今は解散している)で役員をやるきっかけを作った人で。その設計事務所は、銀座にあった、建築設計事務所で。僕も度々お尋ねし、親しくしていただいた。銀座のそこは、かつて石川啄木が、朝日新聞に勤めた頃の碑もあるところ、並木通りだと思う。資生堂などもあり。この設計事務所も、銀座で商売をするだけあって。鎌倉の建長寺、なども設計した建築設計事務所なのである。などなど、妙なことを思い出した朝になった。のは、さっきの。本庄教会史を、このところ読んでいたからである。で、白昼夢は、朝だから白日夢か。は、遠い幕末明治時代に遡る。それも清水港、清水の次郎長、から始まる話なのである。昔、いつもぶらぶらしているジュンク堂の棚で、「清水次郎長と明治維新」、という本を手にしたのは。かなりまえだ。今のジュンク堂は、実態は丸善になっているが。当時は堂々と、神戸のジュンク堂が東京池袋に進出、した姿だった。僕も、当時は池袋にある、建築設計事務所の役員で。時間など構わずに堂々と、好きな本屋さんでぶらぶらしていた。が、ふと手にして、その1ページ目に、目を引きつけられた。僕の知っている人が載っている、ではないか。それも大先輩で、知ってはいるが近寄りがたい人である。が、知っていることに間違いはない。当時のその知り人が、健在であったかどうかまでは、覚えていない。が、よく読むと、大体の筋は。天下には、世に、ことをなそうなどという人には、暴れん坊がおおいもので、と書いてあり。その暴れん坊が、その本で、書こうとする清水の次郎長であり、添えて。自分(著者)の知り人として、もう一人が郷司浩平さんだ、ということが書いて、あって。僕の知り人も、その郷司さんなので、清水の次郎長ではないのである。郷司さんは戦時中、「決戦経済体制論」なる本を書いた人である。が、実は僕の知り人として、ここで書きたい人は別の、本当に有名な。清水の次郎長に通じている人で、郷司さんではないのである。つまり、二人の知り人であるが、次郎長は誰でも知っている人で。郷司さんは経済界では有名であっても、世間の人が知っているという人ではない。で、僕は、その次郎長は、戦後の講談でしか知らなかったから、郷司さんの縁で。その本を書い。読み始めた結果、僕はあらんことか本庄教会をたづねることになった、という話なのでるが。ややこしく、長くなってしまい、明日としたい。

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2020.05.15

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(398)5月15日、金曜日(千日祈願)

まー、とにもかくにも。自粛要請は少し緩んで。しかし、かつてのアンテンドゥ(カフェー)は、いつ戻るのか。心もとない。誰が悪いのでもない。人類のバベルの塔、的現象が。聖書の神話のような有名な現象を、理性的判断として神話に残した。あの言葉を思いだす。人間が、寄り集まって私(神)のような力を持ってくることは、好ましくない。というような主旨だったと思うのであるが。それもまた。一気に崩壊させる手段が現代にもあるとは、驚きである。あれは神話ではなく、実話。それも未来まで見通した、恐るべき哲学であったと、思うのは。私ばかりではないのではないか。それをブリューゲルが絵画にまとめ、今でもウィーン美術史美術館に飾られてある。のを、私は穴のあくほど観たことに、クリスチャンの自分の。力量を誇りたい気持ちがしている。自分に誇るべきものなど、一切ないが。これだけは自慢できるのであるが。バベルの塔神話は、本当だった気がしてならない。神が、人類の傲慢を諫めてくださった、のだと。考えれば、自粛も当然で。アンデンドゥのコーヒータイムも、そう遠くはないと思えるような、気がしているのは。私ばかりではないであろう。「異郷の陽だまり」「日本近代文学の名作」は、そんなことで。そこアンデンドゥで読まれるためにスタンバイしているが。前者は今もご健在の画家野見山暁治さん、後者は亡くなられた吉本隆明さん、の書いたもので。どちらも傑作である。前者からは岸田劉生を。後者から僕は。太宰治と島崎藤村を。読み出しているが。両者の深い、高い価値を。やっと、説明してもらい。僕の非才をまたまた確認している、自粛の日であるので。ここではその内容は、書かない。いちいち書くことは、よろしくない。ともあれ、僕らの時代で何であれ、社会で「古典」化、するものの質の内容を見事に吉本さんは書きながら。もはや、「太宰治以後の作家の作品を古典とか名作とか呼ぶ条件をわたし自身が持っていない。今でも太宰が漱石と並んで多く読まれているというのは、偶然でも流行のベストセラーだからでもなく、古典的な名作であるための条件を備えているからだと思う」と書いて。その文章の前で吉本さんは。「太宰の作品まではもう既に古典の条件を備えていると確信することができるが、それ以後の作家の作品が、古典と呼べるほどの名作かどうかをはっきりと言うことができない。」を、読んだときに。親父(明治生まれ)と同じ年代の、書かれた太宰治と、彼ら(岸田劉生は明治時代の代表的画家)の生き様が。吉本氏によって文学的に表現された、高い意識が僕に初めて伝わったのは、自分ながらびっくりして。僕らは、今まで八十年ほど生きているのに。戦後に生きた僕らの年代が。本当に古典となるにふさわしい文学の一つも、生み出せなかった不甲斐なさに。僕は、愕然として親父の霊に、心から。すまなかったと、謝り。自粛になった、のであるが。なんとも遅きに失するぞ、と親父に叱られたような気がしている、朝となった。

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2020.05.14

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(397)5月14日、木曜日(千日祈願)

コロナで家を失った方の支援団体が、ある。という言葉を友人から、久しぶりに聞いた昨日以来。もっぱら80号で。「エトランゼ・パリ」、を描きながら、小説家「太宰治」の研究をしていた。青空文庫で、「人間失格」をポツポツ拾い読みし。彼の、戦後直近の心理を、考えていた。これが、僕の父にも、父たちにも、きっと通じていると思ったからである。若造の僕らは、そのとき、もっぱら彼らの批判者で。その傾向は、世界中で同じだったと思う。社会的に、僕らは。「怒れる若者たち」というレッテルをいただき。第二次世界大戦の無様を怒っていた。のは、若かったからに過ぎないが。自分は戦争の被害者であり、加害者ではない、と。勝手に思っていたのである。当然、僕らは加害者ではない(いくら若くてもただし、人間存在としての自己責任はある)。僕らの父たちが、加害者で。僕らは被害者であると単純で純粋に、思わざるを得なかったのである。その時、教育者でもあった牧師の、山永武雄氏は。そういう僕らを、キリスト教信仰で救済したのであるが。彼が訳したシュタンゲという人は、⚫️[生]1870.3.7. ハンブルク[没]1959.12.5. ゲッティンゲンドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。⚫️このような人で。この貼り付けはウィキからではないが、ネットからである。このシュタンゲという神学者を、山永牧師が訳したとき(「キリスト信仰の真理性」昭和十二年)。宮本竹之助という人が、もう一冊のシュタンゲを訳している。「基督教的世界観と哲学的世界観」である。この本は、長崎書店から、1934年・昭和九年に出版されていて(ヒトラー本より後で)、僕は。シュタンゲのそれらの本を、二冊持っている。で、今朝。起きがけに。ひょっとして。下手をすると。ヒトラーの「我が闘争」に影響を与えたのではないか。ヒトラーは、この本を利用したのではないか。もしかして、山永牧師はこのことを知っていて、戦後。シュタンゲ研究をやめたのではないか。などと、疑ったのである。で、我が闘争、の出版時期(ヒトラーの執筆時期)を、確認してみたところ。ほっとしたのであるが。ヒトラーが、この闘争本。世界史に、多大な迷惑を与えたこの本は。第1巻が1925年、大正十四年、第二巻が1927年、昭和二年で。シュタンゲ神学と、全く関わっていないと、確認し。ほっとし。今日の、祖父ネットを書き出したのである。確かに、よく考えてみると。ヒトラーとシュタンゲは全く立場が逆で。昭和二年のドイツの逆境(世界大恐慌)を乗り切ろうとする、ヒトラーの過激思想と。シュタンゲの、キリスト教的世界観は。全く、逆さまの思想であると。確認し。戦後直近に。人間崩壊を見事に描き切った、わが日本の。優れた小説家、太宰治(堕罪、治)の。小説を。今日も読みながら。世界の悲劇、人間の罪を考えながら。絵を描いていたい、と思ったのである。僕は、謹んで。山永先生の霊に。心から敬意を表し。大切で貴重な一日を過ごしたいこと。さらに、コロナ収束の1日も早いことを、祈りつつ。緊急事態宣言の一部解除に、素直に期待したいし。アンデンドゥでコーヒーを飲む日を、今日も自粛し(喫茶部は閉鎖、パンは営業中)、もうしばらく待つことにした。

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2020.05.13

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(396)5月13日、水曜日(千日祈願)

家を失った方の支援団体が、ある。という言葉を友人から、久しぶりに聞いた。昔、現役の時、東京都によく仕事で出かけた。今から思うとほとんど毎日のように。行った。新宿駅から東京都まで、概ね工程の8割ほどは一種の地下である。そこに、ずらりと並んだホームレスの方々の間を縫って、いつも東京都に行った。誰しも知っている当時有名な光景(日の光のもとに、見える外界のこと、有様、様子、景色。広辞苑から援用)である。小さな会社(建築設計会社)の、役員である僕は。いつからか、父の株を引継ぎ、今でいうオーナーになった。が、そんな気はまるでしなかった。一昔前のいわば零細企業のオーナーは、今のオーナーと全然違う立場だった。独裁権のような、洒落たものは、一切なかった。昭和の十年代から続く会社で。一定の、評価された技術力を有していたから、一種の安定感があった。それを僕の退職を機会に書いて、社史として残しておいた。それを、今また再読している。ホームレス全盛の時代、だったからである。その人たちは。どう生きたのか。僕には、わからない。ホームレスという人の、小説を書いて。ベストセラーになった人を知らないし、あるのかもしれないが。その後のことを知らないのは。僕も、零細企業を守るのに、必死に自分の立場も守って、いたからだろう。焦点は、自分の会社が、いかに生き抜くか。であるが。いつも内村鑑三を読んでいた。キリスト教の考え方とは、一見いろいろ複雑に見えて、そうでもない。単純極まりない。そのことに気づいたのは、そういった困った人たちを見ながら、その原因と結果を自分なりに。内村流に解釈していたからだろう。会社は生き残ったが、社会は異常なバブルの後で、雪崩のように「家なしの人々」を生み出す。そこに一種の油断があったと思う。のは、僕が内村の明治禁欲主義(明治学院的プロテスタンティズムと合体)で、生きていて。社会の油断をそこに見ていたからであろう。今から思うと、勝手な僕の解釈であるが。ともかく、個人的油断を社会的階級闘争に置き換えては、考えられなかったのは(イデオロギーとして)。すべて、内村鑑三の思想によっていたからである。内村が若い時の、新聞社の同僚が幸徳秋水、でアナーキスト。やっと、僕も、無政府主義の意味が理解できたのが、最近。幸徳は大逆事件で死刑になった。一緒に十二人が、死刑になった。初めに、24名が死刑を宣告され。明治天皇の大赦で、十二人が死刑を免れた事件。実は、僕は。この事件を深く知っている、のである。事件のあった頃生まれたのが、太宰治、や僕の父たち。その明治生まれが、世界大戦に巻き込まれ、その豊かな才能を破壊された、ばかりか。ペンネーム太宰(堕罪、から来ているらしい)は、自己破滅をしたが。その意味を、本当に知ったのはつい最近である。人間失格、斜陽を再読している僕は。人間罪に、今も関心がある。それが、最近。の、コロナ事件で再燃した、ということであろう。ホームレスの方々も、今や再構成されている経済状態である。ようだ。今日は、これで。

 

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杉山勝己ネット大絵画
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.05.12

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(395)5月12日、火曜日(千日祈願)

(一)要請限界の東京が、生まれている。果たしてこの中途半端。これでいいのか。結局、感染の有無を検査しなかった政権の怠慢である。僕も感染しているのではないか。ということなのに、それが。確定できない。のは、政権が無能であるからである。世界の先進国で、圧倒的に少ない感染者と死者の数字は、正しくないのではないか。これで、事業を再開すると。一気に感染と死がやってくる、と素人は思うのである。で、中世社会の感染状態防衛とさして変わらないと、言われている。もはや今の日本社会は、先進国でないことが証明された。ルーズな自由の、三等国家に墜落している(一流になった、ドイツのメルケルさんの足元にも及ばない、とは)。戦後これだけの苦労をして、日本はやっと。先進五カ国になった、僕は。もはや。後進国に数えられる国民であるか。皆、愚かな、自己ルーズな、おぼっちゃまの。無能首相の責任(国民の代表者・単純な自己利益誘導者)、である。と、書くことに躊躇しない。とは、驚きである。国民は、もう一度。革命的覚醒をする必要がある。もう一度、「自由」を考えるいい機会だ。僕は、キリスト教の自由が、意外に。人間にとって、とてつもなく深い概念であると昨日気付いた。それは、ドイツの神学者シュタンゲの神学によって、明確になった。近代の概念としての「自由」は、ドイツで生まれ(ルターの宗教改革)世界に広まった、と書いてしばらく置いて今日中に次を書く予定だ。(二)人間の「自由」を考えることになった。自由は、歴史の中で、如何に発展したのであるか。を考える時に、自由は、独特の概念であることが、わかる。この問題を考える時に、ドイツの神学者シュタンゲを登場させたい。シュタンゲなどという人は聞いたことも、ない見ず知らずの人。で、なんの親しみもないと思うので。前回と同じネットからの貼り付けをまず、⚫️[生]1870.3.7. ハンブルク[没]1959.12.5. ゲッティンゲンドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。⚫️という人で、縁のない人であろう。実は、僕も縁のない人で。全く知らない人であったが。僕の師の、という表現は前回もしていて。僕の師の山永武雄さんが、若い時に訳したものなので。実は、古本(神学書、二冊)を持っていたのである。それを読んでいて。なるほど。先生(牧師の)は、ここから思想を得ていた、と知ったが。僕が、山永牧師から洗礼を受けたのが、明治学院の高校の頃で。十年がかりの神学校たる明治学院を卒業してからも、結構長く。先生の説教(目黒の白金教会)を毎日曜日、聞いていたのである。聞いては、先生に誘われて。横浜のフェイリス女学院の、院長官舎の自宅でコーヒータイム。で。ケーキをご馳走になっていた。フェイリスは横浜でも一等地にあって、横浜史とは切っても切れない縁があるが。それは今でもそこにあって、フェイリスのお嬢さんたちが。東京大学の秀才たちの奥様に、収まっていく。学校系の結婚ルートなどとは、つゆ知らず。僕は、結構。フェイリスの女学生と付き合っていたのである。が、先生が教師にならないかと、誘ってくれたので。いや先生。僕は、先生という柄ではないので。と、お断りした。その先生の最後の説教が、「永遠の生命」で、62歳であったから。僕は、先生の歳をずいぶん越してしまい、なんとも情けないことになったと、毎日思っているのである。が。それはそれとして、昨日コロナの中、古書が届き。僕の、「第二次世界大戦研究」も、終わりに近づいた、と知った。本は、「山崎富栄の生涯・太宰治その死と真実」(大光社・昭和四十二年刊行・長篠康一郎)である。「第二次世界大戦」という、人間罪の最大表現を理解するには、とてつもなく役に立つ本で。僕の戦争理解(人間理解)が、やっとここに到達したと、思ったのは。結局、太宰たちはモロに、その戦争の被害者であり、その戦争の。あまりにも悲惨な人間論の、始末の悪い。理解し難い人間悪の。歴史的表現者として。山崎さんとして表象され。僕がこだわった、「第二次世界大戦」の人間悪の。太宰にもっとも深く表象された心中事件の。主体的な首謀者として、彼女を道連れにする太宰が。よくそのデリケートな神経に現れた、我らの悪の小説の(人間失格)。人間悪の、いい知れない厳しい罪の。「自由」の結果の、あまりにも神離れした人間の様を。ドイツの神学者から学びたいと、思っている朝となった。

 

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2020.05.11

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(394)5月11日、月曜日(千日祈願)

コロナ感染症の世界の最大被害が、中国の武漢で発生する前から。当然武漢の感染症研究所は。かなりのことがわかっていたのであろう。現在の。分断された人間の、世界経済活動を見ていると。当然宗教ネットとしては、何か言いたいことがある。実際には、これはあまりにも大きな事件のために。論評が、できないというのが。本音で。イライラする。が、できないものは、できない。から、できないのであるが。昨日、太宰と心中をした女性の、伝記が古書店から着いた。僕の太宰研究も、ここまで来たかと思ったのであるが。研究すれば研究するだけ、彼の質の高い小説の。高さが、身に染みてくる。「斜陽」という小説のことであるが。彼が書いた、と。言われるこの小説は。あまりにも高すぎる罪の意識が横溢している。それは、やはり高い、秀才的な「罪の意識」、なのであろう。華族の崩壊、というのは。太宰から言わしめれば。ほれ見たことか、崩壊したではないかと、言ったことであろう。と、なるのではないか。僕の、クリスチャンの僕も、そんなことが、たびたびあって。人生でも、嫌われ者であった。が。今にしてみれば、それを。「人間罪」の結果だと、してしまう。クリスチャンぶりは、嫌われるに決まっている。シュタンゲによれば(知らない人だろうから、まずまた。ネットからコピー)⚫️[生]1870.3.7. ハンブルク[没]1959.12.5. ゲッティンゲンドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。⚫️となって、さっぱり伝わらないと、思う。と思いつつ。彼が昭和十二年に書いた「キリスト信仰の真理性」(翻訳者は僕の師で、元、白金教会山永武雄牧師、当時フェイリス女学院院長)を読んでいて。はたと、思い当たった。それは、イエスの「人格的完璧性」、という大問題である。若い時に僕も、この問題には。ほとほとまいったことで、今まで気がつかなかったが。これが、もっとも深刻な。ヨーロッパのキリスト教の、深い闇。のことで。要するに、イエスの完璧な人格のもとで、我々の人間としての人格は。どんどん、おとしめられて、いいところなど。全くない。そいう世界観の経験である。この本格的な経験は。イエスの事跡に触れてこそ、起きてくるもので(聖書から・テキストとして)。いい加減では、済まされないものである。と本場ドイツの神学者も、書いている。この発見は、僕の中で。僕の青春を、ことごとくおとしめられた、僕の貴重な明治学院的経験として。今も、有効であるが。この基本的、認識に。聖書読みの太宰も、達してしまったのである。と、思う。この、ありがたくない経験は。深すぎて。全体的に救済的な仏教では、とても知り得ない。いわば、日本では流行らない小乗的宗教観、であると。理解している。この人間論が、太宰を打ちのめしたと、思う。と、いう想いに達した時に。太宰と一緒に心中した女性の、伝記が到着したので。まず虫干しをして、いつもの香水をかけて。霊を弔ったのは。聖書にある、香料をイエスにかける女性に習ったもので。僕もよくやる、ことなのであるが。まだ、古いこの本の、悪臭は抜けるものではないので。今日も、虫干しは、続けたいと、思っている。

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2020.05.10

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(393)5月10日、日曜日(千日祈願)

勿論、コロナ感染症の最大被害は、「失業」であることなど。わかり切ったことである。発生した頃、すでにここでも書いているし。それは常識であるが、どうにもならない。僕に言わせれば、ワクチンですぐ病気問題は解決する(正確には一年かかるようだ)。要は、普段の生活で、どれほど貯金があるかないかに、かっている経済生活であるが。つまり、つましい生活の上に、僕らの生活は本来成り立っているのだから(とは言え、超インフレが怖いが、現代社会は生産力がある、が、原料がないので、インフレになる可能性を持っている)。など表面の華美に踊らされる生活は。なんとも、痛ましいとは。戦中で生まれ、戦後成長したものには身についたことなのである。戦後、何事も華美になって。日本史生成以来、最も派手な社会が実現していたのであるが。渦中にある僕らには、それが当たり前の生活で。ついうっかり人類が、慢心していたのである。と、考えれば。勿論神がお灸をすえたとすれば、話は簡単で。それに違いないのである。それで解決できない問題は、この世にはないが。環境破壊と、死の問題だけは。本当に真剣に考えないと。とはいえ、それが、僕にわかるわけもない、と僕は年寄りの経験から、言わなければならないと。思うかもしれないが。それは間違いで。死は、イエスキリストによって、永遠の生命になりうるということは、二千年も前から、言われていることなのである。が、それはいかにも。日本の思想の成果たる、知的唯物論ではないわけだから。なかなか、現代の日本人に通じるわけもない。ということで、僕は、ここで。キリスト教的無教会を唱導しているのであるが。間違ってはいないと思う。信仰とは各個人が、信じるのが当然で。集団で、解決する問題ではない。だが、集団化という、社会学的な観察目標が消えたわけではないから。思想としての人間と、社会集団としての人間存在は。これからも、問われ続けることに、なる。で、今朝。銀座の画廊から案内が届き。佐々木さんも、18日からの、二人の画家の紹介をしている。し、なんと。画家(僕のことらしい)の映画を撮って、自分の宣伝に使ったらいかがとか、とかいう。もう一通の封筒も着信し。社会はなんとなく動き始めたとはいえ。昨日も毎日新聞では。米国の失業者が戦後最大の二千万人に及ぶ、という記事もあって。ただならない中で、僕はパンドル液を使えばなんとか、なる。と、発見して。エトランゼパリを描いているが、これがうまくいく。などと書くと少しは、景気を刺激するかもしれないと思うのであるが。僕には、わからないが。銀座の佐々木画廊(ギャラリー惣)に果たして、ハガキにある、18日に行けるのかどうか楽しみで。映画の方は、自分でYouTubeにあげれば済むことで。何もそんなことをする必要など全くないと、思う。し、特にそれが僕のような。キリスト教的禁欲主義者には誘惑ではない、のは言うまでもないが。これ以上は、経済を刺激しないから。せいぜい銀座に行って、ベローチェでいつものようにコーヒーを飲んで。佐々木画廊で佐々木さんと雑談して。僕に、今後。個展ができるのかどうか。慎重に検討したいと思っている。中で。太宰治の「斜陽」を読んで。「戦後の研究」も、一層深淵に、してもいるが。半分晴れの朝と、なった。

 

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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Kaiga0105

杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

Kaiga189

ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

Kaiga86

油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.05.09

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(392)5月9日、土曜日(千日祈願)

昨日宅配で着いた「斜陽」。昭和の時は、すでに分断されている。日々の、今日を。今日も生きよう。理屈抜きに、日常を取り戻し。朝、これ以上の望みはなく、僕はパリを描いて、よく描けたのには驚いている。ので、嬉しくなって、今日も。それを描く。君も絵を描きたまえ。今日のために。

 

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2020.05.08

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(391)5月8日、金曜日(千日祈願)

武家、戦う人は。今は、差し詰めコロナと闘うお医者様。で、という中で。昨日宅配で着いた「斜陽」を読み始めた。大体これで、太宰の資料が、手元に揃ったのは。コロナ自粛であるが。コロナは、武人の努力で少しは治まり、始めたが。新たな武具を身に着けて、新手として。いつかまた襲ってくるのが、常識である。伝染病がこのように。文明の、世界的ネット化と。対応しているところが、辛い。つまり、文明病である。とか、書いても不愉快であろう。金詰まりが、今回の恐怖の本質にある。その中、斜陽、は。太宰の代表作であると言われるが、戦後の話だとは、全く知らなかった。有名な作家で、僕の。明治学院の。高校の時の教科書でもある、走れメロスに感動した僕は。すっかりファンになって、文学が少し好きになり、文学部に進んでみたが。そこは異質な「思想」の世界だった。から、僕は、おかしくなって、絵なども描いて。気を紛らわし。盛んにいろいろ本を読んだ。文学部などという学科は、要するに。世界中の本が教材で、ある。何であれ、手当たり次第に読むことになるが。明治学院は、基本的にキリスト教の宣教学校である。と、いうことは。中学校から行っている者としても、目が眩みわかっていなかった。高校で洗礼を受けて、教会にも。駒込の、家の近くの教会に、小学生から通い。そんな宗教好きで、困ったものであるが。それが、一生僕の人生を形成した。ともあれ、太宰の。モデルの子供さんと言われる人が、やはり小説家で、明治学院大学文学部で勉強していた人で。絵も好きな人で。あり、今もご健在とは驚きである。私の妻と同年の人で。彼女が生まれてのちに、その人の母上が。太宰と命を共にした、という。誠に辛い人生の人で。そういった太宰は、僕の手には負えない、明治学院の。もう一人の小説家島崎藤村の。ミスをした彼の平凡な性欲の始末、のパリ。などの書き物にも惑わされて。小説離れをし、イデオロギーに移動した僕は。全く太宰の斜陽を、一度読んだきりで。その後、小説と遠く離れて生きていた。のであるが。ここに来てグッと近づいて。いろいろびっくりすることばかりである。斜陽を読み始めて、すぐ分かったことは。彼の文体や内容に。一切彼らしき人物の影(作家でなく本人として)が見えず。むしろ、全く。書いている本人が、こうも透明に為れるものか。と文豪たる所以、の優れた文章に心から感心している。し、彼がなんと僕の父と、同じ年代で。その上、華族の崩壊とか言っても。それは戦後の。文京区の西片町から。伊豆長岡に引っ越す、失われた華族の物語とは。彼らが落ちて行った先の。その近くの修善寺の、日活ホテルに就職した僕は。ということ、自体がなんとなく変で。なんとも、妙なものであるなと、いろいろ書きたいことがあって、今日は。これまでとする。ことにした。(アップデートしてからも、かなり推敲している)

 

 

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2020.05.07

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(390)5月7日、木曜日(千日祈願)

一神教。と天空の覚者たる仏と仏たち。の鎌倉を歩いた思い出は、忘れられない。それも北鎌倉。武家政治の発祥地点か。時は冬。いいね。だが、自粛だ。今は行けない。行ったとしたら、親しかったご主人がなくなった人に、お悔やみを言うつもり、だった。海岸を散歩して、故人を偲び。コーヒーで故人を語り。青春のフェイリス女学院を聞くつもりだった。私の明治学院で、同級生の人は。二人の子供に恵まれて。僕の世話で、結婚した人だ。フェイリスだったのか(高校は)。と、電話で聞いた。今まで忘れていたおかしな話だ。その時の院長が山永武雄さん。で、僕の行く教会の牧師、だった。明治学院の高校で彼から洗礼を受けた僕は。修禅寺の職場で社会一年生を(大学を出て)。始めた。そこは頼朝が流されたところ。日活が経営するホテル。の従業員が、僕の社会人。の、出発だった。駅の前、山の上の教会に通った。今は廃教したようだ。六十年前の話。で、今の修禅寺に。旅をしたい。と、夫婦で話していた。いいね。熱海の年金宿にも、泊まり。修禅寺と二泊。全部普通列車で移動して。鎌倉で降りて。同級生のフェイリス女学院生だった人と、話して。三人で鎌倉の海岸を歩き。雪の下教会でミスターコーバーを偲んで(中学の教師・多分他界していると思う)、帰ると、いいね。と、夢を抱いて。自粛1ヶ月。また1ヶ月延長か。電話で話だけをして。すべてのプランをねじ曲げられた。たくさんの友人を思って。今日もエトランゼパリ、を描いて、過ごしたい。未だ友人の画家からは、連絡がない。どうした、か心配なのだ。(気になる追記)いよいよ、国有化。共産主義化現象が、現れたのは。十万円給付は、もはや自由競争社会ではない、と語っているからだ。自民党もいよいよ。共産党に席を譲る時期が、来たのか。共産党の出番で、社会が治るのか。批判で飯を食っていた左翼陣営に。国を経営する能力は、あるのか。アメリカは、社会主義者が大統領候補だったので。どうなるのやら。いよいよ。で、以下貼り付けたい。⚫️国際民間航空機関(ICAO)によると、今年の旅客数は前年比80%減少し、業界全体の収入は2700億ドル(約29兆円)減る恐れがあるという。 【時事通信社】⚫️僕は、若い時、大連で毛沢東の葬式に出た経験がある。その時のレポートが、残っているが。それをいよいよ発表する時期が、来たのかな、と古い書類を整理している。(追記の追記)書きたくない、という気持ちだ。しかし、残念なことに。コロナは武漢から発症したことは、明らかだから。どうしても、気になる。それは1976年のこと、昭和51年。で、今から44年前。僕は中国に確かに行ったのだ。旅行の日程は、やく20日程度だったか、ら、かなり長い。出発時には、全く予想もできないのに、早々毛沢東氏が亡くなり。その時中国の、政治の裏側では、とんでもない政変があった、と後で知った。それでも中国で葬式に三回ほど出て、貴重な経験をしたが。今回、米中の。武漢かぜの発生源を巡って、ちょっと。ややこしくなっている。アメリカは資本主義への疑問、中国共産党では共産主義にも疑問が出て、いるのは言うまでもない。風邪という医学の問題でなく、思想の問題となれば、僕のいささかの経験も。あるいは、役に立つのか。と、思って。あの時僕が書いたレポートにある、中国は。毛沢東時代の最後の。共産主義の輝きが、記録されていると、思い出した。もし世界で両思想の対峙ともなれば、ただならないのであるから、大いに。躊躇しつつ。僕のレポートに、何か意味があるか、ないか。迷いながら。これまで。

 

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僕の若い時。サービスで載せた。それが今は画家だ。おかしな人生だね。

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2020.05.06

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(389)5月6日、水曜日(千日祈願)

ユーラシア大陸の中で、そこに民族の純粋を守ろうとするユダヤ人が、一神教を生み出したのは。必然。と昨日は書いた。ユーラシア大陸のハズレ、日本。その日本人が至った最高の人物は、空海だと思う。西にイエス、東に空海。これが、私の立場である。高野山に、行ったことはない。しかし、天空の高野山で、人類の平和を願ったのは。空海であるということは、間違いのないことである。Wikiを貼り付けておきたい。⚫️空海(くうかい、774年宝亀5年〉- 835年4月22日承和2年3月21日〉)は、平安時代初期の。弘法大師(こうぼうだいし)の諡号で知られる真言宗の開祖である。俗名は佐伯 眞魚(さえき の まお[1][2]日本天台宗の開祖最澄と共に、日本仏教の大勢が、今日称される奈良仏教から平安仏教へと、転換していく流れの劈頭(へきとう)に位置し、中国より真言密教をもたらした。能書家としても知られ、嵯峨天皇橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられている。⚫️僕が、絵画の勉強をしていた時、ある日突然。まる、を描きたくなった。まる、まる、マルとかなり描いて、いつか消えてしまったが。今朝それが蘇った。昨夜、太田治子さんの「湘南幻想美術館」が、着いたからで。ホトネット(ジュンク堂)で来て、セブンイレブンで、支払うのであるが。この方法は、自粛の今さまである。太田さんは、僕の明治学院の後輩で。これも少しwikiを転載しておきたい。⚫️父は太宰治、母は太宰の代表作「斜陽」の主人公「かず子」のモデルとなった太田静子。当時妻子のいた太宰は文学を志す静子との関係が生じ、生まれてきた娘に、「治」の一字を与えて認知した。翌年、太宰は玉川上水で自殺し、以後は炊事婦や寮母など働きづめで生計を立ててくれた静子や静子の兄弟らの愛情・支援のもと育つ。私立青葉女子学園高等学校[1](東京都世田谷区世田谷。1988年頃に廃校)を経て明治学院大学文学部(英米文学)卒業。⚫️もちろん、兄妹も父も、小説家。その兄弟の、津島裕子さんは、すでになくなっている。そのあたりは、実は今まで深くなかったが。池袋タウン誌に書き始めて、僕の実家の駒込を書くので。急に調べ始め。僕も、二、三度実際に見かけた津島さんを、書くことにしていたから。この複雑な問題と、対面することになり。絵画の修行で、丸を描いたことを思い出し。現在の職業、画家の仕上げに。⚫️で、「勝負」しようと、思ったので。今朝はこれを書き始めて、この文章になった。朝は、すでに明けた。

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山勝己ネット絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.05.05

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(388)5月5日、火曜日(千日祈願)

ユーラシア大陸の中で、そこに民族の純粋を守ろうとするユダヤ人が、一神教を生み出したのは。必然かもしれない。なぜ、あのような民族主義が生まれたのか、は。歴史の謎であるが。ひたすら少数の純血を維持しようとした意識は。大国エジプトにおける苦難の、奴隷時代が揺籃期なのであろう(旧約聖書、出エジプト記)。3000年前。あのツタンカーメンの黄金マスクを生み出す、エジプトの文化は。奴隷制によって、高い文化を維持し。他民族からの労働搾取の富を、独り占めしていたに違いない。それが気の遠くなるほどのながい、ゆっくりとした。時を刻み。あのようなマスクに結実したのだと思う。しかし、もちろんそれは崩壊する。崩壊させたのは、ローマ帝国であると歴史は教えるが、その帝国を。一神教を完成させたユダヤ人が、その宗教(すでに一部がキリスト教化しているユダヤ人が。その時すでにユダヤ国は、ローマ帝国に滅ぼされている)で、帝国の色彩を塗り替えて基督教化し。ヨーロッパは本格的に、出発するのである。そこにあるのは、「愛」、それも神の愛、が真柱となるのは明確で。愛なくば、すべは虚しい。とは、その時の真理なのである。が。今もそれは、変わるわけではない。では、愛とは何か。簡単なようで、困難なこの概念は。我々人間の存在の、根本にあって。全てを決定的にするもの、とでも言っておくのがいいのかもしれない。イエスは、その人格において、神が愛を人間にわかるように表象したもので。すべて、彼の愛の行為、の聖書的記載の中に。神を見出し得たのが、聖書だと思う。昨夜、ユーチューブで硫黄島の激戦をみた。まさに、おろかと言って、これほどの愚かはない。馬鹿のように真面目に、でかい戦艦大砲を島の日本軍に打ち込む米軍の記録された映像を、見ていて。双方の真面目な行為は。もはや言葉とするには膨大すぎて、僕には今のところできないが。戦後、若い僕は。ざんざん同じそんな記録映画を見、ほとほと。敗戦日本の「人間像」にがっかりした経験を持っている。しかし、歳をとってみると。いろいろその原因を探っていた人生を省みて。人間存在の、たったひとつの原点は、結局。愚かな人間の、希望のない。生存の罪深い存在、という概念を。単純に使うことを、躊躇するのは。愛が、今も。僕の周辺にあって、コロナにかからないように日々心配する。お互いの慈しみがあり。あれほどの世界経済が、あっけなく崩壊してしまった、今を。再び再興して。なんとか、生きようとする人間。全ての世界的営みの。中に、愛を。感じるのは。愛の実践意識として、神の与えてくれた地味な美しい世界を、浅はかな人間智で。豊穣にすぎる社会に変えてしまった(僕は、これを思想的に、仮装のツタンカーメン化と表現する)、その意味を。経験するいい機会となったと。朝にふと思ったのである。失った平凡な生活は、遠からず取り戻せるとは思うのであるが、そこに。ある。平凡なコーヒータイムは。きっと何者にも変えがたい。ありがたいものであり。すでに「あった」再び近々あるとして、すでに過去化している、あの過去の。アンデンドゥの。ひっくりかえさえされた喫茶部の椅子(停止している表象としての)を見ながら。アンパンを二つ買い。馴染みの鈴木さんに挨拶し。家に帰って、神さんと食べてうまいので。と、本当に美味いアンパンだと、思ったのである。

 

 

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2020.05.04

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(387)5月4日、月曜日(千日祈願)

朝起きて聖書を読んでいる。偶然開いた、旧約部のエズラ記10章。そこに民族の純粋を守ろうとする、ユダヤ人の努力が書かれている。若いものは、異民族と交わろうとして、それを老人の宗教者は罪、と言っている。そう表現されているのである。イイ悪いは、別の。紀元前の、ユダヤ人の歴史に残る思いが語られている。これがユダヤ人自身の民族性の維持なのであろう。ユーラシア大陸の中の独特の、小民族の堅固な意志で。大なり小なり、どこにでもある民族意識なのであろう。それがはるか2000年を超えた後、ドイツでヒトラーのドイツ主義とぶつかる、わけであるが。ともあれ、日本民族で、これが比較的楽にできたのは。言うまでもないことで。それが、もっとも困難であったユダヤ民族と、もっとも楽であった民族(日本人)を比較したのは。亡くなられた評論家の、山本七平氏である。それが、今や古くなったのは。世界は今、このようにグローバル化して。やたら世界化しているのが、コロナで証明され。それがネットで、出来上がったのであろう。で、僕も、一気に古くなって。大和民族の名残の、平田篤胤などを読みながら。キリスト(ユダヤ人)の奇跡と日本の奇跡(仙境異聞)などを読み。不思議な朝を迎えているが。天狗に連れ去られる、天才少年の奇跡物語は。平田の空想とは、とても思えないのは。彼の別の著書、霊の真柱、などの本から。彼の真摯な語りを読んで。とても当時、フィクション作家たる平田篤胤などを想像できない。ので、僕は、この年になって。昨日YouTubeで。太平洋戦争最後の激戦地硫黄島(IWU JIMA)の、あの壮絶な爆弾嵐を、その音響とともに見ていて。人間のばかさ加減もここに極まって。大量の無駄な鉄砲で、人を殺傷する真剣な人間の姿は。本当に、宗教的奇跡の方が。どれほど面白いかと思ったのである。若い時は、一端の教養人で。とても奇跡は、手に負えず。怜悧な評論家、吉本隆明などに触れて(「日本近代文学の名作」・新潮文庫・平成20年)、その中で初めて。僕の明治学院の、島崎藤村の記述という。高い評論を読んで。本当に初めて僕は。藤村の評価の真に至ったと、奇跡的に。昨夜は思って。寝たのであるが。それこそ、現代情報社会の。本当の奇跡だと思いながら、ぐっすりと眠ることができたのは奇跡なのであると。思う朝は。雨か。

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス



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2020.05.03

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(386)5月3日、日曜日(千回を目標にしている)

「キリスト信仰の真理性」(昭和十二年・1937・長崎書店)は、シュタンゲと言うドイツの神学者が、書いたものでと、前回紹介した。シュタンゲのもので、訳されたものは日本に、二冊あるようだ。もう一冊が「基督教的世界観と哲学的世界観」である。古書ネットは混乱の中でも、健在だから。調べてみると、なんと西武池袋線の椎名町の古書店(春近書店)にある。以前にもご紹介した、テラカフェの近くである。だから、帝銀事件の影を引く、あの場所の近くでもあるが。で、歩いて行こうかと思ったが、やはり自粛では仕方がない。送ってもらうことにした。で、昨日着いた。少し読んでみてが、わかりやすい。この本が出版されたのは、1934年で。昭和9年だから。僕の師の、山永先生が訳したものよりも古い、と言うことになる。昭和9年は、まだ世界不況の最中で。今回も、下手をすると。それよりもひどい経済状態になる、と言う予測もある。まさに、「緊急事態宣言」は、言葉通りなのである、と思う。この頃も、極まってテレビ解説も面白くなくなった。定まり、定まったことなど、いくら聞いても。面白くもなんともない、ので。最近は、テレビを見たくないが。それでも、何か希望につながるものは、ないか。気になって、見ていると。テレビは、絶望と反対のごまかし笑いで、乗り切ろうとしたり。一方超深刻な番組、「戦争と科学」などを放映するので、つい見ていると。本当に、人間のやることときたら、恐るべき頭脳の展開で。それも精神世界や芸術の世界ではなく。科学の世界、それも。戦争と結託した科学的頭脳の展開を見ていると、それこそ。絶望的な近代なのであると。その人類史に呆れてしまうのは、私ばかりではないと、思う。シュタンゲの本を読みながら、テレビを見て。彼が、日本で。昭和9年に出版された意味の高さを。本当に、すごい人文の世界である、と先輩たちに感謝しないわけにはいかない。そこで、思いついたのが、絵画についてである。絵画には、よく人間が描かれ。その人間の描かれ方は、「裸」すなわち裸体が、多いことは有名である。その伝統は、今も絵画教育に厳然とあって。その意味を、掴みかねていたが。やっと、今朝わかった。あの裸の人間、こそ。人間なのである。と言う平凡な結論は。人間かけが、「なぜか」裸なのである、に通じたのである。他の動物は、何かと衣装的で。豹などは実に魅力的な衣装、を持って生まれるのは、いい例である。一生涯、大体衣装は限定されていて。しかし、人間だけは何で、裸なのであろう。それを、人間のエロティシズムだけで。捉えていた自分の浅はかさが、今朝やっと、理解できた。画学校の頃、裸体はクロッキーと言った。が、意味を掴めていなかった。もっぱら裸体そのもに幻惑され。裸体をなぜ描かせるのかわからなかったが。洋画の裸体の伝統こそ。ヨーロッパ芸術の本流であった、とわかったのである。それは、人間の素の姿、と言うより。人間だけが、「まさに裸」、なのであり。人間には、なぜか。他の動物にあるような、衣装の確定が、ない。と言うことが、実に。古代社会の芸術の、優れた作品の根本にある、と、わかったことである(ヴィーナスが代表的)。つまり、人間は、なぜか。素、ぱだか、つまり「もと・元」なのである。これが、人間の存在を明らかに、明確にし。文明や、その悲劇の元になると。ヨーロッパは、わかっていたのではないか。と、今朝思ったのである。人間は、全てなんであれ。素材としての自己、を初め。自然界に向かって、なぜか。全て、目が開かれているのは(対象としての宇宙)。それは、人間には。決定された衣装が、欠けているからだと。今朝突然思ったのである。し、それが、人間が。芸術が、裸体にいつまでも挑戦する。本質的な問題として、今も厳然として、ある。と言うことに。今朝初めて気づいたのは。画学校の勉強の意味が、やっとわかった。朝となった、と書いて今日は終わりたい。今日も皆様の無事を、祈りて。

 

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2020.05.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(385)5月2日、土曜日(千日祈願)

「キリスト信仰の真理性」(昭和十二年・1937・長崎書店)は、シュタンゲと言うドイツの神学者が書いている。訳した人は、私の師、山永武雄。で、シュタンゲと山永武雄、をネットから転載してみよう。

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シュタンゲ(英語表記)Stange, Carl ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説[生]1870.3.7. (明治三年)。・ハンブルク[没]1959.12.5. (昭和34年)。ゲッティンゲンドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。

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山永武雄出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』1903年7月25日 - 1965年9月5日)(明治36-昭和40年)は、日本基督教団牧師フェリス女学院院長。東京神学大学などで教鞭をとる。日本基督教団の外にあって改革派教会を名乗る教会は、分派的少数派であると主張して日本キリスト改革派教会の離脱を非難した。日本キリスト教協議会(NCC)の『キリスト教大事典』(1963年)の「異端」等を執筆。異端の項目ではローマ教会が教皇制度によって一分派となり、彼らがプロテスタントを異端視することによって、ローマ教会が異端的になってしまったのであり、他を異端視することこそ異端的な精神であるとしている。 小野静雄著『日本プロテスタント教会史』聖恵授産所出版部訳書『キリスト信仰の真理性:附・基督教的神信仰の特質』シュタンゲ著 長崎書店 1937年・参考文献「白金」日本基督教団白金教会

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となる朝であるが。問題は、当時はやった自由神学と、ヨーロッパの教会教義学を対比させているもの。今から見れば、このコロナ事態の集会不可能的キリスト教の危機の、先駆けであり。日本では。それを無教会主義といったのであるから。彼らヨーロッパ人のネーミングたる、「自由主義神学」も、ネットから転載しておきたい。

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自由主義神学とは・「自由主義」の語は社会学・政治学用語からの仮借であり、神学分野では「歴史的・組織的な教理体系から自由に、個人の理知的判断に従って再解釈する」の意である。教義教理の批判的研究である教義史を確立させた[1]。かつては新神学(New Theology)とも呼ばれ、日本のキリスト教界にも大きな影響を与えた。

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まさに、これが。内村鑑三が明治の頃、行い得た。神学的深さを持つ日本独特のキリスト教で、今や日本キリスト教の代表になったものである。それは当然のことで。日本に、キリスト教の教会的伝統など皆無、に等しい。それを当時。日本の明治維新以来のキリスト教(100年も経過していないもの)が、騒いで。内村批判をしたのである、とは。僕も深くは認識していなかった。ただ戦後の明治学院の僕も。ただただ夢中で、自分の信じる道(キリスト教的普遍意識)を歩いてきたが。世界にコロナ禍が、ここまでくると。新たな人類問題と、キリスト教的神学問題の大きな問題として、考える学者も、出るのではないか。と、思い今日はここまでとする。が、人類の不況経済状態は。あの世界恐慌より、ひどくなると言う予想があって。若い人たち(人類)の苦境を思うと、僕にはとても耐えられないので。今日は、これまでとする訳である。(追記)ついでに、英語版シュタンゲのウィキも転載しておきたい。

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Carl Stange


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Carl Stange (7 March 1870 in Hamburg – 5 December 1959 in Göttingen) was a German Protestant theologian and philosopher. In his work, he mainly dealt with issues of ethics and the philosophy of religion.[1]

He studied theology, history and philosophy at the universities of Halle, Göttingen, Leipzig and Jena, obtaining his habilitation for systematic theology in 1895 at Halle. In 1903 he became an associate professor at the University of Königsberg, and during the following year, was named a full professor of systematic theology at the University of Greifswald, where in 1911/12 he served as university rector. In 1912 he was appointed professor of systematic and practical theology at the University of Göttingen.[1][2]

In 1932 he was named abbot at the Kloster Bursfelde. He was founder (1909) and editor of the journal Zeitschrift für Systematische Theologie.[1]

Selected works[edit]

  • Die Christliche Ethik in ihrem Verhältnis zur modernen Ethik, 1892 – Christian ethics in its relation to modern ethics.
  • Die systematischen principien in der theologie des Johann Musaeus (inaugural thesis, 1895) – The systematic principles in the theology of Johannes Musaeus.
  • Einleitung in die Ethik (2 volumes 1900–01) – Introduction to ethics.
  • Das Problem Tolstois, 1903 – The problem of Tolstoy.
  • Die ältesten ethischen disputationen Luthers, 1904 – The earliest ethical disputations of Martin Luther.
  • Theologische Aufsätze, 1905 – Theological essays.
  • Der dogmatische Ertrag der Ritschlschen Theologie nach Julius Kaftan, 1906 – The dogmatic yield of Albrecht Ritschl's theology according to Julius Kaftan.
  • Akademische Predigten, 1907 – Academic sermons.
  • Das Frömmigkeitsideal der modernen Theologie, 1907 – The piety aspect of modern theology.
  • Grundriss der Religionsphilosophie, 1907 – Outline of philosophy of religion.
  • Die Ethik Kants : zur Einführung in die Kritik der praktischen Vernunft, 1920 – The ethics of Immanuel Kant; an introduction to the critique of practical reason.
  • Erasmus und Julius II; eine legende, 1937 – Erasmus and Pope Julius II, a legend.[3]

References[edit]









  1. ^ Jump up to: a b c Schmidt - Theyer / edited by Walther Killy Dictionary of German Biography
  2. ^ Carl Stange Professorenkatalog der Universität Halle/Saale
  3. ^ HathiTrust Digital Library (published works)

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2020.05.01

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(384)5月1日、金曜日(千回を目標にしている)

僕は要するに安保世代、の生き残り。であろう。などと昨日は書いて、から。「キリスト信仰の真理性」を読んでいた。この本は昭和十二年(1937)に出版されたもので、シュタンゲと言うドイツの神学者が書いている。訳した人は、私の師、山永武雄氏で、山永武雄先生と書かねばならない人である。が、ここは文章であり、公にするものであり、僕も78歳で。先生は62歳で亡くなっている人で。今や、少し距離を置いて「氏」と書いたほうが、いいと思う。彼は牧師で、亡くなる当時は、横浜のフェイリス女学院の院長であった。人で。心臓麻痺の突然死である。その最後の。直前の説教題が、「永遠の生命」、である。それを編纂し、教会で冊子出版したが、その編集長が若い時の僕であった。今も持っているが、それを今は。僕の信頼するある会社の役員に、預けている。ともあれ、シュタンゲの本を昨日読んでいた。キリスト教の信仰で、最後に一番難しくなるのは、汎神論である(これは入り口でもあるが)。この汎神論を。日本人が克服するのは、容易ではない。大抵の人は、これでキリスト教に入り、遠からず離れていく。ヨーロッパとて同じで、汎神論と無神論が、大敵といえば大袈裟であるが、大袈裟ではない。汎神論の、ヨーロッパの代表はスピノザで。彼の論法は、実に魅力的である。汎神論なのに、キリスト教的に初めは目が眩んで、引き込まれる。この要点は、イエスは神の子、神であると言う点になる。この難しい克服し難い論法に、正面切って。対抗し、イエスキリストを神、ないし神の子、と信じられれば、キリスト教信仰も完成、つまり上がり。であるが。それはたやすく手に入れることはできない。その上、持続可能ないし、一生持ち続け、死ぬ瞬間まで信じられれば、天国行きとなる、と思う。が、日本人は素晴らしい汎神論も持っているから、簡単ではない。教会が、汎神論の砦、であるが。この砦、言うまでもなく至って脆弱。日本のキリスト教伝統など、無きに等しい。から、辛いことである。汎神論を克服するには、疑問を持ちながら教会通いをし、倫理的に高い意識を養いながら、ふとしたことで。教会を離れれば、もはやそれまで。相当の覚悟がなければ、再び信仰に戻るには、無教会しかないのである。まして、ネット礼拝が可能な時代になれば、教会に行かないで、コロナを回避するが。個人の家で礼拝をする、と言うことになる仕組みが、出来上がる時代に入った、と思う。そうすると、献金が集まらず、教会制度は崩壊の危機に瀕することになる。のである。それが今のコロナ現象として、世界に蔓延し始めた、と言うことである。汎神論とコロナ論であるが。「キリスト教の真理性」は、ここまで僕を引き寄せたと言うことに、なる。非汎神論(キリスト教の真理)に、やっとこさっとこ達した僕を、天国から見ている山永武雄先生は、本当に素晴らしい人であった、と書けることこそ信仰、と言うものであろう。無教会の内村鑑三に匹敵する、教会人山永武雄なのであると、宣明する。朝となった。(追記)武漢風邪は人工加工されていないと、アメリカが発表した。 アメリカの国家情報長官室は、新型コロナウイルスについて「中国が起源」とした上で、「人工的なものではなく、遺伝子操作されたものでもない」などとする声明を発表しました。 アメリカの情報機関を統括する国家情報長官室は先月30日、声明を出し、新型コロナウイルスについて「人工的なものではなく、遺伝子操作されたものでもないという幅広い科学的な総意に同意する」と表明しました。 発生の起源については、「中国」とした上で、「厳格に新しい情報の調査を続け、感染の拡大がウイルスに感染していた動物との接触から始まったのか、武漢市にある研究所での事故の結果だったのか判断する」としています。(01日03:10)

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山永武雄

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内村鑑三

 

 

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杉山己ネッ絵画
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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2020.04.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(383)4月30日、木曜日(千回を目標にしている)

僕は要するに安保世代、の生き残りで。化石なのであろう。こんなものが、古層から。原爆を引っ張り出して、何か書いているのは。パソコンあっての話なのである。前回書いた、原爆からはや80年近くも経過し。あの時すでに、あのような殺傷能力を人類は獲得していたのである。から、今の科学が、如何程の殺傷能力を増してしまったか。知れたものではない。誰も知らないのである。そこにコロナ菌による世界戦略が実行されたようで。中国の社会主義者が、世界を。人類の幸福のためにと言う名目で、社会主義的統制経済に、「しよう」と、企んだとすれば。これは、アメリカと激突せざるを得ない。自由は、キリスト教から発達したのであるが、それには。神学が主な役割を負った。神が天地を創造したと「仮定」したら、結局。人間は神に隷属している。そこで、人間は。自己とは、何か、の疑問としての知恵を獲得するのでるが。それは、神との関係において、ギリギリの「自己の自由」という、問題に発展していく。自由こそ、神からの隷属を解き放つもの、であり、人間実存の問題として。つまり、神からの離反としての、罪(原罪)として。近代神学は弁証法神学を考え出したのである。その神学者の一人ブルンナーが、僕の高校時代の教科書であったから。僕のような、何やら怪しげな日本人が、出来上がり。高校で洗礼を受けてのち、今も無教会のクリスチャンの僕は、ギリギリの社会主義者になれない、自由主義者に過ぎない。と、思っている。で、絵を描いているが。画面で僕は自由を獲得していて。誰も寄せ付けないが。なんの役にも立つものではない。しかし。自己の自由の表現で、なんの価値も他人には持たない。それが、僕の絵画的限界で。特に何やら、と言う意味などはない。と言う、結論に最近達した。いよいよ、コロナは、人間の経済的社会的自由をほぼ、半分ほど制限したようである。と、テレビで言っていて、確かにこれでは。今後世界はどうなるのか、僕にはわからないが。コロナは紫外線に弱いに決まっているから。今日あたりから急激に、減少していくと言う、他愛のない話であれば、幸いには違いない。ことであるが、私にわかるわけもない。で、朝の空に、カラスの声が聞こえたのは近くの大きな木の上に、彼が巣を作り。子供を産んで。しまったので、区役所に電話を入れて彼らの巣を、処分してくれるようにしたい、と管理人さんが教えてくれた、朝。になったので。僕は、今朝もこれから、原爆本(「私は原爆を投下した」、原題 WAR´S END)を読むつもりでいる。

 

 

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2020.04.29

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(382)4月29日、水曜日(千回を目標にしている)

昨日も「悲劇」を読んでいた。武漢風邪の中、保坂正康の「日本の原爆」である。彼は要するに安保世代(60年代)で、私ど同じだ。その彼の遺言的書籍(まだ氏は健在)である。で、今朝の5時のテレビ。で、オンライン教育でパソコンが足りない。と、聞こえた。そうでしょうね。スマホばかりに目がいき、高級遊び道具で満足していた、のでしょう。肝腎要のベース(パソコン)を無視した、現代日本社会のツケが、やっと回ってきたのである。と、知った。僕は概ね、三十年からのパソコン使いで。パソコン勉強力で、ここまで書ける人間に。やっと、こ、さっとこなったに過ぎない。保坂氏の文章を読んでいても、いまいち無駄が多いと思う。彼も、推察するにパソコンは、苦手だと思う。その上、スマホは、もっとなじまない年代だ。それこそ文系の癖。で、彼が。もっとパソコンを使用できていたら。六義園原爆の記述も。もっと、世間に伝わったことだろう。で、彼の最近のウィキパソコン百科事典の評価を、一部転載して。おきたい。⚫️評価[編集]小林よしのりは、「戦争の原因を自国の中でのみ探り、外国の視点がまったく抜け落ちているため、狭い蛸壺に入ってしまったような歴史観になっている」として、保阪の歴史観を「蛸壺史観」と評している[9]。⚫️で、よくわかる至当な評価であるが。僕はその解説をしない。で、在宅教育でパソコンが、足りないので、誰か寄付してくれないか。と言うもの。今更遅い。その上、パソコンは、ローマ字入力が求められる。その点も保坂本から書きたいところであるが、面倒なので。書かない。僕がローマ字運動(パソコン入力推進の為の。ローマ字入力のこと)を始めたのは、ほぼ三十年前の話。日本はその時、これをやらないと世界の辺境になると、言った学者が、日本ローマ字学会の会長である。この話、実はキリスト教とも深い。では、みなさま。今日もコロナに耐えて、慢心しないで。対応に苦労してください。僕は絵を描く。ジョブスは死に、ビルゲイツは引退した。二人とも僕より若い人。僕は、彼らを書籍の上で、よく知っているのである。遅きに失する、ことなど何もない。今からでも人一倍の努力をなされませ。コロナ明けには、熱海で、温泉に入りに行こう。と妻と話している。(いよいよ怪しい関連追記)【ジャカルタ=一言剛之】新型コロナウイルスの感染拡大をめぐり、オーストラリア中国の対立が先鋭化している。スコット・モリソン豪首相が、感染源などの調査が必要との考えを示したのに対し、中国が強く反発している。モリソン氏は先週、コロナウイルスの爆発的感染が中国から世界へ広がった経緯について、「独立した調査が必要だ」と述べた。これに対し、駐豪中国大使の成競業(チョンジンイエ)氏は、豪州メディアのインタビューに「国民はオーストラリアの行動にいら立ち、失望している」と語った。さらに、事態が悪化すれば中国で豪州産ワインや牛肉の消費が落ち込み、豪州への旅行客や留学生が減るかもしれないと警告した。豪州にとって、中国は輸出額の約3割を占める最大の貿易相手だ。成氏の発言は、経済的報復措置をほのめかしたものとみられる。豪ABC放送によると、サイモン・バーミンガム豪貿易相は28日、「重要な保健分野の政策が、経済的な脅しで変えられることはない」と不快感を示した。

 

 

 

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2020.04.28

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(381)4月28日、火曜日(千回を目標にしている)

悲劇は書かない。と、前回は書いた。が、昨日は「悲劇」を読んでいた。武漢風邪が、昨日読んだ悲劇と、技術開発思想が連動してくるので。ふと、思いついて。本棚から出して。読んだのは。「日本の原爆」(保坂正康、新潮社・2012年)である。たかだか8年前のものか、と思った。もっと以前かと思ったが、意外だ。副題は「その開発と挫折の道程」である。自殺した思想家西部邁と北海道の高校で、同級生だった保坂氏は、昭和14年生まれ。16年の私より二年先輩である。まだ、ご健在らしいことがWikiでわかる。となり。彼の膨大な書籍の集大成の気持ちが、よく出ている。と、思った。彼はこれを人生の最後で書き残したかったのであろう。これを最後に、自分の文筆のけじめをつけたかったのではないか。私が生まれた昭和16年は、いきなり13ページに出る。書いてみよう。「昭和16年5月海軍の技術将校たちを前に、京都帝国大学の理学部講師・萩原篤太郎が」。「超爆裂原子U(ウラン)235に就いて」と題する講演を行った、とある。ここから、日本の原爆製造が、事実上始まった、と言うことである。場所は私の実家の、すぐそばの六義園の、隣のとも言える当時の。理化学研究所の中。と連動する話なのだ。で、僕は、今。豊島区のタウン誌「とっぴい」に、駒込一丁目物語(連載)を書き始めたばかり。で、なんとなく、深く。いたく深刻に、この原爆本を本棚から出した。そこに、あのヒトラーが、原爆製造を武器として、なんと世界制覇の武器として。開発していると言う、事実と絡んでくる話を読みながら。一見、技術論であるが。中身は恐ろしい世界支配思想論である。から。その科学技術の高さが、すでにあの頃に、あのようにあったのだな、と思いながら。恐るべき科学技術の。70年後の今の、武漢風邪もひょとすると。あの頃から見れば。現在の「超高度技術」の武漢ウィルス研究所の密かなる、世界戦略行為なのかとなどと。憶測をたくましくして。今日も保坂本を読んで、家にいようと、思うのであるが。神に祈りて。

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2020.04.27

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(380)4月27日、月曜日(千回を目標にしている)

覚悟は決まり始めたが。悲劇的、である。とでも言うのかもしれない。から。悲劇は書かない。神は、私たちをお守りくださる、と書くことにした。僕の知るすべての人に、禍が及ばないように。祈るばかり。神を信じて、このギリギリの悲劇を乗り切りましょう。クリスチャンであろうとなかろうと。神はお助けくださるでしょう。神が人間を創造したとして、人間に自由はないのだから。こそ、人間は、ギリギリの所で自由を希求しているのが、原罪であろう。イエスキリストは、神で、神の子で、霊で。三位一体であると、神学が決定して以来(約千五百年前ごろ)。キリスト教は、今に生き残ったのであるが。その神を信じて、その神の解釈を信じて。今日も、生きていきましょう。落ちついて、よく眠り、平常に。普通に、生きることにいたしましょう。罹患したら、いろいろ欠点が指摘されているとはいえ、現代医学や従事者の方々を信頼し。神を信頼し。落ち着いて、治療を受けて、結果は問いますまい。では、今日も元気で、罹らないようにいろいろ、できる限り、自分で手を打って。頑張りましょう。僕は絵を描いて、例の「エトランゼパリ」(僕の大絵画展の中にあります)を描き続けます。お元気で。神に祈り。ながら。

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

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高島弥十郎の絵画(ネットから)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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ユーチューブにある「鈴木英明ピアノ作品個展 Part 1」を推奨したい。演奏している鈴木智恵氏は、私がよく知るピアニストである。鈴木知恵さんのリサイタルは、当然の如く。延期、5月になります。

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KOYAMA HOTAROU kaiga(ネットから転載しています)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.04.26

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(379)4月26日、日曜日(千回を目標にしている)

余裕のない逼迫した病的社会状況は、さらに、長いようだと覚悟が決まり始めたが。当然自然は万事、人間の都合の良いように進むはずもない人類史の展開を。久しぶりに経験している。要するに、死が、世界の全面、と前面に出ている。その解釈をめぐって宗教家は、今こそ。その力量を発揮する時、ではないか。ブルンナーは。創造された人間と、神との関係を述べた後で。早速、キリスト教の原点に入っていく。それは、実存のギリギリのところで、結局。人間は、その自由を主張すると言う、創造の原点を。追求せざるを、得ない。ことなのである。被像されたと言うことは(解釈することは)、結局。人間の自由を拘束すると言うことであるが。この拘束を、人間は本心から嫌っている。で、神を否定せざるを得ない、人間は。コロナを振りまかれ、科学で。それを必死に振り払おうとする。のが、世界の現在である、が。ブルンナーはそれを「神の言葉であり行為であると「解して」(ここが微妙に、現代的なブルンナーの意識。若い時は気がつかなかった。)信ずる罪のゆるしは。起原(人間創造)と目的(人間の存在の意味の答え、としての)に関する見通しを与えてくれる。」として、ここからがキリスト教であるが。「私たちが十字架にかけられて蘇りたもうたイエス・キリストに対する『信仰』において、神の言葉であり、行為であると、、、。」と、なるが。この二カ所の大カッコは、文章的に、あと先が逆になっている。ものを。私が、故意に。つなげて文章を作っている。この方が、意味が取りやすいと思う。要するに。創造論までは、ごく普通の宗教的一般論であり。キリスト教たる所以は、イエス・キリスト論であり、特殊論となる。あくまでも、宗教の仕組みの問題であるが。あとは、それを「信仰」と言う主体的行為で。容認(信ずるか、否か)するのは、主体としての。自由な選択である。と、ヨーロッパ社会では、長い間実は、言われなかったし、むしろ強制されていたのである(ヨーロッパに、宗教選択の自由はない、キリスト教一色で。あるように見えるだけの、東洋の誤解に過ぎない。それは、法の一般論として、法の仮説が援用されている)。しかし、日本の近代(明治維新以降)における、「選択肢としてのキリスト教」には。初めから、この問題(創造論、罪性論)が張り付いていていても。実は、選択は。自由だったのである。つまり、選択が許される世界と、解釈して良いのであるが(自由選択以外にはない、考えられない選択)。つまり、純粋に。近代社会の日本におけるキリスト教選択は。明治以降は、その伝統がない以上。キリスト教だけは、自由選択にならざるを得ない社会で(科学、法学、軍事などは、丸呑み型非選択、有無を言わせない)。キリスト教だけは、ありがたいことに。初めから選択的で。かつ主体的である資格を持っていたのである。しかし、古代から中世にかけて、その深い影響の下にあり。さらに、今の現代ヨーロッパでさえ。その選択は。実は。日本ほど自由ではなく。キリスト教の、その理論(神学)が、当然の選択肢として今も、力量がある。宗教は、普通の人にとって。は、普通の日常生活であり。中世では、ほとんど識字率はないに等しく。聖書は。宗教インテリの独占物であったから。神学的宗教家の手に握られていた、に過ぎない。のが、ヨーロッパだったのである。日本は意外に。「織田信長」以来。宗教は、政治にとって変わられているように見えながら、そのくせ。一般論としての、万人極楽論は、捨て難く。日本の人間世界をいまだ支配している、と思う。と前回で。カミュはその点をいみじくも言った、と書いたのであるが。私にとって、信長を。世界でも稀有な、思想家と、捉えている。わたしの考えは。ユニークすぎるかもしれないが。戦国時代こそ。日本の近代社会への曙だったと、今も思っている。ので。5時の空は、はや開け始めたな。この程度で。部屋の空気を入れ替えようか。

 

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2020.04.25

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(378)4月24日土曜日(千回を目標にしている)

もちろんコロちゃんはますます、うるさい伝染力を有し。などと書くのは、余裕がない病的社会状況だと、感じるから。言葉で、少し茶化すことにしたに過ぎない。しかし、この状況を、つまり病気を。現代的な知識で克服できるかどうか。試される人類であるが。人種や国によって、その対応にいろいろ個性があると、わかる。ところで、前回も書いたブルンナーは、紹介した同じページで、人間の罪について書いている。「わたしが神を、自分の起原。すなわち、わたしの創造主として、知るか、どうか。わたしが神を、自分の目的、自分を決定するものとして、認める、かどうか。と言うことは。当然、自分の罪が、自分の起原を曖昧にし、罪は。そのギリギリの決着点で、神を否定すると言うこと。神の依存に反対し、自由を主張する、と言うこと、、、」と、なって。いるから。要するに、カミュのような文学者(ノーベル賞)がヨーロッパでは、生まれ。日本では、生まれないのである。カミュは「反抗の論理・カミュの手帳2・1942~1951」(新潮社・昭和四十年)で、次のように言う。「二十世紀(注、二千年)に及ぶキリスト教的理想像の結果である。二千年来、人間は、自分の屈辱的な姿を示さねばならぬ状態に陥っていた。(中略)もし過去二十世紀(注、二千年)のあいだ、古代の理想(注、理想論としてのイエスの言葉)がその美しい人間の肉体とともに持続し得たとしたら、今日われわれはいったいどのようになっていただろう❓」。であるが、彼はヨーロッパの。ニーチェ以来の明確な無神論者として、あの二次戦の悲惨をアルジェリアで経験し、名作「コレラ」を書いて。今の世界の状況と同じことが。彼が小説の題材に選んだ時代を、書いたので。今のコロナをここまで、高く思想的に説明できる日本人は。自殺した、わたしも参加した六十年安保闘争。に、名を連ねる西部邁の、自殺はよろしくない。と、僕は初めて。彼が生きてさえいたら、同じ年齢の闘争経験者としての僕の、気持や思想も。落ち着くのであるが、と書くのは。彼が今も生きていたら、生き生きと。彼の高い教養が明確に意味をもって、彼は語り始めたであろう。と、僕は、彼を本当に。心から彼の自殺を、惜しんでいるのは。彼は当時、東大の教養学部の学生で、僕は明治学院大学の文学部の学生で。今らな少しは、78歳の僕も。彼の相手になれるかな、と思ったからで。やはり「ローマは、一日して、ならず」と言う、古い言葉が適当なのであろう。僕と仲の良いカラス(いつも挨拶を交わしている)が、外で鳴いている晴れた、朝であるので。いい晴れですね。

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杉山勝己ネット大絵画展
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 筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

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高島弥十郎の絵画(ネットから)

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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ユーチューブにある「鈴木英明ピアノ作品個展 Part 1」を推奨したい。演奏している鈴木智恵氏は、私がよく知るピアニストである。鈴木知恵さんのリサイタルは、当然の如く。延期、5月になります。

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KOYAMA HOTAROU kaiga(ネットから転載しています)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼ」

 

 

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パリ十六街区・実写

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.04.24

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(377)4月24日金曜日(千回を目標にしている)

聖書的な。世の中になった、と早朝の五時のニュースで思った。3カ所で小さな地震、もちろんコロナ。と医療崩壊と介護施設と刑務所のコロナ感染と。世界と。世界はまるで一つである。つまり、一人の人間と世界の単一関係に。と言う集約に過ぎない、ところまで。事態は発展したようだ。人間に例外がない以上。そこに帰結するとは。恐ろしいことである。次が、神があるか、無いか。か。で、キリスト教徒の僕は、「ある」派、である。と、言っても簡単ではないのは言うまでもない。普段から、一生涯をかけ。絵画、建築、宗教に的を絞り込んで、今まできたが。これが、最終の戦いとなる、とは。全く意外と言う他はない。世界の片隅で、静かに死んでいくつもりでいたが、それが、こんなことを書くことになるとは。ブログ、と言う手段が。僕を、このような立場にした。もちろん非才不勉強極まりない僕が、書くことではない。が、たまたま最後の人生、のこの辺りで。若い時に教会で聞いた、山永武雄牧師(当時、フェイリス女学院院長)の。最後の説教が「永遠の生命」だったので。それに最後までこだわっていた。で、千回を目標に書き始め。今日で、377回。であるが。成果はなにもないのは。課題が、デカ過ぎて、手に負えないからである。今、右手に、これを書くために。二戦の戦中戦後の、世界的神学者ブルンナーが書いた。日本語訳では「永遠」(昭和三十二年・1957年・新教出版社・当時四百円・明治学院高校当時・)と、その英語訳「Eternal Hope」(原文はドイツ語、ブルンナーの故郷チューリッヒはドイツ語圏)を、置いているが。それを、ベースに、千回を目指したわけである。だが、なんと。それはすでに間に合わない。とは、なんとも。呆れる。この、人間の永遠の問題は、永遠の、テーマで、かつ人間共通で(無神論者は別であるが)。で、今日は終わりたい。とは言え、最後に。彼の少しは気の利いた文章で、ブルンナーに語ってもらおう。「ここで問題となっているのは(316ページから)、(私、ブルンナーの)宇宙論的な事柄でも、科学的好奇心でもなくて、わたしが神を、自分の起源(わたしの創造主)として。知るかどうか。わたしが神を自分の目的、自分を決定するものとして、認めるかどうか、と言うことなのである。」と、書いてあるのを、読んだのが高校生の頃であると、言っているわけではない。が、今日の空は晴れて少し寒い。(追記)ネットの経済ニュースから転載したい。僕は年金積みは画家、ではない。小さな建築設計事務所の経営者で、オーナーだった男。それが、現在の経済ニュースに着目する理由。以後コピーはネットから。⚫️海外で感染が続けばグローバルな活動は抑え込まれ、経済は低成長を余儀なくされる。そうなると、過去に類を見ない経済対策でも支えきれず、倒産の連鎖が止まらなくなる可能性がある。それら企業に融資した金融機関に膨大な不良債権が発生することも起こりうる。金融危機につながるのを防ごうと、日銀による国債買い入れと政府による国債増発が進むだろう。しかし、日本の公的債務の残高は先進国でも最悪の水準。コロナ危機対応で各国の財政状況が悪化したとしても、相対的に日本国債に対する信認が低下する懸念は拭えない。日本国債への信頼が揺らげば日本経済は大きな打撃を受ける。われわれは、そのリスクさえも見据えなければならない。政府に頼らずとも、しぶとく生き残れるか。その覚悟が民間企業には求められている。

 

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2020.04.23

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(376)4月23日木曜日(千回を目標にしている)

聖書的ではないが。神この偉大なるもの、と。書くとまるで、イスラム教のようだと、思った。イスラム教は、概ねキリスト教から五百年後に生まれた。ブッダは五百年前である。この三大宗教は、一千年の開きがあるとは、とても思えないが。時間を、ここまで言うと、百年に満たない人間にとって、どうでもいいことである。が、一体時間とは何であるか。ともあれ、人間は。様々に「神」を信じている、あるいは信じない、ということであろう。その中で、私はキリスト教徒で、それも一人独立(無教会)しているキリスト教信者である。ここに至るには、しかし。教会の歴史と伝統が必要だった。そのお陰である。そのゆえの「神」信仰、神は偉大なりである。このように言うと、結局宗教とは、歴史であるとわかる。自分の信仰形成は、日本の宗教的伝統と歴史、の上に成り立ち。イスラム教とは縁がなく、ヨーロッパの宗教であるキリスト教が。明治維新で国家に容認されて成立した、キリスト教に。僕は、依存している。この錯綜を、うまく分析できる力量はない。のであるが、僕程度でもやらねばなるまいか。せっかく、このブログが、あるのだから。と、思いつつ。テレビをつけて、5時のニュースを聞いた。ある大病院で、コロナの一般検査を実施したところ、既に多く存在する罹患者発見が、あり。遅れに遅れたコロナ一般検査が「可能」になったと、は呆れたことである。誰が、コロナ戦の総指揮官であるか。よくテレビに出るあの男か、また別な、あの女性学者は。たびたび、恐怖心を顕にし、その必要性を。確実に前から、訴えていた。その正しさが、データーとしていよいよ。今や。社会に、確実に6%は存在するという、コロナ罹患者が確実にいるという、推定可能なデーターに。僕は絶望した。これから、戦いが。主戦場に入るのであるか。大日本帝国は不敗国家であり、勝つまで戦うと言ったのは。旧人の、もはや死に絶えた、歴史に残る愚かな人たちの。僕らの先輩の。悲惨な歴史であるのは。ヨーロッパも同じだった。と(特にドイツ)、僕が教えられたのは。明治学院高校で。現代神学を少しかじり始め。さらに、その上の大学で思想の勉強。を、し始めた頃のことであることを、思い出した。ドイツプロテスタント(宗教改革)に基礎を置く、僕のキリスト教の、自分は。今日はこれ以上書くのが嫌になる。のでこの程度で、やめておこう。晴れの朝、である。皆さんも覚悟をなされませ。誰が、死ぬのか、全くわからない混沌であるし。遠くから救急車のサイレンが聞こえ。君は無事か。と心配する。僕らは今のところ、無事だ。(追記)これから貼り付けるのは、現在のニフティ・ネットニュースであるが。驚いたことに。世界の感染者と死者の数として、統計に出る数字が。圧倒的にキリスト教と関係の深い国、と言うことである。ので、僕は。そこに。今回のコロナに対する「神の意志」、を感じるのである。神の意志など、とても僕の手に負えるものではない。が。教会集団感染のそこに、キリスト教国の「教会制度」の歴史的終焉を見る、と言っては。言い過ぎであるか、ないか。僕には、わからないのである。が、そうだと。僕程度であるが、言っておきたい。新たなキリスト教の時代が来たと思う。それは、キリスト教信仰の「普遍」の徹底である。⚫️米ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センター(CSSE)の集計によると、新型コロナウイルスの世界全体の死者は日本時間23日朝、約18万2000人となった。国別では米国が約4万6000人と最多。イタリア、スペイン、フランスではそれぞれ2万人を超え、英国でも約1万8000人となった。世界の感染者数は累計約262万人。約84万人で最多の米国に、スペイン(約20万人)、イタリア(約18万人)、フランス(約16万人)、ドイツ(約15万人)、英国(約13万人)が続く。トルコは中国やイランを超え、10万人に迫る勢いだ。 【時事通信社】⚫️

 

 

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2020.04.22

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(375)4月22日水曜日(千回を目標にしている)

神、この偉大なるもの。これ以上のものは、無く。偉大なる方、としか言いようのない神は。聖書が「創世記」に書くところによると。「神が天地を創造した初めに、地は荒涼混沌として闇が淵を、おおい」(世界の名著・中央公論社・昭和四十三年)で、僕は聖書に絶望する。なぜなら、この荒涼混沌とした闇と淵を、一体誰が創造したのであるか。と、つい問いたくなる老人で、あるからである。さんざん聖書を読んできたが、このあたりまで僕の歳が進んでくると。つまり本当の死に近づくのであるが。その死は、今コロナで、緊急で現実的なものとなって、感じられるから。おかしなもので、それで聖書を読めば。今書いたような、要するに。その初めの天地創造、という言葉とは別に。聖書の冒頭のこの言葉(テクスト、テキスト、原文)は問題である。と、哲学的に考えるのは、また理性的に考えるのは。悪いことであろうか、と考えて。結局聖書の記述は、コレでいいと思うのである。聖書とて、人間が書くのであるから、創造に立ち会ったわけではないし。被造物として、精一杯の考えを傾注して、ユダヤ人は。天地の創造を想像して、書いたのである。コレが、キリスト教となるのは、二千年前で。イエスという人(ユダヤ人)が神を、父と呼んで出現し。いわば「語り言葉」、としてのイエスが。記録されて残ったのである。つまり、言葉(テクスト)としてのイエスが、成立したのである。だから、文学(息によって生成される言葉)こそ。人間のよりどころで。「神」、という言葉も。それなのである。もう一つ、絵というものがある。壁画に人類の痕跡を見ているが、人は。絵を描く。書く、と描く、であるが。それに経済が加わるのは。所詮人間の生存は、一人では済まないからである。一人で、悠然と済ませようなどという人は、要するに。古代の奴隷制が典型なのであるが。今持って、それに準じて喜んでいても。所詮、コロナ一発で終わりとなるのは。至って、明確で。人間は共同で生きなければ、一瞬たりとも生きてはいけない。のが、現実なのである。と、コロナは教える。昔、僕の若い頃は、この例を。孤島に海難でたどり着いた人が、こびと社会に捉えられて。そこで生きていくという、御伽噺があって。何かよくわからなかったが、それが。それを表して。僕に教えてくれたのである。と、やっとわかる歳になった、と僕も思った朝であると、思った朝は、曇りである。

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

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高島弥十郎の絵画

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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ユーチューブにある「鈴木英明ピアノ作品個展 Part 1」を推奨したい。演奏している鈴木智恵氏は、私がよく知るピアニストである。鈴木知恵さんのリサイタルは、当然の如く。延期、5月になります。

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KOYAMA HOTAROU kaiga(ネットから転載しています)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼ」

 

 

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パリ十六街区・実写

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.04.21

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(374)4月21日火曜日(千回を目標にしている)

コロナの今こそ。永遠の生命論、でなくてはならない。時。非才の自分を一層嘆いている。自己の、非才を、古代の人に焼き直してもらいながら、それを読みながら。書いている。アウグスティヌスの「告白」、それも岩波文庫と教文館刊行の二種類の本で、読んで。古代人の心の、キリスト教的原点が、少しは理解できる、だろうか。「告白」は、概ねで言えば。紀元後五百年ほどの間で、書かれ。イエスが十字架について、から二三百年経過した後で、書かれたが。聖書はその時すでに、できていたようだ。その聖書を、アウグスティヌスは読む。聖書の単純な記述にがっかりした、とタイトルにある。彼の告白は、晩年に為されたもので。概ね30歳ぐらいまでの、いわば回顧録である。幼年、青年期の。幼児心理から、青年心理、青年男子の生理の、本格的な心理的記述になっている。彼女の息子への、男になる息子をみての母親、の嘆き。彼女の子供に対する、男の発見の嘆きから、人間論に至る。その記述は、今と変わるものではない。人間の生理は古代とは言え、同じだ。生殖に絡まれた人間の性の、涯にあるものこそ。人間、なのである。というより存在の原点である、ことは。今もコレからも、変わるものではない。と、認識できる僕は。老人である。すでに、生殖から程遠い存在ではあるが。生殖の性と聖に振り回されて、経済に振り回される人間は。不条理の世界を、僕とて経験してきたが。今も、その炎は、小なるものとなっているにしても、生命を維持するものは、美への階段を登っている。美の階段をのぼり。天国に向かい。つつある時のコロナ騒ぎは、スケールが大きすぎて。書けないが。天国や永遠の生命も、この世のスケールでは書けない人間の、「存在の視野」である。最大のスケールとして、コレも書けない朝となったが、勘弁してもらうしかない。コレを書いて、高い復活論や、永遠の生命論を語って突然死、した。僕が受洗した牧師の、山永武雄牧師(当時フェイリス女学院院長)が、他界したのは。62歳だったのだから。彼の永遠の生命論が、僕の原点であるとはいえ。昨日、太宰治の次女、小説家「津島佑子」のことを、突然思い出し。駒込で何回か、お見かけして。深い毅然とした印象のある、彼女が。なぜ僕の実家の辺りを、乳母車を引いて歩いているのか。その時は理由がわからなかった僕が。突然、ネットのかげで。彼女の母上、すなわち太宰の妻で、太宰が死んだ、すぐ後の。妻(未亡人・あまり流行らない言葉)の住まいが。駒込の大和村(文京区)の中にあった、ということをネットで知って。津島佑子の小説を、改めて読んで、みようと思った朝と。なったのは、なんの因縁であるか。と、思ったのである。

 

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2020.04.20

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(373)4月20日月曜日(千回を目標にしている)

僕の絵画道も、いよいよ抽象へ。道筋がついた。ところで。サージカルマスクとは。医療用マスクのことらしい。その単語を、記憶のために手帳に書いて。テレビで武漢が出た。誰もいない、でかい工場に、誰もいない立派な事務所を持つ武漢の、現地の工場には、今も誰もいなーい。で、日本の委託生産だった、らしいことがわかる。高い日本の、最も基礎的で。金の張る高額なマスクが全部ほとんど、全く中国製で。日本のその社長(テレビに出た)は、顔色もよく。よく肥えていて夜の中国を満喫し。バッチリ儲けていた、とわかる風貌をしていた。それを今度は、日本の官庁から。依頼があって、それを作ってくれとなり、それを販売することになり。もはや、彼には何の心配もなく。それを、日本のコロナ対策という、大義名分の下で談合で。そーっれ、というので。がっしり日本の大手の家電での生産が始まって。武漢がいまだに。都市封鎖なのであると、知った。朝の5時のNHKニュースである。というニュースを見て、これで。中国の社会主義体制に、完全にヒビが入った。と、思ったので。僕は1976年の。第一回友好青年の船に乗って、「毛沢東」氏の葬式に出た、経験があることで。その自分の記録を、つくづく眺めた昨日、になったが。これが、僕が。資本主義か社会主義かを考えた。僕の。明治学院の十年で得た学問の。最大疑問の回答も。全て流動的であるとはいえ。ある程度。宗教的、科学的、哲学的、文学的回答が。書けるかもしれないな、というところの、当たりが。昨日あった、ので。サージカルマスクが、大いに気になったのである。その思想的、世界的選択の様々な面倒な断面こそ、まさに。カミュの文学や、太宰の人間失格に、結びつていきながら。結局、キリスト教の神に、僕なりの信仰的「極」を結ぶとなれば。いや、結ばせようとする自分の。宗教的原点を。アウグスティヌスの「告白」に求めたのは。あるいは、正しいかもしれないが。統制的社会なのか、自由社会なのかの。人類の最大問題は、今の経済問題と絡めて。人間の不条理の。運命の。存在の不条理と。深くかかわる。ということが、僕にもわかる歳になったと。今朝は思った5時のテレビの声は。まだまだコロナの厳しさを伝えて、あまりある朝は曇りで。あるが。今日も、「エトランゼパリ」に加筆する。つもりになっている。

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

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高島弥十郎の絵画

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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ユーチューブにある「鈴木英明ピアノ作品個展 Part 1」を推奨したい。演奏している鈴木智恵氏は、私がよく知るピアニストである。鈴木知恵さんのリサイタルは、当然の如く。延期、5月になります。

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KOYAMA HOTAROU kaiga(ネットから転載しています)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼ」

 

 

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パリ十六街区・実写

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.04.19

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(372)4月19日日曜日(千回を目標にしている)

今朝目が覚めると、エトランゼパリの昨日描き加えた80号の絵を観て。僕の絵画道も、いよいよ抽象画にやっと、追いついたのかと感慨が深くなった、ときに(具象からの卒業という意味)。5時のニュース(NHK)を聞いていて、爆発寸前の状態にあるコロナ禍の、社会理性の見通しもついたのだ、と思った。ようするに、科学的見解に落ち着きが出たし、爆発を止める今のところ唯一の手段。家から出ない、と言うもっとも基礎的な防疫手段が。一般化した、と言うことに喜びを感じた。もちろん経済は毀損するが、国際間に横たわる、国家資金の膨大な信用投入が(実物経済でないものとしての)、将来富を生み出すと推定した(経済学的に実は不定の、あるいは法則の・あるいは危険な。僕にはわからないが)。経済人が、ある一定の理性で、株を買い進めていると言うから、その道その道で。生きる人間の、その道の責任をはたす、合理的医学的かつ不合理的感覚的人類のバランスは。未だ毀損していないと、安心した。ところで、エトランゼの横の壁にある。お借りしている、画家筒井友美氏の作品を鑑賞した。ので、なるほど、これが、僕が若い画学生(夜学)の頃。具象を勉強しながら憧れて、いた抽象の至るところ、で、あるか。と思った。全体が小さい、素晴らしい作品を鑑賞する(いつも観ているが)。と、作家の品格が伝わってくる。のは、その作品の全体を創り上げる、額装と。作家との一致、である。現代画家の筒井は、自分の絵を。描き。その上で、自分で額装もしている、から。その作りの精緻は見事なものである。センス、考え、コスト、作品を初めから予定されたもの、に仕上げる美大の卒業生の力量は。見事というしかない。僕は、エトランゼパリ(最後の僕の具象作品)を仕上げて、やっと本格的に。筒井に追随し、抽象画を描き。銀座の「ギャラリー惣」で、経営者の佐々木順子さんを励ます意味で。コロナが開けたら、いい個展ができるといいねと、言って電話を切った。彼女もしばし、銀座から大磯に引っ込むとのことで。具象画の僕のパリが、いつ出来上がるかは不明であるが、ただ。その次の道筋をえがけただけでも、立派にコロナ災害を乗り切った気分になる。そんな昨日の夜、カミュ本、が着いた。少し読んで、彼の。第二次、世界大戦を思想的に受ける、不条理の意識が。彼の神否定と一緒になり。高いテキストを形成したことは、理解できたが。これが、僕の明治学院大学の学生の頃に。本格的に出っくわした。本当の「思想」の始まりの人だとは、今まで気がつかなかったので、なるほど。ここまで、神を否定したくなる、誠実な人の哲学は。読むに値する、と思いながら。カミュの複雑な文体を「反抗の論理」として、老人の。コロナハイリスクの僕にも大きな楽しみが。僕にできた、朝だなと思った朝と。なった。こうやって、人類は、知的にかつ不合理的に、そしていささか合理的に不条理に実存的に。全てのを、生きていくのであろう。神に感謝して(追記)トランプ氏はここまで言ったのであるが⚫️【ワシントン時事】トランプ米大統領は18日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大に関し、「中国政府に故意の責任があれば、(相応の)結果を招く」と警告した。トランプ政権は、ウイルスが中国湖北省武漢市の研究所から流出した可能性を調査中とされる。ウイルスのまん延で中国政府に落ち度があると判断した場合、厳しく対処する姿勢を示した形だ。トランプ氏は「(感染は)世界中が苦しむ前に、中国で止まったかもしれない」と述べ、中国政府の失策が現在の危機を招いた可能性を指摘。感染死者数についても「米国が最多ではない。中国が最多だ」と改めて主張し、中国側の説明の透明性に疑問を呈した。 【時事通信社】⚫️これはこのコロナ禍は、あるいは体勢を揺るがしかねない、ものになると、言った僕の意識を再び喚起したので、コピーしておいた。多分、そうはならないと思うのであるが、体制をめぐる二大思想の激突は、ないことではないのでは、ないかと。思うのであるが。嫌な予感だ。が、先が読めないのは。ポストモダンの最大論点問題であるが。ここに、コロナを機会に、人々に有用な思想家が、出る、とは思うのであるが、年寄りの出る幕ではない。

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2020.04.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(371)4月18日土曜日(千回を目標にしている)

今朝目が覚めると、僕の部屋の。壁にエトランゼパリの昨日描き加えた80号の絵があって。5時に起きると雨で、ベランダに出る、と。いい空気だ。事実上の医療崩壊をしている世界は。あの先進国の、と書いたのは。僕らの年代のアメリカは、戦勝国で。我が大日本帝国の敗残の少年の僕らは、面白くもない学校に。行くために渋々寒い床を抜け出して。行かなくていいのじゃねーか、などと。不埒を考えている時も。医療崩壊していたかと言うと。そうでもない。近所のお医者さんは、往診が当たり前で。電話をかければ、夜中でもバーンと駆けつけて僕を診てくれた。長じては、僕の嫁さんまで世話をしてくれて、あの徳川家の末裔が住む近所のお嬢さんと見合いをしないか、と言ってくれたのを。僕は袖にして。明治学院に、行くために。目黒まで、山手線に乗って、今の庭園美術館の前を通る、バスに乗って。伝染病研究所の八芳園のあたりを右に曲がって、坂を下り。白金小学校の前を通って明治学院に着いて。アメリカ人の、宣教師の綺麗な奥さんの。わからない英語を聞かされていると。みんなが、いつの間にか一斉にガヤガヤ雑談するので。その奥さんは泣き出してしまい。僕らもしらけて。などと言う時のアメリカは、実に。恐るべき隔絶した、高さを生活に滲ませていて。僕らが、砂糖をまぶした揚げパンを買いに、購買に走っていく時の廊下は、油がギトギトの廊下で。凸凹のでかい木造であったから。僕らは、パンを急いで食って。と言う時の日本の医療は、僕の好きなメガネをかけた先生の、奥さんも医者で。その父上も医者で。小学校の校医で。小柄な、立派な顔をした。優しい人が亡くなった時、僕らは。その医院の家のまえに整列して。霊柩車を見送った思い出がある。時の日本は、敗残の焼け野原の東京であった、と言うことを思い出した。朝となって、今の医療は。なんやかやとうるさいだけで、一向に人間の善意が感じられない。機械的な医療が崩壊して、コロナに付き合う。お医者さんをまたその家族を、バイ菌扱いにする。大衆の無様は。一体、何を意味するのであるか。を、テレビで見ると。当たり前に医療に感謝もなく、ありがたみも感じない大衆の。が、僕には全く理解できない朝となった。のであるが。ベランダに出て吸った空気は、新鮮でうまいのは、まるで軽井沢にいるような気がする。

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

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高島弥十郎の絵画

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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ユーチューブにある「鈴木英明ピアノ作品個展 Part 1」を推奨したい。演奏している鈴木智恵氏は、私がよく知るピアニストである。鈴木知恵さんのリサイタルは、当然の如く。延期、5月になります。

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KOYAMA HOTAROU kaiga(ネットから転載しています)

 

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

 

 

 

Kaiga608

 

 

 

Kaiga0105

杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

Kaiga189

ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

Kaiga86

油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

 

 

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

 

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼ」

 

 

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パリ十六街区・実写

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 

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2020.04.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(370)4月17日木曜日(千回を目標にしている)

明治38年(1905)に内村鑑三が書いた、と昨日369に書いて、今朝目が覚めると、僕の部屋の。壁にある「エトランゼ・パリ」(油彩・80号)が、語り始めた。ので、絵画への「意識」が働き始めた。コロナで、閉じこもりてしばし時を稼ぎ。しばらく静かにしていれば、終息。すると言う方法が奨励される。今。絵画、はいい方法である、と思ったのである。なぜ人は、芸術をするのか。芸術だけが、人間らしい残された。人間の人間だからである。芸術は。金ではない。名誉でもないし。単なる私、だからである。芸術と愛、これが閉じこもってわかる人間の。最終のよりどころ。愛は、人間への愛。人への愛。自分への愛。神への愛、を明言したのが基督イエスである。で、十字架に架けられて殺される。愛と芸術。この古いよりどころが僕の部屋の壁にかけてある(制作を始めたのは、概ね十年ほどまえか)ので、僕は。まだまだ未完のその。80号の油絵を描いて。二十年前。パリに行って、エトランゼ(異邦人、外国人、旅行者、見知らぬ人・広辞苑)を経験し、写真にし。それを元に描いて。拡大鏡をのぞいて、この辺りがまだダメだ。この辺りの色は不十分、ここは形ができていない。などと。描いていると。いわば絵画のハーモニー(和声、調和、諧調・広辞苑)が、たちまち変わってくる。隅の方を少しいじっただけで、たちまち全面が変化する、と言う経験をする。予期できない。音楽も同じ。音楽は、あるいは作曲は。このあたりの絶妙な諧調を調和させているのであろう。ウィーンを、夫婦で彷徨ったことがある。明日は、ヴェートーヴェンの森に行こうと決めて、市電に乗って。地図を見ながら終点で降りた。地図で見ると右手がドナウ川、だから。並行に右にあるあの丘の葡萄畑を、右に見て。登っていけばいけるね、とは思うものの。なんとも方向だけは正しいだけで。全く何がなにやら。森らしき道を行くと。そこにガヤガヤと一団の日本の女学生いる。引率の先生が何か。説明しているようで、後ろの女学生に小声で聞いてみると。これからヴェートーヴェンの家、に行くのだ。と言う。で、ちゃっかり、ついて行った。そこでCDを買ったあとで、ドナウ川に出。中洲にある小さな、地元の、野原の中にポツンと一軒家でソーセージを注文し。ドナウが、草叢の向こうにある部分まで、出て戻り。やれやれ文明に戻って。市電に乗って。宿まで帰った経験は。パリとは関係ないが、を思い出しながら。パソコンで。第九を聞きながらパリを描いた。のは、昨日であるが。今日は全国が自粛範囲ですと。わが首相が宣言する日のようだ。と、今朝のニュースで知った。曇りの日である。

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ここが市電の終点あたり、で、ヴェートーヴェンの森へ。実写したヴィデオのショートカットから。

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実写したウィーンヴィデオのショートカット

上の日本語文を、パソコン翻訳機を使って、英語で書いてみよう。後でゆっくり、暇なので。僕も訳してみたい、と思っている。適宜、修正してみるが、及ばないであろう。実際掲載した翻訳英文の、全文を読んでみたが。とても、自分の言いたかったかとの、10分の一も。言い表されて、いない。

 I wrote on 369 that Uchimura Kanzo wrote it in MEIJI 38 (1905) yesterday and wake this morning. "Stranger Paris" on the wall (oil painting and number 80) has begun to tell. "Consciousness" to a painting has begun to function in NO. I shut myself for Corona, TESHI, when, with the selling point of, time, gain. When I'm quiet for a while, I end. Then the way to say is encouraged in. Now. A painting, yes, I thought it was how to be here way. Why does a person do art? Only art was left appropriate for man. Because I'm human man. Art? It isn't money. It isn't also honor and. Because it's I. Art, love and the one of the man by which this shuts itself and understands. The last grounds. Love is love to man. Love to a person. Love to oneself. Ai to a god. Of affirmed one is Christ Jesus. It's been so, spanned a cross with and killed. Love and art. These old grounds can have been written on a wall in my room (Is it before about roughly ten years that production has been begun?), so, I? It's still incomplete, its. Please draw an oil painting of number 80. Twenty years before. I go to Paris, experience a stranger (a foreigner, a foreigner and a traveler stranger and Kohjien) and make it a picture. Please draw based on that. This part is still useless except for a magnifying glass. The color of this part is insufficient and the shape isn't made here. With NADO. When it's being drawn. A harmony of a so-called painting (* Kohjien) will change immediately. The one in the corner was just twiddled a little and the experience to which I say that a surface will change immediately is done. It can't be expected. The music is also same. Music or, composition? I'll make an exquisite melody around here harmonize. Vienna has been wandered conjugally. Please decide and take a streetcar in order to go to Beethoven's forest tomorrow. I got off at a last stop while seeing a map. Because a right hand is, the Danube when it's judged from a map. Please see a vineyard in that hill to the right to the right in parallel. I think I can go when climbing, but. Only everything direction, as it is right. Completely, what, what and? When I take the way appropriate for a forest. A Japanese schoolgirl of a group is there noisily. What is leader's teacher? When they seem to be explaining and I ask the back schoolgirl by a low voice. The house where I'll be Beethoven now. In. I say so. It's so and I calculate, I followed. So at the back where a CD was bought, in the Danube. In the small local field in the sandbank, lonelily, if, sausage is ordered by an isolated house. I go out to the part where Danube is over the bush, and, return. Well, please return to the civilization. Please take a streetcar. The experience which returned to an inn? It's unrelated to Paris. Of while remembering. By a PC. Paris was drawn while listening to Beethoven's symphony No. 9. NO is yesterday. If th

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2020.04.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(369)4月16日木曜日(千回を目標にしている)

コロナ不気味、をこれ以上書くことは、無意味だと思う。また、明治38年(1905)に内村鑑三が書いた「無教会」、特にキリスト教のその意味づけは。コロナ(空気感染症)によって、教会集会の無意味が証明されたと結論した。神は、一人一人と話したいのであって、話せるのであって、何も集団で特殊な場所を作る必要などないのである。これなどは、実は、カミュが否定したことと同じであって、彼はフランス人として、アルジェリアで生まれ育ち。フランスの植民地主義(以下、Wiki)、⚫️1913年フランス領アルジェリアのモンドヴィ(現ドレアン英語版))近郊に生まれる。父リュシアン・オーギュスト・カミュは、農場労働者であったが、19世紀初め彼の祖父がフランスからアルジェリアに渡ってきた。父リュシアンはスペイン系の大家族の娘であるカトリーヌ・サンテスと結婚、リュシアンとカミュの二人の息子をもうけている。しかしカミュが生まれた翌年、この父はマルヌ会戦で戦死した。以後母と2人の息子はアルジェ市内のベルクール地区にある母の実家に身を寄せた。この家には祖母のほかに叔父が一人同居していたが、聴覚障害のあった母親も含め、読み書きできるものは一人もいなかった。カミュはこの家で、貧しくはあったが地中海の自然に恵まれた幼少期を過ごした。⚫️の下に成長し、彼の無神論を形成したが。今の私から見れば、彼の無神論は。無教会主義が、そこヨーロッパにあれば、決して発祥していないもので。無教会主義そのものが、ヨーロッパで出なかったことが。そこに、無神論的実証主義を生み出したと、言うべきであろう。どちらにしても、彼の名作「ペスト」は、明治学院大学の学生時代で読み。青春の混乱と思考のベースになったものであるが。改めて、カミュと内村鑑三を検証したいと、思う、コロナの朝と、なった。

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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筒井友美作品

「帰る場所」(ご本人の許諾を得て展示しています)

    https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

  https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

 

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高島弥十郎の絵画

 

 

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CHRISUTAIAN BOLTANSKI(net copy)

 

 

 

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KIMURA CYUTA kaiga (net copy)

 

 

 

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ユーチューブにある「鈴木英明ピ