8-206 老人神学を考える 1
主なる天主(神)よ、我らが同胞をかえりみたまえ。
前回書いた小田垣雅也氏は祖父ネットより十歳ぐらい年上の人で、なかなかユーモアのあるトボケた老人である、と書いた。祖父ネットの再開を祝して友人からもメールが入ったが、ここのところ神と天主問題に熱くなっていたので安心した、と書いてあった。神天主問題は本質的には中国の問題である。中国語の聖書は、神版と天主版の二つが現実の市場で売られており、そこから問題は熱くなる。この熱さは当面さめることはない。
なぜならいわば西洋思想の「かみ」のようなものを、東洋語の「かみ」に訳せるものなのであるかどうか、だれも分からないのが現状である。逆に東洋思想が西洋用語で訳せるとも思えない。この辺りの微妙な問題は、多少語学が分かってくると起きる必然である。それ故に中国語聖書こそ、実に正直な表現を採用しているということである。二種類の聖書、それはまさに一国二制度に通じている神業である。ただ、ここでは今のところ一休み。いや、これ以上は深く考察が出来ないであろう。浅学のなせる業である。
ところで、小田垣雅也氏のことである。
彼の本がこれほど私の脳裏を直撃したには、もちろん理由がある。祖父ネットはたびたび書いているように明治学院の出身である。戦後の日本は、連合占領軍の主力アメリカの統治下にあった。そのなかでキリスト教は息を吹き返した。日中戦争から太平洋戦争で終わる昭和の戦争期間、その全行程でキリスト教はひどい目に遭っている。それがミッションスクールの経営にも深く影響している、ということは当然のことである。簡単に言えば戦後、ミッションスクールである明治学院も、その長い逼塞期間を抜け出たのである。
当然クリスチャンは張り切ったであろう。それが教育現場で実行された。その期間に、見事なキリスト教教育を受けたのが祖父ネットである。何せ10年間も教育を受けたのであり、時期が時期であるから、キリスト教界がただならない理想に燃えた時、といっていいのではないか。現に中学生の頃は、そのプロジェクトに「理想教育」と言う名前が付けられていた。明治学院の10年間以外にも、前後で深くキリスト教に関わっている。
そのプロセスを少し説明しよう。まず中学校の時の教科書にブルナーの「我らの信仰」があり、高校のときには「カルヴァンの人間論」に触れた。それを読んでは線を引っ張って、やたら考えたが、もちろんよくは分からない。大学は社会学科だから思想系の本をよく読んだ。中国語をやり始めたのもその頃である。そんな自分の読書傾向をまとめて見ると、結局素人の読書である。が、その一式をきっちりとまとめて説明してくれたのが、小田垣雅也氏の本ということである。
ほぼ一ヶ月、なるほどなるほどこれだったのか、と思いながら読んで充実した時間を過ごしていた。


















