永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十六)

で、この話は一層ややこしくなるのは、止むを得ない。書いているテーマが、「永遠」であるからだ。この永遠は、人類普遍のものでなければ意味もなく、価値もないが。キリスト教は、これを普遍といって、イエスの言葉は、神の言葉として、神が人間のために、自らを受肉させ、この世の苦しみを経験して、言葉を与え。その「言葉」(神学的には啓示という)を信じて人間は救われるのである、という聖書に書いてあることを。後に続いた人々が、神学として(言葉としてさらに概念化し)、人類普遍の救済として宣教してきた、というキリスト教史の。基本と接触することになる。から、ややこしいのである。問題は、一地域、一民族、一定時間の問題、ではなく。あらゆる世界の隅々にいる人々にまで、関係する、からややこしい神学となり。当然、人間的欠点は聖書にある通り、人間には数限りない罪(神を裏切ったという原罪を背負い)という、欠点を背負っていると、書かれていて。それが、またよく正確で。呆れるほど当たっているので。あるし、今も相変わらずで、人間のあるところ必ず存在する、罪の現実、として。あまりにも毎日、事件として。あるいは国際紛争として、あるいは身辺的にある貧困や差別や、ミスや怠惰や飲酒や放縦として、日々。我々人類は経験している、と言い続けたキリスト教は。自分の神学においても、同じ神学者が人として、罪を犯しつつ。それを修正し修正し。さらに修正しなければすまない、新たな罪の中を、生きている。と、ブルンナーは解釈しているのである。から話は、明るくない。で、僕は、スイス神学が、これほど我々の近くあり、彼らさえ。いや、彼らこそ。いや彼らも。人間の罪やくるしみ、を、同じ信者の罪苦を苦しみ、その現実をほとほと、嫌になっていたのだ。などと、考えたことは、今まで一度たりともなかったのである。で、僕は明治学院の創業者ヘボンの経歴を読みなをしている。それによると、彼は明確なカルヴァン派(カルヴィニスト)であって、その信仰的肉的信仰継承は、徹底的にカルヴァン派であった、と著者高谷道男さんは書いている、ということに感動した。僕が、高谷さんの本を渡されたのが、明治学院中学生の時で、今も手元にあるが。僕は初めて、高谷さんがこれでわかったのである。僕は、突然。スイスのジュネーヴで、歴史美術館に行った時、見つけた。ヘンリー・ムーアの見事な抽象彫刻を。図らずも、撮影していたことを思い出し。て。僕は、それを自分の撮影したものの中に発見し。あのくどいキリスト教史の中に生きた(イギリス人)芸術家の。人間の肉体を、あそこまでデフォルメする、彼の芸術的スタミナの高さ、真実を追う芸術家精神に、キリスト教のあの深い歴史の傷あとが刻まれているのだと、気づいたのである。スイスは、それを。美術館の前庭に置いて、日々人々の鑑賞に任せ。たとは、とは。キリスト教ヨーロッパは、すごい、ですね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真が、スイスジュネーヴの美術史美術館の前庭。写真では、左隅にヘンリー・ムーアーが写っている。実物を目の前にしていたが、写真を撮る気が無く、ただこの写真では、木陰がいいフォルムだったので撮影したと思う。もし意識していたら、もっとセンターに寄せたと思う。ただ、この彫刻家には思い出があり、当然若い時。絵を勉強中に見て、本当にショックを受けた。あの頃は日本では岡本太郎で。太郎もすごいと思ったが、とてもムーアーには及ばないと思った。が。その深い意味は、全くわからないまま、その形だけにとらわれていた、に過ぎない。今も、本当に、新鮮だと思えるのは、深い芸術家の感覚は、キリスト教ヨーロッパと切り離せないと、思い至ったからであろう。上にある、日本の画家筒井友美の、あきれるばかりの「帰る場所」と、いい勝負だと、思うのは私ばかりではないと、思う。下の写真は、パソコンの大画面にすると、よく写っていることが、わかる。もちろんムーアーは、Wikipediaにも詳しい世界的彫刻家である。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十五)

気を取りなをして、書くことにした。新聞は相変わらずの自公で、まず治ったと書いて改憲に届かず。だから、左の僕は、護憲派なので、こんなものか。確かに、社会主義は世界で、さんざん多くの失敗をしたが。こうまで、西側で信用がなくなるとは、僕の人生で。僕の左側選択で、なんとも。誇るべきことで、僕は。決して自分の都合だけで投票したわけではない、といっていいのかな。であるが、左は未だ中国にあり、建前左翼なら、まだまだ世界にはいっぱいある。この現象を、どう解釈するのか、歴史哲学は出動できるのか。僕は、興味がある。それにしても、全く先が読めない、世界になったのは、初めから分かっていることで。これがわかるぐらいなら、誰も苦労はしない。アニメの世界に火をつけた短絡人は、結局三十四人もの大量死者を作り上げたが。彼のようにまさに、殺人という動機と、その結果が全く予想もつかない、男の生き様とは、一体何なのか興味がある。テロでもなし、政治的動機もなし、単に自分の思い込みが実現できないから、といって。火をつけて。犯人も想像できないような大火災が発生したのは、建築基準法の不備にすぎない。オフィスを格好良く、開放型にするのはいいとして、防火区画もせずに、解放するのはザル法と言わざるを得ない。だから、何事も自分の行動とその結果を、結びつけることのできない「愚か者」社会を。創造してしまう、人間なのである。彼の子供の頃の純真な、馬鹿げた金持ちになりたい、などという非道徳的な意識は。一体誰に教えてもらったものか。その簡単ではない目標は、世界の誰しもが。自由主義の下で、いかに大変なことであることかと、いうことぐらい。教育できない、現代の自由主義教育は。単なる勝手主義にすぎないではないか。といって、教育を非難しても。その子供が。その目標を持ってはならないなどとは、言えないだろう。ともあれ、目標とその結果を、正確に測ることなど、できないと、思う。キリスト教とて同じで、イエスの「愛の宗教」は、結局踏みにじられながら。も、前に進んで。みても結局、ローマ帝国という、大政治組織にのみこまれ、大発展したがゆえに。大いにその、原初の精神は歪められ通しで今に、至ったのである。が。それを、修正し、修正しさらに大修正し。た、神学者の努力は、ヨーロッパ神学の実に、真剣な営為だったと、僕は最近、知った。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これが、ウィーンのカールス教会とか言った、宗教改革後に、カトリックがこれでもか、、と言って作ったと言われるバロック式教会建築。実際見たのであるが、なるほど。これかーー。と思う。すごい。見たとき内部は、工事中で、ヴィデオで残っている。ショートカットが、いまいちうまくいかないので、なかなかお見せできないが。なんとか、お見せしたいものである。くどいけど、すごいよー〜ー。簡素なプロテスタント教会は、これを現象として嫌い、より原点に戻るべく神学を考えた。

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この下は、豪華な感じがよく出ている。色も鮮やか。この教会の祭壇は、本家ヴァチカンの祭壇を、一層くどくしたようなもので。こう言った祭壇で、人々の関心を集めてしまったので、キリスト教はさらに外形的な形式化、形骸化が一段と進んでしまう。のであるが。この発生と発展には、一概に表現できないキリスト教神学の、伝え得ないもどかしさも表現されている、と、考えるのが現代的解釈である。神の言葉(聖書)、だけが頼りのキリスト教の宣教的苦悩(神の人類へのメッセージを伝える人間の)は、今も継続してやまない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十四)

選挙には行きましたか。行かないで、祖父ネットを読んでしまいましたか。僕は、行きました。選挙の帰り。近所の、店を閉める生協の方々にご挨拶をして、感謝して頭を下げ、長いこと。それこそ顔馴染みの人と、寂しい別れをしました。約20年、僕ら夫婦は会員で、本当にお世話になったのです。寂しいですね。選挙は僕は、立ち位置を左。と、決めたのは若い時で。それを堅持して、唯物論の共産党だけは避けていました。左翼は世界中で崩壊したように見えますが、僕はそれでも。いつも左にいることを、心がけているのです。左の中で、右に行ったり左に行ったり、共産党だけには行かない。というのが、僕の政治的立場です。で、今は何が何でも立憲、なのは。現在の憲法にかけて死んでいった多くの人々の、悲しい歴史を知っているからです。僕は昭和16年生まれですから、仕方ありません。その僕らも、当然死んでいくのですから、この世が変わるのはやむを得ないのですね。そんな僕は、生命論として「永遠」を、今日も、目指して生きているに過ぎません。このブログは、それが主題です。し、すでにおわかりのように、僕のキリスト教の師は、スイスの神学者エミール・ブルンナーと、決めています。ブルンナーは、僕が。明治学院での10年生活の、高校の時代の教科書なのです。古い話ですね。ですが、残念なことに、人間はいづれみんな、死ぬ。ということを深く認識しなければなりません。死ぬのだから、どうなっても良い、のでしょうか。そうは簡単に行かないでしょう。今日は選挙で立憲が少しは善戦したと知り、少しは嬉しいのですが。それで、なんとなく、こんなことを書きました。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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エミール・ブルンナー(1889-1966 / 明治22-昭和41)ドイツ語圏のスイス人。神学者。

僕の親父は明治41年生まれ、ですから。親父より年上ですね。

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下は、スイスの代表的な山、マッターホルン。は、彼の神学の象徴です。そのブルンナーの師は、いうまでもなく宗教改革者カルヴァンです。フランス人ですが。

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2019.07.21

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十三)

断っておくが、この表題は、いうまでもなく宗教的なものである。社会科学的なものでは、ない。が、僕はかつて。そしてさっき、ハーバート・ノーマンを読んだ。なぜかと言えば、僕は。日本の明治維新や文化に、前回で色々言及し。かなり、断定的にものをいったからである。僕は、そこで、やりすぎてはいけないと思い、ノーマンを読んだ。彼の代表的な著作は、「日本における近代国家の成立」(岩波文庫・2011年版・第1刷1993年)である。が、それを本棚から出して、少し読んだ。彼が、ブルンナーの嫌った唯物論者、であるかどうか、を確かめたかったからでもある。その本の解説、354ページには。彼はマルクス主義者ではない。と、はっきり書いてある。このノーマンという社会科学者は、僕がブルンナーに影響を受けたキリスト教的弁証法、の中にいるとき。明治学院大学では、いやで、もこの唯物論問題と対峙せざるをえなかった、時代の人である。だから当時、その事態はいたって複雑だった。話は、一気に固くなったが今更ながら。それは。当時の政治状況から来ている。あのとき、冷戦構造であって、今とは全く、世界の様相が違っている。今は、冷戦構造は消えて、あるのは、哲学的唯物論社会と宗教的唯神論社会、との対決であると、思うように、なった。からである。これを、社会科学で理解することは、もはや不可能。それは、ノーマン史学を読めば、明らかなことである。彼が、言わんとしたことは、彼の政治思想、と誤解されたものは唯物論思想なので。はなくて。彼が本来持っていた、キリスト教的宗教史的歴史観を、日本の文化や歴史として理解しようとし、その理解の困難性の中に。彼の不幸が生じた、と僕は僕なりに、思ったからである。だから、日本人として。これを再読しなければならないと、思った。のは、彼は当時。アメリカから赤と烙印されて自殺した社会科学者だからである。ということを言って、ノーマンの、ご冥福をあらてめて祈るのは。僕のクリスチャンとしての心がけ、なのであるが。彼の父上が、僕の好きな軽井沢と、深く関係した牧師だったからだと、今日は言って、終わることにしたい。老人も、まだまだ勉強しなければ、なるまいね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは、スイスの暗い部分。要するに地下牢。ここに囚人は幽閉された。全て実写だが、まわりは岩、のみ。部屋などという、概念ではない。

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これは大氷河。恐ろしいほど冷酷厳然。もちろん実写。アイガーの腹に開けられたガラス張りの隧道から撮影したもの。

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これがガラス張りの隧道の内部から撮影したもの。つまり、アイガーの腹のなかである。実写。

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これがまじかに見る岩山。すごい迫力である。実写とは思えない。

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このアイガーは上手く撮れている。雲もなく、ラッキーだね。実写。コンタックスと富士フイルムの勝利だね。僕が撮影したと、今では信じられない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十二)

で、僕は。真剣に。明治学院大学図書館にある「ブルンナー蔵書」を探検する気になった。のは、「聖書の真理の性格」という本は、どうも英文でも出ているらしいとわかったからで。それが、あるかどうかをまず、調べるつもりで探検を、始めた。今は、どの大学図書館も、ネットで探検できるから、もちろんそれを利用する。で、びっくりしたのは。「ブルンナー蔵書」の多さ、である。なんと74冊。古いものが一番奥にあるから、それが1943年の英文翻訳のもの、とはとは、驚きである。その年は、僕が三歳、信州にいた。もちろん日本は戦争中である。その戦争中に、敵国のアメリカ人の翻訳者(英訳なので)が、スイスのブルンナーの本(原文ドイツ語)を翻訳したものを、蔵書していたのである。当時、誰が担当したのであろう。僕は、探偵小説を読むように、ワクワクした。1943年の和暦は、昭和18年、だ。日本は、いよいよ負け戦に入る。勢いよく真珠湾を攻撃したのはいいが、そうそう日本の国力で続くわけもない、ということは、どうも戦争開始から当事者たちはわかっていたようだ。戦争は、政治に過ぎない。だから、どの辺りで決着をつけるかは、だいたい見当をつけていることだ。が、もちろん、意見は色々あるに決まっている。し、国民投票をして、民意を問うたわけではない。指導者が、うんうん言いながら、デキもしない(と、心の中で)やって、しまった以上。引っ込みがつかないから、戦争はズルズルとグジグジと、かまどの火のように燃え尽きるまで、やることにになる。ヒトラーの腹のなかも、同じだ。人間は興奮する。し、ともかく集団化した狂気は、始末が悪いのは。人間が我々のような、深い人間性を抱えるからに過ぎない。僕のように、もう歳をとれば死を間近にし、聖人君主だが。僕とて若い時は、燃える血を、抑えがたいのは、言うまでもない。それが、国民精神になる。もともと、日本は、明治維新など、やりたくなかったのである。革命は日本人的ではない。ヨーロッパ的だ。日本人は、どちらかというと。世界の人間の中で、鎖国のおかげで、人間情動において世界一の高さ、ができていた。それは、今なら日本文化として、世界も評価しているが。あの頃の、野蛮な西洋文明は、技術的高さがあって。日本人には頭が上がらなかった。そこで、一緒に来たキリスト教は、その文化の象徴だから、もっとも嫌われた。日本人は、獣でも見るように、異教の神を排除しよとした。のは、日本史の事実なのである。しかし、如何せん。明治政府は、何か新しいことを、しなければ格好がつかない。で、西洋文明に習ったのである。この辺りから、キリスト教も妙にエリート化して、お高くとまり。日本人を苦しめることになった。が、しかし。ヨーロッパの、現実的なキリスト教を研究すれば。それが、そんな格好の良いものではなく。むしろ、それ自体が。格好の悪い、人間性への攻撃宗教である、ということが明確になってくる。のは、人間の罪を、問題にするからである。それは、人間が。神を裏切り、その創造の原点(愛としての創造)を汚したという、基本の問題が。問題となっているに過ぎない宗教である、ということを。弁証法的に解明したのが、ブルンナーたち。当時の若い俊英の、唯物論に苦しられる神学者、だった。ということが、僕にも最近わかった。のである。僕は、それが。今まさに僕あたりがやる研究で。今の世界の、苦しめる唯物世界の、人間への苦悩の回答(キリスト教的)、であれば良いと、思っているのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今回僕は、あえて暗いスイスを選んだ。僕は、クリスチャンだから、明暗を無視しない。むしろ、暗い方に目が向くことが多い。暗い写真は、もっとある。が、今回はこの程度。全部僕の実写だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十一)

僕は、「聖書の真理の性格」をもう一冊、古書で買った。なぜかと言うと、この本は。僕にとって、決定的な高さ、を持っているからである。僕は、この本が持っている価値を、知ることを、知るものになった。ことに、我ながら感動した。なぜなら、ヨーロッパそのものの、真髄のようなものに。僕はどうして、ここまでのめりこめたのか。ということも自分ながら、全くわからない。が、僕は。日本では珍しいスイスカルヴァン派に、若いときに出会っていた(明治学院でチャンスを与えられた)、自分だった、と知った。ブルンナーは、1937年。この本で、宗教改革的カトリック批判をする。が、そのカトリック批判の中身は、実は僕も考えていたことで。キリスト教と接触すると、様々な疑問が生まれる中に、必ず出てくるものなのである。それは、当然で。子供であっても、そう簡単には、神様を認めるわけにはいかないのだ。まして、外国の神様である。明治学院や教会の宗教儀式も同じだ。日本の宗教儀式とは、明らかに違う儀式は。儀式は、目に見えるだけに、当然批判の的になる。それに対する疑問は、僕は自分の特殊な。キリスト教への、自分の非才から起こるものだと、勝手に解釈していた。が、今にしてブルンナーを読んでいると、彼は。僕が、僕の常識に従って持っていた疑問を、いともやすやすと。自分たち(ヨーロッパプロテスタント)の疑問としても、同じであると見事に本に書いている、ではないか。これには参った。これは、意外である。なんだ、自分が持っていた疑問は、不勉強だからではなく、よくわかって若い僕に沸いた。疑問なのだと、納得した。だから、僕は。彼の、具体的なカトリック批判をここでは、あえて書かない。興味のある方は、読まれるといいと思う。他愛ない問題から、複雑な問題まで。僕は、さすが明治学院に10年もいたから、しっかり疑問だったのである。これを、真正面から書いた日本人など、残念だが一人も知らない。し、まるで、私と同じように。心の中に飲み込んで。僕は僕なりに、さらに。他の友達は、他の友達は友達で。キリスト教から去っていった。と、知った。残った僕が、バカだったのか、去った友達がバカだったのかは、今更言っても始まらない。が、「残った僕」は、僕の疑問が。ヨーロッパの、大神学者の疑問と同じだった、と、思った途端。この本は、僕の宝物になった。それを思うと、同時に、僕はトマスクィナスの神学大全を、すごいと思った。なぜなら、その大著作のはじめには。しっかりと「神は存在するか」という、もっともな疑問が掲げらているからである。この本は。中世カトリックの、中心部を形成した神学だと、言われている。どちらにしても、ヨーロッパの神学者たちが、カトリック・プロテスタントを問わず。この大疑問に挑戦し。ともに、その挑戦の同志として。ただ単に、非難しあっていたのではない、という高い意識に。やっと、到達できた。自分を。本当に、ブルンナーのおかげだと、思ったのである。それが、この本をわざわざ、もう一冊、買った理由なのだ。日本で、こんな、面倒な思想の戦いを、やった人や時代があっただろうか。僕は、日本人の柔らかな思想の曖昧性を、愛さないわけではない。が。今後、それで、日本はたちゆくのか、と年寄りらしく心配したのである。いや、この柔軟性こそ、世界に通用する。人類の高い生き抜く思想、なのかもしれないが。僕は、画家筒井友美の作品「帰る場所」を、毎日見ている。ので、画家は、何を創造したのであるか。と、僕は今度、コーヒーを飲みならが、聞いてみるつもりだ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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以下は、全部僕の実写と、スケッチ。特にカルヴァン関係でまとめてみたが。勝手に、それに関係なく気が向いて掲載したものもある。スイスはかなりあるから、楽しみにしていてね。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。これを、全てCDに焼いて僕は持っている。こういうのを、先見の明、と言う。要するに、大切にしたのである。単に、テクノロジーだけの問題ではない。が、高い現代的テクノロジーには、もちろん心から感謝している。CDを焼いてくれたのは、近所の55、というカメラデポさん。今も名前を変えて、そこにあり、ふだんからお世話になっている。ガラケーの写真は、そこで今も焼く。元気で綺麗なお嬢さんと、仲がいいのだ。年寄りの特権だね。

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2019.07.20

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十)

スイスを書いていると、なんとなく国際謀略に頭が動き、その途端にサマーセットモームに思いがおよぶ。のは悪いくせだ。浮気性なのだ。モームは、世界的に有名な作家であるが、完全な諜報機関の働き手である。1914年、第一次世界大戦の時。諜報機関と関係を持ち、二次戦でも活躍する古手だ。その彼が、ジュネーヴに住んで。表向きは劇作家であることは、有名である。僕がスイスから帰って、興味を持って読んだ本。「月と六ペンス」は、もちろんゴーギャンがモデルだと言われている。が、必ずしもぴったり一致するわけではないようだ。タヒチの、あの画家の魂を、太平洋の膨大の中に見ようとしたのであろう。その中のさらなるスイス。ブルンナーさんはますます、現代史の真っ只中に。出頭してもらいたい人、なのである。「聖書の真理の性格」(昭和25年・日本基督教青年会同盟・副題は「出会いとしての真理」、で表題の真理にはカッコが付いている)、その上に。「村田四郎先生に捧げる」などとも書かれ。ていて。この捧げられた人、村田四郎は。明治学院の院長なのだから、僕は因果だと思う。彼が、僕の若い時。教会で彼が最後の講演会を開いたとき、僕が控えの間のサービル係りをした。どうして、この本が厄介な本なのであるか。一言で言えば、この本。プロテスタントであるブルンナーの、カトリック批判の本なのである。この辺りは、クリスチャンでない人が読めば、なんの関係もない、が。この本が、結局。ブルンナーの、非常に大切な本にも関わらず、日本のキリスト教界は、絶対、再版できなかった本だと、推定した。これを読むと、ブルンナーは宗教改革者カルヴァンの国の、なるほど世界的神学者なのだなー。とつくずく思う。このカトリック批判は、半端なものではない。僕も初めてこんな明確な、批判書を読んだ。今は。つまり最近は。両派は甚だ仲が良く、特に日本のように、基督教が劣勢のところでは。それを両派共に、お互い批判したくない世界、というのが本音であろう。それは過去の歴史のことで。今は、違うというのだろう。再出版すれば、確実に誰かが傷つく。祖父ネットは「永遠」問題を考えるから、この問題を、ないがしろにはできない。組織の問題ではない、個人の永遠の問題、であるというのが僕の理由だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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この城のある船着場から、モントールまで船で行ったのではないか、と思う。もちろん実写で、コンタックスと富士フイルム。

 

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これは、僕が撮影したパリ。ちょっと最近、話が固くなりすぎるので、遊びに挿入してみた。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十九)

 諸君。おはようございます。いよいよ、教授の登場です、静かにしてください。講堂は一瞬、凍りついたように、なった。外には春風が吹いて、いた。何も変わらない春の風景は、この武蔵野原に明らかに世界を変える人が来ても。いつも泰然として、影響を受けなかった。教授は、登壇した。ブルンナーは、その日。ICU(国際基督教大学)と名付けられた、できたてのこの大学で、初めて学生と顔を合わせる。考えてみれば、戦後直後の交通事情は複雑で。連合国のすべての交通機関が、ここに立つ彼の便宜を図ってくれたのだ。第一次世界大戦以後設計された、彼の故郷チューリッヒ空港は、当時から国際スパイ合戦の舞台だった。し、深い霧にいつも閉じ込められているのは、スイス空港の特徴だった。不便こそ、スイスの狙いどこである。国際的にはジュネーヴが有名だが。ジュネーヴ空港は国際空港ではない。ここは、フランスに近接し、いつも歴史の中で、際どい役割をになっている。そこをうっかり、国際空港として利用するには問題が、ありすぎる。あそこは危ない。国際化できない、とは、スイス連邦会議の常識同意である。そこは、ヨーロッパの逃亡者が、いつもいつも安全の確保をするために存在した、都市なのだ。だから、そこに金が集まるのは常識。それが、スイスの狙いだ。フランスのヴィーシー政権に、図らずも関係した三谷隆信(戦後の侍従長)も、ほうほうの体でジュネーヴに避難していた。彼は、ナチスの傀儡であった、フランスヴィーシー政権に心ならず、協力しなければならない立場にあったのは。彼が、日本のフランス大使、だったからである。彼の兄三谷隆正は、明治学院から第一高等学校に進み、帝国大学を卒業、母校第一高等学校の教師をするといった、地味で有名な禁欲家で。有名なクリスチャンであった。その彼が戦中に結核で死んだことは、敗戦直近のフランスで、隆信は聞いた。が、どうにも身動きができず、ヒトラーの自殺と同時に、あっけなく消えた政権の終わりを見届け。日本政府の命令で、フランスからスイスに逃避したのである。彼は、日本に帰る準備をスイスでしながら、密かに。ジュネーヴのブルンナーを訪問した。彼は、戦後の日本再建は、ブルンナーにこそある、と、説得したのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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成田からチューリッヒ空港に着いた僕らは、何が何やらさっぱりわからなかったが、ともかく飛行機を降りて、自分が乗らなければならない送迎バスを探した。あの頃は結構、スイス観光の日本人もいたが、みんななぜか迎えの人がいて、結局僕らはポツンと取り残された。それで、ざんざん苦労してこのバスを見つけ、どこに行くのやらもわからずに、このバスに乗った。このバスのローマ字を読んでもらえば、チューリッヒと読める文字が見えるでしょう。で、僕らはこれで都市であるチューリッヒに行くのかと思って、このバスに乗った。が、着いたところは、なんだか名前もわからない場所(オリコンとかいったように覚えているが)で、ということになる。そこが、スイスの第一夜である。それが、白夜とは、知らなかった。なにせ、日が暮れないのである。日を間違えたのではないかと、思ったものだ。

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この下の実写の写真がベルンの駅前。この辺りから、富士フイルムをカラーに変えている。カメラは、コンタックス。チューリッヒをほうほうの体で出発し、初めてスイスの首都ベルンに着いた。僕はいうまでもなくジュネーヴこそ、首都と思っていたから、ここが首都だとわかって唖然とした。要するに、スイス史の複雑性は、帰国後に調べてみたが、いまだにわからない国である。その政治機構、選挙、なぜ中立国なのか、なぜカルヴァンは、フランス人のくせに、ここで宗教改革者になったのか、とか。ルソーとは、何者か。など。きりがないが、僕は明治学院で、高校生の時にブルンナーが教科書だったから、こんな人間に、成り果てたのである。

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2019.07.19

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十八)

 前回の書きで、いい言葉を思いついた。キリスト教徒的原始的モデル、という言葉である。もっと言えばキリスト教的原始的生活モデル、か。七十七歳の今から思えば、これが僕の生活モデルである。この生活に、しかし。キリスト教ではいちばん肝心な、教会生活は入っていないのは、五十代ぐらいで無教会になったからで。無教会にナルト、一段と内村鑑三的原始的モデルになった、と思っている。僕という人間を嫌うものも、大いにいて。それが、辛い。まず列挙すると。ゴルフはしない。浮気もしない(心の中は自然主義)。食事の前はお祈りをする。就寝前もお祈りをする。聖書を読む。酒は飲まない。タバコは吸わない。会社の仕事に表裏を作らないで励む。会社の掃除をする。車は持たない。家は新築せず中古を買う。読書をする。喫茶店で雑談する。積極的には飲みにはいかない、飲まない。絵を描く。祖父ネットを書く。水泳を一人でする(仲間を作らない)。嘘をつかない。ざっと、こんな息詰まる生活が、僕の生活だった。夫婦で旅行する。妻を立てる。親孝行をする。他人の人生には口を出さない。会社の経理で一銭たりとも自己利得を計らない(心がけ)。ただ、口先卑猥をやめない(あまりの聖人君主なので、嫌がられる)。ので喋り、すけべーで通す(営業マンだった)。など、こんなところか。これが、なんでキリスト教的原始生活モデルなのか。って、これが僕のキリスト教的原始生活的モデルなのです。要するに、実践的モデルなのである。人は、信じられないというが、これが僕の実務的信用を、大いに培養し。会社経営を、なんとか乗り切って、今年金を、生きている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

僕が成長した、信州の家。十歳ぐらいまで、ここで生活をした。僕の実写。さて、のぞいているのは、誰かな。僕の両親が、この田中さんの家を借りていたのである。以下同じ。このころのカメラは、バカチョンインスタント、だったか、な。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十七)

 言うまでもなく。京都火災の因果を説明できるわけでは無い。こう言った局面は、当然厳格な神学の局面でもあるが、神学者でない僕が、答えることはできない。次元が違うと言っても、身辺にある事件である以上。無視はできないクリスチャンの僕は、因果の説明はできないのが、残念である。いい年をこいて、無力である、と言うことほど残念なことはないが。犯人が埼玉県に住んでいた、と言うネット上の報道は、これで、いよいよ新聞時代も終わりを告げる、と言う経験をする。ともあれ、犯人をネット上で、見たので。これ以上は言えないが。その時点に至った人として、彼が精神異常者(精神科医から見て)でなければ当然死刑なのであるが、そのことより。僕は、彼は。あれほど燃えるとは、想像できなかったと、思う。僕は、建築設計にいたから、防火区画の意味を心得ているが、僕が関係していた設計会社も。かつて大火災を発生させ。それで、消防法と散々渡り合って、と言うことは知っているから。やはり、犯人の不幸、と言うものは、因果の涯であると言うことがわかる。犯人が、特定の人を狙い、特定の理由でそれを実行する、と言う比較的単純なものは、犯人の立場も理解できる場合もあるのは当然である。だがしかし、実行した犯罪者と、できてしまった結果との、矮小化された犯人の欲求不満や、思い違いがあったにして。その結果は、犯人の予想をはるかに超えていることと、想像してしまう。そう言う意味では、放火というのは、非常に危険な犯罪で。あり、それを面白がる精神異常の人も、いると聞くが。どうも、今回の犯人は。粗忽者で、そう言った想像力に欠けていて。自分がいかに恵まれていても(些細なことで)、それを理解できない。のだと、思う。で、そう言った人間が、どうして出来上がるのか。要するに、何事も社会化されたモデルが、あって。それに、自分は合致していない、脱落者だと、勝手に思い込む人が増えているのではないか。俺は、あいつよりましな人間で、などと誰が決めたのかどうか、わからないが。それには、確かに。確かな、社会モデルが。存在することも確かである。この、テクノロジー的に向上せざるを得ない、現代社会の進化論的なモデルは、僕のようなキリスト教徒的原始的モデルで生きている人間には、あまり縁がないことなのである。と、いわざるを得ない。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは以前にも掲載したかな。これがチューリッヒの地味な駅の実写。しかも、時刻表はいたって簡単。だと、あとでわかる。毎日、大した本数もなく、臨時などという便利なものもない。きっちと毎日、決まって汽車は出て行く、また戻ってくるのが、スイス観光のしびれるところ。要するに、無理がない。日曜日は教会へ。という習慣が、長い間身についている国なのである。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十六)

 ブルンナーさんを、ここまで真剣に読んでいると、何がわかるかと言って、キリスト教を維持するための戦いのすごさである。考えてみれば、イエスが十字架について、このかた。イエスの十字架は、その初めの戦いであると言う印象が強くなる。僕のように、子供の頃から、ある意味で自然にキリスト教に触れた人間は、まず母親がクリスチャンだった、と言うことからくる。だから、あまり、戦いという気がしない。しかし、ブルンナーさんにいわせれば、それは初めから戦いなのであると。言うのである。6ページの最後の行は、ミスプリントもあるが。こうなっている。「何よりも先ず批判的考察とのたたかいなのである。」とある。この批判的なものとの戦いが、いわば神学なのであって、それ以下でもなくそれ以上でもない。では、何を守ったのであろう。それは簡単で、「神の言葉」を守った、戦いだった、のだ。キリスト教の凄いところは、イエスの事象を「神の言葉」として、守っていると言うことである。これが、実は。「すべて」なのである。これは、かなり異常なことであるが、子供の頃にわかることではない。言葉、と言うのは、子供にとっては、親の言葉、命令、指示、なのであって、それはキリスト教で言えば神の言葉、なのである。神のごとき、と言う言葉がある。が、神のごとき、であって。神の、言葉そのものではない。これが親の言葉と、受け手としての子供の常識であろう。親の言葉は、神の言葉ではなく、神のような言葉、なのである。これが、子供の立場であって、親を神様などとは思っていない。「うるせえ」などと、子供は悪態をつくが、これが常識で。親の説教など、糞食らえ、なのであると、思う。僕も、しょっちゅう、これをやった。覚えがある。僕の母親は、何もいわない人で。人生で、二、三回、手酷くかっ喰らった経験がある。これが、ともかくすごく。今でも感謝している。ただ、普段は、何もいわない。それに比べ、親父はしょっちゅう小言を言った、ような印象だ。こちらがあまりの悪さをするので、信州の寒い戸外に放り出されて、雨戸をぴしゃりと閉められた時は、ワーワー言って喚いて中に入れてもらったものだ。その親父が、キノコ狩りで道に迷い、青くなって必死に。僕はその後をついて行って、ひどい目にあったことが、ある。それ以来、僕は、親父を少し斜めから見ることにした。それなのに、ああそれなのに。キリスト教ときたら、ブルンナーさんにいわせれば、神学とはイエスの言葉を「神の言葉」として守り抜くことであると、言うのだから。目から鱗なのだ。これを2000年近くやり抜いた、ヨーロッパのキリスト教神学は、なんとも尊敬のできる学問であると、僕は最近思うのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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この湖の写真は、なんのへんてつも無い写真であるが、さにあらず。でかく、して貰えばわかることであるが、向こう岸に、いい家が並んでいる。これは、その湖を船で渡っているとき、見えたもので。あまりの美しさにシャッターを切った。カメラはコンタックス、フイルムは我が国が誇る富士フイルム。である。つまり、向こう岸こそ、キリスト教なのである。言葉としては常識的な、なんのへんてつもない、人を愛すべし、を神の言葉としたところが、キリスト教の味噌なのだ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十五)

 もちろん言うまでもなく、京都放火事件は悲惨極まりないが、新聞もすでに報道の新鮮は維持できず、今はただ。犯人のプロフィールだけが気になる。が、それが報じられるのには一週間はまずかかるだろう。今は、とっかかりもないので、これまで。ただ、一つ建築基準法の防火規定の基準が、古くなったと思うだけである。あのように火の回りが早い、と言う言うこと自体が異常極まりない。あれでは、段ボールビルに過ぎない、と思った。犯人の愚かは言うに及ばないが、その点が多分どこかに、大きな落とし穴があるような気がする。で、あるにしても、異常気象の予兆は世界的である。この問題は、僕のような年寄りには責任が重いと思う。僕が若い頃から、車の排ガスの問題は、問題になっていて。僕は大学を出る時、車屋には就職しないと思っていた。車は、しょっちゅうその頃は運転していたから、特段のことはないが。僕は、幸いにして、三十で車とおさらばをした。車の魅力は、もちろん言うまでもないが、これなどは(縁が切れたこと)僕の人生で幸い、となったものである。で、ブルンナーさん。僕が、チューリッヒからベルンに向かい、その辺りからアルプスといわれる部分に、踏み込んで。初めは、アイガー、次がマッターホルン、となって。最後はジュネーヴでカルヴァン、と言うことになった。この辺りの絶妙なキリスト教的、出会いは、特に策した訳ではない。スイスに行こうと言うのは、あの頃の、旅行会社のキャンペーンで。僕は、そのイベントに乗ったに過ぎない。有楽町に、スイスルームができていて、僕は自然に、そこに誘導された。あの頃、母の介護をしていて。疲れ切って、夫婦で息抜きをしようと思っている矢先に、そのキャンペーンがあり。思い切って、出かけたに過ぎない。それが、今財産になって、母の神業的深慮遠謀が、あったのだな、と思うのである。どちらにしても、僕もすでに。七十七歳。特に、思うこともないが、昨日世界堂に行って、ビニール製のブックカバーを買って、古い本を綺麗にし、「聖書の真理の性格」を読んでいると、僕は、ヨーロッパのキリスト教の深さを、つくずく思い知らされる、と言う経験を早速したが、この本。昭和25年のもので、紙が劣化して、今にも破れそうなのが、とてもいいね。と、書いて。今日は、たくさんの若いアニメーターの魂のご冥福を、祈って筆を置きたい。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは、僕が宿泊したホテル。ここからアイガーが見えた。この写真は多分、ネット上にあったもの。帰国後、定点ネットなどもあって、盛んに見たが、飽きてしまった。僕が泊まった時は、要するに冬ではない。多分スイス観光の稼ぎ場は、冬なのであろう。スキーが売り物で、ヨーロッパの金持ちが、それをやるのであろう。そう言う印象のある時代だった。今は、よくわからない。が、スイスの宗教はいまだ、しぶとく、宣教しているのだろうか。特に最近は、世界的に有名な神学者が出たとも聞かない。じっくり、世界の崩壊に備えて押し黙ったまま、なのかな。それとも、金儲けに一生懸命で、キリスト教などには興味がないのかもしれない。な。ただ、カルヴァンの「キリスト教綱要」は、今でも銀座教文館のメインの売り物で、先日も見かけた。人生の最後に、もう一度読んで見たいと、今は思っている。

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2019.07.18

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十四)

 前回で、ご紹介した本を今朝、読み始めた。まづ序文。これは1938年にチューリッヒで書かれものと知る。和暦では昭和13年で、僕が昭和16年の生まれで、この文章は僕より年寄りだ。この時、ウィンナーさんではなく、ブルンナーさんは四十九歳。なんと、素晴らしい年齢だろう。感動する。その彼が、僕の明治学院高校の時の教科書(我らの信仰)で、ある幸せは、なんと表現したら良いか。わからない。その彼が、人間のバリバリの時に、次のように発言する。「私は、その人々が、主要な中心点に関してこれ以外の見方はできないという希望に満ちている。」と、書いたのである。だいたい、この時期に(戦前)彼は、同時期(昭和10年)に「我らの信仰」を書いて、日本で出版されたのが、昭和12年、なのである。それを、戦後の我々は、教科書として使用した。さらに彼は「聖書に関する特定の教義ではなく、少なくとも聖書そのものが最後の権威である限り私は、、、」と。要するに、残念なことに。第一次世界大戦を乗り切ったヨーロッパは、またまたでかく黒く、深い闇に覆われ始める、という時期なのである、などと言わなくてもわかることである。さらにいえば、人間性の限りなき闇が、またまた、ヨーロッパを、悲劇と悲嘆の巷に投げ込む、前の時期なのであると、知るのである。この時、彼は、「聖書」を拠り所にして、その真っ暗闇のヨーロッパを心配しながら、書いている、ということがわかる。聖書は、人間の罪を高らかに言い過ぎて、嫌がられるのであるが。僕なども洗礼を受けてからも。大いに反発し。て、幾多の失敗を繰り返し、絵画の道に。わずかの希望を見出しならがら、戦後の混乱を引き受ける若者として、生きてきた。などと、格好をつけても仕方がないが、ブルンナーさんは、なんとも誠実に、「神学の教師は・彼がどんなに願ったところで・誤りのないものではない、ことを十分に確信しているので、、、、私の研究をすべての人々に検討していただくために、ここに本を書いた」ということを正直に、言っているのである。彼はヒトラーが1934年、ドイツの総統に就任した時、何を考えていたのであろう。恐ろしく、勘のいい人であるから、おそらく。人類の破滅的行為が、人間の罪の集積によって、何かが世界史に発生していると、感じていたのだと思うのは、あながち間違っていないと、思う。だが、それが神の審判的意思なのか、人間の罪性の結果なのかを、問う時には。かなりのストレスが、神学者(教師)として、あったと思うと。僕は、七十七歳になって、五十歳の若い精鋭の神学者の苦悩の祈りを、聞いているような、気がするのである。僕は、人間の罪を信じるクリスチャンであるが、同じ現象が、今もまた。アジアやヨーロッパを、覆い始めた、と書くことは、やめるべきかもしれない。が、画家筒井友美(下のネット上の作品)の、作品の「帰る場所」は、一体何を表現したのであろう。と、思いながら。今度説明を、聞いてみたいと思っている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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この駅がチューリッヒに出る、初めの宿泊駅。名前は忘れた。ホテルの部屋から撮影したもの。この時には、白黒富士フイルムを使用した。要するに、右も左もさっぱりわからない時、左側方面が、チューリッヒ駅だと記憶している。まず驚いたのが、白夜。一向に夜にならない、のには。慌てた。まさか、日でも間違えていたか、と思い。何かと、何を確認したか忘れたが、慌てふためいて、動揺したのを覚えている。

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これが本物の、チューリッヒ駅構内。やっと着いた、という感じだ。で、ここが、ブルンナーさんの故郷だと思ったが、ともかく次は、ベルンを目指した。

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改めて、神学者ブルンナーの写真。若い時は、本当に、キザだったのだなー、と思える。僕と、いい勝負であるよ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十三)

 永遠の生命、論。というまさに、恐るべきてテーマは。二つの理想を持っている。一つは老人の興味を引くこと、もう一つはいうまでもなく若い人の興味を引くこと、が目的である。本来は、自分という老人の、自己の永遠の生命の探求であるが、自分ばかりが永遠でも、友達と一緒に、永遠でありたいと思うのは、人情であろう。それには、正しく真実で、なければならないのは言うまでもない。死んでいく老人が、この問題にもっとも興味、を持っていないと、わかるのは僕ばかりではないとわかる。のは、街を歩いていて、こういったテーマに興味のある老人、だと思われる老人にあった試しがないからである。何を考えて生きているのか、わからないが、物質主義に侵された頭の中は、自分という物質と、外界という物質が、崩壊しているということはわかる、という顔はしている。正気の証拠である。が、なんと、つまらない人間か、と。僕はすぐ腹が立ってくる。とはいえ、概ね実務的現実的に、生きた老人に、いかにも面倒な。意識はすれど、さっぱり理解できない、現実的でない「永遠」などというのは、およそ。見当もつかにのは、いうまでもなく当たり前の話である。教会なんぞにいって、いるクリスチャンでも、この永遠という問題は。キリスト教会では普通のことである、にも関わらず。若い時から、真面目に教会に行き、生活は現実的であったクリスチャンは。牧師さんが、いよいよ今日は、永遠の話をして増えた老人を慰めたいと、意気込んで見ても。居眠りをしていて、時々、失神し救急車を呼んだりして、全くしらけてしまうのが、現状であろう。運ばれた老人は、説教など普段からろくに聴いてもいないで、居眠りばかりしている老人である、ということぐらい。高い講壇から見ていれば、わかることである。若い牧師さんは、つくづく、自分の教会の老人信者の、質の悪さに。辟易して。別の若い人の多い教会はないかと、探す羽目になるのは、当然である。直近の死がまじかで、誰が見てももうすぐ死ぬのだから、教会生活だけは長いのだから。少しは、永遠というような、誰が考えても面倒なテーマに、挑戦しようとする牧師が、出っくわすのがこれで。日本の教会ばかりではなく、欧米の教会とて。現実の生活から、スポイルされ始めた老人の、陥る現状は、世界中で同じであろう。なぜ、こんな皮肉なことを言っているかといえば、もちろん神学者ブルンナーを読んでいるからである。ブルンナーのような、本当に真面目な神学者で、信仰深い人間がいるから(バルトも同じ)。欧米の伝統的(アジアから見て)キリスト教の、非常に高いテーマ。永遠の生命、論は実に。僕を、喜ばせるのであるが。一歩、街に出れば、唯物論に、侵されて現実生活に、痛み疲れた老人の群れが。すぐ僕の目に入るのである。若い時に、ぜひ、この問題を真剣に、考える人になってもらいたいと、僕は若い人を見て期待している。昨日、古書で、現代基督教思想叢書・エミールブルンナー著・弓削達訳・聖書の「真理」の性格・出会いとしての真理(副題)・日本基督教青年同盟版・昭和25年発行、を読んだ。価格は二百円。その10倍がこの古書の、値段だった。僕はいそいそと、近所の郵便局で、古書店に振り込んで、久しぶりに長い道のりを歩いた。雨に濡れた、緑の。美しかったこと、まさに永遠だと思った。僕は、水彩を描く仲間に電話を入れて、歩けない彼の家の近くに行き、コーヒーを飲みながらお互いに絵を見せ合って、励ましあうことにしている。のだ。ともに、油絵画家であった時代を共有している。仲間だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真は僕が、絵を描くために通い詰めた江ノ島。実写。僕は、これをライカで撮影した。あの頃、デジタル化が進み、フイルム名機コンタックスが終わり、僕は仕方なくライカに移った。初めは戸惑ったが、さすがは世界のライカ。付き合えば付き合うほど、素晴らし。僕は、これで江ノ島の油彩を描いて、個展を銀座で開催した。好評で、かなり絵は売れ、満足している。みんな、ライカのおかげである。

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2019.07.17

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十二)

 今朝は、実は気分が爽やかだ。なぜなら。自分の人生の、もやもやが、一切吹き飛んだからである。このもやもや、は僕の一生(七十七歳)に、今までまとわりついて、いて。僕は、自分をある教会の講壇にいると仮定し、聴衆に向かって。僕のもやもやを一気に話した、という白日夢で解決した。それは、いたって僕にとって気分のいいもので、思い切って、自分を吐露した。その教会の講壇とは、僕が洗礼を受けた教会で、その講壇にもちろん現実に立つ気などないが、僕は自分で。想像することは、そこでだけしか話せないもやもや、として。いくら白昼夢としても。舞台として、そこしかないものである。それは、一冊の本で解決した。今朝、郵便ポストに入っていたもので、僕が依頼していたもである。それは、関西学院大学神学研究誌からヒントを得たもので、まさにブルンナーの本だった、のである。題名は「聖書の『真理』の性格」という古書で、少し読んで、たちまち納得した。確かに、この本こそ、戦後の我々教会青年の全てが書いてある、と言っても間違いがない。この本は、ブルンナーが日本に来て、国際基督教大学の講師(身分不明、初め学長を依頼、断られる)として、二度日本に来た大目的の、集約がなされている。少し、ページが破れて、今ボンドで補強する作業をしている。しばらくすれば、一段と読めるようになるだろう。一部、ざっと読みで補強作業をしたのであるが、確かに、これこそ。それなのである。実は、この本に、一番影響されたのは、僕ではない。僕より上の年齢のものである。特に、藤田約(つづむ)という人物がいて、明治学院中高から、できたての国際基督教大学に行った、先輩である。僕はその時、まだ高校生で、彼は大学生。白昼夢の教会で、一緒になった。僕を殊の外可愛がって、僕の今の嫁さんまで世話をしてくれた、人だ。で、僕は、彼に着目したのは、彼が大逆事件で刑死した大石誠之助の血を、引いた人物である、ということから来ている。大石は、首謀者幸徳秋水と違い、思想的に高いアナーキスト、ではない。むしろ、あの頃の高い教養人で、医者であった人だ。和歌山の新宮の、貧しい人からは金を取らない医者で、アメリカ仕込みの医者、であった。その血筋の先輩も、アナーキストとは程遠い、クリスチャンで女好き、どちらかといえばドンファンで、えらく女にモテた。いい男と、いうのではなくて、気さくで要するにキザなのだ。背も高くいわゆる、あの頃のナイスガイ、なのだ。明治学院の後輩の僕を、よく引っ張り出して。本郷東大のキリスト教学生会に、僕を子分として連れて行った。僕は、優秀な大学生の仲間に入れず、廊下で待たされながら、昼飯だから何を食うか。注文は中華、などというから、僕は初めて、そこで。餃子なるものを食って感動したのである。その彼は、アメリカ、ドイツ、スイスを放浪し。ニューヨークで、日本人看護師と子供を作り、世界の闇に消えた。僕は、日本に来た看護師が、彼の母親を慕ってきたとき、会おうと思ったが、お断りした。彼のドンファンぶりなどより、彼の。僕に対する親切が身に染みていて、そのイメージを壊されたくなかったからで、ある。僕は、白昼夢の中で、ブルンナー神学を理解できたと、思った。そこに、藤田の神学的苦衷が書いてあった。彼は、その真実をたづねて、世界を放浪し、消えたのである。と、信じている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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藤田が消えたスイスの神学的象徴の山。マッターホルン。多分、このどこかで、彼はのたれ死んだのであろう。

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僕は、こんな気楽な服装で、こんなスゲーアルプスを歩いたのだ。つまり、非常に単純なキリスト教と、見事に考え方が一致しているスイスの観光ルートである。と、最近気づく。実写。

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なんども、ここで掲載している、呆れるほどキリスト教的なマッターホルン。鋭い刃状のこの山は、困難な人間の救済を、キリスト教的かつ神学的に表現している。が信仰とは、神と内実の自己との会話に過ぎない。山自体は、日本と違って信仰の山ではない。神との会話は、その人の内実の中にある、と神学は語っている。実写。

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これなども、スイス宗教改革者として有名なカルヴァンの家を表す碑だが、下の方に落書きがある。いくら国の偉い人でも、この程度でスイスは、騒がず、いつの間にか黙ってそれを消す。が、また誰かが、いたずら書きをする。それを刑法であるとか、非道徳的であるとか、そんなことは一切彼らは言わない。ほっておいて、黙って消して、また誰かが書く。という繰り返しは、いかにもキリスト教的で面白いと、僕は思う。実写。

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もちろん、これもスイスのポスターであるが、別に意識して整理し、貼っているようには見えない。が、なんとなく垢抜けしている。もちろんローマ字的デザインの、いいところであるとは思うのであるが。彼らは自然に、宗教的簡素を身につけて、長い歴史を刻んでいる。実写。僕は、それが好きで、好きで。

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これなども、僕ら夫婦がトレッキングした道を振り返って見て、撮影している。今改めて見ているが、信じられない。まるで、今の僕のキリスト教の心象風景のようだ。実写。

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2019.07.16

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十一)

 ブルンナーの「弁証法神学序説」は、その序論で。「現状と我らの戦い」と、書いて出発する。実は、この短い文章(五、六ページに過ぎないもの)が、一番難しかった。この本、何度も挑戦しては後退している自分だ。攻めるのみ、と思いつつ、攻め上れないまま。ずるずる、といつも負け戦であった。ナポレオン的に言えば、ワーテルローの運命の決戦のようなものである。相手は、若いブルンナー、秀才神学者だ。いわば闘志。ヨーロッパ神学の騎士道の人だ。一歩も引かない。から、こっちは素手で挑んでいて、全くダメ。死屍累々、の精神史である。それでも、僕らの、おそらくもう死んでしまった(死に絶えた)先輩らは、頑張ったのであろう。そのキリスト教の騎士に向かって、なんとかそれを克服したいと、頑張ったのだと思う。色々、顔は浮ぶ。しかし、日本人で、それをうまくやったものは、いるのだろうか。高校生の僕らには、もちろん。馬耳東風である。読んでもわからないし。その上、バルトというもう一人の騎士と、ペアーなのだ。これには参る。降参であるが、僕は、少しは踏ん張れた。教会のおかげではない。無教会内村鑑三のおかげである。こんなところで、内村を思い出すのは、全くの偶然であるが。彼は、ブルンナーの興味を引いたようだ。当然だろう。おそらく、日本のキリスト教で、それなりの名前のある人で、ブルンナーやバルトの興味を引いたものなど、内村以外に皆無に違いない。ともかく、調子よく西洋の思想や信仰を受け入れる、おっちょこいか、計算高い西洋主義者のやることは。ヨーロッパから見れば、子供の遊びに過ぎない。それでも、日本人の根性のいいのがいて、コツコツ語学から、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語など。恐ろしく面倒なものを克服する、名もなきクリスチャンも少なくないのである。で、少しずづではあるが、ヨーロッパ神学に近ずいていく。とは言え、向こうさまはローマ帝国コンスタンティヌスあたり(西暦三百年付近)の、あの極端なローマ帝国国教化、などという歴史から来ている、のだから。我々がかなうわけもなく。理解もできないまま、僕は高校生で受洗し。たから、全くの迂闊者である。だが、しかし、あの時。山永武雄牧師(フェイリス女学院院長、当時)から、受洗していなかったら、今の僕はないのである。これをカルヴァン流に言えば、神の選び、と言った神学で。スイスの宗教改革者カルヴァンの、神の選びの「絶対運命論」を。考える、神学の面倒な問題が。初めからヨーロッパ近代社会には、横たわっていたのである。この辺りが、若いスイスの現代神学者(当時、わが国では大正時代)の、厳しい問題であった。それが、彼の、序文にある表題。「現状と我らの戦い」の、意味なのであるとは、最近わかったことである、とはとは。とは。情けない。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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スイスのジュネーブにある、カルヴァン教会。カルヴァンはこの近くに住んでいたようだ。記念の家は今でも残っている。僕の実写だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十)

 三十回まで来たか。腹を言えば千回を、目指している。あるいは、それを超えるかもしれない。ごく自然に。さらに今朝の天気で、村の長老(おさ)らしく言えば、祟りだ。といっておこう。要するに、今年は凶作である。祟りだ。人間が、テレビで見る限り、美味いだのへったくれだのといって、しょっちゅう食い物の話を、大口を開けて食らいついている姿は、もはや。あさましい限り。人間の屑である。人は、朝。囲炉裏を囲んで、長(おさ)を中心に。今日の穢れを祓い、おさの箸がつくのを待って、みんなが箸をつけて、静かによく噛んで、食事をする。配膳された自分の一汁一菜プラスなどを食って、黙って野良に出て行くのだ。今日は、いい塩梅に雨が来てくれた。午後には、晴れるダンベーといって、父親が牛を引っ張り出す。耕運用の重い嫌な仕事であるとは、牛も知っていて。モー、今朝は調子が悪うござんす、などと父親に甘えている。そこは、大切な牛なので、その調子は見分けられる。とっつぁん、俺は。眠い。トマス秋茄子、いや。トマス・アクイナス「神学大全・その一」は、中世のヨーロッパを席巻した神学書だ。13世紀の人で、呆れるが。その人のその本。訳者は山田晶さん。僕は中公クラッシックスで一冊だけ持っている。それで十分。あとは、その膨大など読む気はしない。その、初めの設問は、「神は存在するか」である。呆れる。これだから、西洋は先進国なのである。いい意味でも、悪い意味でも呆れるばかりに、先進的になる。知力が高いのだ。日本の文化では、これが起こらない。神が、存在するのは、朝の食事風景と全く同じで、疑問などは存在しない。神棚に、まず新鮮な水をあげて、柏手を打って、頭を下げ。るのは、長(おさ)の仕事だ、家族全員がそれに、習う。田の虫が悪さをしないように、雨と太陽が、「適当に」に来てください、と祈るのである。だが、現代は、西洋唯物論が跋扈する時代の日本。いよいよ、本格的な凶作の今年になる。と、僕は、村の長として、ブルンナーの「弁証法神学序説」を、解説する。かつてこの若き秀才(三十歳の頃に書いたもの、大正十年ごろでもある)神学者は、当然ヨーロッパ伝統神学、や哲学はお手の物だ。彼は、第一編「暫定的真理」を書き始める。驚いたことに、22ページに、コンスタンティヌス1世が出る。西暦三百年ぐらいのローマ帝国の皇帝である。これが、キリスト教を公認する。ここから、イエスに政治色が生まれるばかりか、キリスト教は生まれながら大帝国の国教になるという、運命を担う。やはり、ブルンナーはここから出発している。僕が、最近になって、やっと気づいたこと。これが、ヨーロッパ神学の初めであるから、日本人には歯が立たない。でも、それをなお、コツコツと勉強するのも日本人である。アジアの他の民族で、これをできた民族はいない。皆、日本の、この近代的営為に相乗りをしたに過ぎない。のだ、といって始めようか。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下のこれが。現在のローマにあるコンスタンティヌスの凱旋門と言われているもの。コロシアムの近くにあって、物乞いの人たちが、物乞いしては蹴っ飛ばされて、追い払われる姿も目撃した。が僕はその時、この一連の写真を自分で撮影したが、このように利用するとは、全く想像もしていなかった。以下、少しそのほかの風景も貼り付けておく。カメラはコンタックス、富士フイルムを使用している。

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これは、僕のスケッチ。バチカンの回廊で。鉛筆画。

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この下は、僕の実写したヴァチカン。

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2019.07.15

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十九)

 ここで掲げる、なんとも言えない表題の重さに、我ながら呆れている。が、こうなった経緯は、今までの説明でなんとなく、わかってもらえたかもしれない。要するに、ブルンナー神学のような西洋神学の精髄は、我々には簡単にはわからないのである。しかし、「人間の永遠の生命」、のような。人間にとって終末論的な命題から、人は逃げられない以上、仕方がない。僕が挑戦するしかない、のかな。とは言え、ブルンナーを理解するには、一体どうしたら良いのか。時系列のバラバラなまとまりのない論文を、やたら読んでみても分かるものではない。で、僕は、覚悟を決めた。ともかく「弁証法神学序説」という、およそ馴染まない、彼の若い時の論文を読んで、その解説を自分なりにすることしか、方法がないような気がした。自分が、読んで、理解したことを、書くしか方法がない。それが、永遠の生命に、達する、唯一の道だと思うようになった。今更ながら、親に相談することもできず、相談された相手とて、何を答えるやら、答えないやら、どこまで正確で、真面目な回答であるか、見当もつかない。老人には。もはや、「師」は、いない。自分が、今まで勉強したことを、率直に語って、こうではないだろうか。とか、こうだとか、ここがわからないとか、正確に考えて発信し。て、読者の参考にするしか、別段これといった方法は、ないのである。これが、老人の孤独、というもので。今更ながら、ブログを恨んでも仕方のないことである。ブログが、こんなにも発達する、とは思ってもみなかったが、ともかく。最近のココログの制作基地は、なんともインテリジェンスの高いこと、見上げたものである。それで、僕も、毎日、なんとなく、スラスラと書く気が起こる。で、しっかりと、本(弁証法神学序説)を読んで、自分の理解度を深め、書く。という幸せを、経験できるのだ。僕が、適任であるか、ないかなど。全く関係のないデジタル出版は、質の高い情報を作成できるという、ところまで来たのである。誰でもココログに参加して、ぜひ、いい仕事をされることを期待している。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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刻々、変化するマッターホルン。まるで、ブルンナー神学の、読み慣れないヨーロッパ神学の展開のように、行間を追いながら、内容を理解しようとする。が、だが。不動の山は、雲によって、刻々と見えかたを変える。山が動いているのではない。覆う雲が、不動のブルンナー神学に、変化を与える、のだ。全部現場で、根気よく待って撮影した。コンタックス、富士フイルムを使用。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十八)

 二十七で書いたことは、次に紹介するややこしい題の本から説明できる。それは「弁証法神学序説」(福村出版・1973年出版)である。ブルンナーがチューリッヒ大学を卒業する時の、いわば卒論であるらしい。であるにしても、よくわからないが、彼が31歳から二、三歳の間に、序文なるものが二度書かれている。それが、いきなり出るから、わけがわからないのである。初めの序文は、1921年で、もう一つが、23年だから。和暦では大正10年に、ブルンナー自身が書いたものだ。それがなんと、出版されたのが、1973年だから、僕が結婚したばかりの頃だ。というのだから、馬鹿げている。それは、昭和48年。つまり、ブルンナーが実際序文を書いてから、ナニー。50年は経過しているのである。これらの本を、それこそ真面目に現在形で、時系列をあまり考えずに読んでいたので、わけがわからなかった。当然であろう。つまり、戦後のどさくさで、戦前から活躍しているスイスの神学者を、戦後のキリスト教界は引っ張り出して。東大出の秀才が訳したのであろう。と、思って訳者の経歴を読むと、なんとベテランもベテラン、戦前の帝国大学時代の文学部哲学科を卒業した人で、大学教授などもやって現役を引退した人。なのである。生まれは1901年の人、要するに、明治三十四年生まれで、オヤジより年上の人である、とは。要するに本当に、ドイツ語はベテランの本格的なが学者が、精魂込めて訳した本だったのである。それを、深くも確かめもぜず、読んで跳ね返されては、押し戻されていたのだから。思想の勉強ぐらい、面倒なものは、ない。で、ブルンナー神学は、日本語訳がめちゃくちゃ時系列で、わけがわからないのに、僕は子供の純真さ(明治学院高校生)を持って、真面目に読んで。跳ね返されていたのである。で、最近になって。七十七歳も七十八歳にならんとする時、この翻訳時系列の真面目な混乱を整理できた、というわけである。恨みたくもなるが、これが。日本人が、西洋の特に、キリスト教神学を勉強する時の、完全ネック、になっている。つまり、全く非西洋的なのに、わかったような顔をするに過ぎない、のだ。日本の神学事情は、西洋から遅れることほとんど、無限の距離があると言っておく、今の僕の。今朝の書きは。なんと、冴えていることか。と、神に感謝している。つまり、ブルンナーの本格的な伝記の原稿は、日本にあるにも関わらず、それを訳して本にするだけの、スタミナは。今の日本のキリスト教界には、ないのである。と、奇跡を祈る僕なのである。

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 筒井友美作品。

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全く僕は、不幸極まりない。この時もマッターホルンは、僕から隠れて、あのすどいナイフのように尖った山頂を隠した雲。は、僕をあざ笑っているので、僕はあの時。待って待ってなんとか、何枚かはやっと撮影したのだ。それが、スイスのキリスト教神学を勉強しよとする僕を、悪魔があざ笑っていた、こととは気がつかなかった。ね。今この自分の写真を見ると、僕自身がその気になって、僕は外人に見える。だがね、僕は純粋の大和魂の男で、うちの親父などは信州で、本当に零戦工場を設計していたのである。僕はその信州で、浅間山の爆発を見ながら、成長したのだ。ザマー見やがれ、である。が、マッターホルンは、本当にスイス神学の象徴である。と、今は思う。ブルンナーはいい男だよ。スイスアルプスを黙って登坂した若い時の彼を、想像している。ともかく男らしい、いい神学者だ。

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これがブルンナーです。

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2019.07.14

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十七)

 僕は、期せずして、このようにブルンナー研究をしている、のであるが。僕は、ここまで来て、また期せずして僕の研究において、彼のことを「闇に立ち向かった神学者」というネーミングを、彼につけることにした。この意識は、彼の中にある、不思議な時系列の不備と混乱に気付くからである。僕は、明治学院高校の時の教科書「我らの信仰」に影響を受けた。が、僕らがそれを読んだときは、いわば戦後、である。で僕は。それは当時日本にも来ていた、ブルンナー自身が、わざわざ戦後書いたもの、とばかり解釈していた。しかし、よく調べてみると(五十代になって)、それは。全くの誤解で。彼がそれを書いたのはもっと前で、日本でそれが出版されたのは、昭和12年のことと。と知った。こういった、時系列の乱れは、僕らを甚だしく混乱させた。要するに僕らが使った教科書は、戦前の本だったのである。これは、かなり異常である。あのとき、日本は敗戦し、戦前の教科書は、いうまでもなく一式、書き直されたのではないか。咲いた、咲いた桜が、咲いた。とかなんとか、それは戦前で、戦後は、忘れてしまったが、小学校は新制教育で。先生の頭は、旧制で僕らは、そんな教師に教わったのである。だから僕らは、頭が少し変だ。すっきりしなまま、僕らの教育は始まったのである。要するに、僕は新制二年生なのである。昭和15年が新制一期生で、僕は二期制なのである。で、新制は機能したのか。僕は、今思うと、すぐ上手くいくわけがないと同情するのは歳をとったせいである。教師は、戦前教育をやった人ばかり。その人たちが、食わんがために新たな教育制度の中で呻吟したのである。と、今の僕はわかる。どちらにしても、旧制教育は一掃されて、民主教育が一斉に実行されたのである。だから、僕らは、国語社会算数などの中に、新制の日本の民主制の息吹を感じて。教育を受けていたのである。が、どっこい、明治学院では、戦前に出版されていたブルンナーの本を、教科書にしていた、とはとは、びっくりポンの異常であろう。しかし、そこにこそ、エミールブルンナーの神学的苦悩と高さが、如実に表現されているのである。その構造が、理解されれた上で、彼の神学書は戦後の教科書に、なった。

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 筒井友美作品。

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あのとき一緒になった、人たち。中に、有名な登山家がいたようだし、外人もいる。が、誰も登山の格好などしていない。登山家は足関節を悪くして、岩にしがみついてヒマヤラに登山した時の、若い自分を回顧していた。僕は右側にいるいい男だ。グループの仲間が実写した、と思う。コンタックスと富士フイルム。で。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十六)

 で、一層深刻な事態になる。のが、思想の世界である。ヘブライ人(びと)への手紙第12章を仕上げようと思い、最後の力を振り絞った。ともかく、通読の目的で読み切ったことはあるが、全然覚えていない。ただ、虫食い読みが聖書読みの常識だから、所々印象的に頭の中に、残っている箇所はある。が、その程度。しかし、今回はそれを自分に許すことなく、がっちり読みで、残るはあと二章、あるのみ。全体は13章で、その13章には、ご丁寧に「結びの言葉」まで、ある。僕の感想を、今までの。率直に言えば、ともかく強引な説得である。イエスをともかく救い主として決めてかかり。過去の自分たちの宗教伝統の上に、被せながら。新たなキリスト教を創造して行く姿は、凄まじい、というか言葉はない。さもあらん、ここまでキリスト教は世界を席巻したのだから、その初期的熱情と強引は、老人の心胆を寒からしめる。が、始めは、かなりカテゴリーごとに、丁寧に歴史を辿り。旧と新を、大人しく分けている。が、いつの間にかそれを混合し。て、その中から。新たなエネルギーを強引に作り出し、説得というより、まぜこぜにして相手にぶつけて行く、といった感じである。凄まじい。その上、12章は決定的なことを書く。つまり、イエスを「創始者」とその「完成者」と書いている。図々しいというか、大胆というか。キリスト教という新興宗教を、ともかく完成させるという意気込み。が、見える。で、ちなみに、創始者とか完成者とかを、英語聖書でなんと書いてあるか気になった。ので、見ると。創始者はAUTHOR 、完成者はFINISHER である、から。再度びっくりする。オーサーは日本語辞書では、作家。完成者は、もっと感覚が違うと思うのだけれど。フィニッシャーだから。あんまり、ありがたくない話である。ともあれ、ギリシャ語が原点で、そのギリシャ語がそうなっているのであろう。つまり、作家、作為、創作、空想、思い込み、という天才の作業だとして。現代的信仰に、これを精華するには。ブルンナー神学しか、ない、と僕はますます覚悟を決めた。まして、「永遠」が問題になるのだから。その果てしない思想は、ただならないのは当然である。ともあれ、ここが、キリスト教のはじめである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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ただし、このゴツゴツ山の登山が、実に素人でもできる、というスイス観光スタイルというか。また、誰でもできる神学もスイス文化の高さである。お高く止まる、ということがない。だいたいマッターホルンなどに登ろうなどというのは、無謀であるが、そこに初登頂した人の記録は、本になっている。岩波文庫か何かに、かつてあったが、僕は帰国後それを読んで、その翻訳の悪さには、辟易した。二度と読む気がしないが、多分日本人の思い込みが激しく、あんな日本語の悪文翻訳となったと思う。スイスの観光は、ことほど左様で。「誰でもい行ける登山」というのが、本当である。僕ら夫婦は縁があって、二入で地図を片手に踏ん張ったのは、若かったからでもあるが、だいたいそういった風に、観光が創造されている。宗教改革以後の世界をになった、スイスのキリスト教も、この点全く変わらない思想で。いたって優しい記述を心得ながら、未だ人間の難問である、罪だの永遠だの、という問題を近代社会に提供している。スイス観光とは、そんな傾向が、ある。下の写真は、僕が僕の作品として誇れるもの。太ったおばちゃんが、トイレという看板と一緒に写って、泰然と山を見ている姿は、ともかくユーモラスで、素敵だった。もちろん僕の実写で、カメラはコンタックス。フイルムは、富士フイルム。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十五)

 黒沢公人、という人がいる。大変な人で、国際基督教大学の図書館関係者だ、とネットでわかる。僕は早速、彼の「黒沢公人のドキュメンテーションシステムの100年(1960年~2060年)」を読んだ。読んだのは、もちろん理由がある。エミールブルンナーさんの経歴が、いまいち不明だからである。今のそれのWikipediaに文句をつけて、その中途半端を、叱った。がどの本を(僕が持っている古本やら新刊やら)の、どれを取っても、ダメだ。ろくに書いていない。のが、実体である。新刊といっても、今更新刊もないが、最も新しいと思われる、ものに。教文館のブルンナー著作集、がある。1997年となっている。し、僕は第二巻(全8巻)しか持っていない。それに書いてあると思い、のぞいたところ、全くゼロ状態。だ。なんとしたことかと、今までなんとなく知っていたつもりだったので、これはならじと。ネット、検索。で、黒沢さんにぶつかった。彼は、その中で、次のように書いている。申し訳ないが、この部分だけはいうまでも無断で転載させてもらう。「昨日、エミールブルンナーの大部の伝記が、同僚の机の上にあるのを、偶然みつけて、パラパラとみた。問題は、ドイツ語で書かれているので、その詳細を知ることができない。しかし、日本に来た事情にもそれなりのページを割いており、国際基督教大学の写真なども、何点も掲載されている。いろいろ調べた労作だとわかる。日本語訳がでるといいのだが、あまりの大作でやってくれる人もいないかもしれない。日本語訳がでるのを楽しみに待とう。人間の人生には、運命のようなもがあるとすれば、エミールブルンナーが、スイスから創立したての国際基督教大学にやってきたことほど、不思議なことはないかもしれない。その一点のみでも、国際基督教大学が、キリスト教という名を名乗る意味さえあるかもしれない気がする。エミールブルンナーは、彼の学生時代に、内村鑑三の無教会について、研究しており、日本について、非常に興味をもっていたという事実も知られている。」以上であるが、感動した。僕は、あるプランを思いついて。いる。人生には、奇跡がある、ということを僕も信じているのだ。

 

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 筒井友美作品。

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スイスは基本的に岩山である。それはあたかも、ブルンナー神学やカルヴァンのそれを彷彿させる。我が国の山紫水明感から見ると、全く異質と言えるだろう。その中のキリスト教であり、その厳しい思想の部分が、近代世界史のエネルギーになった。全て実写、で電車の中から撮影。カメラはコンタックス。フイルムは富士フイルム。

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2019.07.13

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十四)

 ヘブライ人への手紙、のキリスト教的律法記述に(第10章)、徹底的にやられたユダヤ教のユダヤ人の、反応は。聖書に、書かれなかった、のかどうか。反論は新約聖書的ではないかもしれず、もはや意味を持たなかったのかもしれない。すでに、時遅し、ユダヤ人は、新興のキリスト教に徹底的に痛めつけられる。イエスが、刑死するきっかけのような、激しい旧守の暴動も、もはや起こらなかったようだ。要するに、ユダヤ教の祭司たちは、長年慣習的に捧げた、犠牲の動物たちの血の効力を毀損されたのである。それは、神も喜ばす効果もない。と、それで。人間の救いなどは、ないと言われてしまった。イエスが自分を犠牲にして、神に自分御身を捧げた、その一回性をこそ、神は喜ばれる、とキリスト教徒は説いている。なんともモダンで進んだ考え方だろう。多分、これが旧来の原始社会が、古代社会へと変身して行く、姿なのであろう。地球上の人間の、原始的動物的な感情が発達し、より合理化されたとも受け取れる。ともかく、そんなことで。キリスト教は流行り始め、ローマ帝国内を席巻し始めるのだ。この高い論理性は、見事であるといって良いであろう。

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 筒井友美作品。

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登山電車は右側に下っているような気がする。うろ覚えに過ぎないが、多分帰路であろう。突然見えたので思わず、車内から撮影した実写。ともあれコンタックスというカメラがいいのである。突然、であるにも関わらず、手ブレなど全くないのが不思議だ。プロの写真家が撮ったといっても通用する。絞り最小の自動設定なのだ。フイルムは富士フイルム。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十三)

 前回の二十二は、会心の作になった。会心などと言う言葉を使ったことはない。ので、辞書。正確。会心。で、ワープロに感心した。クリスチャンではない素人、には分かりにくいと思っているのが、ユダヤ史、と言う表現である。別に難しいことをいっているわけではない。迎合するつもりもない。要は、旧約聖書のことである。あれが、ユダヤ史。ともかく読めないと、思う。読めたら、馬鹿だ。読めない。確かに、仕方なしにやる牧師になる人なら、仕方がなしに、あっちこっちを調べながら、読むことだろう。それは、商売上仕方のない修行だ。物理学者が、単純な原子記号を丸暗記するが、ごとし。である。ところが、この僕ときたら。不幸なことに。明治学院十年教育組だ。いつの間にか、それを読む教育を受けた。その上、聖書を通読すること三回。一度は一章ごとを読むこと約一年。寝る前に必ずやった。で、バカも3回ほど読むと、なんとか全体がつかめる。が、問題はここから始まる。のだ。二十二で書いたこともわかるようになるが、実はこれがここから、がエッセンス。要は、キリスト教が出来上がる瞬間、のような空気を読むことになる。その一瞬、その一回性。恐ろしき限りなのだ。それが、世界を変えていく。日本人に、そう簡単に、わからないのである。その点、心配無用。わかるやつなど、今や世界に、いない、のだ。あの瞬間、キリスト教が生まれる瞬間、あの空気。あの空、あの雲、あの気候。のな中に、キリスト教は、生誕していく。イエスが死んで蘇り、相当の時間が経過しているに違いない。多分正確には、百年か、二百年は経過している。にも関わらず、キリスト教は世界に、生まれる。その空気、瞬間、気候、雲。嵐を呼ぶ瞬間である。で、この書きも会心作と、なった。

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 筒井友美作品。

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なんども書いているが、これがマッターホルン、スイスを代表する山。代表だからこそ、スイス史の圧巻である、宗教改革の拠点カルヴァン思想の、尖りきった神学の高みを象徴している。実写。フイルムは富士フイルム。カメラはコンタックス、今はなき名機。最小の絞りに固定して撮影した。シャッタースピードはカメラ任せ、で期待に応えてくれた。富士フイルムも最高のフイルムである。日本の誇るべきフイルムだ。以下同じ。

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登山電車から見えたマッターホルン。壮絶な高さが圧倒してくる。実写。

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やはり、これはすごい。実写。うまく雲が切れてくれたが、たちまち雲海が彼を包んでまとわりつく。絶対に映させないが、ごとく。実写。スマホ画面でなく、パソコン全画面で観てもらいたい、ものだ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十二)

 聖書のヘブライ人への手紙第10章冒頭、にはびっくりした。この手紙は、多分。あまり人に読まれない箇所だと推定する。難しいのは、ユダヤ史を知らないと、とてもまず理解不能で読めない、と言うことである。なにせ、ユダヤ人が、ユダヤ人を説得すると言う、離れ業の部分である。同胞の説得であるから、むしろやりやすい、というかもしれないが。ユダヤ史は、実にくどい長い民族史である。だいたい、ここまでくどい民族史など世界にはないと思う。戦前、日本の大秀才、極東裁判を。内村鑑三の子息、内村祐之さん(ノンクリスチャン)の精神鑑定で、死刑逃れになった大川周明も。日本民族の歴史を二千六百年として、解説したものである。が、とても。ユダヤ史に及ぶものではない。同じ東大でも、ユダヤ史を学問とする人から見れば、日本の民族史はせいぜい精神史にすぎない。にしても、成果はゼロではない。しかし、基礎がまるで非文明的である。学問と言っていいか、どうか。西洋史に及ぶものではない。第一に、条件がまるで違っている。時間の問題ではない。地政学上の問題である。一方は海に囲まれて、いわば敵なしマスターベーション(自慰)の世界、妄想になりかねない。一方は敵だらけの世界。この違いは大きい。絶対的な違いである。これを時間の長さだけで、同一線状(近代史的)で観ようとするのは、全くの愚である。世界の、一流の学者のやることではないのは、言うまでもない。まして、ユダヤ史は敵ばかりであるが、その上ギリシャ哲学という、とんでもないものと近接関係にある。これも、中国思想と近接関係にある日本などを、例にしてもエリアの大きさ、区別性、帝国の巨大など。日本は問題にならない。アジアの大国は、何と言っても中国なのである。この方々から見れば、日本などは、その頃眼中にない。それは大和民族もわかっていて、散々苦労して学問をしに、中国に命がけで出かけている。だが、しかし。ギリシャ思想、ないし哲学は。ユダヤと全く地理的に近接状態で巨大文明の真っ只中。どんと影響がある。要するに、ユダヤ史だからこそ。世界のいわば、近代思想の根っこを形成するものとなる。それを代表する箇所を、今日はご紹介したい。ヘブライ人への手紙第10章第一節前半、が深刻。で、これが古代社会で言われたことか、と目を疑う。ユダヤ人の苦労の涯に出現した、驚くべき思想の実態である。「いったい、律法には、やがて来る良いことの影があるばかりで、そのものの実体はありません」で、これを僕は、昨夜読んで愕然とした。ここに律法主義だけでは成立しない、人類の苦しさが全て表現されている。これほど高い、古代社会であるか。今の日本は言うまでもなく、近代的な先回り律法であるが、決して精神的に豊かな世界では、ないと思う。人間の法律は、ざる法が当然と、古代は教えている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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マッターホルンは、宗教改革以来、スイスのキリスト教神学の象徴と言えるだろう。実写は僕です。

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2019.07.12

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十一)

 で、。前に進むために、Wikipediaでブルンナーさんを調べて、びっくりした。もう少しマシな記述が、できないものか。今書いてあるものは小学生の作文のように、まるでなっていない。小学生でも、もう少しマシなものが書ける。などと吠えても仕方がないが、これが現実である。要するに、人間の永遠の生命などを書く人としての、ブルンナーの経歴を書くにしては、なんとお粗末なものであろう。これが念のいったことに、誰が書いたものかわからない無料匿名の辞書だというのだから、これが一番さみしい話だ。それを、こちらはカバーするのが、仕事であろう。やりがいのある、ことである。特に、何かを偉そうに強調するのも問題があるが、なんとなくスカスカ記述になるのは、学歴を無理に書かない今の風潮である。その割には、有名校狙いや点取り虫教育が盛んで、一体何を考えているのであろう。特に専門的な分野が、毀損しているわけではないが、学歴を書くと、学歴のない人が、人権的に文句を言うので書かない、とでも言うのだろうか。その方が、よっぽど人権を無視している。学歴は誇るものではないが、自分がきっちりと勉強をして、それを基礎にしてさらに社会に貢献してなぜ悪いのでしょうか。僕には、全くわかりません。その上、ブルンナーさんの訳のわからない神学的部分は書いてあるが、素人には全くそれは、訳がわからない部分であることは、当然で。そこがミソというのなら、もっとわかりやすやすく書いたら、どうであろう。とかなんとか、いってみたところで、せんないことで僕には関係がない。が僕が頑張れば、済む話である。で、多分若い方が、わけも分からず書いていると、判断し、愚痴はこれまでとする。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕の実写のアイガーです。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。絞り優先機能を利用。

 

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十)

 信仰と忍耐、を持って。やっと二十回まで来たが、何度もなんども言っているようにブルンナーさんの「永遠」と言う本は約400ページ弱、ある。そのほんの10ページあたりを、うろうろしている。多分。僕が、へたり込んで、これから10年生きていてもこれは終わらないと、見積もった。さもあらん、なにせ「人間」の「永遠の生命」の問題である。僕がどんどん能力が衰え、体力を失い、家族を失い、友人を失い、年金だけが残って国家が安泰で、と書くと。ニヤニヤしながら、悪魔が何様よ、国家年金がまだ残っているとは、図々しい、と言う声が聞こえる。若い人が、この悪魔の声を聞くと、もっとゾッとして、将来の希望を見失うに決まっている。僕が、国家の保証人ではない。国家の保証人は、君なのである。僕は、もらいやにすぎない老人だ。で、書くぞ。信仰と忍耐を持って。新約聖書ヘブライ人への手紙、は実に深刻だ。今の僕以上。なぜなら。ここのテーマは、ともかく新興のキリスト教と旧来のヘブライ人(ユダヤ教)との、先鋭的な会話だからである。旧来のヘブライ人が持っていた、長い歴史的テーマは、選民意識に過ぎない。エジプトから逃れ出て、荒野を40年間、神にもはや見放されたのではないか、と思いながらも。エジプトを脱したあの時の奇跡が、ユダヤ人には忘れられない。40年間の信仰と忍耐が、イスラエルの民俗史の原点である。その原点が、イエスによって、足元から揺らされる。揺らされるばかりではない。復活した神の子は、あちこちに現れ、旧来のイスラエルの民族性を破壊していく。要するにユダヤ人は、防衛に次ぐ防衛を、イスラエル人は自己の。アイデンティティにしがみついている。まして、神の子などと言う、途方も無いことを言う同胞のイエスを、殺したのは自分たちだと言う、負い目がある。にも関わらず、イエスの噂話は広まって、留めなく。その上、新約聖書を形成して、旧来の民俗史(旧約聖書)と連動させるなどと言う、天才が現れて、始末が悪い。それにもかかわらず、この新約聖書のこの箇所のごとく、何か妙に「説得力」が、ある。そのせめぎあいの、様子が再現される。息詰まる攻防戦である。これが、キリスト教発祥の原点であろう。それを、なんと。2000年近く経過して、ブルンナーという天才神学者が、その原点を神学して、解説するのだから。僕の命がいくつあっても、それは書き切れるのもではない。これが、西洋の伝統キリスト教である。教派でもなく、国でもなく、宗教改革でもなく、歴史ですらない。この原理原則は、揺るぎないように、思える。これこそ、人間普遍の永遠の生命、なのであろう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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ともかくも、マッターホルンは、神学的な山だと言えるだろう。この異様は、ブルンナー神学そのもを表出していると思っている。アイガーとは異質なところがある。そのマッターホルンだけを集めてみた。全部、実写。まだあるが、いずれ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十九)

 この寒さには、参った。風邪はなんとか治ったものの。なにせ、衣替えをバッチリやって、そのあとのこの始末では、冬物を取り出す、などと言う荒技など僕にわかるわけもない。用意周到な我が家のエバも、いささかと惑っているようだ。どうした、のかのか、で大塩平八郎の乱は、日本には珍しい革命の事例だ。と、言ったのはハーバートノーマンさんで、真面目な人だ。あまりに真面目で、アメリカの赤狩りのターゲットになって、自殺してしまった。で、大塩の時は、要するに冷夏なのだ。つまり、凶作。日照不足。だいたい、悪いことは重なる。で、僕は神学をする。生きている意味を、探っている。フト、したことから、関西(かんせい)学院大学の「神学研究」を入手することになった。僕がターゲットにした英文を読んでみると(読めるが、ほとんど意味不明)、英文はともかく、その要点が短く日本語で書かれていて、それが理解できる段階に来た。要は、ブルンナーさんは、ナチズムが構築した人間観に対抗し、彼らしい誠実な神学的人間観を構築した、と言うのが論文の意味のようだ。僕はホッとした。それまでは、心のどこかで、ブルンナーもナチズムに協力したのではないかなどと、あらぬ疑いを持ったのだ。僕らが、若い時に、この問題は日本のキリスト教界でも問題になっていた。僕もかなり調べてみたが、いまいちわからなかった。それでも現象として、戦前のドイツ社会でナチズムに協力、迎合、合体した教会も牧師も、実は多かった。なにせ、辛い話である。で、だが。それは。それで。僕は、ブルンナーさんが、1950年に(戦後)に書いた、「出会いとしての真理・聖書の真理としての性格」の中に、それが書かれていると、書かれていることにホッとしたのである。で、僕は、明治学院図書館にあるが、僕は古書ネットで探すし。それがなんと、練馬の古書店にあると知った。僕は早速それを申し込んで、近いから取りに行くつもりである。と、コメントもつけた。ともかく、一人の人(ブルンナー)を頼りにしているキリスト教信仰なので、ひやひやであるが。もう大丈夫、胸を張って永遠の生命論(ブルンナー)を続けられる、と思う。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕たちの、スイス。万歳。ブルンナー先生に感謝して。

 

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十八)

 十七という番号振りをミス、したようだ。ところで、ジャーニーズ。全く知らない人である。もちろん度々耳にしていた、なんやらグループは知っていたが、なんにも知らなかった。まさか、少年を生かして、「アイドル」化する、などと言うことを考えて、それをバッチリ文化とか経済とかにした、影の人がいたとは、全然知らなかった。もともと、男があのようなことをすると言う発想が、僕にはない。僕は、三島由紀夫の世界。神風特攻隊とか、決死の覚悟突撃、とか撃ちてし止まん、とか。勝ってくるぞと勇ましく、とか。ここはお国の何百里、とか。なんとか、勝つまで我慢とか、僕の名前が、勝己だから。そういったことである。昭和16年、生まれ。だもの。ところが、ここ自然に耳に入った人は僕より、年上だ。僕らの先輩だ。で、こんなことが重なった。僕は、ジャニーズさんを知らなかったから、なんとなくここのところで、全てがわかった。で、電話を入れた。ジャニーズさんにではない。ジャニーズさんより年上の、僕の世話になった先輩の、息子に、である。会話は、こうだ。「おうおう俺だ」「お久しぶりです」「で、ジャーニーズだが、、、」「はははは、わかりましたか、さすがいい感をしていますね。」「そう死んだのか」「そう四月」「父上は、あの年代の代表者だね」「ハハハハハ」「墓に入れたのか、芝増上寺の墓の番号は」「何番です」「墓参りした後で、コーヒーに行くよ」「ところで、母も危ないんです」「ハハハハハ、マー歳から当然だ」「いい男だったね。」では、では、で電話を切った。僕が、番号を間違えたのは、慌てていたからである。

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 筒井友美作品。

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僕も、先輩も軽井沢には縁があった。妙なものだ。妙に踏ん張った戦前派で、僕は彼らを先輩に持てて、ずいぶん可愛がられて感謝している。だが彼らは、戦前。先輩にぶん殴られて育った。だから、決して後輩の僕らを、ハラなかった。もしやっていたら、僕は彼らを殺していた、ね。この絵は、浅間山。彼の別荘があった。先輩たちは、大方軽井沢に別荘を持っていた。その彼らは、みんな。これで死に絶えた。この絵は、僕が描いたもので、油彩100号F。あまりに細かいので、描いているうちに、ぶっ壊したくなって、バッチリと壊してしまった。僕の頭の中では、浅間山は爆発山なのである。僕は、その爆発を見ながら成長した。信州佐久の農村地帯が、僕の成長したキャンバスなのだ。膨大な自然が未だ僕を抱きしめている。が、日本は戦争中である。

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製作中。この時、子供絵画教室と併用しながら、制作している。 

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示現会(国立新美術館)に、出品した時のもの。

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僕が利用した実写の浅間山。

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これも、制作途中。全て変遷が激しく最後は壊れて、この世から消えた。

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縦で撮影してみた。横よりも、いいね。

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これはやはり、軽井沢。自分としては成功した部類。今も手元にある。売れば100万はする。F80号油彩。

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これも、かなり手こずったもの、今は安定して僕の手元にある。F80号、油彩。

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ある日の示現会風景。今は退会している。一応、準会員まで行ったが、これ以上は興味がないので退会し。現在は、個展方式に切り替えている。

 

 

 

 

 

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2019.07.11

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十七)

 ところで、おかげさまで、病が少し癒え始めると、僕特有の感性が戻り始めたことがわかる。感性とは、個性なのであって、同じ絵を見ても感じ方は違うのではないか。僕は、僕の感性を愛している。などと書いて。表題に素直に戻れるか。コーヒーを一杯飲んで、ブルンナーさんの本「永遠」を、さらに書くためワープロが打ちやすいように、ベットの上に、内村鑑三全集の本を三冊重ね、その上に、秀才高校である近所の、武蔵野高校などの学生がよく使う書見台を立てて、「永遠」をセットしている。なぜ武蔵野高校かと言えば、その近くの文房具店から書見台を買って、勝手にそう予測したに過ぎない。が、ともかく、そう言う格好で書いている。別に、すでに病人ではないつもりでも、こんな格好で書いていても、様になるのは、病人だからであろう。ただ、このベット方式は気に入っていて、多分死ぬまで、こんな格好で書くことになろう。昔の作家ならば、作家気取りで病院のベットまで、わざわざ原稿用紙を持ち込んで、何やら作家らしく、出版社の編集者をはべらせて、先生、お疲れではありませんか、などと肩を揉ませて、すまないネなどと。言うところであろう。なにせ、一枚いくらの先生で、そこへ行くと僕は一打ちごとに、自分の経費がかかるだけで、一銭のぜにも懐には入らない仕組みである。これが、僕を痺らせる(恍惚)のであって、バカヤロウ「永遠の生命」が金で手に入るのなら、こんな気楽な与太話はない、のだから。無料こそ、本物の永遠の生命が、書けると信じている。腹いせに、ブルンナー先生の代わりに、書いてしまったが、結局今日も、こんな話で始まった。

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 筒井友美作品。

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ブルンナー先生の故郷スイス。トップ オブ ヨーロッパと言われる場所から、僕自身が全部実写したもの。カメラは、今はなきコンタックスと言う名機。デジタルではなく、日本の最高のフイルム、富士フイルムのフイルムを使った。多分絞り側か、シャッター側か忘れたが、どちらかを固定して撮影した記憶がある。ともかく、今更ながら驚くことは。この現物の、撮影された作品の質の高さである。これが、パソコンやスマホで再現されるとは、あの時、想像もできない時代のものだ。ともかくも、スイスの世界的神学者エミール・ブルンナーの、真摯な神に対する愛と信仰が、清純に表されていると思う。この、一番上の写真で説明すると、画面の先が、何おか言わんヨーロッパなのである。具体的に言えば右サイドがオーストリア側、真正面がフランスドイツ側、やや回り込むが左側がイタリアである。もちろん大筋でで、あるが。なんと、厳しく美しい、ことか。これが、ヨーロッパ文明なのである。それが、また世界の惨劇の元にもなる、のであるが。

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2019.07.10

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十六)

 前回15回目で、えらく面倒なことを書いたので、今後。それはいたって高邁な展開になる、と思っている人もいるかもしれない。まして、英語かなんかの話もでるから、てんで歯が立たない、と思っている人も、これを読んだ人の中にはいるような気がする。さにあらず。それは間違っている。英語で読めば、読むほどそれはばかばかしいほど、簡単な話になって、てんでありがたくない話に、展開する。英語がわからなと、嫌な感じがして、わからないのはどこか奇妙で、うすきみが悪いのであるが、それも間違っている。それは、簡単明瞭、てんで頭から問題にならない。むしろ簡単で、あっけなく。ありがたくなどないのである。聞いてもわからないお経慣れしている日本人は、経は「ありがたいもの」と、思う習慣がある。それは、聞くだけでは非論理で、お線香の中で、じっとして聞いていると悟りを開けるらしく、思うのが、味噌で。実は、そう思っているに過ぎない。そこに行くとキリスト教は、あっけないほど単純で、何もありがたくない。ありがたいと、多少思えるのは、ヨーロッパにある豪華なでかい教会を見るからで、内部の装飾も恐るべき、ものがある。から、そう思っているが。宗教改革以来簡素になった教会は、もっぱら解放された聖書をもとにするので、英語で読んだ場合、あまりにもあっけないので、びっくりするのである。ある意味では、全然、ありがたくない。で、そんな箇所を例にすると。ヘブライ人の手紙第三章第4節・日本語聖書では、「万物を作られたのは神なのです」これを英語でいうと、「He who built all things is God 」だから笑ってしまうのである。ただ、これを信じた場合、いたって明確でよいと思う。これ以上は言うこともない。だから、神にお任せして心安らかに、この世界に生きていくと言う人生観である。果たして、これで君は、満足するのか、聞きたいところである。が、これがすべての前提で、イエスキリストは、その神の御子、なのである。だから、このあたりから内容が、すべて論理的となり、説明的となるのが、キリスト教の特徴である。何も、難しいことを言っているのではなく、単に、信じ難きことを論理的に言っているに過ぎない。で、ブルンナーさんに戻れるようだ。つまり、厳然とした前提のある、話に過ぎない、と言うことを言って永遠の生命論に、戻りたい。

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あるスイスの街、多分モントールかな。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十五)

 確かに「永遠の生命」などという、問題を真剣に考えるというのは、人間の滅多にやれる問題ではない。タワムレなら、いくらでもできる。また、宗教的習慣として、葬式的感覚で永遠を信じて、というのなら、人間が1000年も2000年も、いやそれ以上人間がやってきた、平凡なことであろう。だがしかし、そうではなく。ここでは宗教的にはキリスト教で、非葬儀的に、それをやるとなると、ことは言うまでもなく簡単ではない。で、一段と、論理的問題として難しくなってくる。のであるが。そこで、英語和語の表題概念確認問題は、さておいて。肝心要の聖書の中から、「ヘブライ人への手紙」、を選定し、隅から隅までくまなくよく読んで、その意味を今、噛み締め始めた。ヘブライ人への手紙は、新約聖書全27編中の第19編にあるカテゴリーである。それを研究している。結局、ブルンナーさんの言うことは、イエスの復活なくしては成り立たない永遠の生命、なのであり。別に便法などを説いているわけではない。だからイエスの復活の様々な局面を、ユダヤ人(ヘブライ人)の側面から見て、いろいろ検討している、この箇所が面白いのである。今の我々から見れば、いたって奇想天外であるが、さにあらず。僕のように、老人になって、死もまじかに迫ったものが読めば、実によく書かれている。と言うことが、明確にわかるので、書くのである。一番重要な点は、「死」と言うテーマであるが、真正面からそれに挑んでいる。それは、「死」を悪魔と呼び、「生」の代表たる神と対峙させながら書くのであるが。それは基本的には、誰もが持っている、死に対する恐怖を前提にしている。冷厳に言い切れば、死なない人間は一人もいない、と言う現実に聖書は挑戦している。第二章の14節。「死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし」が、聖書を編纂する人たちの絶対的なテーマとして、表出するのである。それは、今も変わる者ではない。要するに、「死に神・悪魔」への宣戦布告といってよいであろう。約2000年前、人類は人類共通のこの大問題に、挑戦していたのである。その記録が、聖書だと思う。そこに、永遠の生命も、書かれる。

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これもスイスの首都ベルン。全て実写。どちらかと言うと、右サイド建物方向にベルン駅がある。初めて行った場所で右も左もわからず、ウロウロしているうちにここにいた。が、わかってしまえば狭い街で単純に真っ直ぐな街なので、もう一度行ってみたいな。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十四)

 ドイツ語は勉強をしたことがないので、ダメであるが。英語はヘボン式ローマ字修行を継続しているので、なんとかなる。自分が在籍した10年ほどの明治学院教育の中で、英語は圧倒的な高さがあった。それは、上進する受験勉強を越え出て、何か生徒を、高い英語勉強に誘導させるようなところがあった。で、無理に程度の高い文法書などを、僕は買って。勝手に文法書を読んだ。英語教科書教育の方は、平凡なものであるが、全体の雰囲気がそうだったのである。だから、現実勉強と高さを極めようとする生徒との間には、かなりのギャップが生じて。僕などは、一般英語などはほとんど興味がなかった。今日はお天気ですか、今日は、程度のことなど、全くどうでもよく。神だの、永遠だの悪魔だの、誘惑だの、といった。概念のただならない単語に興味が移っていった。それらの単語を概念もわからずに、やたらつなぎ合わせる作業は、容易ではない。もちろん失敗するが。僕が、英語嫌いになるのは、そのせいである。一方、聖書英語はやたら単純で、やさしい部類に属するが、実はここが誤解だった。この一見のやさしさと、現実的でない聖書空間(日本人にとっての非日常性)は、僕らにとっては当然、非歴史的であって。エジプトにしてもイスラエルにしても、ユダヤ人にしても、ローマ人にしても、ましてヨーロッパ形成前の。ローマ帝国などは、全く。空想に描くこともできない、全く訳のわからない異空間なのである。生徒にとっては、劇画的な超異教だと言えるだろう。その世界を英語でやると、ますますそれは、異教を通り越して異常の世界で。は、とてもついていけない。それで教育世界は展開し、所詮英語は。僕の視界から消えていった。出てきたのは、漢文と古文である。という風に、なるのであるが、それでいいのである。英語など、あの時は僕が一番嫌いなもので、実用英語を聞いていると、バカではないかと思うことがあり。よくあれで、世界をひろやかにおしはかれるものだと、感心する。が、この頃は、英語表現にすっかり魅了されて、ブルンナーさんのドイツ語の英語訳、ハロルド・ナイト訳で、英語を検証している。原文たるドイツ語がわからないので、仕方がないが。ドイツ語の方が、もっともらしく聞こえるのは。ようは、感覚にすぎないであろう。で、わかりにくい日本語訳(熊沢、大木さんの共訳)が、不満な時は。その英語を覗いて、また、もっと積極的に。概念を英語的に割り切ってしまい、それで天国や永遠(eternal)を考えるには、その本の全体像を俯瞰する必要を、この頃感じる、朝となった。今度「目次」を、日本語と英語で整理してみよう、かな。

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これが、僕の好きな日本の風景。実写。埼玉県明覚。この柔らかさ。

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下はブルンナーさんの国、スイスの風景。全く違うこのゴツゴツ感の違いが、いいと思う。ベルンで実写。

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2019.07.09

スイスの宗教改革者カルヴァンのことなど(閑話休題、差し込み話として)

 ブルンナーさんの本「永遠」をベースに、永遠の生命について書いてきた。少し見通しがついたところで、この辺りで、「現世」を少し書いてみたくなった。ブルンナーさんは、いうまでもなく現世も書いている。希望を書いて、現世を書いているのは、十三をお読みになればわかるだろう。もちろんまだまだ先の長い話であるが、どちらにしてもブルンナーの現世論は、しかし、永遠に導くための論理上の現世であって、キリスト教的現世論そのものではない。その点、宗教改革者カルヴァンの書く現世は、非常にリアリスティックである。もちろん創造論から書くからであるが。その現世論は凄まじい宗教改革的、革命的思想が多い。それらは概ね後世で批判される。が、改革者としての、彼の真価が疑問視されるものではない。彼は純真で信仰深く、打算的ではない、信仰的闘士である。その彼を研究した人は多い。で、僕が明治学院高校の時に接した本(トーランス著・カルヴァンの人間論)を、少し覗いてみた。で、ビックリしゃっくり、がっくり。ともかく日本語がなっていない。とても読めるものではない。だが、高校生の僕は、純真うぶ、浅学、うんうん言いながら、わからなかった。のは、無理もないことである、と自分を慰めている。で、ともかく明治学院図書館には、その原文Calvin′s Doctrine of Man が、あるはず。と思い、検索したらあった。で、さらに追い打ちをかけてアマゾンではどうか、で。あった。僕はアマゾン本をジュンク堂で買うのが趣味。早速、近々池袋に行って申し込んでみたい。英語なら、なんとかなるし、下手訳の日本語本は持っているから、問題は全くない。下手訳でも、僕にとっては貴重な本なのである。

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ジュネーヴのカルヴァン教会入口と僕。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十三)

 私たちは二種類の希望を区別することにしよう。すなはち、希望というものを、現在と接近しており、それと非常に密接に結びついているために、両者をほとんど区別することができないようになっている将来を意味しているような、誇張のない限界を持った意味での希望と、これに対し、将来における生活全体、あらゆる目標を全部その中に含んでいるような普遍的な生活といったような意味での希望と分けてみよう。(本文11ページ)このような区別は実際にある。「小さな希望」と「大きな希望」、「部分的な希望」と「全体的な」希望、個人の希望と人類の希望といったものがある。しかも、希望というものはもっぱら第一の希望においてのみ、人間が生きていく上にどうしても避けることのできない、欠くことのできない要素であるように思える。全体的・包括的な意味での希望が崩れて把握されたり、すでに跡形もなくなってしまっている(第二次世界大戦後のヨーロッパのこと)私たちの時代(1945年以降のこと)においてすら、それにもかかわらず人間の生きる営みというものが継続してなされているという現象は、このことから説明される。農夫は畑を耕し、工場における労働者、事務所における事務員、お店の店員、額縁店の額装者、デザイナー、主婦、店長、教師、教授、医師などは皆それぞれの仕事をし、文明という「機械」は走りつづけている。各人はそれぞれの生活圏内において忙しく、しかも喜んで働いている。各人はそれぞれの小さな直接的な希望によって動かされており、それは大抵は人類の運命とか自分の生活を包括するような「大きな」希望ではない。そのような大きな希望などというものは、「どうでもいい」ものなのである。

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この窓からの風景は、スイスの厳しい内面がはっきりするもの。実写。

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とても美しいが厳しい、窓。日本の風景とは大いに違っている。ヨーロッパ精神の典型的な表情だと思う。

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2019.07.08

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十二)

 で、ここらで。あまり読者に過大な期待を抱かせないように、結論を先に書いておきたい。我々キリスト教徒は、普段から心得ているところであるが、普通の人が、この表題を読んで。さらに今までの文章を読んで、世に稀な永遠の生命論があるのかな、などと思われては心外なので。どの宗教も同じであるが、信ずればこそありがたいことなのであり、信ずる内容は意外にみんながよく知る内容なのである、といっておきたい。というのは、文章もやっと11番に来て、今12番なのであるが。原本のページ数としては、まだ10ページに過ぎない。気の遠くなるほどの長さがあるのは、それが400ページ弱もあるということは、すでに書いた。が、つまり一歩一歩読んでいけば、ありがたい永遠の生命に達するなどと、期待されるのは、誠に心外なことで。244ページにある、結論めいたものを先にご紹介して、ともかく真面目な読者に対する、ともかくさらに大真面目な、こちらの良心としたいのである。原始キリスト教(当面1500年前として置いて)では、クリスチャンと称する集団はエクレシアといった。現代的に言えば要するに「教会」と訳されるもので、あるが。当時のそういった集団のありようを、エクレシアといったようだ。それはイエスの復活を信ずるものが集まった集団、というような意味で。そこでは、あたり前のようにイエスの復活を真面目に信じて、そこに自己の復活を重ね合わて永遠の生命、という与太話(世間の評価では)を。キリスト教徒は信じていた、というキリスト教史上の基本が据えられている。ということを確認しているのが、ブルンナーの基本スタンスなのである。その実存のメシア(救済者・イエスのこと)的性格の意識を、はっきりと自覚的に持っていた原始キリスト教、という事実を大切な要素として、どこまでも考えるべきである。というのが、ブルンナー信仰の要点なのである。要するに「キリストの光」とは、「死への存在」という人間存在の一般実存論の、「古い」実存の媒介によって屈折されたもの、という、いたって常識的で、人間的な限界をあらわにしつつ。十字架にかかりながらも、復活を果たしたイエス・キリスト(聖書)の。さらなる再臨によって、復活(永遠の生命)の。完全な啓示に至る新しい生の第一段階が、永遠の生命として「キリストに似る」、ことこそ。今は、死の体の中に覆い隠されている「自分の生命の永遠の姿」として、永遠の生命なのである。という信仰であるということを、ここらで書いておくのも。あながち意味のないことではないと、思った。だから、これは常識的なことで、びっくりするようなことではない。いたって世界史的な常識論なのである、といっておきたい。要するに2000年後の今の常識なのであるが、これが信仰として存在するか、世界史として存在するかは、その人個人の選択肢に入ること。なので、と常識を言っても始まらないが、念を押して言っておきたい。これが、これを書き続ける僕の、良心なのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これも実写です。ヨーロッパで一番長いと言われる、ゴンドラから撮影したもの。このゴンドラ、誰もエスコートしてくれない。勝手に乗ってというような塩梅で、止まらないので、乗る時は実に怖かった。が、慣れれば快適。ルンルン気分で撮影している。この終着地点から歩いてホテルまで帰った。要するに、世界に聞こえたカルヴァン主義の国スイスは、厳しいことでは有名である。この派が、宗教改革後の世界を変えていく。ブルンナーは、カルヴァンを元とした神学者である。し、明治学院は何と言っても、カルヴァン派なのである。

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下の写真は、その一例。崖をやたら崩さないで、土木工事の粋を結集し、自然景観を最小限の毀損にとどめている、自動車道路。船から実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十一)

 農夫は種を蒔き、母親は子供を養い教え、責任感のある政治家は国民を導き護るーー皆それぞれに希望を持って。あらゆる人間の行為には、まさに自分の行為によって物事が一層良くなるのだといった考え、正しいことを行うのが「割にあう」ことなのだといった考え、頭の中で描き出したことを実行するのは、人間に備わっている消すことのできない性格なのだ、といった考えが、まつわり漂っている。「この行為によって、何かある結果が生じてくるのだ」ということを、信ずることが許されないならば、およそシャベルや縫い針や、ノコギリやノミが、あるいは室内を豊かにする額装の人の手に握られるということはあるまい。室内を、あるいは人間空間を意味あらしめようとする将来像は、現在の力を動かすものだが、そのような将来像はただ希望によってのみこのような動力を持つのである。

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 筒井友美作品。

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スイスの湖。僕は、ここを船で渡り、ある港に着き汽車でジュネーブに向かった。実写。日本の風景のような、穏やかで広やかな、という感覚はスイスの自然にはないと思う。どちらかというと、厳しい美しさ、とでもいうようなものか。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十)

 実際、将来について多くを考えず、日々なすべきことを遂行している人々が沢山いる。また、将来についてあまり考えないと言うだけでなく、現在の楽しみを考えている人もいる。実際、その日暮らしをして、それによって幸福であるような人もいる。しかし、将来を現在と取り替え瞬間的に幸福であろうとする試みは、刹那主義であろう。人間の自然への復帰という願望は、失敗するだろう。なぜかといえば、このような自然復帰という試みが、人間に成功するような組み立てにはなっていないからである。人間の自然復帰という試みは、自分の人間としての存在を何とかして実現したいと熱望している、私たちのより深い本性との間に、矛盾を引き起こしてくるからである。しかし、憧れとしてであっても、自分の設定した目的としてであっても、ともあれ将来を見るということは、人間としての存在に属している固有な事柄である。幻滅を感じている者として、もう将来のことなどは考えなくてもすませることができるのだと思っている人は、欲すると欲しまいと、あるいは知ろうと知るまいと、文化的性格を持った現代の人間性に委ねられた文化的使命と言ったものから逃亡していることになる。なぜかといえば、真に人間的なものはいつも、与えられるものから与えられないものへ、現在的なものから将来的なものへと向かう「超越化」によって生ずるからである。私たちは「希望」そのものの中に、区別を認めなければならない。人間のすることは、たとえそれがこの上もなく単純極まるものであったとしても、すべて希望なくしては起こらないのであり、成功もおぼつかないのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc 

僕の、実写した上高地です。カメラはライカです。さすがですね。

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下は、今僕が書くネタ本になっている、ブルンナーさんの故郷、スイス。実写です。カメラは、コンタックス。フイルム写真です。フイルムは富士フイルム。コンタックスは、デジタルの前に消えました。残念です。堅固抜群のいいカメラでした。戦場カメラとして評価を上げました。

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2019.07.07

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九)

 唯物論が出たついでに、急に現在の中国の年収を見てみようと思い立った。僕たちが明治学院大学で勉強している時、僕のような変わり者は、中国語を採っていて中国語研究会に属し、その上、小野田中国語研究会にも盛んに出席していた。僕の本当の目的は語学ではない。思想である。だが、思想の方はいたって難しいので、もっぱら研究会は語学の研究で終始し、そのまま卒業した。その後遺症は、僕に残らず。僕のウブな友人を直撃し、彼の人生観を大きく狂わせてしまった。彼は語学には達者になったものの、その背景にある思想には、目を瞑った。僕は逆で、語学などある程度やって、思想に着目したが、もちろんこれこそ難関中の難関である。歯を食いしばって、そのスタンスを変えず、僕は、それでも気になるので中国の見学に出かけた。新婚間もないころで、金もないのに新妻に無理を言って、30万円も、投資して中国に行った。その時、毛沢東が死に、その旅は毛沢東の葬式旅になった。僕のように昭和16年生まれは、自分でも特殊であると思っている。すでに大陸進出をした大日本帝国は、満州国を事実上支配し、西洋の真似をして後進国を搾取していた。そのことを知る僕らは、なんとも中国が気の毒で。気になって、中国語を勉強しよと健気に思ったのである。で、時代が変わったのであるが、あの人民戦線の毛沢思想はトウ小平によって、骨抜きにされ。現在の擬似資本主義体制の精華へと、突き進んだ。その結果、中国共産党の理想は消えて、それは名ばかりの資本主義的成長路線、すなはち金持ち優先主義へと変わり。その視点で、今の中国の年収リストを見れば、一層明確で、僕は。別にいうこともないが、僕の中国旅行も、これが結論であった。特に、先見の明でもなく、浅見の真っ暗闇で。そこに、社会主義的理想は地球上から抹消された、のである。ただその良し悪しを言うのではない。僕が一番心配しているのは、その基礎にある唯物論なのである。この論では、人間の冷酷と悲惨を救えない。人間が、現世的利得だけを言うようになると、もはや人類は終わらなければ、ならない。物質は、いたって大切なものである。が、その主義となると、これは話が別だ。この辺りは、思想史をやらないとなかなか理解できない、と思う。ブルンナーはこの点を、さらに追求する。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」

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これはベルンだろう、と思う。実写。

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ベルンの路地、この辺りで若きアインシュタインも勉強していた。らしい。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八)

 ここまでくると、ニヒリズムの解説が必要であろう。このわかりやすい概念は、昔は「無」と言ったようだ。有に対して無、なのであろう。この思いつきはごく平凡で、この程度は誰でも思いつく。これを思想史的に考えると、ややこしい話になるのも当然である。ニヒルというヨーロッパ言語が世界を駆け巡り、ニヒリズムと言われたが、これはラテン語のニヒル、から来たようだ。名前をつけた人は、ヤコーヒーと言う人で、ちっとも有名でないのは、どうしたわけかわからない。それ以上の概念の構築ができなかったのであろう。ラテン語で無を表す、から、日本の無と同じであろう。ただ、日本人もなかなか負けていないから、日本の無は、ラテン語の無とは違う、などと言っているようだ。ともあれ、何にもなくなることを無、と言うのであって。自分の生命も、その運命にあることは明確である。と、寂しく言うと、あまりにもあっけないことである。ただ、ヨーロッパ思想は、このあたりがくどいのは、キリスト教思想には、初めから永遠の生命があり、日本のように死んだら「お陀仏」などと言って、まともに天国論を構築しなかった、歴史とはかなり違う。間違っているかもしれないが、キリスト教ばかりやってきたので、日本の哲学的な宗教は、僕には全然歯が立たない。それに比べ、キリスト教は、初めから復活があり、これが伝統である。これだけがキリスト教の優れて文明的で、原始的な原点で、初めの原点がこれで、人間の復活を信仰としたのである。これが19世紀まで、バッチリとヨーロッパを支配した。ところが、これを根本的にぶっ壊したのは、ニーチェである。これを明治学院大学で読んだ結果、僕はますますキリスト教に力を入れる。のであるが、その論理は、見事、秀逸、天才的、驚異的、で。世界の知識人は、と言ってもキリスト教圏のインテリゲンチャは、泡を食ったのが、19世紀なのである。世界はこれで、激変していく。が、僕はますますクリスチャンに磨きがかかったのである。 

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 筒井友美作品。

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僕がチューリッヒに着いて、空港に待っていたホテルのバス。出迎えは、なし。このバスを探すのに、えらく苦労した。ホテルは、空港とチューリッヒの間にあった。しかし、この時僕は、全く知らないのだ。実写。

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ホテルの部屋で。実写。

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チューリッヒ駅の脇。実写。

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初めの風景、実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七)

 さて、僕がチューリッヒに着いた時、フトここがブルンナーの故郷だと思った。駅のターミナルの外に出て、右も左も分からないまま。もちろんそれだけの話であるが、スイスに着いたばかりで、一向に訳が分からずともかく目指すはベルン、ということになった。ベルンはスイスの首都であるらしい。ジュネーヴが有名だから、そこがそうだとばかり思っていたが、ベルンがそれであるようだ。スイスらしい、一種の都市機能の隠蔽工作だと思う。永世中立だから軍事施設も僕の旅行では見られなかった。が、たった一箇所、山の陰に新鋭のジェット戦闘機が見えた。いかにも、山の陰にあって密やかに存在する、スイスの民間防衛隊制度の精鋭であろう。帰国後に調べてみると、スイスの民間部隊には、一定の武器供与がある。それには、精度の高い軍事訓練も必要で、それはなかなか、高い技術力を持っているようだ。この技術を、西洋思想で分析した人が、ブルンナーである。彼は、唯物論が跋扈する19世紀を、人類の悲劇と捉え、その唯物論的政府が世界を席巻する様を、歴史的に描いて見せた。僕は、明治学院で、その唯物論に触れるのであるが、これはいくらミッションスクールだから、やらない。と、いうわけにはいかない、のである。僕は特に、60年度生として中国語を専攻したので、早速毛沢東を読んだ。もちろん中国語研究会の部室には、人民日報が常設されていて、そこにはいつも「米帝国主義」に対する激しい非難が、書いてあったものだ。今から思うと、所詮中国共産党のアメリカに対する恐怖心と、自分たちがやっと獲得した一国一政治一思想の統一政権を維持するために、必死に。毛沢東は、国民を引き締めていたのであろう。僕は、この考えに簡単には同調などしない。学生仲間には同調するものも多く、僕はよく、そういった連中(大学だけに来た人たち)と論争をする羽目になった。が、今は、どうしているだろう、若い真剣な顔が思い浮かぶ。ともあれ、明治学院高校以来のブルンナーなのであるから、彼が唯物論に、また全体主義に反対した、彼の。民主主義的高さが、僕を救ったのである。しかし、経済論的にはともかく、人間論的な論説が、当時わかっていたわけではなく、今になって「やっと」わかったのは、今朝のことなのである、と言っておきたい。

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 筒井友美作品。

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ここがベルン、実写。右サイドが駅の方向。

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2019.07.06

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六)

 ブルンナーが他界したのは、1966年で、僕が日活を辞めて親父の経営する建築設計事務所に入った年だ。もちろん僕は、そんなブルンナーのことなど、一向気にならなかったし、全く知らなかった、といって良いと思う。あの頃は、まだ白金教会に通っていて、気分よく青春を送っていたのである。誰が、そんな神学者の死を気にするだろうか。僕は、会社のブルーバードを勝手に乗り回し、ガソリン代は全部、親父の会社で引き落としていた。何をかいわんや。で、今から思うとバカなのである。ブルンナーが他界したのは、七十七歳と計算できるから、まさに今の僕の年齢なのである。僕のような非才のものが、彼に変わってなんで。こういった面倒な問題を、書かねばならないのか。本当に、僕はバカではないか。と、つくづく真剣に嘆いているのである。彼は二度ばかり日本に来る。そして、詳しくはわからないが、彼が内村鑑三を支持した、としてかなりの非難を浴びる羽目になった、ようだ。それが、彼の神学を直撃し、彼は病に倒れる。しかし、彼は東洋の真摯なクリスチャン内村鑑三(無教会)を尊敬し、彼のヨーロッパ的伝統信仰と比較しても、その高い信仰は内村の信仰を支えている、という信念に導かれてしまう。明治維新以来、西洋伝統の強い日本の、非内村的信仰は。当然かなり根強く、彼は高い世界の神学者として、大きな問題を抱え込んだのである。その苦衷はもちろんわからないのであるが、僕も、この歳になってなんとなく、辛い、のである。

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 筒井友美作品。

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スイス。アイガーですが、僕の実写です。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五)

 ブルンナー神学の、自分なりの焼き直しをしているが、実に素晴らしいの一言である。ただ、読むだけでなく、自分なりに咀嚼して書いていると、痺れる。やはり世界的神学者と言われただけに、いうまでもなく、小生の及ぶとことではない。そんな中、今朝の郵便ポストに品のいい郵便物が入っていた。頼んでいた「神学研究」(関西学院大学神学研究会発行・第66号)である。感無量。昔、明治学院などでも、この手の雑誌に触れた覚えはあるが、てんで手が出ず、今に至った。だから、なんとも言えない感動が、ある。今の時代は、ゲバゲバ時代。その傾向は、一層激しくなるばかり、僕のような老人にはとてもついていけない。そんな感覚の中、舞い込んできたこの上品な本は、なんともノーブル。に、尽きる。雑誌の配字は、本当に綺麗だ。今でも、こんな雑誌が、あるとはなんとも嬉しい限り。そこにブルンナーさんが書かれいるので、買ったのである。発見は、国会図書館検索。ともかくその本を、手に取っているだけでも幸せ極まりない、と書いておきたい。で、書いた。

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 筒井友美作品。

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 ジュネーヴの宗教改革者、カルバンの住んでいた場所。16世紀から。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四)

 そこで要するに、自分自身の「将来」を「つくる」人間は、不安になる必要もなければ、希望を持つ必要もない。近代史の流れで言えば、多分ルネサンスの時代にそうなっていった、と言えるのではないか。いつしか、自分の将来を自分で作っているのだと、いうことはなんと妙な自己信頼なのでしょう。そういう風潮が西洋に生じたのです。それは、これまでにないことでした。この瞬間から、自己信頼が西洋人に生じ、さらに増大していきます。希望はその意識を失い始めて、もはや自己の中に自己の将来を持った人間が、それを恐れないで望みを持ったりせず、自己こそがそれをコントロールしながら、自己操縦を、すなはち自己の将来を決めていく自信ある操縦者として、自分がその計器をコントロールしている、と考えるようになったのです。それが、今まさに一層。コンピューターで制御された原子力発電所の、計器類の前に自信を持って、座っている、という状況を作り出したのだと、考えられます。だが、それにも関わらず、人間は実際に自分の運命をつくり出すことは、できません。人間は将来に対する自分の力、自分の自由というものが、自分が支配力を持っていない要素に依存しており、従って限界を持っているのだと、認めないわけにはいかないでしょう。そのような要素とは、第一に自然であります。第二は他者であります。人間が自然に依存している、ということは明白です。その依存関係を取り除いたり、減少させたりすることを、私たちは技術、と呼んでいます。が、西洋世界ではこの技術が、著しく支配的なのです。今でも、先進国と呼ばれるものは、すべて西洋の、この思想の中にあるのです。

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 筒井友美作品。

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スイス時計館での実写。

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2019.07.05

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三)

 人間は、不安と希望を受動的に持って、将来を考えています。 しかし人間は将来に対し受動的な態度を取る代わりに、能動的な態度も取ることができます。人間は自分の将来を作り上げるため、将来に向かって計画を立て、将来を描き出すことができます。人間は、このように積極的な態度をとって、自分で自分の将来を作り上げていると思っています。このように人間が考えますと、将来が人間に向かってやってくるのではなく、人間が将来に先回りし、将来の中に入り込んでそれを支配してしまうのです。近代の我々の(ブルンナーは原文で西洋人に限っています。が、僕は今の時代は全ての人類が、の方がわかりやすい、と思う)生活と思想は、将来を形作ろうとするこのような能動的な態度が圧倒的に前面に出ていると言って良いでしょう。それが、我々の時代以前の時代と、今とが、大きく異なっている点です。

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 筒井友美作品。

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ジュネーヴの時計博物館で、内部から実写したものです。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二)

  このシリーズが、数千回に及ぶことを願って。書いていますが、どうなるやら、言うまでもなくわかりません。永遠の生命というのは、誰しも思うことですが、世界で一番困難な探求です。ですが、キリスト教は起教のはじめから、これを主張しています。年季がはいっているので、それは、聖書を読めば書いてありますが、当然世界の人間難問は我々の及ぶところではないのです。ただ、西洋では長い間「神学」が曲がりなりにも発達し、それなりの成果を上げています。これはキリスト教の教派とか教団、教会や国家などと全く関係のない世界です。スイスの神学者エミール・ブルンナー(Wikipedia)は、私の明治学院高校の、聖書の時間の教科書になっていました。以来、私はそれを頼ったのですが、ここにきて。こんなことをやっているのです。この焼きなおしのブルンナー文章は、全部僕が勝手解釈をして、僕の文章に置き換えています。ですから、本質的にそれが、なんであるかはわからなくなりますが、不安のある方は、国会図書館に。僕が引用している本、すなはち「永遠・キリスト教的希望の研究」(新教出版社・昭和32年・定価400円)がありますから、是非それを参照してください。昭和32年は1957年ですが、古いでしょうか。それこそ、僕が。高校生の時で、1960年に僕は、明治学院大学に行くのですが、そこで待っていたものは安保反対闘争です。人間の時代は大きく変わっていきます。しかし、神の世界は早々変化するものではありません。初めあり、終わりあり、というのが神の世界で。神の永遠の生命論は、所詮聖書にあるそのことを、信じるか信じないかに関わってきて、特にうまい方法があるわけではありません。要は地道な人間道にすぎません。その人間道をヨーロッパは、キリスト教を通して、なんとか生き抜いているのです。これからも変わらないでしょう。で、その本は原文はドイツ語です。ブルンナーさんは、ドイツ語を話す地域のスイス人です。原文表題を書いておきましょう。Das Ewige als Zukunft und Gegenwart ,1953 (僕はドイツ語をローマ字読みで読むだけ)です。英語で訳した人もあり、英語の表題は Eternal Hope です。訳した人の名前はいいでしょう。どちらにしても僕も、この英語版は持っています。が、疑問のある方は、これも国会図書館にありますからご覧になるといいと思います。では、今日はこれまで。別に講義ではありませんから、今後も気楽にお読みください。永遠の生命とは、ともあれご自分の生命のことです。お互い大切に扱いましょう。

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 筒井友美作品。

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下の写真は、すべてスイスでの実写です。

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これだけはパリのオペラ座。僕が鉛筆で描いたものです。実際見たものです。

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ここからは再び、スイスの実写です。

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2019.07.04

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(一)

 希望が人間存在にとって持っている意味は、酸素を考えれば良いと思う。酸素がなければ、窒息死である。これと同じ。人間から希望を取り去ると、人間は絶望して死んでしまう。希望の供給こそ、人間性の運命を決定する。1950年代のヨーロッパは、この希望を全く失っていた。なぜ、そうなってしまったのだろうか、あの文明の高いヨーロッパが。その希望の喪失は、必然だったのか、とブルンナーは嘆いている。そのブルンナーの「永遠」と題された本をベースに、僕はこれを書いている。どのようにして、こんなことが起こってしまったのか。どうして避けられなかったのか。このような希望喪失状態から、逃れられるのか、ブルンナーは真剣に考えていた。希望とは、将来に対する現在的性格である。厳密に言えば、それは将来のものが現在するその存在形態なのである。希望とは将来的な事柄を積極的に待ち望む態度であり、不安とは将来性を否定的にもつ態度、である。

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 筒井友美作品。

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僕の絵画です

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永遠の生命論、に至る

 いよいよ、祖父ネットも最終局面。面白くもない、永遠の生命を書く時期に立ち至った。このテーマは、多分人気がないと思う。残念であるが、これがキリスト教宣教のいたるところで。面白い話をしようとしているのではない。新約聖書には、この手のさみしい話が、いっぱいある。イエスはユダに裏切られると、なっているが。ペテロ(ペトロ)にも裏切られる。マタイによる福音書第26章は、意外に長い物語となる。この箇所の大項目は、イエスを殺す計略、である。そしてペテロが裏切る場面は、69節からである。感動的な場面で、僕は若い時に読んで、ここがなんとも好きな場面となった。読んでくれればわかることであるが、捕まったイエスから、全部の弟子は離れて、災厄が自分に及ばないようにバラバラに離散する、場面である。イエスは、ペテロに「お前は私を三度、知らないと言うであろう」と、予言する。そして、彼が、三度目の知らない、を口から発したとき、彼は。はっと、してイエスの言葉を思い出すのだ。彼(ペテロ)は、外に出て泣いた、と聖書は書いている。こういった、いわばさみしい思いは、教会生活を長くやっている、ないしクリスチャンを長くやっていると、度々経験することだ。だから、自分から、去られるということには、僕は慣れているのである。多分、僕がいよいよ。ブルンナーさんの神学書をもとに、永遠の生命を書き続け、およそ現代ばなれしたことを言うようになると、祖父ネットのわずかなファンも、僕を去っていくと予想している。それが、僕の望みではないが、仕方がない。僕が、ここにきてしまったのである。しかし、断っておくが、この永遠の生命こそ、本当の人類の希望である、といっておこう。果てしない、人生の涯にある、人間存在のギリギリの局面である、といっておこう。

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 筒井友美作品。

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僕のコラージュ。

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永遠の生命、と言うキリスト教信仰を信じること

 ブルンナーさんの深刻な、神学問題が書かれた雑誌があるようだ。その本は、関西学院大学神学研究会が発行したもの。で、「神学研究」という。その、2019年66号に、載った。英語の表題がついて。Emil Brunner′s 「Mensch-von-Gott-her」in the Context of Nazi Germany 、となっている。真ん中あたりは、どうもドイツ語らしい。the context of Nazi Germany が、ブルンナーさんに、あった、ととれる。僕は病院から出て、死の問題を考えざるを得ず、その時、ブルンナーの「永遠の生命」で、祖父ネットを書くつもりでいた。が、その書物が、ある、ことに気づいた。最新の神学書であるし、どう書かれているか急に気になった。電話で、関西学院大学にその雑誌を、送ってくださるようお願いし。もし、ブルンナーにナチとの関係が、あるとしても、今更気にする歳ではない。それより、何より。彼の書くキリスト教的永遠の生命の方が、気になる。僕は、ここ健康を取り戻しつつある。本はもとより楽しみであるが、永遠の生命を考える方が、年金受給者の義務である、と思っている。稼いでいる時、こんな馬鹿なことを、考えることは、できない、と思う。参考にしてくれれば、年金受給者冥利(義務)に尽きる、と言うものである。ちなみに、ブルンナーさんに関する副題は、「ナチスドイツの文脈におけるエミール・ブルンナーの「Mensch -von- Gott-her」、著者は Triebel Christian J と言う人、電話で聞くと四十歳弱の准教授、だと言うことである。が、詳しくは、本が着いてからまた書くかもしれない。

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 筒井友美作品。

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僕の抽象画、水彩。

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2019.07.02

永遠の生命と、病院と過去の人たち

 病院を出てから約一週間。外来で久しぶりに病院に行った。経過観察で、先生がいかが、となって、まーということで。しっかりと血液と尿の検査が終わり、数値が先生のところに集まって、まー、で一ヶ月後の予約をして、帰ってきた。で、過去の話など、すっかり僕の頭から消え、二冊偶然に集まった郷司さんが戦中に書いた「決戦経済体制論」の、二冊目の古書代を途中の郵便局で振り込んで。一切の過去から卒業することとした。過去の、特に広い意味の第二次世界大戦に臨む、経済人の論文から読み取れるのは、まさに冷静な戦時経済対策の高い実態、である。が、ここではそれを書いたとしても何の意味もない。読みたい人は、今は。国会図書館でデジタル化されて、家のパソコンで読めるので、自分で読んで「感心」すると良いと思う。ともかく、表面で見えた戦争とは別の、冷静に対応した経済人郷司浩平牧師の、姿を見ることができる。しかし、僕が彼をどれほどよく知っていても、それは過去に過ぎない。今、最も必要で、僕にとっても緊急なことは、自分の命、のことに過ぎない。で、僕は、それをのみを書くことにしたい。それは、やはり人間の永遠の生命のことであり、自分の宗教的救済のことである。これは、ブルンナーさんの神学によりながら、それを書くしか僕には。方法もなく、それは同じように古いにも関わらず、全く新しい僕らの大切な命の問題として、意味があること。であると、病院の帰り道つくづく考えたのである。病院にいると、人間は皆同じで、ボソボソと地獄の一丁目を歩いているに過ぎない。確かに、病院は人を治療するところであるが、それが病院として。見かけ、どれほど立派でも。人間の永遠の生命に、答えられるわけもなく、それが使命でもない。のだから、病人は、自分の限界生命の中で、せいぜい、少しは、良くなる程度の。日常の生き方のために、病院は真摯に取り組んでいる、と僕は悟って。食堂で、冷やしラーメンを食べたいのだが、少し昼飯時には早いので、近くの最寄り駅まで。せっせと歩き、いつも行く駅前のコーヒーショップのパン屋さん(アンテンドゥー)により、一休みして帰ってきた。一切の、日常の硬い、激しい、セコセコした。相変わらずの人間臭が、僕の眼前に表出したのは、やはり夢ごごちの内部に痛みとなって、外部に向かわない自分の。病気が少し良くなって。駅前の交番や、ガラス越しに見える自転車置き場で、タバコを吸って。無駄な金を使う立派な体格の青年を見て。いいねなどと、言ってのけた自分の、外的に平凡な意味を。考えながら、電車に乗って帰ってきた。喫茶店を出るとき、トイレによって、いつもりより多く出血したおしっこを見て。やはり、動くと、傷口は少し開くのだろう。と、思いながら、次の検査は一ヶ月後のことであると。家で静養しながら、過去から卒業し、積極的に永遠の生命を書こうと、くどく考えなら。帰ってきて、今これを書いている。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」

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ウィーンの旅のテーブル、実写。

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2019.07.01

永遠の生命と、郷司浩平とああ、レ・ミレザブル(その三)

 ともかく、とんでもない過去に踏み込んだようだ。よせばいいのに、全く力不足である。このぐらいの歳になると、諦めが肝心、だ。のに、諦めずに永遠の生命などに、挑戦するからこうなるのである。郷司が死んだのが、平成元年だという。それから30年は経過した。その間、家まで来て話した伝記を書いた田口さんも他界した。で、てんで古い話で、何の役にも立たない。はずだ。それを、こうやって引っ張り出して考えたとて、一体何になるのだろうか。何の役に立つか。たたない、と断言する。しかし、驚いたことに、戦争中の決戦経済体制論、これが実に冷静に書かれている。戦争をする思想の方々は、興奮して。色々と騒いでいたと、社会思想史から知る、ことができる。だが、技術の方は、それを支える経済人の冷静なこと、素晴らしいものだ。人間、興奮したら喧嘩に負ける、というのは本当だろう。僕などは、口先喧嘩ばかりして、肉体の掴み合いなど経験がない。相手が、訳も分からず掴みかかってきたことがあるが、相手にしなかった。それは、僕が信州育ちで、そんなことをすれば、田舎の喧嘩はタチが悪く、一生村八分で。そんな奴は、信用されない。し、共同社会では、生きられないと知るからだ。だから、農村部の人は、喧嘩をしない。しているように見えても、ほどほどに収める。それでないと、その村社会に、いられない。そこに行くと、都会は呑気だ。喧嘩をしても平気なのは、何と言っても勤め口があるからだろう。田舎には、そんな洒落たものは、ない。で僕は、父がその農村部で、零戦工場を設計監理していたので、僕は本来都会っ子なのに、田舎にいたのである。その工場は、秘密工場で、郷司さんの本によれば、航空機産業は戦争の最重点生産だった、と法律が定めたようだ。その最重点の、国の、最高戦略物資の零戦を作る工場は、ただ事ではない。と、親父は一言も、僕に言ったわけではない。息子にも、それは秘密。全て海軍の秘密基地である。郷司さんは、白金教会にずっととぼけて出席していたが、戦後の生産性本部を立ち上げ、最後は会長を務めていた人だ。ほとんど、喋らない人で、僕も見かけただけで話したことはない。が、この人は、牧師の資格を持った、戦後の重要な経済人で、あったから驚く。明日は、経過検査で、病院に行く。何とか、生き残ったようだ。と、自分に言い聞かせている。

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 筒井友美作品。

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僕の好きなコローの僕の模写。

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永遠の生命と、郷司浩平とああ、レ・ミレザブル(その二)

  推敲十回、未だ足らず

 武藤富男という人の訳した聖書、というものがある。一般化していない個人訳で、戦後すぐ出版された。昭和27年のこと。僕は、この聖書を持っているが、なかなか武藤さんらしい訳し方がある、と感心している。買ったのはかなり前で、武藤研究を続けていた時に、偶然手に入れた。僕が明治学院大学で60年安保反対闘争に関わり、それが終焉した後で、武藤氏は明治学院の院長になった。僕らのように戦後の学生は、徹底的な平和主義である。言うまでもないが、戦争は反対。その頃の世間は、それが思想の主流で。戦争中は、逆に戦争遂行思想が主流であった。だから、僕ら、戦後の学生(新制大学生)は、こぞって平和主義者であろう。代表選手は、いうまでもなくビートルズで。本当に、いいと思う。僕と同じ年代である。ともあれ、そういう中で、ここまで日本は戦争に巻き込まれず、やってこられた。武藤氏にしても、郷司氏も戦前派で。戦争については、当然、悩み抜いた人たちである。それに比べ僕らは若くピカッピカで、僕らの唱える平和は。非常に観念的で高い。ゆえに、理想的なものである。のも。世界が、戦争に辟易していたからで。世の中が、徐々に落ち着いて、来て。言えば70年以上経過したのであるが、よくここまで平和を保てた。それは全て、僕らの年代の平和主義というより、今あげた先人たちの、深い反省、があったからに違いない。彼らの、戦前戦中の経歴をみると、本当に僕らは彼らに批判的になる。が、で彼らが、どのように本当に、戦争の渦中を切り抜けて、戦後も活躍したかを考えると。答えは、容易ではない。特にクリスチャンの場合、その矛盾は甚だしく、愛という最大の教えの宗教が、あの悲惨を引きおこすのだから。複雑すぎて、これ以上言いたくない。そんな中、フトしたことで、二人の信仰的立場が、どこかで共通しているのではないか、と、考えた。それも、キリスト教的に考えて。二人のクリスチャンの信仰共通点を自分なりに思いついたのは。病院で読んでいたブルンナーの、「ロマ書」の解説からである。そこで、13章が引用され。て、いかにも世界的神学者のブルンナーを悩ませている問題として。彼自身が悩んで書いている、と書かれている。要点は簡単で、武藤聖書で引用すると。131節に、「何人も上に立つ権力者に従いなさい。なぜならば、神からこない権力というものはなく、現存すすものは神から任命されたものであるからである。」となる。スイス人たる、ヨーロッパのどさくさを深く知るブルンナーが、ハタと困った聖書解釈の神学的難解箇所なのである。として、紹介している。彼はあたかも聖書の中に、ここだけは、「異物」が入ってきたが如く、と書く。この箇所で、戦後の社会を考えると、実に深刻な箇所であると、私も思う。当然戦中の、あの時。ヒトラー政権に寄った人々の、戦後になって。その惨禍を知れば。彼らはヒトラーに、何を、協力したのか、しなかったのか。の、二人の真面目な、私の知る人々も。運命に翻弄されながら、戦中を乗り切ったのだ思う。もちろん、単に服従だけを是としたわけではないだろう。それにしても、かなり真面目に戦中の仕事をこなしている。そして、さらに、戦後の日本社会に大きな影響を与えるが、多分、大いに辛かったのだと、知るのである。(ブログ・祖父ネット)

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

僕が好きなコローの、僕の模写、鉛筆。

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永遠の生命と、郷司浩平とああ、レ・ミレザブル(その一)

 郷司が「武蔵野」を彷徨うのは大正九年。目黒の自然教育園(現存)の前から大崎に出る。原っぱから、煤煙の立ち上る京浜工業地帯が、見渡せ、そこで「工場の夕景」を描いた。と。郷司の日記にはある、と作家田口 英爾氏(清水次郎長と明治維新・郷司浩平伝)は書いた。それは月曜日で、日曜日には牧師である叔父の説教を、目黒の「白金教会」で聞き、その翌日スケッチに出る。その場面だ。この場面、私と重なる。僕が盛んに白金教会に通っていたのも、明治学院大学の頃だ。つまり同じ場面だ。自然植物園は現在も都立美術館の横にあって、「武蔵野」(国木田独歩の小説にある)の面影を保存している公園だ。国立である。僕も何度も行っているが、まさか郷司浩平がハタチの頃、この辺りをさまよい歩いたとは、想像もしていなかった。よく考えれば当たり前のことであるが、彼は九州の出身で、自然に恵まれた環境で育っている。だから、当然まだ自然の残る大正九年の武蔵野を、歩いたという訳である。だいぶ話がくどくなりそうで、心配している。要するに、私の書きのフットワークが、悪い。実のことをいうと、僕は、だいぶ混乱している。それというのも昨日、「決戦経済体制論」という本が古本でついたばかり。僕が病院に入る前に注文していた本である。この本は、昭和19年五千部で発行された。もちろん、いうまでもなく戦中である。だから少し様子が、分かっているから、緊張するのだ。本で郷司浩平の経歴が少し書かれているので、ご紹介しよう。著者略歴、前、国策研究会調査部長、現在、重要産業協議会調査部長。となっている。から、神経質になっているのだ。この本は、昔から貴重本で滅多に世に出ない。それをネットのない時代に、なんとか探し出し。貸し出し不能の先方の資料室から、わざわざ図書館同士のネットワークを利用して、練馬の図書館で読ませてもらった。貴重本というので、緊張して読めず、肝心のところだけを引き写し、そのまま返していたのである。で、今回ひょっとしたことで、ネット古書で発見し、買った、というわけである。で、疲れる。ので、詳しくは、少し落ち着いて書きたい。で、僕の先輩(明治学院)たる郷司浩平であり、僕と同じ教会の郷司浩平であり、僕の時代の明治学院の理事長たる郷司浩平を、次回に書く。で、くどいが。僕は昨日、本を少し読んだ。で僕の、「戦後平和精神」が、がっくときて、折れた、わけである。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

フランスの19世紀末の写真家、アジェの写真を元に僕が描いたパリの裏町。油彩。

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2019.06.30

永遠の生命と、キリスト教とローマ皇帝

(お知らせ・WIXネット画廊は閉鎖しました。画廊は祖父ネットに集約されます)

 永遠の生命という表題を追っていると、やはり。ここに至る。キリスト教とローマ皇帝である。イエスという宗教者は、世界で最も有名な宗教者である。人類史でこれほど有名な宗教者は、いない。今後も続くだろう。人類が、このまま、大参事(第三次)世界大戦を戦っても、第三次世界大戦を記録する人間が残ったとして、イエスは歴史からは消えない。人類が、一式。消えれば。あとは、宇宙の闇に漂う。人類史は、殊の外短い宇宙のほんの些細な、出来事であるが。それを記録するものは、いない。誰が、それを話し、誰がそれを聞くのか、という話も存在しない。と、いうことになるのかも、しれないが。僕には関係がない。「キリスト教とローマ皇帝」(教育社歴史新書・西洋史A11・1980年第1刷・新田一郎著)という本は、ほんの地味な本である。小さな冊子のような本で、こういった主題を書く本は、世界に枚挙がいとまないほど、多いと思う。し、この手の本で立派な本なら、本場の西洋には、ごっそりとあるに違いない。日本にもそれはあるだろうと、思う。テーマがキリなくおもしろいのは、それは世界の古代史の面白さで、今日の歴史に深く関係していると、信じられているからである。そんな真摯な歴史的テーマであるが、それを読むことは日本人に、できるものではない。だいたいキリスト教の素養のあるクリスチャンでも、ここまでくる素人は、そういるものではない。で、僕は偶然、この素人の恵まれた一人なのである。が、僕のような、ここまで書く人間が、素人だというと、いささかそれはないよ、という人の声も聞こえる。祖父ネットは専門家顔負けの玄人である、というであろう。確かに僕は、明治学院で神学を10年もやり、教会には五十代まで真面目に関わったから、そうかもしれないが、決して玄人ではない。つまり、単なる本読みの素人である。だが、今僕の眼の前にあって、にっこりと微笑んでいる、この本は。いうまでもなく、立派な玄人の歴史学者が書いたものである。この本は、病院を出て思いつき、すでに何度も読んでいるが、完読本では無い。所々に僕特有の線引きがあり、確かに読んだ痕跡はある。が、扉を開いてびっくりしたのは、僕の字で「レイテ戦」(太平洋戦争)の参考図書のリストが、書いてある、ではないか。僕は、この意味を知ってはいるが、どうも。今思うと、この本を軽視している、ように感じる。今の僕なら、太平洋戦争のレイテ戦より、このローマ帝国とキリスト教の戦いの方が、何倍何十倍も大切である、にも関わらず。こんなことで、やっとここに到達したに過ぎない。で、この本は偶然、僕のマンションの親しい隣人が、ある日、島根の方に葬式に行くので、留守を頼む。ということから僕の手元に来たものである。隣人は、その葬式から帰ってきて僕に、それが自分の兄であり、そういった方面の学者で、その兄が死んだので、葬式に行った、と話したのである。僕は、亡くなった兄上の名前を聞き出し、ネットで見つけて、古本で何冊か買った。それを、今朝、楽しみに読むつもりだ。病気の方は順調に回復し、しばらくすれば池袋にも出られるし、画家の筒井友美とコーヒーを飲む約束もできているから。僕は、今朝は、この本を読んで、もう少し家でおとなしくしていたい。と、思っている。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下は、僕の絵画と実写した現場の写真。

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下はみんな僕の絵画

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これは画商小山登美夫ギャラリーのイベントに参加した時の僕。左側に座っているのが、僕。まだサラリーマンの雰囲気が残る写真。

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コンピューター絵画、マックで作成。

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出始めの頃のコンピューター絵画の実験。マックで描いていた。

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2019.06.29

永遠の生命と、完全空調の病院、と第三次世界大戦

 昔、昔。1970年5月、僕の論文がある雑誌に載った。建築雑誌でタイトルが「建築」。そのものの、題名を持った当時優れた建築雑誌だった、と思う。ある日、一人のインテリ(編集者)が僕をたづねてきた。正確には、事務所をたづねてきたのだと思う。応対は、私だったらしいが、ターゲットも私だったようだ。全然全く、詳しく覚えていないのは残念であるが、なんとなくおぼろに。どうも原稿依頼である。始めに言っておくが、この雑誌、すでに廃刊している。詳しくネットで調べてみるつもりであるが、発行は中外出版株式会社、である。定価500円、当時としては高い本である。建築雑誌は写真をふんだんに使う。ともかくコストのかかる雑誌だ。体裁が必要なこのての出版物は、相当の読者を持たないと、保たない。それを生きるこの雑誌は、当時は花形だった、のであろう。戦後、建築はこのように華やかな時代を持てたのである。僕の記憶では、この手の雑誌は枚挙にいとまがない、ように当時の僕には思えたが、所長の父はこの手の本が格段に好きなのである。彼(所長・先生)の建築家としての目は、鋭く。その意匠(デザイン)に対する感性は抜群である。だが、息子は明治学院大学文学部の出身、やや左翼だ。勤務しながら絵画の勉強などを、さらにして、今の示現会にせっせと応募もし。3回ほど入選を果たしていた。同じ1970年の。美術年鑑には、現代洋画家などとひとまとめになった現役画家として記載されている。いわばランキングであるが、僕は、ほとんどびっけの画家で、一番最後のページに引っかかっている。号単価は5000円、自由美術に一回、示現会に二回、と実績が書いてある。僕の実家が現住所で。などと。ちなみにトップの画家は梅原龍三郎、小糸源太郎、林武、辻永、有島生馬、となっていて。この人たちは全て文化勲章、同功労者というカテゴリーである。ちなみにその単価、梅原を見ると、号80万となっている。号とはハガキ大、だと思えばいい。つまりこんな状態の画壇だった。で、僕は画家だったのである、が。そう簡単にはいかなかった。で、そんな僕に原稿が依頼された。その雑誌を退院後読み返したのは、ベットで寝ていてふと。あまりにも、病院空調が完全である、ということに気づいたからである。そこは、要するにガン病棟である。僕以外は純粋なガン患者ばかりで、その入出の激しいこと、びっくりする。まさに修羅場、なのだ。と気がついた時、僕は病院空調に着目した。完全な空調というものがある、というのなら、そこにあった。しかし、いわばビル空調というものは、僕が論文を書いた、あの時期に始まったようなものである。空調の詳細は書きたくない。だが、僕は建築素人ですよ、と編集者に言った。大丈夫です、こちらがカバーしますから書いてください、で書いた。題名。「冷凍・冷蔵庫及び工場の建築設備」杉山勝己・140頁。なのである。この雑誌の最大の目玉は「万国博施設」、これに空調が大活躍する。日本のビル空調の本格的な曙に、なった時代だったと、知った。当然、万博のスターは太陽の塔(岡本太郎)。同じ雑誌の中で、バッチリと僕を見て微笑んでいる。僕の論文と、岡本の作品。僕は病院で偶然読んだ「武蔵野樹林・土と水と生きる道しるべ」も読み比べた。その中に書いてある、岡本が。縄文土器に触れて、感動のあまり「日本人」を見直す作業に入った人である、とはそんな事情で、すでに知っていたのである。が僕は、やたら感動した。で、サミット。大惨事(第三次)世界大戦がいよいよ近づいたか、と盛んに報道される。僕は、神に祈ってイエスにすがった。病院でも、よく祈った。が、隣人には何もしてやれなかった。隣のベッドの彼は、ベットから出て消え、ふと病院の食堂であった。コーヒーを飲みに言った時、彼と私は顔を見合わせ。いろいろその節は(といっても昨日今日の話)お世話になりました、と挨拶を交わした。僕は、退院します私は、ここで働いていますと。目と目を見つめて感無量。僕は、彼が、真剣に、闘病しているところで祈ったに過ぎない。僕は、何もできない。と、思う。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

全部、僕の絵画です。

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2019.06.28

永遠の生命と、リストバンドにハサミを入れて、ああミレザブル

 病院を出る時看護師さんが、リストバンドを切ってくれた。僕は、それが惜しくて、記念に残しておけないか聞いたが当然、駄目である。病院の患者管理システムは完全で、それも大いなる管理上の証拠に残す、に違いない。当然であろう。惜しかったが、一応口に出してみた。僕は、優しい妻とともに、荷物をまとめ、黒い最近出来立ての介護タクシーに乗って、家に帰った。今の我が家は、最高の質の良い邸宅風のマンションである。僕が中古でこれを買ったのは、約20年前だったか。僕は、新築マンションなど買える身分ではなかった。そこで、というよりそれまで妻とともに賃貸を主にして、もし買うなら中古、とターゲットを絞ったのは、頭が良いからではない。金銭的理由に過ぎない。一方、建築現場の実務的勉強もしながら、凄まじい素人経験をしてみると、まさに修羅場。人間が、ともに共同でする作業で、これほど精緻粗雑齟齬誠実、力量無様なものはない。それにミスが加わる。僕は建築家でも技術者でもない。しかし、日活から帰って親父に拾ってもらい、親父の経営する設計事務所に入って、びっくりした。いきなり、静寂。もちろん「先生」(昔も今も、設計事務所の所長は先生)と呼ばれる。僕の父は、十五、六人はいる所員の頂点立って、建築設計事務所を仕切っていた。だから、そのご子息が、入ってきたというのは非日常で、みんなが緊張していたのであろう。それも、明治学院というおぼっちゃま学校に10年もいて、映画の日活でホテルマンをやっていた、「人」(僕のこと)だ。要するに宇宙人である。あの頃は、創元設計(旧石川建築事務所・祖父の創業)は、従業員はほとんど早稲田大学と芝浦工業大学の卒業生が多く。学生時代には芥川龍之介と同級生だった木本先生、という人が役員だったので。戦前の大学出の優秀な出身者が、いっぱいいたのである。その中に、戦後の我々年代がいて、それは地方の高校などをでて修行を積みながら、夜学の大学を目指す人も多く。一級建築士になる夢を持って励んでいた。もちろん同年代には大卒もいて、女だてらに芝浦工業大学(新制)を卒業し、一級建築士を目指す人もいた。美人ではないが、なかなかだが、僕はちょっと気が動かなかった。高校卒業生は、まず二級の試験を受けて、一級を目指すのである。そんな真面目な、しっかりした目標を持った人ばかりのところに。僕のような変わったご子息が、入ってきたのだから、ことは簡単ではない、と今なら「わかる」。僕は、そんなことに一向構うクリスチャンではなく、どんどん。と、言いたいところだが、そうはいかなかった。唯一の救い(逃避)が、絵画勉強で、僕は近くの示現会にせっせと絵の勉強に通った。気を紛らわすのが主なことで、あったが、いつか僕はのめり込み、僕らしい青春を獲得できた。僕は、言いようのない広い世界で、建築にも触れ、絵画を勉強していたのである。ちなみに父は、工手学校(現在の工学院大学の前身)を出て、まず宮内省匠寮に勤めていた人で。母は、祖父が住友本店(旧財閥)の臨時建築部に勤務した人(今の日建設計)。母と父が結婚する頃は、大阪天王寺に事務所を持っていた。この人は、大(おお)先生と呼ばれていた。だから、大阪が本店で、僕の叔父が仕切っていた。いよいよ日本の敗戦を跳ね返すべく、戦後の再建活動が始まっていたのである。もちろん若い僕は、そんなことを深くは知らなかった。のは、当然である。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

全部僕の実写です。全てスイスです。

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2019.06.27

永遠の生命と、レミレザブルで入院となるの記

 入院中に読んだ本は四冊。全部を、読みきったというのではない。中心はエミールブルンナー「ロマ書」、次が「レミゼラブル」、その中。病院の中で買ったものが「オレたちバブル入行組」、「武蔵野樹林・縄文の武蔵野」。で、読み切ったのが、入行と武蔵野である。ユゴーは、未だ完読していない。もちろんロマ書も、まだまだ先が長いに違いない。レミゼラブルの長さは有名で、まるで聖書である。ロマ書は、すらすら読めない。書いてあることは、クリスチャンにとってそんなに難解ではない。難解を避けるブルンナーは、質の高い素晴らしい神学者である。だが、内容にいちいち感心する。から、前に進むことができない。そこまででいいよ、と言ってしまえば、それでいいのである。神を信じるということは、何も深く論理することではない。結局、静かに観想する他にはないのである。そこに行くとユゴーは、ともかく複雑極まりない。物語はヨーロッパ史に渡っているし、そのテーマは複雑である。人間的な結論も、様々で。もちろん神は出るが、ブルンナーに出る神学的な、純金のような、純度の高い神ではない。むしろ、ドロドロとした塊で、流動的でその中の金は、どこにあるのやら、訳が分からなくなる。それでも、ユゴーは書き続ける。こちらは読み続ける。疲れる、やめたくなる。なにせ病人である。で、ブルンナーに戻る、またユゴーへ、と繰り返し、たのだ。そんな中、ほとほと疲れ果て、売店で買ったものが、後の二冊。入行組の作家は池井戸潤さん、素晴らしい人だ。こういった本を買ったのは、タイトルの「バブル」という言葉に惹かれたからである。まさに、僕はその時を生きた人間なのだ。知っていて関わった銀行、なども出るは出るはで、自分の体験と見事に一致してくる。僕は、もちろんバンカーのようなものではない。主人公は慶応大学で、僕は明治学院。そんな大銀行を狙う僕ではない。就職の時、てんで、鼻から問題にしていない(向こうも問題にしていない)。が、社会に出てから巻き込まれた。その中で、絵画もバブルの影の主役だったのである。僕の勉強は明治学院の神学が10年(文学部)、夜学の駒美、の油絵科が約5年。だ。その僕が、建築設計事務所の営業などをやっていたことが、このバブル小説の中で、まさに「踊った」。一気に読んだ。こういったものをあまり、最近読んだことが、ない。のに、僕は一気に読んだ。手術のあとベットで予後を養っていた時で。その間、約一週間強。今、家にいて書いている。そんな中、ホッとしたのが武蔵野樹林、素晴らしい雑誌だ。素晴らしい若者たち(僕の年齢七十七歳から見て)が、見事なインテリジェンスを発揮。して、日本の高い教養を明示してくれた。僕は久しぶりにその本で、武蔵野樹林をさまよい歩いた。で、なんとか、退院。なにせ切った切った病気なので、下血が治るのは一ヶ月と、覚悟している。日常生活には、なんの心配もない。覚悟が決まったので、これを書いた。画家の筒井が、メールをくれて。術後の心配をしてくれたので、メールを返し。収穫の多い入院でした、と返信した。武蔵野樹林には、「美術館とは何か・金沢21世紀美術館を訪ねて」という記事があった、僕はこれをネタに筒井と大いに話してみたい。偶然である。

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 筒井友美作品。

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再び、ウィーン。ただし、ハプスブルグ家から発する、市民革命の目線は明らかに変わった。ユゴーのレミゼラブル、その「ワーテルロー」を読んだからである。ナポレオン最後の、敗戦記、は凄まじかった。あの雄叫び、殺し合いはヨーロッパの優雅を生み出す、のか。と思うと、ウィーンがいささか、しらけ気味になった。単なる、馬鹿どもに過ぎないキリスト教のヨーロッパ人。近代史の思想の流れは、高いものと思っていたが。日本の思想の方が、明らかに質的に高い。ただし、非論理的だ。突き詰めれば、一汁一菜。空(くう)。なんとも情けない次第。下の写真はヴィデオからスマホでショートカット。全て自分の撮影したウィーン。

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2019.06.17

永遠の生命と、レミレザブルからブルンナーまで

 レミレザブルを読みながら僕は。簡単な日本史西洋史対応表を作ってみた。要するに、レミゼラブルの頃と、日本のその頃を対照したのである。フランス革命、ナポレオン、レミゼラブルなどの時代と、日本の歴史呼称としての日本史の出来事を考えてみたのである。すると。一番面白かったのは、やはり日本では同時期に、渡辺華山や、大塩平八郎などの事件が出てくる。ので、急に面白くなり(一層)、さらに僕は結局ブルンナーさんに一足飛びに、至った自分を見出したのには、自分ながらびっくりした。僕が、明治学院大学のころ、思想系の本はそれこそ読み漁ったが、その中で今朝、まざまざと思い出したのが、「正義」という本である。言うまでもないが、レミゼラブルの主題は正義である。砕いて言えば「義」である。誰も、義、が好きなのだ。しかし、義は傷つきやすいのもその性格で、呆れるばかりに利用されもすれ嘘も付かれ、その上捨てられたり、するから。厄介な概念と言えるだろう。僕は、かなり真剣に読んだが、結局放棄してしまった。のは、自国日本の大日本帝国の正義には、あの頃の若者が辟易していた時代だったからである。要するに、教条主義というもので、それが。どう見ても、悪さをしたと僕ら若者は受け取っていたが。それが戦争の原因である、と思っていた。のである。この傾向は、あの頃世界的に通用する嫌悪感で、「怒れる若者たち」という名称を、それに与えたのは。大人たちであったと思う。この現象は、今でも明瞭で、何に不満なのかわからないが、ともかく。若者は新品の体を使って、穢れなきわがままをするに決まっているのが、人間というものであろう。無邪気に育っているのに、いつの間にか義の規制が入り、その規制がいつか僕たちを怒らせるのであるが。それに戦争などという、ものが加われば。気違いじみた殺人が平然と実行される「戦争」の、実態が明らかにされること、なのである。一番まずかったのは、第一次世界大戦で、火器や航空機が登場し。昔の武士や騎士の格好いい戦いは、消え。てしまい。卑怯な、だまし討ちを作戦などと称して、自己の利益ばかりを優先させる勝利だけをを目指す人類殺戮作戦。になる大戦が、まさに第二次世界大戦であった、と言えるだろう。だからそのあとの、思想の構築は容易ではなかったと、思う。それをブルンナー神学を使って構築しようとした、西側の思想構築は、一方で。唯物論国家の共産主義と、もろにぶつかって。要するに冷戦構造が。世界の、第三次世界大戦的危機に発展したのであろう。そのような背景の中で、西側の思想家たちは、ブルンナー思想を頼りにし、「世界正義」を構築し始めた。頃、僕らキリスト教神学校である明治学院の秀才たちは、この思想の洗礼を受けざるを得なかったのである。それが今でも本になって、ブルンナー著作集第6巻、として銀座教文館の、売り場の隅の方で売られているのである。と、僕は知るのである。で、僕は、この本を。あの時も。真剣に読んだのであるが、全くわからず。今朝、七十七歳になって、改めて読んでみようと、思いついたのである。今朝の朝焼けは、綺麗だった。レミレザブルと、同時読みで。やってみるかな。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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僕がトレッキングした時に撮影。神学者ブルンナーさんの故郷です。

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これは僕の宿泊したホテル(左がわ大きな建物)、絵葉書から転写。

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これもトレッキングの実写。

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これも実写。

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ホテルベランダから実写した、アイガー北壁。

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僕のスイススケッチ。

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僕の実写。

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実写。トップオブヨーロッパ。ヨーロッパで一番高い展望台で。

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実写。

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実写。

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実写。

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僕のスケッチ。スイスの宗教改革者カルヴァンの記念教会。カルヴァンは、ブルンナー神学の背景にある16世紀の思想家、神学者。

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スイスジュネーブ美術史美術館、実写。

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スイス、壁のポスター、実写。

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スイスジュネーブ、実写。

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スイスジュネーブ、実写。

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スイスジュネーブ、美術史美術館、実写。カメラはコンタックスフイルムカメラ。

 

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2019.06.16

永遠の生命と、小説レミゼラブル(ユゴー)の100年前

 僕が生まれたのは1941年である。その時、ペリー開国以来の怨念を晴らさんばかりに、大日本帝国はアメリカを奇襲する。その時僕は生まれたが、その時からちょうど100年前ほどが、大塩平八郎の乱である。なんだ、たったの100年前とは、知らなかったが。その時、ジャンバルジャンは黄色い通行証を持って、刑務所から出たての自分に旅をさせる(目的地はあるようだ)。刑務所(徒刑場と訳されている)に19年。の生活であった。もともと、頑健であったのであろう。なんとか命を永らえてのことであるが、その罪の原因が、有名なパン一切れだというが、まだ僕が読んでいるページには、出てこない。で、楽しみに読んでいるが、僕が1960年明治学院で、中学校からやっと大学に入れた時に、から見れば120年ぐらい、の時で、今の七十七歳から見ると、170年前の出来事なのである。が、はじめに若い時に読んでもいたので、つまりせいぜい200年は経過していないのだ。つまり、この歳になると、100年などは年数ではない。いや2000年前の聖書をしょっちゅう読んでいるから、2000年前も、そんな昔と思えない。で、ミレザブルにも聖書がのっけから出る。のは、初めの一章は司祭の話だからである。彼は真面目な司祭で、ヒューマニストである。聖書で「義務」の研究をして、本でも出版したいというような人であるが。若い時は、よくわからなかったが、今はよくわかる僕なのである。大塩平八郎は僕の好きな革命家で、徳川時代には珍しいクーデターを起こす。本格的なもので、どうも年貢米を先輩がごまかしていて、賄賂などという幕府官僚の腐敗の実態に、本格的に武器をとったようだ。つまり、フランス革命期と同じことが、小規模ながら官憲の良心から発した騒乱を日本に引き起こしたのは、日本史では本当に珍しいことだったらしい。それが、226事件などという近代史後半の世界戦の序曲は、日本でも激しさを増し。様々の思想の錯綜の中で、人々は苦しんだようだ。と、知っていると思ってはいるが、もはや僕の問題は「永遠の生命」でしかない。のは、ブルンナー神学に達した僕の明治学院的幸せと、いうのであろう。これで「一通」したのであるが、僕はああ無情を、さらに、読みたい。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

全部僕のヴィデオショートカット。絵にするために実験的モチーフ。

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車椅子のおばあさん。

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城の森の中のリス。よくわかんねーな。可愛いですよ。

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車椅子のおばあさん、森の中に向かっている。

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正面中間は宮殿、その向こうにシュテファン教会が見える。やや右。とんがり帽子。

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場内の観光馬車。リスの森のそばで。

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永遠の生命と、小説レミゼラブル(ユゴー)からわかること

 永遠の生命と、小説レミゼラブル(ユゴー)からわかることは多い。のには、実際びっくりする。僕が、明治学院の高三の時に発行された、今も現売(岩波文庫)のレミゼラブルは260円が正確である。その時は平凡社。立派な装丁であると前回書いたと思う。その感想は変わらないが、その紙質は悲しいかな、戦後を感じさせる(紙資源からいえば良いことであるが)。が、今の郵便ポストの、塵(ごみ)となるチラシ紙の立派なこと、呆れるばかりである。僕のマンションの古い(30年前の)郵便ポストには、毎朝チラシが決められた廃棄物ポストに集まる。住民がそれを、一定の廃棄物郵便物受けに入れるからだ。それが、いつも一晩でいっぱいになる。年金者の僕が、それを。我がマンションの資源置き場(僕がそう勝手読みするごみ置き場に)に、僕が持っていく。のが、僕の毎朝のお勤めである。そうしないと、ポストから溢れ出たチラシは、そのやわな口元から玄関ホールに溢れ出て、まさに散乱するのだ。から、たまったものではない。で、僕が毎朝、必ずそれをまとめて、溢れないうちに塵(ごみ)置き場(僕はこの表現が気に入らない)に持っていくのが、僕の毎朝の義務となっている。のだ。とは、このマンションの住民の知るところであるが、誰も僕を褒めてはくれない、のがとても気に入っている。僕が、自分の母親が車椅子になった時、近所を散歩して、いる時。そこらの見知らぬ年寄りが、大変ですね。などと、声をかけたのに、かみついたことがある。うるせー。オレは好きでやっている、親孝行ではねーや。いやいやだと、悪態をついたが。今はその母も、いない。ははは(母は、と読む)、今僕の部屋で死んだが、僕は死んだ母のベットが、今の僕の寝台である。レミレザブル、はその一章、2章、三章冒頭まで読んだに過ぎないが、そこに驚くべきことが書いてある。実にこれが、わかりにくかったヨーロッパ近代史の圧巻が、書いてあるとは若い時に読んでもわからなかった。ヨーロッパ30年戦争(宗教改革史の一局面)、ワーテルローの戦い、すなわちナポレン戦争とその推移、フランス革命政治史、キリスト教の関わりが、あまりにも簡潔明瞭に書かれていた。司祭は、ジャンバルジャンを宿泊させるが、その優しい妹さんは、反対のようだ。中世の城壁で囲まれたさびれたその寒村は、ナポレオンが自己の革命のために。印刷物を大量に刷った印刷屋もある、のはいかにもナポレオンという英雄の。市民皇帝の若い熱情が、読んで取れる。が、皇帝とならざるを得ない天才の、フランス革命が複雑になって乱れるその結果の実態は、なるほど。この小説が、もともとユーゴー(ユゴーとも発音するようだ)の実体験であった。と、知ったときは、目からウロコが落ちた。朝となった。この本は、ドキュメンタリー、と知った。貴重な人間記録で、あるようだ。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

これは、僕のウィーンヴィデオ(20年前)の水彩画制作のためのモチーフとして、カットしたものです。僕の実写です。きっといい絵ができると信じています。売れるとも思っています。僕のネット画廊でいずれ売りますから、楽しみにしていてください。

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2019.06.15

永遠の生命と、小説レミゼラブル(ユゴー)

 レミゼラブルにボンドを補強し一晩経過した。本の後半部の糸が切れて、ページが割れて来たからである。表装は布製の手当たりのいいもので、まだヘタれていない。多分誰の手にも汚されずに、鬼子母神入り口古書往来座の棚に並び、そして僕のところに来たのであろう。訳した人は斎藤正直、という人。昭和34年定価は260円。往来座は、この本に300円と値をつけた。だから、当時より高いのであるが、いいね。昭和34年は僕が明治学院の高三の頃で、その時に僕は。洗礼を白金教会というところで受けた。今も目黒にあるが、目黒にはもう一つ白金教会というのがある。他の宗教団体のもので、紛らわしいが、僕のはキリスト教の教会だ。今は会員でもないし、僕は無教会を称している。どの教会にも属するが、どこの教会の信者でもない。という立場である。でレミゼラブルを読むと(平凡社・世界名作全集13・全50巻)、若い頃を思い出す。ああ、これを読んで僕は洗礼を受けたのかな、洗礼を受けて読んだのか、全く覚えていないが。ともかくなんとなく、小説はもちろん覚えている。で、映画。素晴らしい映画と思われて、いるが。僕はあののっけから奴隷囚人船の場面には驚かされる。一番嫌なのは、彼女が貧困に落ちて、男に体を売る場面(テレビで見て)。それが、嫌で。それ以上見ることができないまま、ヴィデオは5000円もするから、未だ見ていない。それを300円の本物の小説で、読むと。もちろんノートルダムの傴僂男も読みたくなるのは不思議だ。この映画は昔見て感動し、フランスでノートルダムを直に見たとき、や最近の火事の時の光景は、鮮烈であるが。僕が知りたいのは、19世紀のキリスト教の小説に書かれた、キリスト教を味わいたいのである。のっけから、たくましい、貧しい、うらぶれた、隆々たる体格のいい、みすぼらしい、男が。黒沢映画並みに言えば、ほこりの立つ殺伐とした貧しい村に、現れる。日本の場合は、飄然たる風情だか、ユゴーは明らかにある司祭の人道主義を書いて、神はその入り口の番をしてくださるから、錠は、掛けない、と書かれている。貧しい病人たちの病院の診療所と、自分の大きな司祭館、を交換する、というところがでるのが、フランス小説らしい。し、フランス革命の凄惨なギロチン処刑が、様々な特権階級に及び及んだ、凄惨なフランス革命の実態を、書いてみせる。ユゴーが書いたのは1862年(冒頭、序文にあるが)で、僕が明治学院の大学に入り、未熟なクリスチャンが、いよいよ唯物論と対決させられる時期と、重なる。世界の労働者、団結せよと、マルクスは共産党宣言を書いたのを、僕は磯かに興味を持って、読んだ。1862年は、ほとんど100年前であるとは、知らなかった。僕は明治学院大学の1960年生だ。その時、日本社会に安保反対闘争が荒れ狂った。僕も当然参加した。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下の写真はウィーンヴィデオショートカット。全部僕の撮影したものです。特に地図は、現地でのもの。これを見ながら逍遥しました。赤マークが行程ラインです。真ん中のやや薄い赤マークがシュテファン教会。シュテファンとは、日本語聖書では、ステパノで。確か、キリスト教がローマへ登る時の初めの殉教者だと、思います。

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2019.06.14

永遠の生命と、日本海海戦とああ、ミゼラブル

 ホルムズ海峡波高し、か。波高しとは、僕らが子供の頃日本海海戦の表現に頻繁に使われた比喩で、僕にとっては昭和のことである。多分、日本海海戦とは、日露戦争のことであろう。それがホルムズ海峡の波が高いということは、悲しいことであるが。未だ詳報は不明だ。すぐ伝わる情報であるが、ここだけは世界のもっとも痛い場所である、などということなど書いても仕方があるまい。というとき、僕は古本をたくさん持って、まるで外国旅行をするようなでかい旅行鞄に詰めて、池袋の往来座を目指した。かなりの本を詰めたのであるが、僕の七十七歳の僕の、終活の一つである。僕は往来座の主人が、明治学院のヘボン像を彫刻した人である、ということを知る。久しぶりの彼は元気で。最近はどうも女の匂いがしない。のは、彼の身辺から女性の影が消えたのは、僕が前から気にしていることだ。が、それは個人の問題であろう。で、僕は、挨拶をして雑談した。帰路そこにあった昔の本。平凡社の文学書レミゼラブルを買った。小型の聖書のような格好をしていて、厚い本だ。今、朝日に当てて、虫干ししている。今日一日、それをする予定だ。三百円であるが、僕は彼が、僕の持っていった本と交換であるというので、いただいて帰って今、少し読んだ。なるほど、僕は子供の頃ダイジェストで読んで、感動したが、今読むと。その感動は味わいを加えて、虫干しの時間も惜しいと思うほど、面白い。なるほど、フランス革命の時の殺された多くの人の霊が、乗り移ったような、司祭が出る。司祭は、隣の病院の建物と、自分が移り住んだ建物とを、交換する。という場面は、見事というべきであろう。ユーゴーの作品は、ここからが読み応えがあると思う。僕は、七十七歳で、絵(水彩)を描くからウィーンから嫁に行った、あのマリーアントワネットの悲劇はわかっているのだ。ここから、彼女はフランスの王のもとに、輿入れする。そして、革命。たくさんの貴族がギロチンの露と消えて、そのあとのナポレオンが、市民皇帝となって、フランスを統治する場面が出る。人生は、面白いが、捨てられた小説を読むのも、なかなか味のあるものである。ホルムズ海峡の波は、一層高くなるのか、僕ら日本人の運命はどうなるのか。興味は尽きない。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下は僕のヴィデオのショートカット、20年前のものです。

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2019.06.13

永遠の生命と、60年もかかって、やっとわかったこと

 ウィーンの絵を贅沢に描いている(水彩)。シュミンケという世界堂の画家に教えていただいた、最高級の絵の具の色彩は、最高である。最高の水彩紙と合わせて、最高の芸術都市をモチーフにし、最高のテクノロジーで。画家の、不可能な定点描写を実現した。その上、僕という最高の明治学院の教養人と組み合わせる、快感は。別に驕慢ではない。最高の教養人といったのは、キリスト教に限ったことで、特に一般教養の高さをいうわけではない。いわば、皮肉である。そんな中、また不思議が起きた。僕が懇意にしている壊し屋さんのOさんの置き場は、道路に面していて。有用で勿体無いものが、数多く出る。僕は、O氏と懇意にしていて、度々そこで無料の貰い物をする。その数たるや、恐れ入るほど多い。どうせ僕の本や絵も、かくかような運命にあることは承知の助である。で、方丈記も読みながら、移っていく都の寂しさぐらい、文学的な優れたものは、ないと思っている。いわば無常観である。その中で、僕は。今日も貴重な拾い物をした。それは、ヴィデオいや音楽ディスク。そのディスクが、なんとウィーンを代表するモーツアルトのもの、レイクエイムなのだ、から僕も神を信じているのである。僕は先日の雨に濡れたヴィデオをいやディスクを。今外で乾かしているが、乾いたらそれを聞くつもりだ。嘘ではない。本当の話なので、すぐここで書きたかった。で、書いた。で、60年もかかってわかったことは、要するに明治維新で密かに考えられていた(誰とは言わず)、日本大統領制が僕の頭に表面化した、ということである。これは、ショックだった。僕は、明治維新史を、一般教養として、やり直すつもりになっている。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下の写真は全て、僕のヴィデオのショートカットです。で、このヴィデオは約20年前のものです。

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永遠の生命と、ブリューゲルという宗教画の凋落と日本文化と西洋文化

 僕のブリューゲル美術書で、西村書店のアートライブラリーが再版されていない、ということはショックだった。僕は、だからウィーンを自分の動画で描かねばならない。あの魅力的な街は、今も我々を引きつける。ヴェートヴェンもモーツアルトも、もちろん古典だが、演奏会はある。で、ブリューゲルの。バベルの塔が、日本に来るとなると大騒ぎになる。のが、日本人の密かなる思いである。が、西村書店では売れなくなった、ということである。これは、西洋絵画の古典で、大衆の支持を得る時代が去ったことを意味している。しかしその本当の理由は、キリスト教の日本文化での後退を、意味するのではないか。と思う。もちろんブリューゲルはスマホで見ることができる。ので、出版一般状況の中で、美術本も買われないのかもしれない。があの味を味わうには、スマホでは無理だ。が、概して今は、皆。本を読まないというが、昔も同じだ。だが、出版事情が全く異なった時代のことである。パソコンでは味わえない、ブリューゲル絵画の美術書は、結局思想なのだから。ブリューゲルに限り、特段だと僕は主張したいのだが。つまり、人間の永遠の生命の問題(神学)だが。今更。で今日は(明日はわからないが)、これ以上書くこともない。のは、昨日はもっぱら一日中ウィーンを描いていたからである。今日も描く。それで、言葉が消えたのだ。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下のショートカットは僕のビデオから。

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2019.06.12

永遠の生命と、水彩画の構築とブリューゲルの絵画

 もちろんウィーン旅行の僕の絵画的成果は、ヴィデオではない。僕のもっとも大切にしているのは、ブリューゲル絵画の鑑賞である。僕は、意図したわけではない。妻と二人で、地図を片手になれないヴィデオ(水彩画に利用するとは思わず)を片手に美術史美術館に行った。それは昔の宮殿の中にあるらしいのは、周囲が城壁で囲まれている空間から推定した。その一角に、美術館はあった。深いことは分からず、ともかく入ったのであるが、一室目がブリューゲルの部屋なのだ。有名なバベルの塔がある。で、僕はその部屋から動かず、いろいろ、飽かず眺めることになったのは、予期せぬ出来事に過ぎない。帰ってきてから真剣に何度も読んでいる西村書店のアートライブラリー「ブリューゲル」は、実に難しいものである。ブルーゲルの絵画も難しいが、その書かれた内容は、さらに難解で、いかにも西洋絵画史は、日本人離れをした西洋絵画史である。わかるわけもない。が、ブリューゲルの背中合わせの二室目はレンブラント。ちらりと観て、すぐ一室に戻った。そこで穴のあくほど見て動かない僕に、妻が怒ってしまった。ともかく僕は、それだけを観て、妻と一緒に美術館を出た。妻には申し訳ないが、でその美術館がいかに多くの優れた収蔵品を持っているか、見当もつかないまま外に出たのである。僕は妻にお願いして、地下でアダムとエバのレプリカを買って、今僕の家のトイレに置いてある。アダムが天を見つめ、その腕にエバがしがみついている十五センチほどの像で。僕はいつもアダムを見て、僕を考えているのだ。ところで、BRUEGELブリューゲルを観ていると、本当に宗教改革の悲惨が見える。のは、当然のこと。ハプスブルグ家が評価したブリューゲルは。世界で一番収集数があるようである。し、その美術館の目玉でもあるようだけれど。では、ハプスブルグ家はどの様な意識で、その絵画を収集した。かと、考えると。そこに揣摩憶測が浮かび上がる。のも、テキスト的に宗教改革を、他の日本人よりは、少し深く知るくどい日本人プロテスタントにとって。その揣摩憶測は、実に絶妙な神学なのである。あの時(宗教改革の時)、大衆は、がっくりきたのである、と思う。領主様が信じていた宗教に改革が起こる、とは信じられない事態だ。で、人々は、あのようなブリューゲルが描いた狂態を演じざるを得ない自体になったのだ。と、思う。で、ハプスブルク家は、それ見ろ、僕の揺るぎない支配があったからこそ社会は、安定していたものを。馬鹿どもが、改革をするからこのザマだ、という意味で収集したのだと、老人の僕は気がつくのだ。これも、人生の経験のなせる技である、と思いつつ。疲れたのでコーヒーを飲んで、一休みしたい。場所は馴染みのアンテンドゥ、である。今まで、アンデンドゥ、と発音していたが、スペルから気がついた次第。何語か知らないが、ローマ字も結構、粋だね。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

これも全部ウィーンのヴィデオから

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永遠の生命と、水彩画の構築と京大名誉教授飛鳥井雅道氏の死

 パソコントラブルは、あっけなく解決した。爆進的に直進するパソコン技術と逆走する歴史研究の、渦の中で。僕に昨日、古書「中江兆民」(吉川弘文館・人物叢書・飛鳥井雅道著・平成11年・1999年)が着いた。飛鳥井先生は、僕よりか概ね十歳上だ。その先生が、その本を書き終えたのは、なくなる一年前である。1999年四月に先生は「はしがき」をその本の冒頭に書いて、僕はパソコンを叩きながら、酸素吸入をしている。と、書いているから、亡くなられたのはその後一年も経過しない頃だ。僕は、この本で、僕の大逆事件研究(その関わりとしての)を終えることができる。身辺にいた、僕の知る事件関係者も、全部冥界に行ったので、僕もそう遠からずそうなるのは、必定である。僕は、だから絵を描く。昨日も、不調のDVDディスクを、なんとか正常に戻して、やれやれとウィーンを観た。ウィーンのカトリック伝統をまざまざと観て、僕はオペラハウスの前に、再びキャンバスを建てた自分を想像した。のだ。で、中江兆民。を、読んだ。すごい本である。要は中江兆民は幸徳秋水の先生なので、あるが。この人物、僕らの年代にとって実にややこしい人で、理解不能だった。この人を理解できないということは、日本の近代が正確にわからない、ということなのだ、と知った。のだ。で、僕は苦労していたのであるが、飛鳥井先生のおかげで一気に解決した。坂本龍馬も出るから、わかってしまうと、スッキリする。わからなかったのは、僕が明治学院でイギリスアメリカのキリスト教を勉強していて、フランス系のそれは全く勉強していなかったからである。言うまでもなく、中江兆民はフランスに留学した人だ。つまり、どちらかというと、絵画派なのだ。で、引き込まれて読んでいるのだ。まさか、フランスの絵画派が大逆事件と関連してくるとは、思っても見ないことである。今日はこれまで。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下のウィーンショートカットは全部僕のヴィデオからだから、全部僕のものだ。で、どれも、絵になり、きっと売れる。と、確信できる。

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2019.06.10

永遠の生命と、水彩画の構築とウィーンヴィデオのパソコントラブル

 表題の件は、僕をすっかり戸惑わせた。昨日はヤマダ電機、ビックパソコン館、ワイモバイルと三箇所を回り。結局僕が自分で直に、家で台湾シャープに電話をしなければならない、という経験をした。不思議なことに、水彩画用紙の件も、自分で電話して販売元のクサカベに電話をして解決した。が、どれもそれらの、それの場所が分断的になっていて、正しく商品情報を統合することができない、現実社会の商売の現実から、起きてくる、とわかったのはいい勉強になった。ヴィデオのトラブルは、マックのパソコンから始まったが、僕の使うMacBook Proそのものの欠陥ではない。ということから、問題は生じた。要するに、僕の長いパソコンライフから僕の経験として、パソコンに内蔵されたDVDが不具合である、という僕の間違った先読みの認識は、かなり前から内在していたのは、単に。調子が悪から、いよいよ壊れたか、という、以前にできていた認識が起点である。その不具合は、他愛のないもので。今では不具合ではない、とわかる。僕がウィーンDVDを使っているときには、ベットの上で足を投げ出し、その上でパソコンを見ていた。それが、原因である。あるいはウィーンを描くために、ベッドの上に置いて、その側にキャンバスを立てて、それでヴィデオを見ていた、からなのだ。他愛もない原因はそれで、パソコンがDVDに必要な、デリケートな水平を維持できず、少し傾ぐので。DVDがその傾き具合によって、カサコソと音を出していたのである。それが、いよいよ寿命であるか、と思っていたので。それでさらに、ヴィデオの画像がさらに、飛び始めたので。その原因が、まさか傾きであるとは思っても、いなかったのである。ヴィデオそのものは、20年前のもので。それは以前から見ていたが、絵画的環境設定をしたのは、なんどもここで言っているように、ウィーン水彩画を描くためである。画家としての定点描きは宿命であるが、それでもっぱら油彩では自分の撮った写真を利用していた。フランスの印象派の画家たちも、アジェたち写真家の写真を利用していたのは、わかっていた。今の時代であれば、ネット上から他人の写真の利用、も可能。なので、それすら利用していた僕は悪人である。で、まさか。自分が撮っていたウィーンのヴィデオが、絵画に利用できるとは思っても見なかったのである。しかし、水彩画は、もともと精密画は描けない。基本画材が水である以上、油彩のような硬いものは不可能なのである。で、まさかこれで、絵画のジャンルで軽く扱われる水彩画の現実を知っていたから、僕も長い間それだった。で、この歳になって道具立のくどい油から卒業せざる得ず、しかし絵は描きたし売りたし、という自分の欲求から。世界堂の画家に相談し水彩に至っていたのである。それとて、約2年も前の話で、なかなかうまくはいかなかった。試行錯誤を繰り返し、ウィーンをモチーフに選びたくなって、20年前のヴィデオを再見したところふと。気に入った場面を一度止めて、その場所に立つ自分。のキャンバスをそこにたてていると、仮定して。その場面を見て、びっくりした。僕は、いつの間にか、ウィーンにいて、その場所にキャンバスを立て、描いている想像が成立した。のには、自分ながらびっくりした。僕は、いつの間にかオペラハウスの前にキャンバスを立てて、ズーズーしく絵を描いている、ではないか。ということを発見した。僕は、不具合のヴィデオを直すべく、ビックパソコン館に行った。久しぶりである。で、解決の前に様々な現代的不統一を経験していた、ということなのである。わからないかな、この説明では。今日もウィーンを描く。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下のヴィデオショートカットは、全部僕が撮影したものです。絵を描くために今利用中です。

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2019.06.09

永遠の生命と、水彩画の構築とウィーンの地図とホテルモントレ銀座

 銀座にホテル「モントレ銀座」がオープンしたのは、2000年6月だから、僕がウィーンのホテルインペリアルに宿泊した時とほぼ同じ時期である。まさかあのホテルが、アコムであるとは、思っても見ないことである。あの時に発行された「銀座WALKING」という雑誌にそれが載っている。VOL・4 2000・5・6月号 という古い雑誌であるが。これが、無料。という雑誌で、僕の本棚にあったものだ。美しいお嬢さんがにっこりと微笑んでいるが、この人の名前が中村綾子さん。全く知らない人である。が、この雑誌では触れ込みとしては素人のOLである。考えてみると、おかしな話で、ふとしたことから夫婦でヨーロッパ旅行をしようということになった。確かそれが、スイスだっと思う。あの頃はスイスエアー(倒産)という有名な航空会社もあって、僕が勤めていた日比谷日活本社に、長い間ショールームがあった。で、なんとも奇妙なのであるが、その時期、盛んにスイスツアーを宣伝していて、今はないがスイスルームなどという特別宣伝隊までが、銀座に店開きしていた。そこに行って、つい行ってしまったスイスを、ここで盛んに書いているのである。その勢いが、今度はウィーンに行くか、ということになったのは、全くの偶然である。若く勢いがあった僕たちはなぜか、またヨーロッパに行きたくなって、プライベートが許される旅行プランに興味があって、そこにまず申し込んだ。が、そのグループは集まらず、不成立となった時。ここからが話で。不成立なので、隣の旅行会社ならあるいはということになって、行ったら目的的に。まさに、それではウィーンでいいものがあり、全く個人旅行ですから、お任せください、ということになった。その宿泊ホテルがなんと、全く知らないホテルインペリアル、だったのである。別に頼んだわけもなく、安いツアーの代わで費用も予算内で、個人でぶらぶらできるウィーン、ということになった、にすぎない。これが、今僕が利用しているヴィデオなのである。僕は帰りぎわに、「HOTEL IMPERIAL VIENNA」という本を買って、今でも大切に持っている。のだ。その副題は嘘か本当か、僕にはわからないが、なんと「THE MOST FAMOUS HOTELS IN THE WORLD」となっているが、今改めてみると、そうなのかもしれない。と、思っている。実際、あきれた話で、全くの偶然で。スイス旅行は、ある程度自分の意思(プロテスタント発祥地の一つ)もあって、世間の景気や旅行商売と僕の懐具合との一致、があったのであるが、ウィーンだけは本当に偶然の偶然である。実はキリスト教徒の僕にしてみると、確かにオーストリアという国は、興味の対象であることは止むを得ない。のだ。なぜならハプスブルグという家は、カトリックの政治的象徴のようなもので。中世キリスト教の実態を考えると、これだけは外せない家系と国なのである。ヒトラーさえ、ここで生まれ、あの世界大戦を創造したのであるから、誠に馬鹿げた話で。僕らがキリスト教の歴史をやればやるほど、本当に情けなるほどの事態なのである。その実態を解釈しようとしても、それは東洋人で日本人の僕にはできない相談で、まるで歯が立たない。それでもやはり、偶然ではあるが、行ってみるとハプスブルグという不思議な家系は、所詮スイスあたりの貧乏貴族の偶然が重なったもので、偶然の力量を知る、ということにもなるのである。ほとほとわからない、世界の動きを知ることは。所詮スイスの神学者ブルンナーが構築した、キリスト教神学の基礎の基礎に、寄らざるを得ないという、話で。それ以外では、全く訳が分からなくなるので。僕の、銀座雑誌からウィーン、さらにスイスまでの僕の軌跡がわかるだろうか。で、僕はウィーンの絵を水彩で描くつもりだ。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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写真はだいたい僕のヴィデオからショートカット。ここはウィーン郊外のベートベンの家、に行くための市電の終点あたり。

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これはシューベルト像。ウィーン市内。

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これはバロック式の教会で、カトリック。ウィーン市内。

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これは宗教改革でカルヴァンたちが乗っ取って、プロテスタント教会にした元カトリック教会。これはスイスのジュネーヴの写真撮影。ヴィデオショートカットではない。

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これは、宮殿(名前は忘れた)の庭、ウィーン市内。有名な宮殿は二箇所ある。そのどちらか、あとでゆっくりと地図で調べたい。

 

 

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2019.06.08

永遠の生命と、水彩画の構築とウィーンの地図

 僕は今、ウィーンの20年前のヴィデオを見ながら、水彩画に利用できる場面を探している、ということは書いた。が、自分もそのヴィデオ(自分で撮影)を見ながら、油絵に利用としていた自分を思い出している。油の場合、結局静止画でないと利用はできない。その時、水彩画という目標は全くなかった。世界堂の画家から示唆を受けて、水彩画も面白いと思い随分時間が経過したが、どれも無駄な時間ではない。どれも貴重な、水彩画の現在形を進める上で、どれも皆、素晴らしい努力なのだ。で、達したのは同じヴィデオ(120分)を100回ばかり見ることである。見ることか、観ることかは定かではないが、その程度見なければウィーンを描くなどという営為には及ぶものではない。この「100回見」を覚えたのは津波動画を散々、何度も見たからである。何度も見ると、もちろん言葉にできない僕の心の中に、一杯津波情報が入ったが、それはそれに対処した人間を研究していたのである。浅くない結論は深すぎて書けないが、深いと言ってこれほど深い思いもない。浅丘ルリ子のブロマイドを親父に内緒で、何度も穴のあくほど見ていた二十歳前の自分を思い出している。いい思い出だ。その思いに近いものが、津波動画にはある。そこに人間が感じる深い想い。は、そうすることによって僕に、深く伝わる。それで、僕は自分で撮ったウィーンヴィデオを最低100回は観る決心をした。その上で、そのヴィデオを撮影したウィーンの、その時の地図まで出して、ヴィデオの撮影場所を見ながら、なるほどここらを歩いていたのだな、ここらで市電に乗ったな、ここがヴェートーヴェンの森、かなどと頭に描き、その全体の流れの中で、僕が今、ウィーンの水彩画を描こうということなのである。この想定はかなりスケールが大きく、描いた絵をネットで売る計画でもあるから、時代には逆らってはいない。買っていただいて、その人の部屋を飾るのであるが、飾るにふさわしい絵にするべく、努力することの楽しさは、人生も最高の経験である、と思っている。のだ。で、実行するのであるが、その前に、僕はくどくここで書いて。僕の絵描きとしての心がけを披露したのである。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下の写真はウィーンヴィデオのごく一部から、切り取ったもの。しかし今や、ショートカットは必要がなく、ヴィデオを停止して描けば描けることも経験済みである。ともあれ、同じウィーンヴィデオで何度も見ることが大切である。絵画的感興は、そこから生まれる、と信じている。動画の停止箇所は絵画的に見ても無数にある。

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永遠の生命と、絵画への欲求のために

 

 

 明治学院から古い本を出してもらい、期限に縛られるのが嫌で昨日返しに行った。8時半ごろ家を出て働き人の中に混じり、その凄まじいスピードとエネルギーに辟易しながら、揉まれて白金高輪に着いた頃は、混み合っておらず。そこで降りて、ふといつもの出口とは別の、反対側(明治学院と)の出口から出てみようと、思った。のが、異世界への入口となった、とは。びっくりである。自分は明治学院に学生時代は10年も通い最近では、懲りずに図書館通いもするから、家からのこのルートは最近では白金台から、白金高輪なのである。それこそ、通い慣れた卒業生であって、なんの貢献もしていないで利用だけしていて同窓会費なども払っていない。卒業生なのであるが、キリスト教の研究をすると、どうしても明治学院の図書館は馴染みの図書館になる。もちろんその使用には頻度のばらつきがあるが、だいたい考えてみると、かなり利用している卒業生であろう。学食のラーメンを食いたくて、コーヒーも飲みたくてずウーズうーしく利用しているのである。で、昨日はそうもいかず。とりあえず大切で貴重な、蔵書以来僕だけが借りた古い本を馴染みのカウンターに返して、駅に戻った。のは、戻り方に意図があったからである。図書館に行くときに、反対側に出たのであるが、実は心の中でびっくりしていた。いつもの出口付近は、だいたい知っているが、近くに有名な江戸時代の四十七士ハラキリ現場があり、その先は泉岳寺で今盛んに新駅を作っている場所に出る。ことは、わかっている。ので、そのルートは実は昔はしけた雰囲気があって、その後今のように再開発された広尾方面に抜けていく、昔の僕の高校時代の旋盤工アルバイトの工場のあった場所なのである。僕のネジ屋のTも、家に、同級生なので遊びに行ったことがあり。僕がでかい工場でアルバイトをしていることを彼は知っていた。臭い(当時)安いラーメンを食って、今よりも痩せていて神経質な僕は、目ばかりギョロつかせて、せっせとアルバイトをしたのは、学校に求人広告が出ていたからである。僕が働く(労働者になる)という経験を自らに課して、働いたのは。結構それをやって、勉強などはしていない家は。建築設計業で、職住が一緒の由緒ある設計会社で、それなり戦後のブームに乗っていたから、深いことは当時わからなかったが、貧しいという家ではなかった。でも僕は、労働者になりたかった。で、内山という今は全く連絡もない同級生と、絡んで働いていたのである。その工場跡地を再開発し立派な道路を貫通したのが、今の大通り白金高輪駅周辺のことなのである。で、僕は当時を知っているから、当然その工場がどうなったか、とか。Tはどうなったかなどは昔から気になっていたのである。が、その方向は、明治学院と反対側なので、どうせしけた場所に違いない。いくら立派に道路ができたとしても、と。長い間思っていたのである。だから僕が初めにそこにいく時には、全く違っているな、異世界だと軽く思って初めに書いた。が戻りぎわに、実際驚いてしまった。そこは道路はともかく、再開発ビルが厳然とあって、その駅に通じているその場所は、まさに六本木と変わらないデザインと街に様変わりしていた、ので。僕はそこのスターバックスでコーヒーを飲むのもやめて、早々に池袋の世界堂に行き、自分の水彩画を描くために準備した葉書大の最高級画用紙を買って、家に帰った。帰り際、僕の馴染みの駅前のアンデンドゥで、馴染みの店員さんに挨拶をしてコーヒーを頼み、岩波文庫の「フランス・プロテスタントの反乱」を読んで家に帰った。なんとも、不思議な気がして、僕は全くなんとなく、嬉しい久しぶりの雨で、サラリーマンではない僕の特段の待望雨、になった。と、思った。のである。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

以下の絵画は全て私が実写したものです。ジュネーヴの美術館です。

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2019.06.07

永遠の生命と、フランス革命前夜

 昔読んだフランス革命ではマリーアントワネットの死刑が出る。興奮した人民がバスチュールの牢獄を解放する。多分政治犯を入れていたのであろう。今日本には、こう言ったことを起こす前の政治犯の牢獄者はいない。江戸時代には、いたようだ。明治になって近代化された日本は、この政治犯の収容に手こずる。今もおんなじで、体制側にすればなんとか事前に犯人を抑えて、社会を維持したいと思ってはいるが、そんなことは日本ではできない。が、中国は平気で今もこれをやる。人権の国のアメリカは、これを秘密にやる組織がしっかりしている。様子がある。イギリスなどもドラマ刑事フォイルは終わったが、その最後の場面は大戦中の秘密組織の二人の責任者が、ともに自爆とその巻き添えで社会から抹殺される場面でそのドラマは終わった。見事なもので、名作であろう。ポワロさんも好きだった、がフォイルドラマも傑作だった。などと思いながら、昨日、明治学院図書館地下二階からえらく昔の本を出してもらった。書かれたのはブルンナー四十八歳の作品。古いと言っても私の生まれる少し前1939年の作品である。英語。訳したのは英国人か米国人かわからないが、ブルンナードイツ語を英語に翻訳したもの、である。その本を所有していたのは秦庄吉。明治学院に秦さんの蔵書が寄贈されて、その文庫が一式残っている。その文庫の中にこの本はあった。今まで誰も借りていない。もちろん秦氏をWikipediaで確認したが、予想通りなかったので。少し書くと、私の知るフェイリス女学院の院長であった山永武雄夫妻の父上である。旧制の明治学院で教授をしてアメリカに渡り牧師をしていた。で、ものすごく古い話であるが、フランス革命より新しい。この日本語訳「人間」を読んでいるから、英語で読みたくなったのである。今もアメリカでは売っていて、約2万円はする。とても買えないので、明治学院図書館に行ったというわけである。池袋のキンコーズで一式コピーをとればなんということもないので、行ったら一式コピーはできない規則だという、以前であれば、できたと思う、が。今はダメだ。で、自分で少し取って製本をして帰って来た。コピー会社キンコーズも、過日の面影はない。で、フランス革命。ともかく街を歩いていると、すごい不満が街に溢れ散る。どう説明して良いかわからない。今稼ぐ人たちに、昨日の暑さはこたえる。真夏でもないのに、たいした温暖化だ。環境破壊であろう。皆不満不快だが、どうにもならない。フランス革命前夜の雰囲気が池袋の街を覆う。表面は華やかに見える街の中に滞留して渦巻く欲求不満は、老人に向けられる、自分より貧しいものに向けられる、弱い子供に向けられる、のは世間にフランス革命前夜の雰囲気があるということである。これを解決するのは、一体何か。何か世界に大大事件が起こる予兆であると、僕は感じて家に帰って来たが、その前にコンビニで百円コーヒーを飲んてアイスクリームを食って、地下鉄で帰った。自分でコピーする製本はせいぜい100ページぐらい、キンコーズの製本だけは、短時間で見事にできた。僕はこれを日本語の本と突き合わせて、「人間」を考えたいと思っている。著者ブルンナーはスイスの神学者である。彼が、思想としてのソビエトを破壊した人だ。と、最近知った。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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上の写真はブルンナー、若い時は一層鋭いいい男ぶりだった。が、大戦を経験し、自分の神学を再構成しなければならなかった。が、基本的にはキリスト教的原罪をしっかり所有するキリスト教神学の神学者。その歴史理解に間違いはなかった。で、新たな戦後世界に思想的指針を与えて死んでいった。その人の本が、僕の明治学院高校の教科書だった、のだ。その英訳が下の写真のもの。アマゾンで今も二万円もする本である。

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この写真は、内村鑑三の不肖の弟子、有島武郎の心中をした軽井沢の家。移築されて写真のこの場所に来て、現存していると思う。僕が行った時は、コーヒーショップだったが、今はどうかな。

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遥か前に日本に来たザビエル。ウィーン・シュテファン教会に祭壇のある人。僕はそこにお参りをしたことが。が、僕だけであろう。僕はその時、いわゆる観光客ではない、という意識だった。

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これはシュテファン教会の祭壇。僕の撮った写真。ザビエルの記念祭壇は写真の左端に見えるものだと思う。正面が中心祭壇。写真はヴィデオからのショートカットです。

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これはブルンナー縁のスイスの首都ベルン。チューリッヒからは近い。若きアインシュタインなどにも縁がある場所は、この撮影現場からも遠くはない。

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ウィーンのマイヨール作品、だと思う。僕の撮影したもの、いいですね、最高の作品です。ヴィデオからショートカット。

 

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2019.06.05

永遠の生命と、ブルンナーの人間論の、自然主義神学の中の非自然主義

 熊沢英昭が自分の息子を殺したのは、自分の息子が他人の子供たちを襲うと言う、横浜の例に倣った行動をするのを恐れての凶行であると、報道された時、僕はブルンナーのような。西洋の神学者が言う自然主義神学がわかった、ような気がした。西洋では自然と神は、実は対立する概念である、か、それとも親和性のある概念であるかは、西洋思想の論争の真髄である。誰も簡単には、論理化できなかったのだと、七十七歳になってやっと理解できた。今まで若い時からキリスト教の神学らしきものに触れてきた明治学院の、僕と言う秀才は。やっと自然主義神学が読めた。のである。昔から自然主義神学とは、何かと思っていた。まさか、こうも明確に対立するものだと、は思ってもいなかったのは。僕が純粋なアジア人で、日本人であるからであろう。日本人の文化的伝統に従えば、自然は人間と対立する概念ではない。言うまでもなく日本の伝統的な宗教は、自然的である。それを自然の中で、自然に会得する我々には、わからないことと言って自然と神が不一致で、まさか対立するものなどとは、思っても見ない夢物語である。神は自然を創造したとは、聖書にある通りだが、まさかその深いところで絶対対立がある、と言う概念を神学が生み出していたとは、まさかもまさか、である。これは、日本人がキリスト教をやって一番わからないことであろう。要するに伝統である。その例として、フランスなどの整然とした都市計画では。日本などよりも自然を大切にする。それは一定の区画や確然とした差別的地域の隔離された部分(絶対対立)、として、いわば自然を「飼っている」ような感覚である、と言うことがわかった。僕は、スイスの自然が好きであるが、その圧倒的な自然の力量を制御するのが、スイスの神学者ブルンナーたちの、スイス人らしい人間意識、概念のもたらすところだとは、知らなかった。彼らは自然と対立しつつ、それを制御したのである。それが、今のスイスの観光資源となっている。それに比べ、日本のそれは、人間といつも一体的で、制御というより親和的でつましく、決して制御しない、されないものなのだ。僕は、西洋の技術文明が明らかに明確な意識のもとで、横浜から新橋に鉄道を引いた時、非難した日本人の一人と言って良いと思う。日本の広重のモチーフをぶっ壊す親和性のない鉄道は、今は言うまでもなくますますその技術パワーを発揮して、広重をぶっ壊し続けているのであるが。僕はこれが西洋文明の特に、キリスト教の自然神学の真髄であるとは、気がつかなかった。明らかに、キリスト教では、人間意識と神の意識の対立や、もっとも自然的な人間の意識を自然と対立させて、明確にして。神と人間を裂く。で、神の創造になる人間の現実を見事に書き出し。神の絶対性を基礎に、人間の原罪性を明確にするのがブルンナー神学なのだ、と知った。まさに、僕は熊沢英昭が日本人として行った、そこに人間的な行為を自然的人間と解釈する、日本人の矛盾を見た思いがした。のは、昭和31年に出版された、ブルンナーが1937年にすでに書いていた「人間」を読んで。僕はスイス人の彼の。キリスト教の考え方が、わかったと思った。のは、明治学院で、僕もカルヴァンという宗教改革者の書物「カルヴァンの人間論」(トーランス著・昭和32年・教文館)も、高校の時に読んでいたからだと、自分を知った。話が難しくなったのは、いわば自然と人間人格との唯物論的対立が、日本の今の世の中で。一段と深くなった、日本の現状を憂うからである、と言っておこう。今日も僕は、絵を描く。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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上の写真は全部僕が現場で撮影した。カルヴァンの家やその教会正面、とスイスの湖に突き出た城。それこそ山のようにあるが、さらにその一部も掲載したい。

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2019.06.04

永遠の生命とブルンナーの人間論の終焉と絶望、について

 

 

 熊沢英昭が自分の子供を殺した時、僕は家の近くに起こったこの事件が横浜カリタス小学校事件の影響であったと、知った時。書かざるを得ない、自分を悲しんだのは。犯人の熊沢が僕と歳がほぼ同じで、その気持ちが多少とも伝わるからである。第一に横浜小学生殺傷事件についてもここで書いているし、自分の息子があろうことか同じ事件を起こす可能性を遮断した父親の決断だったと、知った時には。全く書くことの無意味を思い知らされた。ブルンナーの「人間・その現実と真実」(昭和31年・1956年新教出版社)を読む無意味を感じた。読む、と言うより何か三島由紀夫を思い出した。要するに行動論である。僕のような人間が、この行動論に思い至るのは、一種の人間絶望論で、あって。キリスト教徒の僕が、絶望論で進むことなどできるものではない。し、僕には、三島ほどの行動が起こるとも考えられない軟弱であるから。僕は人間論(ブルンナー)を読むことにした。三島由紀夫の事件を経験した同じ年代としての僕に、殺人を犯した熊沢英昭と三島との繋がりを、想起させた。が、殺人はカインの末裔(有島武郎著)の主要テーマとも通じる人間論なのである。だから内村鑑三は、有島の離反をいたく悲しんで、再び会いたくないと言ったようだと、知るのである。熊沢が多分農林水産省の役人になった時(推定・内村鑑三の最初の勤務先)、僕は三島事件のあの時に、その脇を通って内幸町のあるビルを目指してタクシーに乗っていた。タクシーの中で、三島が事件を起こしたと知った。タクシーはちょうど皇居前あたりで(事件を聞いた瞬間、その時は)農林省の前を過ぎれば目指すビルだったので。熊沢はその時、農林省のでかいビルのどこかで仕事をしていて、二ユースはかなり後で聞いたのであろう、と推定している。ただ時代の風であった三島は、同じ東大だから、いくら三島が旧制の帝大時代の人間とはいえ、その精神論は繋がらざるを得ないのではないか。僕などは明治学院だから、聖書的精神論であるが、それがイエスキリストの磔刑の精神となっているのは、本来僕も磔刑組でなければ治らないものであろう。だが、僕はローマ帝国の迫害を受けるイエス以後のクリスチャンではないので。現代のクリスチャンとして多分他人は不満であろう。クリスチャンならそれぐらいはなんでもないだろう、と言われることのない時代でも、茗荷谷のキリシタン屋敷で新井白石の尋問を受けて処刑された、最後の宣教師シドチのことは、僕はよく知るのである。僕は、その地を度々訪れて、江戸時代のその辺りのキリシタン屋敷の佇まいを、しのぶのであるが。僕は自分が十字架につくとは、正直思ってもいないクリスチャンなのである。で、そんな軟弱なクリスチャンで世のため人のために、何もできないではないかと、言われるのは目に見えている。僕は三島があの事件を起こした悲惨を現場で新聞撮影をしたのが、僕の明治学院時代の同窓生であるとは、知ってはいるが。その人の顔も名前も、あったこともないので深くは知らない(高校時代で組みが違うので)。し、三島の盾の会には、明治学院のものもいて、三島の介錯をしたと言う人もいるぐらいであるから、僕の心境は複雑にはならない。ほど、冷めたものになっている。のは、僕が祈るからである。もう遠くの話であるが、僕の牧師のフェイリス女学院の院長だった山永武雄は、これからは犠牲的社会事業は、キリスト教から一般社会事業へと変身していくと、予想していた。もっぱら、古い犠牲的社会事業はキリスト教(あるいは他の宗教)の専管事業であったが、きっと社会がそれを担っていく時になるだろうと、山永は予想していたのである。それは、見事、その通りになって。個人的犠牲的精神は、失われてしまったような表面的現象の社会になって。若い人は、きっと物足りないであろうと、思うものの。これが社会の発展であると言うのは、確かに弁証法でしか書けないブルンナー的人間論ではないかと、思ったのである。僕も現在は社会福祉非実行型のクリスチャンとして、ただただ残念であるが、僕はもっとしっかりとブルンナーの人間論を読むつもりになった、今朝であった。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2019.06.03

永遠の生命と発行部数と実売部数、という記事

 毎日新聞今朝のニュース(六月三日月曜日)でかしら書きの問題を読んだ。実にデリケートな問題で、商売としての売文の「凄さ」「真剣さ」にびっくりした。僕などのように全くの素人のブロガーが、どしどし書くこの祖父ネットは、要するに宗教ネットという意識であるが。全く売れるとは思えないものである。もし、言論の自由というものが今も生きているのであれば、これこそ自由というものであろう。ただし、この自由。罵詈雑言であれ、高邁な信仰であれ、大して違いはない。のかもしれない。要するに、ただなのだ。僕などは、明治学院大学文学部を卒業したとき、出版社などという高邁な会社に就職を希望しなかったのは、漢字に弱く思想に興味があるので、とても僕には無理だと鼻から決めてかかっていた。で、そう言った売文系には行かないで、体を使うサービス系のホテルマンになったときには、同級生に笑われた。が、笑った人たちは一体、今。どこに生きたのであろう。当時の大学では大学が、ほぼ15%にもならない時の新制大学のエリートだと言われた理由など、その時知る由もなかった。戦後の1964年あたりのことで、高度成長が始まったばかりの就職で、就職を特に。今のように考えたことはなく。ともかく社会に出て、なんとかしようという程度の意識でTBSも受験したが、深い意味があったわけではない。そんな僕でも生き残って今幸せに、祖父ネットなどで基督教の宣教をしているが。僕は神は全ての人間を救ってくださると思っているし、それも無料でお救いくださる、と本気に思っている。ただこう言った想いは、成功した老人の妄想で、僕にはなんの参考にもならないと、いうのであれば。さもあらん、説得のしようはないのである。で、有料のキリスト教の分厚い神学書を買ったとして、教会に行ったとして、果たしてわかるものなのであろうか。と、ブロガーの僕は言いたいのである。どうも本の出版会社が、作家に払う印税は発行部数なのであって、要するに一冊売れたから幾ら払うということではないようだ、と出版業界の商売の秘密を知った、ので。新潮社に金お受け取りに行く、僕の先輩の天才小説家島田清次郎のベストセラーぶりと、彼に入った金の関係が、やっと読めるようになったのは。僕の今朝の収穫である、と言える。要するに、出版の自由とは、なんら関係のない、デリケートな経済問題なのである。で、一品一作の絵画から見れば、いたって他愛ない問題であると、言っておこう。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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この上の本の島田清次郎は、僕の誇る明治学院の先輩である。当時、新潮社から小説が出て、彼は一躍時代のスターになった。極貧の彼が、新潮社に自分の売り上げを取りに行く場面が、僕にはイマイチ不明だったのである。

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永遠の生命と僕の友人と西武線

 僕は今日、池袋で友人と会う。その友人は明治学院中学高校の友人で、教会も一緒の友人である。彼の兄上も別のミッションスクールで、彼の今の職業は建具職で、縁あって彼がそこのお嬢さんとバッチリ結婚したことから起こった彼の職業である。彼は大学に行かず、明治学院高校を卒業し、銀座のさる有名な呉服店に就職した。銀座の呉服商は、新橋芸者と言われた時代の名残を受ける人たちを相手にする、商売をしたのだと思う。その最後の繁栄を写す銀座で生きた彼は、僕をある日、あずま踊りに誘ってくれた。しかし、僕は。そんな贅沢な場面が。今思うと夢の時代の貴重なもだと、今は思うものの。当時は、僕などのわかる世界ではなかった。もっとたのしめばよかったのであるが、惜しいことをした。が、今は昔なのである。華やかな舞台の印象は強烈ではあるが、まさに夢の異世界である。で、その商売に精通する働きビトになって、それこそ様々な、僕の知らない経験をしたことだろう。それを聞き出すのが、目的ではない。ある芸者に誘われてついていくと、なんやら見慣れない怪しい路地を曲がる、などと書くのは僕の妄想に過ぎない。そんな経験とて皆無ではないと思う。で、彼はそんな生活を一切僕に告白せず、銀座を引き上げて、いたって硬い職人の世界を生きたのである。彼は、そこにプラグマティックな人生観が、いかに地に足をつけたもので、そこにこそ生きがいのあるものを見出し、ていたに違いない。で、彼に会った。で、もっぱらいつものように、僕が張り切って話したのは。僕らが使っていた明治学院の教科書、いうまでもなく「我らの信仰」(ブルンナー著)である。その冒頭は、「神は存在するか」。その最後の章は、「永遠の生命」である。と、僕はその教科書を見せて、今や僕らもここにきてしまったね。これ以上の、人生問題は、ない、と二人でコーヒーを飲みながら話した。彼はがんを患ってしまい、中学生では僕の方が高かったせいを高校生で抜いて、一緒に教会に行っているときは、まるで眠狂四郎ばりのいい男であったな、などと話しながら。僕らは二時間ほどそこにいた。それで別れたのであるが、彼は納得したような顔をして、いたが、その教科書は覚えていないと、僕に言った。であるにしても、彼の心の内奥に残っている火が、確かに燃えたことを僕は、確認したと勝手に思って。彼は西武線で帰っていった。

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 筒井友美作品。

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上の本はドイツ語原文から英訳(1936年・リリング・英国)された、ブルンナー「我らの信仰」。この本は実は、戦前の昭和12年日本語に翻訳され、すでに出版されていたもの。それを明治学院は戦後、僕らの教科書として使用した。ただ、この本を書いた後、第二次世界大戦を経験した神学者ブルンナーの思想は、人類のその大悲惨を受けて一層深められ。新たに「基督教のつまずき」を執筆した。この本名作だと思うのであるが、今は誰も読まない。僕は、この傑作で、本当の意味で基督教が分かったと思っている。

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2019.06.01

永遠の生命と絵画のネット販売構築

 絵画のネット販売、と言う高い志を持っているのは、僕だけであるかもしれない。販売構造は二つのネット機能で考えている。一つはこのココログの機能(有料)を使うもの、もう一つはWIXという無料のものである。いうまでもないが、WIX有料画廊を開設していたが、有料期限が過ぎたので無料ネットに戻った。そこで、今更ながらWIXにお金を払う気がないので、大幅に機能低下した無料WIX機能を使って、そのまま絵画を売ろうという魂胆である。それは可能か。僕は可能と見ている。少し準備に入ったが、一方肝心の絵画制作は順調である。絵画そのものが良いものでなければ、いうまでもなく絵は売れない。しかし、それには、今までの経緯から自信はある。それよりネット販売という方法が、果たして通用するのか、興味がある。有料の前回は惨敗であるが、経験とは恐ろしいもので、以前の惨敗経験がなんとなく生きていて。もちろん売れるというより、一段高い状況で。販売を可能にしてみたいのだ。で。まずWIXの既存画廊(杉山勝己画廊)を今整備している。その上、妻がスマホを持つようになったので、画廊での販売の見え方を確認できる。今まではガラケーであるから、イマイチWIX画廊の見え方がわからなかった。しかし、今はすぐ確認できるから、なるほど。と、思いながら飾り付けをしている。一方、作品制作は水彩方式を主軸にし、油彩を放棄せず。油彩と、水彩の特徴をフルに生かした、絵画ネット販売を目指しているのである。画家を志す(画家で生活したい芸術家のこと)人が、参考になるようなものを創るのが、僕の生きがいで、それには自分で実験しなければならない。もちろん画家が画廊を自らが持つ、という実験はタダならないことは、いうまでもない。小説などは、アクセス量を図りながら書くことができるが、あくまでも無料でも、それを有料化するのは意外に難しいことである。だが、絵画はむしろ印刷できない一品もの、という大きな制約があるから。その呆れるばかりの困難を利用して。このような、恐ろしい言わば社会の変動。が、面白い変化であると積極的に受け留め。ネット宗教に引っ掛けて言えば、宗教は無限大の問題(永遠の生命)がテーマだから、社会で一番弱いようで、一番やりがいのある機能と、思っているのである。で、僕は「永遠の生命」と価値の高いこの世的絵画制作とを絡める仕事、として。愉悦この上もない。ということに、なる。わけだ。

 

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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僕が昔、浅間山を描いて示現会に出品した時のものです。100号(畳ぐらいでかい)で油彩です。

 

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永遠の生命と画家佐伯祐三の幸せ

 武蔵野美術大学で学んだ画家が、佐伯祐三のアトリエ(公園になっている)を見てくれたと知った時は、嬉しかった。僕のローマ字愛好は、佐伯の影響と明治学院の創業者ヘボン、の影響であることは言うまでもない。佐伯は大阪の裕福な寺の息子で、裕福であるがゆえに美校(今の芸大)にいく。早速アトリエなども東京落合に建ててもらいドンドとパリに行く。そのパリでローマ字に巻き込まれるのは、当然のことで。いろいろあって野獣派と言われる農場をやっているブラマンクに、絵を見せると。お前のはアカデミズムだよ、と揶揄され。がっくりきたものの気を取り直し、ドンドドンドと描き込んでいくが、最後は頭がおかしくなるほどのめり込んで死ぬのは、有名な話でなのである。僕などは、ローマ字の本場ヘボンの明治学院に10年もいたから、それも戦後で。ドンドとやる前に、日本に勝ったアメリカ嫌いが先に立って、助かったものの。佐伯カフェーのローマ字には、ほとほと参るほど、魅了された。ので、僕は結局カフェーなどを描く画家になった。そのおかげで、絵も売れたばかりか、東京などは、まさに佐伯祐三街に、なっているが、それは佐伯の前衛があってこそできたことだとは、誰も今は思ってくれない。ので、僕の友人の画家が、佐伯アトリエをやっと、訪れてくれた。それも中村彝アトリエも。見てくれたと言うのには、僕は満足したのである。確かに、ローマ字など今は平凡で、今後の世界の世界語文字であるが。ローマ字に代表される欧米文化は、これからのAI文化社会のベースになっていて。そのローマ字を芸術として表現した佐伯の先行性を、僕は高く評価するわけである。実は僕は、今。街に溢れているカフェーのローマ字を、さらに絵画として描いて売り出したいのである。が今は、街に出て、画家として。そのローマ字場で描くことには、いろいろ障害がありすぎる。例えば銀座で描こうと思っても、その店の前でキャンバスを立てることなど、とても出来ない相談なのである。しかし、現場で溢れる魅力を描くことこそ、実は大切な画家の作業なのであるが。それを、比較的小さな作品に仕立て、とても素晴らしい絵画としてネットで売るプランは、すでに完成しているのだから、あとは実行するのみの。僕なのであると思ってはいるが。それができないのでカメラを利用していたのであるが、それももはや僕には少し一歩後退的な感じがあって直に描く方法はと、いろいろ暗中模索していたのである。佐伯の時代などは、パリのモチーフの前で、堂々とキャンバスを立てて描いたのは当然であるが、その結果の迫力を超えるのが僕の目的で。そう言った僕の主目的は、友人の大学(美校)出の友人に何かと、その方法を教わっている。しかし、友人の現代画家は現代画家で、今後目指す絵画の方向に悩んでいて。昔のことなどを回顧していても一向に、生活は立たず。まして将来のある身としては、気の毒に。その生活の場を見出せないで苦しんでいると言うのが、実情である。が、もちろん、それはいつの時代でも同じで、画家で人生を立てる、ことほど苦しいことはないのであるが。これ以上の職業は他にないのも、人生の本当の姿なのであると、誰も知っているのである。その恵まれた高い職業を「我が物」にすることは、言うまでもなく容易ではない。と、思いながら街を歩いた昨日、であった。世界堂で、水彩画用紙を手に入れ、なるべく街で描く方法を実行する、と言う僕の勇気は容易には実現しないが、準備は着々と整いつつある。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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これが、佐伯祐三の有名はカフェー画、僕は若い時に非常に魅了された。が、今では、僕の方がうまいと思っている。

 

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2019.05.30

永遠の生命と小学生徒襲撃事件とキリスト教(その二)

 カトリックキリスト教の金持ち相手の学校経営が、何かの絶望的な差別主義をもたらしたのか、どうかを測る図式など与えられていない。多分、に過ぎないが。明治学院あたりのプロテスタント学校の金持ちの子弟の生徒や、ICU(東京国際キリスト教大学)などのエリートぶりや、は皆キリスト教的枠組みとして考えられている。中で、僕は明治学院的人生を送ったのであるが、それがどうアメリカと関わったのかなどと考えるのも、あながち無駄ではないのではないか。と、考えたのは。昨日である。久しぶりで神は僕を、労働者飯の食い方に、僕を導いたのも、全く久しぶりである。その上に、友人と飲んだ珈琲店で示現会の歴史に触れたのも、偶然ではないような気がした。示現会は労働者の絵画界の代表である。労働者飯はまずく高いだけで、労働者が食いに来る食堂で夜は飲み屋である、ようだ。僕はそんなパリの場末の酒場の雰囲気を知らないが、昼間の今の労働者が、こう言った贅沢なとろろ丼を高い金を払って、無理して食っているのかと思うと気の毒になった。食い物こそ人間の原動力であるから、僕が今のように絵を描いている自分ではない、サラリーマンの時代だったら、別に驚きもしないのだろうが、それを卒業している自分になって、すでにかなり長い時間が経過して、いかにも画家などと称する自分を水彩画家としてやっと見出している時で。なんとか、いい絵を描けるのではないかと、ヨーロッパで撮り貯めた写真を眺めながら、よしこれなら。ヨーロッパがいよいよ描けるなどと思っている時。貧しい食堂の一角で労働者飯を食っていると、今働く正真の労働者が入ってくる。僕は次の約束のコーヒー店まで歩きながら、そこでブルンナーの例の本を出して、「基督教のつまずき」を読んで彼を待った。そこには、驚くべき記事があって、この本の真正の資本主義的真髄が、まさに「書いてあることを」発見した。戦後、アメリカがあそこまで明確に、自己の資本主義的社会に自信を持った思想は、まさにここに。ブルンナーに代表される神学者の神学の中に、マルクスやエンゲルスを破壊して、唯物論を克服して、戦後の本格的な資本主義に突進する思想が、ここに書かれている、ということを。発見した時。僕は、これがソビエトを崩壊させた考え方、すなはち思想であるかと、びっくりしたのである。そこに持ち込むブルンナーの力量は凄まじく高いもので、僕などが全く理解できていなかったキリスト教神学であり。日本の代表的な知的な基督教徒の内村鑑三とて、とても及ぶものではないと、思った。で、僕は、それを英語で読む必要が出て、英語の古書を買うつもりで検索したところ。驚いたことに、それはアメリカアマゾンにあったが、僕はアマゾン嫌いで。それで方向を転換し、国会図書館や、明治学院や、ICU を調べたら、なんとICU図書館一箇所にあるのみで。明治学院の図書館から紹介されて、そこに行って、それを見ようと思っている。時に、アマゾンの創業者の離婚話から二兆円を社会に寄付をする、と言った。いかにもアメリカらしい話も、突然舞い込んできたからアメリカのキリスト教的力量には、今も日本はかなわないのであるとも、知った。実は、自己言語はドイツ語なのにスイス人のブルンナーは、それを英語でアメリカの神学校で教えた時に書いたもので、明治学院にもなく国会図書館にもなく。日本の古書ネットにもなく、たった一箇所ICU図書館にあると知った時は、さすが。戦後すぐアメリカの肝いりで日本文化改造を狙って作られた、ICUの図書館であるな、とそう思ったのである。その箇所を遅まきながら読む自分であるが、友人と話した示現会の会員を目指す、僕の友人の友人に。僕の持っている貴重な示現会史を渡して、それをよく読んで是非僕をたづねてくれないかとお願いした。時、僕もその本を久しぶりに読んで、示現会には、学歴として一番高い人は芸大(昔の美校)出は、たった一人で、あとは絵画的無学歴の人が創業したのだと改めて知って、僕も。絵画的には示現会で当時経営していた夜学校での絵画修業で。あるから、ほとんど無学歴であるが、その示現会絵画思想こそ。まさに示現会は、労働者的リアリズムを主調とする絵画グループだったのだと、今知った時は。ことのほか嬉しかった。と書いても、この深い意味などこれでは伝わらないと、思っている。コーヒーを一緒に飲んだ彼は、今もって素晴らしい働き人であるが、彼の父は日本の軍隊で高級軍人として諜報の業を専らとした人で、彼のスタミナもタダならないと思っての話なのである、と書いて今日は終わりたい。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

33この写真は昔、僕がヴァチカンに行った時に撮影したもので。僕はこの手の写真をいっぱいもっているから。これを水彩画で描いて、ネットで販売する予定にしている。

 

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2019.05.29

永遠の生命と小学生徒襲撃事件とキリスト教

 もちろん邪推に過ぎないが。僕は今、なぜかこだわってブルンナーの「基督教のつまずき」を読んでいる。僕などのように、明治学院高校の時ブルンナーの教科書(我らの信仰)を習ったから、結局人生の最後まで影響を受けたということになる僕が。昨日の事件を推察すると、どうもキリスト教に対する反感のような匂いを感じる。今朝新聞を読んでも、昨日と変わらないが、ただ反感らしきことは書かれているが、推定に過ぎない。本格的な調査は、いうまでもなくこれからである。僕が、その反感に興味があるのは、止むを得ない。これは一種の西洋史の教養、常識的であるが、確かにその匂いがする。ブルンナーは「つまずき」本の中で、マルクスとニーチェに書きおよび、ソ連の崩壊の過程を明確に思想史的に書いている。それは見事なもので、無教会とはいえ僕のように長いキリスト教徒生活では、度々直面した政治的出来事と連動してやまない、ことである。ソビエットが潰れて、元に戻りロシアになったのであるが、ロシア革命という世界史の現実はどう隠しても隠しきれない。から、それは度々思想史的表情を伴って表面化する歴史の事実であると、思う。それが思想史となると、もっとややこしいから、ややこしく書けるが、僕では力量不足である。昨日の事件とで、僕の頭の中には連想が起こるのだ。で、高校の時にブルンナーだった僕は、明治学院大学に行きそこで当然マルクスとニーチェに出会う。これは当然起こることで、カントなどとも出会うから話はややこしい限りである。僕は、かなり真剣に読んだのでるが、もちろんすでに洗礼を受けていたので、マルクス社会主義や共産主義には寄らななかった。が、僕はこれでもかなり社会主義的になり、それなりにそこに自分のポジッションを置いた。そうして僕は明治学院大学文学部を卒業するのであるが、僕が置いたポジッションは要するに左寄りで。僕は映画会社日活のホテルマンになった。あるとき、遅く。遅番でフロントにいると。あるお客が僕に車を駐車場に入れておいてくれと言って、僕にキーを渡した。僕はその最後の客を部屋に案内し。フロントを整理して玄関にあった車を駐車場に置きに行った。なんと、その車はフェアーレディで、当時最先端のスポーツカーである。僕は、エンジンをかけた。ググとくる力量のある深いエンジン音は僕の若い肉体を刺激した。アクセルを踏む。グーグーと体がシートに押し付けられた時僕は、性的な興奮を覚えた。それが、トヨタの有名な車であるとは、思想史をやる僕は知らなかったが、トヨタは、僕が明治学院を卒業する時。僕らに就職を盛んに勧誘していた会社である。で、僕は。それを振って潰れていく労働者の会社日活でホテルマンとして働いたのは、いかにも僕が、労働者を気取ったがためであった。が、自体はそう簡単には動かなかった。のは、いうまでもない。僕は、カトリックのあの小学校がターゲットにされたという、推定新聞記事を読んで。さもあらんと思うのは、キリスト教思想史的結論として、ブルンナーが指摘している、マルクスとニーチェの高い思想の政治的崩壊を書いて、それを読んで感心するからであるが。この話、分かるだろうか。少し難しくなったが、もちろんあのような殺傷事件を起こす犯人は、確信犯か精神病者のどちらかなのであろう、と推定は常識的でしかないが。確信犯が、警察が最も嫌う犯罪を引き起こすのは、世界の常識で。ブルンナーは本の中で、世界の運命を次のように書いた、と書いておこう。(75ページ)「こうして悪の現象は、人間が自分自身の神であろうとすることであります。近代においては、この悪の本性が前世紀の二人の偉大な思想家~~カールマルクスおよびフリードリッヒニーチェの教説において以前よりもより明確に表されました。」と、逆説的に結論を、していたとは、全く知らなかった。キリスト教カトリックが金持ちの愛玩物になって、再び独裁的に世界のアイドルになった時、犯罪は生じたのである、と言えるのかもしれない。と、思う朝となった。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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2019.05.28

永遠の生命とEUの崩壊

 僕がウィーンに「遊んだ時」。今はこれを「観光した時」と表現するが、僕には気に食わない。いかにも即物的な感じがする「観光」では、ようするに格好がつかない。ウィーンのような「芸術の都」で、観光をする、という遊興を感じさせ表現はふさわしくない。芸術はいわゆる「観光」とは言い難いからだ。観光とは光を見るのであるが、僕ら日本人の中にある遊興精神が、刺激を受ける言葉である。遊興であるか、鑑賞であるか、は人によるが、クリスチャンの僕は、何かにつけて当然ヨーロッパ的だから、観光ではない。かなりくどく知っている面が多いから、僕は芸術の味わいという意味で、「遊んだ時」と、表現したいのだ。こう表現をしたのは島崎藤村である。自分がパリに遊んだ時、と彼が書いたのは、彼は明治学院時代洗礼を受けていて、何かと基督教を味わっていたからで。藤村が明治学院にこないで、なんとか一高、帝大コースを通っていたら、成功してパリなどに行った時、それは観光という次元になる。パリなどに遊んだ時、などとキザな表現はしないに違いない。この表現はキザだが、僕はクリスチャンとして元々キザを身につけているから、同じようにウィーンに遊んだ時、というのである。多分この言葉、女性には使えないと思う。だから、この言葉自体が、すでに死語である。しかし、僕がウィーンに遊んだ時、と書いてその時こそEUの出来立て、ないし出来上がりが実行される時で、面白かった。ヨーロッパが一つになる、という理想はヨーロッパ人の長い理想で、さすがヨーロッパキリスト教文化は素晴らしい、と思ったものだ(キリスト教文化の実態は全く逆であるが)。その喜びは、概ね争いの多い世界と特にいつも大戦の震源地である広大なヨーロッパ地域が、曲がりなりにも経済的な効果を狙って、その交通を自由にするという理想は、高らかに思えたのである。実際僕の明治学院時代の友人Nなどは、それに悪乗りし、車で自分らをポンコツなどと称して、見下すようにしながら諧謔し。実際はその理想を実行する人間として、お高くとまってなんと車でヨーロッパを自由に旅行したものである。これなどは、その典型で。しかし誰しも世界の平和をベースに自由に各地に旅行ができ、かわいいネーちゃんと仲良くできるというのは、もっとも嬉しい理想なのであった。が、いうまでもなくそれが見事に暗転したのである。今更ながら、それは、なかった。日本の僕の友人が理想に燃えてヨーロッパで、自分のキャンピングカーで走り回った時に、ヨーロッパに狙いをつけた貧しい過去に搾取され尽くしたアフリカの人たちは、膨大な数であった、とはつゆ知らず。好い気にヨーロッパを旅行して本まで出版し、それをあろうことか国会図書館にも納本し、さらに池袋のジュンク堂でも売り立てたのである。という、ことの影の働き手は、実は僕なのである。だか、諸君、ここで言っておきたいのは、本にしたのは僕の友人で、その本を売り立てたプランは、僕。だと整理しておきたいが、事実なのである。で、記録は残ったのであるが、それは「まさに」EUの墓碑銘になるとは、思っても見ない貴重本となった。歴史とは、かようなものであり、イギリスは首相が交代することになり、EU会議は右派の台頭によって、いよいよ分解過程に入ったが。のは、人間のどこにでもある人間性の至る所である。と、あの時アジアの後進性を嘆き「自由化」できない後進アジアを、嘆いた自分を懐かしんでいる。と、見通しが甘かった自分を悲しんでいる。これらをひっくるめれば、僕はウィーンを、芸術の街として楽しんだ自分が、芸術自体を大切にする自分であったことに、我ながら絵描きでよかったと思った朝であった。人間とは、実に難しいものであるな。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

Photo_92 これが僕が宿泊したウィーンの超高級ホテル、ホテルインペリアルの部屋にかけてあった絵画です。当時流行りのヴィデオで撮って、スクリーンカットしたものです。ホテルインペリアルはWikipediaにあると思います。びっくりしますよ、きっと。

 

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2019.05.27

永遠の生命と高校生の僕と

 ブルンナーに触れたのは、くどく書く僕の高校生の時(明治学院高校)である。昨日は日曜日なので、教会に行かない僕は。もっぱらブルンナーに触れて過ごした。本は「基督教のつまずき」で、ある。この本、もちろんブルンナーの本であるが、出版されたのは昭和30年、書かれたのは彼の序文によれば1946年だから、昭和は21年。大日本帝国が、参りましたと敗戦した翌年である。出版の昭和30年は1955年、だ。この面倒な洋暦和暦の付き合わせ、未だ何とかならないが、これが日本文化であろう。面倒ではあるが、馬鹿げていると思いながらも、世界に向かってはなかなか味がある。が、令和というのは、政府の命令のような気がしていい気持ちがしない。お前に命令される筋合いはない、というのが現代的解釈であるのは戦後のことにすぎない。戦前は、政府命令は神聖な天皇陛下の命令で、何ともしがたい。あとは革命を起こすしか方法は残っていなかったが、革命は起こらず。そのまま世界の恥さらしとなった。ただし、世界に恥を晒したのは、ドイツでもイタリアでも日本でもない。人間そのものが、天下に恥を晒したのであって、人間性は大きく野獣的である、という証明を歴史に刻んだ。以後、人間はせっせと世界の経済的再構築に励み、何とかここまで、地球環境を脅かすまでになった。環境状況は、最悪のようだが、ここからは科学でなければ当然、何ともならないという、常識も通用しなくなっている、と思う。それは、ブルンナーのあの時の本を真剣に読めばわかる。だいたい、キリスト教などという宗教は、非常識で、恐るべき神秘主義に過ぎない。その神秘主義を神学的な立場で、明確に語ったのが、ブルンナーであったとは全く知らぬが仏であった、と自分を知った。自分が洗礼を受けたのは、明治学院高校三年の時で、由来今まで飽きずにキリスト教徒である。今は堂々とそう語ってやまないキリスト教徒であるのは、押しも押されぬ七十七歳で、誰に言われなくとも、自分のことであると、図々しくも主張できる年齢である。キリスト教伝統のない日本社会で、キリスト教によって建てられた明治学院に入り、生意気盛りに洗礼を受けてしまい、散々苦労をした。が反対に、ブルンナーさんは伝統、まさにプロテスタント伝統そのもののスイスに生を受け(チューリッヒ)、これまた、僕と真逆の基督教の大伝統社会で苦労した人である。で、僕は、洗礼を受けた後で、キリスト教に対する疑問に悩まされ続けた。僕は絵なども描くので、正直すぎるところがあり、要するに世間的な計算のできかねる性格がある。のは、自分が、しばしば自分の人生で、真逆に誤解されるという経験を何度もやらかした。自分のキリスト教的ヒューマニズムは誤解されている、と何度も思ったことがあり、これが、キリスト教でありおれなんだ、ということを理解してくれる人は、まれ人で。せいぜい長く僕の欠点に、一生長く付き合ってくれた僕の妻エヴァが、唯一の僕の理解者ではあるが。時々は、いうまでもなく疑っていのは異性問題とこずかいの問題である。今は、幸いに僕は家計係ではないので、思いっきりこずかいを使って僕は一ヶ月を過ごすのであるが、その管理者は僕のエヴァであることはもはや厳然たる現実である。から、僕の信用を毀損しないように慎重に経済生活を送っている。これなども、当然キリスト教的ケチの習慣が身についていて、酒も飲まずギャンブルもせず、異性にも触れず(もはやできない)、すべて若い時に、アウグスティヌスばりの経験をしたので、残ったのが要するに「思想の疑問」。は、一生をかけてしまったが。僕は実は、結婚をする時には世俗的問題は、卒業していたのである。などと書いているのは、ブルンナーがその後の僕のキリスト教に対する強烈な疑問に、すべて完全に答えているのは(本の中で)、驚くべきことであると思った。ヨーロッパの伝統は、要するに。1500年もの長きにわたり、キリスト教への疑問で成り立った。のが、西洋近代社会を生み出したに過ぎず。僕の生きた日本のキリスト教では、信仰が先行してしまい。後で、ドット疑問の洪水となるもので。明治以降の非キリスト教の経験と伝統が生み出していた疑問は、ヨーロッパと違って強烈で。内村鑑三の天才が、それに答えるのみで、それでも西洋文明に及ぶものではないと、やっと理解できた日曜日であった、と嬉しかったのである。

 さもあらん 晴天の空は 日本の空 と詠んでおこう。きっと、帰る場所は苦労すると思う。 

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2019.05.26

永遠の生命と銀座の風景

 銀座か、銀座ね。僕の友人も銀座を撤退した家族で、結局続かなかった学友である。あいつが少しでもキリスト教的であれば、こんなことにはならなかった、と思う。それが、あの兄弟でもあんなに銀座教会に近いのに、通った形跡はまるでない。たまに、僕と一緒に行ったことはある。が、単独で、全く近くのその教会に行ったということを僕に話したことがない。キリスト教というのはマイナーに終わる人生をプラスに終わらせる宗教に過ぎない。人生は宗教抜きに言えば、初めは五体満足でそれが徐々に毀損して死ぬ動物である。もちろん言うまでもないが、五体満足とは神話に過ぎない。が、概ねそうなのである。それが99パーセントなのか、五十パーセントなのかということではない。概ね百パーセントなのだ。それも知らず(親の恩も知らず)ぬくぬくと毀損しつつ生きる人間が、また親になって百パーセントを信じて子供を産むのである。で、繰り返すわけであるが、歳をとって「基督教のつまずき」でブルンナーの弁証法神学を読んでいると、なるほどこれは西洋神学が達した高みか、とつくづく思うのである。弁証法という、矛盾の法は見事に説明されるのであるが、なかなか電車で揺られながら読む本も、大いに味がある。肝心の展覧会はグループ展で、示現会という大絵画界に属する僕の友人が、地域社会のグループに入って腕を発揮する展覧会である。概ね人間関係で成り立つものであるが、彼を除いては多くは下手絵である。そう言った下手絵でも一人一人の、絵画に対する真剣さは見事なもので、おおむねローカルであってもかなり大判の作品となっていて、呆れてしまう。でかければ、いいというものではない。し、少しは恥ずかしそうに晒さないで、描いてみる勇気などはないのであろう。が、誰でも今は多少の小金を持っているらしく、銀座の馬鹿ブランドなんどに金を使わず画材に金を使う人たちの趣味を、大いに賞賛した。その会場は二階で、一階にはドトールが入っていて、その安くて美味いコーヒーこそ、僕のお高く止まった銀座の僕の友人の家を潰した、現代システムのコーヒー屋さんであると、僕は知るが。ドトールは僕の特愛のコーヒーで、その安さとサロン的便利さは人々の賞賛を受けている。絵画などは、そこに行くと。やはり僕の友人と同じで、お高くとまるから、結局庶民受けをぜず、さらに滅びる運命にあるが。それでも描くという行為は人々が惹きつけられるから、所詮絵画が滅びるなどということは、ない。であるが、絵画行動を生活の糧にするプロの画家にとっては、いかにも自家製のケーキと戦って敗れる、ケーキ屋さんと同じように。消滅の方向を取る、などと悲観的に考えたところで、何の意味もあるわけではない。プロなのだから、色々工夫し、絵画が持つ高い志を維持しかつそれを職業とできる人は稀なのである、と知る。僕はそう言った人々を知っているし、そう言った人々が、昔から苦労する姿は、僕も知っている。だから、銀座の表面的な風景にはすでに興味はないのは、僕が本物のヨーロッパを多少知るからで僕はあの時に撮り溜めた写真を元に、僕の水彩画をさらに描いて、それをネットで売るという決心を、僕はコーヒーを飲みながら友人に話した。画家は、誰も頼れるわけではない。自分を信じていくしか道などないのである。銀座のローマ字風景は、僕の特段の愛する風景であるが、僕はそんなものを描く手間を考えたら、今更。そんなことより、自分のパソコンにしっかり撮り溜めしている、パリやウィーンやジュネーブ、ベルン、チューリッヒ、ミラノやローマ、ヴェニス、ヴェノーラのそれをきっちりと利用する僕の水彩画の手法は、すでに確立しているのだと、自信をつけて家に帰った。

 

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この絵は僕の若い時に描いたもの。下の動画は、本物のプロが描いたもの。

 筒井友美展「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2019.05.25

永遠の生命と「基督教のつまずき」と画家

 画家という職業ほど厳しいものはない、と思う。僕も画家なのであるが、それは七十七歳の僕がただ、年金で生活を持っている画家であって画家で生活をしているわけではない。昨日はある大病院で、面白い人生経験をした。まず医療近代設備の発展には目を見張った。すごいとしか言いようのない、設備の高度化は今後どのようになるのか、恐ろしいばかりである。その中で人間は逼塞しているように僕には思えた。老人が当たり前のように生き残るのであるが、生き残る自分も含めた老人を大病院の中で見ていると、つくずく人間が歳をとる姿の凄まじさも見てしまう。人間の衰えと機械の発展と絵画と。僕は、診察を終えて久しぶりで病院の食堂で冷やしらーめんを食べた。実に美味かったのは、本当で若い頃好きでよく食べたこのらーめんの味はほとんど同一のものだと満足した。で、歩き出した。僕は懐かしい故郷に向かって川を下った。深い谷(渓谷美は)僕の好きなもので、この近辺に住んでいたから知っているのである。周囲に強大な建物が建つから、その渓谷の深さが視覚的に倍増する。文字通りそこは谷になっている。僕はそこに20年以上前に住んでいて、その川を上り下りして、もう一つの大病院に通っていたことがある。その大病院も今や強大な高さと秀逸なデザインで造られた一種の超高層で。僕は茂り切った緑の川べりをだんだんと下ってい行った。ここは昔陸軍の火薬工場があったところだ。ここで大量に製作された火薬は、いったいどのぐらいの人を殺傷したことだろう。戦後すぐは、その思いが人を打つので、あまり顧みられないことが大方で、終戦からすでに70年以上も経過すれば、それは遺構に過ぎない。現に、その正面の建物の入り口は、横に寝かされて、その正面玄関だった一角を公園としているそこに水平に置かれている。昔の工場の写真がしっかりとわかるように説明されていて、その脇はまた。強大なマンションが建設中、なのだ。僕は、構わず昔住んでいたマンションの前に出、そこから一気に坂を登り、大きな交差点からバスに乗って池袋に出たのだ。そこで世界堂によって、昔から知っている画家とコーヒーを飲んで、雑談し。その時画家は、一層気を入れて画業を進めたい、などというから僕は。痛ましく感じて家に帰った。僕は「基督教のつまずき」(ブルンナー著・昭和30年・当時百円、現売千円程度)を画家に渡して、厳しい予想される画家の人生と厳しい歴史を乗り切ってきた基督教を重ね合わせて、前途のあり方は、ともに似たところがあると思いながら、画家の前途を祈って、雑踏の中を家に帰った。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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2019.05.24

永遠の生命と「基督教のつまずき」という本の不思議について

 一時戦後有名であった神学者ブルンナーという人が、日本を去る時に書いたというこの本の序文には、年月日の記録がない。その中でブルンナーは日本を去る数日前にこの一文を草し、と書いている。彼は二度日本に来ているはずで、いったいどの時期のことかも定かではない。だいたいこの本、原文でscandal of chiristianity なのに、訳された日本語は「基督教のつまづき」、という奇妙な名前であるのが、納得できない。田中理夫という人が訳したものであるが。が、Wikipediaで今調べてみると。、、、が、ウィキにはないが、記録は別にあって、当時は基督教の道では有名人であったようだ。詳しくはわからないまま時間が経過して、闇の中であるが。しかしブルンナーがなぜ、スキャンダルという言葉で、クリスチャニティを書こうとしたのかも定かでなはい。要するに、ブルンナーはこれを書いた時、えらく精神的にまいっていたような雰囲気がある。第二次世界大戦が終わり、ヨーロッパの基督教は傷ついていたのであろう。ともかく、基督教のマイナーな面を強調し、所詮人気のない宗教が、基督教なのだ、と書いている。この言葉はしかし、僕は好きで。基督教が世間で高い地位を保っている割には、一向に人気がないのは事実なのだ。アニメの漫画に比べれば、人気度は最低で。この最低感がキリスト教にはある。要するにお高くとまって、木から降りず、酒も飲まず遊ばず、悪さには付き合わない。その上、日曜日になれば、金を持って(献金)せっせと教会に通うのだから、常人が辟易するのである。とても付き合えない人種だと、見なされても仕方がないものだ。これは、アメリカなどでもおんなじで、西部劇などを観ても。聖書売りのおばさんを軽蔑するカーボーイの、悪人側のセリフは、いつも決まって「うるせーな」で、ある。もっともなことで、酒場で機嫌よく酒を飲んでいる、荒くれ男(映画ではそう描かれる)にしてみれば、興ざめである。という、場面など。僕が若い時から観ている西部劇の定番である。僕は複雑な気持ちで、観ていたが。当然、西部劇の方が面白く、僕とて教会に通いながら、西部劇を見ているから、その心中は複雑である。にしても、場面は、いたって短く聖書売りの場面など数秒にすぎないのはいうまでもない。で、感傷などに浸る暇もなく、バンバンという拳銃の打ち合いになるから、影響は軽微なものである。僕は、西部劇を楽しんで、恋人もいないし、一人でトイレでションベンをして家に帰る、というパターンの繰り返しであった。でも田中理夫さんは、真面目にブルンナーを訳しているが、しかし今この時読むと、どうもブルンナー本の題名に必然性を感じないのは、僕の信仰研究が進んだ証拠であろう。進んだついでに、彼が聖書の引用箇所(躓きの石)という出典をした箇所、を英語で読むと。スキャンダルなどという言葉は一言も出てこないから不思議だ。つまづきの石を問題にするブルンナーにしては、どうしたことであろう。ちなみに、この箇所の英文は、rock of fense とa stumbling stone である。ところから、このstumblingという言葉を知らないので、辞書で調べると、まさに「妨げ」と出るし、ご丁寧に熟語まで示して石 block となっていて、stone ではないが、似たようなものである、ことがわかる。のに、なぜスキャンダルなのであるか、とますます疑問に思っている。第一に、ブルンナーという人は、ドイツ語圏のスイス人で、もちろん英語も堪能だったと思うものの、この本をなぜ英語で書いて英文で出版したのか、僕にはさっぱりわからないことである、ということがわかった。が、アメリカの古書をアマゾンで買うのはもうこりごりなので、ジュンク堂丸善で買ってみるつもりだ。ともかく、何であれ、僕の明治学院高校の時の教科書はブルンナーだった、のである。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

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2019.05.23

永遠の生命とクリスチャニティ・スキャンダル(その三)

 さらに書くと、僕が。ブルンナーの永遠の生命論の中で。一番気になることは、人類の分離問題である。どういうことかというと簡単で。要するに救われるものと、救われないものが、基督教原理には存在するという大問題なのである。いうまでもないことであるが、信ずるものは、救われ。信じないものは救われない、というこの基督教の大原理は。本当に正しいのであるか。と、問いたくなるのは僕ばかりではない。ブルンナーの神学は見事に西洋の神学者らしく、その組織神学的(あらゆる基督教論理を整合する神学)英才論理は見事なものである。それは、戦後に精神的にも物質的にも疲弊した世界の再構築にとって、どうしても必要な論理であったと言えるだろう。もちろん、この論理は完全な西側基督教的世界観であるが、それをすがめにみるソビエト的唯物政治にとっては目の敵であったろうと、思う。が、時は過ぎ、今や。ブルンナーのキリスト教の本音論すら、顧みられない。のは、キリスト教徒に保守主義か自分だけが良ければそれで良い式の、誠に狭隘な思想として生き残っているにすぎない、日本キリスト教なのであろう。僕は、キリスト教徒というものが、気の小さな善意集団であることを認めるが、ただそれだけで良いというわけにはいかないのは。どうしてもイエスキリストの人類救済論は、全人間に及ばなければ、決して真の救いではないと、思うからである。僕は若い時、いや子供の時からキリスト教に付き合って、見て。経験したことから考えても、その大言壮語(永遠の生命などの)には意味があると思っている。アジア的日本文化とて、何もおかしなものではないが、あまりにも近代社会的ではない現実は、明治維新で改革されたとはいえ。基本的には、今も世界の古典的観光資源として、日本的和は尊ばれているのは、わかることであるが、どうも論理的弱さがあると思う。一方キリスト教は非常に分離的であり、よくいえば論理的である。が。論理とは、分ける、分かることであるという、意味を基本とするから、当然論理的キリスト教も分けることを平然と行う。しかし、救済において分けられる人間は、最終的には人間に不明のこととはいえ、神の絶対権の元で、人間が天国組と救われない組に分けられ。るのは、あまりにも、キリストを信じないものにとって、冷酷となり、本当に論理的と言えるだろうかと。日本人の私などはその文化的背景から言って、とても納得がいかない。そこが内村鑑三の高い能力が追求した点で、もちろんそれを明確に示せるわけではないが、内村の聖書理解を読むと。僕は、どうも最終的には彼にも日本人独特の、非論理性があるような気がしてならない。のは、実際僕ばかりではないであろう。近代社会は論理的でなければならず、人間性はいたって小説的であるというのが、現実であろう。いわば、気持ちの持って行きようであって、論理の持って行きようではないのではないか。それにしてもどちらも必要で、片一方だけで人間性が説明できるわけもない。僕はそれを絵画という平面の表現方法で、今は水彩という道具を使って満足している。何しろブルンナーの達した永遠の生命論は、神の振り分けに会うので、どうも日本人にはおいそれと素直には、信じられないということが現実であろう。要は、文化の違いなのであろうけれど。ところで、自分は永遠の生命に至る側に今はいるのであるが、多くの友人が取り残されるのは(多分あの世であろうと勝手に思っている)、いうまでもなく納得ができない。それに、ブルンナーは、どう答えるのであろう。などと、いうことは、いくらブルンナーが有能な神学者でも、答えられないはずである。が、本の中では、本当に真剣に考察している。同じスイスの神学者のバルトは、ややそれよりも高く論理的に応えられるのではないか、などと希望を持ってはいるが、ともかく難しすぎて、僕には手に負えない。ともかく「帰る場所」ほど、難しいものは、ないと思う。ともあれそれを、芸術作品とした筒井友美の真剣さには関心する。作品は下記から観られるが、静止している現場を鑑賞することはすでにできない。つまり、videoが、自己鑑賞の起点となっている。もし作品が残っていれば、自己鑑賞の動揺は個人差があると思う。このヴィデオは画廊が撮影したものである。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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永遠の生命とクリスチャニティ・スキャンダル(その二)

 スイスの神学者ブルンナーが「キリスト教のつまづき」の中その146ページで、いみじくも語った言葉はキリスト教の本質は「決して人受けのよい仕事ではない」と、語ったことで僕は、さらにブルンナーを好きになった。明治学院高校の時の教科書であるブルンナーを、このことが僕が。この神学者を一生離さなかったということになる、このことは私にとって実に大きなことである。僕は、子供の時から教会に行って50代ぐらいまで教会に日曜ごとに通った、真面目なクリスチャンだったから、僕は一気に教会を離れたが、それは内村鑑三の影響である。が、それでも僕はブルンナーを離さなかった。僕の短い一生の中で、離さないと若い時決めたのはキリスト教、絵画、私のエヴァである。そんな僕の一生の目標は、もはや達成したも同然であるが、僕は。このブロガーとして大きな声を出したいのは、やっと僕なりの永遠の生命に至ったのだと、思っているからである。それは、ブルンナーのまさに「キリスト教のつまずき」(日本基督教団出版部・昭和30年)という本のそのキリスト教に、本当のことが書かれていると、知ったからである。日本基督教団は戦後、戦争協力で傷ついた自分を癒すべく焦っていたに違いない。僕ら若いものに、その再生をかけてブルンナーにICU(国際基督教大学)の学長になるよう希望したのは、湯浅八郎である。彼は「湯浅治郎」の第10子で、二郎には何と14人の子供がいたのである。治郎は徳富家とも遠戚になるのは、治郎の二番目の妻の初子の子供だからである。初子は徳富家の長女であり、蘇峰は長男、蘆花は次男なのである。何で僕が、こんなことに詳しいのかといえば、僕の明治学院大学の同級生に湯浅〇子がいて、その時は全く知らなかったが。その子がそれら一党の親戚だったことによる。湯浅の家は治郎を中心にして一郎を筆頭とするが、一郎は芸大(美校)の大先輩として、今も尊敬されている。彼が、湯浅家を継がなかったのは、実は彼の絵画の才能を惜しんだ治郎が、君は芸術で生きたまえ、家は次男の三郎(姉がいたので三郎とつけた、実際は次男)が実質的についだのであるが、その三男につながったのが、◯子だった、と僕はその時全く知らなかった。よく僕も、誘われて安中の家に遊びに行ったことがあるが、○子はとても綺麗なお嬢さんだった。ところで、湯浅治郎は何者であるか、はWikipediaに詳しく書いてあるので、それを読めばいいことである。ところで、戦中興亜讃美歌などを通して戦争に全面的に協力した、明治学院はほんとうに心からあの戦争を反省したのかと、問われれば。僕が高校の時に学んだブルンナーが、世界的神学で、いわば西側思想を代表する神学者だったところから、湯浅はそれを日本に招聘し、戦後すぐ焼けなかった(米軍は意図的に爆撃を避けた)YMCAに、彼を宿泊させ。ある時、武藤富男がそれをたづねた、という事実がある。武藤は、その後明治学院の院長を僕らの時代に引き受けるのであるが、彼はブルンナーに自分が満州国の高官だったと告白した時、怒鳴られた、と本に書いている。僕は、彼が再軍備に反対して政治運動をした、ことを知ってはいるが。彼の政治運動は大きなうねりにはならなかったのであるが、それはキリスト教徒が戦後の選挙では、物の数ではなく、見事落選してしまったという事実もあったのである。

  僕は、ブルンナーが本の中で指し示した永遠の命について書くつもりであったが、いつものようにダラダラとあらぬ方向に行ってしまった、朝と、なったな。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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2019.05.22

永遠の生命とクリスチャニティ・スキャンダル(その一)

 と書くと、いかにもおどろオドロする。が、書く内容はいたって真面目な原理的キリスト教の神学、の解説である。書かれた原文はまず英語で書くと、The scandal of Chiristinanity で僕の、明治学院高校時代の教科書(我らの信仰・OUR FAITH)を書いたブルンナーである。話は飛ぶが、昨日。妻の購入したスマホを使わせてもらい、この祖父ネットがどのように見えるのか、を検証してみた。僕は、毎日のようにバカみたいに、祖父ネットを書いているが(水彩画も描いているが)、僕は今も書いていてそれはマックで書いているのである。もちろんワープロはめくら打ちで、特にキーボードを見て書いてはいない。ので、僕は、できた原稿をもとに、毎日のようにそれを、コピーしてからニフティのココログで祖父ネットのブログを書いているブロガーという作家なのである。10年はやっているから、かなりの実績、があるのよ。で、僕はパソコンを個人で20台は使いこなして約30年は経過している。僕が、などと書くと、またややこしくなるので、先を急ぐと。こう言った詰書きでないと、スマホでは読みにくいということが、やっとわかった。スマホの出始めの頃、僕の、技術系の学校にエスケープした、僕の明治学院高校の友人はいち早くスマホに目をつけて、僕の前で盛んに操作しているのに、やっているのは話している僕を無視した暴挙であると、常々案じていたが。僕が、昨日妻のスマホで、スマホのこの祖父ネットの読まれ方を見るに及んで、このパソコン上に書かれた祖父ネットでは、とても面倒で読めないと、わかったのは遅きにしっすると、思った今朝であった。で、詰めガキをやっているのは、これをココログに貼り付けてもどんどん読めるに違いないと推定しての、暴挙ガキなのであると、言っておきたい。一段落。がしかし、奥はもっと深い。僕は、実はネットで絵を売りたいのであるが、そのきっかけをやっとまた再構築できた。始めてからすでに二、三年経過したが、一向に売れる気配はない。もっとも、僕の絵が油絵のため、製作速度が全く遅く、種類にもかけて。絵を売る状態が、作れていなかったこと、またスマホでどのようにアッピールできるのかも、全く配慮されていなかったこと、などが原因していると、僕はやっとわかった。で、アマゾンネットで、かしら書きのブルンナーの書物を探した。明治学院にもなければ、国会図書館にもないことも、確認した上で。ネットで、いきなり英語でかしら書きの本を検索した。ら、何だ、あるではないか。と、わかった時は、日本のキリスト教界の力量など、全くなきに等しいものだということがわかった。東洋英和のスキャンダラスな論文捏造事件などは、僕が最も嫌うもので、もちろん出版元の岩波書店も、あの本など破棄すると、報道されていた。もっともなことである。僕は、ブルンナー本を、アマゾンでは買わず、丸善のジュンク堂(池袋)に申し込んでわざわざ手数料を払って買うつもりにしている。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

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2019.05.21

永遠の生命と進歩の概念、少年興亜讃美歌第一番、と世界堂

 僕の友達が軍歌だね、と言った興亜讃美歌少年版。その一番の歌詞を読みながら(国会図書館デジタルから)いささか考えている。いうまでものないが、僕がまだ三歳か四歳の時で。父は零戦の地下製造工場建設現場で設計監理者として働いていた。頃にできた讃美歌である。例えばこうだ。題名は祖国日本。そのはじめの部分を書いてみよう。よろず代かわらぬ 御座(みくら、と読ませるがワープロで出ない)にのぼり 皇国(みくに、と読ませて、ワープロに出ない)を統べます すめらぎ尊(字が潰れて読めないが、とうとし、か)など、天皇の尊貴を歌っている。が、イエスキリストや神は出てこない。これが明治学院など当時の指導者が、指導してできた讃美歌である。この現実を前にして、絶対天皇制の怖さを感じるのは僕ばかりではないと思う。

 要するに人間が人間を支配する究極のフォームなのであろう。これを愛国主義、という言葉で呼んだ時代だった。このような天皇制は敗戦後でも、徹底的な排撃を見事に回避している。それが、日本文化の良い面でもあるか。令和という時代のネーミングは、日本独特のもので、世界中が面白がる。のも、この日本の特殊性が面白いのであろう。日本が戦後、敵国の文化を借りて平和憲法を生み出しても、それは借り物であるなどという日本人も未だ絶えない。世界を平和に保ち、なんとか破滅を回避したいのは誰も同じであろう。だがしかし、現実はついに世界的な激突を明日に迎えているような、怪しい雰囲気が漂う。と見るのは、私のような老人だけだろうか。これは、人間全体世界中で深く考えなければ、ならないことである。昨日、池袋パルコの世界堂で画材を買った。ここのところ水彩画を描いていて、ここでも(祖父ネット)その喜びを書いている。絵を描くということは、僕にとっては原爆の図を描くことではない。僕はそれよりも近くの公園の緑のくさぐさや、大木を描くのが好きなのだ。僕は、父が信州で零戦工場の建設に汗を流している時、そんなことは全く知らずに。そこいらのくさぐさや杏やホタルやトンボや川魚や山や谷や、を駆け抜けたりして、遊んでばかりいたのである。近所の子が、都会っ子の僕を珍しがって、いじめたりしたのであろうとしても(記憶にない)、子供だからいつか僕も仲間になって、子供らは猿のように素早い集団となり、あの山や谷や川やを、飛び回っていたのである。で、僕は、平和が好きなのだ。で、僕はくさぐさが好きなのだ。野辺に咲く小さな花は僕が特に好きなもので、何の気なしに見ていて、そこに僕はここにいる、という風に語りかけて来るのが好きなのだ。で、つくずく、美しいと思うのだ。で、僕は。世界堂で、一番高い水彩画用紙を買い、一番高い水彩絵の具を使って、くさはらに座り込んで絵を描くのだ。顔なじみの画家でもある世界堂のT氏は、僕に。来年は世界堂が80年周年記念なのですが、何かいい企画がないですか、と問うてくれた。ので、僕は、平和こそ絵画のベースである、と力説して。テーマは「平和の絵画」、にしてもらいと言ったのである。もちろん絵画史では戦争画なども有名であるが、本来聖歌であるべき興亜讃美歌などにも、想像を絶する戦争思想が作曲されているが。しかし、僕は。これからの世界は(世界堂は)、つまり第三次世界大戦を避けるには。僕の愛する絵画の世界しかないと、強調したいと思ったのである。それは、僕が、幼児期。信州の佐久で自然から教わった、何ものにも変えられない、絵画の尊さの象徴であると、僕は主張したいのだ。僕は、今も。佐久美術館の友の会に属する不良会員であるが、それは僕の思い込みである片思いの、郷里として。それが、僕の価値観の絵画的高さの象徴なのであると、T氏に提案したのは。僕の老人としての人生の快挙、なのだと。言って。世界に平和があってこその、絵画であるのは言うまでもない。と、言って帰ってきたのである。

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筒井友美作品。「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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2019.05.20

永遠の生命と進歩の概念、内村鑑三のアメリカ下品発言

 内村が、アメリカのキリスト教を批判して。書いたのが大正九年の「東京朝日新聞」広告欄に載っている。全集では第25巻、591ページである。彼はその中で、「我が日本に於いて本当のレリジョン(英単語書かれている、以下同じ)とサイエンスとの調和を計りたいと思います。何れにしろヴァルガー アメリカン クリスチャニテイ ー は真平御免であります。そうそう(匆々)敬具 」とある。朝日新聞の広告、とあるのは理解しがたいが、そう書いている。それより、アメリカの下品(vulgar)を嫌った内村らしい、広告である。アメリカを嫌ったのは、彼ばかりではない。歴史の長いヨーロッパなどは、それをきらうことこの上もなかった。が、第二次世界大戦で是非参戦してもらいたい、の一心でイギリスなどは、だんだんアメリカびいきが出てくるのである。が、基本は変わらず。歴史の長い日本なども、実際はアメリカ嫌いである。僕も、実はアメリカ嫌いで、明治学院のようなアメリカ人の優秀な人(ヘボン)が神学校として作った学校に10年も行ったものでも、実際アメリカ嫌いなのである。しかし、当時はアメリカ好きも、いっぱいいて、戦勝国アメリカの空気を吸いたい人は、日本人の中に山ほどいた。が、僕は体が小さいので、でかいアメリカ人にえらく劣等感を持っているから、それで嫌いなのであろう。が、内村は日本人としても偉丈夫で、ヒケなど取るものか、といった武士の子孫で。堂々と、アメリカ嫌いなのである。彼が、色々あってアメリカに行くのは、札幌農学校で結局洗礼を受けてしまったことを受け、それならその本場を(当時はそう思われていた時期)見てやろうと、思ったのであろう。もともと、早々離婚する羽目になり、その不満解消をアメリカ留学にかけたのであろう。だが。ともかく、彼が死んで、まさか愛する日本が太平洋戦争まで、やるとは予想してはいないはずだ。ともあれ、下品なアメリカのキリスト教は、あの勧誘の、よく見かけるあの手の、アメリカ的勧誘には。僕もほとほと下品なものを感じている。そのアメリカこそ、それこそ科学発展の本場で、原爆を開発し、広島に落っことしたのだから。戦後に、罪深いアメリカの行動は、世界の軽蔑を受けてしまったのが現実である。その反面、高い科学の現実がまた今の世界騒動の問題と、なっている。何しろ、コンピューターにしても、アメリカはともあれすごすぎる。という、アメリカの不幸は、今も世界の不幸なのである。弁証法的であるキリスト教の発展形態たるアメリカは、矛盾の塊であることは、言うまでもない。それをヨーロッパの神学者ブルンナーは分析している。この人が、僕の高校の時の教科書である。

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永遠の生命と進歩の概念、奪われる未来(毎日新聞から)

スウェーデンのグレタさんという若者(十六歳)が、学校ストライキを呼びかけた、という記事。が、今朝のトップ一面の、毎日新聞である。スウェーデン語で書くと、SKOLSTREJK FOR KLIMATET らしいが。トップの写真が、彼女が掲げるスローガン、と彼女だろう。いうまでもなく、地球環境情報にもとずく世界の意識は、ここまできている。要するに、発展思想(俗的進化論)の行き詰まりであろう。で、有島武郎の北海道漁業と、絵画の関係をさらに読むことにした。北海道の厳しい冬と、スェーデンは、当時同じ質量を持っていたに違いない。厳寒の冬に耐える、漁業者のたくましさ。山のような波を乗り切りながら、漁を続ける労働者の群れ。

 は、今どこにいったのか。

 これを発展としないで、なんと表現するのか。さて、問題はこれから、ということであろう。有島は、もう一編の小説「カインの末裔」で、同じテーマにぶつかっていく。スェーデンの若者の標語は、「奪われる未来、若者よ怒れ」と書かれているようだ。で、彼女は、学校ストライキを訴える。僕は。戦後直後日本から帰る時に出版したブルンナー、が考えていた、進歩思想とキリスト思想の相克矛盾も読む(基督教のつまづき・1955年)。弁証法的な地球は、太古からすべて生命と死との、戦いである。だから僕は、絵画、なのである。僕は、昨日も近所の公園の、大木の下で絵を描いた。 

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 筒井友美作品。

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2019.05.19

永遠の生命と進歩の概念

かしら書きの、思いに至ったのは、殺人クリスチャン好地由太郎さんのおかげである。結局それが、神学者ブルンナーさんに至ったからである。それに「進歩の概念」と書いたのは、ブルンナー神学の中に文明の「進歩」が説明されているからである。日本の基督教の教会的働きが限界にきているのは、僕の目から見ても明らかである。なぜなら、教会ばかりではなく、人間の進歩そのものに疑問が呈される時代が来ている。教会も、その一環である。「進歩」が、限界にきているというのは、何も私ばかりの実感ではないと思う。これから生きる人がいるのに、こういうことを言う老人になりたくないのであるが。事実的全体的地球的問題だと思うので。死も近い老人がこう書くのは、よろしくないと知っている。甚だ迷惑だと思う。し、何にも面白くもないことであろう。考えてみれば、なんで。私がごときがこのような余計を書くのか、第一に書く資格などあるのか、と問われれば、では一体。誰が、このような大それたことを書く資格があるのか、と問いたいのであるから。僕は、こうやって、ブロガーとして、勝手に書いているのである。出版隆盛時代では考えられないことだ。こういった書きが可能なのも、出版の発展あってのことで。これを「進化」というのであろう。こう言えば、進化思想、進化概念は生きてはいる。が、しかし地球規模の資源の枯渇や人口問題や、核兵器、原発やプラ汚染などのことを考えると。本当に、これでいいのか。ということを自然とみんなが考えてしまうのが現代社会の実態であろう。それを引き受ける、若い人は、たまったものではないが。これから何十年も生きていかねばならない人々にとって、頭の痛い問題であるということに変わりはない。若いから、できるのである。が、この問題、実は。戦後に若い時を生きた僕たちにも厳然と、突きつけられた同じ問題なのである。あの時、世界は馬鹿げた大戦で多くの人命を死傷させ、剰えその殺しかたの凄惨なことは、これで人間であるか。と、問われた実態が次々と明らかになって、いく時代だった。それを引き受けた僕ら若いものに、訴えかけた神学者が、ブルンナーさんだった。スイスの人である。彼の本は、今は誰も読まないが、「基督教のつまづき」という本である。英語版では、「スキャンダル オブ クリスチャニテイ」という。僕が持っているものは、昭和30年に日本基督教団出版部から発行されたもので。図々しいことに、日本基督教団は、ここでも書いているように。戦中は「興亜讃美歌」なるものを堂々と出版し、それに少年版までこしらえて、戦争に協力を惜しまなかった今もある教団である。その、教団が、今度は終戦で。ブルンナーさんに頼り、基督教団の生き残りをかけたというのだから、恐れ入った話なのである。この興亜讃美歌は少年版とも明治学院図書館が今も保存している。是非見せてもらいたいものだ。で、一方、好地由太郎さんは慶応元年生まれの、十七歳の若い時に、女盛りの女主人を殺し放火した(日本橋で)クリスチャン(もちろん後での話)で(「恩寵の生涯」という自伝がある)、基督教的ヒュマニズムの実践者になった人である。この二人を書くことになるとは、思いも及ばないことであるが。説明などできるものではないほど、面倒なことなのである。と今日は書いて、やめたい。

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 筒井友美作品。

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2019.05.18

永遠の生命と殺人罪受刑者好地由太郎さんの宣教活動(その1)

「好地由太郎」という人を書く、Wikipediaの書きは最悪である。全く、彼の人となりを表さない。のは、残念である。と、まず書くのは、ここのところのキリスト教界の教会的ていたらくに嫌気がさすからである。そこで、昔から研究している好地由太郎さんを書きたくなった。のは、彼の素朴で徹底的な信仰の中に(歴史に残った)、キリスト教の真の姿を見る思いがあるからである。と、書いて、その予告を短く書いてその1とする。

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永遠の生命と小説家有島武郎の魅力と島田清次郎からの卒業

かしらがきの意識が生じたのは、有島武郎の生まれ出ずる悩み、を読んでいるからである。これを読んでいると、島田の小説の二十歳の幼さが目に付く。確かに、芸者冬子の内心の説明や生き方には、感心していたが、有島を読むと全く色褪せて見える。昨日はある病院に行ったのであるが、その間読み続けた。のは、有島武郎のそれである。北海道の冬を描く彼の力量を世間は認めるだろう。誰も異論のない、日本の誇る文学者である。あれを英語にしても、どうも上手くは伝わらない日本語の絶頂がある。その彼の小説の冒頭は英語で書かれているから。当時の学識の高さ、それを吸収する力量を感じるが、英語は訳されないまま冒頭に掲げられている。大したものだ。最近は僕も英語を読むことはなんでもないが(やっと)、英語のあまりにも単純な簡潔性には呆れている。日本語で、有島が著した北海道の漁民の。波を乗り切る力量など、とても英語では表せない。

 

 僕は、これを。明治学院の高校の時に読んだのは、その題名に惹かれたからであろう。生まれ出ずる悩み、とは有島もよくつけたものであるが、まさにそんな題名の内容が十分感じられる。が、読み切ったり覚えていたりする箇所など、一箇所もない。が、昨日は、全く激浪の中を魚の群れを追う漁業者の真剣勝負が、実に印象的に伝わってきた。病院は、今。全くクレゾールの匂いがしないに、気が付いて。呆れた。これは病院ではない。僕の知っている病院は、しっかりと消毒薬のにおいのする、しけたもので冴えないもので、わびしいものと決まっているのに、僕の昔の病院はすでに消えて。料金の精算も、次回の予約も何もかも機械がやってくれる。と言う、ことに驚いて外に出て、僕は最寄りの駅まで歩いて知り合いのいる、駅前の中板橋のアンデンドゥでコーヒーを飲み、家に帰った。小説の中の二人の主人公は、一人は有島という文学を志す人、もう一人は漁業を生業とする画家、の物語である。僕も今は、絵描きの端くれであるが、やっと思うように絵が描けるのは、水彩絵の具という道具とネット販売というシステムのおかげである、と言っておこう。もちろんその基幹は年金生活であるが。当時の有島にも漁民にも、それはないのである。

 

 にも関わらず、厳酷の海に二人は出て行くのだ。いうまでもなく、僕の比ではない。

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2019.05.17

永遠の生命と小説家有島武郎の魅力とその異常について

ついに、僕のブログも、おかしくなってきたのであろう、やはり、「有島武郎」に至った。有島は内村鑑三の弟子としても有名である。有島は、内村を裏切った最大の人物、として内村は。怒り心頭に達したようだ。その彼を以前、横浜生まれなどと書いたのは、全くのミスで。横浜は、薩摩隼人だった彼の父の勤務先で明治の高級官僚の息子。が、生まれたのは文京区であると、Wikipediaで知った。全て、彼に関してはやり直しである。久しぶりで(明治学院高校以来)彼に至ったのは、僕のキリスト教も、今更ながら知った事件の積み重ねで、真実内村無教会に至ったからで、さらに内村から離れた有島を連想したのである。キリスト教のあまりにも馬鹿馬鹿しい事件の中で、「興亜讃美歌」や「東洋英和女学院論文偽装事件」などのキリスト教的最大悪の事件がきっかけで、一気に。有島にも突入することにした。つまり絵画と文学の世界である。要するに神学世界から、離れたくなった。今更ながら論理で、神に至る不可能を知った。

 

 小説「生まれ出ずる悩み」は、北海道の自然を背景にしたドラマ。見事なもので、一字一字万年筆をギシギシと原稿用紙に擦り込むようにして書いた、と言う有島の書きに嘘はないと思える。やはり、言うまでもなく彼は、本物の小説家であろう。中途半場に終わった島田清次郎とは、小説の格が違うと思う。世間の目は、節穴ではない。

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 筒井友美作品。

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2019.05.16

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(9)と興亜讃美歌の研究その二

表題の問題は、二者とも実は繋がりがある。一方は武藤富男、もう一方は興亜讃美歌。一見して繋がりがないように思うと、そうではない。前者は戦中の満州国宣伝担当の高級官僚、他方は戦中の国内キリスト教の戦争迎合讃美歌である。その実態には、いうまでもなく確たる繋がりが、ある、とはいえない。が、戦中日本の軍事侵略に迎合せざるを得なかったと、通常説明される基督教界特に、日本基督教教団と深く関係がある。どちらも明治学院とも関係が深い。ヘボンによって明治維新前から準備された明治学院は、純粋な外国の宣教学校、特に神学学校として期待されていた。ということを、僕は入学当時知らなかった。中学生の時に渡された高谷道男さんの書いた「ドクトル・ヘボン」を読むほどの技量はまだなかった。親にも見せたと思うのであるが、二人とも読まなかったと思う。僕を、明治学院に入れておきながら、両親ともそれを読むことはなかったと思う。

 が、僕は、実は初め読めなかったが、その後かなりこだわった。当初読めなかった、むづかしかったという印象を、なんとか克服したかったからである。それは、何度かの後にできた。ただ、それでも高谷という人が、まさか内村鑑三の研究会に出席していた秀才だった、とは人生の後半も後半でやっと、わかったことである。だから、初め無教会と教会という関係を整理できていない。この問題を僕たち戦後派が整理するのは、やはり相当の時間が必要だった。そして今、やっと七十七歳で、完成したと言えるだろう。それは、明治学院が深く関わったこの興亜讃美歌を持ってして、それは完成したと思う。ここまで、やったのか、と思ったのである。

 まさか、聖書を変えることはできない。聖書の解釈を変えることは可能である。自分に、都合の良い箇所は、聖書に山ほどある。が、それは、あまりなされなかったと思う。その解釈をして戦中有名になったのは、本間俊平である。しかし、彼は、真面目な大倉土木(今の大成建設)の社員大工で、いろいろの経過で、最後は東京帝国大学で基督教時局講演会まで開いた人である。が、ともあれ。その中で、讃美歌問題は、僕にとって実に深刻だ。それもご丁寧に子供讃美歌まで用意され、教会学校で歌われていたのではないかと、疑ることになったのは、僕だけかもしれない。馬鹿みたいに、真面目に僕も。教会学校の教師をしていたから、まさかこんな讃美歌があるとは思っても見ない戦後派であるが、なんとも情けない次第。キリスト教だけは、少なくとも少しは戦争に抵抗的程度の活動があって然るべしだと。思っていたのである。

 思って、今も教会クリスチャンである高校時代からの真面目なクリスチャンに。電話で、その一節を読んで聞いてもらった(歌ったわけではないが)、一言「軍歌だね」という感想だった。僕も、戦後文語調の讃美歌を歌っていたから、あまり抵抗はないが、その内容には抵抗がある。つまり、僕らは、戦中に改変されていた讃美歌の、そのまた改変された戦後讃美歌で、育てられた、と知った。「神は我がやぐら」が好きだったが、それは戦中の讃美歌からは削除された、ようだ。と知った。僕は、内村鑑三全集第25巻を読まざるを得なかった。内村は言う。「日本は聖書から科学を見る、ことがない。科学から聖書を見るから、聖書がわからなくなるのである。」と。明治維新という維新は、確かに科学が優先され、そのために宗教はないがしろにされた。科学的思想という名の下に、近代思想が入り込んだのである。しかし、欧米では、いつも当たり前のように、まず聖書があり、その聖書の研究や批判の中から科学思想を生み出したのである。その優れた科学を、聖書の検証もなく使用する日本が、アジアの先進文明国家に成長した、という歪んだ歴史を歩むことになった日本、と内村は分析もし、予言もしたのでる。

 

 今の日本は、科学によって、世界の孤児になった、と言って、今日は僕も書き続けられない。対処法は、ないのか。日本を世界史の正常値に、どうすれば戻せるのであろう。七十七歳の戦いは続く。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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2019.05.15

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(8)と興亜讃美歌の研究

昨日は、びっくりポンの繰り返しで、最後は東大経済学部出身の三十五歳の青年議員丸山穂高のびっくりポンで終わった。のは、彼が確信犯であるということを確信したからである。維新の会は彼を除名したが、あのような発言をした人は、誰かが拾うものである。多分そういう風になるのが政治の常道である。初めはバカかと思ったのは、Wikipediaを見ていなかったからである。すぐ調べたら、通産省出身の優秀な官僚だったので、ははん、と思った。大蔵官僚では、間違ってもでない発言である。先日東池袋で交通事故の不幸を作り出したのも、彼と同じ経歴を持つ秀才老人で、あの不幸が元で彼の人生は真っ暗になったが、宗教的に救われる以外には救われる方法は、ない。と思う。僕も、実は昨日疲れていた。少し小雨が降って、好きな絵も外で描けないので、屋内で描くつもりでいたところ、なんとも奇怪なもの「興亜讃美歌」の情報に接して、一日中振り回された。僕の恩師が編纂した明治学院100年史に加え、やはり明治学院の「心に刻む・敗戦50年の自己検証」も読み、つくづく国家権力の高さと恐ろしさを経験していた。ので、丸山発言は、かなり意図的だと、思うようになった。武藤富男は帝大法学部である。僕らの時代の学長で、僕はその人生模様をよく知るのであるが、丸山発言と好一対をなすので、いささかい書きやすいが、ことは重大である。現代の秀才議員は戦争発言をし、一方は再軍備反対を唱えている。この一連の動きは、何を意味するのであるか。僕はそれを基督教的視点で捉えながら、今日はこの程度とし、内村鑑三全集25を読んで、気を落ち着け頭を整理したいと、思っている。諸君。僕は、世界が平和であることを願いながら、日本の未来に思いを馳せ、皆様の幸せを祈りながら、今日は曇りであるな。

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 筒井友美作品。

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2019.05.14

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(7)興亜賛美歌という奇怪

ネット社会の尊さは、人間社会の愚と賢が、一段と精緻になることである。と、ネットで昨日、奇怪中の奇怪に出会った。ことから再認識させられた。僕らが、明治学院の戦後教育(十年間)を受けている頃。戦前にそんなことがあったとは、今もって思ってもみなかったことが、一気に明らかになった昨日だった。のは、呆れるばかりの「騙された」というはじめのショックから、少しは立ち直った。今朝である。かつて教会クリスチャンだった僕は、それが教会やミッションの学校を守る仕方のない、「方法」でもあった、と冷静になったものの。今朝これを書いているときは、またいささか感じ方も変わってきている。呆れたから、軽蔑的になってはいけないと思いつつ、もっと大人になって、やむを得ない処置。いや、積極的にそれほど。圧迫は強烈を極めていて、国家総動員の戦争の怖さと、国家権力の暴虐の深さと闇を、思わずにはいられなかった。七十七歳の僕である、とはなんと、情けない非力であろう。だから、ローマ帝国は、増殖するクリスチャンを処刑していくのであると、思いつつ。現代クリスチャンの自分を責めている。

 などと、散々ん気を持たせているが。表題の「興亜賛美歌」などというものをご存知の方はまれびとであろうと、思うのである。僕は無教会のクリスチャンであるが、本当に内村鑑三には、心から感謝している。無教会で、良かったのである、と。つくづく思っている。ただ最近無教会では、宣教の実はあげられないとも、自分を責めることもあるが、たまたま偶然に、友人の画家から昨日電話もあって(僕のブログを読む気の毒な人でもあるが)、少しは僕のキリスト教を理解していくれるところもあって、どうかしてこんなことでイエスキリストという神への信仰を、阻害しないように、僕も頑張ってみる、というのが、今朝の書きの意味するところである。が。

 戦中(第二次世界大戦・太平洋戦争)で、真面目に、本当に真面目に。かしら書きのような賛美歌が作られて、真面目に礼拝で歌われたような記録がある。大の大人が大真面目に、日本の侵略戦争を正当化して、なんと恐るべきこと。に、その正当性を賛美歌に表現して、教会で日本の勝利を歌った、という事実は、知らなかった。勝利を祈願したことは、知っていた。が、賛美歌まで、ご丁寧に作っていたとは、あきれたことである。戦争の首謀者たるキリスト教国ドイツなども、ナチズムにすり寄った教会のことは、知っていて。あきれ果ててはいたが、散々明治維新以来関係の深かったアメリカに世話になってできた学校(明治学院)も、それを賛美歌で実行していたとは。いろいろあるにしても、あきれた話である。卒業生として、組織としてのキリスト教のばかばかしさを、今更ながら、哀れんでも仕方がないが。やってしまったことは、先回の東洋英和院長と言うミッションスクールの論文捏造解任事件、なども思うと、悪魔の仕業は。やはり、さすがであると、思う。人間の弱さを言うイエスキリストの高さも、神にしてできる、ものであると、思いながら。礼拝堂で、心持ちいい気持ちになって賛美歌などを、さんざん歌っていたあの頃の若い自分を、思い出していた。無教会となってすでに20年30年も経過したから、この頃は、とんと賛美歌を歌っていない。

 もっぱら、聖書を読んで、簡単なイエスキリストの誕生の、処女生誕記事を読んで確かに、神でなければできないことであると、思うこの頃である。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

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2019.05.12

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(6)と東洋英和女学院・院長解任事件その2

で、聖書のマタイ伝第一章を掲げる。マタイ伝(マタイによる福音書)で、十八節には次のように書かれている。「イエスキリストの誕生の次第は次のようであった。」これが、キリスト教のすべてである。神学などではありえない箇所。教会でもないのである。この言葉なくして、キリスト教はない。のである。どういうことかといえば、これが「神」が人になって出現したという唯一の証である、ということである。つまり日本語でいえば「如来」の出現に過ぎない。昔、明治学院を創りあげた宣教師たち、その代表はいろいろあるにしても私にとってはヘボンという人が、和英語林集成というローマ字和英辞書を作った時に、神と訳さず如来と、訳せば済んだ話で。如来をいろいろ東洋的漢字的日本語的に考えてみれば、神とは如来、すなはち出現したき時に、思うが如く出現自由に、出現する存在は、すでに日本文化の中にもあったのである。だから、特に深くは考えず素直に「如来するもの」が神と訳されたのである。で、ヘボン以来キリスト教の神は如来と訳さず、「神」と訳されることになった。

 中国語では神は「天帝」などとも訳されるから、その訳語そのものは、大した問題ではない。問題は、その概念であって、人間にとってともあれ如来していただきたい、救世主の問題である。人間は、有史以来知恵が増し、そのような存在をいつも希求せざるを得なかった。で、如来にとどまらずイエスキリストの優れているところは、如来だろうが神だろうが、その存在が人間としてわかりやすく、目に明らかな身近な存在として、神ないし如来が出現した、というストーリーにあるのである。ここに神学などあるわけはない。もちろん、科学もない。だからニーチェの肯定も否定も無意味であると思うのが、僕の立場である。

 このイエスキリストを神学化するのも人間で、素晴らしい人智であるが。その始めが聖書のもう一人の中心人物パウロ、の考え方の中に実在したのである。どちらにしても人間は、死の淵より救われたいのは、いうまでもなく。古代人とて、それに飛びついたのであるが、それで。ただそれだけで、人間社会の代表であったローマ大帝国は、それを国教としたのである。そこから、全ての人間らしい虚偽の歴史は始まる。いわば、西洋では如来をイエスキリストとして人間化したのであり、人間化したからこそ、そこに虚偽が生じたのであるが、その虚偽の宣教者が昨日の新聞の神学大学を卒業した人の、東洋英和の院長さんであると、いうことになる人間的、ああ人間的フライイング現象なのである、と言えるだろう。僕も若い時、東洋英和の女学生と仲間だったこともあり、残念であるが。今は普通の主婦ばあーさんとして、平穏に生きているに違いないと思っているが。多分彼女も、今更ながら、神(如来)が人になった、ということを信じているかどうか、疑っている。もちろん、いうまでもなく僕は今朝も聖書のその箇所を読んで、つくづくありがたいことであると思う自分をありがたいと、と思っている。ありがたい、とは漢字で書くと「有難い」、と書くが、本来ありがたい、こと。すなはちあることが、難しいこと、奇跡、が起こったので、ありがとうございます。と、人は答えるのであると、子供の僕に教えてくれたのは、クリスチャンの母なのだ。今更ながらえらい母だと思う。

 多分フライングした東洋英和の彼は、頭脳的にのみ神(如来)を考えたのであろう、それが神学なのかもしれないが。絵描きの僕なぞは、一本の草の中にも如来(神)を見るぐらいな歳であるから、何をか言わんや、であるが、今日も晴れているので、原っぱで絵を描きにいくつもりにしている。

 痩せがえる 負けるな 一茶 ここにあり と奥信濃の俳人は詠んだと思う。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

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2019.05.11

永遠の生命と武藤富男の「キリスト教入門」の解説(5)と東洋英和女学院・院長解任事件(緊急)

事件の首謀者は深井智朗(54歳)、とされる。院長だからややこしい。どうも普通の学校のように、よくある理事長と院長の内部闘争ではないかとも思える。が、この際。毎日新聞によると懲戒解雇だという。キリスト教文系では珍しい論文捏造盗用事件だから、祖父ネットにはもってこいの話題である。が、 これ以上は書きたく無い。がここで、日本のキリスト教劣化問題を取り上げていて、僕は無教会で教会派の人々の闘争にはもともと加担しない。加担しないから、無教会なのである。内容は、お粗末なドイツ哲学や神学の盗用らしいが、もともと日本教会などには神学は存在しない。存在しないものを無理に学校で論文化すると、こういう捏造となる。要するに借り物である。

 2000年前、のイエスさえ欧米では捏造に過ぎない(無神論、ニーチェ)。日本の宗教も、元を正せば権力者の捏造である。あらゆる宗教は、捏造といえば捏造。科学のように、法則があるわけでは無い。これ以上は言いたく無い。それにしても無様。捏造したという院長は、東京神学大学の出身である。東京神学大学は僕が10年通った明治学院から独立している。そこの出身者のやることだから、事件性のある問題は今までにもいっぱいあることは知っている。が、それはいうまい。もう本当に言いたく無い。で、Wikipediaから転載しておく。普通の人は、全くわからないものだ。科学の捏造とは趣が違うだろう。

 Wikipediaから

 不正行為・北海学園大学准教授の小柳敦史が、深井が2012年に発表した著書「ヴァイマールの聖なる政治的精神 ドイツ・ナショナリズムとプロテスタンティズム」で論考を行った論文の書誌情報が公開されていなかったことに疑問を持ち、日本基督教学会を経由し、深井の研究不正の疑いに関する公開質問状を送り、これが2018年9月25日付の学会誌に掲載された。小柳は論文の著者とされる人物や論文について調査した結果、「単なる『間違い』ではなく、深井氏による創作であると疑われる内容が含まれることが判明」したと指摘した。2018年11月に「研究活動上の不正行為の疑いがある」として、東洋英和女学院が学内調査委員会を設置した。2019年5月10日、東洋英和女学院の学内調査委員会は研究活動上の不正行為(盗用および捏造)があったと認定し、同学院はこれを受けて開催した臨時理事会で深井を懲戒解雇処分とすることを決定した[9]。調査では、深井が「ヴァイマール」で紹介した「神学者カール・レーフラー」は存在せず、その論文も捏造であるなどと認定した。

 研究活動上の特定不正行為に関する公表概要によると、深井教授は「実在しない人物と論文を基に本件著書を書き、その著書の一部にて他者の文献より適切な表示をせず引用を行なった。また、実在しない架空の証拠を基に本件論考を著した。これらについて、本調査委員会は、研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務の著しい懈怠があったとして、特定不正行為(捏造・盗用)が行なわれたものと認定する。」とした。

 本人は一部に関して「想像で書いた」などと説明をし、意図的な研究不正を認めていない。

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 筒井友美作品。

 「帰る場所」、 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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