2018.06.22

杉山勝己と聖書(448)聖書はいかにして、信じられるのか(48)画家筒井友美個展の理解に、やっと少しは達することができたか。

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2018.06.21

杉山勝己と聖書(447)聖書はいかにして、信じられるのか(47)三つの慶事来たる。一つは「のむみち」さんがご来訪くださったこと、二つ目は「天使論序説」が着いたこと。三つ目は、やはり、渡辺崋山(岩波思想体系55)も。着いたこと。である

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2018.06.20

杉山勝己と聖書(446)聖書はいかにして、信じられるのか(46)今朝の(4月20日)涼しさは、これで最後だろう。あとは、湿度の高い日本の夏、になる

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2018.06.19

杉山勝己と聖書(445)聖書はいかにして、信じられるのか(45)古書店賛歌

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2018.06.18

杉山勝己と聖書(444)聖書はいかにして、信じられるのか(44)アマゾン古書でコンビニ既払いの、天使論序説は、発送準備が整ったと、連絡が入った、のは今朝(18日)のメールである。

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2018.06.17

杉山勝己と聖書(443)聖書はいかにして、信じられるのか(43)武藤富男著「再軍備を憤る」の解説

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杉山勝己と聖書(442)聖書はいかにして、信じられるのか(42)北朝鮮問題も、蓋を開ければ大したこともなく。実行性の伴わな口先政治の常套手段。で、核兵器廃絶という、人類の悲願は、庶民の非権力の。弱微なたわごとを言わされた、考えさせられた受動的な、いつもの大衆(だいしゅう)の恥を、晒してくれた、ものである。

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2018.06.16

杉山勝己と聖書(441)聖書はいかにして、信じられるのか(41)武藤富男さんには、「キリスト教入門」という立派な本がある。出版は昭和49年70歳1974年の時である

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杉山勝己と聖書(440)聖書はいかにして、信じられるのか(40)祖父ネットもやっと、「天使論」に、達したと思うと感無量である。

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杉山勝己と聖書(439)聖書はいかにして、信じられるのか(39)映画作りは、当然5億か10億か。の世界で。かつて映画会社の日活にいたが、その時の制作費の上限は500万、とか。ポルノは300万にしなさい、と堀社長は言ったようだ。しかし、甘粕正彦主題の満州映画となれば、そうはいくまい。で、もちろんそれは、架空のヨタ話であるが。武藤富男読みには、成果があった

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杉山勝己と聖書(438)聖書はいかにして、信じられるのか(38)自殺介護士と新幹線、という取り合わせ。とか、幼児殺人と見守り男、とか。オレオレ詐欺と連れ去り殺人とか。どうも、奇にして、妙なと感じる事件は。地獄と天国、神と悪魔との取り合わせと、ぴったり。秀才と満州国とか、銀幕と満州とか。

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杉山勝己と聖書(437)聖書はいかにして、信じられるのか(37)教会と旧牧師との係争は8年におよび。やっと結審となった、その結果は。と書き、友人に、何度やめろ引き下がれと、言った自分に。呆れている。が、満州を書く武藤富男さん、と大俳優宝田明さん大小説家佐伯泰英さんには、満州映画を作ってもらいたい、という趣旨

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2018.06.15

杉山勝己と聖書(436)聖書はいかにして、信じられるのか(36)満州国を書く、武藤富男さんの論旨は明快で。さすが戦前の秀才は、格が違っている。が、さらに遡ってけさ、日本橋のお嬢様の夢を見た

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2018.06.14

杉山勝己と聖書(435)聖書はいかにして、信じられるのか(35)大衆、を。たいしゅう、か、だいしゅうか。と音読みを変えてみると、驚いたことに、新たな意識に達する。つれて英語は、people か、と考えてみると、ぴーぷる、とはふざけた感じのする、音域である。

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杉山勝己と聖書(434)聖書はいかにして、信じられるのか(34)忽然と武藤富男さんが浮上してきたのは、佐伯泰英さん本(惜櫟荘だより、岩波書店)をさらに買い増したからである

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2018.06.13

杉山勝己と聖書(433)聖書はいかにして、信じられるのか(33)熱海の旅は、実に、様々な結晶があった。惜礫荘(佐伯泰英邸)は観なかったが

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2018.06.09

お知らせ。10、11、12日、都合により閉店いたします。またの、ご来店をお持ちしております。

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杉山勝己と聖書(432)聖書はいかにして、信じられるのか(32)ミラノの芸術家TOKUDA TOMOKOは、アウグスティヌスと因縁のある都市ミラノにいる。アウさんは、血はアフリカ人、性の力も強い。アレキサンドリアが、ローマ帝国の支配下にあった時、そこで育った。女色に迷い、母が心配する。

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2018.06.08

杉山勝己と聖書(431)聖書はいかにして、信じられるのか(31)http://www.tomokotokuda.com ミラノの日本販売が、東武デパ3階五番地で開催されている。ので、行った。時に、毎日新聞イタリヤ便りは、三面6月8日今日、載った。本場イタリアから300年前、茗荷谷でシドッチ宣教師、は死ぬ。などと、書いている。ここ祖父ネットは、イタリア漬けである。

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杉山勝己と聖書(430)聖書はいかにして、信じられるのか(30)ローマ帝国キリスト教化の、呪縛は結局、今の所日本の敗戦で極を結ぶ。と、昨日の工藤美代子さんの本「ジミーと呼ばれた日/若き日の明仁天皇」で、明確になった

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2018.06.07

杉山勝己と聖書(429)聖書はいかにして、信じられるのか(29)もちろん、画家高島野十郎と言う人は、読めば読むほど。要するに、宗教に到達する、のは。つらい、そしてついに新井白石とシドッチに至るか

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2018.06.06

杉山勝己と聖書(428)聖書はいかにして、信じられるのか(28)書く、と描く。と、読む、と。観る、とコーヒーと

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2018.06.05

杉山勝己と聖書(427)聖書はいかにして、信じられるのか(27)1500年前の書物。岩波文庫であるが、昨日アマゾンを通し、ある古書店から着いた。その題は「神の国」アウグスティヌス著、第5巻目である。

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2018.06.04

杉山勝己と聖書(426)聖書はいかにして、信じられるのか(26)キリスト教が今日の隆盛を見たのは、また失敗は。ローマ帝国の国教になったことが原因である、と書いてきた。が、その現実は、渡辺崋山によって、記録された。

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2018.06.03

杉山勝己と聖書(425)聖書はいかにして、信じられるのか(25)さすが、八木誠一さんは、私ども日本人クリスチャンの、良き先輩である。ローマ帝国の国教になったことは、キリスト教の失敗であり、また成功であると、矛盾することを書く祖父ネットも。それは世界史上の、難題である。と、いう意識には、相違がないのではないか

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杉山勝己と聖書(424)聖書はいかにして、信じられるのか(24)八木誠一さんは、本の冒頭で、次のようにイエスを書く

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2018.06.02

杉山勝己と聖書(423)聖書はいかにして、信じられるのか(23)傑作である「神の国」、の面白さの、ほんの一部を書いてみよう。と、思うのは、もちろん面白いからである。

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杉山勝己と聖書(422)聖書はいかにして、信じられるのか(22)ここで、少し。アウグスティヌスの「神の国」の、書物としての構造を明確にしたい。のは、自分もよくわからなかったからである

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杉山勝己と聖書(421)聖書はいかにして、信じられるのか(21)で、神の国と、題する妙な、とんでもない本に見える、ローマ帝国時代の本をよむとは、なんと古いことであるかと、思うのである、のは当然である

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2018.06.01

杉山勝己と聖書(420)聖書はいかにして、信じられるのか(20)素人のキリスト教神学史勉強は、これだからだめだ、ねという事態が生じた

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杉山勝己と聖書(419)聖書はいかにして、信じられるのか(19)で、ローマ帝国の国教、という面倒なキリスト教のミスを、歴史から

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杉山勝己と聖書(418)聖書はいかにして、信じられるのか(18)シドッチとローマ帝国という意識から、キリスト教カトリック批判をおこなう

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2018.05.31

杉山勝己と聖書(417)聖書はいかにして、信じられるのか(17)江戸の骨は語る、300年前の人骨はシドッチだった

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杉山勝己と聖書(416)聖書はいかにして、信じられるのか(16)なるほどザ、ワールド。神の普遍と神学と、キリスト教

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2018.05.30

杉山勝己と聖書(415)聖書はいかにして、信じられるのか(15)日本大学で喪失した、日本武士道精神

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杉山勝己と聖書(414)聖書はいかにして、信じられるのか(14)苦節10年強、アクセス十万回。を越えたようだ。

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2018.05.29

杉山勝己と聖書(413)聖書はいかにして、信じられるのか(13)などと、言いながら。ユーチューブで、偶然カンボジア売春の現実を、観る

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杉山勝己と聖書(412)聖書はいかにして、信じられるのか(12)神学の存在を知らなかった明治キリスト教の、悲劇

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2018.05.28

杉山勝己と聖書(411)聖書はいかにして、信じられるのか(11)明治キリスト教に神学なし。とは、当然の、歴史であった、とは気がつかなかった

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杉山勝己と聖書(410)聖書はいかにして、信じられるのか(10)「銀幕に愛をこめて/ぼくはゴジラの同期生」(宝田明/構成のむみち、筑摩書房、2018年5月刊行)から

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杉山勝己と聖書(409)聖書はいかにして、信じられるのか(9)内村鑑三全集31(全40巻/岩波書店)、2001年第二刷、285ページから

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2018.05.27

杉山勝己と聖書(408)聖書はいかにして、信じられるのか(8)かくのごとき証拠が果たしてあるであろうか。と、内村鑑三は書く

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2018.05.26

杉山勝己と聖書(407)聖書はいかにして、信じられるのか(7)内村鑑三全集31(全40巻/岩波書店)、2001年第二刷。285ページから。

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杉山勝己と聖書(406)聖書はいかにして、信じられるのか(6)作家高村薫さんの時代の伝言(毎日新聞)には、教えられた

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2018.05.25

杉山勝己と聖書(405)聖書はいかにして、信じられるのか(5)イエスは、神の子である、という非合理に見える真実で、宗教的非合理を打破する

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2018.05.24

杉山勝己と聖書(404)聖書はいかにして、信じられるのか(4)内村鑑三全集、11巻から転載するはず、がなんと

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2018.05.23

杉山勝己と聖書(403)聖書はいかにして、信じられるのか(3)で、いよいよ最後の命題に一気に至りたい。それは「イエスはいかなる意味において神の子であるか」の内村鑑三、である。

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2018.05.22

杉山勝己と聖書(402)聖書はいかにして、信じられるのか(2)いよいよどん詰まり。祖父ネットも、いつか終わらねばならない時

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杉山勝己と聖書(401)聖書はいかにして、信じられるのか(1)ローマ帝国の国教となったキリスト教は、それで失敗した、と書いた

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2018.05.21

杉山勝己と聖書(400)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(28)なぜ私は、パリカフェーを描くのであるか。

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杉山勝己と聖書(399)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(27)で、島崎藤村。とは、いったい何者か。

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2018.05.20

杉山勝己と聖書(398)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(26)要するに、こう言ったイエスを信じたので、茗荷谷の惨劇は起きる。

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杉山勝己と聖書(397)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(25)とは言え。果たしてマタイ伝の記述は理解できるのか。

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杉山勝己と聖書(396)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(24)マタイ伝を、読む。それも11章17節の歌

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2018.05.19

杉山勝己と聖書(394)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(22)聖書から、それもマタイ伝、で。

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2018.05.18

杉山勝己と聖書(393)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(21)なぜ、銀座教文館に、行ったのであるか

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杉山勝己と聖書(392)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(20)十万人を越える祖父ネットに、意味はあるか

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2018.05.17

杉山勝己と聖書(391)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(19)新井白石を、忘れていませんか

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杉山勝己と聖書(390)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(18)島崎藤村は、パリで

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2018.05.16

杉山勝己と聖書(389)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(17)ヨーロッパ熟年五人旅、という小説

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2018.05.15

杉山勝己と聖書(388)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(16)という意識は、ヨーロッパ旅行へ飛ぶ

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杉山勝己と聖書(387)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(15)最後のキリシタンと新井白石

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杉山勝己と聖書(386)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(14)トランプさんのエルサレム発言

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2018.05.14

杉山勝己と聖書(385)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(13)そして、ここでスピノザに

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2018.05.13

杉山勝己と聖書(384)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(12)で、今日(5/13日)毎日新聞から、

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杉山勝己と聖書(383)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(11)画家ブリューゲルから

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2018.05.12

杉山勝己と聖書(382)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(10)が、確定する日

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2018.05.11

杉山勝己と聖書(381)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(9)

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2018.05.10

杉山勝己と聖書(380)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(8)

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2018.05.09

杉山勝己と聖書(379)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(7)

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2018.05.08

杉山勝己と聖書(378)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(6)

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2018.05.07

杉山勝己と聖書(377)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(5)

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2018.05.06

杉山勝己と聖書(376)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(4)

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2018.05.05

杉山勝己と聖書(375)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(3)

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杉山勝己と聖書(374)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(2)

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2018.05.04

杉山勝己と聖書(373)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(1)

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2018.05.03

杉山勝己と聖書(372)軽井沢日記(9)「峠であった人、私と聖書2」武藤富男編 が手元にある

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2018.05.02

杉山勝己と聖書(377)軽井沢日記(7)アウグスティヌスの二元論は、すでに西暦500年ほどが経過した時

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2018.05.01

杉山勝己と聖書(376)軽井沢日記(6)高島野十郎、と言う画家は知られていない。言うまでもないが、知られることが、目的でもないが。

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杉山勝己と聖書(375)軽井沢日記(5)アポロ13、と言う映画は。私が結婚した時期の、時間的同時的出来事だった、とは

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2018.04.30

杉山勝己と聖書(374)軽井沢日記(4)神保町岩波書店のブックセンター再開の喜びを書く。

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2018.04.28

杉山勝己と聖書(373)軽井沢日記(3)

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2018.04.27

杉山勝己と聖書(372)軽井沢日記(2)

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杉山勝己と聖書(371)軽井沢日記(1)

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2018.04.21

杉山勝己と聖書(370)都合により、4月26日まで休刊いたします。

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2018.04.20

杉山勝己と聖書(369)「坂倉準三」は、世界の建築家、である。が、唯物論者であるとは、今まで認識したことはない。が、建築家は、唯心論者では、ありえない、のもやむを得ないのであるとは。いままで、全く認識したことは、なかったが。これで、全てが、判明した。と、自分で苦しんでいた心の深い悩みの理由を、自分でやっと76歳で見出した、思いで、ある。

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杉山勝己と聖書(368)聖書の原本は、なんと!! ないのである。と、知った人は、どんなショックを受けるだろうか。

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2018.04.19

杉山勝己と聖書(367)日本銀行は18日、紙幣の発行業務などを担当する発券局の職員が、155万円相当の記念金貨計16枚を盗んだ疑いで警視庁に被害届を提出したと発表した。

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杉山勝己と聖書(366)「霊操」という本が、ある。岩波文庫であるが、日本に宣教に来た(1549年)、フランシスコザビエルの師、である、イグナチオロヨラが書いたものである。それを訳した門脇さんは、禅とそれとが、同様の、高い何者かを表すと、書いている(解説)。が、納得できない。

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2018.04.18

杉山勝己と聖書(365)近世のザビエルのキリスト教も、近代の明治以後のそれも。アジアで接触したキリスト教は、所詮宗教改革と、果ては無神論で毀損したキリスト教である、ということを認識することは、今までできなかった。

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2018.04.17

杉山勝己と聖書(364)フォイエルバッハ、ともなると、読者は歯が立たない、らしい兆候がある

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2018.04.16

杉山勝己と聖書(363)東北大学教授 故新明正道さんは、私が明治学院大学の生徒の時、の教授である、ことを認識している。

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杉山勝己と聖書(362)「もの」か「こころ」か、人の心を計算しても、方程式は、不成立なのであろう。と、キリスト教は、「こころ」派か。

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杉山勝己と聖書(361)いよいよ、祖父ネットのキリスト教も、フォイエルバッハに、至った

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2018.04.15

杉山勝己と聖書(360)荒野で叫んでみても、誰も聞いてはくれない(聖書)が。聞いてくれる、とは、何を意味するのであるか。

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2018.04.14

杉山勝己と聖書(359)鎖国の心理学、を被攘夷派であるクリスチャンが、書いた事例は皆無、ではないか

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杉山勝己と聖書(358)今の官僚は、過去の戦後の官僚と違い、独立性がないのが、悲劇である。

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2018.04.13

杉山勝己と聖書(357)「攘夷の幕末史」(講談社現代新書)を読みながら、一日が過ぎたのは、あまりに面白いからである

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2018.04.12

杉山勝己と聖書(356)意外、明日から始まる横山大観展に期待する、とは

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«杉山勝己と聖書(355)キリスト教幕末史を書いていると「攘夷の幕末史」が気になり、ジュンク堂に行き。ついでに、週間ダイヤモンド/劣化する伝統宗教、も買った