永遠の生命と、人間存在の希望の研究(465)9月19日 土曜日(千回を目指して)

現代社会の現役から離れて、世の中を見ていると、それもネットで。呆れるほど馬鹿げた過去の、戦争の記録などを見て、人間が。いかにバカであるかとますますわかる。少しの切り傷でも痛いのに、殺傷力抜群の、たった一個でも済む爆弾をパラパラと無数にバラまく、爆撃機の様は。見ていることができない。一方聖書の、イエスの言葉は高いばかりでなく。彼の十字架刑の酷いことは想像できるから。高い言葉(神の言葉)を殺傷するのが人間の回答である。と、言ってしまえば、それが世界史の記録であろう。が、受肉した神の言葉は、それ以後の記録に残る人間史のどの部分にも。神の言葉から全く外れている人間史になると、僕にはますます明確になる。という老人認識の、精度の高さが。僕を暗澹とさせる。僕のような歳で、歳を取るとはこんなにも辛いことだとは。若い時、一向に気づかなかった。で、過去に自分が関わったことを整理して、中国問題を語ると昨日は決めた。昨日のうちから準備した本が四冊、ノートが一冊で、計五冊が。その書きの資料で、紐で縛って準備した。①中共雑記・エドガースノー著・小野田耕三郎訳、未来社。②現代中国経済論・梶谷懐、藤井大輔編著・ミネルヴァ書房。③大河の流れのように・日中青年交流30年の歩み・日本青年団協議会・財団法人日本青年館刊行。④旅沈撫・第一回日青協訪中友好青年の船十三班記録・杉山勝己自費出版。⑤読売新聞関連記事、切り抜きノート。以上五冊であるが、この山を見ているだけで疲れる。さらに、①から⑤を年代で書くと。1964年、2011年、1990年、1976年、1976年となる。一見バラバラで、脈絡が無いようであるが、うまく並べると。現代世界で一番深刻な問題、米中対立の現実を語る資料が揃ったことになる。と、書いて今日はやめたい。あまりにも深刻な、現在の米中対立は。ヘタをすると世界戦争になるのではないかと老人的心配で。その大河の流れのような、日中問題の流れを。真摯に書きたいのであるが、明日にして。今日は資料のことを、一応簡単に説明して終わりたい。①を訳した小野田氏は、僕の中国語の先生で明治学院大学の時。その時、有名な詩人、西脇順三郎氏もなんとなく、小野田氏の周辺にいた時。で、いうまでもなく西脇氏は、ノーベル文学賞の候補にもなった詩人。小野田氏が訳した著者のスノーは。当時、中国共産党草創期の幹部たちと面接。その記録とされるもの。②は、最新の中国経済の実態が書かれているもの。③は、日本青年団の日中友好史を総括したもの。④は、私が自分でガリを切って印刷製本したもの。で、「青年の船第十三班」の旅行記録。⑤は、その旅行の後援が、読売新聞だったので、関連記事が連載されたそのスクラップブック。ただ、その旅が偶然、毛沢東の死と重なったため、記事が特殊化し大々的になった。といった五つの資料をもとに。現在の深刻な、米中問題を語り、その未来を予想したい。が、それは明日。今日は早く目が覚めてしまい。やっと、空が明けたようだ。

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 筒井友美・「帰る場所」。

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僕が二度目の中国旅行をした時の証拠写真です。ですから、僕の中国理解も満更捨てたものではないのです。

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下が、第一回目の僕の中国旅行です。この写真を撮ったときは、毛沢東は他界したと知っての旅だったのです。総勢400名ばかりの青年団で、その東京班が十三班です。ここは大連駅のホームですね。これから、多分瀋陽に向かったのでしょう。ほぼこの旅は、偶然とはいえ毛沢東葬式に出席したようなものでした。

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2020.09.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(464)9月18日 金曜日(千回を目指して)

16世紀のカルヴァンや、2000年前の聖書などを読んでいると。現代社会から離れながらいかにも、純然たる思想気分で、あるが。このところ絵を描いているので、文章的充電が全然できず、文章がうまく思い浮かばない。が、絵画の方はいたって順調で、抽象画を真剣に、「木村忠太」さんに教えていただきならが、描いている。と、いい絵が描ける。木村さんの絵は本当にいい絵だな、と思いながら。日々励んでいるが。物(具体)から離れて、抽象世界の、絵画で生きていると。なかなか楽しいものである。抽象を描いたのは、具象を描いていた頃、すでに挑戦していた。が、あまりにも早く描けるので、出来立ての絵を友達に見せると。すぐできるねと、軽蔑された時代が懐かしく思い出される。それからも、そんな経験をたびたびしながら。結局示現会で、十年強の具象絵画経験を積立て。結果、具象のなかに、抽象画も混ぜて銀座で個展をしてみたが。今度は本格的に抽象画一本で、最後の個展をやってみようと野心を持った。そんなことから、絵画世界全体の発展の様を見ると。抽象画は、カンディンスキーあたりが、初めて挑戦したらしい。その前の絵画は、いわばアカデミズム(学問的)絵画、であって文字通り。学問的技術的絵画で。手法が定まっていて、先生の弟子になり。そこで修行を積んで、画家で一本立ちする、という世界である。購買者の好みに合わせて制作していた、時代。それが、絵画アカデミズムの時代、といわれるものであると。最近知った。まさに不勉強であるが。自分は、印象派の流れの末流にある時代に、絵画の勉強をしていたので。その描き方や、先生や仲間は。まさに、印象派の成れの果てというところで。要するにその頃。印象派も最盛期が過ぎていて。すでに古い時代の絵画を、盛んに描いて励んでいたのであろう。もちろん、カンディンスキーらの抽象画も出発しているから、その中を疾走する、若い画家たちも多くいたのである。しかし、僕はいつも。何かと絵画を考えて手放さなかったが。それこそ思想の方面を主体にし、建築で生きてしまったので。絵画世界と離れてはいなかったが、絵画で苦しむというほどのことはなく。横目で、絵画状況を楽しんでいた。が、この頃はいろいろと刺激があって、遅ればせながら本格的に。抽象画を描いていて毎日苦しんでいる。が、自分の描いたものは、画家「木村忠太」先生にはとても及ばない、ということだけは分かり。パリで戦後、知り人もなく。絵を描き続けた木村氏を。その画集を。「先生」として、今日も描くのであるが。茜色の東の空は美しく開けて、いつの間にか今、普通の青空になった朝、となったのであるな。

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これも僕の銀座ギャラリー惣の個展の作品。今思うと、申し訳ないのですが、イマイチだと我ながら反省している。その上、額装が古すぎる、と最近気づかされた。一流の額装家に次回はお願いしたいと、野心をさらに持っている。いろいろ反省することばかり。

 

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2020.09.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(463)9月17日 木曜日(千回を目指して)

郷司慥爾(日本基督教団白金教会・創業第一代牧師)解説の「黙示録」を読んで。さらに、16世紀のカルヴァンの「ローマ書」の註解を読むと。近代社会の現代でない人々の、中世的なものから少し脱却し始めた頃の息遣い、が聞こえてくる。カルヴァンは、その註解書の中で次のように「人間」を描く。先日書いた、暗殺されたトロッキーが。彼の人生の、基礎理論とした、性質を異にする同じ弁証法(弁証法的唯物論的無神論)であるが。ロマ書の著者パウロによって、「義」が書かれるときは。有神論的弁証法で書かれる。我々人間(カルヴァンを含む)は、聖書による福音以外で、人間の救いは(福音)、人間に与えられていないとすれば(前提として人間は堕罪している)。それを証明するには、福音書を。弁証法的に解釈する以外にはないと、カルヴァンは書く。そこでカルヴァンは、パウロの弁証法で救いを説明する(意見と反対意見の対立と矛盾とを通じて論理する論)。福音書では、福音だけにしか人間の救いは見出されない、と解釈するので。そこで人間は、罪に定められているから。それは、世界の美わしい構成、諸元素の心地よい配列(当時、科学はあったのか、どうかわからないが)、は人々を励まして。神に栄光を帰する以外にはない、と思わしめるから。見てごらんなさい、スイスの此の美しい自然は、見事でしょう、どう見ても神がお造りになったと解釈せざるを得ないのに。人間を美しくする「義」を、なぜか誰一人として果たすものは「いない」、という此の現実を。あの見事なマッターホルンの前で、告白せざるを得ないではありませんか。毎日の、人間営為の、罪的現実を、認めざるを得ないという事実も、あるではありませんか皆さん。と、そこで、全ての人間が、涜神の、罪ある邪悪なもの忌むべき忘恩の者、として認識せざるを得ない、ではありませんか。此のスイスの(彼はフランス人でパリで神学を勉強していた人)、なんとも美しい自然の前で。どうしても自分の罪を認識せざるを得ないのです。という内容である。これが、カルヴァンの中心的な主題で、懺悔について。パウロが演繹(一般的な前提から、経験に頼らず論理によって個別の結論を導き出す事)を、始めるのだと僕(カルヴァン)は考えます、ということを、41ページ(渡辺信夫訳・カルヴァン・新約聖書註解・ローマ書・新教出版社・2005年刊行)と。カルヴァンは書いている、のだとカルヴァンを今朝は読んで。秋だね。

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僕が実写したマッターホルンです。

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2020.09.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(462)9月16日 水曜日(千回を目指して)

聖書「黙示録」をさらに読んでいる。解説者は郷司慥爾(日本基督教団白金教会・創業第一代牧師)。郷司氏は大分県日出(ひだ、ひじ、読みがわからない)の人で、先日。NHKの「小さな旅」で水郷の街日田(ひだ)が取り上げられていて、日出と日田の違いがわからないが。同じような場所にあるのだろう。ともかくフランシスコ・ザビエルを読んでいると、大分県が出、その辺も出てくる。そんな地理的意識であるが、僕には地理的実感がないので、理解が届かない。が、なんとか昔から読んでいるので、その中の。例えば近くの久留米も、意外と近代絵画と関係してくる。昨日、カンディンスキー(抽象絵画の始祖)も読んでいた。絵を描きながら、読書もすると。読みと描きが、錯雑になって。どちらもまとまりが悪くなる現象が、起こる事もある。要する、ここで書く情報量が不足して、という現象に悩まされる。ここの書きで、「永遠の生命」を目指し。一方で抽象画も目指すから。その二大山に登るため息を切らし、さらに登っていると。どうにもこうにも動きが取れないほど、道に迷う。のは、必然というものかもしれない。若い時から此の二道を追っているから、呆れた話であるが。ざんざん求めて歩き、自らを叱咤してここまで来た。少し見晴らしも良くなったかと、思うと。さらに山は連なっていて、まだ先があるようで。人間の果てしない人生の山登りは、誰しも多かれ少なかれ。こんな状態であるが、その上。今ではYouTubeなども覗くから、現代人の生活は情報過多となり。世界の軍事情報、などという実によくまとまっている静止画の連続、なども見ると。世界の、超大型軍事輸送機の展開を見ていて、感想を言えば。人間はこんな馬鹿げた、いわば仮想敵に悩まされる日々で。防衛のためにまた攻撃のために。高い頭脳を一層高くして、その産業化に励む人間の姿を、観ていると。ほとほと嫌になるのは、僕が1941年生まれ。という「嫌な年」に、生まれているからであろう。YouTubeで、その時の戦争なども見ていると、人間がいかに、「大馬鹿」であるかということが理解できる。バラバラと一個数万円はするだろう爆弾を、雨霰とばらまく戦争のくだらなさは。ばかも休み休みヤンなさい、という老人言葉が。ついうっかり出るほど。真剣に。戦闘のための巨大輸送機を争って今も創る、国々の政治家のばかさ加減は。本当に、もういい加減にしたらどうかと、言っても仕方がない人間不条理であるが。カンディンスキーは、僕の今の年の78才で他界するから。抽象画を描く僕の営為が。今更ながら、サムホール(油彩のサイズの呼称)の小さな画面で。カンディンスキーが理論化した、抽象画の高さを試み。ながら、かつ2000年前の黙示録の、古代人の。生き生きした神的幻想の高さも、聖書や郷司慥爾解説で読み。満更ではない、と思いながら。郷司氏の牧師としての努力が。いかに深く高く、かつ真摯であったかと思う僕は今日も、絵を描くつもりで。確かにもう本当の秋、であるな。いよいよ僕も、旅にでも出るかな。という気分になるが。

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僕が初めてヨーロッパに行った時の写真です。どこで撮影したのか、わかりません。ある防水業者の団体旅行で。イタリアの防水材料、いわゆるシート防水の工場を見学、というのは口実で。建築設計業者の僕は、忠則。ただ乗りの特権でした。嘘のような本当の、話です。しかし僕にとっては、これがヨーロッパ絵画の原材料になるのです。

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上は実写のパリ・シャンゼリーゼ通り、下の絵画は僕の八十号油彩。上の通りをまっすぐ行くと凱旋門です。その近くを描いた油彩です。

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2020.09.15

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(461)9月15日 火曜日(千回を目指して)

「ユダヤ人と近代美術」と、聖書の「黙示録」を読んでいる。その解説者は郷司慥爾師(日本基督教団白金教会・目黒・創業牧師)である。今や誰も知らないが、彼は世界で最も難しい書物、黙示録の解説者でもある(職業は牧師)。その彼は、wikiにはない。そのウィキが最近劣化している、という現象がある。要するに資金難。ウィキが、特定者から資金を求めると(多数の寄付者から成り立つ)、たちまち劣化する。が、「百科事典」がネットにあるのは当然で。こちらが金を払うから、出版系が担う義務があるのではないか。しかしすぐコピーされる、から。さて資金の安定をどうするか、Wikipediaの大問題となる。ということは、当初から見込まれている。などと考えながら、トロッキーの英語版映画「暗殺者のメロディ」が無料で観られるので、ざっと流し観をした。トロッキーの頭に、ピッケルが打ち込まれる瞬間は流石に、画面には出ない。彼トロッキーは、その一撃でも死なない強靭な革命経験者である。が、さすがの彼も、数時間後に亡くなる。映画演出の一番難しい場面。で、さすが天下の美男子アラン・ドロンが演じる暗殺者は名作。天才トロッキーを演ずる俳優も、素晴らしい人だ。だがその瞬間こそが、「無神論的唯物論」の終焉の時でもある。現代社会で、人類が達し得た最大の近代思想の終焉を、表象している。宗教的に言えば、神の報復なのであろう。とも、解釈できる。が、一般論に過ぎない。が、誰もさらなる唯物論(無神論的な)は提出できない、と思う。唯物論的無神論は文字通り今や、ユダヤ人トロッキーの死をもって終わったのである。その無神論が終わりを告げた途端。有神論的世界が蘇ってくる。が、有神論にはもう一つ。宗教的大問題が残っている。それが、「神の受肉」説である。キリスト教神学は、その一点に及ばざるを得ず。単なる信仰世界で済めば万事解決であるが。実際は、1世紀に神学が出来上がり。その神学(受肉神学)のベースになった、最大培養書物が黙示録なのである(いささか確信に欠けるが)。歴史の中で、俗的世界の代表ローマ帝国は、迫害を恐れない新興クリスチャンに手こずる。が結局キリスト教を、帝国の国教にするという政策が実行される。それで。俗世界は大きく、聖なる世界へと変貌して行く(ヨーロッパができて行く)。さらに、長い迷いの末に。唯物論的無神論で、俗世界を再び取り戻せた、と思った瞬間。神はトロッキーの頭にピッケルを打ち込んだ。世界は再び、黙示録に戻らざるを得ない。その中、かろうじて日本には日本型霊性がある。それを書いたのが、鈴木大拙氏(岩波文庫・「日本的霊性」1972年初版)。で、僕はほっとする朝となったのであるが。問題はこれからでもある。それが、ここで挑戦している「永遠の生命論」である。

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2020.09.14

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(460)9月14日 月曜日(千回を目指して)

「ユダヤ人と近代美術」「失敗者の自叙伝」「長いナイフの夜」「ロシア革命史」「戦場のピアニスト」と、本を積み重ね、ランダム読みをして。さらに聖書の黙示録を読んでいる。その解説者は郷司慥爾師で、私の洗礼教会の創業牧師である。師の黙示録解説本(五十才の時の作品)が出たのは、昭和12年。私が持っているものは昭和16年に再版されたもので。どこかの図書館から除籍され、今私の手元にあるもの。で、昭和16年は、私やピーナッツが生まれた年で、太平洋戦争開戦時である。古書で買ったもので、よく読むと。当時の郷司師の勉強ぶりが窺える。多分、この本。米国との開戦で疎まれたものであろう。と、推定できる。所有者の印影が薄れて、うまく読めないが。除籍という陰影は大きいので、今だよく読め。ただ日付印が、よく了解できない表示で。ともあれ、あのような状況で(敵国の本とみなされる状況で)、よく。このような本が、出版されたものである。定価金二円、この二というのは旧漢字で、「弐」。このワープロの「に」も簡略の「に」で。旧漢字はもっと複雑である。発行者は荒川省三さん。知らない人であるが、住まいが大田区田園調布であるから。当時、このような本を、出版できるだけの財力のある人なのであろう。もっとも、この本の発行所欄には、長い表示があり面倒だが書くと。「現代新約聖書註解全書刊行会」(神田三崎町)となっている、から。すごく古いなどと表現するのは、書籍の場合問題がある。なぜなら、この註解の対象たる聖書は。紀元1世紀のもので、原本こそないものの、未だに世界に冠たる書物なのであるから。恐れ入ったの鬼子母神といったところ、なのだ。その上、郷司師の、このヨハネ黙示録「解説」は。聖書の最後のカテゴリーで、恐ろしく幻想的なことで有名である。世界では、妙な書物として恐れられている。この黙示録。ヴェトナム戦争を描いた有名な映画、「地獄の黙示録」のネーミングにも使われ。僕などのような、ヴェトナム戦争ニュースを。新婚世帯のテレビで見ていたものにとっては、忘れられない戦争。を、描いた映画の題名となって。世間の注目を集めたタイトル、なのであるが。本物の聖書の黙示録を、それもその解説を読む、などという人は今。いったいるのだろうかと、思うのである。が、読むと。実に郷司慥爾(ぞうじ)師の、恐るべき博学が時を超えて僕に迫り。僕もやっとこの頃よく理解できる本、になったと。その僕も、実に78歳で。と、書いて今朝は終わりたい。さらに今現在、コロナさんにてこずる人類は。思想的に勉強することが、まだまだいっぱい残っていると、知らされた朝。と、なった。ら、今朝も明けたが、今日は新聞のこない日である。

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永遠の生命と、人間存在の希望の研究(460)9月14日 月曜日(千回を目指して)

「ユダヤ人と近代美術」「失敗者の自叙伝」「長いナイフの夜」「ロシア革命史」「戦場のピアニスト」と、本を積み重ね、ランダム読みをして。さらに聖書の黙示録を読んでいる。その解説者は郷司慥爾師で、私の洗礼教会の創業牧師である。師の黙示録解説本(五十才の時の作品)が出たのは、昭和12年。私が持っているものは昭和16年に再版されたもので。どこかの図書館から除籍され、今私の手元にあるもの。で、昭和16年は、私やピーナッツが生まれた年で、太平洋戦争開戦時である。古書で買ったもので、よく読むと。当時の郷司師の勉強ぶりが窺える。多分、この本。米国との開戦で疎まれたものであろう。と、推定できる。所有者の印影が薄れて、うまく読めないが。除籍という陰影は、大きいので今だよく読め。ただ日付印が、よく了解できない表示で。ともあれ、あのような状況で(敵国の本とみなされる状況で)、よく。このような本が、出版されたものである。定価金二円、この二というのは旧漢字で、「弐」。このワープロの「に」も簡略の「に」で。旧漢字はもっと複雑である。発行者は荒川省三さん。知らない人であるが、住まいが大田区田園調布であるから。当時、このような本を、出版できるだけの財力のある人なのであろう。もっとも、この本の発行所欄には、長い表示があり面倒だが書くと。「現代新約聖書註解全書刊行会」(神田三崎町)となっている、から。すごく古いなどと表現するのは、書籍の場合問題がある。なぜなら、この註解の対象たる聖書は。紀元1世紀のもので、原本こそないものの、未だに世界に冠たる書物なのであるから。恐れ入ったの鬼子母神といったところ、なのだ。その上、郷司師の、このヨハネ黙示録「解説」は。聖書の最後のカテゴリーで、恐ろしく幻想的なことで有名である。世界では、妙な書物として恐れられている。この黙示録。ヴェトナム戦争を描いた有名な映画、「地獄の黙示録」のネーミングにも使われ。僕などのような、ヴェトナム戦争ニュースを。新婚世帯のテレビで見ていたものにとっては、忘れられない戦争。を、描いた映画の題名となって。世間の注目を集めたタイトル、なのであるが。本物の聖書の黙示録を、それもその解説を読む、などという人は今。いったいるのだろうかと、思うのである。が、読むと。実に郷司慥爾(ぞうじ)師の、恐るべき博学が時を超えて僕に迫り。僕もやっとこの頃よく理解できる本、になったと。その僕も、実に78歳で。と、書いて今朝は終わりたい。さらに今現在、コロナさんにてこずる人類は。思想的に勉強することが、まだまだいっぱい残っていると、知らされた朝。と、なった。ら、今朝も明けたが、今日は新聞のこない日である。

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2020.09.13

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(459)9月13日 日曜日(千回を目指して)

「ユダヤ人と近代美術」(圀府寺司著・光文社文庫798・2016年刊行)、「失敗者の自叙伝」(昭和45年初版、ウィリアム・ヴォーリス著・近江兄弟社刊行)、「長いナイフの夜」(集英社、ハンス・キルスト・昭和60年)、「ロシア革命史」(トロッキー著、岩波文庫・2000年刊行)、「戦場のピアニスト」(春秋社・2000年刊行・シュビルマン著)と、本を積み重ね、て横に置き。昨夕のNHKbs3チャンネル「世界を変えた女たち」の中に出る、女は。その本の山に、一人も出てこない。その「女物語」はヴィクトリア女王から始まるが、世界を変えたのは女でもなく男でもない。世界を変えたのは人間、である。それは今後とも、これからも変わるわけではない。神の受肉者とされるイエスの母は、女でマリアである。人間視点でなければならないものを、女を特殊化し。参政権獲得や、人権闘争や戦争参加などから描いても、一向に世界は見えてこない。見えない後方こそ戦争である。歴史に、刻まれた女の歴史、として特殊化することはもはや古い、と感心しなかった。という感想を持って、久しぶりに「ざ・ピーナツ」の歌を聞いた。本名伊藤さんという双子は、なんと私と同い年である。1941年生まれ、彼女らはその年の四月一日、というから出生届を作為していると、思う。きっと、その一か前の何日かに、生まれたのだろうけれど。両親が相談し、その年で一番のチビにするのは、かわいそうだと衆議一決し。1941年のトップに持ってきたのである。その学年でトップの歳まわりは、何事もおねーちゃんだ。詳しいことを知りたいが、今のところウィキもロクなことを書いていない。なぜか自伝もない。その実績だけが妙に、派手に書かれている。が、確かその年の同い年の渡哲也(日活)は、伝記があるから。これこそ女性蔑視のさえたるものである。あのキュート(cute)で魅惑的な二人こそ、渡辺プロダクション(ナベプロ)の至宝で、あの時代の代表である。田舎のいもねーちゃん、がともかくcute(都会の魅惑的ケーキ)になる。過程を知りたいものであるが、僕にとっては青春の全てだと、言っておく。彼女らを中心に置いて、新たな日本の世界は想像的に夢想(創造)され、高度成長を成し遂げ。戦争で散々馬鹿なことをやって、西洋の臭いだらしのない、思想に惑わされて(ユダヤ経済排撃思想が中心思想と政策)。の近代戦に巻き込まれて行く、東洋の隅っこの日本を。アメリカナイズよりもはるか高い次元で、あのcuteな歌声を持って。日本世界を変えたのである。その時僕は、キリスト教の研究をして、いまだ達していないのであるが。二人ともすでに死んでいるとは、知ってはいたが。全て嫌になってやる気を失い。それをわざわざ、ウィキで伊東姉妹を読むと僕は。彼女たちより長生きをしているのが、恥ずかしいかぎりだ。という思いに囚われて、僕は。昨日の絵画の制作を締めくくり。太陽は、すでにわずかの傾きを見せ、温暖化でクソ暑い夏ではあったが、もはや冬じたくの季節を迎えている、と思った。のである。

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終戦後のパリの写真。セーヌ、エッフェル塔と恋人たち。写真の、この二人の恋からパリは再建されて行く。さすがのヒトラーもパリを撤退する時、パリだけは燃やさなかったという、逸話が残っている。いいものは必ず残る、これが歴史の真実である。

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2020.09.12

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(458)9月12日 土曜日(千回を目指して)

「ユダヤ人と近代美術」(圀府寺司著・光文社文庫798・2016年刊行)は、意外に最近の本で(古本で買ったが)、私は名著だと少し読んだだけで断定する。最も、最近私が読む本は、それぞれに哲学があり名著ばかりだが。その中でも私のような、キリスト教漬け者(中毒)にとっては。圀府寺さんの本は、殊の外名著と位置付けられる。のは、ベラスケス、ピサロ、シャガール、ロスコ、ニューマン、、、有史以来、絵を描くことも見ることも禁じられてきた民の、美術をめぐる静かな闘争、と。本の紹介にはある通りで。まさに、ユダヤ教とキリスト教は親戚同士でありながら、意外にかけ離れたところがあり。それも、とんでもない方向をお互いに向いている場合が、あるとも知るようになったからで。キリスト教徒にとって、いうまでもなく聖書は、一番の重要書物であるが。その主役たるイエスやパウロは、みんなユダヤ人である、という認識は。なかなかできるものではない。イエスはその中で、神である以上、ユダヤ人ではないのであり、神で。となると、ますますおかしくなるのが教養が深くなった証拠である。し、それだけ人生経験を積んで、おかしな老人になっている証拠なのであろう。と、諦めている。ただし、イエス人間説を唱えているわけではない。神学は、1世紀前半で出来上がっていくが、その時にすでに聖書はできていたはずで(原本がない)。聖書あって神学も端緒を得、2000年後の今にして世界は今や、「神は死んだ」神学にまで達したのである。が、その間、それこそ。膨大な智力の闘争があり、現実的戦争もあり、様々な失敗も成功もあったのであるが。それが膨大化して、いわば様々な書物になっている、というのが現実であろう。その上、今は。パソコン・スマホであるから、その中に納めれれている知識は。それこそ過ぎたるは、及ばざるがごとき体裁である。昨日、ニフティーニュースを見ていたら、「30年後に残る職業」というものが書いてあって。面白いのでここに転載するが。結局、AIに追い込まれる現在の職業で、生き残っているのはなんと、芸術家、のようで。僕のようなものが、やっと。今も生きていて、それが生き残れる創造的職業であると書かれているのは。全く、人類の智力とは人を生かすものか、滅ぼすものか、私にはわからなくなるが。友人の画家と、つい先日、コーヒータイムをもったばかりで。コロナで画家経済は大丈夫か、と聞いたから。絵描きというのは、絵が売れてなんぼの生活であると、いうことはわかっているものの。純粋絵画で生きたユダヤ人の、ロスコが。圀府寺司さんの本に出るので、本の先が楽しみなのであるが。ともあれ、ネットニュースを転載したい。が、絵描きに、みんながなれるわけもなく。趣旨を誤解すると、とんでもないことになるので、注意して。お読みください🔴🔴30年後に職の70%が消滅?AIに奪われないスキルの身に付け方■AIでは代替できない能力とはではこれからの学習分野を、私たちはどう選べばいいのでしょうか。AIやロボットが進出できない分野を考えると、たとえば新しいモノやサービスを生み出す「創造力」か、より複雑で難易度の高い問題を解決する「問題解決能力」が挙げられます。だとすると、私たちが目指すべき学習分野は、必然的にこれら能力の獲得あるいは強化につながるもの、ということになります。ちなみに前者の創造力とは、実は課題発見力と置き換えることができます。デザインや映像音楽、文章、芸術・芸能といった文字通りのクリエイティブな職種は別として、創造とは、常識を疑ったり、現状に不便さを感じたり、普通の人が見過ごしている問題に気づくことから始まるからです。それが人をして「そうそう、そういうのが欲しかった」と言わしめることにつながるわけです。一方で、AIを含めコンピュータは、人間から命令を与えられなければ結果を出せない。これは、与えられた問題は解決できるが、自ら問題を発見することはできないことを意味します。つまり創造とは、自ら命令を考え与えること、つまり課題を発見する能力でもあるといえるでしょう。しかし難しいのは、こういう能力には教科書がないという点です。ビジネス書などでノウハウが語られるとしても、それは著者が著者の環境と能力と個性で獲得したものであって、最終的には試行錯誤による経験によって身につける必要があります。そこでまずは、「自分はこれが好き・得意・楽しい」と感じる、今後の人生でやり続けたい分野を抽出し、次にその分野の中で、前述の2つの能力のいずれか、あるいは両方につながるスキルを特定します。あとはそれを続けながら経験を積み、経験から教訓を引き出しさらに錬磨し、進化させていくことです。もうひとつ高めたい能力のひとつがリーダーシップです。世界中の企業が欲しがるのが組織を率いることのできるリーダーだからです。実際、高年収の募集案件のほとんどは管理職です。というのも、コンピュータには組織を動かしたり人を鼓舞したりはできないからです。ロボット上司に合成音声で「キミニ キタイ シテイルヨ」などと言われても、やる気にはならないでしょうから。🔴🔴ともかく人間が生きるということは、いつの世もただならない、と思う朝になった。

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下は、全てロスコ。「ユダヤ人と近代美術」(圀府寺司著・光文社文庫798・2016年刊行) の中に書かれているロスコを、ネットから転載させていただく。

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2020.09.11

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(457)9月11日 金曜日(千回を目指して)

「ロシア革命史、全五巻・岩波文庫」で、ユダヤ人トロッキーの秀逸な文章を読むとは。ともかく膨大な文章に圧倒される。中、「ユダヤ人と近代美術」という本にも挑戦している。ベラスケス、ピサロ、シャガール、ロスコ、ニューマン、、、有史以来、絵を描くことも見ることも禁じられてきた民の、美術をめぐる静かな闘争、と。本にはある。著者「こうでら」さんと、ワープロしても一向に。名前としての作者は単語にならない。著者は司、さんという名前を持つ人であるが。名字の「こう」、という同音異義語の多い漢字も珍しいのか。ワープロでいくら追っても一向に出てこないのは、漢字の馬鹿馬鹿しさと優れたところで。水戸黄門という字も、結局昔は「こう」書いたのだと、思い出したが。黄色という字が出るが。出ないのでは仕方がない。が、苗字だといういうのに、困ったもので。こういった優れた本の著者の名前が、書けないとは。情けない限りである。で、仕方がないのでネット検索で。本から作者の漢字を拾い出すことにした。著者「圀府寺 司」、というこの方の名前は、ジュンク堂の検索でコピーし。やっとこの文章の中に入れることができたとは、すごい朝であるが。昨夜読み耽ってしまった。要するに、圀府寺さんの本は、優れていて、こんな研究者が日本にいるのか、ということが、驚きとなった。ユダヤ人が絵画を嫌ったのは、神を表現できなかったからである。しかし、僕から言えば、ではなぜ神殿を造ったのであるか、と言いたい。神が天地の作り主であるというのなら、何も神殿などというありふれたものを、わざわざユダヤ人「も」造ったのか。僕は、意地悪くユダヤ人の原理主義者に質問したい、と思ったぐらいである。で、神殿を創りながら神の像は造らなかった、とすれば、日本の神殿と何も変わらないではないか。古代社会では、このような祭り事(政)があって、神殿は創るが神の像は刻まなかった、というのなら。三種の神器は神ではないので、何も神社とユダヤ教の神殿は、同じではないか。神を描けない、または神を描いてはいけない、というのなら。神殿も同じことで。その上、神を神殿に行かなければ拝めない、というのは。どう見ても、完全な自己矛盾であり。都合の良い政治に過ぎない。神に祈るのは、どこでも誰にでもできるのであるから。描いても書いても、良いのではないか。と、キリスト教徒の僕は思うのであるが、間違っているのだろうか。これが、神です、というのは一種の、神の神殿化であって、普通の常識としての偶像化、に過ぎないではないか。と思うのであるが。間違っているのだろうか。古代社会の厳しい掟は、結局。自分たちだけの神、すなわち「民族神」を確定したかったに過ぎないのではないか。仮に全人類「神」決定会議なるものがあって、その決定をするということなら。たやすいことで、何も難しいことはない。神は、ここにいる、いや僕のところにだけいる、という論理など通用するものではない。こと、ぐらいは決定できるだろう。などと、思いながら。ともかく宗教は伝統と歴史で成り立つので。僕は。今朝も神に祈って。ユダヤ人の差別的神認識の流れを汲む、キリスト教徒ではあるが。ユダヤ人イエスが達した、神普遍主義を信じ。今日も生きていくつもりで、いると。いつの間にか、朝も明けた。ようだ。で、ここから、話が、いっそうややこしくなるのは、イスラム教の神を考えるからである。

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2020.09.10

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(456)9月10日 木曜日(千回を目指して)

「ロシア革命史」(全五冊・岩波文庫・2000年刊行)の一と二を買い、一の65ページぐらいまで読んで、感動している。この革命史が最初に世に出たのは、解説によると。1950から1960年あたりで、訳した人は山西英一さんという人の訳で。それが、社会で一種の決定打になって、トロッキー評価が世の中に定着したようである。が、その時世間はスターリン礼賛時代、トロッキー非難時代、だったと書かれている。それは当然で、僕のように。その頃僕は、明治学院で10年教育を受けているときで。その時と一致している。スターリンはその後批判され、その実態が明らかになっていくが。スターリンはアメリカと共に戦い、勝ち組であったし、日本は負け組で、などと言わなくても。いいことであるが。その後ソ連そのものが、崩壊する、という大きな世界史になって。僕の経験としては、これを整理したくなるのは当然のことなのである。で、今僕が読んでいる、いや読み始めたばかりの。藤井一行さんの岩波文庫は。2000年に初版され、僕が先だって買った本は、2017年で第5刷になっている。全部で五巻あるから、一気に読み切るのは大変で。じっくり読む人が多いとは思うものの。読んでいるうちに僕のような歳のものが、少しづつ死んでいき。本当にロシア革命は、忘れ去れさられていくのかもしれないが。僕の感想を、率直に言えばそれは。人類の近代史の本当の記録であって、決して単なる「ソ連」の記録とばかりと言えず。明らかに、世界史の。貴重な記録と言い切って良いと、今では思っている。それは、彼トロッキーが、スターリンによって殺されたから、でもなく。また彼が、弁証法的無神論的、唯物論で思想する、という立場からでもなく。むしろ、彼は冷静な本当の歴史家であって。彼の思想とは別に、ロシア革命という市民革命、ないしプロレタリア革命が。確かにロシアという地域で起こり。それが世界人類に想像以上の影響を与えている、という事実は。誰が見ても明らかなように。それを、トロッキーほど、冷静に書いた人は他にはいないのであり。歴史書でもある聖書の民である、ユダヤ民族の血の彼だからこそ。この秀逸な文章を書けたのであり、残したのであると言い切って良いと思う。それにつけても、訳者藤井一行氏の努力は、素晴らしく。前の訳者山西英一さんの訳を、冷静に判断しその欠点を補い。その欠点を修正、しながら真摯に訳された藤井さんは。本当にこのような本の。ややこしいロシア革命史をここまで、トロッキーが冷静に書いていた、という事実を世に示した学者の、本当の姿。であると心から感動して、今日もトロッキーを読み続けてみるつもりだ。

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2020.09.09

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(455)9月9日 水曜日(千回を目指して)

池袋に出、ジュンク堂により。「ロシア革命史」(全五冊・岩波文庫・二千年刊行)の一と二を買った。読みながらトロッキーの文章力に、超感心している。信じられないほどすごい内容である。彼を、ユダヤ人と見るか、ロシア人とするか、は。我々日本人の理解しにくいところである。つまりこれをユダヤ系ロシア人、というのであろう。要するに高い、聖書的なユダヤ人特有の文才であるが。確か抽象画家の、カンディンスキーも、ユダヤ人であると記憶している。そこで今、カンディンスキーを、Wikiから転載してみよう。今僕も。パリに死んだ抽象画家、木村忠太を師とし、抽象画を描いている最中なので。気になるのである。が、見るとユダヤ人とは、描かれていない。がWikiで。⚫️🔴ワシリー・カンディンスキー(Василий Васильевич Кандинский、Wassily Kandinsky、Vassily Kandinsky[1]1866年12月4日ユリウス暦)/12月16日グレゴリオ暦) - 1944年12月13日)は、ロシア出身の画家であり、美術理論家であった。一般に、抽象絵画の創始者とされる。ドイツ及びフランスでも活躍し、のちに両国の国籍を取得した。彼はモスクワに生まれ子供時代をオデッサで過ごした。1886年から1892年まで、モスクワ大学で法律と政治経済を学ぶ。1896年ミュンヘンで絵の勉強を始め、象徴主義の大家フランツ・フォン・シュトゥックに師事する。1902年ベルリンの分離派展に出品。1904年からはパリのサロン・ドートンヌにも出品している。1909年には新ミュンヘン美術家協会会長となるが、1911年にはフランツ・マルクとともに脱退して「青騎士」(デア・ブラウエ・ライター)を結成した[2]。その間の1910年に最初の抽象画を手掛け、絵画表現の歴史の新たな一歩を記している。代表作の『コンポジション』シリーズはこの最初のドイツ滞在期に制作された。革命後、1918年にモスクワに戻った。当時のソ連では前衛芸術ウラジーミル・レーニンによって「革命的」として認められており、カンディンスキーは政治委員などを務めた。しかし、ヨシフ・スターリンが台頭するにつれ前衛芸術が軽視されるようになり、スターリンが共産党書記長に就く直前の1921年に再びモスクワを離れてドイツへと向かった。1922年からはバウハウスで教官を務め、1933年ナチス・ドイツによってバウハウス自体が閉鎖されるまで勤務した。1941年にフランスがナチスによって占領されたのにも関わらず、彼はアメリカへの移住を拒否し続け、パリ郊外に位置するヌイイ=シュル=セーヌでその生涯を閉じた。なお、1928年にはドイツ国籍、1939年にはフランス国籍を取得している。ピエト・モンドリアンカジミール・マレーヴィチとともに彼は抽象絵画の先駆者として位置づけられている。また、多くの著作を残しており、美術理論家としても著名である。ナチス占領下のフランスでは、作品の展示を禁止されたり、彼について論じることを禁止されるなど、不遇のまま亡くなった。1967年に未亡人のニーナが、晩年の彼を支えた事でレジオンドヌール勲章を受け、完全に復権した。🔴⚫️ともあれ、そんなことで、少しだけトロッキーを書くと。彼は、ロシアの古い話。すなわちキリスト教ロシア正教の、成立史から書き始めている。それを読んで初めて僕は。ギリシャ正教(カトリックの親のような教団、この辺りの歴史は理解しにく世界史的キリスト教史)をロシアが採用し。それが、ロシアの大地に生きたキリスト教の一教派の(日本ではビザンティン様式として、ニコライ堂に表出されている)、政治的社会的宗教的特徴をやっと掴むことができ。頭が整理されたが。一言で言えばこの歳になって、初めて。ロシア理解の真髄に達したのだなと、納得している。朝となった、と書いて今日は終わりたい。

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僕の抽象画・油彩

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最後はだいぶ昔、パソコンで抽象画に立ち向かった頃のもの

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2020.09.08

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(454)9月8日 火曜日(千回を目指して)

「今まで経験したことのない台風」は、言葉遊びまではいかないまでも。そんな思いがする。時、僕は、池袋に出て、ジュンク堂により。「ロシア革命史」(全五冊・岩波文庫・二千年刊行)の一と二を買った。一を早速西池袋メトロ喫茶で読み始め。そこで、もうびっくり。家に帰ってさらに読んで。トロッキーがあらかた分かった。実にユダヤ人の文章才能は見上げたもので、聖書以来、それこそ。常に世界をリードしていたものではないか、と思った。周知のことであるが、文章家たるトロッキーは。自分を歴史家と位置付けて書いている。その書き方は、まさに。弁証法的唯物論であると、断ったのは。彼が、母国「ロシア」を書くからで。純粋なロシア人ではないものが、書く、ロシア革命史は。あるいは読まれないのではないかと、世界で散々差別されてきた民族の出身者として。きっと本が。差別的扱いを受けるに違いないから、ここは無神論的唯物論で、弁証法的に書くことが最も、書きやすいし。そう書くことが、ロシア革命の本質としても、適当な思想基準であると、解釈した。見事な文章で。その徹底ぶりは、初めから弁証法的で、それこそ無神論的客観性である。と、思う。大きな歴史を、「神支配の歴史」(聖書)として書く、癖は。ユダヤ人が世界で発見したものである。あの大帝国のエジプトも、せいぜい。ツタンカーメンの仮面程度が、限度で。ローマ帝国の前に、クレオパトラ的に滅びるのであるが。ユダヤ人の書く、神は。聖書という恐るべき書物によって。天地を創造した、神を。自民族の神として定着させたユダヤ人の能力は。多分、トロッキーのロシア革命史にも現れ。実現した、トロッキーの文章能力の高さで、終止符を打ったのではないか。なぜなら。ロシア人の国であるロシアのツアーを倒し、世界にまれな人民社会(市民社会の発展形態と見る思想)を創造した後進ロシアは。本来ロシア人のものであるが。その肝心のロシアは、実はマルクス的にトロッキーが表現すると。西洋に比べて、最も社会的に遅れた社会で。マルクスの社会発展法則ではありえない話として、マルクス的社会科学としては。本来文章として定着できない問題、のはずである。が、それを初めから真正面に据えて。市民社会(ヨーロッパで実現していたもの)の遅れた表現として(人民社会という概念で表現された)。それをマルクス経済思想で、正確に表現しようとしたトロッキーの力量は、見事というべきであろう。それを堂々と書いた彼は。民族的意識の強いスターリンに恨まれ。結局、ロシア人スターリンが彼を殺すという事件で、結末がつく話。とはいえまさに、これもユダヤ人の高い文章能力のなせる技。なのであると知る自分で。と、いうことを発見した昨日。とも分かってしまえば読みやすい、真正で立派な歴史書であって、よくもこのように。自分の思想を整え。自民族のユダヤ思想の、神思想(聖書)を克服し。神は、存在しない、当然歴史に何も関係していない、という。自国民が散々主張した、神の選民としての意識を、見事に克服し。まさに、唯物論的無神論を持って。「本当」の歴史書を完成させたものだと、思ったのであるが。世界を席巻している聖書で、神とユダヤ人を結びつけることなく。それを見事に切り離しながら、それを。社会科学的知見で。さらに自民族(ユダヤ人)の神との関係を。実は一層特別なものである(神の選民思想)という伝統、に実は立脚しているのではないか、とも思えるが。それは、今後読んでいかなければわかる話ではない、と。自分しか解釈できない問題として今日は、終わりたい。いい晴れの、いい朝である、な。これを昔は、大風一過と、言ったのではないか。

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下は、映画になったトロッキーの暗殺事件。主演者は天下の美男子、アラン・ドロン。僕らの時代の代表的美男子。この事件の解釈は、今も容易ではない。

 

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下は、左がトロッキーという目標、真ん中がアラン・ドロン演じるテロリスト、右の美しい女性は映画の華として、いつもの映画的演出。この美しさが、せめてもの世界史の救い、である。

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2020.09.07

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(453)9月7日 月曜日(千回を目指して)

「今まで経験したことのない台風」が、九州を通過中だと心配している。そんな時昨日は、トロッキーの「裏切られた革命」(岩波文庫)を読んでいた。「聖日」(日曜日のこと)の昨日は、クリスチャンにとって休みの日である。無教会とはいえ、僕もクリスチャンなので。子供の頃からの長い習慣、日曜日は教会へ、ということは身についている。僕の友人で、今だ真剣な教会人がいて、真面目に教会に献金をして暮らしている人がいる。いたって幸せな好人物。彼は明治学院高校の時から超真面目で、理工学部の大学に進みたくて懸命に勉強していた。しかし、僕は中学校の時から明治学院で、真面目に勉強し。なぜ日本は、あのような悲惨な戦争をしたのか、ということに興味があって。そればかりを学校図書館で研究していた。が、その僕も、いよいよ。トロッキーを読むことになったのは、79歳にもならんかというような昨日のこと。が、この本(岩波文庫)。以前にも何度か買っている。この、今持っている本は、その高校の友人と。自由が丘でコーヒーを飲むために、ある喫茶店で待ち合わせた時、近くの古書店で買ったもの。その古書店も今は無い。が、トロッキーのその本は、途中下車せず本箱に残ったもので。今もそれを持っていて少し読み耽った。というわけである。よく読むとまさに本当に素晴らしい人で。社会主義社会の本質が実によくわかっていた人だ。よくもこんな素晴らしい文章を、書けるものだと感心するばかり。やっと、トロッキーという人に近づけたと思った。彼は自分を、ズバーというのでここでご紹介しよう。「私はプロレタリア革命家として、マルクス主義者として、弁証法的唯物主義者として、したがってまた非妥協的な無神論者として死ぬであろう」(398ページ)には感動した。で、今日は必ずこれを書くと昨日決め。今朝四時起きで書き始めた。これさえ書けば今日の祖父ネットは、終わりであるが。ともあれ、ユダヤ人の彼が。ここまで同胞の、聖書の執筆者たち、また長いユダヤキリスト教史を「否定」すると。なぜか、ムズムズと生理的な快感すら覚える。という良い経験をしたのである。で、僕は彼に、よし。それでは僕は。現代のプロテスタント神学、「神は死んだ」神学を受ける日本のクリスチャンとして。明治学院で教育を受けたものの誇りを持って。弁証法神学(ブルンナーやバルト)の手を借りながら。当然の、有神論的クリスチャンとしてさらに、自己信仰をさらに強く主張する、ことにした。ところでトロッキーは、1879年(明治12年)生まれ、1940年(昭和15年・紀元2800年)で、スターリンに暗殺されて61歳、だったが(僕は1941年生まれ、その年に大日本帝国はアメリカと開戦した)。彼のさらなる本「ロシア革命史」(岩波文庫)もこのあとで追撃的に読みたい、と決心している。さぞ、消えたソ連の市民革命の面白さが、描かれているはずだ。必ず、抜群の読み物であると信じている朝となったが。九州のコロナ禍の強風は、多くの人々の身に答えるであろうと心配しながら、今日は終わりたい。心からお見舞い申し上げて。追記、169万人に避難指示・毎日新聞。で、この指示は、立派な発達した社会主義であると僕には思える。のであるが。

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トロッキー著・「ロシア革命史」岩波文庫・現売。池袋ジュンク堂の棚にあるはず。

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下は、僕の作品「能面」。明治学院高校の時の作品。祖父ネットに今回書いた超真面目な友人が、その時のカメラ部の部長。その写真部に僕も部員で、作品はその時のもの。能面は父が持ってたもので、カメラは戦後の旧型キャノン。

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2020.09.06

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(452)9月6日 日曜日(千回を目指して)

現代は、いたって困難な状況にあるとわかり始めた。が、今日は日曜日、なのであっさりと、経験したことのない台風が、九州を襲うというニュースの成り行きに注目しているに、どどめ。思想的強風の吹くヒトラーの「続・我が闘争・生存権と領土問題」(アドルフ・ヒトラー・平成16年・2004年・平野一郎訳・角川文庫)を読んで、静かに過ごすつもりでいる。風速80メートルというのは、どのような風速であるか。第二次世界大戦を始めたドイツの思想家ヒトラーの思想のような。弁証法的に矛盾に満ちた、論理と同じで。巨大なマグマなのであろうと、思うのは。それが、今後の台風の常態パターンだとして。地球温暖化の結果としての海面温度上昇と、台風の強大化が論理上も成り立つとすれば、人文的な人間的マグマの塊が、今後の世界史に与える強風を、考えて静かでない一日を過ごすのか、どうか。僕にはわからないが、ヒトラーを訳された平野一郎さんの努力は。いかばかりだったであろうと思うと、1929年・昭和4年・生まれの平野さんが、これを訳してどのような感想をお持ちになったのか。ということも含め色々、あまり静かではない日曜日、となるのか。今も結構激しく雨が降っているのは、事実であるから、クワバラクワバラ、で。今日は終わりたい。

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2020.09.05

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(451)9月5日 土曜日(千回を目指して)

キリスト教が。「神学的」に伝わることは現代では、いたって困難な状況にあるとわかり始めた。が、宗教のそう言った面(哲学的側面)を、さらに進めるということを、あきらめる、ということだとは思わない。むしろ神学的には、無神論的神学を含みながら。の、方が。よりわかりやすいという問題が、現代問題なのではないか。神などは、いないと言い切った方が、いつの時代もすっきりする中で。思想の世界でも、思想として何が生成可能であるのか、どうか。が、現代政治が実現した、世界の人権主義が。現代で突然出現したわけではなく。長い人間の苦しみの歴史の中から、現在の人権憲法(日本国憲法)ができたのであり、その尊さを。日々果たしている現役の人々の営為は、本当に立派だと心から思っている。が、世界を見回して見ると、どの国も結局。今も、自国エゴイズムに汲々として。国対国との対立構造が。一向に解消されないばかりか、ますます増すばかりで。キリスト教が「イエス教」だった頃の、イエスの理想主義は、本当に細々と世界を照らしているに過ぎず。戦争直後の。明治学院の教育に現れていて、僕らが受けた。いわゆるキリスト教的理想教育は、ほとんど形骸化して。またぞろ戦前の人間の、エゴイズムが蔓延している状況、となっているようだと、遠くから見ているのは。昨日「大塚久雄」さん(「混迷と頽廃のなかから・われわれキリスト者はこう考える」・みすず書房・昭和42年・1967年)を、久しぶりに読んだからで。要するにあの頃。大塚さんの訳したマックス・ウェバーが流行り。資本主義は、カルヴァンの禁欲主義から生まれたもので、という学説が。マルクス主義と同時配信され。両両相まって、素晴らしい思想的効果を上げ。僕ら若いものの思想の傾向が、かなりそれで高く発動しそれが。戦争後の日本の思想的基本状況と、なっていたのであろうとも考えられ。ともあれ僕は。マックス・ウェバーを読んで、大きな影響を受け。僕が、自分に科したものは、要するに「無理の多い禁欲主義」で。それを振り返ってみると、僕程度の禁欲主義でも。僕の、クリスチャンとしての、社会的存在に意義があったとするなら。小さな会社が、それで今も生き残ったと自己解釈している僕の。ただそれだけの自分だけの、ものの見方なのであるが。マックス・ウェバーの言ったことが、果たして思想上。どれほど正しかったのか、ということの検証は。結局、現代の神学者マクグラスを読まなければ、ならないのであるが。マクグラスが書いた、「西洋文化はいかにして作られたか・ジャン・カルヴァンの生涯」と、日本の戦後が。どのような関係があるか、ないのか。西洋文化(世界・現代資本主義)と日本文化(日本・現代資本主義)とが、どの程度関係があるのかないのか。などという膨大なテーマは、本当の学問に期待する問題である。ということだけは、わかるのである。が、浅学の老人には、とても手に負えるものではないので、これ以上は何もできない。ということを認識する朝になったと書いて、自分なりに。今日も、読書研究を継続するつもりである。が、九州を襲う台風は風速80メートル、と聞くと。建築設計にいて仮定風圧係数を知る僕の、頭が恐怖で働かず。これ以上は、書けない朝となっている、が東京の空はすっきりと晴れている。

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渥美清さんの隣は、壮年期の僕です。

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2020.09.04

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(450)9月4日 金曜日(千回を目指して)

いたってキリスト教的で現代的な、無神論的虚無主義、という表現が。僕のような年寄りはともかく、若い方を、がっかりさせるのではないかと気がかりで仕方がない。こう言った哲学は、キリスト教神学が長年かかって到達したもので、今に始まったことではないが。神がおられる、いや神などいない、と言った埒の明かない議論は。人間である以上どうしても、太古から人間いついて回るのである。この際「埒・らち」という言葉を広辞苑で調べると。それは、馬場の周囲の柵のことらしい。それが転じて物事の区切り、ないし秩序となったようだ。持って昔から、神は今も。このように埒があかないのが現状で。つまり、神という柵の中に神はおられるというわけである。ただ、この埒は人間的で危ういと思う。科学がここまで発展すると、どうしても宗教は心理学へ発展していくように。科学的知見が、我々の周囲に溢れ返るから、日本神話ギリシャ神話、妖怪変化などの面白さなど。もはや問題外、などと。いたって非感性的結論だけが先行してしまい。本当の人間らしいあるいは、子供らしい。純粋な驚きや、憧れ、さらには恋など。というもっとも人間に必要な、純粋芸術のエッセンスのようなものが欠けてしまいがちである。という問題に当然なっていくのである。が、老人になると。それがますますひどくなり。若い時は本当に美しく、この人は天使なのである、と言いたくなる若い人たちのありようが、一段と輝いて見えるのは。多分、僕の若い時の美男子ぶりが、老人を楽しませた僕の。若い時のありようが思い出されるが。それらを超えながら、今の若い方々を見ている僕の楽しみは。本当に尊い時間なのである。が、それが無神論的虚無主義などという、バサバサ乾燥した結論を言い立てる僕になって。少しどころか大いに反省している。ものの、そうは言っても。結局今はやらない現代神学が、神に達することができないという結論でもあって。その論理的帰結の、ニーチェ的卓越性に押されていて。しかも、人間は論理だけで生きているわけではなく。そこに人間らしい情、情動、情緒、情感に大いなる幅を持って。不思議な存在たる人間の、いわゆる営為は。そんなに単純なものではないと僕は思っているのである。その点僕は、絵画に助けられていて。最後の個展をするために、いそいそと毎日絵と関わりながら生きて。それにつけても僕の読書、の中から生まれてもくる、神学の歴史的流れは、人間智の。高いテキスト的苦しみの結論でもある神学の。人間が真摯に神を尋ね求める、真剣さで。今のところ無神論的虚無主義としてコロナ社会を覆っている、と考えると。昔なら、さしずめ神様、お助けください、式の。結論に達することもあるのであるが、どうも現代人として。しっくりしないまま。人間智に頼って、早くワクチンができないか期待もしているのであるが。しかし、コロナをそれで乗り越えたとしても。「人間の死」と「永遠の生命」の、問題が解決すわけもなく。僕としてのキリスト教は結局、突き詰めた死の問題であると割り切って。僕のような有神論的解決法に、従来から苦しんできた神学を読んで、またその関係の人物を追うことも、有意義ではないかと。思う朝となった。と書いて、メールを読んでうれしがっているのである。

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 筒井友美・「帰る場所」。

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 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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彫刻家マイヨールの裸像の影と、僕が持っている十字架の像。この像は、僕が母と大きな確執があったとき、僕を救っていくれた十字架で、銀座教文館で買ったものです。

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下は画家筒井友美の作品と、魅惑的な色彩のギリシャ風スタンド。LED電球ではなく、昔の電球を使っている、偶然100金で見つけて、球切れを直せました。これは、父が持っていたスタンドで、僕が継承したもの。

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2020.09.03

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(449)9月3日 木曜日・(千回を目指して)

いたって現代的な無神論的虚無主義は、西洋資本主義形成の中にから誕生し、現代社会で。今、盛んに猛威を奮っている。が、イギリス人神学者マクグラスは、まず。現代神学者の位置付けを自ら行い。「神学者は今日、教会や学問世界からも非現実的だとみなされて欄外に置かれている、というのが一般的な見方である。神学者の活動する公の世界は、非常に狭められた神学者の仲間内に限られており、その思想と方法は総じて他の知的な学問分野から引き出されたものに過ぎないと一般に見られている。」(上の10ページ・「ジャンカルバンの生涯」から)と、書き始めながらも。スイスのジャンカルヴァンが資本主義形成に果たした、明確な思想的プロセスを説明しようとしているのが、印象的で。僕の注意を引く。のは、結局僕は明治学院で。本格的にカルヴァンに接した高校の頃から、さらに大学の文学部に行って、世界の思想に触れながら。戦争をした日本の、精神や思想に触れて。その決済として、自己救済にもつながる罪の世界を認識するキリスト教の深さに触れ。自己救済を初めとする、人類全体救済という基軸を、世界性という観点から捕捉し。その原点を、スイスのカルヴァン思想に見出していた、ということなのであろう。現実の社会でも、それで解釈し。主に、そのカルヴァンの「禁欲主義」を盾にとって、およそ資本家らしからぬ動きと現実を、自分の会社で創りだし。六十年安保闘争の中で、その原点を経験しながら。結局、カルヴァンが、スイスで実現した資本主義を掌握した上で。現実社会の経済活動を、マルクス社会主義思想によらず。現実的には、禁欲的資本主義を実験して、虚無主義も克服し。生きてきたのではないか、と思ったのである、が。カルヴァンをマクグラスで読めば。彼も、初めは。マルクスに興味を持っていた、理系学問の人で。それが結局、神学者になるというプロセスの中で。彼は、高い学者として、神学者なのであるが、彼を読み直してみると。随所に、カルヴァンから出発する、現代資本主義の経過の説明を。改めて彼が行いつつ。古く、忘れ去られた戦後の日本の、若者が。マルクスと同様に頼った僕らの明治学院的、キリスト教的カルヴァンの日本の僕の。プチ資本家の心を、掘り起こしてくれた人物、ないし神学者として。僕としては、引退後の自分の、実存のありようを再確認する場として、マクグラスの。ジャンカルヴァンを読んでいる、ということなのであろう。この祖父ネットは、一層、とてもこれで理解できない、書き方であるなと我ながら危惧している。が、しかし。カルヴァン資本主義の発祥起点説は、戦後大いに流行った学問領域で、あったと再認識している。で、僕が実務で、歴史の実体験をした結果得たものは。マルクス的思想の敗退そのもが、元々無神的に進む以上、虚無主義的であるという。当然の、実存主義を。僕は正式に捨てているが。結局キリスト教でも、「神の死」と論理的に対決せざるを得ない、今の自分が。有神論的虚無主義を改めて立ち上げ、永遠の生命に至る高い理想に接近しながら。出来うれば非虚無主義として。現代の無神論的虚無主義と戦うつもりであるが。何せ、自分の非才を悲しみ、と書いて。果たして、これが正しいのかどうか、僕は本当の自分の非才に辟易しつつ。僕自身を見つめてため息をついて、いる朝となった。が、妙に大雨の後、晴れたね。

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これが、現代スイスの建築工事。実写。僕は設計事務所経営で生きたので、スイスでもこんな写真を撮っていた。

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で、絵画も描いていたので、これもモチーフとして撮影した。

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で僕のスケッチ。

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2020.09.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(448)9月2日 水曜日・第二編(千回を目指して)

今朝、祖父ネットを書いて、すでにブログに載せた文章にさらに文章を加え。今日は、ほとんど異例として、もう一編書くことにした。のは、意外なことと思っている。のは、現代の無神論的虚無主義にこだわるからで。それは偶然とは言え、YouTubeでひょっとしたことから、連合赤軍の永田洋子さんをみてしまったからで。彼女は言うまでもなく、死刑囚として獄中でなくなってしまった。が、もちろん昭和二十年生まれの彼女が、僕の嫁さんぐらいの歳、なんだと知って。改めて、戦後の大事件を調べてみた。事件は、僕が結婚した頃のことで、あの頃はさっぱりわからない事件で。新婚世帯のアパートで、事件を見ていた。七十年安保は、六十年安保に参加していた自分の、興味の範囲にあるが。僕はすでにその時、個人生活を作り上げるため全力をあげ。絵画の方も一時中断して。生活に主体を移していた。から、僕の興味はもっぱら素晴らしい妻と、近くの教会と。マツモトキヨシ薬局がまだ、一件の薬局に過ぎなかった時代、を過ごしていた。それが、いきなりYouTubeなのだから。いささか戸惑ったが、彼女をWikiで調べると。それは全く、普通の女性(永田さん)の軌跡が書かれていて。彼女がことさらに、思想的に赤軍的思想ではなく。きっかけは当然あるとしても経緯として、あのような流れになっていくと、書かれていることを知った。その中で。僕は永田さんの経歴から、無神論的虚無主義が表面に現れ、今の僕の研究と一致したので。二編目を書く気になったのである。現代虚無主義を探究するには。僕は、近代ヨーロッパ思想から出発しなければならい、と言っておいて。アリスター・E・マクグラスを見直している。現代の精鋭神学者であるマクグラスは、宗教改革者カルヴァンを研究したのであるが、その成果が本になったのは、2009年。だから。概ね十年以上も経過したことになる。初めに買って読んだ時の印象では。僕にとってかなり、わからない本であると思っていたが。それは、僕も明治学院高校の頃から。カルヴァンの研究を熱心にしていたので。それは、明治学院という学校の教育にあるのであるが、僕が洗礼を受けた山永武雄牧師が。カルヴァンの研究者である、と言われていたからで。それで、僕も。恐る恐る読み始めたのは、トーランスの「カルヴァンの人間論」であった。その冒頭に「人間の真の自己認識は、人間の神認識の反映である」となっていて。僕は、これをしっかり頭に入れて、その後の人生を送ったのである。カルヴァンの人間論、という本は。昭和三十二年(1957)に発行されたもので。学校の近くの明隣堂で高校生の時に買った。で、それ以後も何事も、カルヴァンを中心にし自分ながら研究して、スイスにも行き。ジュネーヴの、カルヴァンの家にも行くようなことまでした。そのあとで十年前。マクグラスの「ジャンカルヴァンの生涯・西洋文化はいかにして作られたか」を改めて読んだので。その内容の深刻は、深刻で。さらなる研究が必要であるという、新たな知見になり。詳しくマクグラスを読まざるを得ないことになり、書くことになった、ということである。それは、要するに。現在の、西洋資本主義文明が本格的に生じる原因の一つに、マクグラスはカルヴァンを上げ。それを重大な要素としたマクグラスは、イギリス人で。イギリスから脱出した、米国ピューリタンのアメリカ建国精神にも、研究意識を伸ばしているためで。様々な経緯をへながら、現代思想の主調である、無神論的虚無主義に。やはりカルヴァン研究が欠かせない、という意識も出て。改めてここで、第二編を書き。現代の虚無主義と戦いたいと宣言した次第。これで、今日の第二編は終りたい。

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永遠の生命と、人間存在の希望の研究(447)9月2日 水曜日(千回を目指して)

(ここ、ココログの、ブログ書き形式が、変わったので戸惑いながら、面白がって書いている)ここのところ「日本人」を書いていて、そそくさとキリスト教に戻ってみると。日本人のキリスト教理解、という難題にぶつかる。中で、村田四郎氏を読んで(「パウロ神学の根本問題」・昭和二十二年・香柏書房・八十円)、日本人を見直している。「日本人」の「キリスト教理解」、という難題はいまも変わるわけではない。が、今はキリスト教は、日本で流行らないで。韓国や共産中国で、増えているというキリスト教情報は知ってはいるが。深いことは最近伝わってきこないで。あまりそれをいう人もいない。し、日本人も。キリスト教を気にしていないようだし、世界でもあまり話題にならないが。理由はわからない。第一に、クリスマスなどという行事も、昔とは全く違っていて。昔は、下手をすると正月を凌ぐものであった、ような気がしないでもない。が、あまりにも世界で一般的になりすぎていて。もはや西洋だとか東洋だとか、日本だとか、クリスマスだとかアメリカだとか。という、いわば、そんな差別はあまり問題になって、いるようには見えない。ユーチュブなどで、世界の動画を見ていると。どうも人間行動が、皆同じように見えるのは。僕のような古い人間には不思議に思えるが。コロナが世界を席巻している様は、まさに世界性なのであって。どうも各国の特徴など、あまり問題ではないのか、とも思える状況になりつつある。世界の人は今全員が、無神論的実存的虚無的個、であって。集団としての民族性や、伝統性は。虚無的個の前で、逼塞し始めたような気がしないでもない。が、戦場のピアニストを読んでいても。僕が若い時に盛んに読んだ、「夜と霧」の、ユダヤ的印象と。だいぶかけ離れていて。ピアニストであり、著者でもあるシュビルマン氏が(戦場のピアニストと言う実話)。いかに優れたユダヤ人でなく人間で、ユダヤ人として非常に個性的で、人間的にも優れている人で。何もユダヤ人だから、とかなんとか。いうような問題では、ないような気がする。この読み物、「戦場のピアニスト」も。そう言った、なかなか深い興味を与える。その中僕は、村田四郎氏も読んで。この人をよく知る僕は。僕の明治学院十年学生生活のうちで、院長だった人だから。特によく知っていて。まして僕の師の、山永武雄師(白金教会牧師、フェイリス女学院院長だった)の、師でもあるからで。だからこそ僕は。この人がまさか。昭和二十二年に、こんな素晴らしい本を著して、世界的神学者バルトの。真正なパウロ批判を、真正面から取り上げているということを、最近知って。深く敬服している、という不思議に遭遇しているのである。だから僕は結局。長いクリスチャン生活で。最も高い経験をさせていただいていた、僕の。西洋キリスト教を理解する僕は。それは、村田四郎、山永武雄という二人の、秀逸なクリスチャンのおかげなのだと最近になって、心から神に感謝し。ともあれ聖書の、「パウロ」を批判するという。最も非ヨーロッパ的思想自体を僕も一緒に。乗り越えていかなければならないと、思ったのである。これで絵画制作も、結構順調に進んでいるから。最後の個展にむけて。頑張ってみたい、と思っているのである。が、今朝は雨で明け、少し暑さも和らいだと思うのであるが。まだ、コロナは、ダメだね。

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僕の絵画。バラの下に、横たわる、であるが、何か有名な絵を参考にして描いたような気がしないでもない。

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僕の、バチカンのスケッチ。

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2020.09.01

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(446)9月1日 火曜日(千回を目指して)

八月も終わり。ここのところ「日本人」を書いていて、全然面白くもなんともない。ということがわかった。これはなんだ、ということを考えるいとまもなく、今朝の五時はまだ暗いとは、驚きである。もはや本来の秋なのだ。で、棚から。「西洋文化はいかにして作られたか・ジャン・カルヴァンの生涯」を取り出して読んでいる。書いた人はアリスター・E・マクグラスである。一度だけ目に触れた人で、聖学院で講演会があった。時に、駒込駅のホームで、帰宅する彼を間近で見たことがある。日本人には、なんのことかわからないが、彼は現代の有名な神学者で。イギリス人。背の高いいい男だ。本の宣伝文句では。近代西洋文化の形成に、決定的な影響を与えたジャンカルヴァンの実像に迫る。気鋭の神学者が放つ画期的評伝。キリスト新聞社・2009年発刊。で日本では、話題にもならない本である。で、もう一冊。「太陽の季節」石原慎太郎という本も持って、どちらが面白いか比べている。僕の高校生の頃の太陽の季節、ももはや古い。が、ジャンカルヴァンに触れたのも高校生の頃で。太陽の季節という通俗と、カルヴァンという脱俗を経験した僕は、いよいよ。老人になり、「永遠の生命」を追求しているというシナリオである。あまりにも隔絶した文化の相違は、僕をますます混乱させるが、実は。昨日、大変な思想上の大問題に、ぶつかってもいる。聖書でパウロは重要人物で、この人をおいて西洋はないと、思うのは当然で。カルヴァンなどよりもさらに昔の、西暦百年あたりの人である。まさに、この人なくして西洋などないのである。だから、その西洋の中心人物は実はカルヴァンでもなく、パウロなのである。その聖書にあるパウロを。なんと痛烈に批判したのが、スイス人神学者バルト、であると僕は全く知らなかった(「ローマ書講解」で)。という激震が僕に走ったのが昨日。石原慎太郎どこではない日本人の僕は、江利チエミや高倉健、渡哲也どこでもないのである。で、聖書のパウロを批判したバルト、を読んだのも明治学院高校の頃で。おかしな読書をしていたものだと、つくづく因果、と思った。が。要するに、聖書のパウロの、ローマ帝国の中心地ローマへの、果敢な宣教がもたらしたものが、今日のヨーロッパなのである。そのポイントは、「パウロの誤算」すなわちローマ帝国の、キリスト教国教化こそが、パウロの誤算だ。それさえなければ、キリスト教はイエスの、清新な教えだけが生き生きと。古代社会から現代に生き続けた、のに。あの政治的に強大な、ローマ帝国に取り込まれ。て、涯はさまざまな無様を晒したのが、キリスト教西洋の今日の姿なのである。と知る僕は。本当に日本人クリスチャンで良かったと、心から安堵するのであるが。もはや九月。台風が沖縄を直撃する風は、70メートルと報道されている。なんとも破壊的であるが。その西洋キリスト教も昔、明治維新前。沖縄が通過拠点になっていたとも知っている、僕は。一層複雑な気持ちがしてならない、のであるが。いったい、祖父ネットは、どうなるのであるか。我ながら心配している。朝となった。

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下は、いまも保存されているジュネーブのカルヴァンの家、と称されるもの。実写。

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カルヴァンの表示が見える。実写。

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スイスの首都(そうかな)ベルンの駅前。実写。

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スイスのカルヴァン教会、僕のスケッチ。

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僕の好きなスイスの山、アイガー。実写。

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僕のスケッチ。

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これもアイガー・実写。

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僕のジュネーブのスケッチ。

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ここもベルン。実写。

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スイスの僕。若い壮年期。このサングラスは、今も現役。では今日はこの程度。

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2020.08.31

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(445)8月31日 月曜日(千回を目指して)

昨日は、渡哲也と戦場のピアニスト、を読んで寝た。で、高倉健、江利チエミと発想が動いた。wikiで江利氏を少し読んで、彼女を描いた本がないか調べたが誰も書かなかったようだ。Wikiにザッと書いてあるものを読むと、どうして彼女が書かれなかったのか、訝る。戦後日本、昭和のサンプルだが、誰も書かないとは情けない。この辺りの男の語りは、結構多く。やはり男尊女卑の傾向なのであろう。それでも少しはわかるので、wikiの一部を転載したい。⚫️1937年昭和12年)1月11日、東京市下谷区(現・東京都台東区下谷)に3男1女の末娘として生まれる。血液型はA型。父・久保益雄は福岡県田川郡添田町の出身。独学でクラリネット奏者になったが、軍事徴用での工場の作業で指の先を痛め、以降再び独学でピアノ弾きに転向したりと、ともかく「音楽センス」の素晴らしい人だったと言われており、智恵美が生まれた頃は船のバンドマスター、吉本興業に所属していた(デビュー当時のチエミも吉本に所属していた。デビュー当時の吉本は今のような規模になく花菱アチャコ・チエミくらいしか稼げるスターはいなかった)。益雄はバンドマスターを経て吉本所属(東京吉本)の大スター、柳家三亀松三味線漫談)の相三味線やピアノ伴奏を務める(三亀松の語りにあわせての効果音的なピアノ伴奏は絶妙で、三味線もコードを変えて音を重ねるなど巧みな腕を持っていた)。この三味線も独学で習得したものだった。⚫️高倉健が死に、渡哲也も死に、もちろん江利チエミも死んでいる。から「昭和」を語るものが少なくなってきている、証拠である。昭和か、と感無量だ。今コロナ騒ぎの中、「昭和」なのだそうだ。昭和といえば、熱海城を忘れないでもらいたい。もはや、昭和のあまり関心しない、象徴となりつつある。ランダムに探した、YouTube動画でによれば、「よくいえば昭和、悪くいえば汚い」と表現されていた。実は、僕はある意味でかなり面倒な関係者なのである。設計者が僕の父で、明治生まれ。神田の左官屋の次男坊で、建築の夜学校(今や工学院大学)に通い、昔の宮内省に努めた。戦争中は零戦の戦闘機を作る工場を設計し、戦後は池袋で設計事務所を持っていた(その設計事務所は、いまもある)。と、この程度にするが、江利チエミは昭和十二年の生まれ。だから、僕の十六年から見るとおねーさんだ。要するにあの頃の、女性社会進出の代表的な人物なのに、一向に書籍になっていない、ということは意外だった。さっきも言ったが、要するに戦前からあって未だある、女性蔑視の風潮である。五十前で死んだから、痕跡が書籍にならないが、惜しい戦後史である。敗戦日本を書くなら、彼女を書くべきであろう。今更ながら、忘れられた人では書き手もいない、のか。残念でならないので、書いた。一方、ユダヤ人が書いた戦中経験談「戦場のピアニスト」の作家シュビルマン氏という書き手は、いい書き手でる。羨ましい書き手。その中ユダヤ人の中に、実はやはり女性の書き手のいないのが、聖書。聖書に女性の書き手は、実はいない。これも問題だ。しかし、書かれる対象にイエスの母マリヤがいる。この神の子の影の存在を、偉大とするキリスト教信仰が。西洋の女性蔑視をかろうじて避け得た、本当の理由である。日本にはそれがない。が、日本の伝統の中で、しかし。優れた文学があることを忘れてはならないだろう。それが源氏物語。文学は女の嗜みと長い間、戦後も当然視されていた。その戦後の、明治学院大学文学部に在籍したのが、僕だ。僕は男だ。どうだ、えらいものであろう。と、自慢して今日は終わりたい。生徒の半数は女性だったが一度もデイトなどしたことは、ない。まだ、暑い朝だ。八月も今日で終わる。

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下は僕の絵。男女は一対であるが、実存主義の現代は個の時代である。

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2020.08.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(444)8月30日 日曜日(千回を目指して)

「戦場のピアニスト」の作家シュビルマン氏の書き方は秀逸である。彼はユダヤ人だ。元々文学に優れた人種で、聖書を編み出した民族である。あの時代に(まだ古代社会で)、その後世界にそれが深く広く、影響を与える文学書(宗教書)を編み出したのだ。シュビルマン氏の文章には、隅々までその影響がある。もともと文学に優れていた民族なのであろう。ギリシャも、文学的芸術的に優れているが。二つの民族は世界史の中で、いい双璧なのであろう。東洋で言えば中国と日本である。日本の文学はそれほど古くはない。なんと言っても文章の古さにおいては、中国に勝るものは、ないと思う。その代わり日本は、感性として。世界に類を見ない、秀逸な宗教彫刻を創り出した。その秀逸は世界のどこにもない、と思う。などと書きながら今日は日曜日、クリスチャンの僕は聖書に従って、労働を休まねばならない。ので、あっさりと言えば。イエスは別格として、パウロこそ曲者であるということに気づいた。のは、昨日である。そこで、使徒行伝とロマ書で、パウロの言辞を調べて。みて、なるほど聖書を編纂したのは、実はパウロではないか。と、思うようになった。その線を、正確に証明するものがない。として、学者と言われる人の中に。そんな無謀なことを言う人は、誰一人いないはずである。僕のようなクリスチャンは、別に誰にも縛られてもいないから。いよいよ、こんなことを言い始めるのである。で、世界の神学者が苦しむ「神の死の神学」に負けずに、パウロの神学を研究してみれば。神は死んでいないと、証明できるのではないかと仮説したのである。詰まるところイエスにおいて、虚無が克服されるのではないかと、思ったのである。が、今日も朝から暑い日である。な。

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下は一式、昭和の戦後直後。日本人写真家によって撮影された、「憧れのパリ」を。日本で出版された写真集から転載している。

 

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2020.08.29

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(443)8月29日 土曜日(千回を目指して)

「戦場のピアニスト」の原文の、虚無には。神が出る。だから、虚無ではない。作家シュビルマン氏が描いた原書はロナルド・ハーウッドによって脚本が書かれる。それが昨日手に入った(新潮文庫・平成十五年)。大掛かりな映画製作の場面も説明されている。千人のエキストラが一体となって、ユダヤ人とドイツ人を演ずる。この壮大な虚無の塊(かたまり)は、結局現代人に実存を提供する。巨大な虚無は、人々を感動させ、生きていることを再確認させながら人々をヴィデオの前に集める。人は、それを観て悲しみ怒り、決して許されない事態だと認識する割には。すでに地球には宇宙軍が創設されている。戦争の準備は高度化し、宇宙化していて。いずれ起こる悲惨な最終宇宙戦争に備えている。米国のその軍隊の最高責任者が日本に挨拶に来たときには、我が国の安倍首相自身は辞任を決意している、となった。再軍備を策した阿部首相は、祖父と同じ憲法改正論者である。祖父の岸氏が首相の時、安保闘争(六十年闘争)に参加した僕は、何度もヂクザク違法デモで「岸を殺せ」と、叫んだ。クリスチャンの僕が(その時洗礼を受けたばかり)何とも恥ずかしい話であるが。安保が、調印されて収束したあとに、明治学院に現れたのが武藤富男院長である。廃止された東京帝国大学法学部の出身で、法曹界で判事をやっていた人。請われて満洲国に行き、そこの高級官僚となった。要するに岸信介氏のよく知る後輩で、満州ではなかなか深く一緒に、活躍していたのである。そんなこととはつゆ知らず。僕は、その院長と一度膝ずめ談判をしたことがある。あまりにも次元の低い自分に呆れて、それっきりにしたが。それは、生協問題で。個人の経営を許していた明学学食を生協食堂に切り替える運動であった。それは遠からず実現し、僕は。出ていくことになった女性経営者から、すごく恨まれた経験を、持っている。で、その岸氏の孫が昨日辞任したから、僕の役割も本当に終わったのであるが。トランプさんが大統領選挙のため、バイデンを責めて。社会主義者ではアメリカは再生しないと、いい放つアメリカに関心もしている。民主党のサンダースはもっと左派で、僕らのような種類の人間であるが。僕は、実務世界では。左派的会社経営者になって、今にも池袋に残る、小とは言えその会社が残っているのが、僕の自慢だ。社会主義と資本主義という、恐ろしく弁証法的な社会制度の、上手いやりとりが。人間には出来ない。それが、今後とも戦争の原因になるのであるが。それがわかるだけに。難しい人間社会の社会学は、僕の得意とするところで。それを長い間、思想として勉強している。が、未だ浅学の身。達することができないので、今後の若者にそれは任せ。今日も抽象画を描いて、過ごすつもりだ。早く涼しくなってもらわないと、コロナと残暑でいかれてしまいますよ。そちらに行くような始末に、なりますと、神に祈る朝となった。

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下は僕の師山永武雄師を何かと検索していて、出てきた明治学院の古本。買いたいと思ったが、うまくいかなかった。

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下は、僕の師、教会の牧師にしてフェイリス女学院の院長だった山永武雄師。62歳で突然他界した。僕が二十歳代後半で、社会に出て、さてという時だった。

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2020.08.28

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(442)8月28日 金曜日(千回を目指して)

虚無であるだろう「戦場のピアニスト」の、読書経験は。ますます深くなる。作家シュビルマン氏の書きは、一段と冴えて。残虐な事柄に反し、意外にたくましく展開する、とは思わなかった。人間の極限の、ギリギリのほとんど死んでいる都市の情景が、反比例し。精気を持って描かれると。なぜそれが「ユダヤ人狩り」として問題なのかどうか、わからなくなるほど。見事にドイツ軍に、勇敢に抵抗しつつ閉じられていく、放送局のショパンや、その演奏の様が印象的に語られていく。春秋社の本の裏側には、これを読んだ人の感想が語られているが、最高年齢が60歳、低い方は22歳の男性で。想像を絶する苦しみを淡々と描いて、奥が深い。と書いた若い人の深さに関心もする。僕のように78歳のものが、それもあの状況を書籍からとは言え、昔から知っている、と思っている人間でも。なぜか簡単には理解のいかない本である、と思うのである。それは、人間全般の深さの問題で、あの事件、すなわちドイツのポーランド侵略と、ユダヤ人排撃にだけ関わる問題ではなく。人間や人類の全体の問題、として感じる方が。人間の、虚無的状況そのものが。人間のまさに問題として、また虚無の壁として人間の前に立ちはだかる、問題として。今の僕の、ほとんど理解できる人間問題として。作家シュビルマンは意外に、クールに問題を処理していく。だからこそ返って、人間性の高さが目立ち。彼は結果的に、あの極限を生き抜いたピアニストなのであるが、確かに彼だからこそ。あの極限を生き抜けたのであろうと、思わせる状況が語られている。それはユダヤ人問題とか、ドイツ人問題ばかりで無く。「人間」問題なのであると、知らされる、あるいは意識され。読み続けると、そう言う場面が一層多くなってくるが。それが、さらに進んで果たして。いずれ、ユダヤ人特有の問題になるのかどうか、は。読み終わらなければ、分かる話ではない。僕などのように1941年生まれの古い人間は、あの頃の話を嫌と言うほど、すでに読んでいるが。有名な「夜と霧」が、本当は。真剣な心理学の本であり。ユダヤ人虐殺の記録本、ではないと今更ながらわかるのであるが。いかにも遅すぎる、と自分ながら残念でならない。ユダヤ人虐殺という、表面の現象に惑わされ。本当の、その本の意味や価値を僕は知らなかった、のだと。思ったとたん僕は、哲学的宗教的人間虚無論の前に立っていたのである。すでに初めに読んだ若い頃から見ると、ゆうに六十年は確実に過ぎている。僕はクリスチャンだから、ユダヤ人問題を。特殊な人間集団の問題、と捉えてばかりいたことが。実は本当に、浅学の結果であったと知った、というのが。今日の結論である。そこでもう一度くどく、「神の死」をwikiから転載したい気になる。⚫️「神の死」とは、ニヒリズム的状況。彼岸を「世界」とする価値観プラトニズムキリスト教等)が崩壊したことで発生し、20世紀哲学神学へ衝撃を与えた。ニーチェによれば、「神の死」とは単なるキリスト教超克ではなく、虚無主義の宣言でもあった。ニーチェが言うには、本質とは「力への意志」であり、それは自己維持のために必要な世界解釈を行う。つまり、強者は自己をとし、弱者を「劣」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、その一例がキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。弱者の考えにおいては、いずれ来る世の中 ―― または来世 ―― において弱者が支配者となり、強者は貶められる。しかしこのような「神聖」な道徳は、実際は弱者の自己正当化に過ぎず、「神」とはこうした道徳の根拠であり、道徳の全体でもある。ニーチェによると「神聖」な価値観は、彼岸に「真理の世界」を虚構する(例えばキリスト教やプラトン主義等)。この虚構性についての洞察が、「神の死」を宣告することだった。「神の死」は20世紀の課題の先取りであり、これは「彼岸的真理」を否定することと結び付いている。「真理」や「世界の目的」といったものは、虚構や仮構に過ぎない。このような最高価値の喪失が、虚無主義だとされる。それは、宗教的信条や哲学理性権威が失墜したことを宣告していた。20世紀になって、伝統的な信条・理性が失権したことは、多くの人々にとって現実問題として自覚された。1950年代アメリカでは、「神の死の神学」が模索された。この神学は、超越的存在 ―― 伝統的な意味での「神」 ―― を否定した上で成り立つ、宗教的信仰の立場だった。⚫️いやに蒸し暑い朝であるな。

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 筒井友美・「帰る場所」。

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 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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僕がスイスで写真を撮り、水彩で描いたもの。カルバン教会として、宗教改革の中心的教会として有名でもある。近くにカルバンの家、も残されている。カルヴァンをWikiで読まれると、いい勉強になると思います。

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2020.08.27

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(441)8月27日 木曜日(千回を目指して)

虚無を見上げ、見下げながら。「戦場のピアニスト」という素晴らしい読書経験をしている。昨夜、テレビでスケールの小さな、大金持ちの整形美容師の生活が放映されて。若い時から知る世界一の金持ち、ビルゲイツの生き様に比べ。今や東京ゲットーの中でしか、金持ちであるらしく見える今の若者の。整形美容師の、反吐の出るような小さな生活ぶりに。日本人のスケールの小ささは、お話にならないと思いながら。ピアニストに戻って少し読んで寝ることにしたが。冷房と暖房のスイッチを間違えて、その中で死んでいく年寄りもいるとも聞いて。ピアニストに書かれたドイツ軍が。宣戦布告もなく侵略してくる様を現実として受け取る、ワルシャワの人々の動きや。ポーランドのその瞬間の、反応も書かれるから。本当の歴史書で読む、ポーランドへのドイツ軍侵略が生き生きと蘇り。ドイツの戦車はダンボールで出来ているから大丈夫だ。という、噂も流れる歴史書では味わえない、ドキュメントの迫力に。この本は、本当に歴史書であるなと思うことにした。しかし歴史書と違い、事実を証明する方法のないものを、これはドキュメンタリーとして事実を書いている、と書いても。早々人々は信用するわけではない。あまりに隔絶した時の流れであり、事実の証明と言っても。歴史書でドイツが、ポーランドに宣戦布告もなしに突然侵略した、という歴史的事実としての事実だけが頼りで。本のその中身が歴史に残るものではない。という意味で。日本にも残るその手の無数の手記も、それこそ無数にあるが。それを歴史書とするわけにもいかず、全部破棄される時間的経過だけがあって。既に戦後(第二次世界大戦後)もはや、七十年以上も経過しているのだから。それは、どうしても真実とは思えない、として。人々は読まない、名作としない、という時間的経過を辿っているわけである。ただし、私のように1941年生まれのものは、あの時二十歳前後で散々。その手の読み物を読んでいるから、その事実らしい記述は。実際起こった直近の虚無として。自分の人生に影響を与えたという事実は、自分にあるので。僕のような歴史的時系列の中のものは、それが。本当にあったこととして僕の中で事実化しているのは。仕方のないことで。真剣に戦争をする人間の、馬鹿さ加減を読んでいると。本当に人間は創っては壊し、壊しては創りする人間の業は、キリがなく。永遠の罪業であると考える歳になっている。昨日、日頃からよく知る従兄弟が死んだと、その姉上から電話があった。彼は無神論者で、ある製薬会社を勤め上げ、物理学を趣味として。いわゆる確率論の、なぜ勝敗が五分五分に帰結するのかを研究するのを、趣味としていた。自分の父上(僕の叔父)が、日中戦争や太平洋戦争に三度も出兵し。戦後、破棄された鉄兜を壺にして賭博、の常習者になり。散々家族に迷惑をかけた後死んで、自分がその家族の生活の尻拭いをさせられた長男という、立場が頭に残り。いわゆる賭博の、勝敗の結果がいつも五分五分に帰結するのは。何故なのかを。無神論的確率論に、追求していたのである。身辺はきれいに整理されていたらしいが、自殺という線はないにしても。彼と、神について語り合いう機会を狙っていた僕は。無神論であれ有神論であれ、今僕の前に立ちはだかった「神の死の神学」が。如何にヨーロッパ仕込みのキリスト教神学として高い存在である、かということのみを知っているだけの僕の。今日も。僕は虚無の前で思索するが。年金を銀行に取りに行くので、今日は絵は描かないと、思う朝になった。以下Wikipediaから。転載。⚫️「神の死」とは、ニヒリズム的状況。彼岸を「世界」とする価値観プラトニズムキリスト教等)が崩壊したことで発生し、20世紀哲学神学へ衝撃を与えた。ニーチェによれば、「神の死」とは単なるキリスト教超克ではなく、虚無主義の宣言でもあった。ニーチェが言うには、本質とは「力への意志」であり、それは自己維持のために必要な世界解釈を行う。つまり、強者は自己をとし、弱者を「劣」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、その一例がキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。弱者の考えにおいては、いずれ来る世の中 ―― または来世 ―― において弱者が支配者となり、強者は貶められる。しかしこのような「神聖」な道徳は、実際は弱者の自己正当化に過ぎず、「神」とはこうした道徳の根拠であり、道徳の全体でもある。ニーチェによると「神聖」な価値観は、彼岸に「真理の世界」を虚構する(例えばキリスト教やプラトン主義等)。この虚構性についての洞察が、「神の死」を宣告することだった。「神の死」は20世紀の課題の先取りであり、これは「彼岸的真理」を否定することと結び付いている。「真理」や「世界の目的」といったものは、虚構や仮構に過ぎない。このような最高価値の喪失が、虚無主義だとされる。それは、宗教的信条や哲学理性権威が失墜したことを宣告していた。20世紀になって、伝統的な信条・理性が失権したことは、多くの人々にとって現実問題として自覚された。1950年代アメリカでは、「神の死の神学」が模索された。この神学は、超越的存在 ―― 伝統的な意味での「神」 ―― を否定した上で成り立つ、宗教的信仰の立場だった。⚫️

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今住んでいる僕のマンションの影を実写。

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2020.08.26

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(440)8月26日 水曜日(千回を目指して)

「神の死の神学」の前に立って虚無を見上げながら、「戦場のピアニスト」を読んでいる。素晴らしい記述で、ピアニストとは思えない文学者の書いたもののように、思える。一行一行想像しながら読んでいると、区画され分断され差別され、通行禁止の中を至る所にいる蚤の大群が、人々に伝染病を撒き散らし、びっしりと生息する様は。文学、である。映画では、いかにもユダヤ人という風貌の名優が演じていて、それはそれで。恐るべき効果を挙げているが。文学者の実物のピアニストは、むしろアラブ人のような風貌を持った、どちらかというと美男子ではない。どこかジャズバンドでもやりこなす、バンドマンのような風貌が、写真に掲載されている(何枚かある写真は、それぞれ特徴があるが)。その彼が、文学者然として。素晴らしい描写をするし、過ぎゆく多くの死者を書くので。その様は、クールとウェットの間を行ったり来たりしながら。そんな感傷に陥っている隙もない、ピアノを弾くというアルバイト(労働)の描写は。映画と重なって見事に効果を上げ。無数に転がっている死者の肢体を避けながら、真夜中に。カフェーの仕事を終えて帰宅する真っ暗な街の様子は。凄惨というより何か、人間の運命を乾いたタッチで、ピアノの鍵を叩くように打ち出す音楽の。音のつながりとして文学的に表現されている。それを読みながら。展開する場面を虚無として捉えるなら。弱者として、一定の区画の中に押し込められたゲットーの。冷たい壁の内側とは思えない。人間らしいわずかな息遣いも堂々と書かれている。から、虚無というより、実体としての人間のたくましささえ感じる。ゲットーの中の死者は無数に増え続け。ピアニッシモ、ピアニッシモ(音楽用語・ピアノより・弱く)、ですね。と少し読んだだけで、これだから。僕はコロナで逼塞した街を世界堂に向かい。世の中が、これほどまで変化した池袋が。まるで今読む隔離されたゲットーの中の生活のような気分になって。少しばかりの画材を世界堂で仕入れ、昔から知る店の人々と雑談し。他の客に迷惑をかけながら、空いている電車に乗って帰ってきたのである。僕は、何もことさらにキリスト教の神が、虚無の前に空疎になっている姿に、哲学的に接しているわけではない。が、人間の弱さを強調する、キリスト教の立場を。あまりにも理想的に書く「帰天していよいよ光彩を放つ勇者のスピリット」(木村晟著・聖母文庫・2010年刊行・建築家ヴォーリスの伝記)の著者木村さんに敬意を払い。よく知る木村さんが、今もご健在とWikiで知り。ジュンク堂によってそれも買い、帰宅する電車の中で読みながら。木村さんの書きにしらけて。これでは、日本のキリスト教に先はないと、知ったこととも実は重なっていて。重い心を抱きながら。木村さんと過ごした時間の、あるやるせない無駄な時間を反省しながら。日本人が異国の宗教を信じるということが、これほど難しいことであるかと。今更ながら感じつつ家に帰った昨日、であったと書くのも、あながち悪い気はしないのであると思いつつ。池袋タウン誌の編集者小林さんから、僕の次号の掲載ページが送られてきて。さすが編集者というものは、僕の下手な文章を、見事に生き返えらすもだと感心しメールを返信。なんとも充実した一日となった、のであるが。

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僕のスケッチ。

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2020.08.25

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(439)8月25日 火曜日(千回を目指して)

もう一度。改めて「神の死の神学」の前に立って虚無を見上げると、世界の現状がよく見えてくる。ので、くどいけれどもう一度。神の死をwikiから転載して(文末で)。昨日「戦場のピアニスト」(英名・THE PIANIST・ウワティスワフ・シュビルマン著・佐藤泰一訳・春秋社・2000年初刊)が古書でついた。ので、少し読んで。二十歳前に読んだ「夜と霧」以来のショックに、再び襲われて。ますます、人間のニヒリズムの前に佇んでしまった。キリスト教の洗礼を受けた頃の読書と、老人になった今の読書では、どのように違うのか計って見ても、始まらないが。散々読んだ本の集大成として、人間の犯した数々の恐るべき殺戮と無情を読むと。真剣に戦争をする人々や、人を大量に殺そうと努力する、人間の数々の歴史と。記録とをざんざん読んだり、今はユーチューブで昭和十六年(私の生まれた年)のニュース映画なども、何度も繰り返して観ることができるから。繰り返して見ていると、殺戮にかける人間のたゆみ無い努力は。なんともいうまでもなく馬鹿げているが。どうしてこうも真剣に、人殺しに真剣になる人間の。様は。同じYouTubeで自然災害を見ている方が、どれほどすっきりするか。を、経験している。でかい東北の俯瞰できる位置からの街を消す、津波を見ていると。初めは普通の美しい街が、左側の海の方から。確かに津波が押し寄せてきているように思える、時。画面下側に普通に流れている小川の脇を、小さい車が蚤のように移動していく様なども、何度も見ていると。もちろん彼は生存を脅かされているその時。と言えど。一生懸命なんとなく不安にかられ、早く撮影位置にいる人と同じように。避難すればいいものを。なんだか、嬉しそうにちいさな川の横を明らかに。僕が既に知る、とても助からない方向へ移動しながら。という場面を毎回。それも百回以上観ていると。いち都市が数分後海に沈むなどという、ドラマの現実の。現実のドラマを見ている僕は、避難した撮影者の目線が追う。高い位置からの俯瞰された街が、一切海の底に沈むのは、たかが、数十分後であるということを知る僕は。虚無的な気持ちというより、何か。あまり罪の意識がない自然的必然の。運命に翻弄される、美しい人間界の天的美学のような気もするが。それが、人的殺戮を。日々の仕事のようにする人間界の過去の戦争の場面の中に。幼い自分も生きていたのだなと、思いながら。馬鹿げた人間史を。再三再四観ていて。過去の人間の様々の人間史ぐらい、醜いものはないと。虚無的に思いながら。神を失った神学の虚無の壁の前に立つと、いう経験は。いかにも現代的な、テクノロジーの結果なのだと思いながら。もう一歩、も二歩も前に進まねばならない毎日の人間の営みに、参加し。今日も絵を描き、「戦場のピアニスト」という実際の経験者のピアニストの。映画の原作となった本を読んで。さらに人間論を書いて見たいと思っているのであるが。⚫️「神の死」とは、ニヒリズム的状況。彼岸を「世界」とする価値観プラトニズムキリスト教等)が崩壊したことで発生し、20世紀哲学神学へ衝撃を与えた。ニーチェによれば、「神の死」とは単なるキリスト教超克ではなく、虚無主義の宣言でもあった。ニーチェが言うには、本質とは「力への意志」であり、それは自己維持のために必要な世界解釈を行う。つまり、強者は自己をとし、弱者を「劣」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、その一例がキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。弱者の考えにおいては、いずれ来る世の中 ―― または来世 ―― において弱者が支配者となり、強者は貶められる。しかしこのような「神聖」な道徳は、実際は弱者の自己正当化に過ぎず、「神」とはこうした道徳の根拠であり、道徳の全体でもある。ニーチェによると「神聖」な価値観は、彼岸に「真理の世界」を虚構する(例えばキリスト教やプラトン主義等)。この虚構性についての洞察が、「神の死」を宣告することだった。「神の死」は20世紀の課題の先取りであり、これは「彼岸的真理」を否定することと結び付いている。「真理」や「世界の目的」といったものは、虚構や仮構に過ぎない。このような最高価値の喪失が、虚無主義だとされる。それは、宗教的信条や哲学理性権威が失墜したことを宣告していた。20世紀になって、伝統的な信条・理性が失権したことは、多くの人々にとって現実問題として自覚された。1950年代アメリカでは、「神の死の神学」が模索された。この神学は、超越的存在 ―― 伝統的な意味での「神」 ―― を否定した上で成り立つ、宗教的信仰の立場だった。⚫️これが、画家筒井友美の作品が表象した作品「帰る場所」(下に動画になっている作品で、鑑賞することができる)なのかも知れないと、思うのであるが。

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僕の描いたパリ。アジェの写真をもとにして描いた。看板の数字は119104。で、夜と霧の著者が強制収容所で腕に入れられた刺青。の囚人番号。僕が、勝手に描いたもの。アジェは十九世紀末、二十世紀初頭の有名な写真家。で、写真が出てきた頃の人で、パリの写真を写し画家に売っていた人。写真が、絵画という商売を圧迫していく時代を代表している。で、いいパリの写真が今に残った、と言われている。

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下は、「戦場のピアニスト」の訳された現書。

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2020.08.24

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(438)8月24日 月曜日(千回を目指して)

キリスト教の神秘主義が出発したのは、おおよそ西暦五百年ごろからで、あるようだ。その時から、千年以上もの時を過ぎて。ニヒリズムが、キリスト教の前に立ちはだかるとは、当時の神秘主義者も思わなかったであろう。要は無神論であるが、いよいよ現代おいて、世界の精神界の灯台は撤去されたのである。それがニーチェの哲学によってなされた、ということは、想像以上に大変なことなのだと、最近知った。キリスト教徒であるから、いうまでもなくニーチェ研究は怠らなかったものの、ニーチェを。ニーチェ哲学そのものに聞かず。キリスト教に対抗するものとして研究していた自分の態度の中に、ニーチェそのものを見誤る要素が多分にあったと思う。対立としての虚無主義ではなく、哲学の全般的な近現代的な発展過程で、それを捉えてみる必要があった。にもかかわらず、キリスト教徒の僕は。他のキリスト教徒と同様。キリスト教擁護の立場から、ニーチェ哲学と対峙していて、ニヒリズムそのものが達した、現代的哲学的人間論に至れなかった、と思うようになった。いわば体良く、虚無主義(ニヒリズム)を避けていたのある。しかし、最近の書きで、自分ながら到達したものは。いわば、現代的一般的状況としてのニヒリズムが。単にキリスト教への対抗意識ばかりでなく、もはや社会一般がそれに包まれている、一種の物質的精神主義なのであると気づいてみると。それが、生成されていく科学的発展が、まさにその物質的ニヒリズムで説明できる、ことが。少し分かりかけてきたのは、ありがたいことであると思っている。しかし、それは、私の中でほんの数日前から始まった意識で。ここで簡単明瞭に書くことができないものであるが、それでも。キリスト教という精神主義をもっている自分には、意外に容易なことでもあると、安直に思えるのも。浅学の身に起こる、気をつけなければならない精神状態なのであろう、とも警戒するのである。しかしながら、先回のwikiの。神は死んだ、という説明文は深いから。こそ、その説明に納得し、さらに深く考えようと思ったのは。「精神の危機・他十五篇」(ポール・ヴァレリー著・恒川邦夫訳・2010年初版)を多少読んでいたからで。その本の説明は、次のようになっている。第一次世界大戦後、「精神の危機」を書いたポール・ヴァレリーは。西洋の没落に警鐘を鳴らし、人間における〈精神〉の意味を根本的に問い直した。先端技術の開発にしのぎをけずり、グローバル化する市場経済の盲点を逸早く洞察し。「歴史」の見方に改変をせまった数々の論考は、21世紀の時代に通じる示唆に富んでいる、と書かれている。それは、僕なりに言えば、ニヒリズムが世界を席巻しよとする時代の意味を、よく表していると思うのであるが。今日はもっぱら、ヴァレリーを読んで抽象画も描き。貴重なコロナの一日を過ごすつもりでいる。やや、黎明の明けは日に日に遅くなって、いる季節となっている、と思う。

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前回掲載した絵画は、今回のように変化し、「トロギルの港」として完成している。が僕は、前回のトロギルの方が気に入っている。前回のあの絵の上に、描いて描いていてそれが、壁にかけてある絵であるが。あまりの変化に、それは仕方のないことであると今更ながら思うのである。この写真そのものは、僕の絵画教室の生徒が主役である。

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2020.08.23

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(437)8月23日 日曜日(千回を目指して)

西暦500年あたりのことだと言われるが、キリスト教にも神秘主義が出発したようだ。五百年ごろは、イエス以来キリスト教の「聖書」なるものが、生まれて、いて。それが様々な経緯を経て、人々を大いに魅了し。特に知的と言われる人々を作り出して行った様子が窺われる。この辺りをまとめているシリーズがあって、昔一冊だけ買っておいた。それは著作集になっていて、全17巻にまとめられている。銀座の教文館が発行したもので、今でもそれに頼る基督教徒が多いと思われるのは。このような立派なシリーズが存在する理由であろう。僕はその第1巻を買った頃、真の理由を推定できなかったが。今はあまりにも立派な神の死、に出会って。ニヒリズムの前に立ち止まってみると、結局そこにしか活路はないと思ったのである。その第1巻を読んでいるが、西暦五百年頃とはいえ、人間はなかなかの知的論理をもっていると、読んでいて教えられる。これは信仰という個人の問題であろうにしても、神を慕う人間の思いはなかなか健気というべきであろう。その事情は今も変わるものではない。西暦五百年頃はいよいよ、さしもの武断的ローマ帝国も衰え始め、本当にローマ国家に。新たな思想を採用する必要に迫られ、キリスト教なるものを、真剣に国教にする時期になった、のであろう。そこに、文章に残る神秘主義が登場するのも、必然と言えるのかも知れない。真面目に人生を考えれば、暴力的手段で富を広大な周辺から、不断に手に入れたローマ帝国は、その殺戮的暴力主義に疲れてきたのであろう。要するに他の、強力な民族の暴力主義に押しまくられ、攻撃国家が防衛的国家に様変わりするのである。が、東ローマ帝国として生き残ったローマ帝国は、そこからも相当な長さで生き残り。とうとう、1453年(いよいよ御破算)イスラムに敗残する。と言った、ことはさておいて。神学の世界がどうして生き残ったかは、文献学の研究が。近現代で成果を上げ、神秘主義文献も発見されて生き残ったのであろう。一方、文献学の人ニーチェはそれが、全体としてあまりにもでたらめであると知って、それを哲学し。とうとう、その哲学が。現代で、「神は死んだ」神学にまで発展したのであろう。と、知ることは、無駄ではないと思う。もう一度昨日の虚無主義をWikiから転載し、現代社会の思想的状況を、このキーワード虚無主義、ニヒリズムに置く。僕の意識として。再々再度確認し今日は終わりたい。⚫️「神の死」とは、ニヒリズム的状況。彼岸を「世界」とする価値観プラトニズムキリスト教等)が崩壊したことで発生し、20世紀哲学神学へ衝撃を与えた。ニーチェによれば、「神の死」とは単なるキリスト教超克ではなく、虚無主義の宣言でもあった。ニーチェが言うには、本質とは「力への意志」であり、それは自己維持のために必要な世界解釈を行う。つまり、強者は自己をとし、弱者を「劣」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、その一例がキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。弱者の考えにおいては、いずれ来る世の中 ―― または来世 ―― において弱者が支配者となり、強者は貶められる。しかしこのような「神聖」な道徳は、実際は弱者の自己正当化に過ぎず、「神」とはこうした道徳の根拠であり、道徳の全体でもある。ニーチェによると「神聖」な価値観は、彼岸に「真理の世界」を虚構する(例えばキリスト教やプラトン主義等)。この虚構性についての洞察が、「神の死」を宣告することだった。「神の死」は20世紀の課題の先取りであり、これは「彼岸的真理」を否定することと結び付いている。「真理」や「世界の目的」といったものは、虚構や仮構に過ぎない。このような最高価値の喪失が、虚無主義だとされる。それは、宗教的信条や哲学理性権威が失墜したことを宣告していた。20世紀になって、伝統的な信条・理性が失権したことは、多くの人々にとって現実問題として自覚された。1950年代アメリカでは、「神の死の神学」が模索された。この神学は、超越的存在 ―― 伝統的な意味での「神」 ―― を否定した上で成り立つ、宗教的信仰の立場だった。⚫️これが、画家筒井友美の作品が表象した作品「帰る場所」(下に動画になっている作品で、鑑賞することができる)なのかも知れないと、思うのであるが。ことのついでに、もう一つ1453年の事件をwikiで。⚫️コンスタンティノープルの陥落(コンスタンティノープルのかんらく〈ギリシャ語: Η Άλωση της Κωνσταντινούπολης〉)とは、1453年5月29日オスマン帝国メフメト2世によって東ローマ帝国首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)が陥落した事件である。この事件により東ローマ帝国は滅亡した。また、「ローマ帝国の滅亡」は476年西ローマ皇帝の廃止とするのが一般的ではあるが、この東ローマ帝国の滅亡がローマ帝国の滅亡であるとする識者も多い。 ⚫️

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「悲しみのバルカン半島」の教会。僕の油彩80号。

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2020.08.22

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(436)8月22日 土曜日(千回を目指して)

僕が、明治学院高校の頃読んだ本に、石原慎太郎著「太陽の季節」がある。昨日、盛んに渡哲也氏の「俺・渡哲也」(柏木純一著・1997年初版)を読んでいたので、突然思い出した。僕は、それを読んだ当時から今に至るまで、太陽の季節の、本当の意味がわからなかったと思う。表面に表現された湘南の海は、輝いていて、それは僕の壮年期の慰めの一つでもあった。江ノ島には一人で、毎年通い、労働の英気を養った。が、「太陽の季節」と言う衝撃の文学書は、僕と縁遠い作品と思ったままであった。それも現在に至る昨日まで、全く意味不明の文学書で。石原慎太郎氏自身すらよくわからない人物であった。が、今朝、これを書くために構想していると、73歳にして突然分かった。高校生の時に読んで、大きな衝撃を受けていたが。その衝撃を、うまく受け取れなかったのは、当時僕が洗礼を受けたからであろう。いわばまともにキリスト教と向き合った僕には、いささか純粋すぎる日本型精神は、僕にはすでに不向きであったと、思う。結局、率直に、名作と向き合えなかったのだな、と思ったのである。高校の時は60年代ではない。教会で洗礼を受けてから大学に行って1960年になる。だから、太陽の季節という小説からは、自然と離れてしまった。ただ、青春の肉体的欲動は僕とて人一倍であったから、それとの戦いというパターンは質を変え。キリスト教的禁欲主義との戦いになっていたと思う。戦後の、日本型の高い、希望としての文学書「太陽の季節」は理解できなかったが。その同時期に渡氏も、青山学院大学にいた。彼は、青山学院のキリスト教的禁欲に至らないまま、日本型の文学的方向に憧れていたのは。彼が運動部で。若くして天才的な小説家となった、石原氏の弟である、大スター石原裕次郎にあこあがれていた、からであろう。いわばそれが、彼の輝ける太陽であったと思う。彼は本の中で、その経緯を書いている。淡路島の人で金がなく、サラリーマンにでもなって親を安心させ、水商売の俳優などにはなりたくなかったが。スカウトマンの示すその金高に目が眩み、俳優になることを承知する。僕も大体同じ時、まだ卒業もしないまま。学校の休みにはすでに日活入社が決まり、天城日活ホテル(修禅寺)に研修に行くように言われていた。僕は単なるコネの面接で、後で社長になる堀専務の一声で入社していた。渡氏と僕は生まれが同じ年で、同時期に入った会社も同じ。僕が生まれた1ヶ月後が、真珠湾攻撃(太平洋戦争開戦)で、彼はそのあとすぐ生まれている。彼は、太陽の季節派として、青山学院的文学人生を送り。僕は基督教徒として、明治学院の型にはまり、禁欲的キリスト教徒として人生を送った。ともに社会で、「太陽の季節」の日本社会を経験したのである。その時、キリスト教世界は、実は戦後の無神論神学「神は死んだ神学」に、苦しんでいた。あれだけの戦争をやってのけた、キリスト教であるべき先進国家は、当然のように。ニーチェ哲学の前で苦しまざるを得なかった、と知ったのも最近のことである。で、僕のようなものでも少しは、愛する日本が描けるような気がする。のであるが。もう一度ニヒリズムを、Wikiから転載しておく。⚫️「神の死」とは、ニヒリズム的状況。彼岸を「世界」とする価値観プラトニズムキリスト教等)が崩壊したことで発生し、20世紀哲学神学へ衝撃を与えた。ニーチェによれば、「神の死」とは単なるキリスト教超克ではなく、虚無主義の宣言でもあった。ニーチェが言うには、本質とは「力への意志」であり、それは自己維持のために必要な世界解釈を行う。つまり、強者は自己をとし、弱者を「劣」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、その一例がキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。弱者の考えにおいては、いずれ来る世の中 ―― または来世 ―― において弱者が支配者となり、強者は貶められる。しかしこのような「神聖」な道徳は、実際は弱者の自己正当化に過ぎず、「神」とはこうした道徳の根拠であり、道徳の全体でもある。ニーチェによると「神聖」な価値観は、彼岸に「真理の世界」を虚構する(例えばキリスト教やプラトン主義等)。この虚構性についての洞察が、「神の死」を宣告することだった。「神の死」は20世紀の課題の先取りであり、これは「彼岸的真理」を否定することと結び付いている。「真理」や「世界の目的」といったものは、虚構や仮構に過ぎない。このような最高価値の喪失が、虚無主義だとされる。それは、宗教的信条や哲学理性権威が失墜したことを宣告していた。20世紀になって、伝統的な信条・理性が失権したことは、多くの人々にとって現実問題として自覚された。1950年代アメリカでは、「神の死の神学」が模索された。この神学は、超越的存在 ―― 伝統的な意味での「神」 ―― を否定した上で成り立つ、宗教的信仰の立場だった。⚫️

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下は「新約聖書の誕生」、僕のアンデンドゥコーヒー読書で実写。

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2020.08.21

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(435)8月21日 金曜日(千回を目指して)

僕が明治学院大学に進んだ頃の1960年代、日本は高度成長期に入る。が、キリスト教神学の世界は苦しんでいた。僕は洗礼を受けたばかりで、ほとんどわからなかったが。それはキリスト教界的にいえば、今にも続く苦しみである。簡単にいえば「無神論」との戦いである。その事情はウィキで明らかになるので、その一部を貼り付けておきたい。⚫️「神の死」とは、ニヒリズム的状況。彼岸を「世界」とする価値観プラトニズムキリスト教等)が崩壊したことで発生し、20世紀哲学神学へ衝撃を与えた。ニーチェによれば、「神の死」とは単なるキリスト教超克ではなく、虚無主義の宣言でもあった。ニーチェが言うには、本質とは「力への意志」であり、それは自己維持のために必要な世界解釈を行う。つまり、強者は自己をとし、弱者を「劣」とする。これに対して、弱者は虚構の世界解釈を行うのであり、その一例がキリスト教である。畜群的な弱者は、強者の価値観を転倒させ、支配的な強者を「邪悪」とし、自己正当化する。弱者の考えにおいては、いずれ来る世の中 ―― または来世 ―― において弱者が支配者となり、強者は貶められる。しかしこのような「神聖」な道徳は、実際は弱者の自己正当化に過ぎず、「神」とはこうした道徳の根拠であり、道徳の全体でもある。ニーチェによると「神聖」な価値観は、彼岸に「真理の世界」を虚構する(例えばキリスト教やプラトン主義等)。この虚構性についての洞察が、「神の死」を宣告することだった。「神の死」は20世紀の課題の先取りであり、これは「彼岸的真理」を否定することと結び付いている。「真理」や「世界の目的」といったものは、虚構や仮構に過ぎない。このような最高価値の喪失が、虚無主義だとされる。それは、宗教的信条や哲学理性権威が失墜したことを宣告していた。20世紀になって、伝統的な信条・理性が失権したことは、多くの人々にとって現実問題として自覚された。1950年代アメリカでは、「神の死の神学」が模索された。この神学は、超越的存在 ―― 伝統的な意味での「神」 ―― を否定した上で成り立つ、宗教的信仰の立場だった。⚫️詳しくは、神の死というWikiの項目に、さらに詳しく書かれている。これで、僕の、懐かしい先輩は。明治学院からICUを卒業し、アメリカに渡りいまだに消息が知れない。彼は明治の大逆事件で死刑になった、大石誠之助と血のつながっている人だ。大逆事件の首謀者幸徳秋水は「基督抹殺論」を書いている。その本を僕ももっているが、その上をいくニーチェなのである。ナチス時代の無神論国家ドイツは、あのような惨禍を世界にもたらした。が、1960年代では、無神論と第二次世界大戦の思想的つながりは、深く検討されていなかった。この認識は、僕の信仰にとって苦しい戦いであるが、永遠の生命を書く以上避けられない問題、なのである。と知るのである。⚫️大石 誠之助(おおいし せいのすけ、慶応3年11月4日1867年11月29日) - 明治44年(1911年1月24日)は、日本社会主義者キリスト者医師幸徳事件大逆事件)で処刑された12名の1人。雅号は「禄亭」(ろくてい)。⚫️人生は深いね。

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下は僕の実写。池袋のメトロポリタンカフェーの、コロナで隔離された椅子席。僕は、ここで本を読んだ。

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2020.08.20

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(434)8月20日 木曜日(千回を目指して)

「長いナイフの夜」、から「夜と霧」(V.E. フランクル・みすず書房・1961年初版)へ。そして、午後1時BS3で映画「戦場のピアニスト」。二冊の本、と一本の映画を彷徨うと。第二次世界大戦を起こすドイツナチズムの無神論哲学が見事に浮かび上がる。ニーチェがすっぱ抜いた、神は死んだ哲学は、恐るべき結果を呼んだ。ニーチェは一気に詩的に発言する。いかにして人は鉄槌でもって哲学するか(偶像の黄昏)の冒頭にそう書かれている。マルクスの、万国の労働者団結せよ、もすごい言葉であるが、ニーチェもすごいものだ。第二次世界大戦の終結から七十年以上が経過した、のであるが。78歳の僕は。とても面白かった、と表現しておきたい。若い時、思想に興味を持ったのは間違いではなかったが、キリスト教を中心に据えてそれは始まった。高校三年ごろ白金教会山永武雄師から洗礼を受けた僕が。ここまで来たのである。決してキリスト教を離さなかったし、これからも離さないが。つまりユダにはならないのは、人が死に近づくと近づくだけ、神が必要になるからである。その原因は、自力の減少である。自力率は圧倒的に失われていく。と、知るべき年齢なのだ。自分で自分の体も動かせない「時」が、必ず来ると聖書には書かれている。これは昔から変わらない人間の真実なのである。僕はこの事実が書かれている(当時あまり深刻には考えなかったが)ことは知っていたのである。今も記憶にあるが、聖書のどの箇所であったかは、覚えていない。しかし一方聖書はおかしな不自然も書く。彼は神に言う、私はすでに100歳を越えています、し妻も年寄りです。今更子供ができるわけがありません、と彼は神に抗弁する。しかし、神は。お前は私を信じないのか、と言う。その後、彼に子供が生まれ。イスラエル民族は再び復活するのである。と言う聖書の話も今の僕には、リアリティーがある。あれだけ弾圧殺戮に遭いながら、ユダヤ人はなんと戦後。イスラエル国家を樹立する。国を失ってはや二千年、そこに忽然とユダヤ国家が生まれ、今の世界を騒がせている。が、一体何の力であるか。ユダヤ人学者イエフダーが、二千年の間に「失われていたヘブライ語」を再構築した、物語を読んだ僕は、すでに二十年近く前だったかもしれない。西池袋の教場に、ヘブライ語の勉強で夜、通った。僕はその時のノートを二冊にし、池袋西口のキンコーズで製本し本箱に収めた。A4の素晴らしいヘブライ語勉強ノートは、僕の宝物である。先生は、東大出の若く美しい人だった。今はある大学の准教授。機会があったら連絡し、コーヒーを一緒に飲みたいものだ。と、映画、戦場のピアニストの最後の場面、ドイツ人将校が突然登場し。彼に、何か弾いてくれないかと頼む。彼の弾くピアノを聴きながら(ショパン)僕は、将校の言葉にショックを受けた。神が全てだね、だったと思うが。ナチドイツ将校は実は、無神論ではなかったと言うエンデイングは、いかにもドイツだと思った。のである。

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下の作品は、筒井友美のHPから転載。

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2020.08.19

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(433)8月19日 水曜日(千回を目指して)

ナチズムを書いているのである。「長いナイフの夜」、にいよいよヒトラーが登場する(198ページ)。よろめくヒトラー、と書いたのは作家であるキルストであるが、確かに。小説家とすれば描きたくなる場面であろう。つまり、長年の盟友を殺害すると言う命令を出せるのは、彼だけなのである。暗殺というにはあまりにも明確な開かれた政治テロであって。当時それほど彼の権力は絶対権、一歩手前まできている。政治権力がここまで高まるのは、いわばローマ帝国以来一部の権力者が掌握した権力の再来、という意味も含んでいる。ナチは権力を掌握した後(ヒトラーに絶対権を認めた後)、彼らは自らを第三帝国と称することを容認する。第一帝国は言うまでもなく、ローマ帝国、第二帝国はオーストリアのハプスブルグ家が掌握したもの、その次が自分たちである、という意識でそう呼んだ。「第三帝国」は完全な無神論の世界を描き出す、というのが特徴で。彼らはニーチェの哲学が到達した、「神は死んだ」哲学から生まれたと言っても良いであろう。つまりユダヤキリスト教が数千年の間育んだ、「神」の宗教を一式否定したニーチェは、やはりドイツ人である。今もジュンク堂に行けば立派なその哲学本は売っている。し、その見事な論法(哲学)は、明らかに世界をさらに、人間を変えたのである。僕はアルタイザーとハミルトンが書いた「神の死の神学」(小原信訳・1969年・新教出版社)を今右手に置いて書いているが。このなんともいえない高い哲学を批判するために、挑戦をしている、のであるが。いうまでもなく僕の手に負えるものではない。ところで、つい最近テレビで、渡哲也さんの死を知らされた。特に気にしていた人ではないのは、日活に少し務めていた僕は、彼を全く知らないし。彼のような超有名人には、時々見るテレビドラマ程度で。日活時代の石原裕次郎すら、強くは僕の眼中になかったから。あまりよく理解しようとはしなかった、が。勿論知らない人ではないので、つい日活の、ということでWikiを見て。びっくりした。彼の生まれは1941年ではないか。それでWikiを少し転載する⚫️渡 哲也(わたり てつや、1941年12月28日 - 2020年8月10日[2][3])は、日本俳優歌手。本名、渡瀬 道彦[1](わたせ みちひこ)。兵庫県淡路島出身[1]株式会社石原プロモーション相談取締役。俳優の渡瀬恒彦は実弟。⚫️その上彼は青山学院大学経済学部で、空手部。何も日活に入りたくて応募したのではなく、日本航空の整備士になりたかった、そうだ。僕も明治学院大学を卒業する時、パイロットになりたくて。ふと就職情報を見ていたが、背が低いので無理だと悟り。流行り出したTBSを受けて落ちたのである。要するに明治学院と青山学院は親戚みたいな学校で。いろいろ、あるし。まさかという思いでWikiを読み進めた。ところ、空手部の友人が日活の、浅丘ルリ子の相手役を探していて、というので日活のそれに密かに申し込んでしまい。行ってみて落選。などと続き、試験が撮影所だったので石原裕次郎に興味を持ち。再度、そこをうろうろしているとスカウトされて。日活に入った。というものらしい。実は、僕は全くのコネで日活入り、あとでポルノ路線を作った当時専務の面接一つで入社していたので。なんとなく、いろいろあって。何か今まで知らなかったのが申し訳ない思いで、いる。その上1941年というのはいうまでもなく太平洋戦争開戦の時で。それが1941年12月8日未明、なので。僕はその約1ヶ月前、彼は1ヶ月後に生まれていて。それで一層、なんとなく詳しく知らなかったことに、自分の罪を感じているところ。さらにもう一つ驚いたことに、中里恒子さんの小説「時雨の時」に吉永さんと共演し。あの渋い役(ある建設会社の専務がモデル)になっていたと知った時は。その小説を何冊も持っていた僕は。言葉を失った。僕の父は、小説のモデルになった建設会社の専務と戦中、ある零戦工場の建設現場で一緒だったので。僕もその信州の現場にいて、十年もその田舎(信州)で過ごした僕なので、なんとも言えずご冥福を祈る、ということにり。いささか反省している。朝は、少し涼しくなった気がする。

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この本は、昔から気になっていて、かなりの数を買った。しかし、いわゆる大人の本で、大磯の家にある初老の壮者が一人住まいの女性を訪ねる、という設定である。どうも中里氏自身の経験であると、言われてもいるが。その大磯の駅に近い山の中には、僕の絵画の先輩も住んでいて。よく尋ねたので、土地勘が僕にもあり。実は子供の頃親父に連れられて、三越本店のその壮者の個展(絵も玄人はだし)を観に行ったことがあり。そんなことで僕も、小説のモデルを少し知っている、という思いもあり。何冊も本を買ってしまい、読むたびに。大人の恋は僕になじまず。マーいろいろあって、急にここにきて。渡哲也氏と吉永小百合氏の共演の映画があると、知って。まさか、という思いも実はあった、と追記しておきたい。

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下は中里恒子Wikiから、転載。

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2020.08.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(432)8月18日 火曜日(千回を目指して)

人間の「愚行」は歴史に明らかであるとしても。自分をその歴史から離してみること、ができる若い時は、別にして。いよいよ歴史そのものになる自分の年齢で、歴史(人類史)を見ると。また、見ることができるようになると、いや見ざるを得なくなると。長い人間史といえど至ってわかりやすい。がそれで、人間を解釈することが、またいかに難しいことであるかを、学ばされることにもなる、とわかる。散々、人類史を、一種の客観的対象にした時期が過ぎて、しまうと。人間史は、自分史であり。実に愚かである自分史に他ならない、ということである。今朝もナチズムを書くつもりであったが、ほとほと嫌になったのは。結局ナチズムという、20世紀最大の人間悪すらも。結局人間悪の一般論、なのだと思えるようなったのは。やはりヒトラーという思想家が、確かにそこに。ドイツ人の国民感情の鬱積を、見事に集約しているように感じられるからで。それは、あなたのせいでもあるのではないか、と。個人に帰結される他ならぬ人間罪の。本質的人間存在論、になってしまうような気もするのである。人間の罪は、聖書にも古くから指摘されるから。ロマンチズム的記述の単なる神話ではなく、厳しい人間存在の罪的実在を。生存競争のため相手を殺すという、生存絶対主義として考えれば。それではいけないよという「神」の言葉としての。「殺すなかれ」に現れた、神の戒めとして。厳然と表現したユダヤ人の。非ローマ的(ローマ的とは殺人的拡大主義という意味)理想主義が。それ以前から聖書として。早々に古代で結実し。加えてさらに、イエスという人物に神格化し。さらにそれが、精緻に拡大解釈されて高等化(神学化)した結果とも思える。一般論的人間罪拡大主義のローマ帝国すらそれに服従する、という結果を呼び。一応、民族主義の殺戮拡大主義がなんとか収束するとともに。人類の、精神や技術文化も少しずつ向上していく、というプロセスを経てきたと説明しても。あながち間違ってはいないような気もするが。さて、と考えて。21世紀の今のコロナにてこずっている、私たち今の人類世界を。ニュースで見ていると、あまりにも人間の。それが、利己的世界の拡大主義を諫める神の意思と宗教的に考えると。では、その先にある。神の、人間に対するさらなる意志は一体何なので、あるかと問う朝。になったと書いて、今日は終わりたい。GDPが異常に下落したと報じられたので、書いた。セミが鳴いている。いや、泣いている、ね。

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永遠の微笑、と言われるモナリザ。言うまでもなくネットから転載。芸術が到達した華として、今も人々を惹きつけている。

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2020.08.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(431)8月17日 月曜日(千回を目指して)

「長いナイフの夜」という小説は、ナチの、実際の人物名が出る。と言っても僕に、そのリアリティがあるわけではないのは当然である。ドイツがなぜ、あれほどユダヤ人を嫌ったのか、また好きだったのかという弁証法は。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という言葉通り。ユダヤ的キリスト教も徹底的に破壊する、と言った調子で書かれるから。僕のようなドイツ・ルターに基礎を置く。スイス・カルヴァン的プロテスタントの僕は、痺れるほど面白いのである。が、読むのは実際辛すぎるし、あまりにも凄まじい。目的のために手段は選ばない、という方法に過ぎないナチSSの書き方は、あるいは事実、冷酷なのであろう。しかし、ドイツという国を思想的には知っているつもりの僕には、なんとも信じられないドイツ人ぶりで。もちろん、そのユダヤ人排除主義はカトリックにまで及びその凄さは16世紀の、ドイツ宗教改革どこの騒ぎではないのである。絵画も出る。カンディンスキーは堕落画家として出るし、その他の画家は名前を知らないが。堕落絵画というのは、いわば抽象画家に向かって言われたもので。共産主義の統制社会である、スターリン・ソビエトでも同じであったと知るのである。今の日本では、絵画は自由で。ナチは特にその中で、SS親衛隊長(青年SS教育機関責任者)は思想統制として。芸術理解をSSの若者に奨励しながら、具象画のまずい上手いも問題にし、抽象画を頭から退廃画として扱っている。その中の人間行動が。若者の心をヒトラー総統に集中させるため、何事もいわば抽象的に高かく純粋に。ヒトラー人格や思想に、SS青年を合致させるため(具体的には「我が闘争」という聖書の代替え物に)。一切の夾雑物を排除しながら、SSを統制し。人間の性欲も当然認めて、平凡な欲望解放を若者にさせるため、超高級な娼婦の館に自由に出入りさせ。その旺盛な性欲を発散させるなどという、いたって平凡なプロセスも使い。もっとも凡庸かつ純粋に支配しようとするSS幹部の、若者の思想統制などは。三島由紀夫なども映画「殉国」で表現した、日本型性欲として書かれたとしても。結局人間の存在の基本の問題は。結局のところ平凡に推移すると僕は、書ける老人で。自分の若い時の性欲の様と、別に変わらないものなど価値もないが。僕などは若い時。徹底的なキリスト教的禁欲(聖書的、イエス的言辞の故の)の、自己の性欲との戦いを思い出し。その人格の、自己管理の個人的思想的性欲管理に果たした、人間社会のキリスト教倫理を。ナチSSは平凡な問題としてあっさりと、非思想的に管理して。国家統制の、暴力的管理機構に集約していく様に深みなどあるはずもない。本当に嫌になる半事実小説ではあるが。そこに、救いもボチボチ出始めて、ユダヤ人思想家のアインシュタインの友達が、SS幹部の密かな友情によって。アメリカに亡命できる場面も書かれるから。この辺りから。思想と人間の、ギリギリの人間性も書かれ始めながら。少しほっとする場面が出始める、が。いよいよナチズムの確立に入る、ヒトラー政権の完全樹立のために行われる、内部抗争の場面に突入していく、と。ページは170ページあたりとなって(全400ページ)、本としては真ん中ぐらいに達するのであるが。本当に読み切れるものかどうか、僕は不安で。今日も午前は退廃画を描いて、午後はそれを読み続けようと思っている、朝となった。

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下に貼り付けた、この子供向け小説は、僕に深い関係がある。イラストの少年の上の戦闘機は、浅間山に突っ込んで自爆するために、僕らの頭の上を飛んだというイラストである。ただ、この少年は僕ではなく、僕の郷里の先輩である、少し年上の井出孫六氏の頭の上を飛んでいる、というイラストである。この時僕も、近くで四、五歳ぐらいであるが、終戦の日のことは妙に覚えている。僕の父は、僕らと表現されたこの少年らの勤労奉仕を受ける、ゼロ戦闘機の生産工場の建物を建てていた関係者で。僕はことのほか、この本に影響されている。場所は信州小海線の中込から臼田、あたりの実話物語で。ナチの宣伝隊は、この小海線にも現れていたと知る人はもはや少ないであろう。

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2020.08.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(430)8月16日 日曜日(千回を目指して)

「ヘボン式ローマ字論を撃滅する! 臨時ローマ字調査会に於ける所論」という本(昭和八年)を発見したのは、終戦記念日を僕なりに記念していた昨日である。それはナチズムの「長いナイフの夜」という本を読んでいる時でもある。いよいよ僕の前に出現したか、と思った。昭和になっているのにもかかわらず、西洋の侵入に、日本型伝統を必死に守ろうとする陣営の本だと、すぐ直感した。すでに秋、明けが遅くなっている。日が短くなっているのである。立秋は過ぎていて、四時の空はまだ暗いから、びっくりする。真夏ではもっと明るい。いつの間にかすでに、まさに日が短くなっている。日は確実に輪廻し人は確実に老いる。地球がひとまわりするごとに人間も老いながら、それも輪廻の一部。は、やはり哲学になる。昨夜は渥美清さんを観た。名作シリーズの一部、1977年に作られたものがデジタル化されたようだ。土曜日の六時半はこれ、と決めた。出演者は、僕の人生の先輩たち、ばかりのような多くの日本人が出ている。もちろん若い時も、それなりに観ていたが、これほどの「文芸作品」だと思ったことがない。娯楽映画として、面白おかしく観ていたが今観ると確かに。日本人の記念的作品である。全部先輩のように思えてしまう。大竹しのぶさんのうまいこと。あの人は確か、僕より歳下の人だ。演技は抜群、あれほどうまかったのかとつくづく思った。彼女の間違いは、さんまの嫁になったことだ。あのでかい口が、テレビに今も出ると。すでに気持ちが悪い。若いときのサンマはシビアーな演技をしたのもだ。確かに彼は、彗星のように世に出た。そのうまさは抜群で、確かにすごい人である。が、出過ぎるのは老人としても人間としてもだらしがない。それが大口を開けてテレビで喋ると。臭いコロナ唾が飛ぶようで気持ちが悪い。そんな歳になっているのだ。若い時のエネルギーを、いつまでも売り物にすべきではない。坂上二郎さんが嘆くことだろう。彼は坂上さんあっての人にすぎない。と、思いながら。「原始キリスト教研究」という本も見ていた。副題・村田四郎博士記念論文集、である。村田四郎さんの文章はたった一つ、ポツンと最後にある。あとは、全て村田四郎氏の教子の文章である。あのように影響の深い人であったとは、知らなかった。本はかなり前から拾い読みしていたが、今回はかなり真面目に読んでいる。少しはわかるようになった。この話は、ややこしいのでこの程度で止める。今回はこれ以上書きたくないが。彼は明治学院の看板の人で、いろいろあるようでもある。実際に僕の若い時によく知る人で、村田師を書くためにわざわざ。「原始キリスト教」を各自が書いたところに、この本(昭和三十七年・創文社刊行)の醍醐味がある。自分たちも原始キリスト教の教祖イエス、の弟子であるという、日本人の強い意識と主張が書かれている。これが戦後日本の、プロテスタントキリスト教の復興に繋がって行く。僕が、明治学院で教育を受けていた、本当の僕であった時代の本だ。その時の村田は院長で。男はつらいよ、に通じる人情本である。主な執筆者は僕の洗礼の師、山永武雄先生であると言って今日は終わりたい。

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僕の若い時のもの。

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明治学院構内にあるヘボン像、瀬戸団治・作。

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下はヘボン像の裏にあるプレート。瀬戸団治・作と銘打たれている。立てたのは、僕の少し先輩の人たちのようだ。

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2020.08.15

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(429)8月15日 土曜日(千回を目指して)

ナチズムを書いた小説「長いナイフの夜」を読むと。人間の醜さが一気に吹き出すのは、50ページあたりからであろう。100ページに至る頃は、ほとんど醜い腐った人間が芬々と匂いを発する。後は読みたくないが、どうしようかと迷ってしまう。最近のニュースがそうであるようだ。醜い事件が報じられるが、絵を描く自分はなるべく美しいものを(絵画の目的)描きたいと思う意識と。醜いものを描くと美が一層際立つという、弁証法を採用することもある。頭の中の問題であるが、現在のコロナ社会状況も醜い面と美しい面が一気に混在している社会の様と。ナチズムのあの時代のドイツ人の醜い人間闘争が。いったいどこからナチズムは現れ来るのか、とか。広島の原爆とか。いろいろ醜いことが盛んにある中で。ソビエトのスターリン粛清も実に醜いものである。人間の汚い面と美しい面が、弁証法的に表現される演劇界でも。文学界でも。高い美しいものを買い求める人間の望みは。いろいろな面に現れるが。美しさの保持をしながら、一向に美しくならず醜く推移する、あるいは醜い方向に行ってしまう人間社会の、様は。明細なテレビの画面に表情化されて。一層醜く現れるのも。壊れやすい美の世界の宿命なのかもしれないが。宿命とは。美の破壊にあるのかな。と、思いながら。純粋な美学の問題を読んだことがないので。何か美学を追求してみたいものだと、少し思い始めた。若い時から美しい女が好きで。美しい女にしか目がいかなかったが、この自分の傾向を。いけないと思いながら戦争中には十年も。美しい田舎にいて。美しい野原で遊んでいたから。そこに内在した人間の醜い姿はあまりよくわからないまま、過ごしていたが。美しい人は田舎にいないで都会にいた、とは思わないが。その時は人間の美醜はあまりわからないまま。竹取物語ではないが。美しい筒がありて光て、おきな行きてそれをとり美しき娘を家に持ち帰り。などという日本の伝統美は、一体何を表すのであろう。一方壊れやすい美は、シャボン玉のようにはかなく消えて大空に虹が出て高く半円を描く自然の様は、なんとも美しいとは思うのであるが。僕は。田舎でみた虹や蛍やトンボの姿が記憶にあって。マクドナルドの看板の上にある虹には少し抵抗がある。と、意地悪く言っているわけではないが。人間社会を美しくしようと戦後働いた先輩たちが、一人また一人と失われていくと。僕は池袋で生まれた藤田まこと氏の自伝を読みながら。最後の映画作りの関西映画界の文化を読みながら。殺人という悪の描き方の。映画的表現もやはり時代とともに。藤田さんと共に、消えた時代の昭和の。あの戦後時代を懐かしみながら。美学の本を読んでみたい、とふとこの頃思ったのは。儚く消えていく美しい人の時の流れは。なんとまた新たな美を生み出していく人類の輪廻なのかもしれないが。個人の生き方に深い存在の実存の価値を真剣に求めた戦後の。思想界の若い我々が今や、老人となって。個人無き、あのような戦争の無様を繰り返すように見える今の社会の。今の様をみていると。人間の醜さと美しさとを弁証法的な絵画にして。今日もいささかの油絵を描いて心を慰めようと思いながら。終戦記念日を僕なりに記念して、今日は何やら書いてしまった。

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 筒井友美・「帰る場所」。

 https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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僕の絵画。

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僕の画家修行時代。戦争で失われた「個人」の。戦後の実存主義的個人主義の構築をしつつある、若者の姿でもある。

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僕の明治学院時代の学長。もと満洲国高級官僚。官僚時代からクリスチャンで。戦中に崩壊していたキリスト教界を立て直した、武藤富男が書いたもの。

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若き日の藤田まこと(俳優)、は頼もしい我らの先輩である。Wikiから転載。

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2020.08.14

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(428)8月14日 金曜日(千回を目指して)

SA対SS、というナチズムの真髄を。あるいは発達を。小説「長いナイフの夜」で読む人は今はいないのだと、思う。が僕にとってこの本は、単なる小説ではない。SA/SSという略記はナチスドイツの世界観を明確にするキーワードだとは。長い間僕にはわからなかった。ボンクラの僕は、ドイツのキリスト教すなわち16世紀の、ルターの宗教改革ばかりに目がいって。ナチズムも目に入ってはいるが。ほとんど、宗教改革ばかりをやり、ナチズム研究を疎かにした、とも言えないが。SA・SSという二つの集団を分けて考えず。まして粛清などという内部抗争など。ありえないと思っていたが。それを小説で知り、あまりにも完璧に書かれるその小説の書き方にすら疑問を抱くほど。それはヒトラーが当初の仲間を粛清する、ための組織を。作り上げていく恐るべき政治武装集団の。歴史は。僕はそれでますます、自分の不勉強を悟ったのである。日本の軍国主義とドイツのそれとを比較することは、なかなかできないが。日本にも国家社会主義者北一輝のような思想家はいたが、早々に退治されて。僕ら日本の戦後史に登場しても、どうしても影が薄い。のは、要するに国家社会主義者の内部武装闘争というものまで行かなかった日本の。戦争史の現実は。ドイツでなければ、やはり思想史と絡んだ戦争研究は無理だったのだなと、今更ながら知るのである。しかし、ドイツはキリスト教の歴史でもなかなか厄介で。僕のようなプロテスタントにしてほとほとてこずるから。今から思うと学者でもない僕には、とても手に負えるものではないと思う。が、ともあれ、長いナイフの夜、という奇妙な題名の小説は。ナチズムの内部構造や現実を知るにはもってこいの小説であると。今は思ってさらに読んでいる。ともかくユダヤキリスト教とナチズムは、ドイツ国内で鋭く対立するのだと思うが。その内容の把握は容易ではない。と悟る老人である僕は。昨日気鋭の画家と歓談をした。絵画表現は、まさに。困難な人間史のあらゆる側面を、画家なりに作品にして解決するもので。僕の個展を「天地創造」と題した作品から始めたいと、その画家と話していたのである。

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下の猫はほぼ40年前にいただいた、村松誠氏のハンカチと同じもので。現在もネット上にあるイラストである。氏は僕より少し歳下の人で、武蔵美の卒業生。その方が現代の通販で、自分の「猫デザイン」をもって世界を制覇した人である、とは昨日まで知らなかった。絵画は凄まじい変化を世界にもたらしたと思う。

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2020.08.13

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(427)8月13日 木曜日(千回を目指して)

小説「長いナイフの夜」は今読む人はいないのだと、思う。が僕にとってこの本は単なる小説ではない。この小説を読むために僕は。「普国」という国に出会う。この普国・の馬鹿馬鹿しさ。は、単に「普」という読みにある。ウィキで説明すると⚫️バルト海沿岸の地域をドイツ語プロイセン(Preußen)と呼んだことから、これが国名になった。プロイセンの地名は、バルト海沿岸の先住民族で自らをプルーサと名乗っていたプルーセン人に由来する。プロイセンは英語ではPrussia、フランス語ではPrusse、プロシア語ではPruqsasとなる。日本語での表記は、ドイツ語に由来する「プロイセン」のほか、英語に由来する「プロシア」や「プロシャ」がある。漢字による表記では、普魯西と表記され、「普」と略される。なお、明治時代には孛漏生の字も当てられた[5]。「孛」と略されて、江藤新平が漢詩にこの字を用いている[6]。⚫️「普国」という国は、ワープロに出るものではない。だからいちいち普通、と打って。通を消し、普を残して書いている。馬鹿馬鹿しいもほどがあるが。この国名が、第二次世界大戦の惨禍の中心国ドイツヒトラーを知るためには。知らなければならない国、なのである。が、漢字に表記される「普仏戦」とは、一体、どこの国とどこの国の戦争なのか。読めないし、ピンとこない。そのうち諦めてあくびの出るのが、日本の世界史教育であると。僕は知るので。今日は、ウィキでもう一つ⚫️長いナイフの夜事件(ながいナイフのよるじけん、ドイツ語: Nacht der langen Messer 12px-Loudspeaker.svg.png 発音[ヘルプ/ファイル])とは、1934年6月30日から7月2日にかけて、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が行った突撃隊(SA)などに対する粛清事件である。粛清は正式な法的措置を執らずに行われ、エルンスト・レームらSA幹部、ナチス左派の領袖だったグレゴール・シュトラッサー、元首相で名誉階級陸軍大将のクルト・フォン・シュライヒャーなど、党内外の人々多数が裁判を経ずに殺害された他、党の権力争いと直接関係のない人物も粛清執行の当事者の私怨などにより犠牲となった。当局の公式発表によると77人が死亡したことになっているが、116名の死亡者の氏名が明らかになっている。亡命ドイツ人の発表では千人以上という数値も主張されている。事件名は、5世紀ウェールズでのザクセン人傭兵による、ブリテン人への宴席での騙し討ち(長いナイフの裏切り)にちなむ。⚫️ここから僕は、キリスト教ドイツの、プロテスタントとカトリックを研究している。

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下はwikiからで。Wiki百科「長いナイフの夜事件」にある、ヒトラーの写真を転載している。

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下は、僕の実写作品。題名「影000」

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2020.08.12

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(426)8月12日 水曜日(千回を目指して)

人間「理性」の問題だろうか、とレッシングを読みながら考えている。人間の問題は、実はもっと深いのではないか。「長いナイフの夜」と言う小説がある。集英社文庫が昭和六十年に出したもので、実際にあったナチスの。ある深刻な歴史的事件を題材としている。ハンス・キルストという人が書いて。訳した人は金森誠也氏。少し読み始めたばかりだが、いい日本語訳で。ドイツナチスの奮闘的闘争気分が、うまく訳されている。レッシングも読みナチスも読むと。どうも理性問題ではない、と思うのは。ナチスの思想や運動がもたらした世界動乱の、一種の根本思想に出っくわすからである。理性的であるやも知れず、理性とは程遠い野蛮世界の非理性なのではないかと。思うものの。ナチス親衛隊の、隊員を育成していく精鋭のナチズムは。意外にも精鋭にふさはしい理性に訴えながら。ドイツの。当時のドイツの、一次戦の敗戦の惨状を救わんがために。説得し試験し質問し、深くさぐり。ターゲットになった青年の心胆を。試してみる指導者の選択の目は。理性的すぎるのではないか。君は本当のそう思っているのか。本当か、君は総統のために総統の運動に賛同するのか、と説得している。SS特別親衛隊に入りたいと言う、エリート青年の忠誠を探る年配の選定者には。無限にも近い資金を動かす権限も与えられている。はじめの場面がスイスだから、僕は本当に痺れるのだ。スイスの空気を吸ったことがありいろいろとあの国は。国際暴虐の舞台となるから。そんな空気があることは我々の常識となっている。国際資金の安全な保管場所として、奇妙な鍵である金庫が戦後開けられる。そこにある膨大なドル紙幣を中心にした外国紙幣の山。なんと。それが、全部偽札であると言う物語の構造は、見事である。が。それがナチズムの理想の語りの中で、妙にリアリティがあるのも。スイスと言う場所を舞台とするからであろう。持ち主は殺される、つまり殺人事件から始まるその小説は。理性という哲学が発見した。深いところにあるドイツキリスト教の悲劇のようなものに、僕には見える。ドイツという国で起こったナチズムの理想は、とてもドイツ的理性ではなく。人間的理性の限界もよく表現したものがナチズムなのではないか、とも。思っているのであるが。暑い朝で、あるな。

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スイスマッターホルン・実写。スケッチも僕。

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下は、小説「長いナイフの夜」。Wikiから。

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2020.08.11

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(425)8月11日 火曜日(千回を目指して)

人間「理性」の問題であると思う。理性的と言う言葉がある。理性を和英辞書で引くとreasonとなるから。なんだー、となる。理性とはもっと立派な言葉かと思っていた。しかし、よく考えてみるとリーズンは理由で、理性ではないのではないか。と、ハタと老人は考えてしまう。レッシングなどを読むと、近代理性などと表現されることの方に、何やら意味らしきものがあるような気がするが。理由なら、なんにでもあるから。どうもピンとこない。理性と理由は違うのではないか。明治初期の和英辞書(明治学院のヘボン訳・和英語林集成)にも、理性、はない。理屈reasonとなっている。で、wikiで⚫️ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing, 1729年1月22日 - 1781年 2月15日)は、ドイツ詩人劇作家思想家批評家。ドイツ啓蒙思想の代表的な人物であり、フランス古典主義からの解放を目指し、ドイツ文学のその後のあり方を決めた人物である。その活動は、ゲーテシラーカントヤコービハーマンヘルダーメンデルスゾーンなど当時のドイツ文学・思想に多大な影響を及ぼした。西洋近代の転生説を最初に明記した人物と言われており[1]、この転生思想は現代日本への影響も大きい。また彼の死後、文学・哲学界でいわゆる「スピノザ論争」がおきた。⚫️を、もう一度復唱し。さらに、casio ex-word の日本大百科全書(ニッポニカ)の「理性」を。全文転載したい。自分にはこの文章はとても書けないし、この全文こそ。ここで書く僕の精神を整理してくれる、はずだ。◯理性・reeason英語・vernunftドイツ語・raisonフランス語・物事を正しく判断する力。また、真と偽、善と悪を識別する能力。美と醜、善と悪を識別する働きさえも理性に帰せられることがある。それだけが人間を人間たらしめ、動物から分つ所のものであり、ここに「人間は理性的動物である」と言う人間に対する古典的定義が成立する。デカルトは、万人に生まれつき平等に備わっている理性能力を「良識」あるいは「自然の光」と言う言葉で表している。古来、理性は闇を照らす明るい光として表象されてきた。理性によって宇宙における諸事象をある比例的・調和的関係において眺め渡すとき、暗い、見通しの効かない混沌・(カオス・chaos)の中から、法則的関係の中に定位された調和的宇宙(コスモス・cosumos)が出現する。○今日は、ここまで。まだまだ、長い。啓蒙主義の発動者レッシングは、「ラオコン」と言う思想書で、絵画と文学の。この認識を書いている。今もって僕も、この二つの問題(絵画と宗教的文学)に、てこずっていて。今日も午前中には絵を描き、午後は読書をする自粛生活と決めているので。今日は、ここまで。自粛生活も、経済問題さえなければ至って自然で、穏やかで、いいね。と、はとても思えないであろう。ストレスを溜めて、などと言わないで。ぜひ読書をして、絵でも描くのが人間らしいいい機会かと思うのであるが。老人的すぎるのもいけない、と識別できるのかできないのか。僕の理性はほとほと困っているのであるが。たまには絵描きの絵も買ってね。高いけど。

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上は筒井友美氏の作品。下はレッシングの書く「ラオコーン像」(Wikiから)、その下が僕の絵です。良くも悪くもそれぞれに、すごいですね。

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2020.08.10

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(424)8月10日 月曜日(千回を目指して)

世界の人間「理性」が試されるコロナ禍のもとで人間が呻吟している。な、と思いつつ。早朝。サイレンも聞きつつ。岡倉天心の「東洋の理想」(講談社学術文庫・720)を読んでいる。この人と接触したのは、僕などのように絵画に早くから接触した人間の宿命として、どうしても早々接触しなかればならない人であった、が。厳しい理解できない近代日本の西洋絵画との出会い、の複雑さには。実際、辟易していた。西洋絵画の油絵を小学生でやり始めたので、僕の混乱は。頭の悪さと戦後のどさくさとで、どうしても超混乱の極みであった。実は天心もそれで、ただ彼の混乱は頭が良いだけに生じた超混乱で。その彼の生涯の出だしの頃の、明治維新以後の状況が彼をわかりにくくするのと。僕などは戦後の混乱で、日本文化全般が批判されるという驚くべき混乱とは。逆に、西洋の侵入を整理した岡倉天心の天才ぶりは、天才的であって。全くよくこう言う人物が運命として。日本の画壇に登場したものだと、つくづく日本美の高さにびっくりする。彼の運命的特徴こそ、明治維新状況の特性をよく表現している。彼は、若くして選ばれた海外派遣エリートで。その選定された方法は今のところよくわからないが。彼は、帰国後に今の芸大、昔の美校の第一代校長になるという宿命を負う。問題はここから大混乱する。彼は政治が推し進める西洋絵画重点主義と激突する。と言う、これこそが味噌だったのである。が、わかりにくかった。のは、僕が明治学院教育を受けていたからである。戦後であるがゆえに明治学院は妙に息を吹き返していた。のは、戦中に逼塞(蟄居)させられていたからで。進駐軍のおかげで、キリスト教明治学院は解き放たれて息を吹き返す。それはごくいっときの夢のような高みであったようだ。で、文学者島崎藤村が強調された。彼は文学ばかりでなく、美校の西洋音楽にもて手を出すが、それが天心の頃だと思うが。明治時代の明治学院には絵画人との接触も多くあった。天心は、洋画派の政治と激突し校長を辞任する。この天心思想が、戦後。多分今のところ単なる推定に過ぎないが、右翼として批判されていたのではないか。彼は純粋な日本画の近代的構築者、ではなく。日本思想の起点構築者として、こてんこてんに戦後。批判された人物ではなかったのかと、ふと思うのである。彼が、わざわざ「東洋の理想」を書いたのは。何も当時日本の伝統的な美である日本画、だけを高揚するために。この本を書いたのではなく。西洋絵画と、どうやって共生していくかと誠実に自分に問い。また国民にも問うたのではないかと。僕はこの頃真剣に思うのである。が。いかにも遅い。もはや日本美は、世界美になっている現実を見ると、もっと早くから僕は。気がつくべきであったと思っているが。今頃になってトマス・アクィナスという、キリスト教中世の理性的神秘主義を読んでもいる自分の非才も。つくづく恨むのであるが。すでに世間は暦の上の立秋で。四季が壊れてしまった日本のありようが気になるが。この起点として岡倉天心研究は僕にとっては始まったばかり、なのである、で今日は終わりたい。今日もなぜか、「帰る場所」になってしまったがWikiから⚫️1898年(明治31年)、岡倉覚三(天心)が東京美術学校を排斥されて辞職した際[1]に、自主的に連座して辞職した美術家達(橋本雅邦六角紫水横山大観下村観山寺崎広業小堀鞆音菱田春草西郷孤月)がいた。彼らは岡倉の計画する美術研究の構想に賛同し、岡倉がそれをまとめる形で美術研究団体としての日本美術院を谷中大泉寺にて結成した[注釈 1]。以後、日本絵画協会と合同で春秋2回、絵画展覧会を開催するが、1900年(明治33年)秋季の展覧会が最盛期で、以後資金の欠乏、院の内紛、綱紀の乱れなどが原因で徐々に沈滞するようになる。

  • 1905年(明治38年)に茨城県・五浦海岸へ別荘(六角堂)を建設した岡倉は、翌1906年(明治39年)に第一部(絵画)をそこへ移転させる。しかし当時の岡倉はフェノロサの紹介でボストン美術館中国・日本美術部に入っており、五浦とボストンを往復するうちに同院への興味を失っていく。
  • 1910年(明治43年)、岡倉がボストン美術館中国・日本美術部長として渡米したことにより、同院は事実上の解散状態となる。
  • 1914年大正3年)、文展(文部省美術展覧会)に不満を持つ大観や観山らは、前年に岡倉が歿したことを契機にその意志を引き継ぐ動きを見せ、日本美院を再興する。場所は谷中三崎坂南町52番地(現所在地)[2]。現在、日本を代表する日本画の美術団体としてその活動を継続している。⚫️

⚫️トマス・アクィナス(: Thomas Aquinas、1225年頃 - 1274年3月7日)は、中世ヨーロッパイタリア神学者哲学者シチリア王国出身。ドミニコ会士。『神学大全』で知られるスコラ学の代表的神学者である。カトリック教会聖公会では聖人、カトリック教会の33人の教会博士のうちの1人。イタリア語表記ではトンマーゾ・ダクイーノ (Tommaso d'Aquino)。⚫️

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下は東京芸術大学で開催された天心展のポスターです。大学のカフェーは開放的で、とてもいいですよ。美術部の正面を入ると右側が会場ですが、その奥は学生食堂、その二階がカフェー、です。学生食堂の利用も楽しいものです。その前の森の中にこの天心像があると思います。

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五浦の天心のお墓です。このお墓は神道形式ですね。この近くの六角堂も地震と津波で崩壊しました。今は再建されています。六角堂の上にある、天心の別荘縁側あたりまで津波は押し寄せたのですが、まるで西洋絵画が押し寄せる明治時代を思わせます。今更ながら。日本美の危機、の時。彼は踏ん張ったのですね。実写。

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真ん中に六角堂が見えます。この位置は美術院の学習室あたりから撮影しました。海霧が出ていて鮮明ではありません。実写ですが。要するに、茶色の崖いっぱいに津波が来たのです。

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2020.08.09

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(423)8月9日 日曜日(千回を目指して)

「理性とキリスト教」は啓蒙主義の人、G.E.レッシングが書いた。が、それに先立つ中世ヨーロッパに。トマス・アクィナスという人がいる。その人を書いた山本芳久氏は、同名の岩波新書でその副題を、理性と神秘、とし。理性を超えた神秘との対話・を本の宣伝文としながら。今でも不思議なことに、そのトマスの書いた神学書は堂々と現売していると思うから。宣伝文を続けると、「西洋世界において最大の神学者であり哲学者でもあるトマス・アクィナス(1225頃~1274)。難解なイメージに尻込みすることなく「神学大全」に触れてみれば、我々の心に訴えかけてくる魅力的な言葉が詰まっていることに気づく。生き生きとしたトマス哲学の根本精神の秘密を、理性と神秘の相互関係に着目して読み解く。」となっているから。僕は最近のネットにあるプロテスタント教会説教の、多くの教会説教を読む気がしない(正直にいうと、どの説教も聞く気がしない)。ので、日本新教教会・説教批判大全を書いてみる気になったのは、昨日のことである。というのも、昨日僕の師の山永武雄氏の教会説教を整理していて。これでいいのだろうか。これを僕は若い時に聞いていて、クリスチャンとなったのであるが。これで僕は何を得ていたのであるかと改めて思ったからである。一体、日本の教会(教派を問わず全て)とは何であるか。今の教会、特に日本のプロテスタント教会は何を言いたいのであろう。と、思ったので。改めてヨーロッパ中世のキリスト教の代表者、にして。キリスト教最大の神学者、そして哲学者の本を読む気になったのである。実は、彼の神学大全の圧巻は。「神は存在するか」という命題である。と、僕は知っているし。その全巻のごく一部の冒頭に書かれた、その神学大全(膨大な量)だけは持っているから。僕は、その偉大な設問部分を改めて読んで、日本で。果たしてこの命題に挑戦したプロテスタント教会の人間はいるのかどうかと。最近の教会説教が、ネットで読めるのを機会に。トマス・アクィナスで解明したいと思った朝になった、と書いて今日は終わりたい。いうまでもなくウィキを貼り付けておく⚫️トマス・アクィナス(: Thomas Aquinas、1225年頃 - 1274年3月7日)は、中世ヨーロッパイタリア神学者哲学者シチリア王国出身。ドミニコ会士。『神学大全』で知られるスコラ学の代表的神学者である。カトリック教会聖公会では聖人、カトリック教会の33人の教会博士のうちの1人。イタリア語表記ではトンマーゾ・ダクイーノ (Tommaso d'Aquino)。⚫️

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西洋美術との激突は、ここ五浦から始まる。ここに石油が出るので、あるか。全て実写。ああ哀しからずや日本美。君はあまりにも美しい。

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2020.08.08

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(422)8月8日 土曜日(千回を目指して)

「理性とキリスト教」は、G.E.レッシングが書いた。レッシングとは、日本人にはおぼろの名の人で。キリスト教的啓蒙時代、を認識できない日本人には。かなり難しい人で、はないか。キリスト教系の学校で意識的、かどうか。この人を避けたのか、とも思えないこともないが。人間世界に「普遍理性」を意識させてくれた人と考えれば、少しはわかってくるのかもしれない。少なくとも私にとって。理性が、世に認識されたのが啓蒙時代と知らない不勉強な僕の。脳天を打った。近代社会的に、西洋的に言えば「理性」とは。認識されて初めて人間の中に生きてきたというのである。そういう認識だと思う。西洋人が理性という概念にこだわるのは、自分は理性を持っている、と今では。存在の普遍のあり方の基本にあるものとして。学校教育的に自分や誰にでもある。当然の人間の自分だと思っていた僕が。で、理性とはなにか、を考えねばならなくなった。古代社会では理性は神、西洋的に言えばイエス(言葉)、と言った、いわば宗教的なものが代替えしていたのであるか(日本は論語か)。あと人間は、主に戦いが生活の全面を覆い。本物の戦いに勝つことが、人間の生存のあり方であったのかとも想像できる。人と人は生存をめぐり常に戦っていたが(現在進行形)、それが生きる大半の目的であったのかもしれない。いわば動物的であるが、生存の枠組みを拡大しながら。一民族、一部族、一家族、親類縁者、地縁血縁として。生存を保障されながら。他民族、他家族、他人、他地域などといった、自他の戦いの中に。古代社会の社会構造が保たれていたのかもしれない。と、思うようになった。それで、説明すると。中国の帝国も、ローマ帝国も、他のアジアの帝国も説明しやすい。そこに、いわば近代理性、つまり今では現代人間一般にあると思われている、普遍の意味の理性主義は存在せず。そういった中にいわばレッシングは、理性爆弾なるものを投げ込んだのかもしれない。聖書的イエス基準が社会基準となって理性化していた(教会的信仰として)、ヨーロッパ教会の絶対権力のもとで。中世社会の理性は、このような構造になっていたのかもしれない。と、考えると。自己のなかにある近代的普遍的人間理性を考えついたレッシングは、一体何者であるか。と、思ったのである。で最後にレッシングをwikiで⚫️ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing, 1729年1月22日 - 1781年 2月15日)は、ドイツ詩人劇作家思想家批評家。ドイツ啓蒙思想の代表的な人物であり、フランス古典主義からの解放を目指し、ドイツ文学のその後のあり方を決めた人物である。その活動は、ゲーテシラーカントヤコービハーマンヘルダーメンデルスゾーンなど当時のドイツ文学・思想に多大な影響を及ぼした。西洋近代の転生説を最初に明記した人物と言われており[1]、この転生思想は現代日本への影響も大きい。また彼の死後、文学・哲学界でいわゆる「スピノザ論争」がおきた。⚫️で、ただならぬ人物であるが。暑い夏だね。

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下は、今石油が出ると騒がれている茨城県五浦の。岡倉天心の墓。近代現代の日本の、自覚的理性者の代表として。実写。

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近くの海岸。実写。

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五浦・天心の墓のそばの草むら。草むらまで日本画の美をあらわす。実写。

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五浦の天心画塾。近代日本画の発祥したところ。実写。

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下はレッシング。

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2020.08.07

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(421)8月7日 金曜日(千回を目指して)

「理性とキリスト教」といういささかおさえた題名の本は、G.E.レッシングが書いた宗教系の論文を集めた珍しいもので。滅多にはないと思う。それが昨日古書で着いた。レッシングとは、おぼろの名の人で啓蒙時代の人であるが、啓蒙時代の幕開けを飾る人であるようだ。中世が終わりを告げる時、近代が明るい未来のはずであった時代。その時代は鬱陶しい宗教を跳ね除けて、人間理性が羽ばたく時代であると期待されていたと。教科書には書かれているような、気がするが。遥か昔の記憶でしかない。で、レッシングをwikiから書かねばならないだろう。⚫️ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing, 1729年1月22日 - 1781年 2月15日)は、ドイツ詩人劇作家思想家批評家。ドイツ啓蒙思想の代表的な人物であり、フランス古典主義からの解放を目指し、ドイツ文学のその後のあり方を決めた人物である。その活動は、ゲーテシラーカントヤコービハーマンヘルダーメンデルスゾーンなど当時のドイツ文学・思想に多大な影響を及ぼした。西洋近代の転生説を最初に明記した人物と言われており[1]、この転生思想は現代日本への影響も大きい。また彼の死後、文学・哲学界でいわゆる「スピノザ論争」がおきた。⚫️で、ただならぬ人物であるが。やっと、そのハッシコにとりつくことができた。また昨日は、画家の筒井友美が僕の抽象画を評価してくれて、自分の養った技量で。わざわざ額装を引き受けてくれた幸せは、言葉にならないほど嬉しく。自分の作品に確信が持てたのも、昨日の嬉しい出来事の一つなのである。近代の人間理性は、いよいよ様々な出来事の中に出発していく。信仰という絶対的な意識の前で、いささか逼塞していたヨーロッパは。その圧縮度が高いだけ、爆発度も大きく雌伏していて。人間理性は神の理性と並ぶようになって。技術的高度化に向かうのであるが。その高度化は。結局、人間の新たな悲劇の始まりでもあったが、それを言い表すのは容易ではない。ウイーンに行って勉強になったのは、その悲劇的に美しいハプスブルグ家の芸術であることなど、いうまでもないが。どうしてこうもそれは、この世の美にすぎる美で。人間社会の近現代の悲劇的進行を知る者にとって、いささか戸惑いとなるのは仕方のないことである。美は惜しみなく奪うと言ったのは有島武郎かもしれないが。彼はクリスチャンであったのであるが困ったものである。というのも日本美の、傷つきやすい木の文化は石の文化と激突し。などと書くのは、あまりにも有名であるが故に、やめて。図説ウイーン世紀末散歩、南川三治郎著、ハプスブルグ帝国(第二帝国と称される・第一次帝国はローマ帝国、第三次帝国とはヒトラードイツ帝国意識のことで破壊されたもの)の落日を背景に、多彩で「ようらん」(広辞苑はこの漢字を消し去ったのか・ワープロに出ない)たる文化の輝きを放ったウィーンの世紀末。建築、美術、工芸、ファッション、音楽、文学、哲学、思想、、、、、あらゆる分野で、きたるべき時代を招いた天才たちの足跡。決定版ウイーン・カルチャー・ガイド。なる本を右におきながら。我が人生も終わりに近づいたかと思う朝となって。画家筒井友美に額装を依頼した僕の抽象画が、あまりにも見事にできたので。僕は今朝改めてウイーンの旅を思い出したのである。

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 筒井友美・「帰る場所」。

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 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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シェーンブルン宮殿の中のマイヨール・実写

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シェーブルン宮殿の雀・実写

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美術史美術館のブリューゲル・バベルの塔・実写

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2020.08.06

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(420)8月6日 木曜日(千回を目指して)

ゴットホルト・エフライム・レッシングと言う人を教えてくれたのは、シュタンゲと言うドイツの神学者である。レッシングはヨーロッパ啓蒙思想の時代の人で。十七八世紀あたりである。十六、十七、十八、十九、20世紀と続く世界史ほど、わかりにくい時代はないと最近は思っている。のは、まさに、ヨーロッパというところはそれまで。一種のギリシャローマ時代として一括し、くくり上げることができるほど。静謐で芸術的な長い時代で(争いがないと言う意味ではない)。近世で激動の人類に生じてくる、あきれるばかりの激闘期が高まってくる時代なのである。と、解釈すると。近代文明は理解しやすいと最近わかるようになった。キリスト教的に言えば古代史は意外にわかりやすい。のは、いろいろ文献もあり。その中心部に「聖書」があるから。宗教的信仰的判断も古代的な単純判断の方が、人間の心の純度が高く。今の僕などにも安心して読めること、なのであり。それなりに得られるものも多くあるが、近現代史となると。人間の理屈もいたって個人的で勝手色彩が蔓延し始め。とてもうるさくなる。と言うのが、思想史の外観である。言うまでもなく、科学なるものが本格的になってきてこれが加わると。一気に人間の争いなども規模が拡大し、その殺戮の様も凄惨を極め。日本史的に言えば、いわば源平合戦のようなロマン的。ヤーヤー我れと思わんものは、前にいでよ、我れが相手になるぞ。などと喚き立てる戦争の様は。もはや歴史の闇に消え去る時となるのである。日本の文学は10世紀ごろの源氏物語が最初であるが、その始原の時に寄り添っているのが「かぐや姫」物語(竹取物語)である。その初めはいまは昔からはじまる。明らかに超絶の美の世界であって、現代風に言えば。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける、あやしがりて寄て見るに、「筒」の中光たり。とあると。どうも友人の画家の「筒」井氏の作品「帰る場所」を思い出すのも。いかにも現代的であると思いながら。要するに、日本でも10世紀ごろから出発する日本美の文学的表現が。現れる頃なのである。この辺りをさらに過ぎる世紀千五百年ごろから。世界文明もいよいよあやしげな様子となるが。シュタンゲ神学が明らかに近現代を時系列的に理解しながら。啓蒙主義の神学にも期待を寄せている姿を確認できたのが、ごく最近で。それを殊の外期待する朝となったと書くことは。わかってもらえないことだと思うので、Wikiで啓蒙時代を転載しておきたいと思う。⚫️啓蒙時代(けいもうじだい)は、ヨーロッパ啓蒙思想が主流となっていた17世紀後半から18世紀にかけての時代のこと。「啓蒙思想とは、聖書神学といった従来の権威を離れ」(このカッコは祖父ネット)、理性悟性)による知によって世界を把握しようとする思想運動である。この時代にはスコットランドフランス思想家たちが、特に重要な役割を果たした。政治と経済の面では、三十年戦争でヨーロッパを二分した政治的宗教的対立がやみ、絶対主義王権と重商主義が確立した時期に当たる。⚫️と、書かれているが。実はこの常識的な日本的啓蒙主義理解は、少し訂正を要すると、思いつつ。終わりたいと思うのである。その今日こそが、科学の粋を集約した広島原爆、被曝75年目の日であると思い出さざるをえない。朝となって。祈りて。

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下はレッシング。Wikiから。

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2020.08.05

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(419)8月5日 水曜日(千回を目指して)

ゴットホルト・エフライム・レッシングと言う人を教えてくれたのは、シュタンゲと言うドイツの神学者である。と昨日書いて。昭和九年のシュタンゲの本を盛んに読んでいる。教えられることが非常に多いのであるが。時系列に驚異は感じ無い。二千年前の聖書をテキストとしてイエスを救い主、とすることが書いてあるに過ぎないからである。78年しか人生を送っていないから、二千年はまさに驚くべき年数であるが、若い時ほどの刺激は感じない。いや、刺激がないばかりか全然時の格差を感じないから不思議だ。要するにこちらが「仙人」の域に達しているのであろう。年金で金の心配をしていないので。コロナ不景気など、どこ吹く風なのである。あまりこれを言うと、いけないよと注意されるボケ老人であるが。あえてコロナだから言っているのである。僕だって現役の頃、いろいろ出っくわしたことを考えてみるととてもよく乗り切った(まだまだだが)と、我ながら感心しているのであるが。若い方を見ていると、金の心配をしているから、いいので。それが、生きがいであると言うことを気づく頃は、仙人化している人生である。それも真面目に国家を大切にして、他国を犯さず。犯されない時代の年金積立人生であったからこそ。こんな暢気を言っているのであるが、僕が生まれた1941は、言うまでもなく。とんでもない時代なのである。僕の親父は軍需工場の設計者で母はキリスト教信者で音楽家になろうなどと野心を抱いていた人なのである。まだまだ若い二入であるが、僕を産んでしまい戦争ともなれば自分の夢も吹っ飛んで。現実の現金生活をいかにするかを散々考えたことであろう。でもしかし、若かった二人はそれを乗り切って、僕らを(そのあとで二人増えていた)育ててくれたから。感謝この上もない。それで僕も親不孝だなと思うのは、その親の苦労はそっちのけで。僕らも戦後のどさくさを生き抜いた子供だったから、友人の戦災孤児などは、上野の浮浪児で。死んでしまった姉さんと敗戦国でもあったイタリアの宣教師に育てられて。なんとか生きてきたが、結局死んでしまい、早々に王子のお寺にお世話になっている彼の浮浪児時代の話は。より深刻なのである。などと書き始めた朝はもう盛夏である。シュタンゲは、二千年前のイエスの異常な神ぶりを書いて爽やかであるが。彼のドイツ神学が書かれた昭和九年ごろこそ。ヒトラーが政権を掌握しつつある時期で。一方で、シュタンゲがイエスの人間平和救済を言えば、一方でヒトラーが神など信じないで。ドイツ強国強盗主義を強行する歴史は。人間の悲しい現実の物語と連動する歴史の深い闇を。僕に教えてくれるものであり。今日ももっぱらシュタンゲを読みながら過ごすつもりになっている。朝であるが。

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2020.08.04

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(418)8月4日 火曜日(千回を目指して)

ゴットホルト・エフライム・レッシングと言う人を教えてくれたのは、シュタンゲと言う神学者である。そのシュタンゲの経歴を書いたのは、昨日。であるが。さらに今日も敬意を評して、くどくシュタンゲを貼り付けておきたい。⚫️[生]1870.3.7. ハンブルク[没]1959.12.5. ゲッティンゲン。ドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。⚫️のは、何度も言う様にシュタンゲは、私の師山永武雄(白金教会牧師・フェイリス女学院院長)の翻訳したものであるからで。レッシング、と言う人を知らなかったが。なんとなく耳に残る人とはいえ、内容は全くわからなかった。が、シュタンゲ本から教えてもらった(今読んでいるシュタンゲは山永先生の翻訳では無い)。ドイツがギリシャに次ぐ哲学の国であることはわかっていたが。その内容となると全く勉強ができていないママ、今日に至った。勉強をしてみると面白い。特に哲学と神学が組み合わせてあって、なるほど。ギリシャとヘブライが組みになっている、初期のキリスト教は哲学と神学の組み合わせにしないと。全貌を理解することができないと、さらにつくづく知った。明治学院で勉強していたから、その萌芽は身に付いている。が、内容が伴わない。高校から大学に行く時、同級生の中から日大の哲学科に行った友人がいた。二三年前。僕の個展の時久しぶりであったが、全く哲学の匂いのしないタイヤ屋のオヤジになっていて、じっくりと話せば。何かを引き出せるのかとも、思うのであるがもはや時間が無い。で、僕も哲学科では進学の時少し、迷ったが、結局そのまま文学部に行って。哲学に触れたのはわずかである。進学しカントの純粋理性批判、を読むことになったが。今思うと。カントたちが頑張って、なんとか近代理性を人間の目の前に引き出した時のドイツは。20世紀。とんでもないことをする国になってしまった、と言う流れとして理解はできなかった。18世紀、19世紀、そして20世紀。人間理性は傷つき傷つきあまりにも馬鹿げた殺戮の世紀を乗り切っていたのであるが。今思うと呆れた話しで。理性など技術の前で逼塞してしまい。技術を生み出した理性そのものに反撃されたまま今日を迎えている。いよいよその技術で。宇宙商業計画が本格化すると言うのだから。大丈夫かね。と思うのもあながち間違ってはいない。要するにこの歳で省みるに。理性というものだけでは、この巨大な技術をコントロールすることなどまず持ってできるものでは無いと。知ることからもう一度、人間を哲学的神学的に見つめ直し。さらに人間に特有な歴史性を見つめ直してもいいのでは無いかと。シュタンゲを読み山永武雄先生を思い出し書きながら、意外に静かな心の落ち着きを取り戻しているコロナ朝になった。

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下は山永武雄師。フェイリス女学院院長宅。

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下は、哲学者にして神学者のレッシング。

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2020.08.03

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(417)8月3日 月曜日(千回を目指して)

「秦剛平」さんの訳した「最古の聖書」である七十人訳ギリシャ語聖書が現在ある様々な聖書の原型として相応しくない、と立証するのかどうかは。もはやどうでもいいことである。結局キリスト教と言うのは、長い歴史の中から、様々な変容をし。それがどのよなものであるか、と言うことはいたって大切なことである。が、一方そのことからわかることは。結局例え原本があっても、畢竟するに、それは言葉の重要性を強調したものに過ぎず。「言葉すなわち人間」と言う問題に行き着く、問題で。古代社会から構築されてきた人間の言葉の重要性を表す問題、と考える方が。内容があると思う。言葉すなわち魂、大和言葉でいうところの「言霊・ことだま」であって。これが人間にとって最重要なもので。言葉一つで、人間が死んだり生きたりする以上。宗教とは、結局その言霊の昇華したもので宗教とは言葉である。と言う結論に達する様な気がしないでもない。すでに一年以上になるが御殿場のYMCAで宿泊した時。広い敷地の奥の隣に昔からの神社があって、この神社が実に幽遠で朝方。散歩がてら濃霧の中を一人でその神社を歩いていると。実にその意味がわかってくるのであるが。日本の神社はことさらその言葉が精錬されていて。いかにも饒舌ではないが。その少ない幽玄な言葉の精錬された祝詞がなんとも言えず。日本人の神聖の意味を表しているのと比較し。聖書の饒舌なテキストは。隅から隅まで。神と人間との言葉のやり取りであり。徹底的にあの様な乾燥地帯で生じる言葉の宗教は、見事に神の幽玄と言葉とを結びつけて。何かと神と会話をし、神と意味の交換をすると言う場面が。次から次と展開するのが聖書であるが。それもこれも宗教の一形態なのであり、日本の山奥の神社の神との言葉のやりとりも。むしろ神の言葉を「聞く」と言う構造は。一見したところ。神との会話ではない様に思えるが、しかし、人間が。頭を下げてひたすら神の言葉を待つ、と言う神と人間の言葉のやりとりも。なかなかいいものであるとつくづく思うのでるが。しかし結局どれもこれも、神と人間との言葉のやり取りで。あり。太古から我々人間は神との言葉のやり取りで生きているのであり。その言葉のやりとりをキリスト教的に表現することがキリスト教なのであると。書かねばならない事態となったのは、僕の幸せとするところであるから。それをシュタンゲと言うドイツの神学者から学んで。僕は昨日来、そのシュタンゲの神学を盛んに読んで。コロナの激しいアタックを避けながら生きる、現代人の生き方を探っているのであるが。果たしてうまく表現できるものか自信はないが。ともあれ、やっと秦剛平さんからは卒業させてもらい。シュタンゲが出版された昭和九年の本を読みながら、自粛生活の日々を今日も過ごそうと思っているのであるが、やっと空は明けた様であるのは誠に嬉しい次第。で、再度カール・シュタンゲの経歴ををネットから転載しておきたい。で、今日は終わりたい。⚫️[生]1870.3.7. ハンブルク[没]1959.12.5. ゲッティンゲン。ドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。⚫️

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下は私の油彩のコラージュ。

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下が、今読んでいる書籍。昭和九年刊行のもで、発行者は長崎書店、訳者は宮本武之助。私の師、山永武雄(白金教会牧師、フェイリス女学院院長)は、このシュタンゲを別の本で宮本と共同訳をしている。

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2020.08.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(416)8月2日 日曜日(千回を目指して)

「秦剛平」さん読み、が急激に減退したのは。結局のところ、彼の訳した「最古の聖書」である七十人訳ギリシャ語・聖書は。秦さんの学者的意識によればそれは、「謎」である、という面白さが。結局語句の句句の学者的ディテール探究、なので。僕の様に明治学院で子供の時から、要するにミッションスクールで徹底的に。キリスト教プロテスタント教育を全面的に受けてしまった、日本人が。87歳にもなって、まだまだ達することのできない外国の宗教が。なんで今も僕の、脳天を打つのかという深刻な問題を。秦さんが解決してくれるわけではない、と言って。コロナで世界が苦しむ時に。なに平然と生きている若者さえも。心の底では、結構このコロナを気にしている、様子がありあり見える。から、表面の強がりはともかく。素晴らしい体格を獲得している、今の日本人が。デカイなり、をして。実は内心。恐怖を一生懸命抑えているのが、わかる。あるいは推定する、あるいは忖度する、などという年寄りのクリスチャンとしては。ここ一番、出番であると、内心は思っているのである。が、なにせ浅学の身では、ろくな言葉も贈ることができないでいる。経験としていえば、この事態は。人類始まって以来のもではなく。過去にも。散々人間は感染症に苦しんでおり。ただ、庶民には。世界的情報網が昔はなかったから、恐怖を同時共有するなどということはなかったのであるが。今は、世界が一体的に。いろ色の事情は抱えつつも、結局同じ恐怖の同時的経験をやらされているという現実は。人類が初めて経験するネット時代の恐怖なのであろう、と思うと。基督教という人間救済の出番であるというのは、間違いのない僕の意識なのである。と、確信している。が、なにせどうも。秦剛平さんで、聖書というのは。新約聖書であれ旧約聖書であれ。いろいろ面倒な問題が、今もあって。考古学が一層精緻を加えると加えるだけ、聖書の欠点も深く見え出るので。(ここのところ朝の救急車のサイレンがけたたましいが、今もする)。ここらで、一層のこと。「基督教的世界観と哲学的世界観」という本に、読みを切り替え。昨日、じっくりとアンデンドゥで読書をしてみたが。確かに、小池都知事の緊急性がアナウンスされている影響で。アンデンドゥにも緊張感が漂い。いつもここのところ、椅子席の読書人が多かったのであるが。誰も今日は利用しておらず、ここの区で。商店街チケットの割引切符が発行されたらしく。若い女性が黙々と並んでそれでパンを買っておられ。知り合いの責任者の方も、やはり。どこか緊張していて。もっともであると思いつつ。1934年(昭和九年)に発行された、シュタンゲの本を。読みながら、なるほどドイツ人神学者はここまで当時緊張して。世界を描いていたのか、それもキリスト教を哲学し。世界の人々に、人類存在の。デリカシーを語っていたということを知り。僕らの様な、戦後クリスチャンが。決して納得しなかったその本からの、戦後思想の特殊性を割引いても。彼の書いたキリスト教的世界理解に、高いものを感じ。家に帰る準備をしたのである。が、梅雨の季節は明けた様だが。どうもさっぱりとした、夏らしい華やかさがないのは仕方がない、仕儀であるかと思いつつ。若い時には、毎年行っていた江の島散歩を夢に描いて。新生活には慣れない古い自分の、古い哲学は明日。ご披露したいと思いつつ。現代の画家筒井友美が描いた(下に動画やHPがある)「帰る場所」の。深層心理学的な作品を鑑賞する、朝として。流石に雨は去ったのであるか、と思える朝となったのはまことに慶賀と言うべきであろう。

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下は僕の「アジェのパリの街」油絵。

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2020.08.01

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(415)8月1日 土曜日(千回を目指して)

急に、いつもの僕の読書癖の様に。「秦剛平」さん読み、が急激に減退した。のは、結局のところ、聖書は。長い間に、様々に人間の手が加わり。改変されながら、ほとんど原書らしいものが、ない。と、わかったからである。新約聖書は、そうであるとは。かなり前からわかっていたが、旧約聖書(あのユダヤ教すら)まともな原典など、ないのであると知ったときのがっかり感は。論語読みの論語知らず、という言葉がある様な。事態に陥ってしまった。プロテスタントの信者の僕らは、どうしたことか。旧約聖書にはあまりなじまないが。だからこそ旧約聖書は、原典があって、ヘブライ語を勉強した時も。テキストに使われたヘブライ語は、本当に古いもので。聖書例証されると、それはかなり古い、徹底的な研ぎ澄まされた言語。ぐらいの高い意識でヘブライ語を勉強していたが。だんだん勉強が進んでいくと。さにあらず、ヘブライ語の現代語が出来上がるのは、つい最近で。イエフダーとか記憶する人が、なんとか。戦後の、イスラエル再建の時に現代ヘブライ語を「造語」して。凄まじい努力をし。なんとか今に復活した、というところまでは勉強していたが。戦前ドイツでも、ヘブライ語を話すユダヤ人などいなかった、ということも知ったのであるが。考えてみれば、彼らにヘブライ語を保持する理由が、ほとんどないばかりか。ユダヤ人という血統的人種は存在しても。長い間に、各国に寄留していて、そこにいたユダヤ人はもはや、ユダヤ人としての言語的存在形式など。寄留先の言語に馴染んで生活する彼らの環境から。ヘブライ語の保存などありえない長い間の。寄留ともいうべきでないその国の人間に、なりきっている。その国の人間、なのであると意識されて生活する人々の。ヘブライ語の聖書など。原典として保持しうる環境など。全くない。ということは、おぼろに知ってはいたが、まさか、旧約聖書ぐらいどこかで。それはユダヤ語(ヘブライ語)で長く保存された聖書、ぐらいに勝手に思いこみ。イメージしていたのであるが。旧約聖書も、まさに本当に原典がなく。新約聖書と、同じで。原典がない以上、いろいろ人の手が加わり。まさに、ほとんど、原形を留めないものである、式の書き方をする秦剛平氏を読み続けていると。いつの間にか我に帰り、原典がないのは当たり前で。聖書全般そのものが、実は散々人の手が入り。筆写されながら、改変され続けていた書物に過ぎない。と、認識したとたん。僕の信仰は、一時。音を立てて崩れ始めたが。その滑落崩壊も、精神というバランスシートでなんとか。力学的に止まって、大崩壊や大決壊までには至らず。なんとかかんとか、やっと堤防を緊急修理して。再び以前より豊かな、豊穣の実りの秋を迎えそうである、と思った途端。今度は、日照不足であるか、などと。精神の旅も容易でないと知って。今日も、聖書を。改めて秦剛平訳の旧約聖書で、読んでみるつもりになっている。が、彼の翻訳は本当に面白く、リアリティーが聖書に感じられる。ので、信仰者の僕の、真摯な信仰生活を活性化させてくれると、思っている。東京はコロナがますます増え続け、神に祈りて。何を祈るのであるか、国家財政赤字がリアリティーになってきて、か、自問自答して迷っている朝ではあるが。

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これらの写真は僕の実写。この辺り茨城県五浦付近。ここから石油が出るという、ニュースは。僕の貧しい脳天を打った。僕がここに行った時、本当の日本美に触れたのであるが。1枚目の草むらも美しく、2枚目は岡倉天心等が学び舎を作ったもので、再現されている。三枚目は、そこら辺りから有名な六角堂を撮影したもので。そのあたりの岩石から石油の埋蔵が、予想されると。いう、悲しきニュースが現実化するので、あるか。

 

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2020.07.31

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(414)7月31日 金曜日(千回を目指して)

大学者「秦剛平」勉強は僕にとって、実につらい。昨日、「七十人訳ギリシャ語聖書・モーセ五書」(秦剛平訳・講談社学術文庫・2017年)が着いた。ジュンク堂検索で、全く出ないのでわざわざアマゾンで買って。びっくり仰天。でかい箱に入って送られてきた。想像を絶するとは、このことである。本自体がでかいのではなく、厚いのである。普通の、日本聖書協会(銀座教文館ビル)制では、聖書は何冊ももっているので。実際大きさについて、普通の文庫程度にしか、予想していない。何せ剛平本は、文庫なのだから。今までの慣習的な印象で、ただ待っていたのである。ところが、これがびっくりポンで、怪物的である。それもたったの、旧約の五書が訳されているだけの、ホンの些細なものだとばかり思っていたから。で。この常識外の〈聖書〉を、面白いので。友人の画家にも送ることにした。まず、いつもの古書往来座に、古本を旅行鞄いっぱいに詰めて。まるで、ガラガラと海外旅行ではないかと、思われるほどいっぱいバックに詰めて。雑司ヶ谷駅から、さらにガラガラと、でかい音をたてて、エンコラどっこいと持って行った。ので、その帰り道にジュンク堂により、同じ聖書を画家に送ってもらった。のは、理由がある。多摩美大の秦さんを、本当にこの頃。理解する様になったのであるが、読んでみるとなるほどこの人は。多摩美術大学名誉教授であるべき人である、と心から思う様になった。のは、その聖書の宣伝文句が、的確であるからだ。「現存する最古の『体系的聖書』にして西洋文明の基礎文献、待望の文庫化」というもの。さらに続けると「ギリシャが強大な力を持っていたヘレニズム時代。エルサレムからエジプトに派遣された七十二人のユダヤ人長老が、ヘブライ語をギリシャ語に翻訳し始めた。この通称「七十人訳」が、新興宗教の一つでしかなかったキリスト教を地中海世界に広め、その後の世界宗教としての展開を決定づけることになる」、である。この様な重要な事項の中に、当然絵画も入り。さらに、ヘブライ語聖書を無視したのは、宗教改革者ルターであると。続ける。ルターが、反ユダヤ主義的福音主義を構築するため、ヘブライ語から。聖書をドイツ語に訳さず、この七十二訳のギリシャ語聖書から聖書を訳して行くのは、問題であるとスッパ抜いたのが。剛平さんなのである(この辺りは実に難しい、デリケートな大問題で、真実がわからないのではないか)。そこで、彼は、コツコツと、自分でヘブライ顔の翻訳に挑戦し、ギリシャ語七十人訳聖書と対比する、という、とんでもないことを始める。ともかく秀才なのであるが、僕の一つ歳下の人で。ほぼ同い年の人なのだ。僕は、着いたばかりの、剛平さんの聖書をざっと観察し。彼が言わんとしたこの「真実の西洋史」が、なんとも深刻であるということ〈だけ〉を知り。これでは、世界のキリスト教は、根本から掘り返されるのではないかと。ふと、危機感を持ったのである。実はここの物語書きも、これでは全く不十分で。基礎認識が全然できていない、のは。僕の聖書読み人生が、日本聖書協会編の聖書一本に偏っている、からであると秦さんに教えられる。ので。それは、ついさっき。僕の本箱から、「日本聖書協会100年史」(1975年刊行)を引っ張り出して、それを見る僕の脳天は。破れんばかりの一種のパニックとなって、今更ながら。宗教世界の恐ろしさを、感じる朝になったのであると、書いて今日は終わりたい。時、東京都の感染者も恐ろしげな数値を再度示し始めている、が。

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2020.07.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(413)7月30日 木曜日(千回を目指して)

秦剛平さんをもっぱら勉強している。のは、クリスチャンの僕にとって、実につらいことである。確かに、翻訳上のディテールを。あそこまで追求されると「聖書」も、立つ瀬がない。モーセ・レプラ説の追求とか。キリスト教にとって最高に重要な、七十人訳の聖書が。結局、ユダヤ人がローマ帝国領地、アレクサンドリアで生きていくために、ヘブライ語の聖書を。ギリシャ人に受け入れやすい様な用語で、適当に。うまく翻訳している、という実例を秦さんは挙げて。さらに映画「アレクサンドリア」の。素晴らしい知的美人女優、レイチェル・ワイズが演じる。古代の、女性天文学者を追い込んでいく、初期キリスト教の公認宗教の冷酷な描き方、などは。圧巻にして稀有な。恐るべき価値転換の、ニーチェ 的描き方は。僕の脳天を打ち砕く、ので。本当に僕の、クリスチャン生活はがたがたである。それでも僕は、昔。ヘブライ語を教えてくれた加藤久美子先生(南山大学准教授)の、あの時受けたヘブライ語授業の、ノートを保存してあるので。昨日、池袋キンコーズに行って、二冊目の製本とし。つくづく見ると。その、圧巻の、ヘブライ語ノートの中に。ヨブ記の一節を見つけて、今更ながら読んで揺らぐ、自分の気持ちを抑えたのであるが。それは次の様なものである。ヨブ記から、「わたしなら、神に訴え・神にわたしの問題を任せるだろう。」。この箇所こそ、ヘブライ語勉強の最後の文章の一節で。それは、五章の八節の文章で。実に、印象的な予言的な言葉であるからこそ。僕は、さらなる、聖書の研究(内村鑑三的)をおこない。女優ワイズが演じた古代の、素晴らしい女性天文学者を死刑に追い込んでいく。初期キリスト教徒達がいかにも。ローマ帝国のキリスト教公認という、政治的勝利の結果すぐさま腐敗しつつ傲慢になり。今までの抑圧された憤懣を吹き出して、権力と結託し、真理を排撃する様の。政治的歴史的事実を知らされる僕の、クリスチャン仲間の、教会史的無様を。ビデオで何度も繰り返し観ながらホトホト。人間のやることの浅はかな無様を、嘆いて観ても。結局は、自分と同じの人間の所業を見るに過ぎず。それを追求せずに、神に任せて。モーセ・レプラ説という、恐るべきユダヤ民族史を。フロイトの説明ではなく、いかにももっともな常識説として、考える前段を。今日は書いたのであるが、きっと何がなにやら。さっぱりわからない、文章だと。祖父ネットの読者は、思うに違いないと思いながら。今日は、これまでとしたい。早く鬱陶しい梅雨が、本当に。開けてよ。と、天を睨んでお願いしている。ただし、以上の面倒な話を、Wikiで集めておいたので、ここで以下に貼り付けておきたい。どうもアレキではなく、アレク・サンドリアが正確の様だ。⚫️⚫️『ヨブ記』(ヨブき、ヘブライ語:סֵפֶר אִיּוֹב)は、『旧約聖書』に収められている書物で、ユダヤ教では「諸書」の範疇の三番目に数えられている。ユダヤ教の伝統では同書を執筆したのはモーセであったとされている[1]が、実際の作者は不詳。高等批評に立つ者は、紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献と見る[2]ヘブライ語で書かれている。『ヨブ記』では古より人間社会の中に存在していた神の裁きと苦難に関する問題に焦点が当てられている。正しい人に悪い事が起きる、すなわち何も悪い事をしていないのに苦しまねばならない、という『義人の苦難』というテーマを扱った文献として知られている。⚫️⚫️『アレクサンドリア』(原題: Ágora)は、2009年に公開されたスペイン製作の映画。西暦4世紀、キリスト教が定着し異教の排斥が行なわれ始めた時代の、女性天文学ヒュパティアの学問に殉じた半生をアレクサンドリアを舞台に描く。天動説に疑問を感じ、何らかの地動説を肯定できる理由を模索し続けた彼女は、弟子のオレステスや奴隷のダオスに愛慕を受けるが、それを拒み研究に没頭してゆく。その一方でキリスト教徒は、自らの宗教の絶対性を民衆に訴え、古来の神々を愚弄する。ヒュパティアの父テオンらはこれに憤り、剣を抜いて応戦するも退けられ、クリスチャンである皇帝は異教徒の一方的な罪を宣告する。アレクサンドリアの大図書館は異教の魔窟として破壊され、異教徒には改宗か出国しか道は残されなかった。その中で改宗を拒み、青年たちに学問を教え続けるヒュパティアは、都の人々から魔女とみなされる。⚫️⚫️スペインのアメナーバル監督は、極めてキリスト教色の強い人なのだそうだ。その人が、ヒュパティアの物語を撮ることにあたっては、相当の覚悟を必要としたのではないか。アレクサンドリアときけば、科学や天文学が進んでいたことを思うが、歴史の中では、その芽が無残にも摘み取られてしまうことになる。その様子を、興味深く観ることになる。ヒュパティアは、自らの叡智を宿した、純潔の肉体をバラバラにされ、虐殺されるという非業の死を迎えることになるのだ。古代の神々、たとえば古代エジプトのオシリス神もそうであったことを考え合わせると、そのことが復活再生であり、再生を司るがゆえに殺害されたのだという逸話もわかる気がする。1600年を経て、アレハンドロ・アメナーバル監督のこのスペイン映画「アレクサンドリア」を観るとき、広大な宇宙の謎を解くことが目標だったヒロインの、数奇な運命を知ることは、とても興味深い。のちに、18世紀ヨーロッパロマン派詩人の間で、伝説の女性となったのもうなずけることである。それも、彼女が、史上最初の女性天文学者だからだ。科学が、宗教の前に敗れたのだ。そこから、暗黒の中世は幕を開けたのだ。宗教が科学を破る・・・、そんなシーンをいまの時代に見るとも思わなかったが、古代アレクサンドリアの街の再現(復元)は、史実に虚構を交錯させた歴史絵巻をつくりあげた。

ローマ帝国末期のアレクサンドリアを舞台に、大勢の登場人物を配し、スペクタクル史劇として観るかぎり、ドラマが壮大な作品のわりに、終盤のあっけなさは少々寂しい。21世紀のテクノロジーで、1600年の昔を体感する映画だ。⚫️⚫️

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 筒井友美・「帰る場所」

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 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

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下は近代でイメージされた、古代の天文学者。このイメージが映画に利用されている。

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筒井友美の個展会場での撮影。撮影者は僕。

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2020.07.29

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(412)7月29日 水曜日(千回を目指して)

秦剛平さんの、「七十人訳ギリシャ語聖書入門」(講談社選書メチエ・2018年刊行)を勉強している。いろいろ僕にとって。ショックなことが多いのであるが。彼が実は、僕はクリスチャンではない(19ページ)と、明記しているのを読むのは。ショック中のショックで、全く意外だった。そうだったのか、彼はクリスチャンではないのであるかと、分かった途端。彼が全部理解できた。冷静で学者らしくない彼の文章には、僕は親和性がある。が、彼とか僕とかが、とことん疑った戦後の日本の姿は。彼の中にある僕の疑いと、深層的に一致している、と思っていた(キリスト教への本質的疑問の存在として)。我々は、というのは1941年生まれとか、1942年生まれなどという人種は。結局一時的とは言え、アメリカ占領時代を経験しているのである。ということを改めて認識する。それも負け戦で、屈辱を抱えた国民(日本国の臣民たる)なのだということすら思い出させる。で、薄々ながら内心で、屈辱感を持っていて。独特の愛国心も持っているのである。それは、本当に幼い頃の、オボロの時間帯であるが。確実にそれはフロイド的脳裏に残っている。で、彼はクリスチャンであると、長い間勝手に思っていたし。彼の高いキリスト教の研究者としての成果は、特に山本書店(山本七平・故人Wikiにある)を通して。散々知っていたから、僕は今の今まで、ふと。怪しいと思うことはあっても、確実にはわからなかった。ただ、彼ほどの人が、多摩美大を職場としたことには、一抹の疑問があった。ただし、彼はICUの秀才であるから。僕の様な、中途半端な文芸的藤村的な、明治学院大学文学部とは違った意味の、ボンクラぼーやとは違った。かなりシビアーな秀才だと、初めから思っていた。し。いうまでもなくICUという学校は、僕もよく知る学校で。明治学院の仲間にも何人かは知り人もいる。し、その創立の経緯さえ、詳しく知っている。し、その上ICUの看板教授武田清子先生(故人、Wikiにある)は、有名で。彼女の書いた天皇ものは、どの大学だろうと。あの頃の学生必読の書、となっていたし、僕も今だ持っているから。その上、彼女の教会に。僕も子供の頃から通っていたし。と、なにかと深いので。てっきり秦氏は、クリスチャンだと思い込んでいたのである。が。であるが。そんなことではすまない、もう一つの長年の。キリスト教への深い疑問も、彼のお陰で。あっけなく解けたことが、実はあった。まさに、彼のお陰であるが。それは、一神教の発祥問題である。この問題は、僕が。十年ほど前にヘブライ語を習った加藤久美子さん(南山大学准教授)が訳した、「ヘブライの神・旧約聖書における一神教の肖像」(B.ラング著・2009刊行、教文館)にも。明らかにされようと、しているし。ユダヤ教徒とて、初めは多神教で。それが一神教になる理由の様なものが、書かれているから。僕が、長年疑問に思っていた、なぜ、世界の趨勢に逆らい。ユダヤ人は、一神教を創設したのか。という、大疑問が実は、昨日解けたのである。僕は、それには。高邁な理由がある様な気がしていたが、あっけなくあらゆる面から。もっともわかりやすい、理解しやすい理由として。秦剛平氏が書いたのは、彼の本の32ページにある「マネトーンの言説」であった。僕は、早速僕の友人に電話を入れて、やっとわかったよ。と、それを伝えて。彼は今は、経師屋をやっていて、本来明治学院の秀才であるが。家の経済問題から大学には行かず働きびととなり。銀座の、超一流の呉服屋に勤め、そこで十年以上、ある有名な女優のお出入りとなって修行し。縁あって、経師屋のお嬢さんと結婚。そこで、最後の職人修行をし。今はその親方として、高い評価を受けている僕の友人に。その話をしたのである。明治学院中学校から、高校と。同じ白金教会で山永武雄師から洗礼を受けた仲間で、あるが。彼に、なんでユダヤ教だけが、世界で一神教となったのか。その理由を。このコロナ状況で会えないので。電話で話をして。僕は、やっと。何十年ぶりかで頭がすっきりし。ぐっすりと眠ることができたのは、秦剛平という優れた学者のお陰であると、心から感謝している。朝となった。のであるが、その理由は次回としたい。

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下は僕のコロー・鉛筆模写。

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2020.07.28

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(411)7月28日 火曜日(千回を目指して)

秦剛平さんの「七十人訳ギリシャ語聖書入門」を読んでいると。いろいろショックは隠せないが。フトそんな時。南山大学准教授加藤久美子さんに至るのが、僕のおかしなところである。多摩美大の名誉教授の。僕とほぼ同い歳の名誉教授から、現役のヘブライの研究者に至る僕の荒技は。本当に我ながら呆れる読書所業なのであるが、別に僕が。僕自身に、特別なことをやっっているというわけではない。加藤さんには、立派な訳書があって。それを僕は持っているので。改めてそれに再度、取りかかったのである。秦さんの語る旧約聖書の本文は、ヘブライ語であるなどと。今更いうのは。昔、そうですね、昔。僕が西池袋で設計事務所に在籍しているころ、の話で。僕は、会社の近くで先生(現在の加藤久美子准教授)から、ヘブライ語を教えていただいたことがあった。とは言っても、ちょっとしたきっかけでなんとなく。いろいろ聖書を読む割には。ヘブライ語だのギリシャ語の言語に接していなかったので気になり。ヘブライ語とは、どの様なものか知りたかったに過ぎない。その願いが天に通じ、そのチャンスに恵まれた。その時の先生が、若き秀才加藤先生で、当時は偶然であるが。明治学院大学の講師でもあった。素晴らし方で、本当に。生徒が二人。勿体いない様な授業だった。で、僕はその時の僕の先生の授業で、出来上がった、資料を。今でも大切に保存している。それから、はやかなりの時が経過したが。先生は今、ネットで検索すると、南山大学の准教授になっておられるから。人生の解は得られるのであるが。元気にしておられるだろうか。明治学院の卒業生の、僕の様なハズレクリスチャンが。「ヘブライの神・旧約聖書における一神教の肖像」(B・ラング著・加藤久美子訳・教文館・2009年刊行)には、次の様な広告文が書かれている。「知恵・勝利・生命の神、〈聖書の神〉とはいかなる神か❓古代中近東世界に登場し、欧米文明に決定的な影響を及ぼした、その神観の実像に迫る。古代オリエントの歴史資料を縦横に使いながら、宗教社会学や文化人類学的な視点から論じた、〈聖書の神〉に関する初めての包括的な研究」となっている。から、僕も、真剣に読んでいたのである。で、さらに、ここにきて。厄介な聖書問題を、秦剛平氏で読んで。加藤先生に教えていただいたヘブライ語を思い出し。原点帰りをして心落ち着け。さらに、問題を考えようと思ったのである。が、梅雨は明けたのであるか。と、南の空を見上げている。

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下は自殺したユダヤ人画家ロスコの作品。ネットから。

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下は、加藤久美子訳、「ヘブライの神」、教文館ネットから。

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2020.07.27

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(410)7月27日 月曜日(千回を目指して)

秦剛平さんの「七十人訳ギリシャ語聖書入門」が刊行されたのは、2018年だから。書籍としては、つい最近の出版と言って良い出版時間だ。その本の宣伝文には次の様な言葉が書かれている。「〈最古の聖書〉の謎に迫る!B.C.3世紀から21世紀まで、西洋世界に最も影響を与えた書物の歴史」。であるが、ワープロを打ちながらシンとした気持ちになって、一語一語腹を決めて、指先に緊張を感じ、手を硬らせながら老眼で見定め書いている。それには二つの理由がある。一つは、キリスト教徒である私が、日本のキリスト教徒であるから、などと。わざわざ書きたくなるほど。それは日本人的キリスト教の常識を大きく外れること。もう一つは、僕の様な。学問的でない文学部的意識の人生のキリスト教では。特にそれで妄想が拡大し恐ろしい想像力が、つい強烈に炸裂してしまうのは。彼、秦剛平氏の様な立派な学者ではない俗人の僕の。明治学院的文学的藤村的(島崎)な生き方の典型的な自分が。一気にさらされるというキリスト教に無知な、非歴史性(キリスト教的伝統性の欠如)が露呈する。恐ろしい事態となるのであるが。その本を読んだと言っても今はまだ38ページ程度で、もうこの様であるから恐ろしい限りである。これに耐え、反論できるジャパニーズクリスチャンなど、みんなとっくの昔に死に絶えていて。今残っている様なひ弱なクリスチャンに。秦さんの研究に耐えられるだけのクリスチャンなど残っていないと思う。ので、僕程度ではどうにもならないが、読んだのが昨日では。頭が混乱してうまく書けないのが実情である。が、一方、秦さんの様な大学者(と、言っても私の一つ歳下)と、僕の様な俗人クリスチャンとでは勝負などできないが。しかし、戦後という時代を共有するという意味では。いい勝負ができるというより。非常に高い親和性がある、と思う様になっている。むしろ僕は秦さんのその本を「快挙」と見るから。一層彼にエールを送りたい。で、彼の本の「あとがきに代えて」(369ページ~)の最後に彼は感無量という感じで。それを書いた場所が書かれる。「2018年4月、ケブリッジのティンデル・ハウスの静謐な図書館にて、秦剛平」。と書いたから、今度は僕が感無量になった。そこは有名な聖書翻訳者で、そのために死刑になった人を記念する、静謐で静寂さを持った高尚な、きっと緑に囲まれた。大規模で伝統的な図書館であろうと、想像できる僕も。なかなかのクリスチャンで、さすが明治学院大学文学部出身の俗人の僕の教養も。決して誇るべきものなど何もない割には、よくここまで達したものだと。我一人祝杯をあげるのであるが。彼の本の圧巻は初めからテーマの中心にある、モーセが。実はレプラであり、ユダヤ人はレプラ集団として差別された一集団の純粋集団(ユダヤ人)として民族化した、ユダヤ民族として。ある古い歴史書に、書かれているという事実から。その記述は始まるという恐るべき認識の嵐を。僕にもたらしたのでその事実を云々するよりも。その事実を僕らが今まで。全く知らなかったということ自体に僕は。恐るべき日本のキリスト教伝統の錯誤や底の浅さを見ることによって。僕は、やっと。西高東低の劣等感から脱却する意識を目覚めさせられて。今朝は晴れた梅雨明けなのであるか、と思ったのであるが。まさに、これこそが、日本人芸術家筒井友美の作品に具現した空間芸術の「帰る場所」の至る所と、勝手に思っても見たのであるが。

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下は筒井の作品を現場で私が撮影したもの。上は、その動画とホームページ。

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2020.07.26

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(409)7月26日 日曜日(千回を目指して)

概ね二千年前の、エウセビオス「教会史」ではなく、無教会の創始者・内村鑑三の全集第33巻目を。今朝少し読んだ。この全集は40巻ある。が、それで本箱が一杯になるので。手の届くところにも積んでおいた。その一冊を久しぶりに手にとった。1918年から1921年までの日記で。それは和暦では大正七年から、大正十年で。七年は母が生まれた年である。5、6冊積んであるから単なる偶然であるが。その偶然で開いた箇所は、178ページ。「余は神に感謝す余は英国に生まれざしことを、余はもし英国生まれしならば」と、内村は書いて。二三の名前を挙げ、彼らのごとく「教会に叛くと同時にキリスト教を棄てたであろう」と続け「余はいかになっても英国国教会の監督の支配を受くるキリスト信者となることはできない」と、書いた。ここに書いてある1918年というのは、イエスキリストがお生まれになって(神が人間として、受肉したという神学のこと)、1918回の年を繰り返したという、ことでもある。今日は今朝から信じられない雨で(曇りの予報だったと思う)。これはまさに、異常か、と思うのは。今の様な書きをする、私の意識や現実の。あまりに隔絶した時の谷を、またぐ読みと書きで。いかにも不気味であるが。雨の音は近くの川の音を加えるので、一層激しく感じる。内村の文章を読んでいると、必ず豊かな自然が出る。愛すべき、美しい、徹底的な神の愛が書かれ、それには秩序立って整理された豊かな森が、必ず出てくる。一方、人間の方は。その実在の様が書かれ。バランスを失って蠢く人間が、書かれる。その対照的書き方が彼の魅力であるが、どうも最近は。そのアンバランスが僕の中でさらに激しくなり。豪雨の様な自然災害が報じられるたびに、コロナという自然災害も含め。いかにも人間実存のバランスが、ますます大自然と激突している様な気も、しないではない。内村の日記には関東大震災が出る。その時彼は軽井沢にいる。そこから東京方面の空を見つめ、茜色になった空で東京が燃えていると知る。家族を心配し、まだ動いていた汽車に乗り、赤羽まで到着。そこからは徒歩で。新宿の我が家を目指し、無事に家族と再会している。と、書いて。今日は終わりたい。

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2020.07.25

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(408)7月25日 土曜日(千回を目指して)

エウセビオスの「教会史」の中の、イエスの誕生にまつわる話の時。に、ヘロデという当時の支配者の話が出る。ヘロデは、教会ではお馴染みの人で。かなり面倒な人物として、聖書には書かれている。が、イエス誕生物語には、欠かせない悪者である。子供の教会学校などでは、この悪者がいたために、イエス一家はエジプトに逃げて。という話と。ヘロデが死んだのでイエスの家族は、エルサレムに帰って、と言った具合に話は進んでいく。聖書がいつ頃、誰によってまとめられたものか。は、全く不明だが。よく編纂されていて、前後左右が無理なく(見方では、無理だらけ)で。現代人の研究に適しているが。付き合うと相当の忍耐がいる。一からコツコツと、勉強するとなると、これが。小説であるのか、ドキュメントであるのか。とか、一体どのあたりが、捏造で。どのあたりが本当の、話なのか。といったことと混ぜこぜ、になり。全く訳が分からなくなる。それでも読んでいくと、ニーチェ などが嫌悪した、山上の垂訓が出てきて。性の興味にあふれる青春の僕ら(明治学院的生徒の)を、打ちのめす話も出始める。これに触れ始める頃。聖書によればヘロデなどは、そのあたりで、とっくに忘れさられ(イエスの記憶には残らない、幼児期なので)。イエスも30歳程度になっているから。イエスの救済主としての、聖書的確立と活動は。たった数年に過ぎないことが、わかる様になると。福音書も終わりに近づく。福音書は四巻あり、バージョンを少ししづつヅラしながら。救済者としてのイエス像は刻まれていく。イエスの話はこれぐらいにして、ヘロデに話を戻すと。そのヘロデを、エウセビオスは教会史に書いている。現代を作り上げるニーチェは。キリスト教の、欲望抑圧にヘトヘトになって。一気にそれを解決したくなり(彼の父は牧師)、若き天才の彼は。神を否定するという、虚に出る。つまり、神という。聖書でも一番弱い(あるいは一番強い)部分に手を入れて、一気にキリスト教を崩壊させる。それは、ヘロデの様な。恐るべき、悪行支配者の肩を持ちながら始まる、のではないかと。私は当たりをつけているのは。彼が、超優秀な文献学者だからである。ニーチェも読んでいたに違いない、エウセビオスを、私も読んでいるわけだ。が、エウセビオスの「ヘロデ悪行書き」は、明らかに偏見書きである。聖書にはないことで。エウセビオスは、イエス事件以後の、ヘロデ晩年の悲劇を。その身体的表象にし。彼の、対イエスへの悪行こそが。凄まじい病変を招き。などと、その状態を書いている。のを、読むと。どこまでが、本当で、どこまでが嘘で。どこが、捏造なのか。という、文章というものの、純粋な。恐るべき表現機能の。あらゆる文学的見本が、すでに二千年前にできていたという西洋文明を。歴史書の書き方、の中に見ると。西洋史で、その後起こる様々な人間悲惨史は。聖書的ヘロデか、エウセビオス的ヘロデか。と昨日は悩んで。現代のコロナの様も。またそれで人生論的、神的表象ができるのに。一向に。今の社会で書かれないのは。多分、現代の宗教家たちが。喉から手の出るほど欲しいもってこいの、悲惨な世界的現象なのに。神様を金儲けに利用して、お告げでもしたい現代宗教家の。ウズウズする様な金儲けの手段として。の、絶好の機会をみすみす。見逃さざるを得ない、今のコロナ状況は、まさに。ニーチェが指摘した、キリスト教的倫理規制の、非近代的な表象と一致し。なかなかいい勝負ではないかと。昨日は思っていたのであるが。参考に、ニーチェをWikiから⚫️1869年のニーチェは24歳で、博士号も教員資格も取得していなかったが、リッチュルの「長い教授生活の中で彼ほど優秀な人材は見たことがない」という強い推挙もあり、バーゼル大学から古典文献学教授として招聘された。1900年8月25日、ニーチェは/=/を患って55歳で亡くなった。⚫️今日も雨、だな。(追記)バーゼルに関し面白いことがあるので。またWiki⚫️バーゼル地震とは、14世紀ヨーロッパスイスを襲った地震である。バーゼルでの被害が特に甚大であった。1356年10月18日の夕刻、スイスの北部(バーゼル付近)で地震が発生した[1][2]。地震の規模はM6.5〜7.0と推定されている[3](一部の資料ではM6.6[4])。この地震は、中央ヨーロッパで過去に発生した地震の中では最大級ともいわれる[3]。本来、スイスは大地震の少ない国とみられており、過去800年間にスイス国内で発生したおよそ10,000の地震のうち、M6以上のものは5、6個程度しかないにも関わらず、バーゼルを壊滅させたこの地震だけは規模が格段に大きかったため、地震学者島村英紀は「奇妙な地震」であったと述べている[5]⚫️ニーチェ はこの街がお気に入りであった。

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下は、作品「帰る場所」の会場内の写真。

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下は、ニーチェが若くして教授になった、バーゼル大学・Wikiから

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2020.07.24

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(407)7月24日 金曜日(千回を目指して)

エウセビオスの、「教会史」(山本書店刊行・1986年・または講談社教養文庫既刊)の印象から想像すると。やはり、エウセビオスは。新興宗教の供給源に、なっている、ということもわかる様になった。僕らの様な、伝統的教養的プロテスタントの立ち位置から見ると、それがいたって奇妙なものに映るのは。二千年前のイエス理解が、たちまち二手に分かれることになる、古代史の時系列の。基督教も、人間救済宗教の宗教現象の一般論から免れない、とわかるからである。要するに、信仰の「気分と教養」の問題である。どうしても、宗教は。気分的なものと、教養的なものに分化せざるを得ない。人間の宿命の「部分」が、歴史的に露呈する問題である。地質学で言えば、表層する地層の様に見ることもできる。人間存在の、内在的実在なのであろう。人間であれば皆持っているもので。存在の形式の様なものだと、言えるだろうか。確かに、エウセビオスは読み物として面白い。とは言え、彼の立ち位置すら、イエスはすでに、二三百年も大昔のことで。古代において。イエス時代を理解しようとして。エウセビオスが無理をしている、ことがわかるのは。深い学問としての、現代的歴史学で、エウセビオスが書いているわけではないからで。だから、読み物としてはなかなかスリリングで。聖書で、語られるイエスと。それをさらに歴史的な事実(歴史)として、見ようとするエウセビオスは、素晴らしいと思う(聖書は、すでにできていたらしい)。彼は、神の、天地創造の理屈も無理をして書いているが。そっちの方がイエス記述より無理がない。様な気がする。のは、多分それは、今の私たちもわからないし。ユダヤ人が、昔から。天地創造状況を、なんとか説明しよとうとして。一生懸命であるという、面白さが伝わってきて、面白いのである。私の様な、明治学院的教養のクリスチャン、にも面白いのであるが。何にでも初めはある、のであるから。それが、気分なのか理論なのか。となれば、どちらとも言えない、難しい問題となるのは。昔も、今も変わらないのであろう。理論的な把握だけでは、神という様なものは、掴み難く。また、人間というものすら、掴み難いのは(哲学を生むが)。日々のコロナの現象が。今も、混乱の社会不安の事態から。コロナを今のところ、科学で制圧できないことに直面すると。高齢者で、リスクを持っているものとしては。老化現象の中にある、自己の存在は、誠に頼りのない。はかないものでホホホ。今にも死ぬのであるな、などと考えると意外にスリリングな。身辺整理なども、念頭にあるのは、GOTO、にはいかないでいるが、熱海の。温泉に入っている自分を思い出としていると。先日、その熱海の宿の知り合いから。電話が入りその状況を聴きながら、熱海に行きたいと思い、ながらも。東京都民には、マッタがかかっているので。それもならず。と、エウセビオスの、古代的「永遠の生命」にかけるエウセビオスの。宗教的記述の原初的気分を味わって。それとて、救い主、イエスキリストの十字架の時系列から見れば。「二三百年も後」の、エスセビオスなのであると、改めて思うと。それを書こうとするエウセビオスの、宗教的気分の宗教性は。やはり教養なのかもしれない、と思い。いよいよ、梅雨明けも迫っていると、思えるのであるが。

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2020.07.23

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(406)7月23日 木曜日(千回を目指して)

エウセビオスの、「教会史」(山本書店刊行・1986年)は驚くことに、何度読んでも印象的である。で、講談社教養文庫以外の、山本書店のものでは三巻ものであるから。僕は、その二巻目を持っていない。ので、それを探しながら、ネットを彷徨っていて。面白いことを発見したと思ったのは、今朝である。単なるネット邪推に、過ぎないが。あながち間違っていない、のではないか。世間は休みで、えらい騒ぎの休みであって。強盗GOTOキャンペーンと感染恐怖との、数学的相関関係を。計算できる教養を、全ての人間が持っているわけではない、ということと関係がある。要するに、宗教における、教養主義と無教養主義のぶつかり合いが、ある。と、推定できるデーターが揃った。初めて、僕は。宗教的無教養主義を、社会現象としては知ってはいても。それを、それは「無教養的宗教」即ち新興宗教的キリスト教的無教養主義として、の社会現象として。なるほど、エウセビオスは利用されていると。思ったのは、今朝のことである。僕などは、もっぱら。明治学院的教養主義が、しっかり身についたクリスチャンで。別に、それでおかしいと思ったことはなく、今の今まで。堂々と。それを張って78歳に、なった。のであるが、さらに一層くどい僕が。無教会的教養主義のクリスチャンであると、はっきり表明できるのは。ここのところ、もっぱら。エウセビオスを読み続けている上に。さらに、得意な。明治学院的宗教改革のエラスムスに、至るからである。明治学院という学校は、プロテスタントの宣教師学校から出発している。その真髄は、キリスト教的に言えば、まさに近代の。教養主義的プロテスタント主義が、主唱なのであり。プロテスタント無くして、近代のキリスト教的教養も近代社会も。存在しなかったと主張する様な、学校である。が、今や、近代神学も、無神論的哲学に追い込まれてしまい。ニッチもサッチも動けなくなっていたところへ。第二次世界大戦で。世界史始まって以来の人間罪たる、最大戦争を「やって」しまった。西洋的人間史は、行き場を失い。僕の一つ下の、多摩美大の秦剛平さんが。エウセビオスを素晴らしい、日本語に訳して。世間にキリスト教の明確な。無教養主義を晒したので。一気に戦後の、キリスト教的無教養主義が蔓延してしてしまった。という、現象だったのか、と初めて知ったのである。なんとも、エウセビオスの、無教養的キリスト教の、原始信仰たるものが。宗教改革から始まる、西洋教養主義を凌駕するものとして。原子核的パワーを占めている、ということも事実なのだから。エウセビオスの真摯な、歴史的説明が、要するに近代で。「宗教改革」という事態に、なるのも無理からぬことなのだと、初めて知ったのである。僕の手元にある、エラスムスの。「平和の訴え」(岩波文庫・2016年で第9刷・箕輪三郎訳)には、その本の宣伝が要約され表紙に書いてあり。「宗教改革前夜のヨーロッパの戦火の中からあげられた、良心の叫びであり、平和維持の具体策を提唱した近代最初の平和論の古典」。となっているのも、わかる様な気がする。が、昨夜は。大雨が降った様であるが、すでに上がっている朝になったのであるか。と、思ったのであるが。

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上は僕の油絵、下は実写。

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2020.07.22

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(405)7月22日 水曜日(千回を目指して)

エウセビオスの、「教会史」(山本書店刊行・1986年)の出だし部分、は、何度読んでも印象的である。確かに、信仰的に言えば実にもっともな記述で。信仰は、ただやたらに信じます、というわけにはいかないのは、古代も現在も同じである。天地を創ったのが神であるなら、その神は。どの様にして天地を創造したのか。と知りたくなるのは人情であろう。我が国でも国づくりの、原初への探究は行われている。やや、ロマンチックではるが、良い神話がある。キリスト教のそれは、旧約聖書に書かれている。が、実はこれが厄介な代物で、必ずしも原書がないと昨日知った。昔、聖書の「原本」に、こだわったことがあって。かなり自分の意識も高まった時がある。あるきっかけがあって、自分の中に、幸に出来上がって行き。長く継続して今に至った。何事にも、原初という意識はつきまとうが。特に、聖書に付き纏う意識としては。その学問だけで、西洋では飯が食える様だ。これだけ世界を騒がせた書物「聖書」は、これからもほってはおけまい。で、僕も。秦剛平さんなどによって、やっと、かなりのところに読み至ってはいるが。やはり、神は。天地の創り主、である、という単純な意識以上には。行けないのだ。この常識的どん詰まりは。これ以上を求めようとすれば、科学しかない様にも思うものの。いややはり、精神の世界で探究するしか、僕の場合には手段がない。ので、変な無教養の神秘主義に陥らない様に。頑張るしかないのであろう。とは、思いつつ。朝あっさりと、神に祈って。1日を始める。昨日、近所のピアニストと久しぶりにお会いし、言葉を交わした時。どこえ行くのですかと、お聞きしたたところ。僕もよく知る近所の神社に行くという。最近、何と無く人が増えて、とおっしゃっていたから僕は。良いことですね、と言って別れた。が、二千年もつづく神社なのかもしれないが。二千年前から続く教会は、どうしても。日曜日の集会を免れない教会主義だから。僕の様に、かなり長い無教会主義者(近代的意識なのかな)には。時々。白金教会に顔を出したくとも。コロナ集会を、一週間に一度。二千年間、礼拝継続しているにしても。コロナには、敵わないのであろうと、思いながら。近くのスーパーで感染者が出。一時臨時休業して消毒をした、とネットニュースに書いてあったのは。やはり、教会集会は無理、ではないかと思ったのである。そんな中、で読む。古代史のエウセビオスの教会史(山本書店、1986年刊行・秦剛平・訳)の、書き出しの部分にある。エウセビオスによって「今から」、と表現された。エウセビオスの立ち位置が。なんと、それは彼からすれば、二三百年前の「こと」の探究であり。当時すでに、貴重な資料は散逸し。昔の初期の(二三百年前の)教会の様子など、僕(エウセビオス)にはさっぱりわかららないのであるが、いささか努力して。偉大な先輩たちを書いてみたい、とエウセビオスが。紀元後二三百年ごろ。書いているので。なんとか、時系列的学問の高い意識に。やっと、僕(私)も立てて。さらに中世の、エラスムスという人物を得なければ。近代社会すら生まれなかった、と思うと。それが、エウセビオスから二千年ほど経過。しなければ。僕らのコロナ社会も、生まれなかったのか。などと、思うことに、精一杯で。昨日は終わったと、書いて。まだ、雲っている朝空であるな。

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2020.07.21

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(404)7月21日 火曜日(千回を目指して)

二千年前のエウセビオスの、「教会史」(山本書店刊行・1988年)は。屋久島の縄文杉と同じ時間、を共有している。と、書くと。えらく古い古い古すぎる、話の様に。思うのは、もっともなことである。十年前、でも。我々人間の時間にとっては、古い話に思える。事も、いたって当然なのに、二千年もの前の「時間」は、古いを通り越して、通り越して。過去も過去も、想像できない古代的過去、であることなど、いうまでもないことである。しかし。話はここからであるが。秦剛平さんが渾身の力を尽くして訳した。エウセビオスの「教会史」を、読んでいると。エウセビオスの立ち位置であるイエス事件(事件と書いた方が正しいと、思える事件として認識し)から、二三百年、「あと」の時で。なんともそれも、すごい時間の経過なのであると、改めて認識してみると。結構、不思議な気がしてくる。だから、現代の神宮前で。友人の画家、筒井友美の作品「帰る場所」(いつも文章の最後にご案内している作品・動画になっている)を鑑賞したのが、2017年だとすれば。それは三年前、であるが。もっと、昔の様な気がするが、あれからたったの。三年しか、経過していない、過去に過ぎないのであるが。それが、エウセビオス自身が生きた時間(時代)が、紀元後260年~340年の、八十年間(80歳で死ぬ)だから。よく考えてみると、「エウセビオスからみて」も。イエスの時間(普通西暦のゼロ年とされる・諸説がある様だ)などは、えらく古い。問題にもならない、昔の本当の昔話に過ぎないのである。で、当人も嘆いているが、イエス資料など散逸していて。いわば、我々の維新が。今からえらく昔の、百五十年程度の昔なら。その倍であるとすると。江戸時代なのであるが。明治さえ、いや大正や昭和さえ、いや平成でも。なんとなく古い話に聞こえ。僕にとって直近の昭和さえ。僕らの子供時代(78歳の僕からみて)から見る、明治時代と同じ感覚よりも、もっと古い昔を。オリゲネスは問題しながら。いや、検証しながら。教会史を、書いているということが、「わかる」。ことは。今朝の僕の認識にとって、これは驚異。奇跡、異常。なことなのであると、言わざるを得ない。オリゲネスが、「昔の人イエス」を伝えた、イエス自身の大問題。神の受肉の話(イエスのこと・イエスは神の受肉とされる神学)を。真剣に。再三再四、考えて考えて、なるべく正確に正確に。正しく嘘偽りなく書きたい、という歴史記述者オリゲネスの真剣な思いが、僕に伝わると。秦剛平さんもそれを訳しながら、同じ気持ちになっているな。と、思うと同時に。これを出版した、今は亡き山本七平さんの、出版人としての。真剣な営為も伝わってくる。から。人間の生命の短さを、学問の見地から。短すぎると嘆いた古の人たちの、気持ちもわかる。という、朝になったのは。コロナのお陰と言えるのではないか。何せ、コロナ幽閉で、本ばかり読んでいるが。出かけることの好きな僕の人生で。希有なこととして。突然思いもしなかったエウセビオスを理解できるとは。全くの驚きであるが。東京の空は今日も曇り、とは。嫌だね。の、朝になった。

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2020.07.20

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(403)7月20日 月曜日(千回を目指して)

二千年前のエウセビオスの、「教会史」。に、書かれるクリスチャンの殉教は、世界を揺るがしたのでろう。迫害と受容を繰り返したローマ帝国、と言うより。多くの無視も含め。歴史は、今に流れ来ったのであるな。日本のキリシタンも、その様に扱われる。はじめは、珍しがっていた政治家たちも、無視できなくなる。のは、寺側のクレームが、多くなるからで。お賽銭を失った寺院や、神社は、新宗教の脅威を政治家に申し立てる。信者を奪われては、僧侶も神主も生活できない。仏教も神道も、すでに。日本人の一部、になっている時代。それを一式、キリスト教に奪われては。と困り果て、政治に訴え出るのである(島原の乱の原因)。このあたりの詳しい文献はあるのか、ないのかわからないが。物語的には、それを思わせる事件や、記録は。日本史にも残っているのではないか。その点、なぜ西洋史に、これら膨大な文献が残ったのであるか。僕の読書記憶では。これらの古代史をなんとか保存できたのは。イスラム文化のおかげであると、何かに書いてあった。散逸されていく、古代の記録文書は膨大で。それらを、大図書館を創り保存。したのは、イスラムだと言われている。それを、ヨーロッパが利用した、と言うことを。何かの本で読んだ。それが、文献学となって。哲学者ニーチェは、それを勉強をした人であると、さらに何かで読んだ。彼は、古代文献を散々読んで。キリスト教の信仰内容に、深い疑問を挟んだ、様だ。そんな中。エウセビオスによって残された、「教会史」の。様々なクリスチャン物語も。その様にして、現代に伝わり。で、いろいろ世界史に影響する様な、物語が紡がれて行った、らしい。その上、白金教会七十年史と、エウセビオス教会史が僕の中で結びついたのは。要するにそれが。一通した「基督教教会史」で、ある。と、やっと認識できた、浅学の僕の意識は、何かの因縁であろう。エウセビオスが生きたのは、BC(紀元後)260年から340年。彼は80歳で死んでいる。僕の78歳と、いい勝負である。当時としては驚くべき長寿であるが。そこから約千二三百年の後。1467年エラスムスが生まれ。彼が1536年に69歳で死に。近代社会は、彼のお陰でグッと面白くなってくる。その間の、ヨーロッパ文明世界は、ほとんど基督教一色。その間、イスラム教との戦いを含み。眠れる文明世界、だったのか。と思いながら。世界に、個人主義を促すエラスムスの本(天国から締め出されたローマ法王の話)を、昨日。かなり読み。その本の第二編、「悪魔祓い、あるいは幻影」が。まるで落語調の深刻な話、と知ったのであるが。要するに王子の狐と言う、落語と同じで。王子で江戸時代、ひどい目にあった母親の狐が、人間が信じられなくなったのは。王子の有名な扇谷という茶屋で、人間に騙されて。挙句の怪我で、休んでいる母親のところへ、小狐が。何か拾ってきて。おっかさんこれうまそう、、、ばか、およしよ、また人間に、ひどい目に遭わされる。と言う。落語のオチと一緒の。西洋中世の現実的で深刻な、キリスト教的幻影が、書かれている。その物語を読んでいると。中世から、近現代に至る我々の営為も、コロナ恐るべしとなるのではないか。と、ふと思ったのである。昔なら、差し詰め、妖怪説が蔓延したであろう、と思いながら。

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2020.07.19

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(402)7月19日 日曜日(千回を目指して)

エウセビオスの、「教会史」という世界史的教会史と、白金教会のたった七十年の「教会史」が同じ軌道上にある。という、本当の奇妙な意識に。僕は戸惑っている。戸惑うとは、文字通り帰る家が、どこなのか分からなくなる、つまり、戸、惑う、ということである。から、我ながら厄介だと思う。いわば、認知症的症候群である。が、今更ながら。そのような二千年の時を、貫いてみても。ねー、という感覚である。それは二千年の寿命を持つ、と言われる、縄文杉、の長さと同じだとすれば。マー、容認できない話ではない。とは思うものの。エウセビオスと、自分の経験した白金教会と、両方を研究している身になれば、やはり奇妙なことなのである。白金教会七十年史には、十三人の牧師が顔を出す。要するに、ヨーロッパ的に言えば、それは歴代の教皇史、にも似ている。昔から記録された、カトリックの教皇たちの名前も、明らかで。そのスタートは、ペテロである。ペテロが十二弟子の一人、であるという事は明確で。と書くと、最近はあまり読まなくなった聖書で、確認したくなるが。そういった、こととも通じている教会史。などというものは。所詮本場ヨーロッパ、のもので、アメリカの教会史さえ、それには劣るものであると。いう意識があった。しかし、白金教会史が、いわば、キリスト教世界にあまたある教会の、全ての歴史と。蛸足のように通じているとすれば。それは、ひっくるめて教会史なのであるか。と、思うと。教会の原点的エウセビオスを訳した、秦剛平さんが、山本書店から出した。エウセビオスの「教会史」3巻は。まさにその宣伝帯に書いてある言葉通り、なのである、と知るのである。つまり「世界史の新しい構想に不可欠な情報源」とは、いささかオーバーではないかと。思っていたが、然に非ず全くぴったりの。原点的歴史認識なのだと、率直に思えるから、不思議なことになった。そこで、白金教会七十年史から。ある、現実的な問題を抽出すると。今は引退した、白金教会の僕より、二つ歳上の。浅原牧師が、当の白金教会に。正式な牧師に採用される給料が。就任(就職)条件として書かれている、もので読むと。なんと、僕などの当時の給料よりもかなり高い年収、を確保できていると、わかった途端。僕は、一気に。また、白けてしまった。僕らのように、実社会で。過酷な競争に呻吟したものは(教会は普通の意味の、サラリーマン的実社会ではないが)、あの様な楽な、勤務状況で。いかにも、我々のような。平凡な大学卒業者より、高い給料を保証されているとは。思ってもみないことであった。この話は、古代史の人間にも通じて、実はもっと複雑であるが。今日は、この程度にしておくのは。要するに、二千年前の教会史と、現代の教会史が、繋がることによって。一体、どの様な。新たな世界史的構想が、生まれるのか。という問題と、深く現実的につながるので。もっと、さらなる考察が必要であると、いう程度の話で今日は終わりたい。と、思った。しかし、今日も相変わらず。コロナ経済問題が、まさに社会矛盾の現実として表出している、朝でもあるが。

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2020.07.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(401)7月18日 土曜日(千回を目指して)

山永武雄師の最後の説教「永遠の生命」を、ここで書いていると。結局、エウセビオスの「教会史」と出会うのは。恐ろしいことである。秦剛平さん(多摩美術大学教授)が訳した、「教会史」の第三編に、次のようなことが書かれている。それは、本の表紙に着いている帯、に書いてある事で。「世界史の新しい構想に不可欠な情報源」と、なっている。なんとスケールの大きな、内容であろう。実はこの本、昔から持っていて。今は無き、山本書店で、1988年に出版されたもの。故山本七平氏の名前こそないが、山本さんがなくなってこの書店もなくなり。今や古書店で売られている、ものとばかり思っていたが。講談社教養文庫にもなっていて、その講談社古書の方が高いから驚きである。その後、再版された様子もないのは、どうした事であるか。で、その帯の文章をたどると、「教会史の父」とされるエウセビオスの著作は、今は失われた貴重な記録や書簡を収録し、初代教会の成立事情や云々、となっていて。教会が、今この時代(令和二年・2020年)にも生き残った、ごく初期の記録を紹介している。この本が書かれた背景をなす、「引用または要約された書物、勅令、書簡類一覧表」の初めの年代は、なんと「前30から後40年」がスタート。だから、とんでもなく長い、歴史書なのであろう。ちなみに、エウセビオス記録の最後は「288~337年」なのだから。恐ろしい。おおよそ日本人には、馴染みのない。とんでもない過去なのである。これを聖書とは別な。聖書と並走する貴重な歴史書、と考えて読み始める事は。僕が若い時に洗礼を受けた教会、「白金教会七十年史」が。1917~1988年であるから。繋げた時の長さが、本当に繋がるものなのかどうか。と、訝るのである。ともあれ教会史として、一通するのは事実だから仕方がない。とはいえ。このような前30年~1988年と繋げてみても、意味がないかといえば。それは、クリスチャンの我田引水に過ぎない、とばかりは言えないであろう。恐ろしく長い教会の伝統は。歴史書として、馬鹿げているような記録が、今も残るというのは。昨日認識した、事なのであるから真に、ゾッとする出来事なのである。で、イエスが死んで。弟子たちが教会なるものを形成していくのであるが、その初めが。また、恐ろしい。恐ろしい恐ろしいと、何度も繰り返して恐縮するが。マルコによる福音書第六章八節・「旅(観光ではなく、宣教の)には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中には金も(もともとあった少しの金も)持たず」(カッコ内は僕の独断です)で宣教に行くように命令されており。それで、教会が形成されて行くが。それが、初めの基督教宣伝者への命令であったとは、あまりにも過酷ではないか、と思うのである。一部英文でも書いておきたい。and ordered them, 「dont take anything you」である。今日も、雨であるが。東京都の昨日の感染者は最高、になったと騒がしい。事である、な。

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上は山永武雄師・フェイリス女学院院長

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2020.07.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(400)7月17日 金曜日(千回を目指して)

山永武雄師の最後の説教「永遠の生命」を、ここでは書いている。そのために、師の経歴を改めて調べるために、「白金教会七十年史」を読んだ。それは1988年に、非売品として出版されたもので。僕の意識で、初めての経験であるが、そのお陰で自分の。一般的な教会史に対する、私なりの。意識の整理がやっとできたと思っている。教会史とは、教会信徒史ではない、という意識である。教会史を書こうとすれば。実際それは、書くに値するものであるが。結局、牧師史にならざるを得ない。教会史で、信者を書こうとすればするほど。その数は限りなく多すぎて、結局誰を書いていいのやら。まとまるものではない。個人の迫害は、一般に文学にはなる。しかし、教会史である以上。歴史書であり。あくまでも、牧師史や神学史にしなければ。教会史は成り立たない、と言う事実にやっと気づいた。かろうじて無教会で、内村鑑三や。内村の有力な弟子たち数人に、教会的キリスト教個人史が成り立つものの。読むに値するものは、いたって少ない。と言うことで、教会史ないしキリスト教史、と言うものを。確実に表現する方法として。結局教会史は、牧師史になるのである。あとは、思想史的神学史的表現が残るものの、これも。文学的表情とは全く別な、もの。と、やっと、気がついた時。ほぼ二千年前の「教会史」が、存在すると気づいた。そのエウセビオスの書いた、「教会史」と。たった、三十二年前に書かれた「白金教会七十年史」とは、全く同じものである、が。僕の、人生78歳の成果として。今朝のこの書き、になったと思う。と、書いて。激しい梅雨が、早く明けてくれないかと、空を見上げため息をついている。が。もう一人、深いため息をついた人がいる。を、この際書いておきたい、武藤富男氏である。彼は僕の、明治学院時代の後半の院長で、東京帝国大学法学部の出身である。彼が、色々の経緯で。絞首刑になる直前の、東條英機に偶然。巣鴨プリズン(今の池袋サンシャイン)で、金網越しに声をかけられる。東條は次のように言った。「先日は證人に出て下すって有り難う」、である。これが武藤が、最後に聞いた東條の言葉で。彼らは満州で、一種の面識がある。が、ともあれ。この言葉を。武藤は「再軍備を噴る」(昭和二十六年発行・文林堂)で書いている。その上で武藤は。十字架についたイエスと、東條の死刑とを比較して。イエスの死後、弟子たちが。イエスの死刑死の意味を考え。要するに、イエスの十字架の意味を考えることにより。聖書が出来上がっていくという、死刑の意味論を展開している。ということが、実は「教会史」を生み出してもいくと。昨日、知り。この鬱蒼しい雨も、満更ではないと思って、いるのであるが。

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この扉の奥が、筒井友美の個展会場で。作品「帰る場所」です。それが、動画になっていて、上のネット住所から入れます。

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2020.07.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(399)7月16日 木曜日(千回を目指して)

昨夜、山永武雄師の経歴を、「白金教会七十年史」で読んでいた。それは1988年に非売品として発刊されたもので、出版当時からかなり真剣に、読んでいた。立派に装丁されたもので、教会らしい風格がある。これを書いた浅原進氏(元牧師、現在は引退)は、生まれが正確に書かれたものがない。ので、僕と同い年か、な。と思っているが。彼が。自分の経歴を、その本に書かなかったのは。若くして、自分のことを書くのがなぜか、恥ずかしい程、早く。白金教会の牧師になったのは、山永牧師の急逝で。牧師に、急に。ならざるを得なかった、からであろう。このあたりが、どうも堂々としていない、ので。僕は気に入らないが。当時、僕らは若く、と言っても。出版当時の1988年では、1941年生まれの私たちは、47歳で。立派な壮年期であるが。その彼が書いた、出来立ての七十年史をいただき。それを読んでがっかりしたのは、私ばかりではないと思う。よく書かれているが、「自分ら」のことは。少し触れられているだけで、ほとんどの信徒は無人称表現である。その中で、しっかり書かれているのは。牧師たちの歴史に過ぎないで。教会史とは、結局。牧師たちの。職業的歴史記述に過ぎないのか、と思った。僕ら信者が、教会のために。あれほど時間と労力を注いだのに(何十年も、日曜日ごとに、無理を重ねて一生をかける人も少なくない)。それら信者の事は、牧師や組織論の中に埋没してしまい。と思いながら、すでに無教会になっていた僕は。その本に対する興味を、ほとんど失っていた。一方で、内村鑑三を散々読んで、深く研究していたから。それにしても。懐かしい時々の、僕の知る。信者仲間が全く出てこない、とはなんとも悔しかった。しかし、懐かしい、当時はるか年上の。いわゆる長老と言われた人すら。かろうじて書かれる程度。で。そんな、非文学的なものは読む気もしない、のは当然である。所詮、教会史とは。牧師らが。勝手に書く、自分たちの自慢話なのである。と、長い間思っていたのは、当然の成り行きである。しかしそうは言っても、その後。少しづつ読んで、内容に触れながら。かなり度々、読んではいた。で、昨夜の読書で、山永武雄師が第三章に。1951年~1965年の牧師、として書かれている、のを読むと。まさに。牧師(牧者)史こそ、教会史なのであると、改めて知ったのである。その上さらに、教会史二千年の、営為は。それでなければ、教会史自体が書けない、と悟った。が、それにしても昨夜の。祖父ネット(398回)で書いた、ドイツの神学者シュタンゲの神学を。山永武雄師が翻訳している、と改めて認識した時の。時の長さ。キリスト教的しぶとさに、今日の目覚めは特に悪かったのである、が。東京都は、コロナ警戒レベルを最高度に引きあげたので。教会集会など、さぞかし困り。今どうなっているのかと、僕の後輩の。幼児日曜学校の時から知る、現在の財政長老に電話を入れたが。電話はつながらず、留守電で。なんやかやと、いたって心配な事なのであるが。今朝も曇り。で、あるな。

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これは、僕の。若い時で、絵の勉強中の僕です。

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2020.07.15

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(398)7月15日 水曜日(千回を目指して)

コロナが収束するのは、「免疫」発見にかかっている。昨夜、日本人の中に、それをもっている人が発見された、と報じられた。これで、新型コロナは終焉すると思う。ただ、その免疫の持続性には確実な見通しが立たないので。から悦びになる可能性も、あると言うのにはがっかりであるが。しかし、このようにして、世界のどこかで、その発見はなされ。あるいは、なされなければ死亡率が一定の「宿命」として受け入れなければならないのが、現実としても。新型コロナ、や今後。現れうる新新型コロナと。人間の永遠の戦いは、延々と続くのかもしれないが。人間知力と、自然の驚異との間には、永遠の戦いが続くのでなければ、むしろ地球上の人間持続は保持できない、ので。すなわち敵がいなければ、人間は、人間存続の永続性を見失って、しまう。のが、人間の宿命なのであろう。と言うことで、科学者でない自分の及ぶところではないが。宗教とか、絵画とかを担当するものとしては、やはりこの辺りで一気に。誰も信用しない「永遠の生命」に、そろそろ軌道を修正する時も、来たのではないかと、思ったのである。古い二人の将軍(東條英機とマッカーサー)を書くことも無意味ではないが。昨夜読んだ、古い昭和12年発行の本は、私の師の訳したものであるが。書いた人は、シュタンゲと言うドイツの神学者で。まさか、Wikiにあるわけもないが。と、思いつつ一応検索してみる。(なんとなくしかし、少し過去に触れた記憶もあるが)●シュタンゲ(英語表記Stange, Carlブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説[生]1870.3.7. ハンブルク[没]1959.12.5. ゲッティンゲンドイツのルター派神学者。ハレ大学ケーニヒスベルク大学,グライフスワルト大学で教鞭をとり,1912年よりゲッティンゲン大学教授。ルター派の教義に基づきつつ,キリスト教的世界観と哲学的世界観の関係について研究。主著は『キリスト教と現代の世界観』 Christentum und moderne Weltanschauung (2巻,1911~14) ,『ルターと福音』 Luther und das Evangelium (53) 。●となるから、Wikipediaは、ただならない優れもので、ある。と感動して、今日はこれまでとするが。シュタンゲの本を、僕の師の。山永武雄先生(当時白金教会牧師、フェイリス女学院院長・1965年ごろの話)が、昭和12年に訳したものを、僕がもっていて。それを昨夜研究していて。その11ページに。「然るに我等が永遠の生命を獲得すると言うことこそ、基督教徒の最後の目的である」とあるから。僕は、唖然として。しまい、今日はこれまでとする。ことにした。

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2020.07.14

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(397)7月14日 火曜日(千回を目指して)

習近平が隠蔽したコロナの正体・それは生物兵器だった、と言ってみたところで。コロナが収束するわけではない。むしろ、コロナを退治する医学の力を、もっと真摯に信じて。待つしか、方法がないのではないか。それが、あと半年後ぐらいらしい情報がある。それまでは、「新生活」に慣れねばなるまいと思いつつ。昨日はその中。アンデンドゥ・コーヒーで。画家の友人と話すことができた。絵画には言葉がない、から。これが良いのである。それでも、画家同士、と言うのは有無通じる無限の言葉で、一枚の絵を見ながら。言葉が教養として、無限であると言うことを知っているのである。一方、言葉としてのコロナは、水害の言葉と同じで。感染者や被害者の方々は、本当に。みな同じ言葉しか、ないが。水害で、茫然とたたずむ。被害者の後ろ姿には、本当に言葉がない。無限の言葉がある無言の絵画と、言葉が一つしかないコロナや、水害の現実の言葉は。水害ばかりではない。歴史さえ、それに近い。昨日は、古い、「二人の将軍」の話が書けると思っていたが。それを書くよりも、絵画論の方が、僕には嬉しいと、言うことが今朝起こったのは。昨日、絵画の友人と話せたからである。話せた、と言うのは。今の、新生活では、不思議な現象で。図々しく、コーヒーショップの片隅で、本当に二三時間も話してしまったが。まだまだ、話し足りないのは。絵画から現象する、変わらない人生論なのである。絵画の話は。実は、尽きないと言うことを、絵画は日頃から教えてくれる。昨日のテレビで、「ただでもっていらっしゃいアート展」、に人々が密集し。近所の人がパトカーを呼んだ言うから、人々は。ここで。アートを求めているらしいと。普段から、絵画というアートで、苦しんでいる私たちが、笑えること、として。話題にしなかったのであるが。それは、アートが金にもならず、金とは縁の無いアートを。ネットでカタログを作り、自分の絵を売るために。どうすればいいのか。と、プランを練っていた二三時間だった、のだ。それでも画家は、「描く」を取り止めないから。アートの、自分の絵を額装し、売るため。如何に、美的に安く仕上げるかは、僕らの決定的な美意識なのである。アーではない、コーではないと絵を。ひねくっていると。時間を忘れ。コロナで、もはやどのような言葉を使っても。洪水が毎日襲ってくる、構造的気象条件だろうが、なかろうが。それは、絵画の追求に比べれば、まさにいつも同じの。人間の悲劇で。その中、絵画は。相変わらず普段から、キリがない芸術世界であると、画家は知っているので。絵画は、本当に。おかしな人間的営為なのであるな、と若い時から不思議に思っていたが。今や、絵画、なのであるな。と、今日も雨であるが。

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2020.07.13

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(396)7月13日 月曜日(千回を目指して)

川添恵子氏の「習近平が隠蔽したコロナの正体・それは生物兵器だった」(ワック株式会社・2020年7月26日発行)を読んで。遠いハルピンの、かつての大日本帝國731部隊に想いをはせると、なるほど。人間の果てしない争いは、いろいろ人間的である、と思う歳になった。で、詰まるところ青木富貴子氏の「731・石井四郎と細菌部隊の闇を暴く」(新潮文庫)は、本当に大詰めの場面が展開する。ソビエトに、精緻で貴重な細菌情報を取られまい、独占したいとする米国と。その、息詰まる攻防戦は、人間の悪知恵を使いつくした騙し合いである。として、それも戦争の一部である以上。いろいろ勉強になるのは、結局僕は1941年生まれで、戦争のことなど、何も知らないのであるが。先輩たちは、例えば親父とか、お袋とかも。まさに、渦中の時代人であって。彼らの生まれた歳周りが、悪かったのである。なんとも不幸な時代、を背負ったものであるが。親父は、僕に。「夢中だったな」と語って死んでいった。彼の、初めの就職先は宮内省匠寮である。が、彼の実家は、神田の左官屋で、夜学で工手学校(工学院大学の前身)を卒業している。で、マッカーサーと東條英機であるが。マッカーサーは明治13年(1880年)に生まれ、昭和39年(1964年)に亡くなった。一方、東條は1884年(明治17年)に生まれ、1948年(昭和23年)に亡くなっている。ほぼ同年代人である。マッカーサーは84歳、東條は64歳でなくなったのであるが。このなくなる年齢を考えていると、両雄並び立たない戦陣の世界、なのかもしれない、とも思う。ほぼ同じ時期に生まれ、片方が片方を裁く(勝者と敗者として)、と言う運命を背負った二人、である訳だ。この二人の戦いは、言うまでもなく個人戦ではない。ただただ、国同士が戦ったので、運命として。軍人の彼らは、その運命を担ったのである。僕の、父や母たちから見ると、彼らは自分たちの父母の年代で、私から見れば。祖父の時代の人である。僕の母方の祖父は、明治16年生まれで、僕はよく。その祖父に可愛がられたから。なんとなく、懐かしいので、こんなことを書くのであろう。父方の祖父が神田の左官屋で、関東大震災後働きすぎて体を壊し。若くして亡くなった人。ともあれ孫の僕が、こんな戦争の断面を書くことになり。もっともっと、書きたいことがあるが明日書くことにして。今日は、二人の軍人のご紹介をして終わることにした。

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2020.07.12

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(395)7月12日、日曜日(千回を目指して)

川添恵子氏の「習近平が隠蔽したコロナの正体・それは生物兵器だった」(ワック株式会社・2020年7月26日発行)を読んでいると。戦中の、日本軍の細菌731工場の流れが、中国に残留して拡散した結果、と想像できる。のは、当然であるが。結局、石井四郎731部隊の成果は、一式米国の利益のために、アメリカに密かに持ち去られたようだ。だが、当然世界に。知識として拡散していく、生物兵器の情報から、すでに何十年も経過した以上。世界各国の軍備の中に、ちゃんと鎮座し、学問的に。系統だった成果として、少し勉強さえすればそれらの成果は。誰にでも開かれている、と言うのが現実なのであろう。原爆さえ、材料さえあれば子供でも。作れる時代らしいが。知識とは、そういったもので、あろう。と、考えた途端、なんだか興味を失った。「時間と、人間智」の相関関係を少し考えれば、当然すぎる話なのである。何も、習近平ばかりが、非難されるような問題ではない。世界の軍備は。細菌戦の準備を今でも、着々と日々更新させ。さらに精緻な、殺人兵器、電子的無人兵器を開発しているのであろう。今は戦争さえ。無人の爆撃機や戦車やミサイルを使い。交戦できるのであるから、呆れた時代と言えるだろう。何も絶望することはない、結局遊戯ゲームと同じ次元の問題。として、考えれば、そんなものに素人が。うつつを抜かす時間はもったいないと、言うべきであろう(たまにはいいか)。それは世界中の職業軍人の、真面目な職業として立派に生きているのであろうから。素人が、ワーワー騒ぐのはいいことではない。と言うことで。それより、一枚の絵を書いた方が、どれほど自分にとって。意味を持っているか、と言うことから。ゴミ集積所で、そのゴミ集積所のご主人からいただいた、ソニーの高級カメラを。国家からいただいた十万円の一部を使い。ビックカメラで。周辺機器を買って復活させ。盛んに、絵画の。ネット販売のカタログ作りに精を出している。やはりどう考えても。人間にとって、「永遠の生命」に勝るものなど、この世にはないのである。と、結論したのである。ただ、青木富貴子氏の731本だけは、もう少しで読み終わるので。最後まで読み切りたいと、思う朝となった。と書いた朝は、珍しく晴れている。時に、書き終わり。朝刊を取りにポストに行ったところ、池袋タウン誌トッピーが、着信していて、やれ嬉しやと、今読もうと思ったばかり。自分の書いたものが雑誌に載るとは、人生これに勝る幸福はない。

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2020.07.11

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(394)7月11日、土曜日(千回を目指して)

「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」と言う、青木富貴子氏の本は。僕に新たな嵐を呼んだ。それが、川添恵子「習近平が隠蔽したコロナの正体・それは生物兵器だった」(ワック株式会社・2020年7月26日発行)である。ワックとは、産経新聞系の出版社だと思われる。し、川添さんは以前からかなり売れている人だと、ということぐらいは知っている。氏の肩書きは、ノンフィクション作家であるところが、すごい。青木さんもすごいが、川添さんもすごい。ともかくすごい人たちである。川添さんは1963年に松戸市に生まれた、とある。となれば、その10年後ぐらい後に、松戸市にいた僕が、そこで1971年から新婚生活を送っている時。で、彼女は、10歳ぐらいのかわいいおじょうさん。なのだ。そこ北小金では、今の「マツモトキヨシ」が。普通の薬屋さんだった時で。時は流れに流れ。僕が、絶望の細菌戦をここで書く時。川添さんは、現代のコロナ細菌戦をレポートしたわけだ。徹底的に、反中国で書いている。が、その彼女は、中国に行き勉強している。どうして、ここまで徹底的に、反中国になってしまったのかわからない。が、僕は、1960年明治学院大学で、第二外国語で、フランス語ではなく中国語を選考した。が、僕の中国語は、語学ではなく思想に興味があったからである。要するに主に、戦前の中国現代史を研究してみた。が、一向にわからない。それは結局。あの時代の戦争の実態、がまだまだ歴史的に整理されず。上手く掴めなかったからだと思う。しかし、その僕が。青木富貴子さんで。日本の、戦前の細菌戦を読んでいると。並行して日本軍の、南京虐殺論争もあり。それらが、偽情報であるとか本当だとか、なんとも訳のわからない論争も昔は、飛び交っていた。が、それらの「事実」がいまいち、当時は。はっきりしなかったからであろう。戦後の悲惨と絶望の中で、日中友好の風が吹き始める。そこで僕も、共産中国を見にいってもみた。それが、毛沢東の葬式に出る結果になり。そして、いよいよソ連が崩壊するという、時の流れ。その崩壊のレポートを。テレビで盛んに司会していたのが、今のコロナ都知事。若き日の小池氏である。が、川添さんの、「冷酷な結論」を深刻に読んでいると。僕は。人類の前途に、確かな崩壊の匂いを嗅ぐが、いい気持ちはしない。ともあれ、細菌学の果てしない探究が、武器として使われ始めたのは。第一次世界大戦の頃からだと勉強はしていた。が。それを、キリスト教で説明することは、いたって簡単である。つまり「人間の罪」であり、終末論的説明なのであるが。しかし、それは絶望のための説明(神学)ではなく。キリスト教的救済を言わんがため、と知ってはいるので。私には、もはやそれ以上に言うことはない、のである。サイレンの音が遠くでしている。僕は、つくづくクリスチャンで、良かったと思っている今日の朝は。少しは珍しく晴れている。

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2020.07.10

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(393)7月10日、金曜日(千回を目指して)

「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」青木富貴子さんの本は、いよいよ終盤に近づいた。それをさらに読みながら。細菌部隊の闇、と言うより人間の闇を、覗いているような錯覚が起こる。まさに、人間そのものの闇をこれほど、厳しく追求し表象した書き物を。今まで読んだことがない。あと少し、そろそろやめたくなる。が、ここまできたので読み切ろう、と思いつつ。関連人物、東條英機も読み始めた。書いたのは東條由布子さん、明治学院大学に入ろうと決心するサラリーマンだ。228ページから少し、拾ってみよう。まず青山学院大学を落ちる。が、大学に行ってみたいと言う強い意志が背水の陣を敷かせ、大学受験に臨ませている。そして。明治学院大学へさらに受験という人。その彼女の祖父が、東條英機である。で、受かるのであるが。この辺は、簡単ではない。本は、「祖父東條英機・一切語るなかれ」(文春文庫・2005年第6刷)で、祖父に背き、一切を語っている。細菌戦を知っていた東條は、その実践使用を禁じたのが陸軍大臣の時。彼が、その陸軍の秘密兵器の存在を、知っているのは立場上当然のこと。すでに各国が、全て。なんらかの形で関わっている細菌戦は。第一次世界大戦の頃から有名である。ヒトラーはそれで負傷している。世界を平和にしたいけれど、果たしてそうなるものか、と。運命の軍人、東條英機は遺書の中で嘆いている。自分たちが維新以来。軍人として(父は陸軍士官学校一期生)。西洋の軍事情勢に対抗し、その宿命の流れを背負い。人間には、宿命と名付けられるものが、ある、と私も思うが。それが嫌で、軍人を外れたのが、革命家大杉栄だ。彼は対抗的に、自分の理想的非軍事化を思想として選び。あのような宿命を帯びる。そして、憲兵甘粕正彦に殺され、その甘粕が。満州で自殺。それを見届けたのが、明治学院大学の院長、武藤富男(クリスチャン、東京帝国大学法学部出身)である。入学後、その武藤に会いに行く東條由布子氏も、すでに冥界にいる。彼女は私の後輩であるが、歳上の人で。ほぼ同じ時期に。明治学院で学生をしている。私も、武藤富男が院長、の時代の学生である。が、かような闇を書物で経験しながら。世界的コロナや、度重なる強烈な水害の情報も見ながら。「人間の闇」と救い、を書いているのである。が。辛い。その自分にも、やっと十万円が振り込まれた。

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2020.07.09

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(392)7月9日、木曜日(千回を目指して)

クリストファー・ソーンは社会主義のような思想について書いてはいない、のではないか。読みが、中途半端なのでわからないが。彼はあくまでも、歴史主義的に書いていて、思想主義的には書いているとは思えない。私のように、明治学院の10年組で。いわば戦後の、亜神学校的な教育を受けたものは、どうしても思想的観点から逃れられない。高校生で洗礼を受けて、以来それを通したので。つまり教会にも行き、その後無教会となり今日、なのであるが。キリスト教を離したことは一度もない。つまり、簡単に言えば。私は神学的と言うより、思想的信仰者なのである。その私が、この歳で、日本の敗戦を改めて見ていると。まさに、それは。日本の、封じ込められていた東洋思想と、それを追い込んで行く近代の西洋思想では。明らかに何かが異質である、と感じる。生理学的に言えば、あまり変わらない人間の存在が、思想的に言えば。かなりの違いが見えるし。同時に、それがあたかも。生理学的違いにすら見えることもある。しかし、生理の質が同じでも、その量が違うのではないか、とも最近では思えるが。私などは、日本人としてもチビで、高校生の頃から成長が止まってしまい。それ以後、でかいアメリカ人には劣等感があった。フランスに行ったとき、日本人でも、自分が小なる人間であるという思いがしたが。それが、最近では、ますますひどくなり。同質的であるはずの日本人が、最近一層でかくなると、何とも鬱陶しくなる。し。今では日本人が、日本人に見えなくなる現象が起こる。つまり栄養が良くなった日本人は。オリンピックや野球で。アメリカ人と対等以上の活躍をしているが。僕らの子供の頃(戦後)ときたら。アメリカの大リーグは、日本の野球など子供の手をひねるが如く、であった。が、今やなかなかのもの。だと、いうことなど言うまでもない。だから、僕などは全然つまらないのが、野球である。小さいものが、でかいものに勝つから、勝負は面白いのであって。他のスポーツも似たりよったりで。世界で、派手に優勝などもするが。全然当然の結果に過ぎない。要するに、今の日本人は、生理的に栄養が過剰で。もはや、昔の敗戦時の日本人など、存在せず。せいぜい、僕ぐらいの歳のものが、昔風を表現して。この年代は、滅びゆく日本人というところであろう。だから、結局。人間とは。不平等な、生理的同一性を持った、思想が問題だけの。人と人を理解すると言うことが、歴史と言うものの真髄なのではないか。と、思うのであるが。とは言っても、体質的に同質性の一致、したものを持っている人も居て。恋もすることができる、のではないか。それが恋であって気質、と言うものかもしれない。それにしても、東洋人たる日本人は、近代社会で。西洋人種同士の喧嘩のトバッチリで、本格的な戦いに巻き込まれ。何とも辛い敗戦をしてしまい。どうも、それを思想的にしか説明できないで、人間の生理的非同一性や、同一性で説明したいと言っても、いろいろ難しく。説明が、でき兼ねる敗戦状況であるが。僕が、今読んでいる、憲兵の大量の死刑リスト(東條英機はトップに掲載されている)と、彼の伝記が、結びつくのは。東條が、実は「憲兵」であった、と言う事実から。極東裁判とは戦勝国からすれば。憲兵を一式裁くことで。裁きやすい相手として。大日本帝国の、軍人の代表たる憲兵を、このさい一式始末して。今次の、太平洋戦争の結末をつける、と言うカテゴリックな思想の。質的量的目標こそが。もっともわかりやすい処理であったのだと、知ったのは。コロナの中の、昨日なのであるが。戦勝国側から見れば、わかりやすい、報復らしからぬ、合理的報復の一般論として実行され。ドイツの、ヒトラーの自殺によって、報復の目標を失ったかに見える。ニュールンベルグ裁判との、異質を勉強してみたいと、さらに思ったのである。

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2020.07.08

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(391)7月8日、水曜日(千回を目指して)

少しまとめると、クリストファー・ソーン研究は、1941年生まれ(真珠湾奇襲攻撃)の祖父ネットの必然で。思考のルートは、今のコロナから、満州の日本の細菌戦へ。そして、第二次世界大戦(ソーンさん研究)の極東日本の戦争へ。さらに渡辺福雄という人の、憲兵実話の研究、そして最後は。終戦時の憲兵処罰の実体に及んだ。これも皆、キリスト教で言う「永遠の生命」というテーマのためである。永遠の生命とは、この世からの断絶と永生の、連続性は。どのようにして担保されるのであるか、がその探りたいところである。研究をしてみると、人間は皆、永遠を求めて彷徨っている。特に死に直面すると、それは最大の人間的テーマであるということが、わかる。私が洗礼を受けた牧師、山永武雄氏(フェイリス女学院院長でもあった)の最後の説教は、まさに。「永遠の生命」であって、若かった私は、偶然それをメモしていた。それが、コロナという、恐るべき世界的傾向と向き合うことになり、医学とは全く別な。生命の、哲学的神学的かつ思想的問題とも、真正面から対面する事態、になり。ともかく、驚くべきことになった。憲兵問題はそれに拍車をかけた。「殉国憲兵の遺書」(東京憲友会編、全国憲友会監修・1982年昭和57年発行)によれば、終戦時死刑になった憲兵は、320名、その上さらに自決した人が121名、うち婦人が2名、と記録されている。その実名を、一人一人見ていると。あの戦争が、まだまだ終わっていないばかりか。人間の、永遠の生命を考えることが、いかに大変なことであるかを。考えているときの、九州の度重なる豪雨と世界のコロナ状況は、一体何なのであるか。などとも、考えて憂鬱になるが。永遠の生命の中に、人間の希望を託して、今日も思考したい、と思っている。まさに下記に、いつもご紹介している、筒井友美が描いた「帰る場所」。としての、芸術の至るところ、として。この作品は、考えれば考えるほど、見ればみるほど不思議な、芸術的達意であると思う。朝と、なった。

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2020.07.07

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(390)7月7日、火曜日(千回を目指して)

クリストファー・ソーンさんは、太平洋戦争を「極東戦争」、と名付けている。なぜ、そう呼称するのかを、説明する彼の意識を読みながら。胸ときめくのは。彼が重要視する「1941年(スタートは1939年)」は、自分の生まれた年であるからである。それも11月2日で。そのあたりで、実は。「真珠湾奇襲攻撃」は正式に決定されている。山本五十六が構想したのはもっと以前で、それが大きな一つのプラン・設計図として描かれるのは、もっと以前なのであろう。この破滅的日本のプランが、いかなる形で発祥し、いかなる様相を呈したかは、わかっているようで、なかなか難しい問題である。時過ぎれば、単なる歴史、に過ぎないと、言いうるものであるが。その歴史は、今の我々のありようにも、実は決定的影響、を与えているのでは、ないか。と、考えることが、私の一生の、主な興味であった。しかし、探求道は、半ば、ばかりか。非才この上なきものが到底到達できる道ではない。こんな時に。同時読みした、「一冊でわかる・ローマ帝国」(クリストファー・ケリー、岩波書店、2010年)も魅力的だ。ローマ帝国、と大日本帝国を比較すると。その巨大さからすれば、いい勝負で。大日本帝国は、中国大陸や、太平洋環状地帯を大きく含むから、面積的には。日本のかつての帝国の方が、巨大であるやも知れず。そんな夏の、コロナ夢を追いながら。昨夜は休んだが。九州は、再々の大雨とは、酷い。自然の仕打ちは言葉にならないが。九州の聞き慣れない地名の、読み、にてこずるアナウンサーは僕の目から見れば、幼いが。張り切っていて誰も美しく、若々しく。て、頼もしい限りである。のに、悲壮を伝える彼らの瞳からは、絶望は見えない。が、僕のような、1941年生まれのものには、本当に涙が出るほど。痛ましい光景である。僕が1941年、大日本帝国に生まれ。悲劇を加えていく日本人を研究しながら書いた、イギシス人、クリスタファー・ソーンさんは。已にこの世にいないと、はとても思えないのは。彼と、私の母とが、同い歳であるからで(母は心の中に実在する・マザコンの僕は)。その中、さらに珍しい本を紹介したい。「東方正教会・諸聖略伝・一月」(日本ハリストス正教会・昭和63年刊行・月ごとをテーマにした12巻もの)で、かなり昔。御茶ノ水の、正ハリストス正教会の礼拝に、興味本意で出席した記念に、買ったものである。この教会は当時、ソビエトから弾圧され。同時に、ロシアとして復活を果たした国の。複雑な事情を反映している。が、その政治的変遷に興味があるのではなく、かつてのローマ帝国の政治、に翻弄された、正教会が聖人と仰ぐ。ローマ帝国内の、迫害の様を、写す場面に、興味があった。で、この本は、何度も読んでいるが、どうも僕にとってリアリティがなかったが。今朝突然、「迫害のリアリティ」を読みたくなり、本棚からとり出し。今、手元にあって、今日はそれを読んで。コロナ疲れの神経を強靭に、したいと思ったのである。が。この天候で七夕様の日、であるな。とも、思いつつ。僕の大好きな、日本の「しとしとした、雨の、たおやかな自然」、とはいかない激しい雨の日に、今日もなるらしい。

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2020.07.06

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(389)7月6日、月曜日(千回を目指して)

クリストファー・ソーンを、今朝は、はじめからwikiしたい。⚫️クリストファー・ソーン(Christopher G. Thorne, 1934年 - 1992年4月20日)はイギリス歴史学者で、太平洋戦争極東戦争)期の、国際関係史を専門とした。サセックス大学教授、王立歴史学会、英国学士院特別会員[1]英国海軍経て、オックスフォード大学セント・エドマンド校で歴史学を学んだ後、サセックス大学国際関係論の教授となった。戦後も英国海軍に従軍、駆逐艦に乗り組んでいた経験を持つ[1]。いわゆる太平洋戦争を長期的・思想的側面に考えれば、人種間闘争・脱植民地闘争へのプロセスであると指摘した、アジア的視点にも立てる稀有の歴史家である。太平洋戦争を、日米戦争という側面ばかりでなく、戦前の植民地帝国であった英国オランダと日本の抗争という側面に、関心を向けるべきであるとし、『太平洋戦争とは何だったのか』など、アジア史を丹念に研究した学者である。また同様の理由で、「極東」を「極東戦争(Far Eastern War)」という広い視座で呼称することを強調した。1992年癌のため急逝した。⚫️wikiを、私がかなり修正した。が、私にとっては、ソーンは母と同い歳の。貴重なイギリス人学者なのである。その「太平洋戦争とは何だったのか・1941~45年の国家、社会、そして極東戦争」(草思社・2005年)を読んでいるが。若い時に、この本が出ていたら。多分、決して読めなかっただろうし。いくら、日本の肩を持ってもらっても(理論的には正しくとも)、自分たちのような若者、にとっては。自国の罪は許せなかったから。本当に、心から読めなかった思うのであるが。今の78歳の、コロナ環境で読むと、何とも深い話になって。ソーンさんは、本の巻頭言に、カミュの言葉を掲げたから。僕らの、太宰治が自殺する、という日本の罪責を。理論的に溶解できるかどうか。は、今後の僕の、厳しい文学研究になると思う、と。現在のコロナ新社会を、僕でも、生きていいのか。と思ったのである。が、今朝は。昨日の。九州の激しい雨がこちらに来て。いるのに、さらに九州は豪雨となると、ニュースは報じている。とは、驚きであるが。

 

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2020.07.05

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(388)7月5日、日曜日(千回を目指して)

前回書いた、「渡辺福雄」さんが、私の母と同じ時代の人だと知って、彼が中国大陸に兵隊として戦う姿を読みながら。その自叙伝(春草の夢)に。銀座の画廊、ギャラリー惣の佐々木さんが出る。から、「本読み」は怖い。怖い話をしても、青木富貴子さんの「731」には及ばないにしても。東京裁判の日本の弁明も読むと。確かに、僕らの若い時のジャッキーチェンが。僕より一つ年上、とは知らなかったが。僕は、彼が有名になる頃は、明治学院のクリスチャン教養人(単なる本読み)で。ジャッキーチェン(香港人)の苦労など、ほとんど興味がなかった。し、彼が突然死んだということも、当時は興味がなかった。ので、昨夜、NHKで。二十世紀のアジア、の映像を見(ジャッキーも出ている)。100年以上前からアジアで、差別されるアジア人を見て。つくづく、特にインドの。痩せ細った人たちや、中国の働き人や、チャンドラボースや⚫️スバス・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose、ベンガル文字:সুভাষচন্দ্র বসু 12px-Loudspeaker.svg.png 発音[ヘルプ/ファイル]1897年1月23日 - 1945年8月18日)は、インド独立運動家インド国民会議派議長(1938 - 1939年)、自由インド仮政府国家主席兼インド国民軍最高司令官。民族的出自はベンガル人。ネータージー(指導者、नेताजी, Netāji。ネタージ、ネタジ とも)の敬称で呼ばれる。なおベンガル語の発音は、シュバーシュ・チャンドラ・ボーシューが近い。⚫️で、ウィキで彼の若々しい顔を見ていると。彼を保護して匿った、新宿の中村屋さんの、キリスト教的理想主義が。伝わってくるにしても。アジアで。差別されている人たちを解放するのだ、と理想した。我らの先輩の方々の、大東亜共栄圏・構想が。日本の、もっと。はっきりとした政治綱領として、なぜ大々的に堂々と。「日本の書物」として、世界に出なかったのか。単なるスローガンでしか、なかったのか。言葉遊びで終わったのか。あるいは、そう言った大アジア構想を。西洋植民地主義からの脱却や、解放闘争として。思想的結実を、なぜしなかったのか、は。やはり中心になる思想書がないことによる、と。この歳でやっとわかるのである。確かに、思想家大川周明もいたにしても。いかにも、それは単なる秀才として。大日本帝国構想や日本史、までは行くにしても。または、あるにしても。アジア解放思想の。基本的な情報収集や、現状分析、や。という地味な情報の集積がほとんどない。無い物ねだりの、僕ら戦後教養人の、本読みの頭を。整理できないまま。それが、原爆の爆風で吹き飛ばされるだけのことで終わってしまい。思想の、極東東京裁判にならず。同胞責任者達を結局刑死させてしまった日本人大衆の。責任もある、のだと今さら気づいても。遅い。のであるが。これからのコロナ新社会を、さらに進めていく時の、若い方々の。思想の練り上げ方に。一層の期待をして。僕も。それをやらねばならないと、思いつつ。僕にそんなことが、できませんよという老人の自分も。見出すから。僕は、不甲斐ない年寄りだと、思う朝と、なったのだと、思っているが。これで、はいけないと思いつつ。今日は素晴らしいメールを久しぶりに、いただいたので。この上ない元気をいただき。感謝この上もなきこととして、さらに元気を出して。ネットで絵を売る準備も、着々「WIX」で、出来上がりつつあって。希望の持てるいい朝である。と思っているのである。

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2020.07.04

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(387)7月4日、土曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」日本の闇、に張り付いて、いつまで彷徨っていても。仕方がないので、僕の意識は。やっと、「東京裁判・幻の弁護側資料・却下された日本の弁明」(小堀桂一郎編・ちくま学芸文庫・2011年)と、「春草の夢・激動の世紀を生きて」(渡辺福雄著・日建開発株式会社刊行・1999年発行)の二冊を。勉強してみたいと、思うようになった。この二冊、偶然揃ったもので。意識したものではない。前書は、かなり前から持っている。が、後書はごく最近で、信じられない本当の偶然から持つことになった本、である。しかし、以前から必要で、「渡辺福雄」を研究していた。資料もそれなりに揃え、ていたが。先日。その「渡辺福雄」に、自叙伝があるということが、ネットでわかった。それまで、渡辺には自伝がないので、やれ嬉しや。と、何も考えないで、古書ネットで買ったのが、最近である。しかし、手元に届いたものを見ると、似てもにつかぬ別人のもの。それも何とも嫌な、「渡辺」という人の「成功物語」なのである。頭にカットきて、一時。捨てたのであるが。妙に引かれるものがあり、ゴミ箱から再び取り出し、本箱に納めていた。それを、今朝。ざっと目を通した、ところ。前書と後書が、きっちり繋がり。これは運命であると、本当に思ったのである。そこに、書かれている漢詩(中国の詩)は、僕が。明治学院の高校の頃。恩師伊藤虎丸先生(魯迅の研究者)から教わり。今も頭にあるもの。で、それを書いて、今日は終わりたい。少年老い易く、学なりがたし。一寸の光陰、軽んずべからず。いまだ覚めず、池塘(ちとう・ワープロにあるとは、驚きであるが)春草の、夢。階前の梧葉(ごよう)、已(すで)に、秋声。(くとうてん、ひらがなふり、は全て筆者が勝手に行った)。今朝も曇り、はや七月。本来なら、江ノ島が呼んでいる。とき。誤解されては困るので言い添えると。渡辺さんの自叙伝を、漢詩が懐かしくて手元に残したのではない。深く、重い闇と通じる、日本近現代史の問題で。要するに日本人の、「帰る場所」である、と思ったからである。

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2020.07.03

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(386)7月3日、金曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」(満洲に実際にあった関東軍の部隊)日本の闇、には。永遠に墓標がついてまわる。らしい。昨日も、ハットリ(服部)ハウス(白金)の部分を読んでいた。書きたいことはいくらでもあるが、やめたくなる。がただ、そこは占領軍の。東京裁判の検事たちの宿泊所なのである。で、さらに書く読む。と引き込まれる。そこに、検事逹の年齢が、時々出てくる。ハッとして、ガックリする。なぜなら、みんな今の僕より、遥かに若い。彼らが、東條英機を判断したのである。当時の検事を、若い人だと思ったことがない。盛んに研究した、僕の若い、昔の印象と。全く異質な、今の僕の年齢が感じる印象は。隔絶の、78歳で読む、極東裁判は闇だらけとは。今の僕が若い、と感じる検事たちが。ほんのわずか生き残り。青木さんのインタビューを受ける。青子さんは、今もご健在で、ニューヨークに住んでおられるようだ。その彼女が、日本の闇を、突き詰めていく。執筆時、生き残っているわずかばかりの人に。貴重なインタビユーを行う。その生き残った人は、大体八十を過ぎていて、はっと思う。僕も、もうすぐ、八十を越えてしまうわけだ。それが、こんなことを書いていて、いいのか。青木さんは僕より、5歳ぐらい下の人で。妻と一緒の、秀才の団塊の世代である。いったい僕は、何をしたいのか。日本の深い闇とは、要するに。人間の闇で、日本ばかりの闇ではない。細菌戦は、日本の極東裁判で隠蔽された、日本の主要な武器の一つ。戦艦大和と同じ、最大兵器の一つなのである。それが、戦争で実践に使われ。て、それなのに裁判で。正式には問われない場面は、闇の闇の。さらに闇で。どうして裁判で問題にされなかったのか。それが、裁判に事実として出るようで、出ない、出せない。出さない、事実を。青木富貴子さんは書き続ける。日本の細菌戦が。世の中の。明るみ出されなかったのは。なぜか。それで人間自体が、恥ずかしくなる、のは。アメリカ(占領軍・GHQ)が、その生体事件の情報を独占したくて、闇取引をしたのである。司法取引の免責、という現象である。これが今も、近代日本史にデンと横たわり、今のコロナのありようさえ曖昧にする。歴史の闇なのである。日本の感染症対策は、その深い闇の流れを汲んでいる。青木さんの追求は、明治学院のそばの。あまりにもそばの僕もよく知る。三光坂、の闇なのである。どうも、読んでいて。辛すぎて、今朝は曇り、であるな。と思うのであるが。

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下の本の著者、武藤富男さんは、僕の明治学院大学時代の学長です。元満洲国高級官僚でもあります。

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2020.07.02

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(385)7月2日、木曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」の闇、は脱出できない人間の闇、である。永遠に墓標がついてまわる、日本人の人間の闇、である。原爆が、アメリカ人の拭えない闇、であると同じものだ。ドイツ人の消えない闇は、ボルタンスキーの闇で(ホロコースト・アウシュヴィッツ)、芸術になっている。芸術として最高に優れ。目黒白金の、都立庭園美術館で表現された作品。は、空間と言う存在の、闇、なのである。ウィキ⚫️クリスチャン・ボルタンスキー(仏: Christian Boltanski, 1944年9月21日 - )は、フランスの彫刻家写真家画家映画監督、現代アーティスト。兄は社会学者のリュック・ボルタンスキー、パートナーは同じく現代アーティストのアネット・メサジェである。制作活動の初期から、個人の記憶や存在、不在を作品の主なテーマとしている。⚫️その白金を。青木富貴子が「闇」を書くために、ある家を探す場面で。昨日は終わった(301ページ・「第八章、ハットリハウスの検察官たち」)。も、僕がよく知る場所で、明治学院のソバなのである。ボルタンスキーを教えてくれたのは、現代の画家、筒井友美である。作家は今。コロナの闇を生き抜いている。誰も、先のことが分からず。ただ空間の「帰る場所」が、「ある」だけで。そこが何を意味するのかは、今のところ誰にも。わからない。ギリシャでビーナスが生まれた遥か昔。芸術家は、人類の闇を。計測できるわけがない。あのような理想の人体は、一体どこから生まれたのか。ツタンカーメンならわかりやすい。永遠の生命を。無理に作り出したような。オール金ばりの墓マスクは、精緻な醜い造形である。あれが。人類の本当の欲望文明の発祥、表現では、ないか。中国の。あの、古代大帝国の人形群に。関東軍731細菌工場の、マルタ(生体解剖人間)、群の亡霊が、重なり。我々は、一体なんであるか。なんで

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なければならない か。と、哲学させる、ので。やっと。宗教ではなく、哲学に至ったときの本は。「存在の根拠を精神に求める唯心論と、それを自然に見出す唯物論との対立の歴史は古い」と、岩波文庫。「唯心論と唯物論」(フォイエルバッハ著・船山信一訳・第36版・2014年)の。表紙に書かれた解説の言葉は素晴らしい。だからこそ僕らの闇は、深い。フォイエルバッハがそれを書いた時は、なんと1866年、慶應2年だ。その2年後が、明治維新。で、フォイエルは68歳で死に。その「訳者はしがき」の8ページ。に、神明正道が出て。この人が、僕の。明治学院大学時代の社会学科の看板教授なので。人生は闇だね。今朝は開けたのであるが。「服部ハウス」とは。服部時計店の創業者の豪邸で、当時GHQに接収され。東京極東戦犯裁判の検事宿泊所、になっていたところ。伝染病研究所(僕らが明治学院の学生が、伝研と読んでいたところ)、と目と鼻の先だとは、いろいろ。闇だな。下はボルタンスキーの作品。ネットから転載した。

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2020.07.01

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(384)7月1日、水曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」の闇、を脱出することはありがたいことである。青木さんの本で、人間の闇は深いなどと、言ってみたところで、なんの役にも立たない。コロナ禍、と言う言葉があるが、それと同じだ。つまり感染症なのである。それを卑怯にも、大々的に使った日本の軍部は。要するに頭でっかちの、非理性派である。闇とは、病み、であって。本当の闇は、人間そのもにあると、気づいた。そうなると、私のような宗教派では、歯が立たない。宗教で闇は。とっくの昔に解決されている。しかし、それでは話は進まない。から、ここのテーマ、永遠問題を追求するには、やはり「哲学」しか、ないと思った。私は、明治学院で勉強したので、その点は、抜かりなく勉強していても。結局、宗教に偏って。はや、60年以上は経過する。その間、哲学は。ポツポツ勉強したが、大したことはしていない。とはいえ、宗教と哲学は一体で。昨日、珍しくウィキで。カントの「純粋理性批判」解説、を一式読んでみた。なるほど。細菌部隊の問題は。世界各国に、実態が存在しているが如く(青木本によって知る)。それは「理性」と言う問題に、帰結してくると、捉えた。そこで。一体人間には。理性が、どのように存在し、あるいは存在しないのか。それはアプリオリのものか、人間と名がつけば皆、持っているのか、持っていないのか。など。と考えて。そうそう結論も出ず。やっと、少し落ちついて。家でコーヒーを入れ。じっくり読みかかったのが、「唯心論と唯物論」(フォイエルバッハ・船山信一訳・1955年初版、2014年第36刷・岩波文庫)で。ここまで来れば、さして急ぐ話でもなく。やっと、落ち着いて。「人間の闇記録・731細菌部隊」を青木さんで読みつつ、画家ロスコのホロコースト哲学も読み、哲学者フォイエルバッハも読んで、さらに当然ジョン・ヒックさんを中心に据えて。落ち着いて。このコロナ騒ぎを、家で過ごす、こととした。で、私の哲学の師と思われる人が、わかったので。ここに転載しておきたい。なんと言っても若い時の、わずかな記憶であるから、心許ないが。⚫️羽田新さん、1929年(昭和4年)福島県に生まれる。1952年東北大学文学部哲学科社会学専攻卒業。1957年東北大学大学院(旧制、社会学専攻)在学期間満了により退学。1957年福島県立会津短期大学専任講師、助教授。1966年日本大学文理学部社会学科助教授。1970年明治学院大学社会学部社会学科教授。1998年明治学院大学定年退職、名誉教授。1999年弘前学院大学社会福祉学部社会福祉学科教授、現在に至る ⚫️私が二十歳の頃。明治学院大学で講義を受けた哲学で、カントの「純粋理性批判」を、教えてくださった羽田さんは、かなり歳をとっていたと印象するから。この羽田さんの、明治学院大学における先輩なのではないか、とも思う。のであるが、今のところ確実ではない。この方の経歴を読むと。哲学と、文学が微妙に絡んでいる学科だと、知るが。風の強い、朝で、あるな。

 

 

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2020.06.30

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(383)6月30日、火曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」は。また一段と、辛いことに、なった。それが、豊島区椎名町駅近くで終戦直後。昭和23年に。起こった、凄惨な事件へと繋がる、らしく見えるからである。それを書いた松本清張の小説。「小説帝銀事件」は名著で、今でも売っている本である。昭和35年出版の、私が持っている本は、今は。角川書店の文庫になっている。事件はもちろんウィキにあるので、少しコピーをとっておきたい。⚫️帝銀事件とは、1948年(昭和23年)1月26日東京都豊島区長崎帝国銀行(後の三井銀行。現在の三井住友銀行)椎名町支店(1950年に統合閉鎖され現存しない)で発生した毒物殺人事件。太平洋戦争後の混乱期GHQの占領下で起きた事件であり、未だに多くの謎が解明されていない。⚫️十六人が毒物を飲まされ、十二人がなくなった、事件。犯人は有名な画家とされ、最高裁でも死刑。だが、不思議なことに、その執行は、実行されなかった。平沢死刑囚は病死、して。それが原因で、今も、731細菌部隊と繋がっている、とされる闇が、存在する。当時の、警視庁の捜査が。GHQ(日本占領軍)の意向で、ねじ曲げられた、と推定されるとする説が、今も燻る。初め。石井四郎731部隊の関係者が、犯人であると目星をつけた警視庁は、それを確信として。そこに捜査本道に据え、捜査は進んで行く。ところがある日。あっけなく一瞬で。傍流方針、であった平沢説にシフト。と言う、もの。そこに、731部隊の責任者。である、石井四郎が帰国後も。大切に持っていた、超貴重な。満洲細菌部隊の研究成果の情報と、免責交換されたと、推定される事件。と言う推定が成り立ちうる状況は。事件当時は、子供の頃で。その後も、日本人の興味を引きずり、犯人が画家ともなれば。青年期の私の興味も尽きず。今も、事件が起こった近くで、寺カフェコーヒーを飲みながら。「日本の戦争」を考えて。やっと私も、今次の。世界大戦のドイツ、イタリア、日本の陣営と、アメリカ、イギリス、フランスの陣営に横たわる。キリスト教的な、また日本文化的(アジア的)な、戦争的かつ宗教的バランス感覚も。やっと、アンバランスでなくなり。この頃、あの戦争を少しは。冷静に考えることができるようになったと。昨日の、382回で書いた。が。昨日も、731と清張氏を併読し。イギリス人の宗教哲学者、ジョン・ヒックさんの自伝も読んで。なんとか、今朝の書きに漕ぎ着けて。類似の。現在進行形である、世界の。コロナ社会の感染症はまだまだ。先の長い話に違いないと、思いながら。それと並走する形で、一段とファイトを持って探究。して見る気持ちが、している朝となった。が、梅雨はまだ明けない。下にある二枚の写真は、Wikipediaの写真です。あまり貼り付ける気持ちは起こりませんが、深刻度の補強で、止むを得ず掲載します。

 

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2020.06.29

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(382)6月29日、月曜日(千回を目指して)

青木富貴子氏の「731」を、読み続け。さらに一層辛いことに、なった。終戦間際にソ連が参戦する。すでに関東軍主力部隊は南方に大半が行き、満洲は手薄。のところに、すかさず、ソビエトは雪崩れ込んで来る。兵力150万、戦車5000(164ページ)で。なんとも抵抗はできないことが見透かされている。今更。反撃もできず。若き参謀瀬島龍三、が172ページに出て。戦後の瀬島のもとで、会社(伊藤忠商事社長)で、秘書をやったことのある人。を、よく知っているので。びっくりする、まさかの細菌戦である。ともかくそれでも、なんとかその細菌戦で反撃したいらしく。いろいろ工夫をするが、ときすでに遅し。で、戦争最盛期以前の、ノモンハン事件あたりからすでに。卑怯な「細菌バラマキ戦」を堂々と実戦、したらしいから。その大規模で巨大な10年ほど続いた、満州の細菌工場を速やかに破壊し。その痕跡を地上から抹殺し、戦争に。そのような卑怯な、汚い手段を使っていた関東軍の事実を、消すために。急遽徹底的に慌ただしく。その跡を、消すように指示、が出される場面は。まるで、子供の遊びに過ぎない。ともあれ、卑怯な日本の細菌戦と、ナチの強制収容所とアメリカの原爆とが。これで、私の中でバランスが取れ。第二次世界大戦の構造が。西高東低でなく。ドイツイタリヤ日本対、アメリカイギリスフランスとの並行的戦争。として思考上。バランスよく混ざり合い。78歳になってやっと。日本の戦争の歴史として。「1941年」、生まれの自分の。人生を振り返って。再びこんな世界に復活するなど。まっぴらごめん、こうむりたいと(輪廻転生思想)、思う朝になったのは。細菌工場で、医学検体としての人間の切りとった生の部品を、ぶら下げて。などという、記述を読んで。ナチの凄惨を、「夜と霧」(フランクル著)を読んで、ショックを受けた若い時以来。ヒトラー戦争に重点を置きすぎた自分の、クリスチャン生活が。やっと、日本の隠蔽された同質の罪性、を知るに及び。もはや言うことも、書くこともなくなったと、思いながら。一方で、本当に。直線的理解の(非輪廻的)永遠の生命、を探求する自分。を、励ましつつ。今朝の。「コロナ社会」の新生活、だと言われる鬱陶しさのなかで、朝の。この書きの今日は適度な温度で。晴れている朝、なのだと気づくので、ある。

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2020.06.28

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(381)6月28日、日曜日(千回を目指して)

Wikipediaの「731部隊」を、プリンターで全部打ち出して、読む。のは、いたって辛いことである。し、辛すぎて読めないのであるが、無理をして読んで。嫌悪感を感じ。やめて、これ以上読めないのに読んでいて。今では誰にでも簡単に読めるのだから。辛くてもさらに読んでと、これぐらいにして今朝は書かないことにして。日本特有の雨の音を聞いて。なぜこん優しい雨の音のある民族が、なぜあんなに酷い民族になれるのか。わからないで。私もその一人であると、認識し直して。読まないわけにもいかず。読んでみようと、思っている。が、私には聖書があるから、聖書を。ジョン・ヒックさん(宗教多元主義の実践と創造・ジョン・ヒック自伝)で、神学し。私たち全ての人間救済(死者にも生者にも渡る)を読んで、理解して、信仰を進めたいものだ、神を信じていたいものだ、と思い。現代の、人間の意識に沿った、神学を学びたいと、雨の音を聞いているが、これまでとする。

 

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2020.06.27

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(380)6月27日、土曜日(千回を目指して)

青木富貴子・新潮文庫・平成20年「731」を読んでいる。Wikiの「731」を、全部打ち出して、A4で39枚。そろそろ、インクがなくなります、とキャノンip100がサインを出した。それほど、すごい情報量で。しかし、結局僕のような戦後の青年は。いい加減んな情報しかわからないまま、今にいたっていた、ということがわかった。だけ、で。深い理解など、まだまだ遠い話なのである。第一に、その悲惨の様は理解できても、その意味は理解できるものではない。多分、731を書いている青木さんも、Wikiの作者たちも(記録者名がない百科事典)、全然。理解できないと思う。で、突然僕も(そして、ここから「私」、と一人称を変えることにし)、私は。いくらキリスト教が優れていても、イエスが神であっても、今までの人間救済の私の宗教理解では。到底追いつかないので。哲学的理解をするしか。これを理解する方法がない、と思い。ここの、永遠の生命探究も、まだ千回に及ぶものではないが。「永遠」も哲学する、ことができるとして。また、731事件がとても、私の今の、神理解の状況では、神にどう祈ったら良いかもわからず。私の宗教心で、は理解不能な状況で。哲学する、しか方法がなくなり、ついに。明治学院大学の学生の頃、カントの「純粋理性批判」のごく触り、の部分は勉強したので。それを教えてくれた羽田教授が、自殺した、と後で聞いて。その理由も、知らず。彼の姓名も、全部はっきり覚えていないし。まして、彼が、どのような人だった。と、なると。全く不明であるが、ただ。彼が。異常に背が低く。彼は何か、身体的なことで。それを、実行したのかなとも、思った程度で。確か、本箱にあった。カントを探したが、今のところ見当たらない、ので。改めて、岩波文庫を買って。などと、考えたのは。結局、731事件の、満州における秘密基地は膨大で、飛行場もあり。責任者の石井四郎は、東京とハルピン間を、飛行機で往復し。ながら、責任者として責任を果たし。ノモンハン事件では、細菌を。ソ連側の軍隊の、飲料水を供給をする河に大量に流し込んで。と、細菌戦の実践として。ノモンハンの、いくら読んでもよくわからなかった、勝敗の趨勢を。それで、説明すれば、なんとなくわかる、という事実が昨日あって。ノモンハンで実戦し、私が、実社会でお会いした人々の。顔を。思い浮かべる、ことができるノモンハン事件の。その、時代の秘密を。やっとこの歳になって、理解できたので。いよいよ、これでは。キリスト教の、聖書的救済だけで。人間社会の近現代的罪的悲惨は説明できない、とわかり。私は。さらに、ジョン・ヒック(「ジョンヒック自伝」・トランスビュー2006年刊行)に、戻って。「人は宗教を変えることがあっても、哲学を変えることはめったにない」190ページに、納得し。画家ロスコの哲学にも、至りながら。さらに、絵画の無言の価値にも、至り。やっと。「731」の消しがたい日本人の、大きな恥辱と向き合うことが、できると。思うコロナの朝となった。とは、驚きである。が。

 

 

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以下はロスコの作品です

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フォション倒産、とは絵画愛好家にとっては悲しい。

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2020.06.26

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(379)6月26日、金曜日(千回を目指して)

青木富貴子・新潮文庫・平成20年、を読んでいる。内容は731、のことで。近代随筆家の元祖はモンテーニューで。十六世紀の人。彼は、天井に旧約聖書の「伝道の書」の、気に入った文章を十二箇所ほど腹に蓄えるため。天井に書いて貼り付け、いつも読んでいた。と、昔の新聞で読んだことがある。それは1996年で、平成8年。日経新聞朝刊の、「春秋」というコーナーに書かれていた。僕は、その記事を大切にして。今も持っているが、それがまさに、僕の人生観の基礎になっている「伝道の書」なのだと、改めて知るのである。伝道の書は、旧約聖書だから。イエスの生まれる前の書物で、人間の虚しさが語られている。「空の空。伝道者は言う。空の空。全ては空」から始まる。この空と言う意識は、なんとも素敵であるが。もちろん、日本思想の基礎にも、これがあると思う。が、深すぎて、ここで書けるほど、今のところ僕に知識はない。731を読んで、ひどく落ち込んでみると。この「空」、だけが救いであると、思える。のは。全てを「空」に戻さないと。人間罪の深さが、到底削ぎ落とせないと、思うからである。731の読みは、やっと。133ページまで至ったが、全体は534ページで。まだまだ先がある、と思うと。なんとも、気の重いことになっている。青木さん自身を調べてみると、なんと団塊の世代で。僕より年下で、僕のお嫁さんと同じ年代で。僕は、本当に。ほとほと、すごい人だと思いながら。さらに調べてみると。例の、青木書店、創業者の次女の方だとWikiに出る。青木書店は、神田神保町の書店で、有名な資本論一式を出版した書店で。資本論の第一巻を、その書店で買って読んで。一発で、はねつけられて。その後、何度か挑戦したが、数ページで、それ以上読めず。いつしか、たった一冊で古書店に戻ってもらった、経緯が僕にはある。が、要するに、唯物論経済思想の世界の名著で。これほど読めなかった本も珍しい。ただそれゆえに、マルクスがすごい人であると、思ったのは。資本論を買うときに観た、青木書店の棚にびっしり並んだ資本論は壮観であった、と言う感想が、今でも脳裏に残っている。聖書に対抗した、資本論は。膨大な影響を、世界の思想世界に与えた、と言うことぐらいは。僕にでもわかる。が、そのお嬢さんが、僕の女房と同じ団塊の世代だと思うと。僕は。この頃、自分の奥さんを、自分の兄貴のように思いながら。歳をとった、雄の狼の狡智とも誤解される、考えで。今さら何よ、と、思われても。やはり、青木富貴子さんのような、素晴らしい書き手を生み出した、団塊の世代が。一斉に本当の老人となり。日本の人口問題にストレスとなると、言われ始めていると。僕は。戦後すぐの。世界の情勢の中に。悲劇の「731細菌部隊」を、戦後に正確に伝えた青木富貴子さんを、尊敬して。今日も読み。人間論の深み、に足を突っ込みながら、伝道の書の。空論を信じ、イエスの救済を導き出す、旧約聖書の神の救済論を。イエスの受肉(神としての)という難しい問題を、今日も考えてみたいのであるが。同時に、「空」思想の東洋的、日本的深さも味わって。ぼつぼつ鎌倉散歩も可能なのではないか、と期待もしているのである。が、如何であるか、とも思うのである。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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 筒井友美ホームページ https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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僕の銀座画廊の設営をしている佐々木夫妻

 

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2020.06.25

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(378)6月25日、木曜日(千回を目指して)

731・石井四郎と細菌部隊の闇を暴く・青木富貴子・新潮文庫・平成20年、を読み、志賀直哉研究もしてもいる、と。志賀の随筆も読み、小説「暗夜行路」も初めてしまったが。その暗夜行路の書きは複雑で、かなり厄介な小説であると、分かるようになった。若い時も、ちろん研究していたが、なんだか本当に暗いものがあって、と、読み終わってそうは思ったが。それ以外、よく覚えていない。ところが今読むと、事情も調べながらであるし、ウィキもあるから。さほど苦労なく志賀の全体像は、早々に粗方、理解しながら読める。志賀には、内村鑑三を書いた部分が、随筆にはあって。嬉しくなって、読んでいると、本当の内村に、出会っている錯覚が起こるほどだ。彼は、10年も、満たない付き合いで。内村のもとを去るとなっている。今は、そのどれも読み切っていない。これからであるが、読み切る気持ちも、実はないのであるが。それが僕の。今の、読書法である。が。青木富貴子さんの、「731」だけは、読み切る覚悟はできている。で、読んでいると、これは小説であってほしい、と思うほど。小説的で。実話であるらしいが。実にうまい、書き方である。志賀は、小説の神様だと言われるが。私小説ギリギリ、のところがあるからであろう。それが志賀の、時代感覚だと思える。僕の先輩の島崎藤村(先輩だと思っている)は、私小説だからこそ。江戸期の日本人の。差別的な感情が色濃く残っていて、本当の耽美的なやや崩れた文体に。ギリギリの、精神状態を経験する、今の近代人の。苦しい現実は。あまり写されないで。むしろ、昔の。日本人の。差別的ないいとこどりの、なーなーの甘さが感じられて。近現代の人間論としては物足りない、と思える。だから本当に甘いところがあるが、その甘さが。キリスト教的な甘さに通じていると、僕などは思っていたが。僕は明治学院に通ったのが10年間で。中学の時から「でんけん」と読ばれていた、伝染病研究所のそばを通って、学校から目黒に歩いていた時期があって。その伝研、「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」に、出るから。僕は、本当にショックで。それが、アメリカのロックフェラー財団の、当時は世界最大の細菌研究所とも繋がるあたりで。ため息が出て。これは、新型コロナの、深さが。決して古い話ではなく。今も綿々と地下で。継続している世界細菌戦の、本当の姿なのかと、思うと。人間と戦争と頭脳の。戦いのコロナとが、どこかでつながっていると思ってしまい。中国の武漢細菌研究所から漏れた、とも言われるウィルスの。中国の悲劇は。ハルピンの荒野にあった、石井の。秘密細菌工場が。日本の敗戦後。中国共産党に引き継がれている、のかな。などと考えていると。人間の高度な頭脳と、愚かな存在の。これ以上は言えない朝であると、書く。自分の今朝は、雨の音に消える。朝となりにけるかな。であるが。で、絵画が救いなのであるが。いつもこの行の次にある、画家筒井友美の絵画を推奨している、のであるが。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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青木富貴子さんを、もう一冊紹介しておきたい。

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2020.06.24

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(377)6月24日、水曜日(千回を目指して)

731・石井四郎と細菌戦部隊(731・石井四郎と細菌部隊の闇を暴く・青木富貴子・新潮文庫・平成20年)を読んでいて、人間存在の意味を考えている。僕の若い時の、戦後の時代は。などと書いても、あまり意味はないが。永田鉄山という殺された人の戦争論旨は、ヒトラーの著書よりも、一層リアリティがあり。人間の戦争、を。現代の今に、描いて見せるものの。確かに、説明は戦争論として秀逸で。戦争宿命論であり、その戦争非回避思想の戦争論として、いたって合理的である、と思う。しかし本質的には、彼も大日本帝国の優秀な軍人で、その人間闘争宿命論であり。それは資源をめぐる争奪戦である。と、書かれている。のは、合理的説明として、その戦争が。さらなる戦争を呼ぶことになる、とも書きながら。第一次世界大戦総括の論旨は見事なもので。いわば、テクノロジーが、現代の社会に。我々の身辺にある時代の初め、のような時代の戦争論であるが(飛行機、石油などの)。第一次世界大戦は、その基礎を据えたような時代であったのだ、とわかる。自動車と石油が、現代社会の主役となる時代の。人類の利便性の基礎に。まだコンピューターは登場していない、ものの。第二次世界大戦が、それを促進することになる。歴史として、それが。妙に、今も不気味で。巨大な、どこかに隠蔽された破壊兵器や、細菌兵器の。もっとも深奥の、近現代初期の軍事機密の知識を読んでいても。人間存在の闘争を、非闘争史に転換、できる日は。来るのか。と、僕が、自分に問う日となった、昨日の雨は。第一次世界大戦のドイツの敗戦を冷静に見つめる。大日本帝国と言った時代の、軍人永田鉄山の。時代を見つめる冷徹な目は。確かだったのだと、知ったが。本は、「永田鉄山・軍事戦略論集」(河田稔編集解説・2017年・講談社選書メチエ)であるが。僕らの時代が散々読んだ。戦争の実態を、一人の。殺された軍人の冷徹な目が。人類史を俯瞰して。説明する、資源争奪論としての、人間戦争論は悲しい。と、言えるだろう。が。明治維新以来、世界の資源戦争に巻き込まれる、近代日本の悲劇は。今も、まだまだ続くのであろう。と、思いながら。辛い雨の一日になってしまったが。結構しっかりと読んで。聖書の受肉した神である、イエス。の言葉の。意味を噛みしめつつ。人間存在の率直な嬉しさを、いささかでも表現する。単純な絵画の美しさが。これほど美しいものであるか。を、感じつつ。僕の友人の画家の、その一枚を壁にかけて、また掛け直して。優れた美、を味わう自分の。存在は。雨模様の、朝であると気づくのであるが。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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初めに・筒井友美氏の作品をご紹介します。

    

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近々、この祖父ネットで、私の絵画を販売する予定です。お楽しみに。

 

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軽井沢80号の、製作過程の一部です。

 

 

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絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

 

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2020.06.23

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(376)6月23日、火曜日(千回を目指して)

現代コロナと接触しつつ、昔の感染症の。細菌戦争を読んでいる。「731・石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く」(青木富貴子・新潮文庫・平成20年初版)である。厄介な書物で、今のコロナに通じていくるが、僕の若いときに。この問題を、僕より若い青木さんが暴露、したものだ。第二次戦の日本の戦争物語、である。この関連本は、かなり戦後出ている。が、ほとんど揣摩憶測(しま・おくそく)の域を出ないものばかりだった。が、若い僕は結構読んで。何か、僕ら日本人の。戦争の、ほとんど最深部にある。知られてはいけない。表面に出てくれては困る。消したくなるような、戦争史の中に、ちゃんとある事実を。が、だんだんと表面化してきて、日本人の戦争の、多少はあるに違いない尊い意味すら。根底から根こそぎ削ぎ落とすような、戦争事件を書いたものである、というような。意識があった。今は、コロナ退避の結局は自粛、というより恐怖萎縮新生活が身について。正常時と、懐かしくなるほんのちょと前の。絵画論の、アンデンドゥコーヒーの。楽しい時間は、もはやない時代の。遡れる連続性の中で、読んでいた昔のものを。新たに昨日。池袋のジュンク堂で買って。読んでいるのである。読む人によって、この本は。かなり違った感想を紡ぎだす、と思う。感想は複雑で、あると予想できる。この戦中の。日本軍、特に中国侵略の、もっともデリケートな部分に触れた。この作戦の、隠された戦争は。凄惨である。それは、千葉のある場所から語られていく。が、引き込まれた。し、自分が知らないことばかりで、僕は。戦争もの、をずいぶん読んだが、これで。僕の底の浅さが、暴露された。と、自分ながら思ったのである。今、改めて石井四郎に、興味を持ったのはいろいろあるが。多分、コロナ感染症意識が、呼び覚ましたものであろう。ウィキで、志賀直哉の「暗夜行路」という、今にぴったりのタイトルを持つ、小説を調べていて。どれも、キリスト教に引っかかるので。そのあたりをネットで、追っているうちに、僕の情報意識に引っ掛かった。石井も、志賀も。深くキリスト教と関わるが。石井の関わりは戦後彼が。日本に帰り、カトリックや禅宗に興味を持ち。勉強したらしい痕跡から、青木富貴子さんの本に、至ったのである。ネットで調べれば今のことで、誰にでも分かり。これ以上は書かない。朝となった。深い人間の闇を。単なる、一人の石井四郎に押し付けて。人間全体を不問に付す、わけにはいかないであろう。僕らは人類として、まだまだ深く考えねばならないことが、山ほどある。し、これからも山も、谷も深いと意識し直して。今日も、曇りの朝である、な。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.22

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(375)6月22日、月曜日(千回を目指して)

「二千年前の、聖書」を読みながら、今のコロナの「非社会化促進現象」と接触しつつ、それが、もはや昔の、人間関係をぶった切り、新たな地平を構築する、かもしれない。リアリティーになり、本当になってきた、と思うものの。銀座渋谷新宿、池袋。の、繁華街の賑わいは結局、解除後の。単なる一時的なもの、で。過去に経験したこともない無観客のスポーツや、激減して無接触で、しかないライブは。ライブとは言わない。死の空間に過ぎないと、気づく。いわば棺桶喫茶だの、墓場音楽界、などであって。絶対に、接触しないでいる、ことのできる絵画観賞も。隣に人が遠いので、息遣いのない無観客に近い映画状況だから、昔から僕は経験ずみで。何度も、自分の絵を。無観客の。広い部屋で、孤独に。自分の絵を、自分だけで見ていたから(国立新美術館・示現会)、何も驚いてはいない。教会すら、ずいぶん長い間。僕も何十年もお世話になったが。大体教会人というものは、流動的で。その教会に10年と。止まる人は、実は稀なのである。という経験をしている。まして、教会青年会の、真面目な月一会合も。はじめは元気であるが、そのうちに人がこないし。僕だけが、広い教会の椅子で、お持ちしている。僕の青年会会長の時は、しょっちゅうだったから。一週一度の、正式行事である教会祈祷会すら。牧師の山永先生は、フェイリス女学院の院長で忙しいのに、決して欠席をせず。まして風邪などをひいて欠席もできないのは。牧師を代行できる人材に、教会はお金を払うだけの財政基盤を持っていないのである。と、今頃この歳でわかるのであるが。コロナ解放をして解除宣言をし、はじめは「やれ嬉しや」と、なっても。しばらくすれば、怖くなって。繁華街には出かけないのだから、元の木阿弥(非常事態宣言の時の)に、戻るのは目に見えている。だから経済指標も、一時的カンフル的で(十万円はいまだこない)。平常時(非コロナ時の懐かしい時代)のイメージに。回復するという、株式投資的甘さの期待イメージで。社会学的に言えば、社会はもはや。一瞬にして慣習化、した世界的コロナ生活が、習慣固定したのだから(死の恐怖ゆえに)。結局、世界飛行運行の、原価としての経済的限度以下の。搭乗率しか確保できないのは恐怖現象から言って、合理的である。もはや、新たな人間関係論であり、過去はケーススタディーにしか過ぎず、いかなる時代かは。今のところ、びょうびょうと吹く風の、広野の人間関係の孤独だけが。無人の高原に吹く経済社会活動として、今のところの科学の限界と。社会生活の五割の無必要、を五割に正常化する。いいきっかけになると、書くと。老人的で、青年的でない僕の書きが、当たらないように。祈りはするが。で、祖父ネットタイトルの、曜日を間違えているとは、情けないことで。今、修正をしておいた。今朝の空は、曇りで、少し寒くさえある。そこにこそ、暖かい血を持つ人間の、ひそやかな希望を見出しながら。青年よ大志を抱け。とは、明治維新の時の北海道の叫び。として、内村鑑三を読む日、となる。と、思いながら。

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銀座ギャラリー惣、僕の個展飾り付け場面

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2020.06.21

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(374)6月21日、日曜日(千回を目指して)

昨日読んでいた数冊の本の主題、1961年は。古くないと勝手に思うのは。二千年前の聖書を読むからである。神を信じる時、それは僕に取っては「1960年」であるが。人類たる人間が、イエスという基督(救い主)を信じてから既に、二千年が経過している。仏教の救済はもっと古い。という自信が仏教にはある。と、思う。そこで、聖書を。逐語的に理解する、一番肝心な部分。イエス生誕の部分を。逐語的解釈で、改めて少し実行してみたい。逐語法を、乱用するわけにはいかない。ので、新約聖書冒頭にある誕生部分、だけを逐語すると。つくづくやはり、ギリシャ語でそれをやらないと、なんとなく不安になるというのも。大体の人が経験する、聖書研究の実感だと思える。のは、その逐語理解では、単なる原理主義に陥りやすいからであろう。それを、ジョン・ヒック氏が研究しているとき、原理主義を排除して。とうとう、「神は多くの名前を持つ」という、神学に達し。一神教であるキリスト教の、多神教的普遍を。キリスト教が世界的に乗り越えた、と思ったとき。僕のような、キリスト教的には辺境で、東洋人の。マタイ伝の逐語的解釈を。イエスの誕生事情という。マタイ伝の一章目の。単純な、話だけで研究をするのだから、世も末であると言えるだろう。言いたいことは一つ。イエスは。「受肉」した「神」である、という厄介な問題から出発している。聖書はそれを。「この子は、自分の、民を、罪から、救う」という夫ヨセフに、夢の中の天使の言葉として、書いているのが聖書であるが。句読点は、僕が勝手につけたもので。英語では「he 、will save、 his、 people 」であるが(マタイによる福音書一章二十一節)。英語の、heという主語は、イエスのことで彼。即ち、受肉する、時間的神(神に、本来時間はない)のことである。で、僕が逐語的に、注目したのは。次に。his すなわち「彼の民」という、言葉である。「彼の、民」つまり、それは。普遍ではなく救いを信じた、人の、救い(結果としての選民主義)。に、過ぎないのではないか。という、厄介な神学に達してしまった、朝となった。英語はギリシャ語に近い、と聞いたことがあるが。ギリシャ語が、素直に日本語に、訳されている、と解釈すると。聖書はこう解釈しても、いいと思う。つまり「普遍的であるキリスト教」は、実際には当然、「信じるものの宗教」であるに過ぎず。いたって非世界的であるので。信じることが救い、なのであるとすれば。世界に向かって早速、決然と宣教すべし。という意識が、勃興したのであると(聖書にある大宣言)、解釈した方が。いいのだと思う。そこで、世界宣教に出て。結果的に、植民地主義と合体してしまったキリスト教の、世界宗教としての歴史には。はっきりした意識として、キリスト教の人間救済は、「信じなければ実現しない」のが、真の「人間救済」であると、いう端緒に。僕も、今朝やっと達しのであるか、と思ったのである。そうであれば、信じない人は、別の救済法を探さねばならず。それが、東洋では主に仏教であり、日本に限定すれば神道であると、言えるのではないか。その真偽は、誠に困難な。厄介で高い、問題であることに違いはない。それは、こと人間救済や、永遠の生命の問題、だからだと思う。のであるが、手に負えない。が、千回を目指して。コロナ社会で、さらに頑張ってみる。朝は雨、であるな。で最後にWiki⚫️聖書主義(福音主義)バプテスト派のWikipediaの解説の冒頭。アメリカ原理主義の源流か。マルティン・ルターが始めた福音主義よりも更に急進的な立場で根本的宗教改革(宗教改革急進派)とも言われ、聖書を唯一の信仰のよりどころとする聖書主義に立っている。保守派またはキリスト教根本主義の間では聖書の無誤性または聖書無謬説逐語霊感説が支持されている一方、そうした説に立たない立場の日本バプテスト同盟日本バプテスト連盟などでは聖書本文についてそのコンテクスト(文脈:書かれた背景)を大事にする高等批評的読み方が支持されている。⚫️(追記)昨日の祖父ネット373に書いた。石井四郎とキリスト教から、かなり短時間で調べた結果を言うと。言うまでもなく、あの問題は。単に「石井四郎」を責めてもなんの解決にもならない、と言うことがわかる。確かに今の、コロナ騒ぎで、僕も再注目したのであるが。彼の墓が、新宿区河田町にある、正覚山臨済宗円覚寺派月桂寺にあって。ウィキでいろいろ、知らなかった彼の、縁辺を辿ると。結局、近代から継続する「日本の戦争」。ないし、江戸期から近現代史に至る、文化現象全体の問題で。今も現代史として。コロナに代表される、米中対決に見ることができる。世界の不安定情勢。と、同じ構造が。あの時の日本にもあり。その一部の出来事として、不幸な、細菌戦や伝染病兵器の推進者としての、優れた。「科学者石井四郎」の問題。として考えると。直接的な戦争原因は、大東亜共栄圏思想全体の。日本の、近現代で起こる、西洋社会との直接接触と。日本文化の問題との、深い歴史的遭遇の。そのごく一部、の問題として考える方が。良いと思いながら。今朝の書き、に展開したと、補足しておきたい。

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

    https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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初めに・筒井友美氏の作品をご紹介します。

    

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

近々、この祖父ネットで、私の絵画を販売する予定です。お楽しみに。

 

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軽井沢80号の、製作過程の一部です。

 

 

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絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

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パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

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2020.06.20

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(373)6月20日、土曜日(千回を目指して)

雑誌「透明・THE CRYSTAL 」(藤田約責任編集・日本基督教団白金教会青年会発行・1961年)を、池袋のキンコーズでコピーし直して、製本し。新たになった雑誌「透明」を読みながら。石井四郎という人物に至ったのは、彼が戦後。新宿で医院を開業し、売春婦の診断もしつつ、キリスト教に帰依した、という話を昔から読んでいたからである。その凄惨で過酷な人生は。僕が戦後の人間として、7・3・1という関東軍の。影のある有名な部隊の責任者としての、石井が書かれた本を。昔から、かなり真剣に読んでいた頃のことを、急に思い出し。結局、コロナ騒ぎの今日の状況が、なさしめたもの、なのであるとも思い。今朝、目が覚めて、改めて石井を調べるつもりなのは。彼がキリスト教的救済にすがった姿を。自分なりにもう一度確認したいからにすぎない。彼ぐらい、あの戦争で記録された深い人間罪を背負った人間は、いないと思う。が、彼を救いうるのは、キリスト教のような。あるいはイエスのような。純粋無垢の出生を経た経歴の、持ち主でなくては。とても救済不能なことであると。思うからであるが。イエスはマタイ伝一章によって、許婚のヨセフに告げられた言葉を書くと。「マリヤの胎の子は聖霊によって宿り、この子は自分の民を罪から救う」からだと。告げられる場面を、彷彿と。させる、戦中の石井四郎事件は。僕の、キリスト教信仰の完成状況として。老年の僕の、コロナの今の。様々に展開した自分の人生の。キリスト教的結末として。書いておきたいと思ったのである。石井のWikiのごく一部を転載し、今日は終わりたい。⚫️石井 四郎(いしい しろう、1892年明治25年)6月25日 - 1959年(昭和34年)10月9日)は、日本の陸軍軍人軍医将校)、医師。最終階級は陸軍軍医中将功四級医学博士。岳父は荒木寅三郎細菌学者、京都帝国大学総長)。関東軍防疫給水部長(「731部隊」は関東軍防疫給水部本部のことであり、関東軍防疫給水部は659部隊であることに注意)を務めたことで知られる。⚫️以上。

 

 

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.19

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(372)6月19日、金曜日(千回を目指して)

新生活だな。江古田で頭をかり、池袋のキンコーズに、雑誌「透明・THE CRYSTAL 」のコピーの製本を取りに行った。この雑誌、今世の中に存在しない。たった一冊ある、と思われる場所は教会、それも僕の青春が詰まった教会にしかない。そこで10年ほど前に、お借りし、コピーをしておいたものを、さらにコピーし製本したのである。第7号と8号を合本したもの。その雑誌は、出版からやっと、2年ほど経過したときのもので。やや本格的な雑誌らしい体裁が整い、その後すぐに廃刊した。責任者の藤田約(つづむ)が、本屋を回り。店頭に置いてもらっていた頃。は1961年。だから僕の大学2年の時である。彼は今、行方不明。ほぼ20年前から生死が不明だ。その場所は、アメリカ。住所もわからない。ある時、軽井沢にいた母上にお会いした時(既に他界されている)、ニューヨークで。ある人と恋をして子供をつくり、その人から連絡があった。僕も彼女と連絡ができ(その時、来日していた)、会う約束を電話でしたが。彼女から連絡があった時。僕は急にそれを取りやめた。それ以来、全く何の手がかりもない。藤田の名前「つづむ」とワープロすると、「約む」と。出るから。すげーなー、と。思うのであるが、本人とは全くそんな状態にある。昨日。ある本が古書で、着いたタイトルは「渡辺福雄自伝」、やれ嬉しやと封を解くと。なんと全く別人の伝記。早速捨てて、何か嫌なものを見た感じだ。騙されたのではない。同姓同名の人で。ネットで。渡辺福雄検索をして、出たのでなんの疑いも持たず、早速買った、ものだ。しかし別人だった、のだ。私の知りたい「渡辺福雄」は、ある戦中の、有名な軍需工場の経営者。で、そんな日に、昨日はなった。雑誌「透明」は、キリスト教の青年雑誌で。僕の青春の刻印である。当時安保闘争が終わり、僕の、二十歳の記念となってしまった、雑誌だ。明治学院大学2年。そこに武藤富男氏が、院長として就任してきた。彼と目があったことが一度あった、きりだが。学院には毎日礼拝説教がある。大学では、その出席は義務化されていない。自由参加である。で、彼の説教は、礼拝で何度か聞いたことがるような。気がしている。その院長の名前が載る「満鉄全史・国策会社の全貌」(講談社学術文庫・2019年第1刷)をジュンク堂に寄って買い。アンデンドゥでコーヒーを飲みながら、読んだ。武藤冨男氏は、ウィキにある。ネットから転載しておきたい。⚫️武藤 富男(むとう とみお、1904年明治37年)2月20日 - 1998年平成10年)2月7日)は、満州国日本官僚教育者キリスト教牧師伝道師)。恵泉女学園理事長、東京神学大学理事長なども歴任した。 開成夜学校を経て、一高卒業。

[1]中村妙子によると一高の学生時代より大森教会会員で、法務畑に入っても在京中は礼拝を欠かさず出席していた。教会の親睦会には玄人はだしの落語と漫談で周囲を笑わせていた。満州国では甘粕正彦とも親交が深く、甘粕を満映の理事長に推薦した。満州国のメディア統括のトップに立っていたとき朝日新聞が満州の市場に参入しようとすると協力する姿勢を見せた。関東軍は古野伊之助正力松太郎との関係を重視する東条英機の意向に反する(「関東軍の司令の首が飛ぶ」)から止めた方がよいと注意したが、「帰国後に出世するためには新聞にも恩を売っておこう」とは本人の弁。国家と縁を切ってからは「全身全霊、世界の大きな流れとの関係で生き、大正時代につくられた理想主義を貫こうとした」(武藤一羊)。

1947年東京市ヶ谷戦犯法廷に証人として出廷し、日本人戦犯容疑者の弁護をおこなったとき、武藤は「満州国政府は宗教を圧迫しなかった、我々はヒューマニズム(人道)に基いて満州建国をやった、という二つのことを立証する意図」を方針に、被告たちを弁護した。[1]

東京裁判(極東国際軍事裁判)において、天皇をかばって絞首刑になった東條英機を評して、「忠義とか臣節とかいうものを超えて、人間的な美しさを示して居ります」と言った。在日韓国人で経営学者の裴富吉(大阪産業大学教授など)は、1951年刊の武藤富男の著書『再軍備を憤る-追放者の告白-』(文林堂)を、「戦時体制期に満洲国で武藤富男が活躍したその姿を,敗戦後に武藤自身が狡猾にもすり替え,もみ消そうとした言論」と批評し、昭和天皇崩御のときに天皇制を考えるシンポジウムを行った明治学院大学に国粋主義者が抗議活動を行ったことを、「そうした現代的な迫害行為をうけた明治学院は,過去〔戦後〕に理事長職をはたしてきた人物,しかも,同学院の発展のために顕著な寄与をなした武藤富男が,実は,このたび明治学院に迫害をくわえた勢力・組織・集団・人物たちと,時空を超えてはいるものの,そして攻守ところを替えてはいるものの,「同じ地平に立っていた」という歴史的な事実に接し,恐らく「いうべきことばもなかったもの」と指摘し、「戦争の時代,満洲国政府の高官の地位に就き,植民地的カイライ(傀儡)国家「満洲国」のお先棒担ぎをしてきた人物でもあったという事実に,いままで明治学院の関係者は気づいていなかった。」と批判している[2]。明治学院大学自体は、1989年に昭和天皇崩御のおりに、天皇制を考えるシンポジウムを行い、1995年に戦争責任の告白と謝罪を行っている。⚫️などという、日になった。雨。前法相が逮捕されるとは、情けない朝である。日本は、かく劣化したのであるが。民主主義における、一党独裁は恐ろしい結果を生む。国民諸君の自覚を願う僕は、78歳で。なんの力もない、とは、雨だね。

 

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筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.18

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(371)6月18日、木曜日(千回を目指して)

コロナ時代、正確には新型コロナ時代、をなんと呼ぶにしても。新時代、だと言えるだろう。新生活などと洒落たネーミングだと、思っていたが。どうも、本当のようだと。思っていると、前法務大臣たるものがまた、そのかみさんが今日にも「逮捕」されると報じられている、やら北朝鮮が。女帝の下でえらい騒ぎであるが。いつもながら暴力に訴えてでも、自己主張する、とは(かつての大日本帝国のように)。大した度胸ではあるが。まさに。教養のない政治の、自己保存の法則が。なんとも無様な様子になるのは。人間のあまりにも浅はかな暴力を使う人間の、無教養な。言いようのない、悲劇的結論が透けて見えるその民族の。と、言ってしまえばそれまでであるが。ムッソリーニとその愛人の、悲惨な最後の姿や、吊るされているその惨めな結論が。今も、ネット上で堂々と見ることができるので。第二次世界大戦の三国(ドイツ、イタリー、日本)の、指導者の末路を見ていた、僕らのような子供が。いつか、かような世界に居合わせて老人となり、このようなことを書くのであるが。昨夜、内村鑑三全集第15巻(1907-1908、明治40年ー明治41年、私の父が生まれた年)に、書かれた。「処女の懐胎は果たして信じ難き乎」を読んでいて。なるほど世の中が、天才と認める人の意識の、また教養の高さは、なんともすごい、ことであると。思いながら、昨日は終わった、のであるが。教養のないということの、恐ろしさもつくづく感じて。世界はただならないと、思うのであるが。どうにもこうにも、人それぞれである以上。神(キリスト教の)にお頼みして、今日も生きてゆきたいと、思っている、のであるが。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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2020.06.17

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(370)6月17日、水曜日(千回を目指して)

自分の命、ないし生命(永遠の)、を大切に後生(いろいろ深い意味がある)を念じる時。コロナになると。いろいろ複雑なことになるから。より一層、いろいろ宗教は出動する今、になることになる。ように思う。キリスト教もまた、再び世人の注目するところとなるとしても、備はあるのか。教会という場所が、あるにしても。果たして、そこに。集まれるのか。集まれないとすれば、どうすれば良いか。で、無教会、ということになる。他の宗教とて、同じで。現代社会まで維持された宗教ではあるが。教会集会的でない方法としてのキリスト教の。ヒック流に言えば、「神は多くの名前を持つ」、となれば。いろいろ宗教も仲良く一斉に出動する、コロナ機会であるが。そう都合よくいくものか、どうか。ともあれ、神頼み、が一方にあり。無神も一方にある人間世界。で、あるが。神の実在は、証明ができかねること。もう一方の無神も、簡単には証明はできかねる、ことである。昨日、「異端の空・太平洋戦争・日本軍用機秘録」(渡辺洋二・文春文庫・2000年第1刷)を読んでいた。面白かったのは、終戦間際に。日本で造られたロケット噴射をする、いわばジェット機の製造が行われる。そう言った起死回生、の飛行機が、あの時に造られていたという、お話に。宗教が出る、というお話に夢中になっていた。ナチスドイツから、極秘に届いた設計図をもとに、急遽秀才が集められ。制作の大枠が決定されながら。一気に計画が進行する中。操縦桿を握る戦闘員集団の責任者が。ある宗教(現代では安定しているように見える、ある有名な神道系新興宗教団体)にのめり込んでいく、という場面。で、時間を忘れて読んでしまったが。一方、ジョン・ヒック自伝で、Paul Tillich (発音和訳が結構難しい名前)ポール・ティリッヒないしパウル・ティリッヒか。迷う、音表現に引っ掛かり。昔から、追及不能な思想家を。ヒック本でも、紹介するので。やっと、僕も到達した「藤田約」(つづむ・この人の漢字読みもややこしいし。実際にややこしい人物だった)、の。藤田とヒックの、共通思想家たる「ポール・ティリッヒ」に肉薄できることも発見し。コロナも、満更ではないと、思いながら。学生の頃に経験した、キリスト教思想のややこしい問題にも。やっと60年後の今、達して。ヒック本にある「ポール・ティリッヒ」を、明治学院高校の先輩、藤田約(ICU・国際キリスト教大学)の研究論文(雑誌「透明・英名 THE CRYSTAL・1961年・8号」)。を、読んで研究する気になるという、誠に複雑な。過去の若い時の、不明だった、キリスト教思想家の解明が。できるかもしれず、と思いつつ。今日も、読書で過ごしたいと思っている、のであるが。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

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杉山勝己ネット大絵画展
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初めに・筒井友美氏の作品をご紹介します。

    

 

 

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SUGIYAMA KATSUMI Kaiga

近々、この祖父ネットで、私の絵画を販売する予定です。お楽しみに。

 

 

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軽井沢80号を製作中。

 

 

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杉山勝己絵画教室の生徒

 

 

 

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ボード・水彩・パルテル「ヴェニスの広告」

 

 

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油彩「作品B」・キャンバス

 

 

 

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油彩4号・「バチカンで」・キャンバス

 

 

 

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油彩SM/キャンバス「作品A119104」

 

 

 

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油彩SM/キャンバス・「窓119104」

 

 

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油彩4号・「パリの花屋さん」キャンバス

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油彩4号・キャンバス「座りませんか」

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油彩4号・キャンバス・「イタリーで」

 

 

 

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水彩「朝」

 

 

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油彩「青のカップ119104」6号

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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油彩「小渕沢」80号・キャンバス

 

 

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ギャラリー惣・銀座

 

 

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油彩「越後駒ヶ岳」・4号・キャンバス

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

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ボード「ピエロ119104」ガッシュ・油彩

 

 

 

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油彩80号「エトランゼパリ」。この絵は今、コロナの中で描き続けている作品です。実は、いろいろな理由から現在、大きく変貌しています。が、なんとか、このイメージに戻したいと頑張っているのです。今日も、落ち着いて、描いてみたいと思っています。

 

 

Kaigaaa_20200327154101

パリ十六街区・実写「エトランゼパリ」の実写したパリ十六街区の写真です。約二十年前になります。右側が凱旋門、この通りは左に行くとシャンデリーぜで、この通りさえ、それかもしれません。ここが、今封鎖されているのだと、思います。

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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油彩80号・「トロギルの港」

 

 

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鉛筆・習作

 

 

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スイス・習作・鉛筆

 

 

 

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これは、僕の新婚時代の千葉県北小金。近くの農家を描いたもの。示現会に出品し入選したが。この調子で描いていれば、この年ぐらいで、示現会の会長ぐらいにはなっていたと思う。しかし、僕の絵画的野心は幅が広く。この具象で、収まっていなかった。この時、僕のアパート(道路に面した、風呂なし新婚世帯アパートの二階)の、枕元を早朝に。ダンプカーが疾走する。のであるが、それが。有名な異色の画家、高島野十郎のアトリエ付近から、その辺りを再開発した土砂、を積んで運ぶダンプだとは。全く知らなかった。彼は、一度だけ示現会に出品し、それのみの公募展で。後は、全くの独自作家として。生きた人であった。と、相当後で知った。この絵は、あるエレベーター会社の工場の、応接間に飾ったはずだ。が、今は知らない。そこの社長が、僕の若い時に、僕の絵画を支援してくれた。



 

 

 

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 明治学院高校の時の作品「能面」

 

 

 

 

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「ベンチ」油彩SM/キャンバス

 


 

 

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2020.06.16

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(369)6月16日、火曜日(千回を目指して)

マタイによる福音書第六章、冒頭の一説、のイエスの言葉。食物、着るもの、それらは。即、自分の命のことであるが。それらで思い煩うな、を。子供の頃から盛んに読んで。今読むと全然。自分が、毎日。今も、食物と衣類の悩みそのものに囚われて生きている、老人である、ことがわかる。ばかりではない。日々、それのみで。必死にコロナに対抗している自分は、今の全人類なのであるとも、わかる。第六章の最後には。「だから、明日のことまで思い悩むな、明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイによる福音書・昔はマタイ伝と言った)となる、聖書の箇所を。読んだ今朝は。その箇所を開くのが、何十年ぶりではないか。と、気が付くほどであるが。命令調のこの箇所。若い時に盛んに座右の銘とした。また現役の苦しい時、この言葉に救われて、よし、今日もまた生きていこうと、頑張ったのは。それ(食と衣)に囚われて一生懸命稼いて、いたからである。が、もはや時間がない人生では、つまり歳となると。どうもこのことばは迫力がない。明日のことをしっかりと思い煩い、ながらの。生きる日々は。不思議と毎日の生きがいになる。から、イエスは若すぎる、といった神谷恵美子さん(キリスト教思想界では有名な人、だった)の言葉が。彼女が、それでキリスト教に距離を置くようになった、素晴らしい洞察力すらも、思い出す(彼女は経済的に困った人ではない)。しかしイエスが、こう言った、神としての言葉(受肉者として)。を、この世に贈った時に、まさに。イエスは受肉した神なのである、と思わざるを得ない。神であるからこそ、今の言葉は出る。それは、苦しむ自分の子供に対する、親のように。そら、ここにわずかばかりだが金がある、この金を使って食べ物を買いなさい、と。コロナで焦る子供に向かい。コロナで苦しむ子供に対し親が、自分の命を削って与える、金を渡す親に。思えるのは。僕も、本当の老人になり、年金生活者で、困っていないのに。季節の変わり目で毎日、食物と着るものに苦労する自分、として。この苦労というのが、全く質の違う苦労で。聖書の苦労は、あくまでも年金受領者に、言っている苦労ではなく。現役で、毎日苦労して金を稼いでいた若い時の僕の、苦労を。一言で慰めてくれる、親の、即ち神の。温かい言葉と理解すると。神が、今現在、ここに臨済し。この世界に向かって。「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何お飲もうかと、また自分の体のことで何を食べようか何を飲もうか、またまた自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。生命は食べ物よりも大切であり、体は衣服より大切ではないか。」(マタイによる福音書・第六章25節)は、原理主義的に解釈することのみが、解釈の全てであるのか。と、いう大問題が。今の僕や、僕の今の研究対象者たる、ジョン・ヒックさん(宗教多元主義の実践と創造)、の前に突然。提出されたのは。今の僕が、禅寺の責任者たる老僧の僕だと、仮に解釈すると。如何にも、と、思うのであるが。如何か。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

    https://tsutsui-tomomi.jimdofree.com (HP)

 

 

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2020.06.15

永遠の生命と、人間存在の希望の研究(368)6月15日、月曜日(千回を目指して)

なんだか今朝目を覚ますと急に。ジョン・ヒックさんの宗教的・多〈言〉論が、いやその神学的・多〈元〉論(主義)が嫌になってきて。聖書を素直に読むことにした。マタイ伝第一章、イエス誕生の経緯は、次のようなもの、であるから始まる。母マリアは、ヨセフと婚約していたが、彼らが一緒になる前に〈聖霊〉によって、マリヤは身篭っていた。となる聖書の出だしの部分は、気になるが。こういった、2000年前の記述が、一体どうして気になるのだろうか。こういったことが、あの頃。全くなかったと言いうるだろうか。となると、ごく普通にあったことではないのか。という気もする。身籠るということが、男女の関係で生じるのは、今も。昔も変わらないことで。人間は経験則として、それが。普通は結婚という正式な儀式で、家や地域や、親戚や、人の目や、などの厳しい社会監視の、習慣や。で、規則的に社会慣習的になっていることを気にしている。社会のありようとして。秩序として、関係の正常な関係として。社会を維持するための、当然のありようとして、理想というより。現実として、一般的に。なんの抵抗もなく、自然に行われていたと、言って良いであろう。ただ、実際には。イエスの事例のようなことも多くあって。結婚式を前に控えた男女が、普通の恋愛感情の元に。ある晩。急に愛し合って、しまったとしても。それはいたって普通にあったことで。なるべくなら、規則的に社会慣習的に、普通に。正常に。段取りを踏んで。結婚して、子供を作って、それで。所帯を持って家庭として、家族を作って。子供を育てるため、男女で。親から独立し、生計を立てて、金を稼いで。家を建てて、親を養って。またその子が結婚する年齢で、隣村のaikoちゃんとaioくんを見合いさせて。というからいいというので。では、二人は晴れて夫婦ですから。と、お披露目をして。二人は夫婦ですと登録をして。という登録など、本当に2000年前に、登録所(どこか)に、お披露目の3日目に登録に、行ったのかどうか。当時、今のイスラエルは。ローマ帝国の属国で、代理の王様がいて。その王様のもとで、登録が正式になされていたのかどうか。わからないが。ともかく二入で、登録して。所帯を認めてもらい。二人で愛し合っていると。子供ができたようだと思って、マリヤは。姑に相談に行くと。義理の母が、そういう兆候は子供ができたので、少しこうやった方がいいよ。こうしなさいと、教えてもらい。というような。手順を踏んでいたところ。などといういたって正常である手順であるが。それは絵に描いたような手順で。実際には、いろいろドタバタがあって、なかなかそうもいかない世の中であったのではないか。という中で、イエス様はお生まれになったのであろう。ということが想像できるのであるが。こういった古代社会から、残ったロマンチックな記録を。なぜ今、僕らは破棄しければならないのであろう。しかし、このかたの(イエス)の生まれが。とんでもない世界や世界観を、巨大に作りあげていくのであるが。それは、世界像としても。人間の道徳の基準になるようなキリスト教の教祖の生まれにしては。いささか、不備であるというものの。では、イエスという人が、「受肉した神」である、ということを。論理化できなかったとすれば。世界の道徳は、また飛躍して人間の。永遠の生命は。どうやって西洋世界に今存在し得たのか。と、それを考えると。僕らは、もう少し。原理的などという、嫌な言葉ではなく。原始的に信仰を率直に教会的に認められないものなのか、どうか。僕の今朝の探索は。如何にも神秘主義的でまずいものになった、のかと。という思いもするが。今日の書きは、これまでとする。

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 筒井友美・「帰る場所」

 

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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