永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(109)

古書「権力とたたかう良心」(高杉一郎訳・みすず書房・1973・ツヴァイク全集17)が、来た。先日、国会図書館で、ちらりと閲覧したもの。内容は、要するにカルヴァンを、全面的に批判する書物である。ともあれ徹底的にカルヴァンを、批判している。ツヴァイクという人を、それまで何も知らなかった。カルヴァン研究の検索で、見つけた。何度も書いて、書く方も飽きてしまったが。僕は、カルヴァンを、明治学院高校の時、自分で選んで読んだ。その結果僕は。カルヴァンの考え方を、ベースに、生きてきたのである。ともあれ、いろいろ考えさせられるものの、要は資本主義に生きる、ということを僕は教わっていた。資本主義が、カルヴァンの精神によって、醸成されたという説は、マックス・ウェバーによって唱えられていた。日本の、戦後の東大の教授大塚久雄が、それを訳し。日本の若者の行き方は概ね、その方向を取ったと思う。多くの人が、岩波文庫の、M・ウェバーの「プロテスタンティズムと資本主義の精神」を読んだ、に違いない。概ね、そんな感じで、僕は社会に出た。その初めの会社が、映画会社日活。で、そこでホテル部に配属になった。そこには、今の女子ゴルフの隆盛を起こす、二瓶綾子がいた。彼女が、その創設者になるとは、夢想だにしていない。当時、日活ホテルには。日本の実業家や政治家が、多くゴルフ遊びに来た。僕は、そこを、一年でやめた。ともあれ、僕は。そう言った精神を持っていた。で、そのプロテスタンティズムの精神こそ。カルヴァンと、深く関係することなのである、と思っていた。で、ツヴァイク全集の17で。ツヴァイクは、カルヴァンを徹底的には批判している。この本が出版された頃、僕は結婚した。北小金にあった木造アパートで、新婚生活を始めた、が風呂はなく。近くの銭湯に、二人で楽しく通った。そのそばに、今日本一になったマツモトキヨシが、小さな店(昔の単なる薬局)を構えていた。僕は、近くの。今はなき、北小金教会に通いながら、新婚生活を送った。というわけで僕の、実務生活は厳しかったが楽しく。ともかく、資本主義の精神の中で、競争的であるにしても。当時の、日本は、何かと談合時代。僕も、それに乗って、資本主義のやや自制的で、抑制された資本主義を生きていた。そして時過ぎ、年金。今の、本格的な、自由主義の厳しい世界が始まる時に、さっさと卒業させてもらった。この僕が。今初めて、ツヴァイクを読む。カルヴァンを擁護する、マクグラスに頼り、ながら。ともかく、人間社会は困難が絶えない。と、知るのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGcで、

で、今日も優しくポピー。僕は妻と二人で、このポピー畑を観に行った。TVニュースで知った。素晴らしいもので、まさに印象派の風景である。実写。カメラはライカデジタル。最高画素を使った。

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2019.08.20

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(108)

マクグラスを読んでいて、日本の小保方晴子さんが最近、どうなったかを、ふと思った。彼女とマクグラスは、ともに生物学の出身である。小保方さんは事件になって、消え。マクグラスは神学者になって、活躍している。ともに生物としての人間を、考え、それをとりまく状況を考えていたのだと思う。これが、何と言っても、宇宙最大のミステリーだと、僕も思う。特に歳をとって、ここまで生きてきて。マクグラスで、ジュネーヴやカルヴァンを読んでいると。ことは、ますます神秘的である。その神秘を、マクグラスは実証的に解き明かし、16世紀パリの、学問のあり方を明示してくれる。あの頃から、ヨーロッパは、大学と称する学問所で、あそこまで何かとやっていたというのは。結局、ギリシャのアリストテレスの哲学を。キリスト教が加工して考えていたからだと思える。が、これも僕が。明治学院で。早々に、カルヴァンの「キリスト教綱要」という、有名な本を読んでいたから理解できること、なのかもしれない。もちろん生物学もあったが、僕は全く興味がなく。ダイナミックでもない、コツコツやる地味な学問には、全く興味がなかった。それより、ダイナミックな原子記号に興味があったが、僕は宗教に寄って行ってしまった。それでも、明治学院高校の記憶で、それは階段教室で。先生は白いガウンを着ていたように思う。内容は、全く興味がないので。全然、聞いていなかったが、確かに。高校生の頃から、妙に不思議の感じがする「階段教室」は。かなりの印象を僕に残した。それで、明治学院はキリスト教の学校だと、急に思い出したのである。マクグラスによれば、パリの学寮は(分散しているユニバーシティの原型)は、日本で言えば僧坊、とでもいうものであろう。僕が所属して、今もOBとして利用している、熱海のリフレッシュセンターは、その僧坊の跡である。それは伊豆山にあって、今ではMOAの裏の斜面の下、中腹にある。もう少し下がれば海で。今は新幹線が走っている。そこは湯走り、などと言って。かなりの湯が噴出していたようだ。その上に、僧坊ができたが。険しい山に囲まれたそこは、多分当時は、誰も人を寄せ付けず、人間修行の場として。そう言ったことに興味のある、宗教者を集めていたのであろう。推定するに、その僧坊には。パリの大学やロンドンの大学にあるような、いわば学寮があり。そこに、一生を仏法の研究に捧げた、今の私のような歳の坊主が先生として。各僧坊を、仕切っていたのであろう。そこに集まった人のリストは、残っていない。ただ、ゴロゴロと出てくる墓石と、人骨が、それを証明するばかりだと、構内の碑に書いてある。日本の学問の系統は、いつしか消えて、またどこかで起こる、という繰り返しをしていたのであろう。今は鎌倉や京都で、これに近い修行僧もいると思うけれど、一切名前は公表されない。一部の有名な僧侶も、もやはこの世に興味などなく。ただひたすら、仏の無常感のもとで、人生を送って。世間を睥睨している人も多いであろう。確かに、小保方さんのような才媛を、葬った世間は。何がともあれ、無常と言って、これ以上のものはないと思う。科学は、結局。無情を証明しているに過ぎず。過ぎ行く人間の、この世の価値を、科学で確定するということには至っていない。科学は、人間が、そうあるであろうという現実を、研究しているが。僕から見れば、その最も先端的な学問は。今の僕にも、宗教ほど興味はない。と書いて、僕は雨の音を聞きながら、今日もマクグラスに耳を傾けつつ、絵を描きたいと思う。改めて、小保方さんをネットから転写しておく。どうぞ元気で、めげず一層科学の探求や経験した人間学を研究してもらいたい。そして深く、人間探求をしてもらいたいものだと、思っている。小保方晴子(おぼかた はるこ)出身地:千葉県松戸市、誕生日:1983年9月25日、出身校:東邦大学付属東邦高等学校、早稲田大学理工学部、研究分野:生物学、化学、組織工学、研究機関:早稲田大学、東京女子医科大学、ブリガム&ウィメンズ病院(ハーバード大学医学大学院)、理化学研究所CDB

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今日は美しく、鴻巣のポピー。実写。

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2019.08.19

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(107)

マクグラスが書いた、「ジャン・カルヴァンの生涯」(キリスト新聞社・2009)を読んでいると。彼が一時期、マルクスやレーニン(マルクス主義)を勉強していて、という人であることがよくわかる。で、その実証主義的な記述には、頭がさがる。マルクスがイギリスの図書館で、その席がわかるというほど、その席を占めて勉強した、という話は読んでいたから。僕も、資本論を少し読んでみた。こういった僕の読書癖は、今も続いているが。明治学院の、10年学生時代からのもの。で、宗教改革をマクグラスが書くと。その実証主義的態度が、実に地味な資料収集から来ているということがわかる。ので、少しカルヴァンがわかり始めた。クリスチャンになると、まずルターを調べたくなる。その著作は、確かに一定の信仰的効果を持っていて。近代社会の曙、のようなものを感じる。これが、近代社会の入り口か、といった感想を持つ。そういった信仰のルートは、僕は。明治学院では逆になっていて、カルヴァンが先でルターが後で。という順番であるから。これが、クリスチャンとしては、一歩ややこしくなるルートだと思う。ともあれ、このややこしさが、僕のややこしさであって、色々と。教会生活やクリスチャン的社会生活や、人生の指針や心情に影響を与えている。振り返ってみると、僕がいう禁欲主義という、ストレスは。やはりカルヴァン的なもの、から来ているような気がする。酒を飲まず、タバコもやめ、女性との対応は色々とそれで失敗を重ね。商売では、とても禁欲主義的に経営し、従業員からは嫌がられ。会社は残ったものの。個人の犠牲は、大きなものになった。僕は建築設計業界にも、その営業面で深く関わっていた経験から。僕の禁欲主義は、その業界運営にも影響を与えていたが。もちろん、そんな自分の、思想信条を表面に出していたわけではない(時々しか)。僕の内心に、それはあったもので。マクグラスを読んでいると、それがカルヴァンのもである、ということがわかる。ルターは義認主義であり、カルヴァンは、予定主義(選び)である。この違いに気がついたのは、マクグラスを読んでいて、明確になった。僕は、カルヴァンが予定説である、ということは知っていて。何かと、それが非難の的になっているということも知っていた。カルヴァンが、ある人を異端として糾弾し、それを火あぶりにした。という事実は、色々あるにしてもそれを、ちゃんと読んでいたが。ゆえに、色々と。長く考えていたのである。が、真剣に考えたのは、今回が初めてで。マクグラスは、カルヴァンの行為を実証的に。その当時の、ジュネーヴ社会のあり方と、その政治軍事国際関係社会構造、などを冷静に分析し。カルヴァンのその行動が。よく言われ、単純に書かれているものとは、別なものであるということを、実証するところが。マクグラスの、過去の唯物論的実証主義勉強の、成果として、僕も認めざるを得ない。現代神学者である、秀才のイギリス人の学問の高さに、頭が下がる思いである。彼のその本を出版した、キリスト新聞社は。実は、明治学院の学長でもあった、武藤富男の創業であり。僕は、武藤が学長の頃の、明治学院大学の学生であったから、僕は。心から、武藤富男に感謝せざるを得ない。という、朝の書きは、一気。そろそろ、東京の温度も下がりはじめ。今の僕のワープロ打ちにも、指先の限界が来て、ミスが多くなってきたので、今日はこれまで。しか書けない。が、Wikipediaを少しだけ。直に。1953年に北アイルランドベルファストで生まれた。キリスト教徒の家庭に生まれ育ったが、マルクス主義に傾倒したため、1971年にオックスフォード大学に入学した時には左翼系の学生寮に入った。である。さらに、Wikipediaの冒頭も転写。アリスター・エドガー・マクグラス(Alister Edgar McGrath、1953年1月23日 - )は、北アイルランド出身の聖公会執事でキリスト教神学者哲学博士名誉神学博士Doctor of Divinity。前オックスフォード大学歴史神学教授。2008年9月からロンドン大学教授。彼は講義と著書で「科学的な神学」(scientific theology)を提唱し、科学的な無神論に反対している。で、いいであろう。

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 筒井友美作品。

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こう書いてくると、やはりスイスか。スイスは、やはりマッターホルンか。僕のうような東洋人には、それは信仰の象徴のように思える。が、それは彼らにとっては、絶対にやってはいけない、偶像崇拝なのである。実写。

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2019.08.18

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(106)

スイス・アルプスの高嶺、ローヌ川の源である氷河からほとばしり出た水は、やがてヨーロッパ最大と目される大河の一つを形作る。と、書き始めたマクグラスの本は、僕の浅学をまた、証明してくれた。僕は、当時使っていた、観光案内書二冊を読み直した。当時もそれで、意外にスイスは、フランスと国境を接していること、は分かっていた。ちょっと行けばモンブランであることも分かっていたが。それを、カルヴァンと結びつけて考えてはいなかった。マクグラスはそれで、僕の盲を開いたのである。要するに、観光的でなく、人文的な地理学を、知らなかった。人文地理的に見ていると、スイスが全く違って見えた。のには、本当に驚いたのである。レマン湖から流れ下ったローヌ川は、やがて地中海に流れ込む。僕は、目を皿のようにして、さらに天眼鏡も用意し、その流れる先の地中海を確認した。そこが、有名なマルセイユあたりである。と知ったのである。ローマ人は、帝国の時代から、そこを遡上して。商売をし、ジュネーヴは商業の中心地だったようだ。ローマ人は、そこを拠点に、さらに北上を続け。北方ドイツまで進出し、移住もしたらしい。この辺りが後で、色々と宗教改革と関連してくるのであるが、クリスチャンの僕の場合まさに。それが、本当のジュネーヴなのである。ルターのドイツと、スイスのジュネーヴが、宗教改革の一大拠点であるとして。僕は、カルヴァン派であるから、こここそ。僕の本来のキリスト教信仰の、深い部分と接触していなければならない。のであるが。僕が単なる、観光でスイスに行った時に、実は、そこまで自分が深いことと接触しているとは、全く分かっていなかった。明治学院高校で、カルヴァンの「キリスト教綱要」を読んで、洗礼を受けた自分の。全く浅はかな行動は、今更ながら、どうにもならない。が、間違っていたとは、思っていない。が、カルヴァンが、僕が考える以上の人であると、知ると、僕は恐縮し。心から、なんとなく白金教会の先輩や、明治学院の先生方を、思い出した。あらかた、みんな死んでしまったが。僕と、もう一人の同級生が生き残り、ともにクリスチャンとしては、別々の道を歩んでいるが。日本人の私たちが、キリスト教を信じる場合に必要な、基本的教養は全く二人とも、不足している、と言わざるを得ない。昔の、戦前の。明治学院に。まともな神学部があった時代の、人々の本を。改めて読んでいると、戦後の我々の複雑な時代の我々は。本当にキリスト教の基礎を知らないで。戦後的人間救済の面にのみ、心が向いて。かと言って人間救済の。東西の深い勉強もぜず。戦後的に、浅はかな救済に、飛びついては。離反し。ていた私たちを思うと。この頃、本当に恥ずかしいと思っているのである。こんな老人が増える一方、粛々と死んでも行くから、一つの時代は終わるのである、が。カルヴァンの功績は、僕より若いイギリスの神学者、アリスター・E・マクグラスによって、宗教改革が再現され。近代西洋文化の形成に、決定的な影響を与えたジャン・カルヴァンの実像に迫る、気鋭の神学者は、僕の胸を打つのである。僕が、駒込駅で彼を見かけた時。僕は、さほどの人物とは思っていなかった。が、今更ながら本音を言えば。ヨーロッパの人たちも、実はそう簡単に。カルヴァンの理解に、達していないのだと、知って。少しは、心が落ち着いてくるのである。ともあれ、僕たちのような、外国の宗教を信じるものが。キリスト教と、近代社会との関連を正確に語るマクグラスに。一般書としても、通用するだけの力量を見て。正確なカルヴァン表現がなされているのは、ありがたいと、心から思っているのである。

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 筒井友美作品。

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この城も、宗教改革に関係する城のようだ。

 

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永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(105)

昨日は、いたって深刻な気持ちで。国会図書館に行った。カルヴァンを全面否定する本を読みに行ったのである。図書館は混んでいて、ロッカーの空きはほとんどなく。やっと探して、前回失敗した自分の年寄りらしい、ヘイトの発言を自分なりに制御して、おとなしく穏やかに。優しく、老人らしく下手に出て、あなたのお力をお借りしなければ、とても私は生きていけません式の、卑屈にならずに。堂々と老人を張ろうと決心して出かけた。何と言っても、僕は明治学院高校の頃の、カルヴァンを、自分の思想の中心に据えて生きてきたので。その、全面否定は自己否定でもあり、自己崩壊でもあるから、僕は何事にも、ここ慎重にならざるを得なかったのである。ロッカーをやっと探して、荷物を整理し、入場して。見ると、今度は、検索用のパソコンも人がいっぱいで。しかし妙なもので、どこか一箇所や二箇所、空席があるのが常識で、と思っていると。ある青年の両脇が空いている。はは、と思ったのは。この青年見事に不潔で、体のあちこちを掻いて、漫画本を手に持ち、漫画を読みながら思いついたように、パソコンになにやら打っている。要するに気味が悪いので、その両隣は、誰もが離席する、と分かった。僕は、戦後育ちで、そんな男は。あの頃、世間にはいくらもいたし、慣習に合わないことを誇りとするところが僕にもあり、構わず僕は。彼の左席に座って。さっさと、前回の失敗を繰り返さないように、パソコンを操作し。なんとか、目的の本を二冊出して、これも僕などは昔から知っている。こんな時でも、空いている閲覧室に行き、案の定、快適な空席率と、適当な人数の、その部屋の一席に座を占め。二冊の本を読み始めた。僕は、カルヴァンの、全面否定の本を後にして。それをメインに読むつもりであったが、先に。「ジャン・カルヴァンの生涯・西洋文化はいかにして作られたか」(アリスター・E・マクグラス著・芳賀力訳・キリスト新聞社刊・2009)を、読み始めた。実は、この本は偶然、僕の自宅検索で、発見したもので。手に取りたくなったものである。で、僕は、実はマクグラスを、じかに見たことがあり、駒込駅のホームでお別れをしたことがある。彼はイギリス人で、神学者。現代の神学凋落時代にも、それを頑張っている人である。駒込の聖学院で、その日講演会をして、僕もそこに行って。多分、宿に帰るためのマクグラスを、ホームで見かけた、に過ぎない話なのであるが。僕は、その後かなり彼の本を読んでいた。で、親しみを持って、題が題だから期待もして、読んでびっくりした。僕は、否定本をやめて、銀座教文館を目指し。て、図書館を後にし。土曜の銀座教文館に行った。教文館は、今。カルヴァンの特設設置場所があることは知っていた。から、僕はそこを目指し。その、マクグラスの本二冊、上下を買った。すぐいつものアンテンドゥに寄って、コーヒーを飲みながら。マクグラスを読んだ。僕は、さすが、マクグラスはイギリス人。16世紀ジュネーヴの実態は、ヨーロッパ全体の宗教改革の中心地として、カルヴァンの正確な記述となっていて。僕の心を穏やかにしてくれて、さすがマクグラスだ、と思って家に帰った。我々日本人がわからないで、長い間、抱いていた16世紀前後のヨーロッパ事情は。僕の眼前で見事に再現され。そのバランスのとれた記述によって。僕もバランスをくづさずに、済んで。家に帰って、美味しい夕食をいただけたのは、神の恵みとしか思えない、のは僕だけであろう。マクグラスは、1953年(昭和28年)生まれ、僕より十歳ほど下で、初めはオックスフォード大学で化学と生物学、ついでマルクスに傾倒し、分子生物学で博士号を習得し。その後、マルクスを卒業して、キリスト教を再発見した、人である、と書いておこう。多分、Wikipediaにあると思う。それを貼り付けると長くなるので、僕の書きは、今日はこれまで。今日も暑いはずだ。さらに、マクグラスを読んで、水彩を描きたい。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕は、スイスを。初めは観光気分で旅行したに過ぎない。が、マクグラスのおかげで、それはジュネーヴのヨーロッパ史の中心地に変わり、その意識ができると。今度は、僕の撮った写真が、俄然。別の意味を持ち始める、と思った。暗いスイスは一転して、別に明るいスイスとなりきったのではないが、景色が一層深みを増した、と思う。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。

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この湖を船で、渡ったているときに撮影した。名前は忘れたが、ある有名な場所について、そこから電車で、ジュネーヴに行ったと思う。前回の暗いスイスの窓のシルエットは、この湖に突き出た城の中から撮影している。

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当時は意識できなかったが、この橋が架かる川が、マクグラスが冒頭に書いた、ローヌ川だと思う。僕はこの川を何の気なしに渡りながら撮影しているが。この川が、ヨーロッパとローマを結ぶものであるとは、今まで思わなかった。この川の右側がレマン湖で、この川を中心に16世紀の情報網は出来上がり、宗教改革は激動するようだ。

 

 

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2019.08.17

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(104)

スマホという読書空間の拡散は、書斎という観念を破壊してしまった。書斎には、一定の限界があって、その書斎の主には、一定の自分の尊厳が、その限界内で構築されている。その空間は尊重され、一見しただけで。その人が、なんとなくわかり、わかるのは。その本の、種類から類推された、と思う。そこで、偉い人だとか、その内容に深いのだとか、内容の弁別は容易だったと思う。が、今はその限界が消えた。拡散している情報は、一瞬に「そこ」(スマホ)に集まり、別にその集中作業は、安易なものである。書斎は、そこにあって、何も書斎に行かなくても、誰にでも手に入る情報になって、ことさら一定ということはなくなった。無限という言葉は当たっていないだろうが、無限に近いものとして、それは価値を相対的に下げてしまった。希少価値がない。昔から書斎の、希少という価値観を初めから無視している人もいた。本は、捨てるのです。と言っていた人がいて、印象に残ったが。その時僕は、残留に意味を感じていたから、不愉快だった。で、僕は今も書斎派なのである。彼が、本を捨てると言ったのは、いつでも手に取ることのできる情報として、捨てると言ったのでは無い。読んだものを書斎として持たない人は、所詮その考えはわかったので、それを捨てて、省みないということであると、思う。僕はそれができず、古い話(キリスト教)を続けて、いつか書斎化(要塞化)してしまった。で、それでもかなり捨てているから、なんとも言えないが。本から得た観念なり知識を、読書で一気に取得する、あとは捨てる。という考えには、僕は賛成できない。のは、観念化した、あるいは記憶した、ないし自己のものにした、などの。読書の意味は。僕はそう簡単には行かなかった。聖書は、その点。一番の難物で、昔から多くの人を悩まし、今も悩まし続けている。一度読んで、わかった。という人が、それを捨てて。わかったということ自体、僕にはわからない。それは、読むこと、わかることとは別だ。まして、読むことにより、その影響があるとなれば、捨てるわけには行かない。分かるという事は、容易なことでは無い。商売のように、その相場で儲かった損をした、という問題では無い。人生の深い、存在論的な面倒な問題は、人生にはある。そんな面倒なことをしていては、生活が成り立たないから、それは分かったこととして。わかり、すぐ商売に戻る、という意味が捨てるというのが、捨てる意味であろう。しかし、僕は明治学院の高校の頃読んだ、「キリスト教綱要」が、世界にこれほどの影響のある本だとは知らず。自分の思想の、あるいは心の支えとしてしまったがゆえに、今回も、またカルヴァン思想の批判書を読みに、国会図書館に行く。のは、結局。人生の永遠の問題を、なんとか解決したいと思っているからに他ならない。もし人生が、死で終わるのなら、全ての本を捨てて。いや、本ばかりでなくまさに自分の肉体も。いや、まさにすべてに別れを告げて、この世のチリに帰る日であるとするなら。人間の考えは、オール唯物論に過ぎないでは無いか。人間が、少なくとも。その思い出とともに、どこか別の世界に行くのだとすれば、僕はできれば書斎をこの世に持って、大切な本を捨てず。考え続けたいのもだと、思っている、のであるが。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、ポピー畑の実写にしたい。まるで、印象派の絵のようで、僕はこの美しさが、好きなのである。

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永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(103)

一般的にいって、僕のようなヘイト発言を知っている年代は、おかしなところがあって。ヘイトにはヘイトで返すとか、二度とそのヘイトと付き合わないとか、要するにコツがある。ヘイトに関しても、こちらのヘイトには、一定の境界線が引かれていて、それ以上は無理だとか。これも要するに、権威の本当に確立していた時代の風を、知っている人間。は。言えば役所の、窓口のようなもので、国民は下であると思っているが、面倒は見る。という意識のプライドとか。が、ある時代を知っているから、僕の。ヘイトは、一定の範囲で通じていたが、今はダメだね。ヘイトが、どうも。独立して働き始めたようで、全て限界のないヘイトと受け止められるようだ。ヘイトの行き過ぎは、もちろん戦争である。戦争は、一定の厳しい限界で、この限界は、一定の時代認識があって。相手が原爆を持ってしまうと。どうも、ヘイトにも無限の限界があるということを、感じる。その限界を知って、密かに核兵器開発かけた北朝鮮は、今はヘイトの限界を超えた、優位な位置を占めて。核兵器を持てない日本のことなど、もはや眼中になく。もっぱら、アメリカと対等に話す、ということを平然と行なっている。日本は、当時二発の原爆をアメリカから被爆して、散々同胞が苦労したのに。その後、核兵器所有論は、一切影を潜め。核兵器廃絶をもっぱらその旗印としてきた。僕なども、核兵器反対運動の口で、ヘイトはもっぱら「岸を殺せ」などと、言ってフランス型デモをやった経験(60年安保)から、それがこうやって年をとって。自分の口から出た、あの言葉の責任を今更ながら、痛感している。だからと言って、僕は右翼ではなく、今もって日本の民主主義の左翼の席を占めることを誇りにしている。右翼左翼、と言っても。国会の席の割り当てのことで、保守派革新派、という言葉も古いことになり、なんと言ったら良いのか。わからないが、要するに僕のような一般庶民として、国会の左側の席を占めることをもっぱら、誇りとしているのである。だが、自分の心の中にあった、若い時のヘイト発言は。今も僕の中で、時どき爆発するらしく。本当に品の悪いことであるが、どうしても心の組み立てが、そう言った時代だったので。ぼちぼち、卒業して、おとなしくしていたら、ということになる。先日も、ついうっかり、ひさしぶりに国会図書館で、あまりにもわかりにくいシステムに腹が立ってきて、つい。荒々しくそのことを、言ったらしく。逆ネジを食って。これが、治らない僕のヘイトぐせなのだと、自覚したのだが。今日も利用する国会図書館で、あのようなことが、ないように、僕は十分上品にふるまうつもりだ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今日は落ち着いて、僕の好きなポピー。鴻巣にかつてあった畑で、今は無いような情報がある。僕は、これをおとなしく水彩で、書くつもりだ。カメラはライカデジタル。最大画素を使って実写した。要するに、上品な老人を演じる自分に、満足するためである。

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2019.08.16

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(102)

国会図書館から帰り、「キリスト教綱要・物語」を読みついでいる。嵐を心配しながら。すると、国会図書館の僕のショックをさらに、ショックが襲った。それは悪名高い、南アフリカの。アパルトヘイトの、思想的背景がカルヴァン主義である。という記載である。これも全く知らなかった。本は、ヨーロッパから、アメリカへ。そしてアフリカへと飛んだ。つまり中世の、16世紀のカルヴァンの影響は、ここまで及んでいたのである。南アフリカ植民地主義の主役は、オランダであるらしい。そのオランダは、有名なプロテスタント思想で、初めにヨーロッパでできた国で、この国の歴史もいたって、ややこしい。本は、プロテスタントの私が読んでも、わからないことだらけ。その中途半端を抱えながら、いきなり南アフリカであるから。ヨーロッパキリスト教史は、とても日本人には手が出ない。はずが、日本の鎖国の中で、交渉がなんとか許されるのも、オランダである。ということは、有名である。このオランダが、プロテスタントの国である以上、カルヴァン思想からは免れない。のは仕方がないのである。このように、話が飛ぶと。まるで、教科書であるが。日本のプロテスタント教会派(僕は無教会派)で、ここまで勉強するものなど皆無。だから、僕は教会派と、もはや話したくない。のである。呑気というか、自分だけの救いに、きゅうきゅうとしている、利己主義で余裕のない日本のキリスト教徒、など。世界のキリスト教的悲劇からいえば、わずか一握りの日本のエリート。に、過ぎないのは有名である。それはならじと、勉強すると、これだ。南アフリカの、アパルトヘイトは。遠い東洋の僕らにとって、差別の実態的な現実として。報道としてしか、知らなかった。僕はその時、社会で現役で。金稼ぎで忙しく。その意味が、カルヴァンにまで及ぶなどとは、夢にも思わないから。新聞報道の表面読みで、けしからん国だ、ぐらいの認識である。まさか、自分の宗教の真髄である、カルヴァンの思想が、その背景にあるとは、残念ながら今知ることなのである。で、「物語」は、ヨーロッパ、特にスイスから。アメリカに移り、それがあらかた説明されて。いよいよ、アフリカに至るわけだ。その冒頭が、アパルトヘイトの思想的背景が、カルヴァンである、という悲しい現実。と、遭遇した僕は。昨夜、嵐の中を、本を置いて。風呂に入り、昼間の汗を流して、休むことにした。病気後の老体に、激しく打ち付ける思想の嵐は、外の本当の嵐の風は、聞こえなかった。のは、僕の家の二重窓の、冷房をかけて寝た、僕の快適な部屋の構造から来ている、とは。悲しいことである。と、思いつつ。書いた今朝の。書きに、風の音が聞こえる。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これも、黒いスイス、という僕の意識で掲載した。前回の牢屋の写真の、その城の上階にある部屋から見た湖。この部屋は、普通の生活の場。実写。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。実写した時、このような書きに利用するとは、いうまでもなく思っていない。普通の観光意識で撮影している。

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2019.08.15

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(101)

国会図書館に行き、反カルヴァン主義の本を調べた。少し読んで、やはりすごいことだと、正直思った。この歳になって、「完璧な反カルヴァン主義」(全く知らなかった)は、きついと思った。まだ、本を少し読んだだけで、今度の土曜日。改めてゆっくり検証するために、もう一度国会図書館に行く予定にしている。ただし、昔の。僕らの国会図書館は、もうないとも思った。いたって、クールな。一言では言えないが、時代はまさに変わったのだと、思い知らされた。それでも、蔵書の回転も、昔と全然違い、早い。その素早さは、完璧である。そして、反カルヴァン主義本はともかく。カルヴァンの英文訳も出してもらった。さすが、別室扱いで。カルヴァンが、ラテン語で書いたものを英訳、したものを頼んだ。見事。カルヴァンは、ラテン語で五冊、フランス語で三冊の「キリスト教綱要」を出版している。そのどれかのラテン語から、英訳したものらしい。詳しくはわからない。が、国会図書館をローマ字検索をすると、いろいろ出てくる。その中から、目を皿のようにして、探した。英文は、いたって優しい単語が並べられている。この本は、かなり多くの言語に訳されたようで、その一覧はない。が、いたって広範な影響が、あったようだ。ここから僕の話は、深刻になる。だいたい、1960年代ごろ。まさにヨーロッパ崩壊を受けて、カルヴァンの見直しが、盛んだったようだ。特にアメリカ神学では、戦争を受けて。神学は、一段と深刻の度を加え。人間と宗教不信は頂点となって、まさに神と人間との問題は。あの頃の、神学者を悩ましたようだ。一体この悲惨は、誰の責任なのか、この惨禍は。アジアの戦争とは全く別な、ありえない繰り返される、ヨーロッパの非キリスト教的な戦争と、その結果は。まさに、キリスト教会を、あるいはキリスト教界を、あるいは神学者を、あるいは信者を、悩まし。まさに答えのない状況の中で。近代を決定づけた、と言われるカルヴァンの神学が、再認識されかつ疑られた。その時僕は、なんとカルヴァン派の、明治学院の学生で。今から思うと、とんでもない教育を受けていたのである。が、今更、日本の。現在の文化的状況が、何言うでもなく知らん顔で。僕は、ただ、古い人間として。このブログで書くだけの、しらけ世界になっている。と、言いながら。カルヴァンの研究をしている。幸い雨は降らなかったが、頭の中に降る雨は、土砂降りで。今更ながら、因果を深く感じて、電車に乗った。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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反カルヴァン主義の本には、まさにこんな真っ暗なスイス、が書かれている。書かれたことが、事実かどうかは、問題で。物議があるらしい。が、書かれたことは書かれて。当たらずとも遠からず、ということが、感じられる。ある城の地下牢の窓から、外を実写したもの。

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永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(百)

冒頭のテーマの持ち方は、これでいいと思う。しかし内容には、いささかばかりか、大いに。問題がある、のは言うまでもない。ほぼ毎日書いたので、概ね100日が経過したのであるか。馬鹿げた話である。冒頭のテーマから、ハズれるばかり。「永遠」に、期待して読んでこられた方も、いないとは言えないが。がっかり。だろう。しかし、僕に言わせてもらえば、このテーマは、人間の誰もがもつ。決定的な問題で。怪しげな詐欺嘘つきが、大いに書いたり、喋ったりして、金儲けの手段にしているテーマ、と全く同じ次元の問題である。が、因果な話である。ただ、僕には、大いに収穫があって、バルトやブルンナーが先生だから。この二人を勉強しているときは、この二人の高名な神学者は生きていて。僕は、この方達の最晩年(戦後)の流行りの頃に。僕は学生で、明治学院にいて、勉強したのである。二人のスイス人は、ヒトラーの時代を生きたのであり。二つの世界大戦の中で、本当に人類の崩壊を経験し、神学していた二人なのである。その二人の先生の先生が、フランス人の16世紀のカルヴァンで、スイスのジュネーヴで活躍した、フランス人に。近代の問題は整理されて出発した、ので。ヨーロッパキリスト教は、またまた、戦後も。戦勝国として、世界史の表舞台に踊り出た訳である。僕ら、敗戦国の若者は、いやいやながらそれを、勉強していた。ただ、前回も言ったように。新制の東京大学(旧制は東京帝国大学)は、大塚久雄とマックスウェバーという組み合わせで。戦後の日本思想を席巻した。ので、色々考えてきて、この辺りで。「権力とたたかう良心」(シュテファン・ツバイク著・1973・みすず書房)という本を知り、昨日は大いに混乱したのである。要するに、カルヴァンは、反対者を異端として火炙り、死刑にしたこの問題は。カルヴァンを、近代の道を開いた人とするたびに、大きく問題とされる難問であった。ということは、僕もよく知っていたことなのである。しかし、僕は、信者なので、カルヴァンを、高校で読んでしまい。この人は信仰的に純粋で、神学的に厳密で、高い存在だと。自然に、思っていたのである。が、ことここに及んで。僕も老人になり。いささか、人生を知ることになって。やはり真面目に、その反対論も読まねばならないと、思ったのである、が。これが、実際には大変なことなのであると、今書いて。愚痴っているのである。と、今日は書いて。台風10号は、過剰報道の割には。いつもの台風と変わらないようであるが、雨量はただならない、と思える今朝の気象庁ネット、である。と、書くのも、いかにも現代的である。ともかく、今の報道は過剰だね。と、言われているようであるが、それでも言います、と。有名な司会者は、言って念を押していました。人間は、感性であるな。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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2019.08.14

永遠の生命論と、人間存在の希望の研究(九十九)

百回もまじかになって、本当に厳しい問題が生じた。のは、人生の、現実的な問題としては、悲しむべきことであるが、止むを得ない。のは、「キリスト教綱要・物語」を読んでいるからに他ならない。僕は、この綱要を、明治学院高校の頃に読んで、クリスチャンになったのであるから、由来。僕はこの本の思想に、支配されていた。この思想を、信奉したのは僕ばかりではない。かつて、社会科学の宝庫とまで言われ60年代文系の大学生が、様々研究し。なんとか人生の指針にした、マックス・ウェバーは。この綱要に基づいて書かれていた。ことは、わかっていた。特に、東大教養学部は、この影響を受け、国立大学の、非宗教的社会科学的基本参考書(近代史)として、重んじられていたのは。それを訳した、大塚久雄が、新制の東京大学(さっきまで、東京帝国大学だった)の教授だったからである。から、まず。大塚久雄を、Wikipediaから丸写ししておきたい。と、思う。1907年京都府生まれ[2]。京都府立京都第一中学校(現・京都府立洛北高等学校・附属中学校)卒業後、旧制第三高等学校入学。このとき、片足を負傷し、後に切断することになる。1930年、東京帝国大学経済学部卒業[2][3]。大学では本位田祥男内村鑑三に師事した。法政大学非常勤講師(1933年)、同大助教授(1935年)、同大教授(1938年)、東京帝大経済学部助教授(1939年)[4]を経て、1947年同大学教授、1968年から同大学名誉教授[1]日本学士院会員(1969年)、勲二等旭日重光章(1977年)、文化勲章(1992年)を受ける[1]。1996年7月9日午前4時42分、老衰のため東京都練馬区の自宅で死去した[1]。に、重んじられていたからで。氏の戦後における権威は、絶対的な高さを持っていた。その大塚が訳したのが、マックウェバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」であった。もちろん、その本はその後、高いゆえに批判もされたが、その本の中心人物が、カルヴァンであったことは間違いのないことである。だから、僕は。ことの外この本に傾倒し。何度も、読んでいるが。この本の主調は、カルヴァンだとすれば、それを批判した書物がすでに。1936年、ツヴァイクという人によって、書かれ。その本を日本で出版したのは、1973年で。僕が結婚してすぐに、みすず書房から出た、とは知らなかった。それを、今日知ったのであるが、全面的に。カルヴァンを批判して、いるというのは。いかにも、すごいことなのである。本は、「異端の権利ーーカステリヨ対カルヴァン」という原本で、日本では「権力とたたかう良心」という名前をつけらえて、出版された。それは、暴露されたカルヴァン、とでもいうような本で。シュテファン・ツバイクという人が書いたようである。この問題は、明らかに。僕のような、高校で綱要を読み受洗し、大学でさらにマルクス毛沢東を読み、さらに、それを指針にして結婚した直後に、それが出版された、とは知らず。今に至って、わかったということが、非常に問題なのである。しかし、カルヴァンが、自分の、宗教上の厳密性のゆえに、ある人を火あぶりにしたことは、学生の頃から知っていて。研究もしていたが、むしろカルヴァンを擁護する本、を読んでいたので。それを、徹底的に批判した本があるということは、今日知ったのである。ということは、自分にとって、今後。大きな精神的負担になると、覚悟して、ここで書いている。が、なんとも、人生とは面倒な、ものであるか。と、思うばかり、と。書くしかないのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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またまた、スイスしかないか。という感じ。少し、スイスも飽きてきたが、仕方がない。問題が、デカすぎる。が、仕方がない。浅学、極まれり、だな。写真は、実写です。

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2019.08.13

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十八)

要するに、連携である。が、日本ワープロそのものはスポイルされている。僕のような、古いパソコン使いは、切歯扼腕するが。これが、日本の言語という最大の文化を失った、日本の哀れな姿なのである。と書いたのは、僕がマックエディットでこれを書き始めたからである。マックとマイクロのワープロ連携は、意外とうまく行っているのかもしれないが、まだまだ。僕にとっては、実験段階にすぎない。こんな面倒なもので、哲学や神学を、まして。永遠の生命を書くのであるから、僕の明治学院的因果も、最高である。と言える。とは言え、これが現実で、今さら、世界は後退もならず。香港で、空港が民主派に占拠されて、しばし。麻痺しているすきに、人民解放軍の戦車が粛々と、国境地帯に集結していると、報道は伝えている。僕が、中華人民共和国をおとづれたのは、1970年代で、それは結局毛沢東の葬式に出たような結果になったが、その頃の中国はいたって貧しく。毛沢東イデオロギーによる、共産主義の純粋性は、経済的には行き詰っていたのだと思う。毛沢東の死をきっかけに、イデオロギーも新たな展開をしなければならない時に、僕は大連に着いた。そこで、約一ヶ月弱滞在して、文化大革命の残滓である中国を、経験したが。その経験は、当時の若者の、生き方に深い影響を与えたに違いない。僕は、結婚したてで、いよいよ日本社会の中で。絵描きなどやっていられない、経済的逼迫を受けていたのは、僕の父親が歳をとって。会社のコントロールが効かなくなり、相当のリスクを負っていた、ということが。僕の新婚生活を苦しめたのである。僕は、必死で我が家系と、父の会社の経済を担当し、そこから当面絵描きを、脇に置いて絵を絶やさず。地味に付き合いながら、主に。社会や会社の中で、色々と。やってきたのであるが。基本的には、僕は、教会派のクリスチャンから、無教会派に移行し。中国旅行を境に、イデオロギーとしての共産主義にも、別れを告げて、もっぱら。日本資本主義の真っ只中を、かけ抜けたのである。中国旅行は、僕の、共産主義的イデオロギーから、の脱却を図るうえで、大いに参考になった。が、ともかく、その頃の中国は、貧しかった。今や、ワープロ一つとっても、世界の情勢は様変わりして、僕にはわからないが。僕が、こうやってワープロで、文章が書けるというのは、実は日本のローマ字運動のおかげなのである。僕は、ヘボン式の明治学院の卒業生であり、それに目をつけて、かなり研究し。自分も、ローマ字運動を少しして。それを、自己の宝物として。自分の技術能力に取り込み、はや20年は経過したと思う。ので、僕はこうやって、馬鹿みたいに。祖父ネットで、永遠の生命や、ワープロ文化を論じられるのである、と書いて。マイクロワープロを卒業し、マックテキストエディトに、移行したお祝いとしたい。と、思ったのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕は、銀山平の水彩画を描く準備を終わったので。銀山平の、僕の実写写真を掲載する。僕の水彩画コックピット(アトリエ)は、見事に準備ができている。準備も終わり、何か書いてみたくなり、書いたのが九十八番の祖父ネット、で。ほっと一息、というところ。書くと、描くという準備が完成した、瞬間である。冒頭の写真は、僕の先輩で。僕はこの時、油絵の道具は一切持たず。ただひたすら、ライカデジタルにお世話になった。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十七)

 

老人になって(後期高齢者などの)、ワープロも打てず。複雑なマイクロのフォントも選べず、アメリカマイクロは英語に重点がうつり、日本語などは軽視し始める今。こう言った悪い意味のアメリカ化の中で、置いていかれる日本人は多い。昔は、向こう(マイクロも)遠慮しがちに、こんなサービスもできもしない日本語を無理に使って、サービスをやっていたが、彼らだって世代交代するから。みんなクビになって、経費のかかる日本語フォントなど、選択肢からはねてしまう。ほんの、言い訳程度に選択肢に入れて、いるが、なんともひどい差別である。ローマ字時代ならいいが、英語時代とは、片腹痛いことで。自分たちが独占しているソフトが使いやすいように、しているだけで。親切心など、奴らにあるものではない。この現象は、予想されていた。が、なにせローマ字にすら、とても追いつけない日本人は、ローマ字とは、英語だと思い込んだようだ。ローマ字のその簡便さは、世界のトップで、自国の持つ風格(たとえば漢字など)などと言うものは、マイクロワープロにとって、今や。なんの未練もないである。それでも、いささか優しいのがマックで。僕は、それを認めて、自宅用は20年以上それである。が、それも、ことワープロでは、マイクロにかなわないで。ビジネスワープロの標準を独占した、マイクロは。そこにも乗り込み、マックも。どうしてもそれを使わないと(統合しないと)、日本で売れないので、止むを得ず。それと統合しているが、なんとも使いにくものである。僕も、今のこのマックで、マック独自の昔からある単純なワープロを使っていたが、何かと妨害されるので。少し会社で現役のころ盛んに使った、マイクロワープロ(嫌いだった)を使って、ここのところ書いていたが。まさに。そろそろ、嫌になってきた。今や、日本の文化となったと思われるワープロ文字とは、内実は思想なのであって。では一体、どのような思想であるかといえば、僕が言えば。単に、唯物的な絶望思想に過ぎない。アメリカ的な物質主義は、もはや世界を席巻するが。それに、しぶとく抵抗するのが、アラビア文字である。あの優美な世界でも、もはや買い手(石油)としてのアメリカに、どうあがいても飲み込まれれそうで。時々、テロで抵抗するにしても、もはや。世界の潮流からは、程遠い存在である。今更世界が、アラビア文字や、日本語や、漢字を。なんとかしようとしても、とてもローマ字に及ぶものではない。しかし、ローマ字になれるようで、慣れない日本人は。このような。僕のような、ヘボン式ローマ字の本家本元の明治学院で、勉強してみると。いかにも西洋化した日本の、ブロガーが。ここで、七十七歳にもなって。平然と、鬱陶しく臭いマイクロワープロで、文章を書いているのは。まさに、日本語の悲劇であろう。この悲劇は、いずれ生じると、予想されていたが、一番問題は。そこからスポイルされている老人(周りのご同輩が)皆、認知症になって。自分の思いの「一片」すら、うまく表現できない老人たちの。深い喪失感を、僕は多少とも、理解できるブロガーなのである。が、今更僕が、若い時から高唱し警鐘を鳴らしてきた、日本ローマ字化の問題は、もはや。時遅く。僕らの先覚者たちが、警告したように。日本は世界のなかで。急激に自国文化を失いつつ、異質化する日本文化の進み方は、僕にも先のことはわからない、が。日本文化が、いよいよ失われようとするこの今の時期は。なんと、暑い夏になったことか。僕は今日も、水彩画に挑戦し、銀山平を描く、つもりだ。それに、まさに。驚くべきことに、ここから全てをコピーして、マックのテキストエディトに、持っていこうとすると、なんと。できない。と言う現実が、あるとは。僕は、いよいよ。マイクロを放棄する決心をしている。次回から祖父ネットは、マックテキストエディットを使うので、時間がかかるかもしれない。明らかに、これは、アメリカの表面化しない陰湿な、金儲け主義の陰謀である。日本文化の消滅は、横浜新橋間の鉄道施設の、自然破壊から明確に始まっている。その、日本文化最大の悲劇が、太平洋戦争で、ある。と、言っておこう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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銀山平、実写。カメラはライカデジタル。最高画素を使用。3枚連続撮影、絞り側固定セット、だったと思う。

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2019.08.12

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十六)

 

「キリスト教綱要」も、やっと。ヒトラーの「我が闘争」に至った。暑い夏の秋の日の、さびしききびしき夏の。哀れな人類史に、至ったのである。このヨーロッパ史は、所詮人間史の典型である。それに比べ、太平洋戦争には、思想書はない。ということは、若い時に知った。日本では、よく東條英機を槍玉に挙げた。その孫が、明治学院に縁があったし、東条の弟がクリスチャンで、戦後自殺もしていて。詳しくはわからないが、それを明治学院の院長をした武藤富男が、直接。A級戦犯で、巣鴨プリズン(今のサンシャイン)に勾留中の東條に伝えている。武藤は、僕の明治学院大学時代の、安保闘争終焉後の院長で。僕も、直接見かけたことがあるが、言葉を交わしたことはない。僕は彼を散々研究もし、彼の書いた本も相当持っているから、かなり詳しく知っているつもり、である。まして、武藤は満州国高級官僚の若手として、たまたま年齢的に、死刑にならなかった人で、もし。もう少し、年齢が行っていたら、死刑は免れなかったであろう。で、そんな事情から、僕は。日本の、大東亜戦争指導書なるものを探したのであるが、それはなかった。と、不思議に思ったのは。ヒットラーの、我が闘争を初めに読んだ後のことである。闘争本は、何度か挑戦したが、何度挑戦しても。一向にわからなかかったのは、なぜか。なぜ、あそこまで、民衆は煽られたのか、ということ。要するに、思想であるが。キリスト教綱要と一緒に、読んでみると。まさに、その理由は明確であるような気がしてきた。のは、綱要物語ゴードンのおかげと言えるだろう。教文館も、素晴らしい本を出版したものである。それにしても、それは。ヒトラー本の、冒頭に。彼自身が書いたもので、あらかた定まっている。それは、オーストリアとドイツの統合、の悲願である。これが、大衆を惹きつける。ドイツ再興は、神聖ローマ帝国の再来にすると本にして、一次戦で敗北したドイツの。高い理想を、掲げたのである。ヒトラーの大衆動員力の、原動力はこれで。間違いがない。全ては、ここにあったが。これにはっきりと、気がついたのは、これが初めてである。日本が、鬼畜米英と高唱し。アジア植民地主義からの、アジア解放を叫んだのと似て。一種の、戦争遂行モデルなのであると、僕は知った。が、七十七歳にならないと、わからない、僕の非才を悲しんではいない。ただ、明確に、若い時は、自分の意識に登らなかった、というだけの問題で。それは、以前から明らかなことである。が、明確に意識のまん真ん中に置いたことは、これが初めてである。とは、少し遅いと思う。これで、日本人も、大いに燃えたのであるが、なんともはや、悲しき犠牲を払ったもので。二度と戦争はすまいと、思った日本人は、今やあらかた消えて。ぼんくらの僕ら、のような昭和16年生まれが残ってしまい。精鋭な先輩たちが。次々と、日々死んでいくのには、参る。暑い夏となった。ヒットラーを訳した、お二人の秀才の経歴は、この角川文庫(上下二冊・初版昭和48年)には、書かれていない。が、読むと。僕ら戦後で教育を受けたものに、大いに期待して。このような怪物天才(ヒトラー)を、いやいや訳す、と書いている。悲しいかな、今は。アジアの怨念のマグマは。北朝鮮や韓国、果ては中国に及んで。僕らがとっくの昔に忘れている、ヨーロッパの。アジア植民地主義(モデル化した日本を含む)の、怨念返しを実行しているのをみると。人間は。決して戦争をすることは、やめるべきだと言った内村鑑三の、非戦論の高さを。高いアジアの思想書として持っている日本の、ありがたさを、感じる。のであるが。僕は、またまた我が闘争を読み。ヨーロッパ神学の凄まじい思想闘争を勉強している、が。この夏の僕なのであると、暑い。セミが鳴いている、ではないか。と、ふと気づいた朝となった。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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いよいよ秋なので、僕の水彩画の時期になった。僕は昔、示現会の旅行会に行き。素晴らしい日本の自然に触れた。最高の自然は、銀山平にあった。僕は、ライカで、撮影し。現場では、一切絵は描かなかった。それで、家に帰り、何枚か油に挑戦した時、ほとほとその風景に圧倒されて、しばらくそれらを描くことを諦めていた。が、水彩に転向し、修行もあらかた進んで、今や。それを観ると、僕は。どれも描けるという、描きたいという自分に気づいた。銀山平は、僕の宝物で。僕は、テキストに疲れ気味の自分を、リフレッシュするため。銀山平を水彩で、どれもこれも描く準備をしている。以下全て、銀山平。カメラはデジタルライカ。画素は最高画素を使用。

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2019.08.11

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十五)



「白鳥泥棒」(エリザベス・コストヴァNHK出版・2012)「上」を、読んでいる。物語の主人公は、今の所「絵画」である。エリザベスはベストセラー「ヒストリアン」を書いて、世界を制覇した。人。おそるべき人である。その123ページ(15・ケイト)を今読み終わった。詳しくは書けないが、要するに女から見た、男の誠実な性を書ききっている。とは、七十七歳の、僕のショックになった。僕は夢中だった。勃興する性を抑えるというか、制御するというか。そういった意識もないまま、僕はカルヴァンの人間論に従った。要するに高校生の僕は、「カルヴァンの人間論」に手を触れたのである。明治学院の近くに、明倫堂という書店があって。今はコンビニだが、昔はそこが本屋だった。その先に、小説家長谷川伸の立派な家があり、僕はよくその本屋で立ち読みをした。そこに、その本があって、僕はそれを買った。今も持っている。その冒頭が、僕を支配した。「人間の真の自己認識は、人間の神認識の反映である。」どこからの引用とは書いてない。大文字で、まず書かれているから、それはカルヴァンだと解釈した。が、書いた人はトーランスという人で。この言葉は、敗戦国家日本の僕の、国家テーマと大きくぶつかって。鬼畜米英、激戦の末に負けたわが国が、僕の国である時期。多感な高校生にとって、それは。あまりにも意味不明な、人間社会であった。から、僕は、その言葉を採用した、と思う。要するに、真の人間認識をしたかったのである。で、僕は、カルヴァンのキリスト教綱要に手を出し、バルトの「ロマ書」を読み、ブルンナーを読んで、高校から直の明治学院大学に進んだ。そんな僕を支配したのは、僕の性である、が。僕は必死に性である自分の、生をさらに、教会に行きながら見つめていた。そんな時に、僕は。コストヴァが書いた、受け側の女性の性を知らないのは当然で。それを読んで、僕は、なんとなく、よくわかるような気がした。僕にすると、性とは、突撃的で後退せず、激しく盲目的で、単一の目標だけがある、とばかり思っていたあの時期。あとは、激しく膨張する馬を静めて、僕は自己と戦っていたが。僕は、コストヴァが、前の妻の初めのデイトの時の、あの受けがわのデリカシーに。いかにも女性らしさを感じたので、すごい書きであると感心した。あの頃、エイズが流行って、コンドームをしなければならない、という男の焦りまで、見事に書いている。と、僕はそれをしなければならない、エイズよりもっと前の、僕の性を思い出した。白鳥泥棒は、ギリシャ神話が主題である。その中に秘められた、ヨーロッパの秘密の何かを、書くのだろうが。僕は、ヒストリアンで見せた、あのカトリック崩壊の意外性を覚えているから、さらにこの小説を読む。という喜びに満たされて、今日も残暑、だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、今回は僕の絵画。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十四)

 

暑い夏も、いよいよ。なんとなく、秋か。こんな時、そら恐ろしい思いをしている。それは、神学である。ここでよく最近書く、カルヴァン、ブルンナー、バルト。そして、要するにヨーロッパ宗教改革。こんな面倒な話に、僕は。お定まりの明治学院の高校生の時に触れて。これ(僕のこと)、である。実は、今読んでいる「キリスト教綱要・物語」(B.ゴードン著・出村彰訳・教文館・2017)の第8章に、「二人の巨人・バルトとブルンナー」がある。だいぶ読み進んだので、かまわず先読みしてみると、驚いてしまった。バルトにしても、考えてみれば当然であるが。それへのバルトの「接触はきわめて早く起こっていた」という。この、きわめて早いバルトとは、彼の学生時代だとある。から、僕と同じなのである。僕が、バルトの有名な神学書、「ロマ書」を読んだのは、明治学院高校の時だ。併読して、カルヴァンの綱要も読んだから、なんと。すごいことをやっていたのだと、今更ながら唖然とする。片方はスイスの高名な神学者で。僕は今も普通の人で、画家なのである。で、これはなんだ、ということになった。僕は、当然高い人として、バルトを読んで、わからなかったのであるが。バルトと日本人高校生の僕とでは。バルトは、学生時代に「それ」を読んで、それに(カルヴァン・キリスト教綱要)に、のめり込んでいく、と書いてある。しかし、僕は読んで、みたが、のめり込むということではなく。僕はそれから、一生をかけて。キリスト教のいわば一般教養のようなものに、のめり込み。七十七歳になった、日本人ブロガーに過ぎない。しかし、バルトは書いている。1909年(明治42年・親父が生まれたのが41年)ジュネーヴの牧師に就任した時、彼はカルヴァンがしたような、同じ説教をし聴衆に(カルヴァン教会で)語りかけ、その後彼は、綱要に本格的にのめり込むようになった、らしい。僕は、僕が、僕の壮年期に妻と一緒に、その教会の前で色々と写真を撮って、レマン湖が見える丘の上あたりにある美術史美術館、に行った時のことを。本当に最近不思議に、思い出すのである。で、これは、なんであるか。僕は、この日本の暑い夏に、ブロガーとして、こんなことを書く人間になったのか、と思っていると。遠くでセミの声がするので、ここは日本であるな、と気がつくのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今日はランダムに、スイス。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。全て実写。

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2019.08.10

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十三)

ローマ帝国がキリスト教を公認するのが、313年、国教化するのが392年と他愛もない話である。早いなー、という印象である。これで、キリスト教が、一気に政治化する。のであるが、ここからは悲劇のキリスト教である。政治に取り込まれたキリストイエスの言葉は、神学者によってかろうじて保たれながら、キリスト教とは名ばかりの。非キリストイエス化ばかりが、目に着くのが、その後のローマ史(いわば世界史)である。し、キリスト教史である。戦争がその例で、枚挙にいとまなく。世界史の代表であるキリスト教文明史は、まさに戦争史なのである。が、それは、神学史でカバーされる、が、所詮戦争を合理化したりする神学も、あるから。要するに、人間の罪の歴史は、とめどなく深くなるばかり。今の文化が、核兵器を制御できない人類の悲劇は。結局、破壊的消滅に、至るとしても。それはそれで、当然考えられる人類史である、ということを老人がいうから。暑い夏の朝は、気分が悪いのである。それは。老人として消えゆく自分史を、キリスト教史に重ねるのであるが、同時に、そこに永遠の生命論が。神学的に初めから、キリストイエスにあって(ローマの国教化以前に)、それは神の言葉(啓示)として。信仰の初めに存在している、ことが。イエスをキリスト救い主、神の子、とする神学の。あるいは信仰の、原点なのである。イエスの史実は、歴史学的には存在しない。ただ、聖書に、言葉として残っているだけで(聖書の歴史学はある)、ローマの歴史書のなかに記録が「ある」訳ではない。つまり、聖書としての言葉が。キリスト教の信仰の原点で。この言葉を巡って、神学者は信仰を。人間生命の永遠化にターゲットしたのである。それは、いたって早く政治的になり、ますますその効果は絶大であるが。それは当面、日本には全く関係のない、話である。日本の歴史に、本格的な基督教の政治化は。戦国時代に少しかすった程度。の問題で。日本にはキリスト教は定着し増殖はしない、と、思って間違いのないことである。日本のキリスト教は、政治化していたヨーロッパキリスト教の流れを、汲んでいるだけで。今後、日本の政治が、キリスト教を国教化することなど、あるわけもない。キリスト教の歴史上の、世界征服のエネルギーは、政治的キリスト教であり、神学的キリスト教ではない。だから、日本にキリスト教はないかといえば、全く的外れ。政治的でないからこそ、ある意味では。べったりと個人化(無教会化)し、そこに厳然と鎮座してしまうキリスト教が、日本のキリスト教である。結局、西洋文明の受容とは。政治化して巨大化した、キリスト教の受容に他ならず。この現実は呆れるばかり。日本は、キリスト教化したモダンジャパンであると、少し見回せば明らかなことなのであると、僕は。今更、銀座でコーヒーなど飲む気もしないが。銀座のドトールや、ベローチェで安いコーヒーを飲んでも。僕の昔の、銀座気分が蘇るとはいえない。と、皮肉って。僕は近くの、アンテンドゥで「白鳥泥棒」を読む。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これが、僕の銀座。僕の絵や、ライカで撮影した銀座や、僕の個展の画廊など。並べてみた。

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2019.08.09

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十二)

エリザベス コストヴァが果たして、実在の人物かどうか。は問題ではない、というのだろうか。第一に彼女なのか、彼氏なのか、も、わからないが。エリザベスという名前は、女なのであろう。前作ヒストリアンは、かなりハードで。ガッツ型の小説で、その展開も男らしかったが、今度の白鳥泥棒は、見事に、一層男らしいところが露出している。例えば、美術館で。自分の患者が強襲した、絵画の確認に、精神科医の彼もそれを見に行く場面。そこにいた美校のアルバイト学生が、ノーパンという表現は、納得できない。これでは、男が立たないが。これは、どう見ても女の作家とは思えない展開である。で、僕は、検索したが、一向に深い、作家の経歴など、どこにも書いていない、とは。驚きである(少しは書いてあるが)。あえて、作家の個人情報は詳しく書かれず、男とか女とか、もわからないと思っていると。本のハードカバー裏に、コストヴァの写真が載っていて、いい女でないか。つまり、僕はすっかり安心して、生の転換をしないで済んで、僕は読み進むことにした。女が書いたとは、とても思えない、精神科医の目線は今まさに。患者である画家の強襲意図が、どこにあって、どう展開するのか。という問題に踏み込んでいる。ごく初めの頃の部分に過ぎない。が、そこに出ている、僕が今書いている、キリスト教史のなかの。宗教改革の精神が、バッチリのぞいている(ノーパンだから)魅力的な構造が見えている。で、アメリカという国の、奥深いヨーロッパとの繋がりが、見えるのである、が。一方、宗教を克服した、アメリカ医学の科学的知見の苦しみも見えて。人間の現代的苦悩は、ここまで来ているのかというのが、僕の感想である。彼の、両親が牧師で、彼は苦しんだ挙句、精神科医の道を選択する、のであるが、それは。あくまでも、苦しめる人を救済したいという、アメリカのキリスト教精神を引き継いだもので。昔から、僕などはわかっていたが、現代の精神科医のところには、殺したい、テロリたい、犯したいという患者が溢れかえっていると、書かれ。それらを未然に防いでいる、精神病理学の最前線と。キリスト教的最前線が、見事に錯綜する様は、僕の。ここでの書きの(祖父ネット)。頭休めには、もってこいの小説である。が、この小説はなんと分厚く二冊。一冊はゆうに400ページはあるから、二倍の800ページ。果たして、祖父ネットの書きと両立などするのかと、思いながら。頭休めに、少し書いてみた。なにせ、読み始めたばかり、で引き込まれた。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕の、子供絵画教室。の、あるいちシーン。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十一)

「宗教改革」、近代のこれが全てである。と、思う。そこで、改めて、森田安一さんの「図説・宗教改革」(河出書房新社・ふくろうの本・世界の歴史・2010)を、読み始めた。図説は、昔も読んでいたが、今のようにわかるのは、テキストを十分に読みこなした後(まだまだであるが)だからであろう。読んでいるのが、カルヴァンの「キリスト教綱要・物語」(ゴードン著・教文館・2017)とペアーにすると、頭の中が整理される。実際、舞台である関連する場所も、それなりに踏査してもいるから、このあたりで。人生の終わりの時期で、終末と永遠を考えるときには、持ってこいの参考書である。それにしても、少し読んで思うのは。ヨーロッパのキリスト教、(発展)史、とは。呆れるほど政治的だ。僕は一種の勘で。キリスト教がローマ帝国の、国家宗教となったときに秘密があると、踏んでいた、が。それは、僕が。あまりにも早い時期に、日本人としては、全く特殊なキリスト教教育(明治学院)に触れ過ぎていたからである。日本の、キリスト教は実際には政治的ではない。政治的なのは、神道と仏教である。キリスト教を日本で政治化、しようとしたのは、ザビエルで。ともかく彼のターゲットは、天皇なのだ。要するに、政治化である。カトリックの経験から来ている。マッカーサーも内実は、同じである。人類史では一般に、宗教が先で政治は後である。どの地域でも、地球上は、だいたいこれで。例外はあると思うものの。これで我々の歴史はできている。特にヨーロッパは顕著で、ローマ帝国(帝国の一般宗教形態の含め)が隆盛を極め、そのあとで一神教の、キリスト教が侵入したのである。それを、僕ときたら。何でもかんでも明治学院でキリスト教先行だったから、僕の宗教観は。あくまでもキリスト教優先主義で。そのあとで全ての政治史が、ある。ことになった。って、七十七歳になってしまった。外国の宗教だから、理解することは大変難しいが、理解するとキリスト教は、いたって単純で単一な宗教である、とは、道半ばで気がついた。西洋文明が、近代社会で我々日本人に与えた悪影響は、計り知れない。が、一番は、僕らの封建社会を見事に、ぶっ壊してくれた、と言うことだろう。僕は、西部劇よりチャンバラ好きで、西洋墓参りより、日本の墓参りの方を好む。西洋の建物より、日本の建物が好きだし、女は日本人でなければ、ならない。と、書くと、言うまでもなく、語弊がある。が、今も簡単には無論、定まらない。銀座より谷中が好きだ。と言っても僕の両親は、谷中の墓地で、片方は西洋式(母)、片方は日本式(父)で、その実行犯は長男である僕だ。まことにバカバカしいことで、仲が良くないこともあり、いいこともある両親の宗教観は。生存中は母が、父の方によって、いたことは明確である、が。僕はそれだからこそ、あえて。母の若い時の望みを実現してあげた。と、思っている。要するに。日本は、西洋に見事に壊されたのである。しかし、よく考えてみると、壊されたのはローマ帝国という国家であって。人間的に持ちきれなかった帝国に、キリスト教を導入したのはコンスタンチヌスという皇帝である。ここから。キリスト教は政治的になり、世界の宗教に発展し、日本も世界すらぶっ壊してしまった。ということが、図説を詳細に読んでいると、わかること。で、が僕は、いまだにキリスト教徒で。さらにキリスト教徒であるから、ことはややこしいのであるが。僕はここにこそ、人間救済の光を見ている。のであるが。これが、最後の最後に残った、一層ややこしい問題であることは、問題である。秋になったら、古都鎌倉で、コーヒータイムでも、するか。という、イメージには痺れるね。銀座は、すでに壊れてしまった、と、誰しも日本人なら、密かに思っていること、である。あんなところでの、コーヒータイムなど、高いばかりで、ごめんこうむる。これで、日本文化は、決定的に破壊された、と思う。暑すぎるかな。今日の書きは。

 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、今日は僕の江ノ島。カメラはデジタルライカ、実写。

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この人が、僕が。本文に書いた母。ヴァイオリニストを諦めさせたのは、幼児の僕である。これが、僕の一生の痛恨事。として僕の、マザーコンプレックスになった。このカメラはライカではない。当時、はやった富士フイルムの使い捨てフイルムカメラ、だったと記憶している。横長ワイド版。

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これが僕のアトリエ。後ろが軽井沢80号油彩、手前が江ノ島油彩。

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2019.08.08

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(九十)

千回目標から見れば、九十回などまだほんのわずかの書きすぎない。が、暑いので。軽井沢にでも行って、エリザベス(コストヴァ)を読もうと僕は、新幹線に乗った。僕の軽井沢の家は、仮想の家で。実物などとっくの昔に人の手に渡って、自殺した学者ハーバート(ノーマン)をいう人も、もはや軽井沢で誰も言わない。ので、僕の小説を読むのには、持ってこいの環境なのである。実際は、ここは東京の僕の家で、要するに。僕は、クーラーをつけて、ベットに両足を投げ出し。コストヴァを読む準備をした。軽井沢に別荘を持っていたなどは、書きを面白くする工夫に過ぎないが。僕は、軽井沢には、度々よく出かけている。本の扉を開けると、マネの言葉が掲げられ。僕は人物画を描けないが、マネともなると。なるほど。その心がけは見上げたものだと、感心した。で、日中(ひなか)僕は、昨日。豊洲に行った。久しぶりで、豊洲でとんかつ定食を千円で食べ、目の前にあるバス停で、有明まで行って、その小中前、という停留場で降りて。びっくりした。十分もバスに乗らないのに、僕は。ここは、日本ではない、と思ったのである。コストヴァはベストセラー作家である。あの夢中で読んで感動した、「ヒストリアン」は。世界で売れに売れ、百五十万部にもなった人で。で、キリスト教を書いた彼女は、アメリカ人で。僕は、長老派の宣教医ヘボンを調べに。東京有明医療大学を訪ねて、バスに乗って降りたのである。それは、突然やってきた。本当に突然なのだ。必然ではないだろうなと、、僕は疑ってかかったが。ともかく僕は、バスを降りた。目の前に見える立派な大学は、僕が初めて知る大学である。僕は、軽井沢にいる夢を見て、新幹線に乗って、霧の軽沢駅に着いたのである。僕は、五階にある図書館に行き、すでに電話でお願いしてあった、journal of tokyo ariake university of medical and health sciences(面倒なので大文字を略す)という雑誌を閲覧しに行った。担当者は福田純子さんという人で。いかにも図書館で働く人らしい知的で素敵な人、にお世話になって。僕は、目的の本を閲覧し、コピーし、家に帰ってきたときは、四時過ぎていたが。僕は、この偶然、今日生じた出来事を、僕の必然と書くのは。いささか動揺がある。実を言うと、ここのところ、僕は。すでに何回も書いているように、「キリスト教綱要・物語」(ゴードン著・教文館・2017)ばかり読んでいて、ふと僕の勉強場であった明治学院のヘボンを。なんとなくヘボンが、スイスに行ったことがあるので。スイスとヘボンをネット検索し。それに関する文章を、ネット上で見つけ。その書かれた本が、実は、さっきの英語で書いた本である、と言うことで、僕はその図書館に行った、訳である。まさに、カルヴァンは運命論者で、僕は。それを今研究していて、頭がいたいのである。僕は、コストヴァの「白鳥泥棒」(NHK出版・2012)を真剣に読む、準備を今朝した。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕は、コストヴァが書いた「白鳥泥棒」を読む準備に入ったが、彼女は前作でヴァチカンを書いたので。僕も、僕の実写したヴァチカンを載せたい。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。

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2019.08.07

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十九)

猛暑の中を銀座四丁目についた。すぐそばの教文館四階。そこで、カルヴァン・オンデマンド版・新約聖書注解・ロマ書・新教出版社・2005年を買ったのは、病院の帰路である。最終の診断を受けに、そこに行ったのは、かなり朝早く。治療はこれで終わりです、と若い医者が言ってくれた。後期高齢者の病気らしい。いわば死の始まりの完治を受けて、池袋に行った。そこで、いつものおむすび昼食を食べ、ジュンク堂に行ったのであるが、そこにカルヴァンのロマ書は、なかった。電話して、教文館にあると確認し、銀座に行ったのである。暑いので、どこにも寄らず。そのまま帰宅して、いつものコーヒータイム。アンテンドゥで、コーヒーを飲んでロマ書を読み、帰宅した。要するに、病気は治ったが、ここからが確実な死への旅である。と、心に決めた。カルヴァンが16世紀、世界史に影響する本(キリスト教綱要)をスイスで完成したのが。二十代だったとは知らなかった僕は、高校生だった。どっかのおっさんが書いたものと、ばかり思っていたが、それが間違っていたと最近知った時。僕は、スイスのというより、フランス人の。文化的高さを称賛する自分に気づいた。僕は、パリのカフェーを描いて、二度ほど銀座で個展を開き成功したのは、画家筒井友美の指導があったからである。僕は、あの時。個展のことは右も左もわからず。若い時から知っていた、画家南田昌康に勧められ、無謀な挑戦をしたのである。が、予想に反し、個展は成功したのであるが、皆。この方々のおかげなのである。そんな銀座で、僕は教文館に行き、カウンターに準備してあった、それを買って。家の近くのアンテンドゥでコーヒーを飲みながら、少し読んで。つくづく、僕は、なんたる鈍才であるか。と思ったのである。要するに若きカルヴァンは、宗教改革の狼煙のもとで、16世紀の死にゆくヨーロッパの混乱をなんとかしようと、若き俊才として。世の中を心配し。カトリックの勉強をしたものとして、真面目に。では、宗教改革の福音主義とは何かを。まさに命をかけて、考え抜いた、誠実な人だったとは。高校生の僕には気がつかなかった。のであるが。やっと、七十七歳にもなって、死の旅路の準備に入る時(永遠の生命)、初めて、真剣に。僕は。人間の永遠を噛み締めている、自分に気づいた。僕は、ため息をつきながら、炎天下を家に帰った。

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 筒井友美作品。

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だから、今日も僕は、マッターホルを載せる。これは、スイス人は絶対言わないが、彼らの信仰の象徴であると、わかる。彼らスイス人は、キリスト教新教(プロテスタント・カルヴァン)であるがゆえに、偶像崇拝ができない。で、も。彼らは、心の中で密かに。我らのマッターホルンは、「神の山」だと、思っている、と、僕は思っている。実写。

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2019.08.05

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十八)

宗教改革を研究していると、若い時と違い。あらかたのことは知っているので、細かいことなど、一切知りたくない。が、ヴィジュアルで見ることが、できるはずだと思い。探すと、古書にあった。昔も、見たのであるが。今見ると、何であれ。人間の愚行には、呆れ果てる。日本人は歴史の中で、あんな、酷いことをやったことがあるのか。考えて。聞いていないと思った。スイスだか、ドイツだか、知らないが、実に酷い。もちろん、第二次世界大戦の太平洋戦争も悲惨だった。しかし。物語本の挿絵には、本物の悲惨が描かれている、と思う。しかし、本当だろうとは思えない。おかしなことに、昔もちゃんと見ていたが、今改めて見ると。ジー線上のアリア、を聞きながら書いているので。ヨーロッパ人種は、どうしてこうも残酷なのか。その影響かもしれないが、アメリカは原爆を二発も、負けの決まっている我々に、食らわせた。残酷なヨーロッパ人の、成れの果てなのである、と気づく。銃を乱射して、ヒスパニックを狙った卑怯な白人は。結局、ヨーロッパ人種の成れの果てで、宗教改革の時に、非常な残酷な殺し合いをした人間なのである。と書かざるを得ない。が、僕は火をつけたり、毒ガスを蒔いた日本人も知るが。それは、最近である。僕などは、太平洋戦争の、日本軍の残酷ばかりを聞かされて成長したから、その時点で。見ていた宗教改革の残酷は、なんとなく見過ごしていたのである。しかし、この歳になって、カルヴァンの神学「キリスト教綱要」を、コツコツと読んでいると。あれほど、しっかりと、神学されているがゆえに。結局あの時。1000年以上続いていた、カトリックの政治利権がズタズタにされて、大衆から見放され。それに連携している旧来の政治勢力が、軍隊を投じ。まさに、新勢力を徹底的に駆逐したくなる、凄まじさの表現なのである。憎い、の一言が、あの悲惨に表現されている。また、新勢力も負けず劣らず、プロテスト(プロテスタントの呼称の元)する。悲惨な殺し合いの絵画は、なんとも無様としか、言いようがない。今それを、インテリジェンスの高い書き方で、まとめ上げるゴートンを、悲しく読んでいる。「キリスト教要綱・物語」は、胸躍る読みものでもあるが。が。また、「図説・宗教改革」(森田安一著・河出書房・2010年・古書で申し込み中)も、若い時と違い。そこに表現された悲惨を(物語の挿絵と同じ挿絵がネットで確認できた)、想像しながら。人間の馬鹿さ加減を味わい。暑い夏を過ごしている。と、ため息が出る。であるが、ゆえに。26歳のカルヴァンは、近代の「原罪」を、徹底的に神学したのだと、確信できる。これも、画家筒井友美の描く、「帰る場所」なのかもしれない。と、思いながら。夏は、やはり暑い。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今回は、西洋人の残酷に嫌気がさして、日本的風景を掲載する。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十七)

僕の手元に今ある、村田四郎「ロマ書」の出版は、昭和111936年。村田が49歳の時に出した本である。それを77歳の僕が今読む。僕が、白金教会で彼を見かけたのは、その時の牧師、山永武雄がエスコトーするもので、村田がその日の説教をする、時だ。僕は、25、6の時で。村田は僕が、中学生の時から礼拝で、説教をする人だったから、僕は知っていた。のであるが、彼の方は僕など、眼中になく。さっさと、式服の支度をしていたが。彼は、明らかに体を痛めていた。それを、山永が介抱し。講壇の方に行ってしまったので。僕は席の後ろの方で、彼の説教を聞き。その日は、何事も起こらなかった。が、それ以後、僕は彼の姿を見ていない。多分、彼の最後の説教であったと、思う。その人を、Wikipediaから、何も加工しないでコピーすると、次のようになる。村田 四郎(むらた しろう、188792 197127)は、日本の神学者牧師明治学院5代目院長。

村田沰冶の四男として山口県吉敷郡山口に生まれる。1911年明治学院神学部を卒業する。卒業後1912年に渡米し、オーバン神学校で学び、1912年に卒業する。卒業後も研究科に留まる。1917年帰国し、大阪南教会牧師に就任する。1918年に明治学院教会牧師に就任し、1919年に明治学院中学部の教師になる。

19484月、矢野貫城の後継者として、明治学院第5代目院長になる。1949年には明治大学学長を兼任する。1953年に指路教会の牧師に就任する。1955年には日本聖書協会理事長に就任する。1957年明治学院院長を辞任する。1959年に関東学院大学の学長になる。

参考文献[編集]

  • 『日本キリスト教歴史大事典』教文館1988

 

誰が書いたものか、いい加減な文章で。あるが、この書き手にとっては、この程度の人物に過ぎない。しかし、僕は。彼の分厚い「ロマ書」を手にとって、勉強家の彼が。僕の洗礼の牧師、山永武雄の、その先生である、ということを知るのである。で、村田の師が、ここで最近よく書く郷司慥爾で。これが、日本のカルヴァン派(長老派、プレスビテリアン、改革派、僕に言わせればスイス派)の信仰的、新教的正統信仰の系統である、と書いても。わかる人などいないと、諦めている。が、僕は、今朝。毎日新聞で。「移民を憎悪し乱射20人死亡」の記事解説を読んで、いよいよ格好よく過ごしていたアメリカ(アメリカ史や白人)も、まさに。ここまで追い詰められたかと、とびっくりしたのである、が。結局彼らも、アメリカインディアンを追い詰めて、西部開拓をしたと僕は知るし。僕は、もはや無教会派なので、なんの。感想もない。僕が、十年間明治学院にいて。アメリカ周りのカルヴァン派の、正統信仰を引き継ぐ。明治学院や白金教会にも行き。そこで、洗礼も受けて。私なりのフィールドを得させてもらい。わがままに、育てられた、という事実も僕は忘れてはいない。時、のアメリカは。まさに夢の国であったが。僕は、へそが曲がっているから、アメリカにも行かず、英語も嫌いで。外人教師とも特別に仲良くもせず(向こうは注目したらしいが)、中国を勉強して、内村鑑三に惚れて教会を飛び出し。今は、教会などと、いうところには行かず。ただしかし。高校の時に勉強していた、カルヴァンの「キリスト教綱要」を。それこそ50年ぶりに買いに、ジュンク堂に行った。ところ、僕は、その本体は買わず、棚にあって魅力的な、「「キリスト教綱要」物語」(B.ゴードン著・教文館・2017年)を買ってしまい。江古田の床屋さんを目指して、炎天下を歩いて、そこに行き。散髪して、日陰を求めながら家まで歩いて帰った、暑い日であった。その本をちょこちょこ読むと。僕の青春のエッセンスが詰まっている、とわかったので。僕はその後、幸せな気分で、暑い夏の夜を過ごせたのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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暑い夏の、またまた、涼しきスイスの信仰の山、マッターホルン。彼らはそれが、偶像崇拝になるので、信仰の山などとは、決して、口が腐っても言わない。それが、プロテスタントキリスト教の代表的派である、カルヴァン派である。実写。

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2019.08.04

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十六)

今日は明らかに、日曜日だが。僕は、何も特別なことはしない。ただ、急に。意識の中に、村田四郎が書いた「ロマ書」という分厚い本が、頭に浮かんだ。村田は、僕の師だと僕が勝手に思っている、山永武雄の師である。し、明治学院の院長でもあったから、僕は。これら一連の人たちが、僕の「カルヴィニズム」の源流である、と思い始めている。僕は、棚から村田の本を出して、今手元にあるが。それは、カルヴァンなどを読んでいて、結局。クリスチャンとは、パウロと言うすぐれた聖書執筆者、を得て。初めて可能となり。こんなにも長く、1500年強の年月に、耐え。我々に影響する聖書の、ロマ書(今の日本語訳聖書では、ローマの信徒への手紙)が、あって。出来たキリスト教だと、思うからだろうと、思う。現代の神学者バルトも、このパウロを解釈して、難しい。彼の時代(ブルンナーの時代でもある)を解釈したのであるが。それも、少しは、僕も明治学院高校の頃、読んだのである。つまり、明治学院は、あの頃(僕が教育を受けた時)。戦後のマッカーサー政治が生きていて。いわば、ローマ帝国の国教となって、世界宗教として発展するキリスト教と、酷似していて。いわば政治というエネルギーを得て、日本で少しは。発展したということが、僕にもやっとわかった。宗教改革時代も同じで、カルヴァンは。野にある宗教家ではなく、ベルンやジュネーヴで活躍した、いたって政治的に力量のある、フランスの亡命宗教家(カトリックからの)として認められたからこそ。その鋭い、近代的聖書理解が通用していったのだ。と知れると。僕は、現代の。完全な個人主義時代の宗教というものが。このような、ネット手段を持てた、ということ自体が。やはり、なんとも尊い神の業であると。つくづく、有り難く感じるのである。もはや、世界の政治力で、キリスト教を宣教する(広宣する)時代などは、ない時代なのであるが。であるからこそ、新たな時代がすでに到来したのだと、考えながら。村田四郎のロマ書、を。読みなおしているのである。で。僕は、今も。パウロの一字一句が、これほど鋭く。我々を打つとは、とても信じられない。のである。

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 筒井友美作品。

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カルヴァンがフランスのカトリック亡命者である、と明確に意識すると。僕は、ここに、僕の実写したヴァチカンを掲載したくなる。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十五)

カルヴァンの第1章、を読んでいると。僕は、これを少しだけでも、高校の時読んだものだと、呆れる。僕はこれを読んで、あの頃、何がわかったのか。今読むとわかるのか、難しい問題である。この500年も前の神学を、今僕が読むが。しかし。聖書はそれよりも、はるか昔約二千年前、などという時間軸は、いったい我々に何を語るのか。イエスの言葉は、2000年前、なのである。この事実、例えばマタイ伝(マタイによる福音書・以後マタイ伝とする)5章冒頭。汝ら心の貧しき人々は、幸いである。などは。今にも通じる、偉大な言葉で。実際に発されたのは、二千年前なのである。僕は、今の目的が「永遠の生命」で。貧しき心の者として、「永遠」問題にやっと、達したのであると思っている。若い時は、永遠の生命より、貧しき者に目が行った。が、今は逆になってしまうのは。僕も後十年と、この世にいないと、覚悟するからである。で、神という問題を、真正面からカルヴァンで読むのであるが。これが、四百年前に、27歳の若者によって書かれた、と信ずることは、とてもできない。が、この27の天才は、明晰な頭脳を持って。聖書全体やキリスト教の古い初期文献(彼から見ても1500年前の)まで、読みこなし暗記したとまで言われている。という人物によって、いわゆる近代個人が生み出されたとするなら。僕は、この薄明の教場から、明るい大道に出て。今もなお通用する、カルヴァンの神論と人間論を、研究したくなるのも。自分ながら、わからないでもないが。この古い16世紀的テーマは、我々現代人にも必要なテーマで。神の理解こそ、人間理解であり。人間を知ることは、神を知らねばならないことである、というテーマは。まさに、現代の福音として、非常に重要だと、思っているのである。なぜなら、非常に唯物的、である現代社会にあって。人間が、阻害されて生きているのではないかと、思われることが。世界中に広まっている、ような気がするのは。私ばかりではないであろう。人は、神に創られた者であるからこそ、尊い。それは、神が尊いからで、あって、その神が創られた森羅万象は、尊くある(存在する)、のが本来の姿なのである。と、することこそ。今の社会にあって、一層重要な認識である、と思い。「現在する神」を理解する意味であると、僕は思うのであるが。ブルンナーの元はカルヴァンであり、カルヴァンの土壌はローマなのであるが。そのようなヨーロッパが、果たして今後。どういった世界を「創造」していくのであるか。また、ブリューゲルの描いた、奇妙なヨーロッパ現象が再来するのか。若い芸術家や思想家たちが立ち向かう、世界はただならない。という僕は。人ごとのようにいっているわけではない、が。僕の目は、この世というより、もはや永遠の方向に転換、しているといっておきたい。のであるが。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕が描いた、垣根のバラ。パステル。今は取り壊されて跡形もない垣根は、僕の好きな近くの公園の、きっとバラの好きな、当時の担当者の。心から、バラを愛して止まなかった人の、美しい心を。僕は、かろうじて。描いていたのであるが。その時、僕は。その垣根があまりにもあっけなく、終わってしまった現実を、目の当たりに見て。人間道の儚さを、つくづく悲しい夢と思うものの、僕が。かろうじてそれを、描いていた、という事実として、僕が。ここに掲載するのが、僕の地上のせめてもの役目なのであると、密かに思っているが。描いている時には、もちろん予想もしていない、ことなのである。

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2019.08.03

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十四)

ジュンク堂で、いよいよ「キリスト教綱要」を検索した。明治学院高校の時に、ちょっと読んだもので。もちろん超有名であるから、プロテスタントキリスト教世界では、出版が切れない本である。その売り物は、要するに。近代社会を形成した神学、というもので。世界史、などを勉強することになると、どうしても避けて通れない、本である。が。それを、読んだもの、などいるわけもないと。一般世界史を勉強する学生が、読めるようなもの、ではないと判断できる。しかし、今、人間がここまで、劣化する現象の前で(核戦争の危機、温暖化など)、僕に言わせれば。いよいよ、読まなければ、ならない、本だと思うのである。単に、一部の大した人数もいない、日本のキリスト教徒などは頼りにもならないが。一般の方も。読まれたらいいのではないか、と思う。この辺りは、日本思想史とも絡んで、ややこしいことになるが。それをあまり、気にせず読めば、なんとなく安心する世界が、あるいは。「ある」かもしないし。僕が、びっくりしたのは、こういったことが。ネットやリンクで、ドイドイ調べられるので。興味のある人がいるとして、それを利用し。さらに、このような面倒な話に、首を突っ込める人もいる、のではないか、という時代の風が。すごいと思ったのである。僕らの古い時代では、僕らがそれを知るためには、本を読む以外に、深くはわからないことで。特別に牧師になりたくて、神学部などにいった人なら、勉強することであると、思うものの。しかし、なんらかの方法で、こういった一般的でない、特殊な本が。今の、人間劣化を受ける現代社会の。いささかの問題解決に、少しは興味を持つ人が、あるとして。昔よりは、少しはテクニカル情報社会で、役にたつ時代になった、と思ったのである。要するに、「教会で信者を教育する時代」は終わった、ということ。を、どのような方法で、新たにキリスト教は解決するのか、が課題で。政治力で教会に大衆を集め、そこで教育をしつつ国づくりをする(礼拝をする)、四百年前の宗教改革が。今の時代でも、どのような力量が、残っているのか。この稀有な本で、検証することは、いうまでもなく絶望的で。無教会の僕が、無力な信仰を提げて。僕だけの薬籠にせず、多くの人とともに。少しは役に立てるものにする、という悲願は、ある。と思いつつ、神を信じるという素晴らしい経験、に達する現代人を、少しでも生み出せれば。僕の目的は達せられるのであるが。で、カルヴァンの第1巻第一設問を、昭和十年の郷司慥爾の訳で書くと、「神に関する知識と我々人間に関する知識との関係およびその性質」という設問を、最新のネット現代訳で書くと。「神に関する知識と我々人間に関する知識とは、相結合している。而して如何に相互に関連しているか」などという、如何にも具体的なことを思わせる翻訳設問には。あるいは、いささかの、反応もあるのではないか。と、思うのであるが。ただし、スピノザのような汎神論ではない、キリスト教の神は。あくまでも、処女マリアから生まれたイエスを、神の子とする宗教であるところが、特徴で。果たして、この高い理解しがたい垣根を、日本人は越えられるものなのか、どうか。まさに、個人的問題と、ならざるを得ないキリスト教信仰は、人間救済の深い問題である。と、思うのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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スイス写真も、だいぶ飽きたが、しかし。まだまだ千回には遠く。相変わらずの、掲載となると思う。この人物は、僕です。だいぶ若い時のもので、今はほとんど、老いぼれていますが、書くほうがそれに比べ、すごいことを書いていると、自分でも思っています。

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下のスケッチは、僕のものです。全部スイス。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十三)

で、恐るべきことに。前回の、カルヴァンの神学で。人間は一向に信仰的には行動しない。ということが、わかる。カルヴァンの文章を読めば、ますますわかることである。信仰的に、行動するということ自体が、非近代的な行動(古代社会的行動)で。主体的に行動する近・現代人に、宗教的信仰行動など、起こるわけもない。信仰とは、何か。神を、このように中心にして。私のように、朝はまず神に祈り、世界がどうぞ平和であるように、とか。僕の知る人たちが幸せであるように、などをまず祈り。1日を始める人間は、いったい誰か。その人がその後、顔を合わせる人々は、今朝は、祈ったのか。などのチェックを、誰ができるのだろうか。それが、できるのは、神で。その神が、世界中の人間をチェックしていて、成績表なるものをつけて、いて。それを、ある日突然。僕らに突きつけられる日が、来るのだろうか。それは、考えられない。要するに、不合理に過ぎない。で、日曜日、教会に行く、というチェックが可能な、16世紀の問題意識(宗教改革意識)は、スイスで確立されていく。また、それが可能な、政治的圧力が大衆に覆いかぶさって、スイスの大衆監視状態は、宗教改革以後も、一向に揺るぎないものであったに、違いない。スイスの大衆が、あるいは少なくともジュネーブの大衆が、カルヴァン神学で。日曜日になると教会に集まり。それが粛々と、現代スイスを作ったのではないか。その事情は、まだまだカトリックの強い、フランスとかイタリーとかの、日常も。旧態カトリックとして規制していて(カトリックも近代化していく)。何かとキリスト教的政治世界が、紛糾する、いわゆる西洋文明世界が。近代社会に向かって、進み始める。それでこそ21世紀の僕らは、相変わらず不信仰のままでさまよい。というのは。僕らの、現代的信仰的行動では。教会という政治機構である踏み絵などは、もはや。信仰の純正や、高さ、あるいは低さ、などを図る尺度として。一切、機能などしないのが、実態である。ここまで来るのに、五百年はかかている。が、だからこそ。僕は。人間と神との関係が、カルヴァンが二十七歳で書いた。優れた世界を変えた「インスティチューティオ」(キリスト教綱要)の、驚くべき事項の中に。はっきりと、神学されているのを見る僕は。安心して。世界にはもはや、平和はなく。またぞろ戦争の匂いのする貿易摩擦が生じる。人間欲望の、調整不能を悲しまないで。神に、平和を祈る朝となった、と書くしかないと、思ったのである。朝から、今日もいやに暑い世界、だ。と、思う。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、またまた、くどく。カルヴァン教会の実写。コンタックスと、富士フイルムのコラボで写された、数年前のジュネーヴのカルヴァン教会。カルヴァンの家は、この近くにある。右手の坂を登ったところ、あたり。

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これが、カルヴァンの家の記念プレート。

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これは、カルヴァンの家の入り口。この道の向こうが、カルヴァン教会。

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2019.08.02

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十二)

で、続いて。そのまま「キリスト教綱要」をWikipediaから、コピーしておきたい。これが読めたら、大したものである。しかし、僕のような無教会派は、教会論には異論がある。それは、づっと、あとで書くことになる。それもいたって複雑であるが、仕方がないと思う。それを、総項目として一気に掲載する。読むだけでも、頭が痛くなると思う。しかし、これがヨーロッパの宗教改革の、中身なのである。

 

第一篇[編集

創造主なる神に関する認識について

  • 1章 神に関する知識と我々人間に関する知識とは相結合している、而して如何ように相互に関連しているか

  • 2章 神を認識するとは如何なることか、また神に就いての認識は如何なる目的を目指すか

  • 3章 人間の精神に賦与せられているところの、神に就いての知識

  • 4章 一部分は無知のために一部分は邪悪の為に、あるいは窒息せしめられ、あるいは壊敗せしめられたる、神に就いての知識

  • 5章 世界の構造とその不断の統治とのうちに明白であるところの、神に就いての知識

  • 6章 創造主なる神に到達するために、導者(導き手)および師伝(教師)として聖書が必要である。

  • 7章 聖書の権威を確立するため、聖書の神性視に、すなわち聖霊の証しが必要である。而して聖書の信憑が教会の判定によるとは、不虔なる虚構であること

  • 8章 聖書に対する信仰を、理性の堪える限りに於いて、充分堅固に証明すること

  • 9章 敬虔の一切の原理は、聖書を貶價して啓示へと馳せ行く狂信者達によって、覆される。

  • 10章 聖書は、一切の迷信を矯正していることによって、真の神をば、異邦人の神々に全然対置せしめている。

  • 11章 神に可視的形体を帰することは冒瀆である、且つ如何なる偶像でもそれを樹てることは、凡て、まことの神からの背教である。

  • 12章 ただ神のみが徹底的に礼拝され給わんがために、神が偶像より区別せらるべきこと

  • 13章 三位を自身のうちに包容せる神の本質の一体、この事は創造の時よりして聖書のうちに述べられている。

  • 14章 実に世界及び万物の創造そのものに於いて、聖書は、或る標識によって真の神を虚構的神々から区別する。

  • 15章 如何にして人間は創造されたか。茲に霊魂の機能に就て、神の像、自由意志、人間性の原初的純潔に就て、論ぜられる。

  • 16章 神によって造られた世界を神は己が能力によって撫育し且つ加護し給う、またその各部分を己が摂理にて治め給う

  • 17章 この教理は、我々に対してその効用を確立するが為に如何ように且つ如何なる目的に関係づけらるべきか

  • 18章 主は不虔なる者らの業を利用し、而して彼らの心をして彼の審判を遂行するように傾けしめ給う、而も彼の純潔は一切の汚濁なきものとして残る

第二篇[編集]

最初律法の下に父祖たちに、次いでまた福音に於いて我々に明らかにせられたる、キリストに於ける贖い主としての神に関する認識に就いて

  • 1章 アダムの堕落と背叛とによって全人類は呪詛を被らされ、而して最初の原位から堕するに至った。原罪に就いて

  • 2章 人間は、現在、自由意志を剥奪されており、かつ悲惨なる隷属に帰せしめられている。

  • 3章 人間の腐敗せる性質より生ずるものにして罪すべからざるものとては一つも無きこと

  • 4章 如何ように神は人間の心情のうちに働き給うか

  • 5章 自由意志の弁護として齎されるのを常とする諸抗論の反駁

  • 6章 亡滅の人間に対する贖いはキリストのうちに探求せらるべきである

  • 7章 律法が与えられたのは、古の人民を彼ら自身に於て止め置くが為に非ずして、キリストに於ける救いの希望を滋養して、キリストの来臨の時までに及ぶ為であった

  • 8章 道徳的律法の解明

  • 9章 キリストは、律法の下にユダヤ人に知られ給うたが、然し福音に於てのみ顕示され給うたのである

  • 10章 旧新約書の類似について

  • 11章 両約書の相違について

  • 12章 キリストは仲保者の任務を果たす為に、人と成ることを要し給うた

  • 13章 キリストは人間の肉の真の本体を纏い給うた

  • 14章 如何に二つの性質が中保者の人格を構成するか

  • 15章 キリストが如何なる使命を父より受け給うたか、また何を我々に附与し給うとかを我々は知る為に、キリストのうちに主要なる三つの職務、即ち、預言者、及び祭司としての職務を見るべきである

  • 16章 我々の救いを獲得する為に如何ように贖主の職分をキリストは果たし給うたか、其の為に彼の死と復活と昇天とが行われたのである

  • 17章 キリストは我々の為に神の恩寵と救いとを齎す功績を有し給うたと正当に、また当然に、云い得られる。

第三篇[編集]

キリストの恩寵を受くる様式、およびその恩寵より我々のために生ずる結果、並びに其に随伴する効果に就いて

  • 1章 御霊の隠れたる働きによってキリストが我々の益と成り給うことに就いての所言

  • 2章 信仰に就いて。その定義を立て、且つ如何なる特質を有するかを説明する

  • 3章 信仰によって我々が更生せしめられること。また改悔に就て

  • 4章 詭弁者たちが彼らの学堂に於いて凡そ改悔に就いて饒舌していることは福音の純真より如何に遥かに遠ざかっているか。茲に告白と贖罪とに就いて論ぜらる

  • 5章 贖罪に彼らが附加する補足、即ち贖罪券と煉獄に就いて

  • 6章 キリスト教徒の生活に就いて、且つ第一に、此に関する聖書の論述と奨励

  • 7章 キリスト教的生活の活用。自己拒否について

  • 8章 克己の一部分であるところの、十字架を負うことに就いて

  • 9章 来世に就いての冥想

  • 10章 現世と其の効用とを如何に用ゆべきか

  • 11章 信仰の義認に就いて、而して第一に、其の名と事実との定義に就いて

  • 12章 恩恵的義認を真面目に我々が確信する為に、神の法廷に留意すべきである

  • 13章 恩恵的義認に於いて注意せらるべき二つの点

  • 14章 義認の始原と其の連続的信仰

  • 15章 行為の功績を揚言することは、義の附与に対しての神への讃美、並びに救いの確かさを覆すものである

  • 16章 此の教理に対して教皇派の者らが憎悪を負わせようとする誹謗に対する反駁

  • 18章 行為の義を報酬に基づいて断定するは不当である

  • 19章 キリスト教的自由に就いて

  • 20章 信者の主要な修練であり、また神の慈恵を日々我々が受ける道であるところの祈祷に就いて

  • 21章 神が或る者らを救いに、或る者らを亡滅に、予定し給うた永遠の選びに就いて

  • 22章 予定説の確証としての聖書の諸預言

  • 23章 此の教理に常に不当に加えられる誹謗に対する反駁

  • 24章 選びは神の召命によって准允される。然るに排斥された者らは、其の定められたる正当な亡滅を、彼ら自身に招致する。

  • 25章 最後の復活に就いて

第四篇[編集]

神が我々をキリストとの交わりに招き、その中に留めおき給う外部的手段或は援助に就いて

  • 1章 真の教会は、凡ての敬虔者たちの母であるが故に、我々は此との一致を滋養すべきであると云うことに就いて

  • 2章 偽りの教会と真の教会との比較

  • 3章 教会の教師達と教職者たち、其の選定と任務について

  • 4章 古代教会の状態に就いて、及び教皇制以前に行われし統治の方式に就いて

  • 5章 統治の古代的形式は、教皇制の専制政治によって全然覆された

  • 6章 ロマ的座所の首位性に就いて

  • 7章 ロマ教皇制の起源と成長、及び遂に教会の自由を抑圧し、一切の制度を覆すまでの高度に登昂したことに就いて

  • 8章 信仰の教義に関しての教会の権能に就いて。また教皇制に於いて無拘束的放縦の為に如何に教理の一切の純粋性が壊敗にまで導かれたか

  • 9章 会議、及び其の権能に就いて

  • 10章 教皇が其の一味の者らと共に、人間の霊魂に極めて残忍なる専制を揮いし法律制定権に就いて

  • 11章 教会的司法権、並びに教皇制に於いて見らるる其の乱用に就いて

  • 12章 教会の規律に就いて。凡そ軽率なる宣誓の齎す悲惨に就いて

  • 14章 聖礼典に就いて

  • 15章 バプテスマに就いて

  • 16章 幼児バプテスマがキリストの制定及び記号の性質と極めて善く一致すること

  • 17章 キリストの聖晩餐、及び其が我々に賦与するものに就いて

  • 18章 教皇的ミサに就いて。此の瀆神によってキリストの晩餐は単に汚されたのみでなく、無に帰せしめられた

  • 19章 偽証の五つの聖礼典に就いて。即ち今日まで一般的に聖礼典と為された自餘の五つの聖礼典が聖礼典に非ざることを宣明し、其らの聖礼典の如何なるものであるかを證示する

  • 20章 政治的統治に就いて

翻訳

日本では1934中山昌樹が翻訳した。その後、「最終版(第5版)」が1962渡辺信夫による邦訳(新教出版社)にて刊行、2007から2009にかけて改訳版が上梓された。なお、「初版(1536年版)」は2000久米あつみによる邦訳(教文館)で刊行されている。

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(祖父ネット・注)中山昌樹は、明治学院を代表する翻訳家で、祖父ネットは。中山の翻訳した「キリスト教綱要」を、高校の時に少し読んだ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

で、実写した、スイスのカルヴァン教会をまた、載せたい。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十一)

残念なことに、「郷司慥爾」のWikipediaは、ない。「郷司慥爾」が、僕の中で完全に蘇ったのは、七十七歳の今であって、二十歳の頃、ではない。僕は、つくづく。古書店から昨日着いた、昭和十年に発行された郷司の本を、少し読んで。カルヴァンという人の聖書理解が、いうまでもなく天才的であり、その早熟は二十五、六歳のことであると、知って驚愕した。僕は、その著書を少しは、同い年の頃読んでいるが、まさか。同い年の人が書いているとは、思えなかった。こういった本は、きっとかなり歳をとった人が書いたので、到底読めるものではない、と早々に諦めた記憶がある。その、彼の名著「キリスト教綱要」を。改めて郷司本から知って。なるほど。世界を動かすほどの人物は、死ぬのも早いけれど(五十代)。僕らとは、格段の違いのあることなのだと。知らされた。で、僕は思いついて。多分、今のことだから。「キリスト教綱要」は、きっとWikipediaに、ある。と確信した。で、僕はその確信があって、今からここに。その全てを貼り付けたいのである。それもWikipediaのリンク機能をそのままに。そのもので。多分、リンクを追えば、凄まじいものであると、僕は確信しながら。まさに、こここそ「帰る場所」と、確信できた。以下、キリスト教綱要、リンク付きWikipedia

 

『キリスト教綱要』(Christianae Religionis Institutio)ジャン・カルヴァンの主著。

プロテスタント神学の最初の組織神学書である。15363バーゼルにおいてラテン語で執筆された。その後5度に渡って改訂増補され、1559に出版された第5版が最終版となった。後世、この版をもって各国語に翻訳されてきたため決定版と呼ばれることもある。なお、初版本を除き、カルヴァンは『綱要』ラテン語版を出版すると必ずその後フランス語版を出版した。最終版のフランス語版は1560に出版されている。

概要[編集]

『綱要』初版の序文にはプロテスタントを迫害したフランソワ1への献呈の辞が長文で現されている。初版本では、最初はロマ書講解の形をとっていたが、やがて、十戒使徒信条主の祈り礼典教会規定などの解説がつけられて、使徒信条の項目、キリスト聖霊教会などの主題にまとめられた。なおこの変化は、ルターの「小教理問答」の枠組みを借りて書き上げられた初版本が、その後カルヴァン独自の神学の形成に伴って次第に変化していったもので、譬えて言えば、ルター主義的な「律法から福音へ」が「福音から律法へ」と変化したことを示しているとされる。

カルヴァンが『綱要』を執筆した目的は聖書に対する神学的な手引きであり、特に、改革派教会の神学的基礎を記している。その中心的な思想は、「神の権威と聖書における唯一の啓示」の主張(一般に「神中心主義」としてまとめられる)である。

アリスター・マクグラスは、この本が「中世の聖書解釈の複雑な枠組みを必要ないものにしてしまった。」としている。[1]

スタンフォード・リードは「クリスチャニティ・トゥディ」宗教改革記念号(1965年)の論文「ペンテコステ以後最大のリバイバル」で、宗教改革以後に宗教改革ほどのリバイバルが起っていないと指摘しており、その理由として宗教改革の中心には教理があり、宗教改革の前進に強く作用したのは『キリスト教綱要』であったとしている[2]

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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写真は、スイスカルヴァン教会。僕の実写。カメラはコンタックス、富士フイルム使用。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(八十)

修理できたマックパソコンで、イヤホーンを使い、ジー線上のアリアを聞いていると。武藤のおよそ似つかわしくない、彼の元気な姿がなんとなく、優しく感じるから、おかしい。僕は、今回初めて率直に武藤富男の、経歴を。加工せずWikipediaのまま、前回で載せた。すると驚いたことに、彼の経歴が、呆れるほど。ネット上で様々にリンクするのを、見て。まさにこの人は。こういう人なのである、と納得した。僕らの時代は、こんなものはない。今は少し、うるさいと感じるぐらい、なのであるが。武藤だけは、こうでもしなければ、説明がやたら多義にわたるだけで。何がなにやらまとまりがなくなる、というのが実態だった。しかし、ここで、思い切って、素直にWikipediaをそのままにして、唖然とした。どれをとっても、それは「事件」なのであり、戦後の我々の興味の対象として、十分すぎる気がする。だから、僕などが、彼を書くとしても、一向にその成果がなく。虚しく引き下がっていたのである。が、ネット上のリンクの高さが、それを解決したとなれば、彼の歴史的役割が実に高いものであった、と納得できる。し。今の人も、気楽に、電車の中で彼の。凄まじい経歴に触れることができる。のは、何よりも嬉しいことである。僕は、彼の説教など聞いたことはない。大学では、毎日ある礼拝出席は自由で。僕は、あえて礼拝などに、出席したこともなく。どちらかといえば、それら当時の学生が好む、キリスト教的サークルなどには目もくれず。あの時は流行らない、中国語研究部に入って地味に。中国語などをやっていた。が、僕の目的は、あくまでも思想なのであり、密かに唯物論の実態に興味を持っていた。で、僕が武藤富男の経歴の中で、ネット情報のすごさを感じたのは、情報局第一部長という肩書き時代の、その「情報局」の情報である。その情報局が、なんとナチが創設した情報局と酷似しているという記事は、僕の長年の疑問を氷解させた。し、武藤富男という人の思想を解明するとき。には、まず第一にしなければならない、情報局の意味なのである、ということにたどり着くことができた。というのも、偶然ではないような気がする。この夏は、特に暑い、と思うのであるが。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕は「武藤富男」を偲び、あえて。上高地の実写を載せたい。彼の故郷は、富士の裾野で、いわゆる東海道からいえば、裏街道である。家は極貧で、彼の母親は、父親のわからない子供を産み落とす、辛い人生を送った人だ。と、彼はあえて、堂々と書いている。カメラはデジタルライカ。三段絞り機能を使用。最高画素を使って撮影した。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十九)

武藤富男の「再軍備を怒る」の怒る、という字は。この怒るではない。噴る、と書いている。つまり、噴火するほどの強い力で、自分の思いを語った、という意味であろう。この本に武藤が序を書いた時の日付が、昭和二十六年である。今から思うと、私財を投じたものであろう。見栄えのする書物ではなく、いたって貧しきかな、の体裁である。戦後の、もの不足の中をよくここまで、こぎつけたとは思うが、これが怒る、噴る、の意味であろう。その意味をよく表す漢字と言える。で、昨日。「郷司慥爾」の昭和十年に書いた本が届いた。この本、江東区の「たなべ書店」が売っていたもので、ネットで縁があった。この本の、素晴らしいこと。この時代の本が、これほど美本である、というのはとても信じられない。今郵便局で、振り込んできたが、この金額が千二百円。その上、振込料は古書店持ち。もちろん、今時売れる本ではないにしても、素晴らしい本である。つまり、武藤本と郷司本であるが、これを比較すると、戦後がいかに日本のプライドを失ってしまった時期か、想像できる。多分、武藤は本を出すとき、郷司のような装丁にしたかったと、想像することもできないほど。彼は切羽詰まった意識で、再軍備反対論を出版したのであろう。郷司本はスイスのカルヴィンを書いた本、で武藤はそのスイスをモデルにして、日本再建を計った人なのである。それには武藤という人を少しは説明しないと、言っている意味がわからないと思う。が、この人は、実はややこしい人で、私などが少し知る人であるがゆえに、研究に手こずった人である。僕が、明治学院の大学の時、安保も収束し、少し静かになったキャンパスに忽然と。現れたのが、武藤である。あとは面倒なので、Wikipediaをコピーしたい。

 

開成夜学校を経て、一高卒業。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、またまたお馴染みの、マッターホルン。スイス精神史の象徴の山。実写のもの。カメラ、コンタックス、富士フイルム。つまり、まだデジタル時代は来ていない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十八)

ここまで、いつか知らずカルヴァンを書いていると。昔読んだ、今も棚にある岩波文庫の「カルヴァン小論集」が、気になり始めた。この本を僕は、二冊持っていて。二冊とも2003年秋に、一括重版されたもの。どちらも第二刷で、同じ時期なのであるが、書いてあることが非常にショックだったので、二冊揃えておいた。一番ショックだったのは、宗教改革のリアリズム。その中の。「1543年」にかかれた「聖遺物について」で.これは現代的視点からは、いたって異常なものである。結局、宗教改革という歴史上の大事件は、かような愚劣な横行(色々ありすぎる)が、引き金になったのだ。イデオロギーが先にあって、それを基に。現実を照らし合わせているうちに、そんな愚劣が、目についたのか。わからないが。ヨーロッパ宗教界の事態は、いたって深刻だったのだと、僕は思った。その書き出しが、もっとも深刻で。それが、全て。僕が、そこまで理解ができるのも。書かれたアウグスティヌスのことが。その本を初めに読んだとき以上に、今の僕にはわかっているからで。その深刻度は僕の中で。本を買った時よりも、深まっている。カルヴァンは、次のように書き始める。聖アウグスティヌスは「修道士の労働について」の著述の中で、当時すでに。あちらこちらに殉教者の聖遺物を持ちまわり、浅ましい恥知らずな市(いち)を開いている香具師(やし)が存在している、ことを深く嘆いて。「これらは殉教者の聖遺物であるかどうかわかったものではない」と、付け加えている。なんとも、切ない。つまり、宗教の中にある、徹底的で。ここまでの虚偽は。どこかにもありそうな話であるが。キリスト教が発祥した頃より、すでに。世の中にはあって。怪き輩が横行して金儲けの手段に利用していた、という事実が書かれている訳である。で、それが書かれて、優に千年以上も経過し。ますますそれは過剰になって。教会はそれらを買い込んでは、信者を集め。献金を集め。ていた頃に、カルヴァンたちが宗教改革なるものを、考えざるを得ないことになった。ようだ。くだらない話のようで、いたって深刻な話なのである。当然。世の中に、実証主義が顔を出し始め。科学が宗教を制圧していく時代となっていく。のは、当然のことなのである。しかしながら科学も。今や現代の、人間の欲望を象徴するものにまで成長してしまい。有害な唯物論一色の時代、となり。と書くのも、嫌なことである。で、僕はキリスト教で。もっとも重要な問題。永遠の生命に、挑戦しているのであるが僕は、ますますブルンナー神学を頼らざるを、得ないのである。こんな時昔の僕の。洗礼の牧師山永武雄が、一体どの程度の人だったのか、改めて国会図書館や、明治学院大学や、古本ネットなどを検索しながら。山永牧師の面影を追った。彼こそ僕らの時代の、カルヴァン研究者として有名な人だった、のか。こんなにも本を書いていたのか、と驚嘆しながら、僕は猛暑の中、検索結果を印刷し改めて眺めたのである。僕はクーラーをつけて、頭を冷やした。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、相変わらず。スイス。もはや、日本は永世平和、中立、などの理想を捨てた感がある。僕は、ヨーロッパのスイスでできたことが、なぜアジアで出来ないのか。考える。と、近代アジアで先行した日本文化を、少し疑い始めた。中国の、ヨーロッパに侵略され中国人の怨念の前で。近代日本の理想は、粉砕されるのか興味がある。で、さらにスイスの写真。参考になるか。実写。これらの、平凡な写真の風景こそ、中立政策に守られたスイスなのである。なぜ、風光明媚な日本が、それをモデルにできないのであるか。戦後、明治学院の院長武藤富男は、このスイス中立政策をモデルにした日本、を創りたかった。それが、彼が明治学院の院長に就任した、真の理由である。

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2019.08.01

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十七)

「郷司慥爾」のカルヴァン年譜は、75ページまできた。そこに、「ある牧師が」、とあり。この牧師、という称号が、新たにできつつあった、福音主義の教会制度の象徴である、ということに気づく。僕は、初めから明治学院という。カルヴァン主義の学校で教育を受けたから。深いことなどはまったくわからないまま、僕はどんどん、深い森の中に進んで入っていった。ということになる、と今気づいた。その牧師が、カルヴァンの。あまりにも峻厳なことに不満を持って、彼はスイスの、まだまだカルヴァンの勢力が及ばない。例えばベルンあたりに、避難したらしい記事があった。から、僕はベルン(スイスの首都らしい)に、いったことがあり。その街を散策したので。郷司のこの記事が、少しは理解できる。が、こんなことを言われても、ピンとこないのは、当然で。ベルンに行ったことのある僕なども、やっと。この意味が、少しわかる程度の話なのである。カルヴァンが、いたって峻厳で、という話は、少しわかっている。それは、僕に洗礼をしてくれた、山永武雄牧師は。当時、フェイリス女学院の院長でもあるが。なかなかのカルヴィニストだと、言われていた。ので。僕は僕なりに、彼の著作物などを、密かに読んでいたのである。それで、カルヴァンが。ある人を自分の意思で、焚刑に処したという事実は、知っていたから。僕は、それが、聖書の初めの英訳者、やはり焚刑されたティンダルの本も、実際にはかなり前に、読んでいたのである。この問題は、僕がジュネーヴに、行った時に。すでに頭にあったことで。僕は。ジュネーブ大学の近くに、現在。その反省の碑が、建造されているということも知るから、僕の。心境はいたって深刻であるが、僕は今になってやっと。「郷司慥爾」の本を、素直に読めるようになって。もう一度僕は。改めて山永牧師の、心の内を見たような気がして。僕の面前で説教台で倒れ、最後の人工呼吸をした僕の。手の感触を、思い出していたのである。僕らのような、日本の土壌で。前回も書いたが、何も政治的に圧迫してくる、一次抑圧者としてのキリスト教政治などは、この国にはない、のであるから。そこで、キリスト教の宣教をしてみても、別に。さしたる効果(キリスト教徒を増やす)はないと、僕は悟るのである。が。だからこそ、今まさに。個人的なブロガーとして、こんな宣教の好機はない、とも思えることは。なんとも如何したものであ、あるか。と、思うのである。僕は、この「永遠の生命」シリーズを、千回続けるつもりで書いているが。まさに、個人信仰の花が咲く時代が、いよいよ本格的に来たのであると、思えるのは。僕ばかりではないのではないか。ゆえに、信者は、ますます。いい加減はできず。よく勉強して、勉強して、さらに勉強し。神の言葉をのべ伝えるのであるから、それに終わりなはい、と覚悟するしかないのである。これが、近代自我の至る所であって、封建的な抑圧社会の中で生まれ育った、キリスト教の教会主義時代は、本格的に終焉したと、思って。いいのではないかとも、思った暑い夏であるな。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、ベルンを中心に、僕の実写写真を貼り付けてみたい。

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今老人の僕ではありません。ブルンナーです。

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ジュネーブのカルヴァン教会。もともとローマ・カトリック教会を、福音派が政治的に陰湿に、剥奪したものらしい。当然、暴力も謀略も、あったと今の僕なら、想像する。小説になると、思う。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十六)

しかし。僕は。「郷司慥爾」をさらに読んで。最近意外な感に打たれる。本は、実際、リアリティを急に増して。僕のスイスの現地経験と、カルヴァンが生きたスイスが。あまりにも、普通の人たちの、当然の人間行為として。つまり、何も宗教改革とか、なんとかと言わない。普通の人たちの、あまり宗教的ではない。普通のやり取りや、政治的思惑や、社会制度の未熟さや、腕力が激突する様を、逐一的に読んでいる自分に気づいて見る、と。僕が、社会科学的にのみ解釈、していた学校型宗教改革(明治学院的教育現場の)が。僕にとっては、あまりにも遠い存在として感じ始め。普通の人たちの。16世紀当時の。日常行動としての宗教活動、が心に映り始めた。僕は、これでは、日本に。キリスト教などという宗教が、根付くものではない、と思い。要するに、彼らはいたって、平凡に政治的なのであり。個人の自由な信仰の、選択といった。今では普通の、当然の。日本人なら、全然。選択の余地のない、政治宗教としてのキリスト教は。日本に歴史的には存在してはいない、のであるとわかって。日本文化の中に、政治的に抑圧してくるキリスト教が無い、以上。宗教改革など、日本的ではない、ということが理解できた。だから僕は。不可能なキリスト教の現代的宣教の。ブロガーとして、の自分の意味を感じる。彼らには(ヨーロッパには)、あの時代。あまりにも。カトリック的な社会がかぶさって圧迫し、それは。まさに。政治社会の抑圧構造であり。その中の、下位の宗教社会の二次的圧迫であったとしても(政治的圧迫こそ一次的)。その時の大衆の、宗教選択権などはありえない社会なので。その、土壌のなかで、多少とも。個人の宗教的自由が、芽生えてきた時代、とはいえ。それは、ほんのわずかいささかの、あるかないかの。近代的薄明であるに過ぎず。僕が、学校教育の中で、勝手に。中世の克服として考えた、理想的宗教改革(イデオロギー的解釈)などと、大げさに理解していた宗教改革などは。決して存在しない。と、理解できるようになった。僕は。今ここで。だからこそ、個人の実存をかけて。キリスト教的永遠の生命や。根本にあるイエスの言葉の、本来の意味や。聖書的啓示の、まったく意味における真理の、神の。人間に対する、神学的理解の方に。単なる宗教改革などという問題よりも。はるかに大きな啓示と、また高さ(ブルンナー的)を感じる。そこに宗教的真実が、ある、と思えるようになった、のは。まさに、「郷司慥爾」の。厳しい戦争環境の中で。本を書いた、人間的努力と。ウィリアムティンダルの、勇気ある英訳聖書の、翻訳行為とともに。真の、キリスト教信仰(福音主義)が聖書にこそある。と思えるようになったのは。まさに僕の。ブロガーとしての。神の僕への、本物のプレゼントなのだと。思えて。この暑い夏を、乗り切れるつもりになっている自分。を発見した。と、書いて。今日はやめよう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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やはり、スイスで。実写。コンタックス、富士フイルム。

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この下の、毎度おなじみのマッターホルンは。単なる観光写真ではありません。スイスの精神性の主張としての、スイスカルヴァン派の、厳し福音主義の象徴として僕が直に撮影したものです。カメラはコンタックス(ドイツ製)、フイルムは富士フイルム(日本製)で。意味深長なのです。

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2019.07.31

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十五)

郷司慥爾を読んでいると(カルヴァン年譜)、ウィリアムティンダルが、でる。46ページであるが、ティンダルを郷司は、ティンダール、と書いたので。初めは、わからなかった。が、しばらくして、これが有名なティンダルのことである、とわかった。1526年、この人は聖書(ギリシャ語原典)を英語に訳したばかりに、火刑にあって命を落とす。要するに犯罪者だった、のである。ギリシャ語を英語に訳したばかりに、火あぶりの刑になるのであるから。今のエロブログを書く人間など、地獄の火に投げ入れられるべき、であると。僕が、刑法を変更することもできず。そのままになって、有害ネットが、真面目なユーチューブに、追随しないように、するには。こまめに、ネット履歴を削除するという、ことを覚えたので。僕は、いつも掲載している、画家筒井友美の真面目な芸術を、それらから多少は守ることができて、満足している。他愛ない、話のようで。昔から、表現は深刻な問題を起こしていたのである。ティンダル事件は、宗教改革の、一種の象徴的事件であって。簡単には見逃せないことであるが、それを書いた本は、昔から有名で。今も、銀座教文館の棚で売っているし、僕の本箱では、主役を占めている、ウィリアムティンダル本は、僕の貴重な本なのである。で、それは。勁草書房で2001年に発刊されたもの。で、素晴らしい書籍である、と言っておこう。一般のかたは、それこそ用のない本であるが、実際には。ここまで、近代と現代がこんな大事件まで起こして、継続しているのだと、知ってもらうことは、無意味ではないと思う。

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 筒井友美作品。

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僕はますます、意地になって。マッターホルンやアイガーを掲載したい。僕は、本当に宗教改革の国、スイスが好きなのである。全て実写だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十四)

で、僕の。カルヴァン研究は、まだまだそこが浅く。で、今の研究者たちの活躍ぶりを知りたくて、ジュンク堂検索をして、嬉しかった。それで、カルヴァン研究が依然として、活発なのはわかったが、これは結局。近代社会と現代社会を結びつけ、その将来を考える今の人、たちにとって、当然の帰結であると。と知ることは、僕の心を。大いに勇気付けてくれた。参考図書は、かなり多く健在であるが、僕はそのなかで「カルヴァンとカルビニズム・キリスト教と現代社会」(日本カルヴィニスト協会編・2014年)と言うタイトルを見て、心踊った。もちろんこれらは、現代の学者が、どう思おうと、郷司慥爾の先行研究があって、成立するもので。郷司が、どれほど心血をそそいだ、かは今のところ僕にもわからない。が、僕は。郷司が初代の牧師であった、今もある目黒の。白金教会で受洗したことは(明治学院高校の頃)確かで。あるので。この歳になって、郷司をコツコツ読んで、どこからこのような、面倒な資料を郷司は取り出したのか、郷司は。一つも書いていない郷司の、心持ちを思うと。なんとも、痛ましい戦争の時代(第二次世界大戦)だったのだ、とつくづく思うのである。が、ともあれ、郷司は、その心労がたたり、戦後すぐ他界するのであるが、僕は。郷司という家系が、その後栄えて。戦後になり、大いに社会的に重要な人物を、世に送り出していることも。よく知るから。その人物を直に知る、僕は。さらに書いてみたい、とは思うものの。しかし、それは神のなされる技であり、カルヴァン流にいうならば、神である、というのが。一番正しいと思う。その神専一思想は、現代社会の神学では、大いに批判されたと、書いておく、にとどめたい。が、僕は、振り返って。神なのか、人なのかという。ブルンナーが「聖書の真理の性格」(日本の出版は昭和25年・ブルンナーの執筆は1938年・和暦では昭和13年)で神学する、人間主体と客観主義との対立は。避けて通れない。現代神学の悲しみも。よく知る、クリスチャンなのである。と言っても仕方がないが。ともあれ、僕に。少しは希望も出て、この本をジュンク堂で早速買って、読んでみたいと、思っている。

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 筒井友美作品。

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これがジュネーヴのカルヴァン教会。実写。

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この苦味ばしったいい男が、ブルンナー。ネットから。

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これは、僕です。アイガーの腹のなかに掘られた氷河の前で。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十三)

この、暑さと言う存在を否定することは、朝からクーラーなどをつけると言う悲劇で、結局。人間存在の罪に、積算されたものであると。決めつけて。自分の大切な環境を痛めつける、と言うことはもはや、明確である。自分の部屋には、涼しい風があるが。外置機からは暑い空気が社会を一層、汚して、出て。いやはや。これは、まさに罪であると、おもわざるを得ない。年寄りの、我慢の限界も。命も、延びた(世界の平均寿命)と聞く、虚しさは。一体何か。僕は、パソコンで、この祖父ネットを書きながら。400年前の、宗教改革の研究を。朝から始めた、が。その参考図書が、郷司慥爾、と言う。僕の若い時に属した、洗礼を受けた教会の。第一代の牧師だと知るから。その本を、読みながら。これでは、さっぱり。宗教改革はわからないと、悲鳴をあげた。そのディテールは凄まじく。僕が、多少とも、そこに出てくる。ヨーロッパの地を。見たことがあるから、少しはわかるのであるが、全く。パリやジュネーヴやベルンや、に行ったこともない人が、わかるわけもない本であり。参考図書なのである。で、これが、世界の近代化の基本になった、ヨーロッパ宗教改革であるとは、呆れたもので。まして、それをプロテスタントの、福音的信仰などと、書いても。もはや意味などが、伝わるわけもない。と、絶望して昨夜は寝た。朝起きると、この暑さで。湿度が朝の五時なのに、九十パーセントもあり。バカな、いきなりきた夏の。馬鹿げた、狂った日本の四季を、取り戻すチャンスは、僕らの文明にはもはや。残っていないと絶望したのである。罪だと言えば、罪で。これ以上の的確な表現も、ないが。それを、僕がいくら言って見ても、それは。失礼な発言であり、それこそ。狂った老人の、狂信的な信仰だと、言ってくれた方が、僕はスッキリする、し。自分も納得する。それにしても、宗教改革が。世界の近代社会の到来を、本当にもたらしたのか。僕は、わからなくなるが、そんなことを考えながら、生活をしている人は。世界にも稀な教養人で。僕は昨日。僕の十歳程度から、ズーーと縁があり、今も縁のある不動産屋さんの知り合いに、用があり。久しぶりに、近所の噂話を聞いた。聞くところによると。僕の子供の頃からの知り合いは、当然のごとく。すでに鬼籍の人も多く。なになにちゃんは、気の毒な人で。彼女の父上はあの時、結核で。子供仲間(僕ら)から敬遠されて、仲間はづれになって。病気の父上が、子供の声にイライラし。僕らを、怒鳴るので。僕らは、ますます彼女を敬遠し。彼女は自然に、自分の境遇を、悲劇的、差別的にとらえ。結局その地で、寂しくなくなっていると、聞いた時。僕は、なぜあの時、もっと優しくしてやれなかったのか、僕はほんとうに、心から反省した。彼女の父上の兄は、有名な芸大を出た画家で、その画家が書いた本(随筆)を。僕は大切持っているが。なんと。無情な自分であるかと、自分を責めて。暑い日なかを自分の家に、とぼとぼ帰ってきた。が、なんとも全てが、嫌になり。全てが、人間の罪に過ぎないと。僕は思って。聖書のマタイ伝を思い出し。神にお許し願いたいと、祈るのが。せいぜいであるが。僕は、自分の寂しい心と、罪深い暑さに辟易して、クーラーを。一時間タイマーにセットして。やっと、眠ることが、できて。また、朝が、この状態であると、書いて。いるのである。一体希望は、どこにあるのか、それを書かなければならない僕が、こんな。絶望的なことを書いて、一体何になるのか。自分を、また責めたのであるが。僕は、ブルンナー神学に、全てを賭けて、僕の永遠の希望を、さらに書くつもりだ。諦めない。

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 筒井友美作品。

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で、やはり。僕は、マッターホルンなのである。この山を、僕は登る。実写。

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ただし、これはアイガー北壁である。

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で、またマッターホルン。

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2019.07.30

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十二)

宗教改革、と言うのは。イゴイイな・1517年の語呂合わせで、僕は覚えた。確かに、この辺りの郷司の記述は(40から41頁)短く簡潔で、ゆえに深刻極まりない。じくじくと、問題が発生し、それが一気に吹き出す。ルターの張り出した95箇条の質問は、ある教会の扉に貼り付けられた。もちろん、賛否両論で、激しく人々は反応動揺する、のであるが。その様を、人生経験の豊かな僕が想像すると、いささか滑稽である。免罪符、免罪券を売るセールスマンがでる。要するに、売り上げが優秀なものが、いるのである。僕なんかも、そのセールマンだったので、いささか恥ずかしくなるが。気持ちはわかる。しかしセールスマンが、自分の売るものを、理解しているとは思えない。し、僕なんかも、建築の全てをわかって、建築設計のセールスマンだった、訳ではない。実態は逆で、よくわからなかったが、やっているうちに、色々自然にわかってくるのだ。この免罪券を売る、いわばセールスマンが、果たして、この券の意味するところを、どこまで理解していたのか、どうかは言うまでもなく。疑わしい。きっとイイ稼ぎができたので、家族に何か美味いものでも、食わせてやれた、と言うのが、実態であろう。この文は、ラテン語で書かれていた、と言うから。同じ仲間(キリスト教のインテリ層)に訴えた、と想像されたが。事態はもちろん素人、要するに大衆の間に。その賛否を巡る噂が、一気に広がったようだ。今、うがった物の見方で、見ると。日本流に言えば、松竹梅なども、あったに違いない。罪の軽重は、大衆の気になるところであろう。懺悔室などもあるから、僕は昨日、隣の奥さんのお尻を、なぜたなどと言う、馬鹿げた話を気にする大衆には。キリのない罪の軽重はつきものである。で、僕は、恥ずかしながら、罪だらけで。どうも、きまりが悪い、などと神経質に考えているものは、高い免罪権を買うのかな。ともかく、世間は、これで、一気にややこしくなったのである。つまり、神学が、教会の中だけで完結していたものが、結局外部化したことで。歴史を変えた。つまり、神学もここで、近代化しなければならなくなった。が、それが、20世紀のブルンナー神学に、進んできたのであると、説明することは、容易ではない。が、本当の話なのである。つまりその後の、約400年の間の、ヨーロッパ近代化の激動は。このようにして、始まったと言って、良いのではないか。

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やっぱり上高地。で、穏やかな写真を掲載する。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十一)

郷司慥爾の、カルヴァン年譜(スイス宗教改革者の)(昭和十四年刊行)などをみていると。ローマのサン・ピエトロ大聖堂の建築ができたのが、1506年、とある。早速、責任者は。有名な免罪符を売り出す。この中世の傑作笑止の行為は、今我々が読むと、滑稽であるが。当事者として、あまりに建築費がかかりすぎて、建築業者の請求書にびっくりした(追加工事)、施主(ローマ法王)が。自分の権限で、自分の誠実を表象する為に。信者にいささかの献金をお願いしたのであろう。これを学生時代に読むと、頭に来るが。今老人になって読むと、マー、な。と、思う。しかし、責任者ともなると、傑作や苦肉の策を思いつく権限はある。ともあれ、これが一つの宗教改革のきっかけになることは、間違いのないことで。もっともらしく、これを決めるとき、もっともらしい会議を開いたのか。責任者の独断で、業者に支払うために。全く、独断で決めたのか。多分、議事録は改ざんされ、て。今でも、ヴァチカンの奥の重要金庫に、保管されているのであろう(16世紀の議事録であるが)。この書類を、いや、議事録を。今では、怖くて見るものもないが、ある時。それをみようなどと言うものが、現れたのである。が、なんと。それが、実行する寸前で、奇妙な病に倒れ実行はされなかった、などと言うのはもちろん。僕の小説的作り話であるが。きっと。面白い小説が、できるに違いない。多分、金に困った責任者は、これが歴史の大問題になるとは、一切予想もせず。ただ、支払いが、明日にも迫って。向こうは、膨大な請求をしたのは、それを待っている職人が、いるからで。何も僕の懐を肥さんとして、請求しているのではない、施主にバックマージンを返すから、などと。せっついたに違いない。そこで、困って、おふれを回し(いつもの癖で)。気楽にやったことが、えらいことになったのは、仕方がないのであろう。などと、白昼夢を、あつい夏に書いているが。それにしても、結局その程度の話なのである。が。まさに、なんとも酷い話である。が、歴史は、それで近代を迎えざるを得ないことになる。そこに、デカルトが出て、近代の自意識の発祥が起こるのである、か。僕には、深いことはわからない。決して、歴史を、チャラかしているのではない。僕も、これで、人生経験が、豊富なのである。ので、あらぬ想像力が、働くのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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で、自然でもみていてください。ともあれ日本の自然は、いいですね。トゲトゲしていない。だが、少々甘い、ところが欠点で。それは、結局。島国、だからでしょう。ヨーロッパは、人間の修羅場で、ともあれ。すごいことは、みんな西洋で起こるのです。僕は、今回も上高地。もちろん全部、実写です。使ったカメラはデジタルライカ。ドイツのカメラです、いいカメラですよ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(七十)

で、僕は昨日、画家の筒井友美と話す機会を得た。絵画というのは、創造の世界、であるから。話していてどうしても、絵画の制作上の厳しい活動を、避けては通れない現代画家の。で、急に単に、僕が思いついたのは、結局デカルト、である。デカルトの有名な言葉、「我思う、ゆえに我あり」は、明治学院在学中に、飛び出してきて僕の心を打った。あの哲学者の有名な言葉である。僕も画家の端くれであるが。現役の筒井は、要するに苦しめる創造者。なのであって、いよいよ。あなたも、デカルトを読まねばならないと思うと、言いたかったが、それは言わなかった。実は僕も、先に書いた。明確な自意識は、雷のように明治学院の僕を打った、のであるが。僕はすでに、聖書の黙示録までに至ったので、キリスト教的我思う、の世界に溺れている。突き詰めれば、救済論的終末的世界観に至っている僕と、しては。しかし、真面目に読んだこともない、デカルトをいよいよ。自分も、読む段階に来たのだと、思うようになった。昔のことであるが、東京大学あたりの教養では。デカルトを読むことは当然で。あるが。僕らのようなクリスチャンは。西洋的キリスト教の受容に気をとられて。「我あり」の世界が、まず「神あり」の世界に入り込み。なかなか、出られるものではない。西洋社会であるなら、このデカルト的な考察は、長いキリスト教伝統の中で、必然的に出現する。し。黙示録的世界観の長い伝統宗教世界(キリスト教の)の上に(西洋の)、デカルトは必然的に出現する、近現代の当然の思想なのである。が、我々日本人にとって。は、日本文化の東洋的幻影に生きている時、に。外側から突然、自意識が入り込み。普通、日本人は、読む程度の、キリスト教などは弱い教養にすぎず。むしろ、現代的意識のデカルトに、引き寄せられていく、のは当然である。しかし画家は、描く、に、それが「実在」するために。その哲学を、おろそかにする傾向がある。しかし、僕は西洋絵画が、意識的先行的にデカルト的に、進む西洋社会(印象派などの)。の中と、同じ僕のクリスチャンぶりは。画家としても。やはり、デカルトを読まない自分を、今更ながら発見する。のは、仕方のないことかもしれない。が僕は、社会人になってから。絵の夜学校に通う、ようなことを実行したから。クリスチャンの僕としては、そこで初めて。恐るべき近代自我(デカルト)と、キリスト教的信仰的自我の分裂を、経験したのである。しかし、僕はかまわず、若かったので。佐伯祐三に惚れ込んで。僕も、佐伯が影響された、ブラマンク的野獣派の、激しい自意識絵画に憧れた、と思う。体力もろくにないくせに、意欲だけは画家で。要するに。西洋の伝統的キリスト教・新教(非カトリック的)と、デカルト的な、非キリスト教的な自意識の高い絵画の、両道を歩くなどと言う、離れ業を。無謀にも、歩いていたのである。で、今の老齢の僕になって。改めて、なるほどデカルトであるか、と思い。ジュンク堂を検索すると、予想通り。日本人好みの。近代自我のデカルト、は。読書界でも今も人気があるようで。着実に、高い出版比率を得ている、と言う事実を、今朝確認した。で、僕は。今更ながら、再販もされない、古い黙示録の解説本を。僕の古巣の教会の。初代牧師「郷司慥爾」の古本で、読むような信者であるから。終末的な観点から、現在の日本人の。唯物的人間観が、いかにも終末的に心配になった、ので。今日はそれを、老人らしく綿々と。書いてしまったのである。急に酷暑の夏になって、こたえる、な。と、朝から、けっこう蒸しあついしね。で、デカルトをWikipediaから、少しコピーをいただくと、ルネ・デカルト: René Descartes1596年3月31日 - 1650年2月11日)は、フランス生まれの哲学者数学者合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。になる。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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やはり僕は、何度もなんども、マッターホルンであるな。実写。

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で、僕は。少しマッターホルン掲載に疲れが出て、自分で実写した。上高地を少し、貼り付けたくなった。この僕の、実写は、デジタルライカで。少し変わったことをしたのは。3枚連写と言う方法である。これは、同じモチーフを、絞りを変えてカメラが自動的に、撮影してくれるもので。僕の、カメラアングルは、自分で言うのも、おかしいが。抜群と、自信を持って。いるから、自信を持って、被写体に狙いをつけ、世界最優秀カメラに、お任せにしたわけである。が、これが、すごくいい。で、僕は自分の。水彩画のモチーフにするのであるが、どれを取っても、僕は満足している、

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2019.07.29

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十九)

ユーチューブ退治も、なんとかなった、ような気がしているが、さてどうか。で、前から気になっていたが、ついユーチューブに気を取られ。おろそかにしたことがある。それが、僕が、ここで盛んに書いている、僕のキリスト教的人生観の基本、として書く。「禁欲主義」の、僕自身の、概念規定が、うまくできていないと言うことが、気になっていたことである。僕の禁欲主義は、言ってみれば俗人禁欲主義で、要するに。キリスト教を職業とする人たちが気にしている、プロ的禁欲主義ではない。キリスト教概念として、その禁欲主義をプロ的に言えば、辞書などを引くと。それも和英辞書で引くと、結構キリスト教的概念として、出てくる。それが、広辞苑などで引くと、いかにも日本人的な一般禁欲主義として、書かれている。英語としては、asceticism なのである。で、和英で引くと。バッチリ。主に宗教上の理由による。と、書かれ。主に宗教上の理由で、結婚や性交をしない状態、とかなり具体的に書かれている。で、僕は、広辞苑的理解であって、和英辞書的にも理解できるクリスチャンなのであるが。僕は、この概念の西洋的理解を、頭っから信じていないクリスチャンである、と言っておこう。で、いかにこの。西洋的キリスト教的解釈が、高く神学的であるかは。やはり。少し、勉強してもらわないと、普通の人には、わからないことである。この解釈は、古代社会の初期キリスト教の、要するに神学的追及から、生まれたもので。僕に言わせれば、悲劇的である。にしても、聖書に忠実であろうとした、初期キリスト教徒の真剣さを、笑うわけにはいかない。出来上がった神学は、この厳しい問題を。確かに考えた初期神学者がいる、のであり。その人の本を、少しでも読めば、確かに真面目な人でると、思わざるを得ない。そう言ったいわば、真面目な人の聖書解釈(神学者と言われるようになる)が、神学になったわけで。ただ、漠然とそれが出来上がったのではない、と言っておくのも、僕の役割だと思う。で、僕は、申し訳ないが、俗人型のクリスチャンで。これを揶揄する人は多いが。所詮、それは同じ穴の狢で。自分のことを棚に上げての、非難であるが。に、すぎないことだと、言ってお期待。明治学院のような、ミッションスクールで、教育を受けたものの中に多いタイプで。所詮非クリスチャンであるが。その上今では、老残のロクでもない人間いなっている、と僕がわざわざ言うのも。こう言った、デリケートな問題を、若い時に真面目に考えず。わかったように早々に生半可で理解し。所詮、自分の性や、大切な人生を無にした連中なのであると、言っておきたいのである。要するに、キリスト教では、これが神学を生み出すのであるが、いつか悲しいかな、厳しい禁欲主義が実態を失い、宗教改革ができたのであり。初めて、近代社会が生まれてくるプロセスの、古代社会のきびしい、闘争侵略野蛮な世界の世界観に、禁欲主義は。少しはマシな思想として生きてきた西洋禁欲主義であり。切ない古代人の、せめてもの人間らしさなのであると、歳をとってからわかるのも、悪いことではない。で、続けて書くと。今は。書くと、観るの世界。の、どちらが正しいのか。僕にはわからない。のは、何と言ってもユーチューブの世界ができたからであろう。この混乱は、ただならない。今も、バルカン半島をユーチューブで見ていたが、書かれたバルカンと、そこに見られる情景は全然、一致しない。片方は紛争も紛争無様の様子は、昔から知っている。が、実際映像で見ると、そこは広く緑も多く、なんとなくのんびりしていて、美しく。呆れるほど、平和である。そんな地域の殺し合いが、えらくしっかりと書かれていると、どうもそのあたりは、凄まじいことになっているのではないか、と思っていたが。全然、そんなものは感じないから、それはなんであるか。バルカン半島は、火薬庫であり、そこには異なる民族がなんとも、色々自治区を作り、仲良く暮らしていたが、ある日、火薬庫になって。と言う話は。嫌という程聞いた。ヨーロッパ史である。今また、シリアなどのユーチューブを見ると、破壊された街並みが延々と続いている割には、シリアが崩壊しないのは、なぜか。わからない。映像は何を表すのか、文章は、何を表すのか。僕には、掴み難いことである。昔は、ろくな映像もなく、文章ばかりが、あったので。どちらかと言うと、文章優先社会であった。が、今は様変わりになったのか。文章派の僕には、古すぎてわからない。しかし、映像は嘘ばかりついて、大したこともない商品を、まるで天下の逸品のごとく映像化して、それに添える文章ときたら、嘘ばかりついて。世界一のこれが、逸品などと、言うから。訳が分からなくなる。で、僕ら絵描きは、そんなことにお構いもなく、地味な絵を描いて、また、地味な作品を作って、世界に訴える訳だけれど、誰も見向きもしてくれない。のが、一番人間としても誇れる純真の、なせる技だと、信じているのであるが。で、宗教は、もっぱらプロテスタントは、言葉に依存して、でかい教会など建てられず、宣教しているわけであるが。その高みが、聖書なのであると言って納めて、これでいいだろうか。僕は、その黙示録を、読む。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今度の写真は、素直に日本人らしく。穏やかな、ポピーで。実写です。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十八)

ブルンナーの「聖書の真理の性格」は、1937年(昭和12年)の。彼自身の講演を、翌年に出版したもの。を、日本語に訳し。1950年(昭和25年)に、出版したものである。13年後の、日本語出版で。言うまでもなく、その13年間に。文明世界は地獄の様だった、と言えるだろう。しかし世界には、戦争に巻き込まれていない、非文明世界がまだまだ、あった。戦争当事者の日本は、二発も原爆を落とされて敗戦し。その凄惨は、言うまでもない。ブルンナーの盛んに書いた時代は、こんな時代と共にあったわけだ。それを、彼は神学した、と今ならわかる。で、僕は、昨日つい、ユーチューブを見て、絶望した。昔なら、戦争に巻き込まれる世界から、完全に除外されていた世界の人々が。今や、こんな罪深いユーチューブに巻き込まれ。自分の無様な姿を、晒す。のが趣味のように、なったようだ。とは驚きである。危険で堕落した、馬鹿げた原初的な人間の姿は。古代社会より恐るべき悪に染まって、世界を覆っているのは当然としても、文明的に少しは、我々も体裁が良くなったのかと、思っている矢先。そうではないよと、悪魔が囁くと、考えざるを得ないのは。聖書が主張した、人間の頭脳から生まれた、実存的利己主義が。きっと世界を破滅させると書いた、聖書を。まるで実証している世界に、グッと近いずいてしまった、と知るのは。気分のいいものではない。時、僕は、戦後一緒に。非戦争を求めて活動した、若者としての。自分たちの知性の先輩や同輩たちの。人文的な絶望感を、理解できるような気がしてきた。彼らの中から、自殺する者もでるが。キリスト教徒の僕は、ブルンナーと共に。永遠の生命論に、自分を賭けて。今日も、行脚する、と言うことを考えている。昨夜は、郷司慥爾の書いた。聖書の、黙示録解説を読んで、久しぶりに。僕の若い時に属した教会の、牧師であった郷司の、言わんとしたことも、少しは理解できるようになったのか、と、思った。郷司がこの本(「現代新約聖書注解全書・ヨハネ黙示録」)を書いたのが、昭和12年(1937年 )であるが。その再版本を。僕は持っていて、それが昭和16年で(死亡したのは昭和23年・1948年)で。当時、牧師たる郷司と、世界の神学者たるブルンナーが、同じ戦争を心配しながら、それらを書いたと知った時。僕は、若い時に世話になった教会に。たまには献金をしに行こうかなと、思うようになったが。無教会の僕が、どうするかは。今のところ、定かならないのは、言うまでもない。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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郷司は、明治20年生まれ、あの時代にしては、かなりの海外経験が豊富で。僕の祖父ぐらいの年齢の人である。僕の祖父も、クリスチャンであるが、全く格違いの信仰者で。僕の祖父(建築家)は、僕と一緒の、俗人一生の人である。僕は、多分に。この祖父の、その俗人性を引き受けていると思う。こんなことで、やはり実写写真は、マッターホルンしかないか。要するに祖父も僕も、容姿端麗の富士、と言うところであろう。

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2019.07.28

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十七)

スイスの、グッとイタリアよりのフランスの南はじ、の人。が、難民に同情し、てフランス司法当局から、起訴されて有罪になったと、毎日新聞は報じている(28日)。僕は、これを読んで、一言もない。日本は今、幸いに難民はいないが、実際の日本人の生活は今や、難民である。難民だと言ったのは、苦労している民、という意味で。決して、豊かに幸せに、暮らしていると、は言えない社会。と、言っていいのか悪いのか。僕は、こう言った問題を。個人問題として捉える、悪い癖があって。よくないとは思うものの、実際自分が送って、やっとすり抜けた、実務の生活で。自己責任になり得る、人間の罪性を思う、事態には。なんども遭遇している。あの人は、あそこで、どんな選択をしたのか、僕の選択とどこが違っていたのか。など、キリスト教徒の目から見ると、僕なら、それはやらなかった、とか結構、いい子ぶっていた自分の。消極的禁欲的選択のあり方に、少し辟易している。のは、僕のクリスチャンとしての、禁欲主義にすぎな、のだが。それが、今。有効に働いている、としか思えない、ことを思うと。たとえ自分が、正しくとも。こんな禁欲を人に。勧めるのは、いかがかと。迷うこともある。一概に、禁欲主義と言っても、僕の場合。いたって特殊な形で形成されたのは、職業が建築設計、で、その立場は営業で、経理を握り、平等非私物化などを同時に実行し、日曜日には教会に行き、などの基本的なことがいたって、禁欲的になっていて。それを長く続けたので、業務としての建築設計では、本当のことを、正確に施主に伝えるのが、義務で。決められた予算を逸脱しないように、建設業者を監理したりしていたから、なんとも。奇妙なキャラクターが出来上がった。その上、僕は官公庁の営業に関わって、業界団体の責任者にもなって、ちょとした事件が起こるのであるが。僕は、司法当局から目をつけられた割には、何もなく。あとで、聞いた話では。僕に反対した人たちが、その同じ司法当局に目をつけられて。とかく、あまり好ましくないことが起きたと、あとで聞いた。確かに、僕は、一貫して禁欲派だったので、全然引っかかることに関心もなく。僕は、ただ、設計業界の古いしきたりの中で、ただ。禁欲的に営業を行なっていたに過ぎない。のであるが、他の人々は、自己の欲望に押し切られて、いたということは。当時でも、いささかの情報は僕にはあった。が、僕はそんなことに関わらないので。静かに、自分の役割を果たしていたに過ぎない。嵐は、突然、なんの前触れもなく。僕らを襲い。僕らは、あっという間に、その慣習から、追い出され。僕らはバラバラになり、再び社会で出会うこともないので。その人たちが今、どうなったかは、興味もないことである。人間は、基本的に。どう見積もっても。イエスが言うように、罪人であり、それを言えば言うほど。憎まれて。淡々と、禁欲主義の自分が、助かる。のは自分で、後の人は皆、荒海に消えていく、と言う経験は、いいものではない。と、言う個人的なことに、難民問題も還元すると、僕は。難民の人の、人生とは、なんであるか。と、自問自答するのであるが、答えは、何も帰ってこない、のである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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不思議なことに、スイスには。難民問題は、ない。ので、僕は、また。自分のスイスを掲載する。写真は、実写。確かに、これでは住めない。スイスは、厳しい山の国。この厳しさに、人間の信用が成長する。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十六)

内村には、有名な非戦論がある。何度か読んだが、彼が日清戦争には賛成している、ということを後で知って、がっかりし。あまり真剣に読むつもりが、なくなった。が、昭和28年発行の、角川文庫、に。非戦論があるので読んでいると(古書)。内村は、自分のその時の、つまり賛成した時の心情を書いていて。この本は、精神科医で有名な内村の子息、内村裕之の妻で、美代子という人が、山本という人とともに。当時としては読みやすくして、発行された。それによると内村は、自分の、武士であった父親は。まさに戦いの人。武士そのもの。ともかく、幕末の、徳川武士である、と書いている。その父に育てられた内村は、その気風を受け(長男)。僕は戦う人である、と自己規定する。内村は、近代化する日本の、維新時の人物なのである。内村は体格も良く、その風貌は、よくニーチェなどと、比べられる。が、要するに。ブルンナーはその研究をしたくとも、日本語が読めない。ので。その鋭い勘で。内村には真理がある、と洞察したようだ。が、非難されて打ち破れ、スイスに帰っていった。その帰り船のなかで、発病。口述筆記で神学を、書いたと言われる。ので、この人もたいした人である。やはり、マッターホルンから、印象されるものと、同じである。内村は「余が非戦論者となりし由来」を書き。ともあれ世界は、今も。ムズムズ海峡や、挑戦半島や、アメリカのカーボーイ大統領が、うるさく。我が国の平和憲法を、改悪したいなどという政権、でもあるようで。非戦論をご紹介しようかな、と思うものの。やはり、今の僕には、。人間実存の各論よりも、総論たる永遠の生命の方が、興味がある。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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さらに、くどく。マッターホルン。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十五)

人間にとって、何が一番大切かと言って「信用」が一番です。信用を失うと、全てを失います。全て、とは文字通り。一番に、社会的生命が失われ、次に自己の生命が失われます。と、説教調のめづらしいことを書き始めた。ものだ。が、僕はこれを。かなり昔、若い時。内村鑑三に教えてもらった。僕は、この人が好きで。軽井沢では、内村が夏になると利用していた星野温泉を、僕もよく利用した。今は、少々。昔の面影もないので。敬遠して、一度も利用したことはない。が、たまたま、近くの年金利用素泊まり宿に、泊まって。星野のトンボの湯に、は行ったことはある。そのそばを流れる、湯川が、僕の油絵のモチーフで。そこで写真を撮り利用したものが、僕の80号の油絵である。銀座の画廊惣ギャラリーが、100万円で売ってくれたが。幸いに売れなかったので、ありがたいことに今も。僕の手元にある。それにしても、たかが。軽井沢程度の情報は世間に溢れて、もはや新鮮さはない。この新鮮喪失が。今の情報社会の欠点。なんでもわかるわりに。なんにも面白くなくなる、ところをアニメが埋めた。という図式なのであろう。社会制度が、特に福祉制度が。キリスト教の手を離れて行くことは、僕らの若い時に、すでに予想されていた。驚いたことに、そこに収容された不幸な人は、不幸でなくなり。人も羨む環境は。嫉妬まで生み出し。自分の方が、「まともなのに」不幸であるとは、許せない。お前たちのせいだと、言って。19人も殺した青年の行動は。確かに、この世に生じたことなのである。が、この問題は、キリスト教の人間問題なのである。僕は、明治学院大学の文学部にいて、思想家、になろうと頑張った、のであるが。全然うまく行かず、キリスト教を勉強しているうちに、七十七歳になってしまった。この辺りで、考えてみると。確かに。人間実存の、実体を、うまく人間だけでは説明できないと知った。聖書には、特にマタイ伝には。イエスが病気を治し、人々がそれをあてにして、彼の元に集まる状況が、書かれている。のを、想像力をいっぱいに拡大して考えてみると、病気というものが持つ意味も、理解できる。人間は、病気になる。のは、今も変わるものではない。健康にと、親が気を最大限に使って、そこまでして、やっと。一人前の健康人を作ってみたものの、今度は心が満たされない、という。人間実存の、この「様」は、ざま、ともいうが。厄介そのものである。一個の個体の両面を言い当てている。が、僕なども。親に反抗し。考えてみれば、おそるべきバカである。やっとこさっとこ、健康に育って、七十七歳になって、子供が、今度は。ぶつぶつ文句を言うのだから、人間は。神業でしか、救えないと思うのは。僕が七十七歳であるからであろう、と思っている。が。全く人間というものは、一筋縄では、行かないということも、わかる年齢なのであると、楽しく言ってブルンナーに戻りたいが。ブルンナーは、日本に来て内村鑑三の研究をし、ショックを受ける。彼は、内村のあまりにも高いキリスト教、教養に、驚愕する。この東洋の外れの、キリスト教の歴史もろくにない国の、内村鑑三が。なんで、僕らのような西洋人を超えるような、無教会というキリスト教の真髄をついたことが、言えたのか。研究を始めざるを、得なかったのである。で、日本の教会人に、嫌われたのが、本当の話なのである。が、今は時代が変わり、キリスト教も内村を頼らなければ、教会が信者を生み出せないという、現実がある。それは、欧米とて、同じことなのである、と認識している。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは、僕のウィーンのシュテファン教会だと思う。ヴィデオのショートカット。もはや、ヨーロッパ伝統でも、これで信者は呼べない、生み出せない、と思う。人間の人文的崇高さは、すでに毀損して。聖書の言葉の中にしか、存在しない。

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僕の、傑作。80号油彩。これは手前から向こうに流れる、湯川。手前の少し上流が星野温泉。左サイドは、今は今時のなんというのか、モールか。がある。さらに道路を越えて山の上には、星野温泉の経営する、内村鑑三記念館がある。この絵の奥が、僕の勝手な思い込みであるが、教会の祭壇。意識して描いたわけではない。が、自然にそう見えるから不思議だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十四)

雨。マタイ伝。ここにキリスト教の全てがある。今朝は、44節。ここに全てがある。キリスト教と言われる宗教の、高さはここに集約されている。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」といったのは、イエスである。先日。画家筒井友美のユーチューブを見ていたら。ご存知のように、ユーチューブを見るとき、右サイドに、他のユーチューブが控えている。以前であれば、画家のユーチューブだから、関連の作品群が出る。だがしかし、先日。フト、エロ文がザーッと出たので、久しぶりにのぞいて。失敗した。要するに、人間の、状況異常に興奮する(特に男は)、場面を文章で書いた、モノがある。読んで、刺激され、ひさしぶりに馬鹿を見た。そうですか、人間の通常のエロチシズムに反応する感覚を、面白がって。ざまー見やがれ、お高くとまって、と。面白がっている様子が、手に取るように理解できる、文章があったので。こちらも、それではと。退治にかかった。今まで、右サイドなど、いじったことはないが。何か退治する方法があるかないか。探ってみると。少しは画面を規制する方法が見つかった。コマンドを押しながら、次の間に控えている、馬鹿をクリックしてやると。削除制圧まではいかないが。大人しくなる、とわかった。ともあれ、それも言葉に過ぎない。他愛ないものである。それが、場面となると、提供側も黙って見ていないから。なかなかこういった馬鹿側仕掛けも、できないが。言葉となると、簡単で規制しにくく。自体は急に重さを増す。この重さを増したテクノロジーこそ。今の世界の重さと、罪なのである。イエスは、2000年前に。このことに初めから気づいていたが。だから。人間は。神から出た言葉の重みを、聖書の初めに記録した。のは、まさに。神業で。人間の真髄を知る、人間を作った神にしかできないことである。いわば神のテクノロジーだと、今朝知った。のは、少し遅い。と思ったが。雨の音は、夏の終わりを告げ、水無くして生きていけない人間の。命の雨が、過剰の雨にならないよう、祈る七十七歳である。最後に、命の言葉を、英語で書いておきたい。この英語は、holy bibleといって。1611年のもので。要するに、17世紀に、ヘブル語か、ギリシャ語か知らないが、そこから訳されたもの。king james versionのヴァージョンである。大文字小文字など、面倒なので、一切無視し、タイピングしていく。st.matthew cyapter 4/ 古い英語だから、面白いよ。では。4 but he answered and said it is written man shall not live by bread alone but by every word that proceedeth out of the mouth of GOD.ここ、ゴッドだけは大文字にした。あとは、誤字もあると思うけれど、自分で調べてね。この聖書は銀座教文館で、売っています。そこで、コーヒーでも読んで、読んだらいい気分の銀座、ということでしょう。エロ文で書かれた状況など、あったとしても、馬鹿のやることで。まともな人間のやることでは、ありません。所詮、人間崩壊の状況です。ありえないことをそれも密かに読むから、いいのかな。それも、人間だね。要するに、他愛ない話なのである。人間には二つの秘密がある。自己の性と神の言葉、である。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今朝は、内容から、何を持ってここに写真を貼り付けるか。迷う。だが、僕の写真作品は膨大だから、こうやって書いているうちに思いついたのは、ポーピーだね。いや上高地穂高にする。実写。デジタルライカを使用した。このふもと、すなはち河童橋脇の宿に泊まって、自分の部屋から撮影したもの。今から思うと、最高の部屋と、知った。当時は、さほどとも思わないで、ただひたすら撮影をした。特に、ライカを操作した、という意識は全くない。ただ、最高の画素数を使うのが、僕の趣味で。これも、それである。から、パソコン大画面にするか、これを写真屋さんで大伸ばし(全紙)にすると、素晴らしいものになることは、間違いがない。まだまだ、無数にあるが、今日は文章の内容から、これ一枚でやめておきたい。

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2019.07.27

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十三)

フランシスコ・ザビエルを指導した、イグナチオ・デ・ロヨラには、「霊操」というおかしな本がある。どうも、カトリックとは、こういった神秘体験を経験させる宗教のようだ。プロテスタントには、それは、ないと思える。が、神秘主義というのは、あるようで。そんなことを、この日本で真面目に考える人も少なくないようであるが、霊操(岩波文庫)を訳した門脇佳吉さんという人は、亡くなっているようで、ホッとした。神秘主義は、宗教につきものであるが、僕には、いただけない宗教的体験である。熱狂や、外観もよろしくないばかりか、声や態度などを想像するだけでも、ゾッとする。ので、僕は好きではない。しかし、今から簡単に書く「湯浅治郎」は、奇跡的神秘、だと言えるだろう。一介の、安中の。基本的には農業の醤油屋の湯浅が、結局。群馬県で廃娼を実現し、禁酒禁煙、労働を厭わずに、家業を隆盛に導いたのである。その頃、そのあたりのどん百姓は、博打飲酒、喧嘩が絶えず、常に遊興の果てに、稼ぎは消えて。毎日をしぶしぶ働いては、そういった鬱憤ばらしに日を過ごしていた。が、なにを思ったのか、湯浅はそんなことに見向きもせず、せっせと子供を作り、その数なんと十四人に及んだから、すごいことである。その間、奥さんは二人、先妻に六人、後妻に八人、都合14人の子供を作った。まして、後妻の初子は、徳富蘇峰の姉であるから、その子たちの才能は目を見張るものがあった。長子一郎は、有名な画家、その三男の孫娘が、僕の明治学院大学時代の同級生だった。から、僕もひょっと間違えていれば、そこの家系に取り込まれていたかもしれない。と思うとゾッとする。で、なぜそうなったのかといえば、結局「新島襄」、なのである。彼は安中藩の本物の侍で、日本で唯一脱藩をやり遂げた侍なのだ。彼が、アメリカでキリスト教徒になり、帰国後、同志社を作るのであるが。湯浅こそ、その背景にあって、その経済を支えた人なのである。で、そこで、マックスウェバー式に言えば、湯浅こそ。日本資本主義の構造(明治政府の演出者・新島襄)を作り上げた人、として工藤はサンプリングしたかったのである。と、書いてやめておこう。あとは、興味もないだろうが、あらかたはWikipediaなどで調べ、さらに詳しく調べていけば、「明治維新」は見当がつくと、思う。オススメしたい。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下は、パリのノートルダム寺院。燃える前の僕の、実写。この薄暗い、大空間に神はいると主張したのであろうか。僕はプロテスタントなので、神は僕とともにいる、と。ともあれ、ブルンナーの神学で整理するしか、方法がない。

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ここからは、パリオペラ座。実写。もっとも人文的な建物であろう。建設の経緯は調べていない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十二)

で、ここでは千回を目指しているが。ここらで、キリスト教的弁証法の、日本的大詰めができそうな気がする。のは。結局、その周りを回っていた僕の、これが最終的な。キリスト教信仰の、仕上げであることに気づく。僕の信仰は、ブルンナーを中心として。明治学院的教育の、当時(学生だった10年の)の、多分に学校教育的目標だった、が。乗り切ったのは、多分僕だけであろう。友人たちは、明治学院を卒業し、社会で成功し。幸せな家族を作って、いいおじいさんをやっている。すなはち、それが、普通の日本人である。だがしかし、これで済むわけでもない。日本人の、現在の自由主義的唯物論は頂点に達し。これ以上唯物論に振り回されるのは、いかがか。などと、僕は、いよいよ日本人が。明治早々に、キリスト教を採用し、見事に成功した例を上げる責任を感じ始めた。この問題は、僕の世話になった。明治学院大学教授工藤英一の、最後にし残した研究である。明治初期の、日本キリスト教を、研究材料にした工藤は。経済学的な思想史研究として、最後の仕事を計画していたが。病魔に魅入られ、その志は叶わなかった。で僕は、「日本の資本主義の事例としての湯浅治郎」を。一度は、書いてみたい。資本主義がヨーロッパで形成され、たのは。宗教改革の精神からくる。と、それを、実証論文にしたのが、マックスウェバーである。「プロテスタンティズムと資本主義の精神」・解読ウェーバー プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (講談社選書メチエ)などとして、今も読まれている。その日本的事例としての「湯浅治郎」が、工藤英一の研究生涯の最後の夢であった。ということは。書くにしても、次回一回で止めるのは。まさに、日本キリスト教の、古い話に過ぎないからで。ふるい、日本資本主義の。禁欲的思想の事例として、次回書いてみたい。と、思っている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは埼玉県の明覚という場所。僕の実写である。こういった風景から、どうしてキリスト教の弁証法神学が書けるだろうか。僕が次回に、書こうとする「湯浅治郎」も、所詮、こんな田舎。群馬県安中の醤油屋なのである。では、なぜ、彼が、スイスのカルヴァンの、禁欲キリスト教の日本の例証。になるかといえば、頭が痛くなるほど、厄介なものであることがわかる。所詮、湯浅の例は、神の采配であるか。ここでは書けない。ので、次回に書くが。要するに、日本の土壌では、キリスト教的なものは、ほとんど際立たない。言いたくはないが、全く絶望的である。その中で、ではなぜ、湯浅治郎に白羽の矢が、突き刺さったのか。日本明治キリスト教史、の奇跡だと、言っておこう。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十一)

僕は昨日、久しぶりで。昔はよく乗ったが、今はとんと乗らない京成本線に乗り、堀切菖蒲園を目指した。僕がヨーロッパを目指した頃はまだ、成田闘争が盛んな頃で、「砦」なども残っていて、電車から見えた。この闘争は、僕を惹きつけなかったが、土地を取られる農民の心情は、言うに言われぬ痛いものがあった。これを推し進め。日本の資本主義的な、高い欲望自由主義を推し進めた政治は、日本思想を担当する、真面目な学生や思想家を生み出しては、いたが。その思想が、本来の哲学的弁証法として、日本社会に定着することは、なかったようだ。僕は、あくまでもキリスト教で。その弁証法的(矛盾的)神学(僕に言わせれば弁証法の精髄)の、禁欲主義の中に。知らず識らず、生きていて。ともかく厄介で、小さな会社の経営をやりながら、ヨーロッパをさまよっていた。さまよった場所は。結局パリ、ローマミラノ、ヴェニス。ウィーン、などの都市なのであるが。特にスイスは、当然。ブルンナーの故郷なので、僕にとっては。明らかに、キリスト教的弁証法を考える、いい機会になった。のは、間違いがない。言うまでもないが、僕はマタイ伝五章の人間で。この初めの、神の(聖書ではイエスの)言葉を信じているし、言葉としてのキリスト教は。肉体として、また精神として矛盾せざるを得ない人間の、自己の。哲学的な行脚なども含めて。日本人たる自分の。中に。決して歴史的にも思想的にも、必然的にも存在しなかった、この弁証法の精髄の中を。知らず知らずに歩いていた。僕らの時代(60年代の学生)は、戦後の悲劇の時代であるが、当然それは。僕らの肩にかかった。戦前の、西洋と戦った日本の。政治、思想、歴史、文化、芸術、などが、一気に。僕ら、若者の肩にかかった時代、だった。と、深く認識していたわけではない。だから、当時。僕らのような、もっぱら、思想の好きな学生の中から、戦後の日本の。インテリジェンス(知性)を担当せざるを得ない、諸先輩を。得るのであるが。僕のように。無意識の中で、完全な弁証法思想を。キリスト教徒として知らず、実行したものは別にして。それを真正面から、日本の状況に当てはめた、非キリスト教徒の先輩たちが。ほとんど、崩壊しているのを、僕は最近目にして。痛ましいとは思うものの。あの時。お互いに真剣に。日本の再建を担おうとした、僕らの時代の。若々しい一人一人の顔を、思い出しながら。僕は、堀切菖蒲園の駅前にある、古書店(青木書店)で、「カルヴァン小伝・年譜」(昭和十四年・郷司慥爾著)を買い(事前に頼んでおいた)。さらに、壁にかけてある。古い色紙を、千円で買って帰ってきた。その色紙に書いてある言葉は、「人民の為に おしみなき 愛情と献身」(1955年)とあるから。日本の戦後的献身の、いわば裸の弁証法を覗いた、ような気がして。少々、気の毒に思った。ヨーロッパで生まれた、キリスト教的弁証法と、哲学的マルクスレーニン的弁証法が、日本にくると。どちらにしても、かような。根無し草になるという例証として、僕は。これを壁にかけておくつもりだ。ともかく、弁証法は、実存矛盾の論理で。それが社会的なものや、個人的なものを問わず。人間実存の現実として、「ある」ということを、インテリジェント(知能の高さ)で深め高めることは、実は容易ではない、と。ヨーロッパはかなり前から、経験済みだったのである。と、今頃僕も知った。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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やはり、マッターホルか、アイガーかの世界であろう。全部実写だが、こんなことを書いていると、ますます。スイス的キリスト教的、弁証法が気になる。要するに、カルヴァンだったのである。とは、知らなかったが、一生懸命ついてみた結果が、これである。決して、無駄ではなかったと、思う。

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これが、ブルンナーの、僕がこの書きの中心に据えている「聖書の真理の性格」(昭和25年・YMCA刊行)のドイツ語の原本。英語版があるらしいが、表題もわからず、今もってどこにあるやら、不明。国会図書にも、明治学院大学にも、国際基督教大学にも、ない。

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2019.07.26

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(六十)

ここを読む前に、五十九から読むといいと思う。五十九を書いて、続けてここを書いているからである。ブルンナーは本(「聖書の真理の性格」・昭和25年発行・ブルンナーが書いたのは1938年)の47ページは。「人間の神と神の人間」と言う副題になっている。から、すごいものである。この副題は、奥が深い。これは、ヨーロッパ神学(大陸神学)が、散々苦しんできた。信仰の、主体性と客観性の問題なのである。キリスト教信仰を得てわかること、であるが、信仰を得た途端。人間は。自分がその後、主体たる自分が意識したのか、神が指示したのかに悩まされる。これは、歴史全体にも及び。人間の歴史は、どこまでが。人間の主体でできているのか、それが全体であるか、部分であるか、など。いたって、厄介な問題と直面する。個人の信仰、つまり神を信じているかいない、と言う問題が。曖昧なときは、あまり問題にならない。が、天地創造をした神(キリスト教)を信じた途端。その意識が発生する。これが、近代のヨーロッパ神学の、深層である。そこで、ニーチェなどに代表される無神論、こそ正当で。事態に対する、正確な意識である、と言うことが浮上してくる。つまり、本格的な無神論が発生する。これはやむを得ない。当然の、哲学の結論であろう。この近代のやるせない、人間主体の実存的意識は。近代人の我々を、さらに一層苦しめる。のは、言うまでもない。これが、近代哲学のもっとも、深刻な問題で、と同時に。むしろ今は、社会問題ともなって、まずいことに発展している。なぜなら。それは、明確な物質哲学だからである。社会学的に言えば、むしろその物質主義が、現代社会の特徴で。人は、どうしてもこれにならざるを、得ない。で、実現困難な物質を諦めて、幻想に依存し。それにこだわる。アニメなどは、単に幻想の拡大となる。つまり現実生活と、アニメ的生活の境がわからなくなっている、のが社会学的現実である。この傾向は、もちろんディズニーの、保守的アメリカ精神から生まれたもので、いかにもアメリカらしいと、思う。現代社会は、それにすっかり巻き込まれた。で、すべてはそこに収束し。出口を失っている。僕は聖人君主の年齢で、何も稼いでいないから。あんなものが、単なる幻想に過ぎないと簡単に言えるのであるが。現実の、厳しい経済生活の中で、苦しんでいる人たちは。つい、それに乗っかって、一時的な夢を追うことになるのは、当然である。人間だから、酒の一杯も飲んで、さてやるか、とでも言わないと。仕事など、やれるものではない。で物質主義の、極大化は、思想的に。本来の禁欲主義に。つまり資本主義を発生させた、宗教改革的精神のキリスト教とぶつかっている。この社会問題は解決しないと。本当に、怖いことになるのではないかと、思うのは私ばかりではないと思う。つまり、神に戻り、神から人間を見ることと、人間から神を見る、と言うことに戻る必要がある、のではないか。ブルンナーはその、人間の立ち位置を、確認しようとしているのである。まさに、彼がそれを書いた、時。いよいよ世界は本格的に、ヨーロッパ戦線の火蓋が切って落とされる、時なのである。あの時も、人間は無限の闇の中にいた。と、思う。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今度の下の写真は、鴻巣のポピーにしたい。もちろん実写で、デジタルライカである。が、なぜこれを掲載するかと言えば、要するに。自然は美しいのであるが、これは人間の無限欲望から生まれたものではない。と、主張したいからである。神が、人間にこの美しいお花畑を見せて、少しは豊な情動を、養ったらどうだ、と言っていると、言う現実を、言いたかったからである。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十九)

昨日は、えらく張り切ってボンボン書いた。読んでいても、面白くもなんともなかったであろう。結局。聖人君主的記述に終始したからである。要するに、老人年金生活の典型で、我もここにいたり、しか。というところである。しかし、断っておくが。皆ここに至る、のであると言っておきたい。若い時に、予想したわけではない。むしろ、全く予想もしない人生なので、それは神様のお導きである、と言ったのである。今朝、あの日産がまた、赤字スレスレスレで。首切りが必要だと、新聞に書いてある。働く現実とは、こういうことである。ゴーンを退治した後に、来るものだから、仕方がないであろう。頑張って行くしかない。僕の若い時は、日産ブルバードこそ、僕の愛車だった。父は会社経営をしていて、会社経費の車だったが、職住接近で。僕は、そんなことは一切考えず、僕の家の車だと勘違いして、その車を乗り回していた。その車に乗って、目黒の教会に通ったものだ。車を止める路上駐車は、普通の時代で。そばに、東映の撮影所があったが、有名な俳優にあったことは、ない。そんな日本だったが、実は父の会社は、オリンピック以後火の車になり、日活から戻った僕は。荒療治をして、会社を立て直した。もちろん、自分が経営者だったわけではない。ただ、若かったので、なかなか冷酷で、戦前からいる父の友人社員を。僕は切りまくった。会社を公私混同型から、会社経営型に分離し。経理規則を作って、若い社員に切り替えながら、会社は高度成長路線に乗り始めた。僕は、その時から。絵を勉強しに夜学に通い。僕は画家になることも、夢に描いた。あとは言うまい。その時も、僕は教会に通い。色々あったが、あらかた。それらの、教会はどうなったのかな。僕は、母教会(洗礼を受けた教会のこと)が、戦前の威容に建て替えられるのを見届け、そこを去り。田舎の小さな教会に通い始めた。そばに、今のマツモトキヨシが薬局をやっていて。今どこにでもあるその薬局の親父は。その市の市長で。なんでもやる課、と言う課を作り、評判を取った。そこで僕は聖人君主をやっていたわけではない。言うまでもなく、荒っぽい青春を、清純な妻とともに、荒々しく生きていたに過ぎない。で、僕は歳をとったが、今考えると。そこに。一貫して流れていたものが、キリスト教的禁欲主義であったと、思ったから。昨日は。それを書いたのである。今は、全くの年金画家、年金型聖人君主で。日産が、首切りをしても。僕には、全く関係がない。のは言うまでもない。僕は、さっさと経費のかかる車から卒業、したのが。結婚と同時だから。僕の給料では、とても車は買えなかったのが、幸いしたのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真は、やはりスイスのマッターホルンにする。実写だ。マッターホルンは、スイスの精神、禁欲(近代の禁欲主義)の象徴である。どこまでも、この山は、厳しい。この一帯の不毛のスイスが、世界一の金融大国なのだ。その信用は、絶大で。フランス革命の時、王のそばで王を警護し、最後まで戦ったのも、スイス兵である。ヴァチカンの衛兵も、すべて今もスイスの衛兵で。ヨーロッパの金融信用は、十字軍史以来、スイスの信用金融に、依存したのである。スイスには、それ以外に生き残る道はなかった、と言っておこう。それが、宗教改革を成功させ、世界の近代社会の礎、となった。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。

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2019.07.25

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十八)

聖書を、自分なりに書いていると、一生が二生あっても、足りないほどであると、分かったのはごく最近で。七十七歳の今の自分、なのである。もはや、人様に解釈を披露する時間は、僕にはない。ので、ブルンナーの例の本を、さらに読んで。僕は、ここで書くネタを仕入れている。ともかく、大陸神学(ヨーロッパ神学)と、アメリカ神学と、日本の現実を考えていると、どうにもならないほど、日本が貧しいのは。日本人の人間理解そのものが、ひどく劣化していて、日本はいまだ。アジア的思想の貧困の中にいる、と思わざるを得ない。その、日本の思想界の、厳しい現実を悲しむばかり。の、クリスチャンの僕は、もはや関係がない、と言い切ってしまえば、それまで、であるが。僕はさっき、キリスト教的「普遍」を克服したばかり。で、自己満足はするものの。日本人は、今。大変な唯物論的現実の中で、一切の日本的な思想すら忘れ果てて、物質に溺れて。ともかく、苦しんでいる、ように思う。立身出世、隠れ学歴、大会社病、銀座主義(ブランド志向)、拝金主義、過剰宣伝、過剰スポーツ、官の劣化など。挙げればきりがないが。それは、全く。キリスト教的には、無価値であると、言っておきたい。キリスト教の神の教えでは、自己に与えられたものを感謝して受け、その感謝を元に生きていれば、全ていい、のであって。それは。長い目で見て、必ず「富」に通じているということは。僕らの時代に。社会科学的にも、禁欲主義として実証実験されていた。のが、ヨーロッパ型の思想なのである。が、日本人には、全く通用しないまま。日本は本物の老人社会となって、なんやらハイテクに捨てられた。訳のわからない老人が、自分の立場を持たず。ただただ、貧しくなっていると、自分をひがんでいる姿は。全くいただけない。日本経済全盛の時の、自分の罪は深く。その時、一切の弱いものに目もくれず、飲んだり、クッタリの人生を送り。日本の経済的、相対的世界低落のなかを。不満を抱えながら生きている老人の姿は、誠に醜い。僕は、特に、禁欲主義者として、何も不満などないが。車などとは、とっくの昔に縁を切っているから、余計な経費など一切なく。酒も飲まず、ゴルフもせず。たまに、若い画家を相手に、コーヒーを奢ることを楽しみに、生きていて。水彩画などを書いて、常に美しいモチーフを探して、聖書を読んでいるから、何も別にいるものもなし。いたって、楽しい人生を、送っている。のは、若い時からの、禁欲主義の結果である。ブルンナーの本とて、結局日本人が、今や。みむきもしない古本で。それを買って、読んで。別に、それで、何も不足はない。まして、ココログも、これほど改良されて、自分の思うままの、ブログができるなど。とは、10年前には考えてもいなかった、こと。と、書いて聖書から、ブルンナーの本に戻りたい。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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毅然たる、とは。こういう山の姿であろう。僕の実写。コンタックスに富士フイルム。日本に、こういう山がないのが、残念。だが、世界の神はお一人、創造の神である。普遍が解決した以上、僕には恐れるものは、ない。ユダヤ人が制作した聖書、イエスはユダヤ人、という事実は。僕にとってもはや、問題ではない。宇宙の中の神は、お一人。その神が、世界を創造したのである。そして、イエスはその神の、受肉した人で、世界の救い主である。民族を超え、地域を超え、時間を超えて、救いはすべての人間に及んでいる。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十七)

律法問題は一段と厳しさを、増すが。そのあとの、21節は、話にならない。「腹を立てては」ならないが、バッチリ書かれる。この項で言われることを考えていると、全く非常識。僕もよく腹を立てるが、僕は教会に行っている友人が。自分たちの牧師を。裁判(東京地方裁判所)にかけた時、この人は。このマタイ伝第521節以下など、読んだことがない、と推定した。結果は、その通りになって、10年近くかかった裁判は、結局国家の判定を受けられず、うやむやに終わり。牧師もその教会を去り、深くは知らないが。終わったようだと。推定した。僕は、なんども。やめるように言ってみたものの、なんの効果もなく。僕はあえて聖書の、その箇所を引用せず、見守っていた。僕は、呆れたのであるが、いよいよその人たちが、今、本格的に老人になって。人の世話にならなければ生きていけない時期に来て、さて一体。神は如何処理するのか、見ものだと思っている。その聖書の箇所を、読むと。ともかく争わず、その人と和解しなさいと、書いてあるから。こ以上は、言っても仕方がないことである。それより、その後の方が、深刻で。要するに性的な問題。で、人の奥さんをやらしい目で見たら、その女性を犯したのであるから、やらしい目を引き抜いてしまいなさいという、言葉は。青年の僕を、打たざるを得なかった。が、一向に効果はなく。僕は。なんとも情けない青春を、禁欲家として訓練を受けつつ、その合間を縫って密かに。悪さをしていたが。それは、心の中の問題に止まらず、いつか表面化して、僕はその結果を始末しなければ、ならず。やっと始末して、今のエヴァに出会い、救われて今に至ったのは。まさに、キリスト教的禁欲主義がいかに、社会生活全般に役に立つかの、実験であった。と、告白しておこう。聖書は、決して伊達に、あるのではない、のはいうまでもないことである。マタイ伝の解説は、この程度にしておこう、キリがない。と、思う。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これらの写真は、僕の好きな江ノ島。当たって砕けろ、の岩と波の戦いの姿など。広い海は、笑っている。実写。デジタルライカで撮影したと思う。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十六)

さらに、第5章。を続けたい。13節。には、あなた方は世の光、地の塩、という有名な言葉が出るが、今これをいう人は皆無だ。聖書に、こんなイエスの言葉が、いきなり出るとは、驚きである。なんの関連もなく、どうして、こんなおべんちゃらが、言えるか。わかららない。この歯の浮くような、イエスの言葉は、何を意味するのか。僕は、世の光でないばかりでなく、もちろん地の塩でもない。返って、地を汚し世の中を暗くしている、のではないかと恐れる人間である。文字通りではないが、なぜ、こんな綺麗事を言ったのであるか。わからない。が、僕は学生の頃、これを読んで、感動した。僕は、このことに関し。なんの知識も持っていなかったから、僕は世の光か、地の塩か、などと喜んだ覚えがある。僕は発奮して、いいことをしよう、と奮い立った。が、結果は惨めなものであった。僕は思春期を迎え、いやらしいことを頭に描いては、自分を抑えてかからなければ、ならない年齢に達していた。ので、その項目の最後は、ふるっていて。人々が、あなた方の立派な行いを見て、あなた方の天の父をあがめるためである。となると、自体はまさに、悲劇的になる。で、僕はどんどん罪に目覚め。て、今思うと。このキリスト教的人間実存の要諦は、見事というほかは、ない。で、次にいよいよ。律法が出る。この律法問題こそ、キリスト教の本当の要諦で、呆れ返る。とても、古代文章と侮れない。「私が来たのは律法や予言者を廃止するためだ、と思ってはならない」。という、この思ってはならない、というところがキリスト教の味噌なのである。これは本当に、古代文章なのか、疑いたくなるほどの思想である。この逆説が、これを読んだ人を、まず古代神学者にしたのでは、ないか。ここから、正式に神学は出発する。のではないか。ここで、早くも。「私が来たのは」と、「私(イエスのこと)」を客体化している。これは、ただ事ではない。だいたい、律法とは法律のことで、このユダヤ教とローマ法に囲まれた世界では。律法は、どうにもならない人間の宿命、なのだと、人々は諦めている。ので、この人が、この鬱陶しいものを、討ち払ってくれるものと、期待している。が、自体は全く反対に、「それは違う」ということになる。ので、後に続く神学者は、これを追及せざるを得ないことになった。と、思う。イエスのデビューは、この辺りから、神的様相を呈し、とても人間業ではないことが明らかになっていく。要するに、神がかり的な神秘主義では、ないのであるが、知的神がかりなのである。いかにも、簡単なようで結構複雑なこと。と、僕は。思う。

 

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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何を考えているか、わからないが。偶然、僕の前を横切った司祭。僕の実写だ。司祭の頭の中は、これでは理解できない。しかし、頭の中が僕らと違うわけはなく、きっと。家族のことなどを心配して、歳をとったのであろう。司祭は普通独身などと、僕らは承知していたが、文字通りそんなバカなことを我慢できるものはいない。あくまでも、建前である。性的なことばかりでなく、人間はアダムとエヴァの方が楽しい、かな。ともかく、難しいのは人間実存である。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十五)

ここらで。一層退屈な、因縁話に入りたい。もちろん明治学院とキリスト教である。本質的にいえば、僕は。キリスト教信仰の前では、明治学院など、どうでもいいのである。が、この因縁話が、明治学院で作られたので、仕方なく明治学院を出してしまう。が、本来関係のない話である。初めから種明かしをすれば、無教会と明治学院は、もっとも関係のない、キリスト教の歴史で。内村鑑三が、明治学院に来て講演をした、などという、記録など別にあるわけもない。そういう意味からいえば、明治学院にとって、内村の無教会は敵であり、とみんな思っているのである。が、ブルンナーを教科書にしたのは、明治学院であり。「ドクトル・ヘボン」という、有名なヘボンの伝記を書いた人も、実は。少しは無教会なのである。と、書くと。明治のキリスト教の歴史は、当然ヨーロッパの状況を受けて、複雑に展開していた、ということが分かるであろう。実は、この話、僕も最近はっきりと、認識した段階だ。それまでは、ひたすら内村研究をしていて、ふと、かすめた話なのであり、僕の脳裏に長く少し残っていて。ここのところの、ブルンナー研究で、明確に。僕の頭を占領した、問題なのである。で、これが、僕には、妙に因縁話になるので、ここに、改めて書いておきたい。初めに、わかりやすくするために、まず書きたいことは。ヘボンの伝記を書いたのは、高谷道男、という人で、僕らの時代の明治学院の教授である。この人が実は、内村が作った研究会に、学生の時(今の一橋大学)出席していた人。であるとは、実は驚きなのである。あの頃、秀才たちは、特に帝国大学時代で、勉強などをすると、どうあがいても西洋的文化と接触をする。一番、面倒でなかったのは理系の学生で、さっさと前進したのであるが、文系の学生は。そうは、行かなかった。今は、西洋が高いのか低いのか、さっぱりわからなくなったが、それは帝大時代の。そういった先輩たちが、死ぬ思いで勉強したからで。皆、その人たちのおかげなのである。その一人が、高谷道男で(彼の時代、今の一橋大学は、帝大ではないが)。その、彼の書いたヘボン伝を、渡されたのは。僕が明治学院中学校の生徒の時なのである。で、読んでもわからなかった。が、ともあれ、その彼が、まさか。内村聖書研究会(白雨会という会、その他にも内村はいくつも会を作っていた)に出席していたのである。その証拠は、「人と思想・内村鑑三」(清水書院・昭和44年第2刷)に記録されている。116ページにあり、そこに、白雨会のメンバーとして、高谷道男がメンバーの一人として、書いてあった。のは、僕の知るところであった。ネット上に写真もあるので、下に貼り付けておきたい。これが僕にとって特段の、因縁話なのである。まさか、というべし。

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 筒井友美作品。

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真ん中に座り、少々くたびれて座っているのが、内村鑑三。学生時代の高谷道男が写っているのが、最後尾一番左の学生。僕は、高谷さんを、10年いた明治学院でしょっちゅう見かけたが、言葉を交わしたことはない。ただ、ただ、その頃は偉い先生だった、というほか、言いようが、ない。この写真は、ネットからだと思う。本によるこの記事は、明治44年の白雨会の記事で。僕の親父が、生まれて四歳だから、えらく古い、とんでもない因縁話となった。高谷道男は、多分百歳を越えて亡くなられたと、承知している。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十四)

 五十三で書いたことは、しばらく時間が経つと、僕の心の中で。ズシン、と重くなった。のは、神学とは違う文学の問題として、僕らの胸中を襲ってくるのは、止むを得ない。先日、近くの馴染みの生協が、店を閉じた。二つもできたスーパーに、挟まれて。ついに、撤退したのである。20年お世話になった生協である。今朝コーヒーを飲もうと思い、いつも使うインスタントの瓶をふと見ると、かなり少なくなっている。で、買わねばならない、と思った途端、生協を思い出していた。いつもそこで、買っていたからである。が、ふと。もはやそこは、ないのだ、と気づかされた、時。なんとも、寂しい気持ちに襲われた。この程度で、こんな思いが出る。で、ヨーロッパ。神学的にいえば、東洋でそれも日本で、教会を虚しくする無教会という、信仰が発祥していたと、目をつけた神学者のブルンナーは。色々理由は後でついたとしても。一番の、密かな興味は。日本の無教会研究であった、のではないか。もし、ブルンナーがその影響を受け、ヨーロッパ神学(大陸神学ともいう)で、無教会を提唱す時間が残されていて。それが神学的に認められたら、一体世界は。どうなるのか。もちろんわかることではないが。僕が見学した、素晴らしい文化遺産としての大きなヨーロッパの教会が、皆公共の施設として様変わりしたら。と、言うのは悪夢であろう。日本には、なんやかやといっても教会などは、無きに等しい。欧米とは全く違う環境なのだ。その日本で、無教会などといっても、大した影響はない、のは。もともと、無教会なのである。しかし、言うまでもなく。ヨーロッパはそうはいかない。この問題は。歴史上の動乱を引き起こすことだろう。それが、まして、神学において、明確に確定するとなると。ヨーロッパの騒動は、文化の基盤の革命、と言うことになり、社会革命のような、すでに歴史となった革命などより、強烈な動乱を世界に起こすと、僕は予想する、が。それが唯物論の密かな現実的侵略によって、いつか何百年後。まさに、教会が無教会にならないとも、限らない現在の状況は。一体歴史的に。どう学問的なプロセスで説明されるのか、まさに流行らない歴史哲学の、大問題に。挑戦できる日本人など、一人も、いないのは当然でも。世界にも。いないと言うのは、本当であるか、どうか。僕の白昼夢も、少しすぎるのであろう。

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 筒井友美作品。

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僕は、この下のポピー写真が、西洋的なのか日本的なのか、わからない。が、なんとなく西洋画的だとすれば、それは西洋であり、しかし、日本人の深い文化的情動を基礎に、ここに植えられたのだと考えると、僕には大いに、これは日本的なのである。これはデジタルライカを使った実写であるが、かなりの枚数がある。この中から、僕は。ランダムに写真を拾い出して、いるが。僕が選ぶと、なんとなく西洋的な匂いがする、ということもいわば、不思議な気がする。

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これは僕の油絵、額縁を抜いて撮影している。すごく高く売り出されて、銀座の個展では売れ残ってしまったが、いい絵だと、思う。傑作だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十三)

僕は、五十二で書いた意識に立った時、僕はキリスト教が全て、わかった。僕が、一番気にしていたのは「普遍」なのである。どうしてかと言うと、僕のように。子供の頃から教会に接触していると。そこで言われている(聖書による)高い内容と、現実(教会の)に大いに悩まされた、ものだ。子供心、とは言え。イエスは世界の救い主、の割には教会は規模も小さく、みすぼらしく。どうしても、世界の無数の人間を相手にする。とは、とても思えなかった。それは、明治学院でも同じで、学生時代から通った、洗礼を受けた教会でも、同じことである。内部は、争い事が絶えず起こり、どう見ても聖書の内容にそぐわない。僕は、機会があって。ヨーロッパにも行ったが、確かに。その教会の仕組みの表象であるヴァチカンや、ウィーンのシュテファンや、カールス教会。パリのノートルダムや、ミラノのでかい教会や、ヴェニスなどのそれも。結局、どれを取っても。それは聖書の言うことと。一つもそぐわないものばかりだった。つまるところ、普遍などと言うものは、教会に見当たらなかったのである。確かに、すげーでかい、とは思うが。それは、建築物として、でかいのであって。聖書的ではない、と思っていたのである。まして、ジュネーヴのカルヴァン教会すら、あれはカトリックの教会を乗っ取って、プロテスタントが、自分の教会にしたもので。と言うことを、知っていて見ていたのである。僕が教会に通っていた頃、山永武雄牧師夫妻は、そのジュネーヴ来ている。その時の帰国後の、ご夫人の感想は。プロテスタントとはいえ、すごい教会ね、などと印象を言っていた。僕は、カルヴァン教会の予備知識があったので。要するに、それらをひっくるめ。とても、聖書の内容に、ぴったりと合うものなど、世界にない、と結論した。まして、日本の教会など、ドブ板教会で、特にひどく。プロテスタントの貧しい教会は、とても僕のような。建築設計にいるものには、見るに絶えないものばかりであった、と言う告白を。やっとできるようになった。のは、結局。キリスト教とは、「神の言葉」で、その言葉を神学にしたからこそ、ここまで普遍なのだと。ブルンナーに、さっき知らされた時。僕は。内村鑑三が神学などに一切こだわらず、あの信仰の真髄を突く、武士的高さ。つまり聖書の言葉だけを信じる、彼の信仰の、日本人的高さ。にこそ。当然の。世界のキリスト教の帰結があると。まさに今朝。キレのいい日本刀のような、名刀内村の才能に、感心したのである。ブルンナーは日本にきて、その内村に触れ。いわゆる、日本の真面目な教会人から、見放された人になった。彼の本を、散々翻訳しておきながら、その後、ほとんど顧みない、日本の教会人の、不真実を。僕は今朝、改めて認識し、安心したのである。僕の、キリスト教的普遍はやっと、この歳で解決した。と、言っておこう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下は、ブルンナーの英訳本です。ネットから。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十二)

五十一で書いた、一連のイエスの初めの説教、の内容は。誠にすごいと言えるだろう。彼は当時三十二、三歳と言われているが。これが、神の言葉とは、聖書のどこにも。実は、書いてないのである。僕が結婚をした頃の歳で、イエスの。人間的な高さが際立つ言葉である。僕はその時、新妻とともにつましく千葉北小金で生活を始めていた。近くの風呂屋に通いながら、要するに、おままごとの少しはましなもの、といったところであろう。その時、イエスは山に登り群衆を前にし、この言葉を語ったと、印象的に書かれている。それがマタイ伝(今の聖書の表記マタイによる福音書・以後マタイ伝と僕は、昔の表記を書きたい)五章に書かれ始める。しかし、すでに言ったことであるが、これが神の言葉である、などとは聖書のどこにも書かれていない。もしこれが、神の言葉である、などと仮にマタイが書いたら。聖書など、存在しなかったに違いない。普通、天才的な人がいて、この程度のこと、すなはち気の利いたこと、などを言ったりした時。人間はすぐ、それを金もうけに利用して。それが神の言葉である、などと発言し。もったいをつけて奉り、それらしく宗教施設などを建てて、飾り立て。たちまち、金が集まってでかい施設ができて、宗教団体などが公認されて。などというストーリが考えられそうなものであるが。そういうことは、一切起こらなかった。と、気が付いたのは、随分と、聖書を読んできたが、昨日のことに過ぎない。この、昔は。山上の垂訓、など呼ばれていたものが(今はさすが、誰もこのようにネーミングはしない)、実は垂訓、ではなく。神の言葉である。と言い始めたのは、要するに神学である。と、ブルンナーは書いている。僕は、この本(聖書の真理の性格)という本の二冊目が、昨日。古書店から郵送されてきて。その本(昭和25年発行)に今朝、香水をかけて、本を陰干しし、世界堂で買ってきた。ビニールの、よくできたブックカバーをかけて、整えて。今これを書いている。僕は。ブルンナーが、聖書にはイエスの言葉は、神の言葉であるとは、どこにも書いてはいない、という言葉のもつ、重みと。それを、神の言葉や受肉や啓示、と言った高い神学に構成していく西洋の神学を、羨ましく感じたのは。梅雨明けの、今朝のことであると、気がつくのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の僕の油絵は、日本の美を描いたもの。これはNHKで。鴻巣で今、このようなポピーが咲いてます、と、どんと、放映された時。妻と一緒に行って、撮影してこの絵のモチーフにした。写真は実写、カメラはライカ(デジタル)という、世界一のカメラを使った。

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2019.07.24

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十一)

聖書の五章を続けよう。心の貧しい人々、の次は。悲しむ人々は、幸いである。柔和な人々は、幸いである。義に飢え乾く人々は、幸いである。憐れみ深い人々は、幸いである。心の清い人々は、幸いである。平和を実現する人々は、幸いである。義のために迫害される人々は、幸いである。となっている。と、書いておくだけで、幸いである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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旗の見える塔の教会が、カルヴァン教会。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(五十)

この辺りで、改めて聖書を読んでみたい。そうすると聖書は、マタイ伝(マタイによる福音書)第5章冒頭が全てである。と、思える。それも、イエスの第一声の、初めが全て。これが人生であって、この言葉に従えば失敗するはずが、なく。これを素直に読んで神を信じ、さらにこれを、できるだけ実行して人生を送り、死に至る時に「永遠」を考えれば良いということに尽きる。と、七十七歳の僕は思う。で、英語で書かれた聖書の、ブレストという謎の言葉が、やっとわかった。英語を、まず書いておきたい。面倒なので大文字を意識しない。blessed are the poor in spirit,for theirs is the kingdom of heaven.日本語では、心の貧しい人は幸いである、天の国はその人たちのものである。となる。この言葉は、受肉のイエスが。初めに行った説教で。その受肉した、神のはじめの言葉がこれである。この言葉は、ショック。神が、イエスとして、「受肉し」、神が人間の言葉として初めに発したのが、この言葉なのだ。から、びっくりする。こう言う言い方ができる人は、言うまでもなく。神である。しかし、だからこそ、これは神の言葉である、と思う。これによれば、対象となる人間に取りこぼしはない。誰一人、このことから、漏れるものがない。人間とは、全員心の貧しいものなので。この徹底した、人間に対する聖書の認識は、ショックを与える。それが僕に、間違いない。僕は、心の豊かな人間である、と言えない。僕は。これで明治学院高校の時、洗礼を受けた。いわば、自分がズバーとやられ、救われたいと思ったのである。その後の、社会での生活で、まさに経験したことは、これに尽きる。僕は実に心の貧しい人間だと、なんども思った。で、絵も勉強した。絵は、心の貧しさ、豊かさを。こうも一式、ズバーとは言いあらわさない。僕は、自分の心の豊かさを求めて、絵を描いたのではない。あくまでも僕は。なぜか絵を描いたのであるし、今も描いている。心を豊かにするなどと思って、絵を描いてはいない。僕は、ただ、絵を描いているに過ぎない。で、僕にとっては、キリスト教が一番なのである。ただし、それは現在の話である。昔は、絵とキリスト教と、妻と、会社と、いつも争って一番を目指していた。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真は現在の明治学院礼拝堂。僕らはここで、毎朝礼拝をすることが義務だった。それは中学校と高校のことで、大学になると僕らには教会が待っていて、そこで。今度は毎日曜日、僕らは礼拝に出席した。基礎的な知識は持っていたから、今度はかなり高い神学書なども、自由に自分で読んだ。この写真は、自分で撮影したのか、どうか不明だ。この礼拝堂は独特のカルヴィニズム的デザインが感じられる。がっしりとした太い木の梁で出来上がった大空間である。上から見ると平面は、十字架の形になっている。設計者は有名なヴォーリス。彼は、ここで結婚式を挙げ、軽井沢が、新婚旅行の目的地だった。カルヴィニズムが、スイスという国を創ったのだ。ブルンナーは、そこの代表的神学者の一人である。

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この下の像は、池袋古書店往来座の祖父、彫刻家瀬戸団治の作品。ヘボン像。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十九)

聖書を改めて読んでみると、聖書とはマタイ伝(マタイによる福音書)第5章冒頭が全てである。これが人生そのものであって、この人生訓に従えば失敗するはずが、なく。これを素直に読んで神を信じ、さらにこれを、できるだけ実行して人生を送り、死に至る時に「永遠」を考えれば良いという単純なことに尽きる。と、七十七歳の僕は思う。要するに、このように生きることは、しかし、できないという、厳しい現実を含んでいる。生きるということは、このように第5章で生きることではない。生きるということは、この反対で。憎むことであり、ごまかすことであり、敵対することであり、相手をやっつけることである、と思う。戦うことであり、相手に勝つことであり、などという第五章でイエスが、いきなり発言した神の言葉、は。文字通り絵空事である。と、思うことが現実である。世の中は悲惨であり、戦争があり、その紛争はいつか、世界の破滅になり、収奪され、殺され、傷をつけられ、危うく死ぬところである。がしかし、それは人生の表面に過ぎない。人は、ますます唯物的に生き、お金を求めさまよい、性に溺れ、良い家に住みたいと思い。大きい家で暮らしたいと思い、貧乏人を軽蔑し、差別し、額に汗する働き人を冷たい目で見、コーヒーをのみ、ケーキを食べ、良い着物を着て、さらに一層、うまいコーヒーを飲みたいと、思い。人を羨み、人と自分を見比べ、自分を少しはマシだと考え。たり、同情せず何もせず、困った人を助けず。嘘をつき、糊塗し、適当に過ごし、自分は少しはマシだと考え。自分の好きなことしかせず。自分のマンションのゴミを横目で見て、それを片付けることをせず、それは管理人の仕事であると、勝手に決めつけ、ポストの広告紙が溢れて散らかっていても、それを拾って整理もせず。という人生を送って、老いさらばえて。人を羨み、人の健康を嫉妬し。高い地位を望み。人を蹴落としたいと密かに思い。年金が少ないと文句を言い。など、第5章とは反対の人生を送っている。のが、現実であろう。だから、第5章がある。この第5章を読むと。面白いので、今度は、私たちが永遠に生きるために、この五章を吟味してみたい。イエスは五章のその最も、大事な初めでいきなり意外なことを言う。「心の貧しい人々は幸いである」と言ったのである。この言った、が、結構きつい。この痺れるような、決定的に非常識な言葉は神の言葉である。これはイエスが神である、神が受肉した姿、その初めの説教であると、考えると納得できる。これを誰の参考書も使わずに、自分の知識と経験だけで言えば。これこそ、神の言葉である。神の皮肉であろう。とも受け取れる。誰が、こんなすごい気の利いた、言葉を。本当に、誰が、思いついたのか。わかっていることはそれが、誰が見ても。まず、ユダヤ人が書いた、と言うことはわかる。イエスが言った、と言うこの記事のこの一言が、全てを決したのである。みんな参った。つまり反対のことを、イエスはいきなり言った。これを英語で確認すると、面倒なので大文字は無視。英語をこのワープロに入れると、どうもうまく載らない、と言うことがわかった。少し、工夫する。マックワープロでは、考えれれないことだ。これはこのワープロが、英文を予想していない証拠である。

    blessed are the poor in spirit. for theirs is kingdom of heaven . 僕のわからない単語は、blessed で。辞書を引くと。これは教会の限定用法で。神聖な、清められた、などらしい。なんで、日本訳で、天国は、と訳されたのかわからない。ので、今日はここまで。梅雨が、開けるかもしれないね。今日もアンテンドゥで、コーヒーで読書を、しようかな。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真は、なんどもここで使いたくなる、スイス・プロテスタントカルヴァン派の信仰を代表する山。マッターホルン。マタイによる福音書第5章は、この山の鋭い尖った、いかにも人を寄せ付けない、徹底的な厳しさを感じるが。同時に、よく見ると、この厳しさのななに、深い慈愛が見え。手前の山に続く道が、いかにもそれを表現する。これこそ、世界の観光資源だと思えば、気も楽になる。聖書も、もちろんユダヤ人によって全てが書かれている、が。それも神が選んで、そのように段取りをしたのだ、と考えれば納得もできる。聖書はユダヤ人が書いたが、この山は日本人である僕の実写。カメラはコンタックスに富士フイルム。僕は、ユダヤ人の書いた聖書を信じる、プロテスタントであり。さらにマタイ伝(マタイによる福音書)の、自分なりの解説を書い行くつもりだ。

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2019.07.23

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十八)

僕が、禁欲ということを盛んにいうとき。いつも思い出すのが、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」である。要するに、マックス・ウェーバーであるが。この人の名を、今はとんと聞かない。この高い社会学的世界の名著は、僕らの若い時の名著である。僕はなんども読んだ。し、色々教えられたが、今はとんと、読まず。本箱。にいつもある。で、前回の書きから、急にもう一度読みたくなって、今手元に持ってきた。これは、岩波書店が、わざわざ立派なハードカバーにしたもので、風格のある本である。その本の、宣伝カバーには、次のように書いてある。不朽の名作。改訳決定版。社会科学の必読文献。この本が、あるとき。徹底的に批判を受けた。当時、この本を批判することは、大変なことで。僕もそれを、読んだがわからなかった。何かデーターを間違えていて。などと、書いてあったが、マー気にすることもなく僕は、社会人になっていた。さらに、それから「社会科学」があまり冴えない時代となり、今度は気にならない本。として。また、戦後のキリスト教ブーム終焉現象として、忘れ去られたのであろう。僕は「永遠の生命」を書く以上、またドイツ銀行の現状が、週刊誌通りだとすれば。僕は、俄然、もう一度、マックスウェーバーを読まねばならない、と思ったのである。つまり、禁欲精神が資本主義には、どうしても必要な精神だと、いうのは。結局社会主義的社会制約や共産主義的禁欲唯物論が通用しなくなった現代には。どうしても、もう一度このキリスト教的禁欲主義を再考すべしと、考えたのである。ここのところ、僕らの頼りにした先輩の、有名な日本の思想家たちが、妙に自殺する。のを見ていると。結局彼らは。自分が良かれと思った社会思想が。人間の無限欲望の前で、無残に崩れる人間主義に。絶望したのだと考えざるを得ない。で、キリスト教徒の僕にも、もはやマックスウェーバーなど、読んでいる人生時間はない。ので、このまま棚に戻し、一層、ブルンナー神学に頼ることにしたい。と、思ったのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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ああこれが、僕のスイスの十字架。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十七)

ブルンナーは、僕が長年気になっていたことを、本(聖書の真理の性格)で、ずバート。8ページで「全聖書はヘブライ人によって書かれたもの」と真実を書いた。のを、発見した時僕は。この男は信用できる、と思った。聖書は神によってなった、ということは言っても、それはそうであったと教会は言ったことがない。のを、僕はよく知るからである。しかし、僕は明治学院で散々聖書を読んでいるから、初めからそうである、と思っていたし。このユダヤ史は、実に面倒な物語である、という印象を、日本史などと比較して、ちゃんと心得ていたのである(疑問として)。長じて、この事実は、僕のような年齢のものにとって。ドイツの敗戦の実にぶざまな、悲惨。を、読む者にとって、ことの外、気になる事実として、その判断をいかにするかを迫られたのは、言うまでもない。こんな時最近になって。つまり、ヨーロッパキリスト教の高さについて、書いている時。ある週刊誌の記事で、僕は。ドイツ銀行のていたらくを、読んだ。信じられない。というのは、本当ではない、ありうる、と僕は思った。僕の前提は、ドイツの敗戦である。僕はもちろん、日本の敗戦も知る。イタリアのそれも、知る年齢だ。明治学院で、戦後院長になる武藤冨男は。戦後、民衆に蹴り上げられ、吊るされて、肉団子になるムッソリーニと会った人だ。ドイツは、いうまでも無く。それ以上の、醜い惨状を世界に晒した。その国が、5、60年掛けて、EUの盟主になった。その過程には人様には言えない、多くの屈辱があったはずだ。ああ、それなのに。どうしてそれを乗り切ったのに。肝心要のドイツ銀行は、今危機に陥った、と。僕は、近代ドイツ史の発端の、高い宗教改革の教育を明治学院で、教えられた。だからここで。こんな。永遠の生命のような。凄まじい問題に挑戦できる。のに、肝心要のドイツが再び。ドイツ銀行の資産は、今。世界15位。その銀行の借財が、なんと二百六十兆だというのだ。ドイツ国家の借財は、日本などに比べ格段に少ないはずだ。禁欲の国だ。禁欲でしか、生き残れないのだ(日本はもともと禁欲の国だ)。しかし、それを実行する、精神性(宗教改革精神)は健在と見えて。あの悲惨な戦後を、我慢に我慢を重ね。やっと立ち直ったところ、なのに。ここまでなら、国家の方はなんとかなった、として。今度は、私企業のドイツ銀行が甘い経営になってしまって、いた、とはとは。なんたるていたらくか。要するに、苦労した人間は。すでに皆死に絶え、そのあとで起こった出来事なのだ。若い、甘いキリスト教徒が、我が物がおに。形式的に、キリスト教で。あたかも自分たちで、その果実を作り上げたような気分で、甘い汁を吸ったのである。キリスト教的禁欲の政治家(メルケル)たちを尻目に、彼らは親の資産に目をつけ、いいように遊び暮したに、違いない。その結果、が。またこれだ。宗教とは、確かにすごいもので。ドイツには、宗教改革以後、資本主義を増大させた原資としての、宗教改革的禁欲のキリスト教資産が有り。その後の、資本主義的発展ができた、という経済理論は。僕たちの若い時の、当然の勉強意識であった。と、常識的に僕らは思っていた。で、僕も、基本的にキリスト教的禁欲家で、そんなことまでしなくて、も良い、状態なのに。僕は今も禁欲家、なのだ。これが、嫌われることは、僕も承知だ。だが、そらみたことか日本でも。バブルが崩壊し。日本は、20年もこのざま(デフレ不況)ではないか。それに比べ、ドイツプロテスタントの伝統は、しっかりと生きていて。世界に再びその禁欲の力量を見せた。と、僕は思っていた。だが、人間の普遍の罪は、またドイツを襲い。再びこれでは、人間没落の焦土を作りかねない、ではないか。ブルンナーはきっと、これを予言している、と思い。さらに彼の本を読むつもり、でいる。また、様々な人が。密かにスイスに亡命するのだろうか。秘密で貯めた金を持って、彼らはスイスの銀行をさらに一層、利用する時代に、ならないように、とは思うものの。果たしてうまくいくのだろうか。人間は、喉元過ぎれば、また悪さをする。のは、人間の罪のせいである。と、思うのは、僕ばかりではない。が、それこそ、悲しいキリスト教神学の精髄である。などと。予言や教義学など、当たらないに越したことはないが、当たるかもしれない。と、思うこのごろである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真は、僕の実写である。カメラはコンタックス、と富士フイルム。で、簡単に僕らは、ここに到達できる。普段よりも少し高度の寒さに耐える服装ぐらいで、僕らはどの人も、観光客として。ここに至れるのが、スイス観光の醍醐味である。で、何を言いたいかといえば、ここにきて。しっかり禁欲の意味を学ぶべし、というのがスイス観光で、自然の意図するところとして、またそれが神の意図するところ、という意味である。これは氷河であるが、日本の登山観光には、これは決してないのである。日本の神と、キリスト教の神は、これほど異質だと言えるだろう。同じ地球の上である、とはとても思えないが。ヨーロッパをはじめ、特にユダヤ地方の厳しさは、その代表である。今も紛争が絶えない。キリスト教はそこで発祥した宗教である。

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この下の写真が登山電車の終点駅。今思うと、よくできていて、呆れるばかり簡単に、ここに来ることができる。

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この下の山は、いうまでもなくアイガーであるが。この腹のなかに隧道があり、そこ鉄道を通して駅を作り、そこにでかい穴を開けて、すごい厚みのガラスを入れて、外界をみる。という馬鹿げたことを平然とするのが、スイス観光である。要するに、氷河の中の駅。さらに電車を乗り継ぐと。なんとトップオブヨーロッパと称する、ヨーロッパで一番高いところ、にある観光施設にたどり着く。これなども、呆れるが。実に簡素に淡々と、電車の部材も徹底的に規格化していて、メンテも簡単にできるように初めから配慮している。そのあたりの技術力の高さは、呆れるほど高い。全てに、カルヴァンの禁欲主義的キリスト教の真髄を、感じることができる。

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2019.07.22

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十六)

で、この話は一層ややこしくなるのは、止むを得ない。書いているテーマが、「永遠」であるからだ。この永遠は、人類普遍のものでなければ意味もなく、価値もないが。キリスト教は、これを普遍といって、イエスの言葉は、神の言葉として、神が人間のために、自らを受肉させ、この世の苦しみを経験して、言葉を与え。その「言葉」(神学的には啓示という)を信じて人間は救われるのである、という聖書に書いてあることを。後に続いた人々が、神学として(言葉としてさらに概念化し)、人類普遍の救済として宣教してきた、というキリスト教史の。基本と接触することになる。から、ややこしいのである。問題は、一地域、一民族、一定時間の問題、ではなく。あらゆる世界の隅々にいる人々にまで、関係する、からややこしい神学となり。当然、人間的欠点は聖書にある通り、人間には数限りない罪(神を裏切ったという原罪を背負い)という、欠点を背負っていると、書かれていて。それが、またよく正確で。呆れるほど当たっているので。あるし、今も相変わらずで、人間のあるところ必ず存在する、罪の現実、として。あまりにも毎日、事件として。あるいは国際紛争として、あるいは身辺的にある貧困や差別や、ミスや怠惰や飲酒や放縦として、日々。我々人類は経験している、と言い続けたキリスト教は。自分の神学においても、同じ神学者が人として、罪を犯しつつ。それを修正し修正し。さらに修正しなければすまない、新たな罪の中を、生きている。と、ブルンナーは解釈しているのである。から話は、明るくない。で、僕は、スイス神学が、これほど我々の近くあり、彼らさえ。いや、彼らこそ。いや彼らも。人間の罪やくるしみ、を、同じ信者の罪苦を苦しみ、その現実をほとほと、嫌になっていたのだ。などと、考えたことは、今まで一度たりともなかったのである。で、僕は明治学院の創業者ヘボンの経歴を読みなをしている。それによると、彼は明確なカルヴァン派(カルヴィニスト)であって、その信仰的肉的信仰継承は、徹底的にカルヴァン派であった、と著者高谷道男さんは書いている、ということに感動した。僕が、高谷さんの本を渡されたのが、明治学院中学生の時で、今も手元にあるが。僕は初めて、高谷さんがこれでわかったのである。僕は、突然。スイスのジュネーヴで、歴史美術館に行った時、見つけた。ヘンリー・ムーアの見事な抽象彫刻を。図らずも、撮影していたことを思い出し。て。僕は、それを自分の撮影したものの中に発見し。あのくどいキリスト教史の中に生きた(イギリス人)芸術家の。人間の肉体を、あそこまでデフォルメする、彼の芸術的スタミナの高さ、真実を追う芸術家精神に、キリスト教のあの深い歴史の傷あとが刻まれているのだと、気づいたのである。スイスは、それを。美術館の前庭に置いて、日々人々の鑑賞に任せ。たとは、とは。キリスト教ヨーロッパは、すごい、ですね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下の写真が、スイスジュネーヴの美術史美術館の前庭。写真では、左隅にヘンリー・ムーアーが写っている。実物を目の前にしていたが、写真を撮る気が無く、ただこの写真では、木陰がいいフォルムだったので撮影したと思う。もし意識していたら、もっとセンターに寄せたと思う。ただ、この彫刻家には思い出があり、当然若い時。絵を勉強中に見て、本当にショックを受けた。あの頃は日本では岡本太郎で。太郎もすごいと思ったが、とてもムーアーには及ばないと思った。が。その深い意味は、全くわからないまま、その形だけにとらわれていた、に過ぎない。今も、本当に、新鮮だと思えるのは、深い芸術家の感覚は、キリスト教ヨーロッパと切り離せないと、思い至ったからであろう。上にある、日本の画家筒井友美の、あきれるばかりの「帰る場所」と、いい勝負だと、思うのは私ばかりではないと、思う。下の写真は、パソコンの大画面にすると、よく写っていることが、わかる。もちろんムーアーは、Wikipediaにも詳しい世界的彫刻家である。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十五)

気を取りなをして、書くことにした。新聞は相変わらずの自公で、まず治ったと書いて改憲に届かず。だから、左の僕は、護憲派なので、こんなものか。確かに、社会主義は世界で、さんざん多くの失敗をしたが。こうまで、西側で信用がなくなるとは、僕の人生で。僕の左側選択で、なんとも。誇るべきことで、僕は。決して自分の都合だけで投票したわけではない、といっていいのかな。であるが、左は未だ中国にあり、建前左翼なら、まだまだ世界にはいっぱいある。この現象を、どう解釈するのか、歴史哲学は出動できるのか。僕は、興味がある。それにしても、全く先が読めない、世界になったのは、初めから分かっていることで。これがわかるぐらいなら、誰も苦労はしない。アニメの世界に火をつけた短絡人は、結局三十四人もの大量死者を作り上げたが。彼のようにまさに、殺人という動機と、その結果が全く予想もつかない、男の生き様とは、一体何なのか興味がある。テロでもなし、政治的動機もなし、単に自分の思い込みが実現できないから、といって。火をつけて。犯人も想像できないような大火災が発生したのは、建築基準法の不備にすぎない。オフィスを格好良く、開放型にするのはいいとして、防火区画もせずに、解放するのはザル法と言わざるを得ない。だから、何事も自分の行動とその結果を、結びつけることのできない「愚か者」社会を。創造してしまう、人間なのである。彼の子供の頃の純真な、馬鹿げた金持ちになりたい、などという非道徳的な意識は。一体誰に教えてもらったものか。その簡単ではない目標は、世界の誰しもが。自由主義の下で、いかに大変なことであることかと、いうことぐらい。教育できない、現代の自由主義教育は。単なる勝手主義にすぎないではないか。といって、教育を非難しても。その子供が。その目標を持ってはならないなどとは、言えないだろう。ともあれ、目標とその結果を、正確に測ることなど、できないと、思う。キリスト教とて同じで、イエスの「愛の宗教」は、結局踏みにじられながら。も、前に進んで。みても結局、ローマ帝国という、大政治組織にのみこまれ、大発展したがゆえに。大いにその、原初の精神は歪められ通しで今に、至ったのである。が。それを、修正し、修正しさらに大修正し。た、神学者の努力は、ヨーロッパ神学の実に、真剣な営為だったと、僕は最近、知った。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これが、ウィーンのカールス教会とか言った、宗教改革後に、カトリックがこれでもか、、と言って作ったと言われるバロック式教会建築。実際見たのであるが、なるほど。これかーー。と思う。すごい。見たとき内部は、工事中で、ヴィデオで残っている。ショートカットが、いまいちうまくいかないので、なかなかお見せできないが。なんとか、お見せしたいものである。くどいけど、すごいよー〜ー。簡素なプロテスタント教会は、これを現象として嫌い、より原点に戻るべく神学を考えた。

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この下は、豪華な感じがよく出ている。色も鮮やか。この教会の祭壇は、本家ヴァチカンの祭壇を、一層くどくしたようなもので。こう言った祭壇で、人々の関心を集めてしまったので、キリスト教はさらに外形的な形式化、形骸化が一段と進んでしまう。のであるが。この発生と発展には、一概に表現できないキリスト教神学の、伝え得ないもどかしさも表現されている、と、考えるのが現代的解釈である。神の言葉(聖書)、だけが頼りのキリスト教の宣教的苦悩(神の人類へのメッセージを伝える人間の)は、今も継続してやまない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十四)

選挙には行きましたか。行かないで、祖父ネットを読んでしまいましたか。僕は、行きました。選挙の帰り。近所の、店を閉める生協の方々にご挨拶をして、感謝して頭を下げ、長いこと。それこそ顔馴染みの人と、寂しい別れをしました。約20年、僕ら夫婦は会員で、本当にお世話になったのです。寂しいですね。選挙は僕は、立ち位置を左。と、決めたのは若い時で。それを堅持して、唯物論の共産党だけは避けていました。左翼は世界中で崩壊したように見えますが、僕はそれでも。いつも左にいることを、心がけているのです。左の中で、右に行ったり左に行ったり、共産党だけには行かない。というのが、僕の政治的立場です。で、今は何が何でも立憲、なのは。現在の憲法にかけて死んでいった多くの人々の、悲しい歴史を知っているからです。僕は昭和16年生まれですから、仕方ありません。その僕らも、当然死んでいくのですから、この世が変わるのはやむを得ないのですね。そんな僕は、生命論として「永遠」を、今日も、目指して生きているに過ぎません。このブログは、それが主題です。し、すでにおわかりのように、僕のキリスト教の師は、スイスの神学者エミール・ブルンナーと、決めています。ブルンナーは、僕が。明治学院での10年生活の、高校の時代の教科書なのです。古い話ですね。ですが、残念なことに、人間はいづれみんな、死ぬ。ということを深く認識しなければなりません。死ぬのだから、どうなっても良い、のでしょうか。そうは簡単に行かないでしょう。今日は選挙で立憲が少しは善戦したと知り、少しは嬉しいのですが。それで、なんとなく、こんなことを書きました。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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エミール・ブルンナー(1889-1966 / 明治22-昭和41)ドイツ語圏のスイス人。神学者。

僕の親父は明治41年生まれ、ですから。親父より年上ですね。

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下は、スイスの代表的な山、マッターホルン。は、彼の神学の象徴です。そのブルンナーの師は、いうまでもなく宗教改革者カルヴァンです。フランス人ですが。

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2019.07.21

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十三)

断っておくが、この表題は、いうまでもなく宗教的なものである。社会科学的なものでは、ない。が、僕はかつて。そしてさっき、ハーバート・ノーマンを読んだ。なぜかと言えば、僕は。日本の明治維新や文化に、前回で色々言及し。かなり、断定的にものをいったからである。僕は、そこで、やりすぎてはいけないと思い、ノーマンを読んだ。彼の代表的な著作は、「日本における近代国家の成立」(岩波文庫・2011年版・第1刷1993年)である。が、それを本棚から出して、少し読んだ。彼が、ブルンナーの嫌った唯物論者、であるかどうか、を確かめたかったからでもある。その本の解説、354ページには。彼はマルクス主義者ではない。と、はっきり書いてある。このノーマンという社会科学者は、僕がブルンナーに影響を受けたキリスト教的弁証法、の中にいるとき。明治学院大学では、いやで、もこの唯物論問題と対峙せざるをえなかった、時代の人である。だから当時、その事態はいたって複雑だった。話は、一気に固くなったが今更ながら。それは。当時の政治状況から来ている。あのとき、冷戦構造であって、今とは全く、世界の様相が違っている。今は、冷戦構造は消えて、あるのは、哲学的唯物論社会と宗教的唯神論社会、との対決であると、思うように、なった。からである。これを、社会科学で理解することは、もはや不可能。それは、ノーマン史学を読めば、明らかなことである。彼が、言わんとしたことは、彼の政治思想、と誤解されたものは唯物論思想なので。はなくて。彼が本来持っていた、キリスト教的宗教史的歴史観を、日本の文化や歴史として理解しようとし、その理解の困難性の中に。彼の不幸が生じた、と僕は僕なりに、思ったからである。だから、日本人として。これを再読しなければならないと、思った。のは、彼は当時。アメリカから赤と烙印されて自殺した社会科学者だからである。ということを言って、ノーマンの、ご冥福をあらてめて祈るのは。僕のクリスチャンとしての心がけ、なのであるが。彼の父上が、僕の好きな軽井沢と、深く関係した牧師だったからだと、今日は言って、終わることにしたい。老人も、まだまだ勉強しなければ、なるまいね。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これは、スイスの暗い部分。要するに地下牢。ここに囚人は幽閉された。全て実写だが、まわりは岩、のみ。部屋などという、概念ではない。

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これは大氷河。恐ろしいほど冷酷厳然。もちろん実写。アイガーの腹に開けられたガラス張りの隧道から撮影したもの。

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これがガラス張りの隧道の内部から撮影したもの。つまり、アイガーの腹のなかである。実写。

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これがまじかに見る岩山。すごい迫力である。実写とは思えない。

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このアイガーは上手く撮れている。雲もなく、ラッキーだね。実写。コンタックスと富士フイルムの勝利だね。僕が撮影したと、今では信じられない。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十二)

で、僕は。真剣に。明治学院大学図書館にある「ブルンナー蔵書」を探検する気になった。のは、「聖書の真理の性格」という本は、どうも英文でも出ているらしいとわかったからで。それが、あるかどうかをまず、調べるつもりで探検を、始めた。今は、どの大学図書館も、ネットで探検できるから、もちろんそれを利用する。で、びっくりしたのは。「ブルンナー蔵書」の多さ、である。なんと74冊。古いものが一番奥にあるから、それが1943年の英文翻訳のもの、とはとは、驚きである。その年は、僕が三歳、信州にいた。もちろん日本は戦争中である。その戦争中に、敵国のアメリカ人の翻訳者(英訳なので)が、スイスのブルンナーの本(原文ドイツ語)を翻訳したものを、蔵書していたのである。当時、誰が担当したのであろう。僕は、探偵小説を読むように、ワクワクした。1943年の和暦は、昭和18年、だ。日本は、いよいよ負け戦に入る。勢いよく真珠湾を攻撃したのはいいが、そうそう日本の国力で続くわけもない、ということは、どうも戦争開始から当事者たちはわかっていたようだ。戦争は、政治に過ぎない。だから、どの辺りで決着をつけるかは、だいたい見当をつけていることだ。が、もちろん、意見は色々あるに決まっている。し、国民投票をして、民意を問うたわけではない。指導者が、うんうん言いながら、デキもしない(と、心の中で)やって、しまった以上。引っ込みがつかないから、戦争はズルズルとグジグジと、かまどの火のように燃え尽きるまで、やることにになる。ヒトラーの腹のなかも、同じだ。人間は興奮する。し、ともかく集団化した狂気は、始末が悪いのは。人間が我々のような、深い人間性を抱えるからに過ぎない。僕のように、もう歳をとれば死を間近にし、聖人君主だが。僕とて若い時は、燃える血を、抑えがたいのは、言うまでもない。それが、国民精神になる。もともと、日本は、明治維新など、やりたくなかったのである。革命は日本人的ではない。ヨーロッパ的だ。日本人は、どちらかというと。世界の人間の中で、鎖国のおかげで、人間情動において世界一の高さ、ができていた。それは、今なら日本文化として、世界も評価しているが。あの頃の、野蛮な西洋文明は、技術的高さがあって。日本人には頭が上がらなかった。そこで、一緒に来たキリスト教は、その文化の象徴だから、もっとも嫌われた。日本人は、獣でも見るように、異教の神を排除しよとした。のは、日本史の事実なのである。しかし、如何せん。明治政府は、何か新しいことを、しなければ格好がつかない。で、西洋文明に習ったのである。この辺りから、キリスト教も妙にエリート化して、お高くとまり。日本人を苦しめることになった。が、しかし。ヨーロッパの、現実的なキリスト教を研究すれば。それが、そんな格好の良いものではなく。むしろ、それ自体が。格好の悪い、人間性への攻撃宗教である、ということが明確になってくる。のは、人間の罪を、問題にするからである。それは、人間が。神を裏切り、その創造の原点(愛としての創造)を汚したという、基本の問題が。問題となっているに過ぎない宗教である、ということを。弁証法的に解明したのが、ブルンナーたち。当時の若い俊英の、唯物論に苦しられる神学者、だった。ということが、僕にも最近わかった。のである。僕は、それが。今まさに僕あたりがやる研究で。今の世界の、苦しめる唯物世界の、人間への苦悩の回答(キリスト教的)、であれば良いと、思っているのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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今回僕は、あえて暗いスイスを選んだ。僕は、クリスチャンだから、明暗を無視しない。むしろ、暗い方に目が向くことが多い。暗い写真は、もっとある。が、今回はこの程度。全部僕の実写だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十一)

僕は、「聖書の真理の性格」をもう一冊、古書で買った。なぜかと言うと、この本は。僕にとって、決定的な高さ、を持っているからである。僕は、この本が持っている価値を、知ることを、知るものになった。ことに、我ながら感動した。なぜなら、ヨーロッパそのものの、真髄のようなものに。僕はどうして、ここまでのめりこめたのか。ということも自分ながら、全くわからない。が、僕は。日本では珍しいスイスカルヴァン派に、若いときに出会っていた(明治学院でチャンスを与えられた)、自分だった、と知った。ブルンナーは、1937年。この本で、宗教改革的カトリック批判をする。が、そのカトリック批判の中身は、実は僕も考えていたことで。キリスト教と接触すると、様々な疑問が生まれる中に、必ず出てくるものなのである。それは、当然で。子供であっても、そう簡単には、神様を認めるわけにはいかないのだ。まして、外国の神様である。明治学院や教会の宗教儀式も同じだ。日本の宗教儀式とは、明らかに違う儀式は。儀式は、目に見えるだけに、当然批判の的になる。それに対する疑問は、僕は自分の特殊な。キリスト教への、自分の非才から起こるものだと、勝手に解釈していた。が、今にしてブルンナーを読んでいると、彼は。僕が、僕の常識に従って持っていた疑問を、いともやすやすと。自分たち(ヨーロッパプロテスタント)の疑問としても、同じであると見事に本に書いている、ではないか。これには参った。これは、意外である。なんだ、自分が持っていた疑問は、不勉強だからではなく、よくわかって若い僕に沸いた。疑問なのだと、納得した。だから、僕は。彼の、具体的なカトリック批判をここでは、あえて書かない。興味のある方は、読まれるといいと思う。他愛ない問題から、複雑な問題まで。僕は、さすが明治学院に10年もいたから、しっかり疑問だったのである。これを、真正面から書いた日本人など、残念だが一人も知らない。し、まるで、私と同じように。心の中に飲み込んで。僕は僕なりに、さらに。他の友達は、他の友達は友達で。キリスト教から去っていった。と、知った。残った僕が、バカだったのか、去った友達がバカだったのかは、今更言っても始まらない。が、「残った僕」は、僕の疑問が。ヨーロッパの、大神学者の疑問と同じだった、と、思った途端。この本は、僕の宝物になった。それを思うと、同時に、僕はトマスクィナスの神学大全を、すごいと思った。なぜなら、その大著作のはじめには。しっかりと「神は存在するか」という、もっともな疑問が掲げらているからである。この本は。中世カトリックの、中心部を形成した神学だと、言われている。どちらにしても、ヨーロッパの神学者たちが、カトリック・プロテスタントを問わず。この大疑問に挑戦し。ともに、その挑戦の同志として。ただ単に、非難しあっていたのではない、という高い意識に。やっと、到達できた。自分を。本当に、ブルンナーのおかげだと、思ったのである。それが、この本をわざわざ、もう一冊、買った理由なのだ。日本で、こんな、面倒な思想の戦いを、やった人や時代があっただろうか。僕は、日本人の柔らかな思想の曖昧性を、愛さないわけではない。が。今後、それで、日本はたちゆくのか、と年寄りらしく心配したのである。いや、この柔軟性こそ、世界に通用する。人類の高い生き抜く思想、なのかもしれないが。僕は、画家筒井友美の作品「帰る場所」を、毎日見ている。ので、画家は、何を創造したのであるか。と、僕は今度、コーヒーを飲みならが、聞いてみるつもりだ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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以下は、全部僕の実写と、スケッチ。特にカルヴァン関係でまとめてみたが。勝手に、それに関係なく気が向いて掲載したものもある。スイスはかなりあるから、楽しみにしていてね。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。これを、全てCDに焼いて僕は持っている。こういうのを、先見の明、と言う。要するに、大切にしたのである。単に、テクノロジーだけの問題ではない。が、高い現代的テクノロジーには、もちろん心から感謝している。CDを焼いてくれたのは、近所の55、というカメラデポさん。今も名前を変えて、そこにあり、ふだんからお世話になっている。ガラケーの写真は、そこで今も焼く。元気で綺麗なお嬢さんと、仲がいいのだ。年寄りの特権だね。

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2019.07.20

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(四十)

スイスを書いていると、なんとなく国際謀略に頭が動き、その途端にサマーセットモームに思いがおよぶ。のは悪いくせだ。浮気性なのだ。モームは、世界的に有名な作家であるが、完全な諜報機関の働き手である。1914年、第一次世界大戦の時。諜報機関と関係を持ち、二次戦でも活躍する古手だ。その彼が、ジュネーヴに住んで。表向きは劇作家であることは、有名である。僕がスイスから帰って、興味を持って読んだ本。「月と六ペンス」は、もちろんゴーギャンがモデルだと言われている。が、必ずしもぴったり一致するわけではないようだ。タヒチの、あの画家の魂を、太平洋の膨大の中に見ようとしたのであろう。その中のさらなるスイス。ブルンナーさんはますます、現代史の真っ只中に。出頭してもらいたい人、なのである。「聖書の真理の性格」(昭和25年・日本基督教青年会同盟・副題は「出会いとしての真理」、で表題の真理にはカッコが付いている)、その上に。「村田四郎先生に捧げる」などとも書かれ。ていて。この捧げられた人、村田四郎は。明治学院の院長なのだから、僕は因果だと思う。彼が、僕の若い時。教会で彼が最後の講演会を開いたとき、僕が控えの間のサービル係りをした。どうして、この本が厄介な本なのであるか。一言で言えば、この本。プロテスタントであるブルンナーの、カトリック批判の本なのである。この辺りは、クリスチャンでない人が読めば、なんの関係もない、が。この本が、結局。ブルンナーの、非常に大切な本にも関わらず、日本のキリスト教界は、絶対、再版できなかった本だと、推定した。これを読むと、ブルンナーは宗教改革者カルヴァンの国の、なるほど世界的神学者なのだなー。とつくずく思う。このカトリック批判は、半端なものではない。僕も初めてこんな明確な、批判書を読んだ。今は。つまり最近は。両派は甚だ仲が良く、特に日本のように、基督教が劣勢のところでは。それを両派共に、お互い批判したくない世界、というのが本音であろう。それは過去の歴史のことで。今は、違うというのだろう。再出版すれば、確実に誰かが傷つく。祖父ネットは「永遠」問題を考えるから、この問題を、ないがしろにはできない。組織の問題ではない、個人の永遠の問題、であるというのが僕の理由だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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この城のある船着場から、モントールまで船で行ったのではないか、と思う。もちろん実写で、コンタックスと富士フイルム。

 

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これは、僕が撮影したパリ。ちょっと最近、話が固くなりすぎるので、遊びに挿入してみた。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十九)

 諸君。おはようございます。いよいよ、教授の登場です、静かにしてください。講堂は一瞬、凍りついたように、なった。外には春風が吹いて、いた。何も変わらない春の風景は、この武蔵野原に明らかに世界を変える人が来ても。いつも泰然として、影響を受けなかった。教授は、登壇した。ブルンナーは、その日。ICU(国際基督教大学)と名付けられた、できたてのこの大学で、初めて学生と顔を合わせる。考えてみれば、戦後直後の交通事情は複雑で。連合国のすべての交通機関が、ここに立つ彼の便宜を図ってくれたのだ。第一次世界大戦以後設計された、彼の故郷チューリッヒ空港は、当時から国際スパイ合戦の舞台だった。し、深い霧にいつも閉じ込められているのは、スイス空港の特徴だった。不便こそ、スイスの狙いどこである。国際的にはジュネーヴが有名だが。ジュネーヴ空港は国際空港ではない。ここは、フランスに近接し、いつも歴史の中で、際どい役割をになっている。そこをうっかり、国際空港として利用するには問題が、ありすぎる。あそこは危ない。国際化できない、とは、スイス連邦会議の常識同意である。そこは、ヨーロッパの逃亡者が、いつもいつも安全の確保をするために存在した、都市なのだ。だから、そこに金が集まるのは常識。それが、スイスの狙いだ。フランスのヴィーシー政権に、図らずも関係した三谷隆信(戦後の侍従長)も、ほうほうの体でジュネーヴに避難していた。彼は、ナチスの傀儡であった、フランスヴィーシー政権に心ならず、協力しなければならない立場にあったのは。彼が、日本のフランス大使、だったからである。彼の兄三谷隆正は、明治学院から第一高等学校に進み、帝国大学を卒業、母校第一高等学校の教師をするといった、地味で有名な禁欲家で。有名なクリスチャンであった。その彼が戦中に結核で死んだことは、敗戦直近のフランスで、隆信は聞いた。が、どうにも身動きができず、ヒトラーの自殺と同時に、あっけなく消えた政権の終わりを見届け。日本政府の命令で、フランスからスイスに逃避したのである。彼は、日本に帰る準備をスイスでしながら、密かに。ジュネーヴのブルンナーを訪問した。彼は、戦後の日本再建は、ブルンナーにこそある、と、説得したのである。

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 筒井友美作品。

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成田からチューリッヒ空港に着いた僕らは、何が何やらさっぱりわからなかったが、ともかく飛行機を降りて、自分が乗らなければならない送迎バスを探した。あの頃は結構、スイス観光の日本人もいたが、みんななぜか迎えの人がいて、結局僕らはポツンと取り残された。それで、ざんざん苦労してこのバスを見つけ、どこに行くのやらもわからずに、このバスに乗った。このバスのローマ字を読んでもらえば、チューリッヒと読める文字が見えるでしょう。で、僕らはこれで都市であるチューリッヒに行くのかと思って、このバスに乗った。が、着いたところは、なんだか名前もわからない場所(オリコンとかいったように覚えているが)で、ということになる。そこが、スイスの第一夜である。それが、白夜とは、知らなかった。なにせ、日が暮れないのである。日を間違えたのではないかと、思ったものだ。

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この下の実写の写真がベルンの駅前。この辺りから、富士フイルムをカラーに変えている。カメラは、コンタックス。チューリッヒをほうほうの体で出発し、初めてスイスの首都ベルンに着いた。僕はいうまでもなくジュネーヴこそ、首都と思っていたから、ここが首都だとわかって唖然とした。要するに、スイス史の複雑性は、帰国後に調べてみたが、いまだにわからない国である。その政治機構、選挙、なぜ中立国なのか、なぜカルヴァンは、フランス人のくせに、ここで宗教改革者になったのか、とか。ルソーとは、何者か。など。きりがないが、僕は明治学院で、高校生の時にブルンナーが教科書だったから、こんな人間に、成り果てたのである。

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2019.07.19

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十八)

 前回の書きで、いい言葉を思いついた。キリスト教徒的原始的モデル、という言葉である。もっと言えばキリスト教的原始的生活モデル、か。七十七歳の今から思えば、これが僕の生活モデルである。この生活に、しかし。キリスト教ではいちばん肝心な、教会生活は入っていないのは、五十代ぐらいで無教会になったからで。無教会にナルト、一段と内村鑑三的原始的モデルになった、と思っている。僕という人間を嫌うものも、大いにいて。それが、辛い。まず列挙すると。ゴルフはしない。浮気もしない(心の中は自然主義)。食事の前はお祈りをする。就寝前もお祈りをする。聖書を読む。酒は飲まない。タバコは吸わない。会社の仕事に表裏を作らないで励む。会社の掃除をする。車は持たない。家は新築せず中古を買う。読書をする。喫茶店で雑談する。積極的には飲みにはいかない、飲まない。絵を描く。祖父ネットを書く。水泳を一人でする(仲間を作らない)。嘘をつかない。ざっと、こんな息詰まる生活が、僕の生活だった。夫婦で旅行する。妻を立てる。親孝行をする。他人の人生には口を出さない。会社の経理で一銭たりとも自己利得を計らない(心がけ)。ただ、口先卑猥をやめない(あまりの聖人君主なので、嫌がられる)。ので喋り、すけべーで通す(営業マンだった)。など、こんなところか。これが、なんでキリスト教的原始生活モデルなのか。って、これが僕のキリスト教的原始生活的モデルなのです。要するに、実践的モデルなのである。人は、信じられないというが、これが僕の実務的信用を、大いに培養し。会社経営を、なんとか乗り切って、今年金を、生きている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕が成長した、信州の家。十歳ぐらいまで、ここで生活をした。僕の実写。さて、のぞいているのは、誰かな。僕の両親が、この田中さんの家を借りていたのである。以下同じ。このころのカメラは、バカチョンインスタント、だったか、な。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十七)

 言うまでもなく。京都火災の因果を説明できるわけでは無い。こう言った局面は、当然厳格な神学の局面でもあるが、神学者でない僕が、答えることはできない。次元が違うと言っても、身辺にある事件である以上。無視はできないクリスチャンの僕は、因果の説明はできないのが、残念である。いい年をこいて、無力である、と言うことほど残念なことはないが。犯人が埼玉県に住んでいた、と言うネット上の報道は、これで、いよいよ新聞時代も終わりを告げる、と言う経験をする。ともあれ、犯人をネット上で、見たので。これ以上は言えないが。その時点に至った人として、彼が精神異常者(精神科医から見て)でなければ当然死刑なのであるが、そのことより。僕は、彼は。あれほど燃えるとは、想像できなかったと、思う。僕は、建築設計にいたから、防火区画の意味を心得ているが、僕が関係していた設計会社も。かつて大火災を発生させ。それで、消防法と散々渡り合って、と言うことは知っているから。やはり、犯人の不幸、と言うものは、因果の涯であると言うことがわかる。犯人が、特定の人を狙い、特定の理由でそれを実行する、と言う比較的単純なものは、犯人の立場も理解できる場合もあるのは当然である。だがしかし、実行した犯罪者と、できてしまった結果との、矮小化された犯人の欲求不満や、思い違いがあったにして。その結果は、犯人の予想をはるかに超えていることと、想像してしまう。そう言う意味では、放火というのは、非常に危険な犯罪で。あり、それを面白がる精神異常の人も、いると聞くが。どうも、今回の犯人は。粗忽者で、そう言った想像力に欠けていて。自分がいかに恵まれていても(些細なことで)、それを理解できない。のだと、思う。で、そう言った人間が、どうして出来上がるのか。要するに、何事も社会化されたモデルが、あって。それに、自分は合致していない、脱落者だと、勝手に思い込む人が増えているのではないか。俺は、あいつよりましな人間で、などと誰が決めたのかどうか、わからないが。それには、確かに。確かな、社会モデルが。存在することも確かである。この、テクノロジー的に向上せざるを得ない、現代社会の進化論的なモデルは、僕のようなキリスト教徒的原始的モデルで生きている人間には、あまり縁がないことなのである。と、いわざるを得ない。

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 筒井友美作品。

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これは以前にも掲載したかな。これがチューリッヒの地味な駅の実写。しかも、時刻表はいたって簡単。だと、あとでわかる。毎日、大した本数もなく、臨時などという便利なものもない。きっちと毎日、決まって汽車は出て行く、また戻ってくるのが、スイス観光のしびれるところ。要するに、無理がない。日曜日は教会へ。という習慣が、長い間身についている国なのである。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十六)

 ブルンナーさんを、ここまで真剣に読んでいると、何がわかるかと言って、キリスト教を維持するための戦いのすごさである。考えてみれば、イエスが十字架について、このかた。イエスの十字架は、その初めの戦いであると言う印象が強くなる。僕のように、子供の頃から、ある意味で自然にキリスト教に触れた人間は、まず母親がクリスチャンだった、と言うことからくる。だから、あまり、戦いという気がしない。しかし、ブルンナーさんにいわせれば、それは初めから戦いなのであると。言うのである。6ページの最後の行は、ミスプリントもあるが。こうなっている。「何よりも先ず批判的考察とのたたかいなのである。」とある。この批判的なものとの戦いが、いわば神学なのであって、それ以下でもなくそれ以上でもない。では、何を守ったのであろう。それは簡単で、「神の言葉」を守った、戦いだった、のだ。キリスト教の凄いところは、イエスの事象を「神の言葉」として、守っていると言うことである。これが、実は。「すべて」なのである。これは、かなり異常なことであるが、子供の頃にわかることではない。言葉、と言うのは、子供にとっては、親の言葉、命令、指示、なのであって、それはキリスト教で言えば神の言葉、なのである。神のごとき、と言う言葉がある。が、神のごとき、であって。神の、言葉そのものではない。これが親の言葉と、受け手としての子供の常識であろう。親の言葉は、神の言葉ではなく、神のような言葉、なのである。これが、子供の立場であって、親を神様などとは思っていない。「うるせえ」などと、子供は悪態をつくが、これが常識で。親の説教など、糞食らえ、なのであると、思う。僕も、しょっちゅう、これをやった。覚えがある。僕の母親は、何もいわない人で。人生で、二、三回、手酷くかっ喰らった経験がある。これが、ともかくすごく。今でも感謝している。ただ、普段は、何もいわない。それに比べ、親父はしょっちゅう小言を言った、ような印象だ。こちらがあまりの悪さをするので、信州の寒い戸外に放り出されて、雨戸をぴしゃりと閉められた時は、ワーワー言って喚いて中に入れてもらったものだ。その親父が、キノコ狩りで道に迷い、青くなって必死に。僕はその後をついて行って、ひどい目にあったことが、ある。それ以来、僕は、親父を少し斜めから見ることにした。それなのに、ああそれなのに。キリスト教ときたら、ブルンナーさんにいわせれば、神学とはイエスの言葉を「神の言葉」として守り抜くことであると、言うのだから。目から鱗なのだ。これを2000年近くやり抜いた、ヨーロッパのキリスト教神学は、なんとも尊敬のできる学問であると、僕は最近思うのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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この湖の写真は、なんのへんてつも無い写真であるが、さにあらず。でかく、して貰えばわかることであるが、向こう岸に、いい家が並んでいる。これは、その湖を船で渡っているとき、見えたもので。あまりの美しさにシャッターを切った。カメラはコンタックス、フイルムは我が国が誇る富士フイルム。である。つまり、向こう岸こそ、キリスト教なのである。言葉としては常識的な、なんのへんてつもない、人を愛すべし、を神の言葉としたところが、キリスト教の味噌なのだ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十五)

 もちろん言うまでもなく、京都放火事件は悲惨極まりないが、新聞もすでに報道の新鮮は維持できず、今はただ。犯人のプロフィールだけが気になる。が、それが報じられるのには一週間はまずかかるだろう。今は、とっかかりもないので、これまで。ただ、一つ建築基準法の防火規定の基準が、古くなったと思うだけである。あのように火の回りが早い、と言う言うこと自体が異常極まりない。あれでは、段ボールビルに過ぎない、と思った。犯人の愚かは言うに及ばないが、その点が多分どこかに、大きな落とし穴があるような気がする。で、あるにしても、異常気象の予兆は世界的である。この問題は、僕のような年寄りには責任が重いと思う。僕が若い頃から、車の排ガスの問題は、問題になっていて。僕は大学を出る時、車屋には就職しないと思っていた。車は、しょっちゅうその頃は運転していたから、特段のことはないが。僕は、幸いにして、三十で車とおさらばをした。車の魅力は、もちろん言うまでもないが、これなどは(縁が切れたこと)僕の人生で幸い、となったものである。で、ブルンナーさん。僕が、チューリッヒからベルンに向かい、その辺りからアルプスといわれる部分に、踏み込んで。初めは、アイガー、次がマッターホルン、となって。最後はジュネーヴでカルヴァン、と言うことになった。この辺りの絶妙なキリスト教的、出会いは、特に策した訳ではない。スイスに行こうと言うのは、あの頃の、旅行会社のキャンペーンで。僕は、そのイベントに乗ったに過ぎない。有楽町に、スイスルームができていて、僕は自然に、そこに誘導された。あの頃、母の介護をしていて。疲れ切って、夫婦で息抜きをしようと思っている矢先に、そのキャンペーンがあり。思い切って、出かけたに過ぎない。それが、今財産になって、母の神業的深慮遠謀が、あったのだな、と思うのである。どちらにしても、僕もすでに。七十七歳。特に、思うこともないが、昨日世界堂に行って、ビニール製のブックカバーを買って、古い本を綺麗にし、「聖書の真理の性格」を読んでいると、僕は、ヨーロッパのキリスト教の深さを、つくずく思い知らされる、と言う経験を早速したが、この本。昭和25年のもので、紙が劣化して、今にも破れそうなのが、とてもいいね。と、書いて。今日は、たくさんの若いアニメーターの魂のご冥福を、祈って筆を置きたい。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

これは、僕が宿泊したホテル。ここからアイガーが見えた。この写真は多分、ネット上にあったもの。帰国後、定点ネットなどもあって、盛んに見たが、飽きてしまった。僕が泊まった時は、要するに冬ではない。多分スイス観光の稼ぎ場は、冬なのであろう。スキーが売り物で、ヨーロッパの金持ちが、それをやるのであろう。そう言う印象のある時代だった。今は、よくわからない。が、スイスの宗教はいまだ、しぶとく、宣教しているのだろうか。特に最近は、世界的に有名な神学者が出たとも聞かない。じっくり、世界の崩壊に備えて押し黙ったまま、なのかな。それとも、金儲けに一生懸命で、キリスト教などには興味がないのかもしれない。な。ただ、カルヴァンの「キリスト教綱要」は、今でも銀座教文館のメインの売り物で、先日も見かけた。人生の最後に、もう一度読んで見たいと、今は思っている。

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2019.07.18

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十四)

 前回で、ご紹介した本を今朝、読み始めた。まづ序文。これは1938年にチューリッヒで書かれものと知る。和暦では昭和13年で、僕が昭和16年の生まれで、この文章は僕より年寄りだ。この時、ウィンナーさんではなく、ブルンナーさんは四十九歳。なんと、素晴らしい年齢だろう。感動する。その彼が、僕の明治学院高校の時の教科書(我らの信仰)で、ある幸せは、なんと表現したら良いか。わからない。その彼が、人間のバリバリの時に、次のように発言する。「私は、その人々が、主要な中心点に関してこれ以外の見方はできないという希望に満ちている。」と、書いたのである。だいたい、この時期に(戦前)彼は、同時期(昭和10年)に「我らの信仰」を書いて、日本で出版されたのが、昭和12年、なのである。それを、戦後の我々は、教科書として使用した。さらに彼は「聖書に関する特定の教義ではなく、少なくとも聖書そのものが最後の権威である限り私は、、、」と。要するに、残念なことに。第一次世界大戦を乗り切ったヨーロッパは、またまたでかく黒く、深い闇に覆われ始める、という時期なのである、などと言わなくてもわかることである。さらにいえば、人間性の限りなき闇が、またまた、ヨーロッパを、悲劇と悲嘆の巷に投げ込む、前の時期なのであると、知るのである。この時、彼は、「聖書」を拠り所にして、その真っ暗闇のヨーロッパを心配しながら、書いている、ということがわかる。聖書は、人間の罪を高らかに言い過ぎて、嫌がられるのであるが。僕なども洗礼を受けてからも。大いに反発し。て、幾多の失敗を繰り返し、絵画の道に。わずかの希望を見出しならがら、戦後の混乱を引き受ける若者として、生きてきた。などと、格好をつけても仕方がないが、ブルンナーさんは、なんとも誠実に、「神学の教師は・彼がどんなに願ったところで・誤りのないものではない、ことを十分に確信しているので、、、、私の研究をすべての人々に検討していただくために、ここに本を書いた」ということを正直に、言っているのである。彼はヒトラーが1934年、ドイツの総統に就任した時、何を考えていたのであろう。恐ろしく、勘のいい人であるから、おそらく。人類の破滅的行為が、人間の罪の集積によって、何かが世界史に発生していると、感じていたのだと思うのは、あながち間違っていないと、思う。だが、それが神の審判的意思なのか、人間の罪性の結果なのかを、問う時には。かなりのストレスが、神学者(教師)として、あったと思うと。僕は、七十七歳になって、五十歳の若い精鋭の神学者の苦悩の祈りを、聞いているような、気がするのである。僕は、人間の罪を信じるクリスチャンであるが、同じ現象が、今もまた。アジアやヨーロッパを、覆い始めた、と書くことは、やめるべきかもしれない。が、画家筒井友美(下のネット上の作品)の、作品の「帰る場所」は、一体何を表現したのであろう。と、思いながら。今度説明を、聞いてみたいと思っている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

この駅がチューリッヒに出る、初めの宿泊駅。名前は忘れた。ホテルの部屋から撮影したもの。この時には、白黒富士フイルムを使用した。要するに、右も左もさっぱりわからない時、左側方面が、チューリッヒ駅だと記憶している。まず驚いたのが、白夜。一向に夜にならない、のには。慌てた。まさか、日でも間違えていたか、と思い。何かと、何を確認したか忘れたが、慌てふためいて、動揺したのを覚えている。

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これが本物の、チューリッヒ駅構内。やっと着いた、という感じだ。で、ここが、ブルンナーさんの故郷だと思ったが、ともかく次は、ベルンを目指した。

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改めて、神学者ブルンナーの写真。若い時は、本当に、キザだったのだなー、と思える。僕と、いい勝負であるよ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十三)

 永遠の生命、論。というまさに、恐るべきてテーマは。二つの理想を持っている。一つは老人の興味を引くこと、もう一つはいうまでもなく若い人の興味を引くこと、が目的である。本来は、自分という老人の、自己の永遠の生命の探求であるが、自分ばかりが永遠でも、友達と一緒に、永遠でありたいと思うのは、人情であろう。それには、正しく真実で、なければならないのは言うまでもない。死んでいく老人が、この問題にもっとも興味、を持っていないと、わかるのは僕ばかりではないとわかる。のは、街を歩いていて、こういったテーマに興味のある老人、だと思われる老人にあった試しがないからである。何を考えて生きているのか、わからないが、物質主義に侵された頭の中は、自分という物質と、外界という物質が、崩壊しているということはわかる、という顔はしている。正気の証拠である。が、なんと、つまらない人間か、と。僕はすぐ腹が立ってくる。とはいえ、概ね実務的現実的に、生きた老人に、いかにも面倒な。意識はすれど、さっぱり理解できない、現実的でない「永遠」などというのは、およそ。見当もつかにのは、いうまでもなく当たり前の話である。教会なんぞにいって、いるクリスチャンでも、この永遠という問題は。キリスト教会では普通のことである、にも関わらず。若い時から、真面目に教会に行き、生活は現実的であったクリスチャンは。牧師さんが、いよいよ今日は、永遠の話をして増えた老人を慰めたいと、意気込んで見ても。居眠りをしていて、時々、失神し救急車を呼んだりして、全くしらけてしまうのが、現状であろう。運ばれた老人は、説教など普段からろくに聴いてもいないで、居眠りばかりしている老人である、ということぐらい。高い講壇から見ていれば、わかることである。若い牧師さんは、つくづく、自分の教会の老人信者の、質の悪さに。辟易して。別の若い人の多い教会はないかと、探す羽目になるのは、当然である。直近の死がまじかで、誰が見てももうすぐ死ぬのだから、教会生活だけは長いのだから。少しは、永遠というような、誰が考えても面倒なテーマに、挑戦しようとする牧師が、出っくわすのがこれで。日本の教会ばかりではなく、欧米の教会とて。現実の生活から、スポイルされ始めた老人の、陥る現状は、世界中で同じであろう。なぜ、こんな皮肉なことを言っているかといえば、もちろん神学者ブルンナーを読んでいるからである。ブルンナーのような、本当に真面目な神学者で、信仰深い人間がいるから(バルトも同じ)。欧米の伝統的(アジアから見て)キリスト教の、非常に高いテーマ。永遠の生命、論は実に。僕を、喜ばせるのであるが。一歩、街に出れば、唯物論に、侵されて現実生活に、痛み疲れた老人の群れが。すぐ僕の目に入るのである。若い時に、ぜひ、この問題を真剣に、考える人になってもらいたいと、僕は若い人を見て期待している。昨日、古書で、現代基督教思想叢書・エミールブルンナー著・弓削達訳・聖書の「真理」の性格・出会いとしての真理(副題)・日本基督教青年同盟版・昭和25年発行、を読んだ。価格は二百円。その10倍がこの古書の、値段だった。僕はいそいそと、近所の郵便局で、古書店に振り込んで、久しぶりに長い道のりを歩いた。雨に濡れた、緑の。美しかったこと、まさに永遠だと思った。僕は、水彩を描く仲間に電話を入れて、歩けない彼の家の近くに行き、コーヒーを飲みながらお互いに絵を見せ合って、励ましあうことにしている。のだ。ともに、油絵画家であった時代を共有している。仲間だ。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

下の写真は僕が、絵を描くために通い詰めた江ノ島。実写。僕は、これをライカで撮影した。あの頃、デジタル化が進み、フイルム名機コンタックスが終わり、僕は仕方なくライカに移った。初めは戸惑ったが、さすがは世界のライカ。付き合えば付き合うほど、素晴らし。僕は、これで江ノ島の油彩を描いて、個展を銀座で開催した。好評で、かなり絵は売れ、満足している。みんな、ライカのおかげである。

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2019.07.17

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十二)

 今朝は、実は気分が爽やかだ。なぜなら。自分の人生の、もやもやが、一切吹き飛んだからである。このもやもや、は僕の一生(七十七歳)に、今までまとわりついて、いて。僕は、自分をある教会の講壇にいると仮定し、聴衆に向かって。僕のもやもやを一気に話した、という白日夢で解決した。それは、いたって僕にとって気分のいいもので、思い切って、自分を吐露した。その教会の講壇とは、僕が洗礼を受けた教会で、その講壇にもちろん現実に立つ気などないが、僕は自分で。想像することは、そこでだけしか話せないもやもや、として。いくら白昼夢としても。舞台として、そこしかないものである。それは、一冊の本で解決した。今朝、郵便ポストに入っていたもので、僕が依頼していたもである。それは、関西学院大学神学研究誌からヒントを得たもので、まさにブルンナーの本だった、のである。題名は「聖書の『真理』の性格」という古書で、少し読んで、たちまち納得した。確かに、この本こそ、戦後の我々教会青年の全てが書いてある、と言っても間違いがない。この本は、ブルンナーが日本に来て、国際基督教大学の講師(身分不明、初め学長を依頼、断られる)として、二度日本に来た大目的の、集約がなされている。少し、ページが破れて、今ボンドで補強する作業をしている。しばらくすれば、一段と読めるようになるだろう。一部、ざっと読みで補強作業をしたのであるが、確かに、これこそ。それなのである。実は、この本に、一番影響されたのは、僕ではない。僕より上の年齢のものである。特に、藤田約(つづむ)という人物がいて、明治学院中高から、できたての国際基督教大学に行った、先輩である。僕はその時、まだ高校生で、彼は大学生。白昼夢の教会で、一緒になった。僕を殊の外可愛がって、僕の今の嫁さんまで世話をしてくれた、人だ。で、僕は、彼に着目したのは、彼が大逆事件で刑死した大石誠之助の血を、引いた人物である、ということから来ている。大石は、首謀者幸徳秋水と違い、思想的に高いアナーキスト、ではない。むしろ、あの頃の高い教養人で、医者であった人だ。和歌山の新宮の、貧しい人からは金を取らない医者で、アメリカ仕込みの医者、であった。その血筋の先輩も、アナーキストとは程遠い、クリスチャンで女好き、どちらかといえばドンファンで、えらく女にモテた。いい男と、いうのではなくて、気さくで要するにキザなのだ。背も高くいわゆる、あの頃のナイスガイ、なのだ。明治学院の後輩の僕を、よく引っ張り出して。本郷東大のキリスト教学生会に、僕を子分として連れて行った。僕は、優秀な大学生の仲間に入れず、廊下で待たされながら、昼飯だから何を食うか。注文は中華、などというから、僕は初めて、そこで。餃子なるものを食って感動したのである。その彼は、アメリカ、ドイツ、スイスを放浪し。ニューヨークで、日本人看護師と子供を作り、世界の闇に消えた。僕は、日本に来た看護師が、彼の母親を慕ってきたとき、会おうと思ったが、お断りした。彼のドンファンぶりなどより、彼の。僕に対する親切が身に染みていて、そのイメージを壊されたくなかったからで、ある。僕は、白昼夢の中で、ブルンナー神学を理解できたと、思った。そこに、藤田の神学的苦衷が書いてあった。彼は、その真実をたづねて、世界を放浪し、消えたのである。と、信じている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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藤田が消えたスイスの神学的象徴の山。マッターホルン。多分、このどこかで、彼はのたれ死んだのであろう。

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僕は、こんな気楽な服装で、こんなスゲーアルプスを歩いたのだ。つまり、非常に単純なキリスト教と、見事に考え方が一致しているスイスの観光ルートである。と、最近気づく。実写。

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なんども、ここで掲載している、呆れるほどキリスト教的なマッターホルン。鋭い刃状のこの山は、困難な人間の救済を、キリスト教的かつ神学的に表現している。が信仰とは、神と内実の自己との会話に過ぎない。山自体は、日本と違って信仰の山ではない。神との会話は、その人の内実の中にある、と神学は語っている。実写。

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これなども、スイス宗教改革者として有名なカルヴァンの家を表す碑だが、下の方に落書きがある。いくら国の偉い人でも、この程度でスイスは、騒がず、いつの間にか黙ってそれを消す。が、また誰かが、いたずら書きをする。それを刑法であるとか、非道徳的であるとか、そんなことは一切彼らは言わない。ほっておいて、黙って消して、また誰かが書く。という繰り返しは、いかにもキリスト教的で面白いと、僕は思う。実写。

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もちろん、これもスイスのポスターであるが、別に意識して整理し、貼っているようには見えない。が、なんとなく垢抜けしている。もちろんローマ字的デザインの、いいところであるとは思うのであるが。彼らは自然に、宗教的簡素を身につけて、長い歴史を刻んでいる。実写。僕は、それが好きで、好きで。

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これなども、僕ら夫婦がトレッキングした道を振り返って見て、撮影している。今改めて見ているが、信じられない。まるで、今の僕のキリスト教の心象風景のようだ。実写。

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2019.07.16

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十一)

 ブルンナーの「弁証法神学序説」は、その序論で。「現状と我らの戦い」と、書いて出発する。実は、この短い文章(五、六ページに過ぎないもの)が、一番難しかった。この本、何度も挑戦しては後退している自分だ。攻めるのみ、と思いつつ、攻め上れないまま。ずるずる、といつも負け戦であった。ナポレオン的に言えば、ワーテルローの運命の決戦のようなものである。相手は、若いブルンナー、秀才神学者だ。いわば闘志。ヨーロッパ神学の騎士道の人だ。一歩も引かない。から、こっちは素手で挑んでいて、全くダメ。死屍累々、の精神史である。それでも、僕らの、おそらくもう死んでしまった(死に絶えた)先輩らは、頑張ったのであろう。そのキリスト教の騎士に向かって、なんとかそれを克服したいと、頑張ったのだと思う。色々、顔は浮ぶ。しかし、日本人で、それをうまくやったものは、いるのだろうか。高校生の僕らには、もちろん。馬耳東風である。読んでもわからないし。その上、バルトというもう一人の騎士と、ペアーなのだ。これには参る。降参であるが、僕は、少しは踏ん張れた。教会のおかげではない。無教会内村鑑三のおかげである。こんなところで、内村を思い出すのは、全くの偶然であるが。彼は、ブルンナーの興味を引いたようだ。当然だろう。おそらく、日本のキリスト教で、それなりの名前のある人で、ブルンナーやバルトの興味を引いたものなど、内村以外に皆無に違いない。ともかく、調子よく西洋の思想や信仰を受け入れる、おっちょこいか、計算高い西洋主義者のやることは。ヨーロッパから見れば、子供の遊びに過ぎない。それでも、日本人の根性のいいのがいて、コツコツ語学から、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語など。恐ろしく面倒なものを克服する、名もなきクリスチャンも少なくないのである。で、少しずづではあるが、ヨーロッパ神学に近ずいていく。とは言え、向こうさまはローマ帝国コンスタンティヌスあたり(西暦三百年付近)の、あの極端なローマ帝国国教化、などという歴史から来ている、のだから。我々がかなうわけもなく。理解もできないまま、僕は高校生で受洗し。たから、全くの迂闊者である。だが、しかし、あの時。山永武雄牧師(フェイリス女学院院長、当時)から、受洗していなかったら、今の僕はないのである。これをカルヴァン流に言えば、神の選び、と言った神学で。スイスの宗教改革者カルヴァンの、神の選びの「絶対運命論」を。考える、神学の面倒な問題が。初めからヨーロッパ近代社会には、横たわっていたのである。この辺りが、若いスイスの現代神学者(当時、わが国では大正時代)の、厳しい問題であった。それが、彼の、序文にある表題。「現状と我らの戦い」の、意味なのであるとは、最近わかったことである、とはとは。とは。情けない。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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スイスのジュネーブにある、カルヴァン教会。カルヴァンはこの近くに住んでいたようだ。記念の家は今でも残っている。僕の実写だ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(三十)

 三十回まで来たか。腹を言えば千回を、目指している。あるいは、それを超えるかもしれない。ごく自然に。さらに今朝の天気で、村の長老(おさ)らしく言えば、祟りだ。といっておこう。要するに、今年は凶作である。祟りだ。人間が、テレビで見る限り、美味いだのへったくれだのといって、しょっちゅう食い物の話を、大口を開けて食らいついている姿は、もはや。あさましい限り。人間の屑である。人は、朝。囲炉裏を囲んで、長(おさ)を中心に。今日の穢れを祓い、おさの箸がつくのを待って、みんなが箸をつけて、静かによく噛んで、食事をする。配膳された自分の一汁一菜プラスなどを食って、黙って野良に出て行くのだ。今日は、いい塩梅に雨が来てくれた。午後には、晴れるダンベーといって、父親が牛を引っ張り出す。耕運用の重い嫌な仕事であるとは、牛も知っていて。モー、今朝は調子が悪うござんす、などと父親に甘えている。そこは、大切な牛なので、その調子は見分けられる。とっつぁん、俺は。眠い。トマス秋茄子、いや。トマス・アクイナス「神学大全・その一」は、中世のヨーロッパを席巻した神学書だ。13世紀の人で、呆れるが。その人のその本。訳者は山田晶さん。僕は中公クラッシックスで一冊だけ持っている。それで十分。あとは、その膨大など読む気はしない。その、初めの設問は、「神は存在するか」である。呆れる。これだから、西洋は先進国なのである。いい意味でも、悪い意味でも呆れるばかりに、先進的になる。知力が高いのだ。日本の文化では、これが起こらない。神が、存在するのは、朝の食事風景と全く同じで、疑問などは存在しない。神棚に、まず新鮮な水をあげて、柏手を打って、頭を下げ。るのは、長(おさ)の仕事だ、家族全員がそれに、習う。田の虫が悪さをしないように、雨と太陽が、「適当に」に来てください、と祈るのである。だが、現代は、西洋唯物論が跋扈する時代の日本。いよいよ、本格的な凶作の今年になる。と、僕は、村の長として、ブルンナーの「弁証法神学序説」を、解説する。かつてこの若き秀才(三十歳の頃に書いたもの、大正十年ごろでもある)神学者は、当然ヨーロッパ伝統神学、や哲学はお手の物だ。彼は、第一編「暫定的真理」を書き始める。驚いたことに、22ページに、コンスタンティヌス1世が出る。西暦三百年ぐらいのローマ帝国の皇帝である。これが、キリスト教を公認する。ここから、イエスに政治色が生まれるばかりか、キリスト教は生まれながら大帝国の国教になるという、運命を担う。やはり、ブルンナーはここから出発している。僕が、最近になって、やっと気づいたこと。これが、ヨーロッパ神学の初めであるから、日本人には歯が立たない。でも、それをなお、コツコツと勉強するのも日本人である。アジアの他の民族で、これをできた民族はいない。皆、日本の、この近代的営為に相乗りをしたに過ぎない。のだ、といって始めようか。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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下のこれが。現在のローマにあるコンスタンティヌスの凱旋門と言われているもの。コロシアムの近くにあって、物乞いの人たちが、物乞いしては蹴っ飛ばされて、追い払われる姿も目撃した。が僕はその時、この一連の写真を自分で撮影したが、このように利用するとは、全く想像もしていなかった。以下、少しそのほかの風景も貼り付けておく。カメラはコンタックス、富士フイルムを使用している。

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これは、僕のスケッチ。バチカンの回廊で。鉛筆画。

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この下は、僕の実写したヴァチカン。

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2019.07.15

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十九)

 ここで掲げる、なんとも言えない表題の重さに、我ながら呆れている。が、こうなった経緯は、今までの説明でなんとなく、わかってもらえたかもしれない。要するに、ブルンナー神学のような西洋神学の精髄は、我々には簡単にはわからないのである。しかし、「人間の永遠の生命」、のような。人間にとって終末論的な命題から、人は逃げられない以上、仕方がない。僕が挑戦するしかない、のかな。とは言え、ブルンナーを理解するには、一体どうしたら良いのか。時系列のバラバラなまとまりのない論文を、やたら読んでみても分かるものではない。で、僕は、覚悟を決めた。ともかく「弁証法神学序説」という、およそ馴染まない、彼の若い時の論文を読んで、その解説を自分なりにすることしか、方法がないような気がした。自分が、読んで、理解したことを、書くしか方法がない。それが、永遠の生命に、達する、唯一の道だと思うようになった。今更ながら、親に相談することもできず、相談された相手とて、何を答えるやら、答えないやら、どこまで正確で、真面目な回答であるか、見当もつかない。老人には。もはや、「師」は、いない。自分が、今まで勉強したことを、率直に語って、こうではないだろうか。とか、こうだとか、ここがわからないとか、正確に考えて発信し。て、読者の参考にするしか、別段これといった方法は、ないのである。これが、老人の孤独、というもので。今更ながら、ブログを恨んでも仕方のないことである。ブログが、こんなにも発達する、とは思ってもみなかったが、ともかく。最近のココログの制作基地は、なんともインテリジェンスの高いこと、見上げたものである。それで、僕も、毎日、なんとなく、スラスラと書く気が起こる。で、しっかりと、本(弁証法神学序説)を読んで、自分の理解度を深め、書く。という幸せを、経験できるのだ。僕が、適任であるか、ないかなど。全く関係のないデジタル出版は、質の高い情報を作成できるという、ところまで来たのである。誰でもココログに参加して、ぜひ、いい仕事をされることを期待している。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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刻々、変化するマッターホルン。まるで、ブルンナー神学の、読み慣れないヨーロッパ神学の展開のように、行間を追いながら、内容を理解しようとする。が、だが。不動の山は、雲によって、刻々と見えかたを変える。山が動いているのではない。覆う雲が、不動のブルンナー神学に、変化を与える、のだ。全部現場で、根気よく待って撮影した。コンタックス、富士フイルムを使用。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十八)

 二十七で書いたことは、次に紹介するややこしい題の本から説明できる。それは「弁証法神学序説」(福村出版・1973年出版)である。ブルンナーがチューリッヒ大学を卒業する時の、いわば卒論であるらしい。であるにしても、よくわからないが、彼が31歳から二、三歳の間に、序文なるものが二度書かれている。それが、いきなり出るから、わけがわからないのである。初めの序文は、1921年で、もう一つが、23年だから。和暦では大正10年に、ブルンナー自身が書いたものだ。それがなんと、出版されたのが、1973年だから、僕が結婚したばかりの頃だ。というのだから、馬鹿げている。それは、昭和48年。つまり、ブルンナーが実際序文を書いてから、ナニー。50年は経過しているのである。これらの本を、それこそ真面目に現在形で、時系列をあまり考えずに読んでいたので、わけがわからなかった。当然であろう。つまり、戦後のどさくさで、戦前から活躍しているスイスの神学者を、戦後のキリスト教界は引っ張り出して。東大出の秀才が訳したのであろう。と、思って訳者の経歴を読むと、なんとベテランもベテラン、戦前の帝国大学時代の文学部哲学科を卒業した人で、大学教授などもやって現役を引退した人。なのである。生まれは1901年の人、要するに、明治三十四年生まれで、オヤジより年上の人である、とは。要するに本当に、ドイツ語はベテランの本格的なが学者が、精魂込めて訳した本だったのである。それを、深くも確かめもぜず、読んで跳ね返されては、押し戻されていたのだから。思想の勉強ぐらい、面倒なものは、ない。で、ブルンナー神学は、日本語訳がめちゃくちゃ時系列で、わけがわからないのに、僕は子供の純真さ(明治学院高校生)を持って、真面目に読んで。跳ね返されていたのである。で、最近になって。七十七歳も七十八歳にならんとする時、この翻訳時系列の真面目な混乱を整理できた、というわけである。恨みたくもなるが、これが。日本人が、西洋の特に、キリスト教神学を勉強する時の、完全ネック、になっている。つまり、全く非西洋的なのに、わかったような顔をするに過ぎない、のだ。日本の神学事情は、西洋から遅れることほとんど、無限の距離があると言っておく、今の僕の。今朝の書きは。なんと、冴えていることか。と、神に感謝している。つまり、ブルンナーの本格的な伝記の原稿は、日本にあるにも関わらず、それを訳して本にするだけの、スタミナは。今の日本のキリスト教界には、ないのである。と、奇跡を祈る僕なのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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全く僕は、不幸極まりない。この時もマッターホルンは、僕から隠れて、あのすどいナイフのように尖った山頂を隠した雲。は、僕をあざ笑っているので、僕はあの時。待って待ってなんとか、何枚かはやっと撮影したのだ。それが、スイスのキリスト教神学を勉強しよとする僕を、悪魔があざ笑っていた、こととは気がつかなかった。ね。今この自分の写真を見ると、僕自身がその気になって、僕は外人に見える。だがね、僕は純粋の大和魂の男で、うちの親父などは信州で、本当に零戦工場を設計していたのである。僕はその信州で、浅間山の爆発を見ながら、成長したのだ。ザマー見やがれ、である。が、マッターホルンは、本当にスイス神学の象徴である。と、今は思う。ブルンナーはいい男だよ。スイスアルプスを黙って登坂した若い時の彼を、想像している。ともかく男らしい、いい神学者だ。

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これがブルンナーです。

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2019.07.14

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十七)

 僕は、期せずして、このようにブルンナー研究をしている、のであるが。僕は、ここまで来て、また期せずして僕の研究において、彼のことを「闇に立ち向かった神学者」というネーミングを、彼につけることにした。この意識は、彼の中にある、不思議な時系列の不備と混乱に気付くからである。僕は、明治学院高校の時の教科書「我らの信仰」に影響を受けた。が、僕らがそれを読んだときは、いわば戦後、である。で僕は。それは当時日本にも来ていた、ブルンナー自身が、わざわざ戦後書いたもの、とばかり解釈していた。しかし、よく調べてみると(五十代になって)、それは。全くの誤解で。彼がそれを書いたのはもっと前で、日本でそれが出版されたのは、昭和12年のことと。と知った。こういった、時系列の乱れは、僕らを甚だしく混乱させた。要するに僕らが使った教科書は、戦前の本だったのである。これは、かなり異常である。あのとき、日本は敗戦し、戦前の教科書は、いうまでもなく一式、書き直されたのではないか。咲いた、咲いた桜が、咲いた。とかなんとか、それは戦前で、戦後は、忘れてしまったが、小学校は新制教育で。先生の頭は、旧制で僕らは、そんな教師に教わったのである。だから僕らは、頭が少し変だ。すっきりしなまま、僕らの教育は始まったのである。要するに、僕は新制二年生なのである。昭和15年が新制一期生で、僕は二期制なのである。で、新制は機能したのか。僕は、今思うと、すぐ上手くいくわけがないと同情するのは歳をとったせいである。教師は、戦前教育をやった人ばかり。その人たちが、食わんがために新たな教育制度の中で呻吟したのである。と、今の僕はわかる。どちらにしても、旧制教育は一掃されて、民主教育が一斉に実行されたのである。だから、僕らは、国語社会算数などの中に、新制の日本の民主制の息吹を感じて。教育を受けていたのである。が、どっこい、明治学院では、戦前に出版されていたブルンナーの本を、教科書にしていた、とはとは、びっくりポンの異常であろう。しかし、そこにこそ、エミールブルンナーの神学的苦悩と高さが、如実に表現されているのである。その構造が、理解されれた上で、彼の神学書は戦後の教科書に、なった。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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あのとき一緒になった、人たち。中に、有名な登山家がいたようだし、外人もいる。が、誰も登山の格好などしていない。登山家は足関節を悪くして、岩にしがみついてヒマヤラに登山した時の、若い自分を回顧していた。僕は右側にいるいい男だ。グループの仲間が実写した、と思う。コンタックスと富士フイルム。で。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十六)

 で、一層深刻な事態になる。のが、思想の世界である。ヘブライ人(びと)への手紙第12章を仕上げようと思い、最後の力を振り絞った。ともかく、通読の目的で読み切ったことはあるが、全然覚えていない。ただ、虫食い読みが聖書読みの常識だから、所々印象的に頭の中に、残っている箇所はある。が、その程度。しかし、今回はそれを自分に許すことなく、がっちり読みで、残るはあと二章、あるのみ。全体は13章で、その13章には、ご丁寧に「結びの言葉」まで、ある。僕の感想を、今までの。率直に言えば、ともかく強引な説得である。イエスをともかく救い主として決めてかかり。過去の自分たちの宗教伝統の上に、被せながら。新たなキリスト教を創造して行く姿は、凄まじい、というか言葉はない。さもあらん、ここまでキリスト教は世界を席巻したのだから、その初期的熱情と強引は、老人の心胆を寒からしめる。が、始めは、かなりカテゴリーごとに、丁寧に歴史を辿り。旧と新を、大人しく分けている。が、いつの間にかそれを混合し。て、その中から。新たなエネルギーを強引に作り出し、説得というより、まぜこぜにして相手にぶつけて行く、といった感じである。凄まじい。その上、12章は決定的なことを書く。つまり、イエスを「創始者」とその「完成者」と書いている。図々しいというか、大胆というか。キリスト教という新興宗教を、ともかく完成させるという意気込み。が、見える。で、ちなみに、創始者とか完成者とかを、英語聖書でなんと書いてあるか気になった。ので、見ると。創始者はAUTHOR 、完成者はFINISHER である、から。再度びっくりする。オーサーは日本語辞書では、作家。完成者は、もっと感覚が違うと思うのだけれど。フィニッシャーだから。あんまり、ありがたくない話である。ともあれ、ギリシャ語が原点で、そのギリシャ語がそうなっているのであろう。つまり、作家、作為、創作、空想、思い込み、という天才の作業だとして。現代的信仰に、これを精華するには。ブルンナー神学しか、ない、と僕はますます覚悟を決めた。まして、「永遠」が問題になるのだから。その果てしない思想は、ただならないのは当然である。ともあれ、ここが、キリスト教のはじめである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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ただし、このゴツゴツ山の登山が、実に素人でもできる、というスイス観光スタイルというか。また、誰でもできる神学もスイス文化の高さである。お高く止まる、ということがない。だいたいマッターホルンなどに登ろうなどというのは、無謀であるが、そこに初登頂した人の記録は、本になっている。岩波文庫か何かに、かつてあったが、僕は帰国後それを読んで、その翻訳の悪さには、辟易した。二度と読む気がしないが、多分日本人の思い込みが激しく、あんな日本語の悪文翻訳となったと思う。スイスの観光は、ことほど左様で。「誰でもい行ける登山」というのが、本当である。僕ら夫婦は縁があって、二入で地図を片手に踏ん張ったのは、若かったからでもあるが、だいたいそういった風に、観光が創造されている。宗教改革以後の世界をになった、スイスのキリスト教も、この点全く変わらない思想で。いたって優しい記述を心得ながら、未だ人間の難問である、罪だの永遠だの、という問題を近代社会に提供している。スイス観光とは、そんな傾向が、ある。下の写真は、僕が僕の作品として誇れるもの。太ったおばちゃんが、トイレという看板と一緒に写って、泰然と山を見ている姿は、ともかくユーモラスで、素敵だった。もちろん僕の実写で、カメラはコンタックス。フイルムは、富士フイルム。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十五)

 黒沢公人、という人がいる。大変な人で、国際基督教大学の図書館関係者だ、とネットでわかる。僕は早速、彼の「黒沢公人のドキュメンテーションシステムの100年(1960年~2060年)」を読んだ。読んだのは、もちろん理由がある。エミールブルンナーさんの経歴が、いまいち不明だからである。今のそれのWikipediaに文句をつけて、その中途半端を、叱った。がどの本を(僕が持っている古本やら新刊やら)の、どれを取っても、ダメだ。ろくに書いていない。のが、実体である。新刊といっても、今更新刊もないが、最も新しいと思われる、ものに。教文館のブルンナー著作集、がある。1997年となっている。し、僕は第二巻(全8巻)しか持っていない。それに書いてあると思い、のぞいたところ、全くゼロ状態。だ。なんとしたことかと、今までなんとなく知っていたつもりだったので、これはならじと。ネット、検索。で、黒沢さんにぶつかった。彼は、その中で、次のように書いている。申し訳ないが、この部分だけはいうまでも無断で転載させてもらう。「昨日、エミールブルンナーの大部の伝記が、同僚の机の上にあるのを、偶然みつけて、パラパラとみた。問題は、ドイツ語で書かれているので、その詳細を知ることができない。しかし、日本に来た事情にもそれなりのページを割いており、国際基督教大学の写真なども、何点も掲載されている。いろいろ調べた労作だとわかる。日本語訳がでるといいのだが、あまりの大作でやってくれる人もいないかもしれない。日本語訳がでるのを楽しみに待とう。人間の人生には、運命のようなもがあるとすれば、エミールブルンナーが、スイスから創立したての国際基督教大学にやってきたことほど、不思議なことはないかもしれない。その一点のみでも、国際基督教大学が、キリスト教という名を名乗る意味さえあるかもしれない気がする。エミールブルンナーは、彼の学生時代に、内村鑑三の無教会について、研究しており、日本について、非常に興味をもっていたという事実も知られている。」以上であるが、感動した。僕は、あるプランを思いついて。いる。人生には、奇跡がある、ということを僕も信じているのだ。

 

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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スイスは基本的に岩山である。それはあたかも、ブルンナー神学やカルヴァンのそれを彷彿させる。我が国の山紫水明感から見ると、全く異質と言えるだろう。その中のキリスト教であり、その厳しい思想の部分が、近代世界史のエネルギーになった。全て実写、で電車の中から撮影。カメラはコンタックス。フイルムは富士フイルム。

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2019.07.13

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十四)

 ヘブライ人への手紙、のキリスト教的律法記述に(第10章)、徹底的にやられたユダヤ教のユダヤ人の、反応は。聖書に、書かれなかった、のかどうか。反論は新約聖書的ではないかもしれず、もはや意味を持たなかったのかもしれない。すでに、時遅し、ユダヤ人は、新興のキリスト教に徹底的に痛めつけられる。イエスが、刑死するきっかけのような、激しい旧守の暴動も、もはや起こらなかったようだ。要するに、ユダヤ教の祭司たちは、長年慣習的に捧げた、犠牲の動物たちの血の効力を毀損されたのである。それは、神も喜ばす効果もない。と、それで。人間の救いなどは、ないと言われてしまった。イエスが自分を犠牲にして、神に自分御身を捧げた、その一回性をこそ、神は喜ばれる、とキリスト教徒は説いている。なんともモダンで進んだ考え方だろう。多分、これが旧来の原始社会が、古代社会へと変身して行く、姿なのであろう。地球上の人間の、原始的動物的な感情が発達し、より合理化されたとも受け取れる。ともかく、そんなことで。キリスト教は流行り始め、ローマ帝国内を席巻し始めるのだ。この高い論理性は、見事であるといって良いであろう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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登山電車は右側に下っているような気がする。うろ覚えに過ぎないが、多分帰路であろう。突然見えたので思わず、車内から撮影した実写。ともあれコンタックスというカメラがいいのである。突然、であるにも関わらず、手ブレなど全くないのが不思議だ。プロの写真家が撮ったといっても通用する。絞り最小の自動設定なのだ。フイルムは富士フイルム。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十三)

 前回の二十二は、会心の作になった。会心などと言う言葉を使ったことはない。ので、辞書。正確。会心。で、ワープロに感心した。クリスチャンではない素人、には分かりにくいと思っているのが、ユダヤ史、と言う表現である。別に難しいことをいっているわけではない。迎合するつもりもない。要は、旧約聖書のことである。あれが、ユダヤ史。ともかく読めないと、思う。読めたら、馬鹿だ。読めない。確かに、仕方なしにやる牧師になる人なら、仕方がなしに、あっちこっちを調べながら、読むことだろう。それは、商売上仕方のない修行だ。物理学者が、単純な原子記号を丸暗記するが、ごとし。である。ところが、この僕ときたら。不幸なことに。明治学院十年教育組だ。いつの間にか、それを読む教育を受けた。その上、聖書を通読すること三回。一度は一章ごとを読むこと約一年。寝る前に必ずやった。で、バカも3回ほど読むと、なんとか全体がつかめる。が、問題はここから始まる。のだ。二十二で書いたこともわかるようになるが、実はこれがここから、がエッセンス。要は、キリスト教が出来上がる瞬間、のような空気を読むことになる。その一瞬、その一回性。恐ろしき限りなのだ。それが、世界を変えていく。日本人に、そう簡単に、わからないのである。その点、心配無用。わかるやつなど、今や世界に、いない、のだ。あの瞬間、キリスト教が生まれる瞬間、あの空気。あの空、あの雲、あの気候。のな中に、キリスト教は、生誕していく。イエスが死んで蘇り、相当の時間が経過しているに違いない。多分正確には、百年か、二百年は経過している。にも関わらず、キリスト教は世界に、生まれる。その空気、瞬間、気候、雲。嵐を呼ぶ瞬間である。で、この書きも会心作と、なった。

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 筒井友美作品。

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なんども書いているが、これがマッターホルン、スイスを代表する山。代表だからこそ、スイス史の圧巻である、宗教改革の拠点カルヴァン思想の、尖りきった神学の高みを象徴している。実写。フイルムは富士フイルム。カメラはコンタックス、今はなき名機。最小の絞りに固定して撮影した。シャッタースピードはカメラ任せ、で期待に応えてくれた。富士フイルムも最高のフイルムである。日本の誇るべきフイルムだ。以下同じ。

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登山電車から見えたマッターホルン。壮絶な高さが圧倒してくる。実写。

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やはり、これはすごい。実写。うまく雲が切れてくれたが、たちまち雲海が彼を包んでまとわりつく。絶対に映させないが、ごとく。実写。スマホ画面でなく、パソコン全画面で観てもらいたい、ものだ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十二)

 聖書のヘブライ人への手紙第10章冒頭、にはびっくりした。この手紙は、多分。あまり人に読まれない箇所だと推定する。難しいのは、ユダヤ史を知らないと、とてもまず理解不能で読めない、と言うことである。なにせ、ユダヤ人が、ユダヤ人を説得すると言う、離れ業の部分である。同胞の説得であるから、むしろやりやすい、というかもしれないが。ユダヤ史は、実にくどい長い民族史である。だいたい、ここまでくどい民族史など世界にはないと思う。戦前、日本の大秀才、極東裁判を。内村鑑三の子息、内村祐之さん(ノンクリスチャン)の精神鑑定で、死刑逃れになった大川周明も。日本民族の歴史を二千六百年として、解説したものである。が、とても。ユダヤ史に及ぶものではない。同じ東大でも、ユダヤ史を学問とする人から見れば、日本の民族史はせいぜい精神史にすぎない。にしても、成果はゼロではない。しかし、基礎がまるで非文明的である。学問と言っていいか、どうか。西洋史に及ぶものではない。第一に、条件がまるで違っている。時間の問題ではない。地政学上の問題である。一方は海に囲まれて、いわば敵なしマスターベーション(自慰)の世界、妄想になりかねない。一方は敵だらけの世界。この違いは大きい。絶対的な違いである。これを時間の長さだけで、同一線状(近代史的)で観ようとするのは、全くの愚である。世界の、一流の学者のやることではないのは、言うまでもない。まして、ユダヤ史は敵ばかりであるが、その上ギリシャ哲学という、とんでもないものと近接関係にある。これも、中国思想と近接関係にある日本などを、例にしてもエリアの大きさ、区別性、帝国の巨大など。日本は問題にならない。アジアの大国は、何と言っても中国なのである。この方々から見れば、日本などは、その頃眼中にない。それは大和民族もわかっていて、散々苦労して学問をしに、中国に命がけで出かけている。だが、しかし。ギリシャ思想、ないし哲学は。ユダヤと全く地理的に近接状態で巨大文明の真っ只中。どんと影響がある。要するに、ユダヤ史だからこそ。世界のいわば、近代思想の根っこを形成するものとなる。それを代表する箇所を、今日はご紹介したい。ヘブライ人への手紙第10章第一節前半、が深刻。で、これが古代社会で言われたことか、と目を疑う。ユダヤ人の苦労の涯に出現した、驚くべき思想の実態である。「いったい、律法には、やがて来る良いことの影があるばかりで、そのものの実体はありません」で、これを僕は、昨夜読んで愕然とした。ここに律法主義だけでは成立しない、人類の苦しさが全て表現されている。これほど高い、古代社会であるか。今の日本は言うまでもなく、近代的な先回り律法であるが、決して精神的に豊かな世界では、ないと思う。人間の法律は、ざる法が当然と、古代は教えている。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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マッターホルンは、宗教改革以来、スイスのキリスト教神学の象徴と言えるだろう。実写は僕です。

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2019.07.12

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十一)

 で、。前に進むために、Wikipediaでブルンナーさんを調べて、びっくりした。もう少しマシな記述が、できないものか。今書いてあるものは小学生の作文のように、まるでなっていない。小学生でも、もう少しマシなものが書ける。などと吠えても仕方がないが、これが現実である。要するに、人間の永遠の生命などを書く人としての、ブルンナーの経歴を書くにしては、なんとお粗末なものであろう。これが念のいったことに、誰が書いたものかわからない無料匿名の辞書だというのだから、これが一番さみしい話だ。それを、こちらはカバーするのが、仕事であろう。やりがいのある、ことである。特に、何かを偉そうに強調するのも問題があるが、なんとなくスカスカ記述になるのは、学歴を無理に書かない今の風潮である。その割には、有名校狙いや点取り虫教育が盛んで、一体何を考えているのであろう。特に専門的な分野が、毀損しているわけではないが、学歴を書くと、学歴のない人が、人権的に文句を言うので書かない、とでも言うのだろうか。その方が、よっぽど人権を無視している。学歴は誇るものではないが、自分がきっちりと勉強をして、それを基礎にしてさらに社会に貢献してなぜ悪いのでしょうか。僕には、全くわかりません。その上、ブルンナーさんの訳のわからない神学的部分は書いてあるが、素人には全くそれは、訳がわからない部分であることは、当然で。そこがミソというのなら、もっとわかりやすやすく書いたら、どうであろう。とかなんとか、いってみたところで、せんないことで僕には関係がない。が僕が頑張れば、済む話である。で、多分若い方が、わけも分からず書いていると、判断し、愚痴はこれまでとする。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕の実写のアイガーです。カメラはコンタックス、フイルムは富士フイルム。絞り優先機能を利用。

 

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(二十)

 信仰と忍耐、を持って。やっと二十回まで来たが、何度もなんども言っているようにブルンナーさんの「永遠」と言う本は約400ページ弱、ある。そのほんの10ページあたりを、うろうろしている。多分。僕が、へたり込んで、これから10年生きていてもこれは終わらないと、見積もった。さもあらん、なにせ「人間」の「永遠の生命」の問題である。僕がどんどん能力が衰え、体力を失い、家族を失い、友人を失い、年金だけが残って国家が安泰で、と書くと。ニヤニヤしながら、悪魔が何様よ、国家年金がまだ残っているとは、図々しい、と言う声が聞こえる。若い人が、この悪魔の声を聞くと、もっとゾッとして、将来の希望を見失うに決まっている。僕が、国家の保証人ではない。国家の保証人は、君なのである。僕は、もらいやにすぎない老人だ。で、書くぞ。信仰と忍耐を持って。新約聖書ヘブライ人への手紙、は実に深刻だ。今の僕以上。なぜなら。ここのテーマは、ともかく新興のキリスト教と旧来のヘブライ人(ユダヤ教)との、先鋭的な会話だからである。旧来のヘブライ人が持っていた、長い歴史的テーマは、選民意識に過ぎない。エジプトから逃れ出て、荒野を40年間、神にもはや見放されたのではないか、と思いながらも。エジプトを脱したあの時の奇跡が、ユダヤ人には忘れられない。40年間の信仰と忍耐が、イスラエルの民俗史の原点である。その原点が、イエスによって、足元から揺らされる。揺らされるばかりではない。復活した神の子は、あちこちに現れ、旧来のイスラエルの民族性を破壊していく。要するにユダヤ人は、防衛に次ぐ防衛を、イスラエル人は自己の。アイデンティティにしがみついている。まして、神の子などと言う、途方も無いことを言う同胞のイエスを、殺したのは自分たちだと言う、負い目がある。にも関わらず、イエスの噂話は広まって、留めなく。その上、新約聖書を形成して、旧来の民俗史(旧約聖書)と連動させるなどと言う、天才が現れて、始末が悪い。それにもかかわらず、この新約聖書のこの箇所のごとく、何か妙に「説得力」が、ある。そのせめぎあいの、様子が再現される。息詰まる攻防戦である。これが、キリスト教発祥の原点であろう。それを、なんと。2000年近く経過して、ブルンナーという天才神学者が、その原点を神学して、解説するのだから。僕の命がいくつあっても、それは書き切れるのもではない。これが、西洋の伝統キリスト教である。教派でもなく、国でもなく、宗教改革でもなく、歴史ですらない。この原理原則は、揺るぎないように、思える。これこそ、人間普遍の永遠の生命、なのであろう。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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ともかくも、マッターホルンは、神学的な山だと言えるだろう。この異様は、ブルンナー神学そのもを表出していると思っている。アイガーとは異質なところがある。そのマッターホルンだけを集めてみた。全部、実写。まだあるが、いずれ。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十九)

 この寒さには、参った。風邪はなんとか治ったものの。なにせ、衣替えをバッチリやって、そのあとのこの始末では、冬物を取り出す、などと言う荒技など僕にわかるわけもない。用意周到な我が家のエバも、いささかと惑っているようだ。どうした、のかのか、で大塩平八郎の乱は、日本には珍しい革命の事例だ。と、言ったのはハーバートノーマンさんで、真面目な人だ。あまりに真面目で、アメリカの赤狩りのターゲットになって、自殺してしまった。で、大塩の時は、要するに冷夏なのだ。つまり、凶作。日照不足。だいたい、悪いことは重なる。で、僕は神学をする。生きている意味を、探っている。フト、したことから、関西(かんせい)学院大学の「神学研究」を入手することになった。僕がターゲットにした英文を読んでみると(読めるが、ほとんど意味不明)、英文はともかく、その要点が短く日本語で書かれていて、それが理解できる段階に来た。要は、ブルンナーさんは、ナチズムが構築した人間観に対抗し、彼らしい誠実な神学的人間観を構築した、と言うのが論文の意味のようだ。僕はホッとした。それまでは、心のどこかで、ブルンナーもナチズムに協力したのではないかなどと、あらぬ疑いを持ったのだ。僕らが、若い時に、この問題は日本のキリスト教界でも問題になっていた。僕もかなり調べてみたが、いまいちわからなかった。それでも現象として、戦前のドイツ社会でナチズムに協力、迎合、合体した教会も牧師も、実は多かった。なにせ、辛い話である。で、だが。それは。それで。僕は、ブルンナーさんが、1950年に(戦後)に書いた、「出会いとしての真理・聖書の真理としての性格」の中に、それが書かれていると、書かれていることにホッとしたのである。で、僕は、明治学院図書館にあるが、僕は古書ネットで探すし。それがなんと、練馬の古書店にあると知った。僕は早速それを申し込んで、近いから取りに行くつもりである。と、コメントもつけた。ともかく、一人の人(ブルンナー)を頼りにしているキリスト教信仰なので、ひやひやであるが。もう大丈夫、胸を張って永遠の生命論(ブルンナー)を続けられる、と思う。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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僕たちの、スイス。万歳。ブルンナー先生に感謝して。

 

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十八)

 十七という番号振りをミス、したようだ。ところで、ジャーニーズ。全く知らない人である。もちろん度々耳にしていた、なんやらグループは知っていたが、なんにも知らなかった。まさか、少年を生かして、「アイドル」化する、などと言うことを考えて、それをバッチリ文化とか経済とかにした、影の人がいたとは、全然知らなかった。もともと、男があのようなことをすると言う発想が、僕にはない。僕は、三島由紀夫の世界。神風特攻隊とか、決死の覚悟突撃、とか撃ちてし止まん、とか。勝ってくるぞと勇ましく、とか。ここはお国の何百里、とか。なんとか、勝つまで我慢とか、僕の名前が、勝己だから。そういったことである。昭和16年、生まれ。だもの。ところが、ここ自然に耳に入った人は僕より、年上だ。僕らの先輩だ。で、こんなことが重なった。僕は、ジャニーズさんを知らなかったから、なんとなくここのところで、全てがわかった。で、電話を入れた。ジャニーズさんにではない。ジャニーズさんより年上の、僕の世話になった先輩の、息子に、である。会話は、こうだ。「おうおう俺だ」「お久しぶりです」「で、ジャーニーズだが、、、」「はははは、わかりましたか、さすがいい感をしていますね。」「そう死んだのか」「そう四月」「父上は、あの年代の代表者だね」「ハハハハハ」「墓に入れたのか、芝増上寺の墓の番号は」「何番です」「墓参りした後で、コーヒーに行くよ」「ところで、母も危ないんです」「ハハハハハ、マー歳から当然だ」「いい男だったね。」では、では、で電話を切った。僕が、番号を間違えたのは、慌てていたからである。

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 筒井友美作品。

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僕も、先輩も軽井沢には縁があった。妙なものだ。妙に踏ん張った戦前派で、僕は彼らを先輩に持てて、ずいぶん可愛がられて感謝している。だが彼らは、戦前。先輩にぶん殴られて育った。だから、決して後輩の僕らを、ハラなかった。もしやっていたら、僕は彼らを殺していた、ね。この絵は、浅間山。彼の別荘があった。先輩たちは、大方軽井沢に別荘を持っていた。その彼らは、みんな。これで死に絶えた。この絵は、僕が描いたもので、油彩100号F。あまりに細かいので、描いているうちに、ぶっ壊したくなって、バッチリと壊してしまった。僕の頭の中では、浅間山は爆発山なのである。僕は、その爆発を見ながら成長した。信州佐久の農村地帯が、僕の成長したキャンバスなのだ。膨大な自然が未だ僕を抱きしめている。が、日本は戦争中である。

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製作中。この時、子供絵画教室と併用しながら、制作している。 

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示現会(国立新美術館)に、出品した時のもの。

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僕が利用した実写の浅間山。

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これも、制作途中。全て変遷が激しく最後は壊れて、この世から消えた。

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縦で撮影してみた。横よりも、いいね。

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これはやはり、軽井沢。自分としては成功した部類。今も手元にある。売れば100万はする。F80号油彩。

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これも、かなり手こずったもの、今は安定して僕の手元にある。F80号、油彩。

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ある日の示現会風景。今は退会している。一応、準会員まで行ったが、これ以上は興味がないので退会し。現在は、個展方式に切り替えている。

 

 

 

 

 

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2019.07.11

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十七)

 ところで、おかげさまで、病が少し癒え始めると、僕特有の感性が戻り始めたことがわかる。感性とは、個性なのであって、同じ絵を見ても感じ方は違うのではないか。僕は、僕の感性を愛している。などと書いて。表題に素直に戻れるか。コーヒーを一杯飲んで、ブルンナーさんの本「永遠」を、さらに書くためワープロが打ちやすいように、ベットの上に、内村鑑三全集の本を三冊重ね、その上に、秀才高校である近所の、武蔵野高校などの学生がよく使う書見台を立てて、「永遠」をセットしている。なぜ武蔵野高校かと言えば、その近くの文房具店から書見台を買って、勝手にそう予測したに過ぎない。が、ともかく、そう言う格好で書いている。別に、すでに病人ではないつもりでも、こんな格好で書いていても、様になるのは、病人だからであろう。ただ、このベット方式は気に入っていて、多分死ぬまで、こんな格好で書くことになろう。昔の作家ならば、作家気取りで病院のベットまで、わざわざ原稿用紙を持ち込んで、何やら作家らしく、出版社の編集者をはべらせて、先生、お疲れではありませんか、などと肩を揉ませて、すまないネなどと。言うところであろう。なにせ、一枚いくらの先生で、そこへ行くと僕は一打ちごとに、自分の経費がかかるだけで、一銭のぜにも懐には入らない仕組みである。これが、僕を痺らせる(恍惚)のであって、バカヤロウ「永遠の生命」が金で手に入るのなら、こんな気楽な与太話はない、のだから。無料こそ、本物の永遠の生命が、書けると信じている。腹いせに、ブルンナー先生の代わりに、書いてしまったが、結局今日も、こんな話で始まった。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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ブルンナー先生の故郷スイス。トップ オブ ヨーロッパと言われる場所から、僕自身が全部実写したもの。カメラは、今はなきコンタックスと言う名機。デジタルではなく、日本の最高のフイルム、富士フイルムのフイルムを使った。多分絞り側か、シャッター側か忘れたが、どちらかを固定して撮影した記憶がある。ともかく、今更ながら驚くことは。この現物の、撮影された作品の質の高さである。これが、パソコンやスマホで再現されるとは、あの時、想像もできない時代のものだ。ともかくも、スイスの世界的神学者エミール・ブルンナーの、真摯な神に対する愛と信仰が、清純に表されていると思う。この、一番上の写真で説明すると、画面の先が、何おか言わんヨーロッパなのである。具体的に言えば右サイドがオーストリア側、真正面がフランスドイツ側、やや回り込むが左側がイタリアである。もちろん大筋でで、あるが。なんと、厳しく美しい、ことか。これが、ヨーロッパ文明なのである。それが、また世界の惨劇の元にもなる、のであるが。

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2019.07.10

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十六)

 前回15回目で、えらく面倒なことを書いたので、今後。それはいたって高邁な展開になる、と思っている人もいるかもしれない。まして、英語かなんかの話もでるから、てんで歯が立たない、と思っている人も、これを読んだ人の中にはいるような気がする。さにあらず。それは間違っている。英語で読めば、読むほどそれはばかばかしいほど、簡単な話になって、てんでありがたくない話に、展開する。英語がわからなと、嫌な感じがして、わからないのはどこか奇妙で、うすきみが悪いのであるが、それも間違っている。それは、簡単明瞭、てんで頭から問題にならない。むしろ簡単で、あっけなく。ありがたくなどないのである。聞いてもわからないお経慣れしている日本人は、経は「ありがたいもの」と、思う習慣がある。それは、聞くだけでは非論理で、お線香の中で、じっとして聞いていると悟りを開けるらしく、思うのが、味噌で。実は、そう思っているに過ぎない。そこに行くとキリスト教は、あっけないほど単純で、何もありがたくない。ありがたいと、多少思えるのは、ヨーロッパにある豪華なでかい教会を見るからで、内部の装飾も恐るべき、ものがある。から、そう思っているが。宗教改革以来簡素になった教会は、もっぱら解放された聖書をもとにするので、英語で読んだ場合、あまりにもあっけないので、びっくりするのである。ある意味では、全然、ありがたくない。で、そんな箇所を例にすると。ヘブライ人の手紙第三章第4節・日本語聖書では、「万物を作られたのは神なのです」これを英語でいうと、「He who built all things is God 」だから笑ってしまうのである。ただ、これを信じた場合、いたって明確でよいと思う。これ以上は言うこともない。だから、神にお任せして心安らかに、この世界に生きていくと言う人生観である。果たして、これで君は、満足するのか、聞きたいところである。が、これがすべての前提で、イエスキリストは、その神の御子、なのである。だから、このあたりから内容が、すべて論理的となり、説明的となるのが、キリスト教の特徴である。何も、難しいことを言っているのではなく、単に、信じ難きことを論理的に言っているに過ぎない。で、ブルンナーさんに戻れるようだ。つまり、厳然とした前提のある、話に過ぎない、と言うことを言って永遠の生命論に、戻りたい。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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あるスイスの街、多分モントールかな。実写。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十五)

 確かに「永遠の生命」などという、問題を真剣に考えるというのは、人間の滅多にやれる問題ではない。タワムレなら、いくらでもできる。また、宗教的習慣として、葬式的感覚で永遠を信じて、というのなら、人間が1000年も2000年も、いやそれ以上人間がやってきた、平凡なことであろう。だがしかし、そうではなく。ここでは宗教的にはキリスト教で、非葬儀的に、それをやるとなると、ことは言うまでもなく簡単ではない。で、一段と、論理的問題として難しくなってくる。のであるが。そこで、英語和語の表題概念確認問題は、さておいて。肝心要の聖書の中から、「ヘブライ人への手紙」、を選定し、隅から隅までくまなくよく読んで、その意味を今、噛み締め始めた。ヘブライ人への手紙は、新約聖書全27編中の第19編にあるカテゴリーである。それを研究している。結局、ブルンナーさんの言うことは、イエスの復活なくしては成り立たない永遠の生命、なのであり。別に便法などを説いているわけではない。だからイエスの復活の様々な局面を、ユダヤ人(ヘブライ人)の側面から見て、いろいろ検討している、この箇所が面白いのである。今の我々から見れば、いたって奇想天外であるが、さにあらず。僕のように、老人になって、死もまじかに迫ったものが読めば、実によく書かれている。と言うことが、明確にわかるので、書くのである。一番重要な点は、「死」と言うテーマであるが、真正面からそれに挑んでいる。それは、「死」を悪魔と呼び、「生」の代表たる神と対峙させながら書くのであるが。それは基本的には、誰もが持っている、死に対する恐怖を前提にしている。冷厳に言い切れば、死なない人間は一人もいない、と言う現実に聖書は挑戦している。第二章の14節。「死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし」が、聖書を編纂する人たちの絶対的なテーマとして、表出するのである。それは、今も変わる者ではない。要するに、「死に神・悪魔」への宣戦布告といってよいであろう。約2000年前、人類は人類共通のこの大問題に、挑戦していたのである。その記録が、聖書だと思う。そこに、永遠の生命も、書かれる。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これもスイスの首都ベルン。全て実写。どちらかと言うと、右サイド建物方向にベルン駅がある。初めて行った場所で右も左もわからず、ウロウロしているうちにここにいた。が、わかってしまえば狭い街で単純に真っ直ぐな街なので、もう一度行ってみたいな。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十四)

 ドイツ語は勉強をしたことがないので、ダメであるが。英語はヘボン式ローマ字修行を継続しているので、なんとかなる。自分が在籍した10年ほどの明治学院教育の中で、英語は圧倒的な高さがあった。それは、上進する受験勉強を越え出て、何か生徒を、高い英語勉強に誘導させるようなところがあった。で、無理に程度の高い文法書などを、僕は買って。勝手に文法書を読んだ。英語教科書教育の方は、平凡なものであるが、全体の雰囲気がそうだったのである。だから、現実勉強と高さを極めようとする生徒との間には、かなりのギャップが生じて。僕などは、一般英語などはほとんど興味がなかった。今日はお天気ですか、今日は、程度のことなど、全くどうでもよく。神だの、永遠だの悪魔だの、誘惑だの、といった。概念のただならない単語に興味が移っていった。それらの単語を概念もわからずに、やたらつなぎ合わせる作業は、容易ではない。もちろん失敗するが。僕が、英語嫌いになるのは、そのせいである。一方、聖書英語はやたら単純で、やさしい部類に属するが、実はここが誤解だった。この一見のやさしさと、現実的でない聖書空間(日本人にとっての非日常性)は、僕らにとっては当然、非歴史的であって。エジプトにしてもイスラエルにしても、ユダヤ人にしても、ローマ人にしても、ましてヨーロッパ形成前の。ローマ帝国などは、全く。空想に描くこともできない、全く訳のわからない異空間なのである。生徒にとっては、劇画的な超異教だと言えるだろう。その世界を英語でやると、ますますそれは、異教を通り越して異常の世界で。は、とてもついていけない。それで教育世界は展開し、所詮英語は。僕の視界から消えていった。出てきたのは、漢文と古文である。という風に、なるのであるが、それでいいのである。英語など、あの時は僕が一番嫌いなもので、実用英語を聞いていると、バカではないかと思うことがあり。よくあれで、世界をひろやかにおしはかれるものだと、感心する。が、この頃は、英語表現にすっかり魅了されて、ブルンナーさんのドイツ語の英語訳、ハロルド・ナイト訳で、英語を検証している。原文たるドイツ語がわからないので、仕方がないが。ドイツ語の方が、もっともらしく聞こえるのは。ようは、感覚にすぎないであろう。で、わかりにくい日本語訳(熊沢、大木さんの共訳)が、不満な時は。その英語を覗いて、また、もっと積極的に。概念を英語的に割り切ってしまい、それで天国や永遠(eternal)を考えるには、その本の全体像を俯瞰する必要を、この頃感じる、朝となった。今度「目次」を、日本語と英語で整理してみよう、かな。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これが、僕の好きな日本の風景。実写。埼玉県明覚。この柔らかさ。

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下はブルンナーさんの国、スイスの風景。全く違うこのゴツゴツ感の違いが、いいと思う。ベルンで実写。

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2019.07.09

スイスの宗教改革者カルヴァンのことなど(閑話休題、差し込み話として)

 ブルンナーさんの本「永遠」をベースに、永遠の生命について書いてきた。少し見通しがついたところで、この辺りで、「現世」を少し書いてみたくなった。ブルンナーさんは、いうまでもなく現世も書いている。希望を書いて、現世を書いているのは、十三をお読みになればわかるだろう。もちろんまだまだ先の長い話であるが、どちらにしてもブルンナーの現世論は、しかし、永遠に導くための論理上の現世であって、キリスト教的現世論そのものではない。その点、宗教改革者カルヴァンの書く現世は、非常にリアリスティックである。もちろん創造論から書くからであるが。その現世論は凄まじい宗教改革的、革命的思想が多い。それらは概ね後世で批判される。が、改革者としての、彼の真価が疑問視されるものではない。彼は純真で信仰深く、打算的ではない、信仰的闘士である。その彼を研究した人は多い。で、僕が明治学院高校の時に接した本(トーランス著・カルヴァンの人間論)を、少し覗いてみた。で、ビックリしゃっくり、がっくり。ともかく日本語がなっていない。とても読めるものではない。だが、高校生の僕は、純真うぶ、浅学、うんうん言いながら、わからなかった。のは、無理もないことである、と自分を慰めている。で、ともかく明治学院図書館には、その原文Calvin′s Doctrine of Man が、あるはず。と思い、検索したらあった。で、さらに追い打ちをかけてアマゾンではどうか、で。あった。僕はアマゾン本をジュンク堂で買うのが趣味。早速、近々池袋に行って申し込んでみたい。英語なら、なんとかなるし、下手訳の日本語本は持っているから、問題は全くない。下手訳でも、僕にとっては貴重な本なのである。

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 筒井友美作品。

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ジュネーヴのカルヴァン教会入口と僕。

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永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十三)

 私たちは二種類の希望を区別することにしよう。すなはち、希望というものを、現在と接近しており、それと非常に密接に結びついているために、両者をほとんど区別することができないようになっている将来を意味しているような、誇張のない限界を持った意味での希望と、これに対し、将来における生活全体、あらゆる目標を全部その中に含んでいるような普遍的な生活といったような意味での希望と分けてみよう。(本文11ページ)このような区別は実際にある。「小さな希望」と「大きな希望」、「部分的な希望」と「全体的な」希望、個人の希望と人類の希望といったものがある。しかも、希望というものはもっぱら第一の希望においてのみ、人間が生きていく上にどうしても避けることのできない、欠くことのできない要素であるように思える。全体的・包括的な意味での希望が崩れて把握されたり、すでに跡形もなくなってしまっている(第二次世界大戦後のヨーロッパのこと)私たちの時代(1945年以降のこと)においてすら、それにもかかわらず人間の生きる営みというものが継続してなされているという現象は、このことから説明される。農夫は畑を耕し、工場における労働者、事務所における事務員、お店の店員、額縁店の額装者、デザイナー、主婦、店長、教師、教授、医師などは皆それぞれの仕事をし、文明という「機械」は走りつづけている。各人はそれぞれの生活圏内において忙しく、しかも喜んで働いている。各人はそれぞれの小さな直接的な希望によって動かされており、それは大抵は人類の運命とか自分の生活を包括するような「大きな」希望ではない。そのような大きな希望などというものは、「どうでもいい」ものなのである。

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 筒井友美作品。

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この窓からの風景は、スイスの厳しい内面がはっきりするもの。実写。

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とても美しいが厳しい、窓。日本の風景とは大いに違っている。ヨーロッパ精神の典型的な表情だと思う。

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2019.07.08

永遠の生命論、人間存在の希望の研究(十二)

 で、ここらで。あまり読者に過大な期待を抱かせないように、結論を先に書いておきたい。我々キリスト教徒は、普段から心得ているところであるが、普通の人が、この表題を読んで。さらに今までの文章を読んで、世に稀な永遠の生命論があるのかな、などと思われては心外なので。どの宗教も同じであるが、信ずればこそありがたいことなのであり、信ずる内容は意外にみんながよく知る内容なのである、といっておきたい。というのは、文章もやっと11番に来て、今12番なのであるが。原本のページ数としては、まだ10ページに過ぎない。気の遠くなるほどの長さがあるのは、それが400ページ弱もあるということは、すでに書いた。が、つまり一歩一歩読んでいけば、ありがたい永遠の生命に達するなどと、期待されるのは、誠に心外なことで。244ページにある、結論めいたものを先にご紹介して、ともかく真面目な読者に対する、ともかくさらに大真面目な、こちらの良心としたいのである。原始キリスト教(当面1500年前として置いて)では、クリスチャンと称する集団はエクレシアといった。現代的に言えば要するに「教会」と訳されるもので、あるが。当時のそういった集団のありようを、エクレシアといったようだ。それはイエスの復活を信ずるものが集まった集団、というような意味で。そこでは、あたり前のようにイエスの復活を真面目に信じて、そこに自己の復活を重ね合わて永遠の生命、という与太話(世間の評価では)を。キリスト教徒は信じていた、というキリスト教史上の基本が据えられている。ということを確認しているのが、ブルンナーの基本スタンスなのである。その実存のメシア(救済者・イエスのこと)的性格の意識を、はっきりと自覚的に持っていた原始キリスト教、という事実を大切な要素として、どこまでも考えるべきである。というのが、ブルンナー信仰の要点なのである。要するに「キリストの光」とは、「死への存在」という人間存在の一般実存論の、「古い」実存の媒介によって屈折されたもの、という、いたって常識的で、人間的な限界をあらわにしつつ。十字架にかかりながらも、復活を果たしたイエス・キリスト(聖書)の。さらなる再臨によって、復活(永遠の生命)の。完全な啓示に至る新しい生の第一段階が、永遠の生命として「キリストに似る」、ことこそ。今は、死の体の中に覆い隠されている「自分の生命の永遠の姿」として、永遠の生命なのである。という信仰であるということを、ここらで書いておくのも。あながち意味のないことではないと、思った。だから、これは常識的なことで、びっくりするようなことではない。いたって世界史的な常識論なのである、といっておきたい。要するに2000年後の今の常識なのであるが、これが信仰として存在するか、世界史として存在するかは、その人個人の選択肢に入ること。なので、と常識を言っても始まらないが、念を押して言っておきたい。これが、これを書き続ける僕の、良心なのである。

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 筒井友美作品。

「帰る場所」

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これも実写です。ヨーロッパで一番長いと言われる、ゴンドラから撮影したもの。このゴンドラ、誰もエスコートしてくれない。勝手に乗ってというような塩梅で、止まらないので、乗る時は実に怖かった。が、慣れれば快適。ルンルン気分で撮影している。この終着地点から歩いてホテルまで帰った。要するに、世界に聞こえたカルヴァン主義の国スイスは、厳しいことでは有名である。この派が、宗教改革後の世界を変えていく。ブルンナーは、カルヴァンを元とした神学者である。し、明治学院は何と言っても、カルヴァン派なのである。

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下の写真は、その一例。崖をやたら崩さないで、土木工事の粋を結集し、自然景観を最小限の毀損にとどめている、自動車道路。船から実写。

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