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2008.12.02

7-92 ウィキペディア 3 キリスト教

ウィキについて、回り道をしつつやっと、「キリスト教」にたどり着いた。

ウィキのキリスト教記述について、内容の真偽、価値、精度など客観的に判断はできない。今までこういった情報は、伝統的で権威ある出版社のものが利用された。それこそ書籍の価値と安心である。金を払う価値のもである。出版原価もリスクも、ただならない。しかし、生まれたての「幼いウィキ」では、まだそういうわけにはいかないだろう。誰が作っているのか、皆目分からないからである。

まだまだ単に頭のいい子供が、猛烈に何かをやっていると言う感じがする。

しかしそうは言っても、キリスト教の書籍で神学書や歴史書などなど、普通の人は買うものではない。勿論、身近になったウィキであっても、果たして検索などもするのだろうか。しかしパソコン所有者が「キリスト教事典」の所有者である考えると、ただそれだけでうれしいことである。

ともあれ日本人にとって、知っているようで知らないのがキリスト教である。

祖父ネットのようにキリスト教を「語りたい者」にとって、自らもキリスト教を正確に知るということは必要である。ブログ機能がここまで発達すれば、祖父ネットが昔の路傍伝動の精神である以上、最も大切な心がけであろう。思えばすでに数年前、銀座四丁目「和光」の角が、そのスタート地点であった。仮想の想定であるが、先日リニューアルなった現実の「和光」に入ってみた。日本の最高級店に並ぶ、精密な時計や職人の手技の品々は、見ているだけで心地よいものである。

それは自分の生活現実とは、何の関係もない価格帯であるが、物品としては素晴らしい。想定では和光の建物の脇で、心細く語り始めたのである。そういった心細さを支援してくれたのは「ヒルティ」である。ただしウィキで「ヒルティ」と検索すると、あるスイスの会社が今は出てくる。それは祖父ネットの支援者とは全く別のものであって、祖父ネットのヒルティは、岩波文庫にある「眠れぬ夜のために」の作者であることを、わざわざここで書いておかねばならない。彼はウィキに今のところ書かれていない。

ともあれ、「キリスト教」とウィキ検索するれば30項目が出てくる。その中から、例として祖父ネットもよく理解できていなかった「キリスト教左派」、を書いてみたい。簡略化して書くので、本文はウィキで。

「宗教左派と言う用語は、主に、宗教的価値に対し進歩的/左派的な勢力の総称である。対義語は宗教右派。」

「宗教左派の起源は18世紀中頃に全盛期を迎えた啓蒙思想である。当時は異端として扱われた。大衆社会が出現すると影響力を持った。1970年代、高度経済成長に伴う消費主義により、自己保全型信仰が普及した。これは信仰を公私に峻別する俗人主義を台頭させ、宗教左派の進歩主義的な側面を発達させ、宗教を副次的にした。最近はこれに対抗する宗教右派が復興した。」

以上のことから、祖父ネットの「信仰」は、「自己保全型信仰」であり、高度経済成長に伴った消費主義に基づいた俗人主義であり、と反論のしようもない。思い当たること、これほどのものはない。自分の信仰はまさに、この記述と一致している。特に、一、自己保全型信仰、二、俗人信仰、三、宗教上の公私の峻別、四、宗教の副次的扱い、五、進歩的、などなど恐ろしいほどに一致している。

その中で特に印象的なのが「自己保全型信仰」であるが。

ここで少し、たちまちウィキに疑問が起こる。信仰とは結局なんであれ、自己保全型ではないのかということである。宗教とは「我信ず」に尽きるのではないか。こういった疑問こそ、信仰を自己保全に据える、もっとも顕著なものであるが。

話がたちまち難しくなりるが、今回はこれまで。

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