8-146 人間の罪について
「ある日の村野藤吾/建築家の日記と知人への手紙」村野敦子編 六燿社刊(Rikuyoh-sya)という本を読んだ。
村野藤吾さんについてはウィキペディアにある有名な人である。さん、と言っていいか迷うのであるが、ここ祖父ネットではすべての人を、粗方そういった呼び方にしている。内村鑑三だけはそれができない。村野さんもそのような範疇の人で、さん付けはやめた方がしっくりと来る人である。が、ここではやはり、さん、と言わせてもらいたい。
私にとって村野さんという人は、二つの顔をもった人である。有名な建築家という顔、もう一つは私の祖父の友人でもあると言うものである。祖父が他界したとき、村野さんが弔辞を読んで下さった。祖父は少し彼より年上で、ともに大阪の建築設計業界で、先輩と後輩という位置づけであったらしい。弔辞は記録が残っていて、その中で祖父に先立たれたので、今度は自分が何かと乾杯の音頭をとらねばならないことになった、寂しいことである、と書いている。祖父の例としてではないが、そのことが本の中にも出てくる。村野さんは名実ともに建築設計業界の顔であった。
先生は日本を代表する建築家である。
今度は村野藤吾さんを「先生」と呼びたくなる。それは、祖父ネットもその業界で飯を食ったからである。飯を食った、といっても祖父ネットは建築家ではない。その業界の片隅で、それなりに呻吟していたに過ぎない。祖父からの流れを自然に引き継いだ職業で、だからこそそれなりに、本の内容は手に取るように分かる。分かりすぎて、どう言ってよいのやら、しばし考えながら書いている。
書くことはいっぱいあるが、先ず表題のことが頭に登った。なぜこのような表題になるのか。それは村野藤吾という建築家の思想には、いかにも日本的なすべての文化が詰まっているからである。深刻な表題はそれに相応しいと思えたことで、詳しくおいおい書いていきたい。
著書はあまりないと言われている。その一部は読んだことがあるが、今度の本は設計図でいえば鳥瞰図で、「村野藤吾」の人格をあらゆる角度からパースペクティブに表現している。その意味で、孫である写真家の村野敦子さんの編集は見事である。身内の甘えを乗り越えて、冷静な判断ができている。流石、写真家として認められた人であり、それでこそ村野藤吾さんの孫として、恥ずかしくない存在である。本に掲載されているモノクロの敦子氏の作品も、見事なものである。
ブログは一編を長く書けない。このあたりが限界であるので、さらに続けたいと思う。
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