8-141 キリスト教の神は天主と直すべし その20
前回は「前島 潔」さんには、今の世の中が受け入れられない大きな欠点があることを発見した、と書いた。
国会図書館へ。そしてコピーをとり電車の中で読み、家に帰って読み、非常につらい思いをすることになった。過去の亡霊が顔を出したのである。読んだ以上私の中に入り込まれた、これを追い出すのは、私の何を使ったらよいのだろうか。論文は「大日本帝国の本質と使命」である。こういった題名は勿論今ははやらないにしても、「日本の使命」ぐらいは言う人はいる。しかしいくら問題が大きいと言ったところで、その本質や〈大〉日本と言った表現は見当たらない。しかし、昭和12年に書かれたこの本は大真面目に、しかもクリスチャンがここまで書いていたのである。
簡単に言って、この本は読まない方がいいだろう。第一にマイクロフイルムというものは読みにくいし、全文をコピーしたわけであるが、1200円もかかり、その上読むと吐き気がするほど凄まじく高邁な内容である。今朝のネットニュースに「FF11は、魔物がはびこる中世の世界で、自ら主人公となって敵と戦う ゲーム。」にはまる青年の話が出ていたが、老年のネット好きも、昔の魔の世界と出会ってしまったようだ。はまった青年が大いなる時間の無駄であったと、発言している。
キリスト教は日中、太平洋戦争を通じて常に平和を訴えて苦しんでいた、と今の今まで思っていたのである。世の中の隅にいて平和を唱えて嫌がられていた、と伝えられていたように思う。内村鑑三の日露戦争反対論は有名である。内村のように骨太にはいかないまでも、太平洋戦争に消極的に反対し、一部の人は官憲の監視の下に生活していたのである、と思っていた。所詮少数者であり、敵国の宗教であるから、目立った反戦運動もしない冴えない話として伝え聞いていた。それがかわいいホッかぶりの、精一杯スタンスであったと思っていた。だまって、ひたすら生きていたクリスチャンは、戦争の大いなる被害者で、戦後アメリカ軍の進駐と同時に一気に花開いた、ぐらいに考えていたのである。
それが違っていたのである。それがまたこともあろうに、「神天帝天主」問題を扱った人であるから、祖父ネットにはショックが大きい。
(続く)
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