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2009.09.19

8-197 キリスト教の神は天主と直すべし その54


主なる神(天主)よ、我らが同胞を顧みたまえ。

ローマ字問題と中国(その三)

鐘ケ江信光編書/大学書林刊/昭和35年(1960年)4月1日第一刷/「中国語辞典」「はしがき」は次のような書き出しである。

私(鐘ケ江信光)が、大学書林社長/佐藤義人氏から中国語辞典編纂の依頼を受けたのは、敗戦間もない昭和22年春である。世を上げて英語万能の時代になったにもかかわらず、氏は中国語辞典に着目された。そこで菲才を顧みず勇を鼓し、この難しい仕事を引き受けた。新しい時代であり、中国語学会の要望でもあったので、ほぼ十二年かかり、ここに出版できた。実に感慨深い。この12年は、中国語の歴史に一時代を画した時代でもある。大きな変化があった。中国史でも、未だかつて見られなかった大革命の完成である。私がこの仕事を始めた当初、まだ決定的な変化はない。それでも、今までの辞書の不備を補い、新しい試みを加えて仕事に取りかかった。その後、中国革命の新しい事実に直面し、遂にそれまでの原稿を破棄した。そこで企画と構想を練り直し、新たに稿を起こして完成したのである。

新しい事実の一つ目は、かつての文学書には見られなかった単語の輩出である。二つ目はローマ字による発音表記法の決定である。第三に漢字の簡略表記である。

鐘ケ江信光先生の要約は以上にするが、専門家が書いているので、こんなに簡単ではない。が、要点はこれに尽きる。もちろん、当時学生であった私たちが、このことを深く知っていた訳ではない。高校では、もちろん漢文を勉強していた。余談になるが、この高校時代の先生は、後で中国文学の世界で重鎮となる伊藤虎丸先生である。明治学院高校の教師を辞した後、多くの大学から招聘され後、東京女子大の教授となられた。とはいえ、高校生のときから、このような複雑な中国語環境を語られた訳ではない。あくまでも高校生には、「しいわく」である。

話を前に進めるために、辞書のことはこれぐらいにしたい。ともかくこの記念すべき「中国語辞書」によって、当時中国語に触れた学生は多い。この辞書で勉強し、今まで大いに中国語で活躍した人がいて、今の中国関係が構築されたことに間違いがないであろう。

ところが、これからが肖さんとの話に戻る。中国の言語的理想は、ローマ字化では後退したと思っていた。今でも漢字一辺倒である。実はローマ字化の最終段階は、漢字ローマ字表記の国字化である。それは実現していない。漢字を排するのではない。すべての言葉を表音表記であるローマ字にしようと言う、遠大なものであった。これは日本において、明治時代初期にすでに現れた理想であるが、未だ実現していないことは言うまでもない。中国おける漢字の弊害は、日本の比ではないことも言うまでもない。が、不思議なことに現在の中国を見ていると、漢字がその急激な経済発展の障害になっているという印象は薄い。

実はここに多いに秘密があった。まったく気がつかなかったのである。(続く)

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