8-203 キリスト教の神は天主と直すべし その60
主なる天主(神)よ、我らが同胞をかえりみたまえ。
前回はアメリカを個人利己主義的資本主義、中国を集団主義的利己主義的社会主義と定義して書いた。今から後、この二者に闘争が起こるとハーバート大のファーガソンさんは言う。しかし、この近代の個人主義を生み出したキリスト教は、利己主義を糾弾する過激派も生じさせる。キリスト教的教条主義は潔癖集団となって、利己主義を徹底的に攻撃することになる。
社会主義が左側に高じると、集団的禁欲主義が徹底される。が、キリスト教でも同じ社会現象が起こる。宗教改革はロマンチックな福音主義だとばかり思っていたら、大間違い。多くの過激派を生み出した。そのヒステリックな集団行動は、正統プロテスタントやカトリックから粛正されて、歴史の闇に消えたと言う。
しかし、まったく記録がない訳でもない。その一つが「千年王国の惨劇/ミュンスター再洗礼派王国目撃録」という本になっている。2002年平凡社から出版された。記録したのはハインリヒ・グレッシュベックというひとで、1535年の実録である。宗教改革が1517年であるから、その派生的事件である。ミュンスター城内に立てこもり、千年王国を実現するとしたキリスト教プロテスタントの異端である。前回書いた「宗教改革急進派」と同種の本である。
この悲惨きわまりない事件は、従来のプロテスタント福音主義のイメージを傷つける。プロテスタント教会で現在でもたびたび起こる、教会「独善牧師」の暴走食い止策など事実上はない。キリスト教の中でも組織派である正教、カトリック、聖公会と、無組織派とでもいうプロテスタントでは、キリスト教のあり方そのものが多いに違っている。そのプロテスタントの牙城がアメリカである。そのアメリカの衰退が今世紀の大問題という訳である。
明治維新以来、主にアメリカプロテスタントによって開かれた日本は、今後どのように進むのであるか。多いに注目したい。聖書の中の、神か天主かのどちらが正確な訳か、と言った問題から得るものは実に多い。
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