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2017.04.23

杉山勝己の日活史/映画とホテルのある断面(3)

 

 実は、日活史は、何度も挑戦している。

 が、まともに書けたためしがない。

 映画会社「日活」という、今は上場していない会社は、筆者が入社(1965年)した時は、上場資本金50億の大会社である。当時、とは言っても、ほぼ半世紀(五十年)ほど前。のことで。その日活が、日本の復興に果たした役割は計り知れない、と最近知った。日活が貢献できたのは、映画とホテルという、二本の柱が中心部にあったからで。これは、一業界の復興ばかりでなく、日本の復興と深く関わっている。

 言うまでもないが日活崩壊は、映画全盛期が過ぎ、時を置かず人々の興味が、急激にTVに移ってから起こる。で、日活ホテルも日活と共に倒れたが、日本のホテル業は映画産業とは逆に、今一大産業に成長している、ということである。

 その象徴が、ホテルルートイン、と言って良いのではないか。ただ、ルートインの創業者永山勝利氏は、1943年(昭和18年)上田に生まれ、ホテルとは全く関係のない天の命ずる所に従って、ホテル業を創業する。つまり、筆者と大して歳が違わないし、信州という地縁があるので、こだわって書いているのである。

 永山氏については、詳しく本に書いていあるが、いささか日活史と絡めながら随時紹介していきたい。

 日活ホテルだけをまず、ウィキペディアから転写してみる、と。「日活国際ホテル(日活本社でもあった)/最上階の日活国際ホテル(有楽町)は、主に外国人を対象とした高級ホテルで、芸能人や文化人がこぞって利用した。1954年(昭和29年)にはマリリン・モンローが宿泊し、1960年(昭和35年)に石原裕次郎と北原三枝、1962年には小林旭と美空ひばりが結婚式を挙げた。と、ある。

 ここで、改めて断っておくが、日本のホテル史のスタートは、明治維新頃にある。それも、明治学院を創業したドクターヘボンという宣教師にもある、ということを言っておきたい。ルートインの発祥県である長野県では、もう一つの有名な例が、星野温泉であろう。明治維新の頃の、リゾートホテルのきっかけが「ヘボン」という、キリスト教的人物だとすれば。星野温泉が、そのキリスト教と深く関わって発展した、と書いても良いと思う。

 1960年は、筆者が明治学院大学に入学した年で、有名な60年安保闘争があった。ともかく、終戦は1945年昭和20年であり、終戦から15年目の節目に当たっていた。自分にとっては、古くない話であるが、もはや平成天皇がご退位する時期ともなれば、昭和の初めの話など。まるで、徳川時代の話のようだ、と思う人もいるかもしれない、と予想している。

 で、古い話の理解の難しさは。書かれている人物が読み手には、全く何のことやらわからないことにある。歴史に有名な人は、ある程度推定や、親しみがあっても。名も知らぬ人などが文章にあっても、文章が繋がらない。だから、こういう内容の本を出版しても、もはや売れるわけはないのである。それに比べ、ルートインの創業者の本が出版されるのは、まさに、出版不況を越えでて、いかに時代的かということを表している。そこで、日活史のような読み物は、このようなブログが意味を持つと思う。実際は深いところで、今に通じる大切な歴史だと思うので、頑張って書くことにする。                                                  

 

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