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2017.12.21

杉山勝己と聖書(192)キャサリン・マンスフィールド、来たる

 (私の画廊には、右サイドから行けます)

 と、表題を書いたのは、まさに、としか言いようがないからである。

 昨日は野見山 暁治(のみやま ぎょうじ、19201217 - )日本の洋画家。文化勲章受章者(ウィキペディア)。に、お会いした。

 お会いしたと言っても、氏の展覧会場での出来事で。勉強のために引率した私の画塾の生徒、のどか、が握手をしたので一緒にいただけである。お会いできたのは、全くの偶然で。先生は元気に、自分の展覧会に顔を出したのだ。のどかと握手をするとき先生は、「僕と握手すると、ロクな人間にはならないよ」と、のどかに、言った。のどかに、握手をして来なさいと言ったのは、私である。

 家に帰ると、キャサリンマンスフィールドさんが、おいでになっていた(書籍)。名前も知らなければ、本の贈り主も知らない。出版社は、春風社。それも知らないが、恐る恐る開封して、さらにわからない贈呈、である。

 立派な本。三千二百円もする本が、名前も知らない人から来た。のである。で、春風社をパソコンで調べた。立派な出版社で、人を騙す、という類のものではない。もうすでに5時を過ぎている、ので、出版社に電話するのは明日にして、と思い、少し読み始めた。

 あとがきやら、目次やら、を読んでいるうちに、マンスフィールドさんというひとが、100年前の有名な人であるということがわかった。ジュンク堂検索をすると、立派に現売している。そして、私に送られて来た本はトップにある。が、不思議なことに、その本「お売りできません」と、書いてあるのに、新刊書とも書いてある。なんとも不思議な本である。

 そんなこんなするうちに、作者手塚裕子さんのことが、わかり始めた。それは、明日書きたい。今日は、国会図書館に行く。「評論・自由意志」(エラスムス著/1977年刊行/聖文舎)を見るためである。そうそう、送られて来た本の表題だけは書いておこう。

 「キャサリン・マンスフィースド/荒地を吹き渡る風のように自由に」である。下の写真は野見山先生、ウィキペディアから。


 不思議に、三件とも(野見山先生、送られて来た本、国会図書館)自由をキーワードにして一致するから、ふしぎだ。

 

 

 

Photo

 

 

 

 

 

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