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2017.12.29

杉山勝己と聖書(201)ロボット社会と餓鬼道、老人の人生経験から

 

(画廊は右サイドから)

 BS番組の中では、ともあれロボットが人間の仕事を奪う餓鬼道と、言う現実的な話がテーマであった。

 たしかに、ごもっとも。ロボットの発達を、真に知らない素人の私は、所詮安直なのであろう。

 が、それをよく知る、人たちは。明らかに、深刻な餓鬼道を心配している。要するに、非職の飢えである。柔軟に動くロボットには驚愕するが、今はちらりと見えるに過ぎない。で、あるにしても、すごいと、思うのは私ばかりではないであろう。が、私はBSで、ロボットによって「排除される人間」(餓鬼道に陥る人間)の意見をさらに聞いていて、いささか腑に落ちないでいる。 それが、アメリカであることが、ショックだが。結局、私としては教養主義に行き着く、とは。異見とは(前回の)、このことで。職を失うとは、本質的に言えば餓鬼道ではないか、と思いつつ書いている。

 明治学院の戦後の、アメリカナイズされた教養教育(キリスト教教養教育)の結果である自分は、異見がある、と言うわけである。

 さらに要するに、餓鬼道とは別種の暇を持て余す、と言う意見には、納得できない。食う、セックスをする、働く、風呂に入るなどの人間行動は、餓鬼道ではない。生きていて、豊かで全部自動化されているから、餓鬼道とはおよそ無縁である。だから、それを止めるのは簡単である、私がスイッチを切れば解決する。要は、王侯貴族を気取り、手取り足取りの生活をするのであるか。深刻な餓鬼道ではなく、贅沢な王道ではないか。で、それは、今度は生産過剰問題である、という。働く場所をロボットに奪われる餓鬼道では、金ができない(職場を奪われる)、というからおかしい。つまりこの議論、二つの深刻性が同時に存在している。生産過剰という非餓鬼道と、職を失うと言う餓鬼道と、一体どうすれば良いか。

 金(かね)は政府がくれると言うから、それにも反対とは。で、ますます何もしなくなる、と言うことを言う精神的餓鬼道である、という。貰えばいいではないか。働いていない、年金需給経験(10年)からくる私などは、やることは山ほどある。そこらの街やゴミを掃除し、工学的に無理でない限り橋を直し。道を掃除し、家を掃除し修理し、床の間を飾り、絵を描き、お茶をたてて、音楽を作曲し(パソコンででも)、顔を洗い、風呂に入り、寝具を干し、近くのカフェーで本を読み。ネット画廊を経営する。と、1日は、あっという間に過ぎる。

 など、最後に一発言うと。「書きは、読みに如かず」と言うこと。要するに、如(し)かずとは、及ばない、と言う意味である。で、書くは読みに如かずなのであるが。なぜなら、読みは無数の相手(本)がある、書きはせいぜいが自己のテーマ、ないし限定的な条件に過ぎない。で、かくは大した作業ではない。から、書けばいいではないか。ブログが、発表の場所である。

 私の、戦後のアメリカ的明治学院キリスト教教養教育は、成れの涯てに、このことを認識せしめる。心配は、ない(イエスの言葉として)。要は、仕事がない、やることがないとは、無教養であるに他ならない。と、ずばりと、言っておく。無食の、餓鬼道ではない。今のロボット脅威論でいう餓鬼道とは、文字通り食の餓鬼ではない。それは精神の餓鬼道、を言っているのではないか。と、迷いながら今のところ、簡単には結論が出ない。

 食満ちているにも関わらず、今度は精神の餓鬼、となるから人間は厄介ということになる。なぜか。しかし人間は、厄介者ではない、神が最も愛する貴重な、あなただ。これが、行き着く教養の、涯にある。

 

 

      下の写真はネットから。可愛いお嬢さんが、なんやらロボットを背中に、つけている。

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