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2017.12.28

杉山勝己と聖書(199)平凡、非凡、超非凡、と消えたアメリカ

 

(画廊は右サイドから)

 このタイトルは昨夜、思いついた。自分の人生をうまく言い表せた、と満足している。

 平凡は、いうまでもない。非凡は死の時期を含む今の自分、超非凡は、死んでから行くあの世の人生世界、のことである。

 自分なりのオール人生縮図であるが、キリスト教徒の自分はあの世を信じているから、こうなる。「平凡」という日本名を、自らに与えた歴史上のアメリカ人は、ヘボン師である。ヘボンは明治学院を創立し、アメリカに去り、アメリカで死んだ。そこから天国に行き、超非凡の世界に入っている。今、どうなさっているのか、はもちろんわからないが。その、とき作り上げた信仰的な学校は、今も生きて、私のような「平凡な人間」を作ったのである。その平凡人が、いよいよ自らの非凡時代を迎え、超非凡にいたるのであるが、ありがたいことであると、感謝している。ヘボン師は日本で、つまるところ、平凡な信仰人を創ったのである。

 明治学院は、「飯が食えん大学」と言って、決して美味しい飯(めし)が食える学校ではない。今でも社会的にマイナーな、小さな学校であるが、それがアメリカでいうカレッジに相当する。決してユニバーシティ(総合大学)では、ない。だから、正確には、明治学院カレッジである。この言い方の方が、実態的でキャンバス的で、ロマンチックだ。明治学院は、その独特なロンマンチシズムをもつ、大学である。

 いよいよ、祖父ネットもヘボン先生を書く時期に、来たのであろう。次回から、書いてみようと、思っている。時に、先夕NHK世界ドキュメント「ロボットがもたらす仕事の未来」、をBS1チャンで偶然見た。で、アメリカを感じたのである。私の持つアメリカ体験(明治学院内の)は、戦後の強烈な占領体制気分がたっぷりと含まれた、キリスト教のそれである。が。

 昨日のその番組のアメリカ観に、それは、まったく微塵もなかった。日本がかつて、アメリカの支配下にあった歴史の一コマは、消えたのである。と言えると同時に。アメリカそのものが、当時のアメリカそのもが、実は、消えたのであると知った。

下の写真は、今更。であるが、一応。文章の流れを創るために、利用させていただいた。(ネットから)

 

 

    

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