«  杉山勝己と聖書(217)神は存在するか。から恩恵(奴隷意思)と自由意志論争を通して | トップページ | 杉山勝己と聖書(219)永井荷風と管野須賀子とトマスアクィナスを書く »

2018.01.09

杉山勝己と聖書(218)上記の様な問題は、結局「賀川豊彦」の検証になる、とは意外だった

 

 と言うのは、賀川と言う人を扱うのは実に厄介で、

 その活動範囲があまりにも広いことと、その活動の原点がキリスト教の、なにを持って、彼の思想の原点とするのか、といった。およそ、やっかいな問題を抱え込むからである。彼を有名にしたのは、労働運動であって、キリスト教自体で、有名になったわけではない。この人こそ、まさに、明治日本キリスト教の、片肺飛行の典型であり神学不勉強家の人、と呼んでも差し支えない。

 彼の盛名の中心は、「日本の労働運動」であり、それはどこか隅の方に、ヨーロッパの無神論が横たわっている。この世の、あるいは現世の救済を、彼の深い人間愛は目指した。要するにイエス運動の、労働運動版であり。バサーと言ってしまえば、非宗教的な激しい活動が本質である。が、それは、あくまでも一見してキリスト教的であり。ヨーロッパ社会の、その社会問題の解決法と思われた、マルクスレーニン主義に残滓したキリスト教的色彩、を持っていた。それが、ソビエトの時代の去った(ヨーロッパの思想の嵐)今の、氏の評価を著しく低下させる、主因となっている。

 今日、ソビエトがあっけなく崩壊し、明日の、労働運動の展望がひらけない中(中国にはできない)、もはや賀川運動は、再び復興する思想ではない。氏が亡くなったのは、1960年(昭和36年)で、私が明治学院大学に進んだそのときであるが。多分当時の肩書きに、明治学院大学教授があると記憶している。が、実際の葬儀は青山学院の礼拝堂で行われた。

 そう言う氏を、解釈することは至難の技で。あるが、氏が書いた「宇宙の目的」(毎日新聞社/1958年/昭和33年)を読むと、どう読んでも科学に傾斜しすぎている。その傾向は、明治学院に在学している時から、あの巨大な才人(学長武藤富男評)にはあった様だ。要するにヨーロッパ宗教改革の、ルターエラスム論争伝統とは、全く別な。そこから後で生まれた、唯物論的目的論で書かれている。この傾向が、全般にあった明治日本キリスト教が、ほとんど伝え得なかった本物の伝統神学が、激しい必要な、当時の労働運動(大逆事件、アナーキズム)の前に忘却され。それが主因になって、日本プロテスタントキリスト教の、今日の限界枠が定まったと、言えるであろう。

 と書いて、ヨーロッパキリスト教神学伝統である、人間の死の問題と神の問題に、戻ろうと思う。下の本の写真は、全く知らなかったが、ごく最近発刊されたもの。と知って、先ほどジュンク堂ホットネットで申し込んでおいた。数日中に届く、ことであろう。

 
 
       

Photo

 

 

 

 

 

|

«  杉山勝己と聖書(217)神は存在するか。から恩恵(奴隷意思)と自由意志論争を通して | トップページ | 杉山勝己と聖書(219)永井荷風と管野須賀子とトマスアクィナスを書く »