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2018.01.23

杉山勝己と聖書(236)道を失った世代の、思想者の自殺について

 

 大雪が降って、それも昼間の。その大雪は見事な景観だった。

 別に通勤するわけでもないので、その景観を楽しみ。一夜明けて、雪はすでに止み、溶け始めているのは、残念。

 あの、昨日の見事な雪は、人生最後の雪の眺めとなる、などと予想ができる年齢である。というように、人生には終わりがある。その終わりを、自殺で終わるとは、一体何を考えているのであろう。少しは老人らしく、腹を決めて。死を迎える人が大半で、世界中はそう言った人で満ち満ちている。で、宗教があるのである。

 西部さんの経歴を読むと、高校までは、全くの思想的無垢、と書いてあった。が、東大に一浪して入り、安保に出会ったようだ。私は、いきなり大学一年で安保、始めはよく分からなかった。が、思想的には無垢ではなかった自分(すでにキリスト教徒だった)も、だんだん参加するようになり、かなり「やった」と、記憶している。だが、ミッションスクール明治学院大学の、穏健宗教派であるから。社会が、ことさら取り上げるわけもなく、最後の安保調印式の時。それが、学院の近くであったらしく、学院の学生が、なんとなく寂しく、それに抗議してジグザクデモをして、と言った記事が妙に印象にある(記憶)。

 結局は、東大で左翼を張って全学連の責任者になり、思想的であると自分では思っていた西部氏は。その挙句右翼に転じて、ソビエトの崩壊を見、それみたことかと論客となり、世間もそれをもてはやし。て、今。トランプさんが、アメリカの真の伝統(本来の)を投げ打って、亜流である経済第一主義に走り始めて。初めて、右翼の醜さに気づいたとしても、もはや遅きに過ぎる。

 アメリカの伝統とは、禁欲的なプロテスタント者によって建国、創られたものである。いたって新しい国であるが、その伝統は、明確に宗教改革の影響を受けてキリスト教的である。なるほど、アメリカを実際問題として開拓した人たちは、原住民(インデアン/インドの人という誤解)を蹴散らして土地を確保したが、その根本は、ヨーロッパカトリックからの逃亡者である。が、それは荒くれ男達ではあるが、キリスト教的禁欲主義者の開拓者でもあったのも、事実である。

 だからこそ、それは亜流の、キリスト教とは矛盾した経済第一主義にならざるを得ず。好むと好まざるとにかかわらず、アメリカの伝統となった。それが、一層宗教改革の自由主義と結びつき、経済自由主義として、世界を席巻したのである。一方、いうまでもなく、そのころヨーロッパはもっと知的に成熟していて、無神論が近代化されて出発しており。経済もまた、人々の利益のために、大衆的博愛的にすべし、との理想共産主義に至る人も多く、混乱を深めていく。アメリカは、それを尻目に経済発展し、自由国家群の長となって、ロシア革命で生まれた理想国家の、思想的牙を知りつつ、その思想的混乱から生まれたヒトラー独裁主義に対抗し、西側として共に戦うという奇妙な図式なのである。だが、それも、たちまち馬脚を現し、いうまでもなく冷戦構造が表面化し。ヒトラー討伐後は、無神論国家共産ソビエトロシアと、宗教自由主義国家群との、戦争状態にまで至る思想と経済対立の時代になった。ころに、我々世代が登場する。

 が、この複雑極まりない、状況など、理解できる大学生は勉強中であり、それはわからないまま、安保闘争に参加していた。から、西部さんがいくら秀才であったとしても、それを明確にできる学問には至っていない時期、といえるであろう。と考えると、秀才である氏の、早過ぎた思想参加に同情する。が、それも、勉強で克服するしか、他に方法はないのである。

 少年老いやすく学成り難し、とは東大大学院を卒業したばかりの、我が高校の担任教師、伊藤虎丸氏(魯迅研究者/クリスチャン)の漢文授業にあった。ことであるが。

 
 
 
 
 

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