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2018.01.01

杉山勝己と聖書(205)一月一日で2018年で、平成は30年の新年は、有難き、かな

 

 初めに戌年のおめでたき日を寿ぎ、私の実写した写真で、賀ぎ。

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 その後で、人間界最高の言葉と魂を、トマス アクィナスから書くのは、すべて山本芳久さんの本を参考にしています。日本の縁起の良さとは別な、西欧的な縁起を、書いておきます。この一年も、皆様がよいお年であられるよう、心から神に祈りつつ。

 山本さんは、その本「理性と神秘/トマス アクィナス」(岩波新書/2017年12月20日発刊)で、宇宙とその諸原因の全秩序が霊魂に書き記される、とタイトルでトマスの言葉を紹介し、それをトマスの根本精神を第1章とし、その一でトマスの新しさを紹介し、その二で、上記の言葉を書き出す。

 解説的に書くと。トマスは「霊魂論」第3巻で、「魂はある意味においてすべてのものである」と言われる。なぜなら、魂はすべてのものを認識するような本性を持っているから、であるとまず前提する。このような仕方で、全宇宙の完全性が一つのもののうちに存在することができる。それゆえにそれは、それだからこそ、人間は魂の到達することのできる究極的な完全性である。で、宇宙とその諸原因の全秩序が霊魂に書き記される。わけである。

 すでに太古の哲人アリストテレスは、そこに人間の究極目的を措定(ある命題を肯定的に主張すること)している。ので、魂の到達することのできる究極的な完全性は、宇宙とその諸原因の全秩序が霊魂に書き記される、ことなのである。と。そこに、人間の究極目的がある。が、トマス アクィナスの哲学神学体系が最も凝縮されている部分。と、山本氏は解説している。と、祖父ネットも解説する。

 ここからは老人祖父ネットで言うと、私たちはこの広大な宇宙を認識し、その認識の度合いを一層深めるため、既に宇宙を冒険し始めている。その冒険が可能であるのは、一つの宇宙が(どれほど広大でも)、それがどこまでも秩序立っている、と言うことこそ。その冒険を可能にしている。それは、1秒の何兆分の一の狂いもない、存在。ということが、前提であるから。私たちの魂が認識可能、という可能性はその一として、成立する。私は一人であり、私の魂は一つであるが、それは神が唯一であるという長年のキリスト教または、ユダヤ教的イスラム教的信仰を支えた、唯一信仰の成果と言ってよいのであろう。一つという概念こそ、人間の今後の宇宙冒険の何らかの成功の鍵となる、であろう。

 過去の歴史(人類史)の中で、全地球の全航海を可能ならしめたのは、緯度と経度に過ぎない。この狂いのない実態を信じ、神が一つ、であること信じて、行われた全航海ではないか。私が一人、という認識の貴重な存在であるとする存在論と、それは同様のことである。と、新年に発言して縁起としよう。いいお年、であると、いいですね。ぜひ山本さんの本を、お読みください。

 
 
 
 
 

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