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2018.01.04

杉山勝己と聖書(208)昨日は、深川不動に、父の古いお札をお返しした

 

 深川不動に行った。

 父の持っていた古いお札を、返すためである。20年ほど持っていたろうか。最後に父が息をひきとる時、持っていたものだ。

 そのお札を返した。時に、20年の時は、凄まじい変化を見せる。帰りは、有楽町線月島まで歩き、素晴らしい海と超高層マンション群を楽しんだ。風の強い、充実した日になった。昔の商船大学(水産大学と合併し名称変更)に、帆船明治丸を見ると、長い日本人の苦労がしのばれる。また、子午線を観測する明治期の建物も、凛として道の脇から見えた。

 帰路、池袋の世界堂さんにより、いつもお世話になる方々に年賀し、帰った。不動尊の隣が、富岡八幡宮、事件を起こしたお宮だ。宗教をもっぱらとする、このブログに書きたいところだが、ことがことなので今は書けない。家に帰ると、ジュンク堂さんから予約している本が届いた、と電話が入った。トマスアクィナスの「神学大全」第1巻、である。多分そこに、トマスは。「神は存在するか」、という設問を掲げているはずだ。

 今年もきっと、いい一年となるだろう。諸兄、諸姉、皆様のご成功とご健康を祈る。

 
 
 
 
 

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