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2018.02.20

杉山勝己と聖書(277)なぜ、私は。若いときに、チャーチル戦争史(第二次世界大戦)を真面目に、読まなかったのか

 

 建築家前田健次郎を擁護し、現在の帝国ホテル本館の設計を高く評価する、こと

 を、書こうと思ったのは、マンスフィールド本や山本七平本を読みつつ、英文のチャーチル本を。

 買った帰りに、御茶ノ水の文化学院を少し覗いて見たくなった。のは、毎日新聞で先日「大石誠之助が新宮の名誉市民になった」という記事で、文化学院が終焉すると知ったからである。和歌山県新宮市で名誉を回復した「大石誠之助」は、文化学院の創設者西村伊作の叔父、である。建築家でもある西村は、私の明治学院への縁を作ってくれた人で、自分はその人の広い周縁にあった一人に過ぎないが、もはや、真に歴史の遠い人になってしまった。つまり、建築家前田健次郎と、こじつければ話が繋がるのである。

 この話は、要するに明治の大事件大逆事件(明治40年ごろ)の周縁にからむ話で。私が明治学院の十年間でも、それに関係していた人たちと深く交わったからに他ならない。これは、社会主義である、とか、明治キリスト教史であるとか、様々のものと絡むのは想像以上であるが。ともあれ、全てが消えたので、やはり文化学院も歴史の闇に消えたのか、と思ったのである。

 で、坂道を登って、やはりかつては華やかだった山の上ホテル(ヴォーリズの設計)の脇を通り、文化学院の前に出たのである。中に入って、見て、なんとなく文化学院の匂いがないので(学生がいるはず)、小さな窓にある守衛さんに聞いて見て、びっくりした。文化学院は二、三年前両国に引っ越して、今はここにありません、と。言うでは、ないか。

 本当にびっくりした。昔からよく知る学校で、新しく建て直したときに校庭はなくなりビルになった時も。ここを訪ね、そこにある文化学院の事務の人に、なんやらの。と書きながら、もはや書きたくない。し連想する関連施設、軽井沢のルバン(風)は、ではどうなったのかも、気になったが、終わったのであろう。

 などとも考えて、帰ってきた。ので、全ては、終わったのであると思い。いよいよ大逆事件も、本当の化石になったのだ、本なども処分しようと思っていた時の、チャーチル読みは、流石にスケールが大きく。まさにヒトラーユーゲント(親衛隊)を、無情に捨て去るヒトラーの(社会主義を切り捨てる)。その体制の非道が語られ、内部分裂が語られ、いよいよヒトラー体制が確立する過程は、大逆事件どころではない。ことは、それが第二次世界大戦という、人類がいままでに起こした事件の、最大事件の真の原因に到達する、チャーチルさんのその本は。自分にとっては、あまりにも新しい知見なので。チャーチルさんは、ヒトラーを狂人と表現するが、最もと思うのである。非道は、人類の非道であるが、言葉はない。

 チャーチルさんと言う記述者の、その本が。流石にノーベル賞の受賞作品である、と言う事実も踏まえると。それを読めることは、感謝この上もない。が同時に、なぜ自分がもっと、若いときにこれを読まなかった、読めなかったのであろうと、自己の不勉強を今更ながら、嘆いて。

 いる、冬のもうすぐ春になる、今日のまだ暗い空。は、しばらくすれば、明けるであろう五時34分。下は引っ越す前の文化学院、ネットから。

 

 

 

 

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