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2018.02.11

杉山勝己と聖書(264)世界の不幸は、救世主イエスが、ユダヤ人であると言う事実から逃れられないことからくる。

 

 世界の不幸は、救世主イエスが、ユダヤ人であると言う事実から逃れられないことからくる。

 という、言葉を思いついたのは、ウィストンスペンサーチャーチルの「The Second World War/第二次世界大戦」(河出文庫/全四巻2012年第7刷)を、読み始めたからである。

 チャーチルは、私の小学生の頃からの愛読書(小学生向けチャーチル物語)で、1941年太平洋戦争開戦時の生まれの者にとっては、読まざるを得ない書物なのである。氏は、一次戦からの閣僚で、二次戦では首相であり、その書物は85歳の完成、であるらしいからまさに偉人であろう。この本は当然のごとく、ノーベル文学賞を受賞している。世界の至宝とも言うべきもので、今更ながら読んで、本当に人類はバカであると言うことがわかる。

 そんな中で、バカついでに言うと。イエスはユダヤ人である、と言うのも、考えて見れば人類の不幸である、ということに気づく。ということを言えるのも、日本人のクリスチャンであるからであろう。本場のヨーロッパの人間にとって、イエスがユダヤ人であるというのは、一種の禁句であるが、日本人の私にとっては、むしろ史実なのである。

 要するに、狂人ヒトラー(チャーチルの表現)は、ユダヤ人を排撃したのであるが、それはヨーロッパ人の深層心理の発露ともいえるだろう。ヒトラーが嫌でイギリスに逃れた、フロイトは、モーセはエジプト人であると推定が成り立つ文章を残し、死んでいった。これなども、こういった意識の、彼らしい深層心理の自己分析と言えるだろう。やまとたけるのみこと、が日本人であるということを疑わない、日本人の幸せは地政学上の恩恵である。

 神を理性から捉える、トマスアクィナスの「神は存在するか」という問いの前提が、イエスに至るとしても。イエスが、ユダヤ人でもあるという史実からは逃れることができない。キリスト教が、ローマ皇帝に容認されるまでの苦労は、言葉にならないほど、記録されている。ユダヤ国家をローマ帝国に壊滅されたユダヤ人は、同胞イエスをして神の子に仕立て上げ、それを人類の救済者とすることによって、結局世界を席巻したのである。から、この壮大なドラマは、おいそれとは読み解けるものではない。

 世界の不幸は、救世主イエスが、ユダヤ人であると言う事実から逃れられないことからくる。というのも、いくら優れた哲学で神を捉えても、その示唆としてのイエスが、ユダヤ人であるという史実を無視できないことは。神の人間救済の意思は、いまいち現実的すぎて、非現実的である、ということも言いうるであろう。この人間の限界としての、神の哲学的な理性的獲得と、東洋的直感的救済獲得の法は、融合することはないとは思うのであるが。一人の人間の中に普遍的にある、それが同時存在する、ことは争えない事実である、ということぐらいはわかる老人になった、ということであろう。

 で、世界の大馬鹿戦争を書く、チャーチルさんの心の苦悩は、計り知れないということも、76歳の老人にはわかるのであるが。下は、wikipediaから。

Churchill

 
 
 
 
 
 
 

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