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2018.02.05

杉山勝己と聖書(257)ニーチェの予言と、キリスト教の神構造

 

 ニーチェが、錯乱状態に入るのは1889年(明治22年)らしい。

 で、1888年あたりが、「全ての価値の価値転換」、という膨大な問題に取り組んだ年のようだ。

 もし、現代で小型核兵器というものが、使用可能な状態にあり、一発でもそれが使用されたとしたら、核拡散防止条約という人類の悲願は見事に破壊するわけである。が、それは、1889年、ニーチェの錯乱と同時に確定された、キリスト教国の錯乱なのであろう。がさらに、今の時代。要するに、単純に、簡単に、高度兵器の情報はネットで知ることができる。

 どこまでが、本当であるのかは全くわからないが。宇宙兵器まで含めて、極端と思えるアニメ的兵器が。通常使用できるように研究されている現実は、戦慄以外には、ないのである。要するに、絶望的な科学の発達は、近代の智(知)の発達の到達点なのであり。その到達点こそ、智(知)でしかない虚偽の神信仰構造である、とニーチェは言いたかったのであろう。

 彼は、元気に快活に欲望に素直に、非道徳(対キリスト教的な)に、などの言葉を使ったのであるが。それはようするに、お利口さんに知的に信仰するキリスト教の、あまりにも不快な道徳主義が、結局は虚偽の神によって、成り立っていて。それをこのまま推し進めるならば、必ずや破壊が訪れると、言って錯乱したのであろう。もちろん彼の錯乱は、思想的な問題というより、梅毒という病気の結果であるというのが、定説となっているが。

 この梅毒説も、結局は天罰的なものを明確にするために強調された、捏造とは思えないが、強調点がそれに特化している、ような気がする。などと書きながら、2006年の山川歴史手帳を見ている。他愛のないことであるが、日本では1889年大日本帝国憲法が発布されている。1890年はビスマルクが引退し、要するに惜しまれて失われていくドイツ精神の危機という、発狂前のニーチェが心配した帝国の危機が始まっていく。

 ニーチェが他界したのは1900年。を、そのまま文庫から転載する。「8月25日死亡。ヨーロッパ文化とキリスト教への徹底した懐疑と批判を出発点とし、神の死を宣告するとともに、永遠回帰による生の肯定の最高形式を説いた。超人の理想を示し、未来の哲学を構想する19世紀の巨人思想家。その謎に満ちたニーチェの哲学は現代思想の発火点として、現在もなお根源的な問いを我々に投げかけている。」

 と、なる解説は意味深長である。そして、死亡から100年が経過。21世紀の今、予言は見事に的中するのである、が。

 
 
 
 
 
 
 

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