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2018.02.12

杉山勝己と聖書(265)本当の美に会った、瞬間の神のお恵みについて

 

 本当の美に出会った時に、

 誰にも言わないで、密かに。自分のものだけにして、楽しむだけ楽しみ。

 というのは、罪だろうか。それとも、他の人と共有するのでなければ、本当の楽しみは得られないだろうか。それとも美は、それぞれが、それぞれに感じ方も違う以上、自分のものとして、それだけでいいのだろうか。とか。要するに、絵描きなのだから、それを作品にする。要するに、モチーフである。絵描きにとって、モチーフは、宝で。それを探すのは、宝探しなのだ。

 で、自分の、その場所を昨日発見した。神が下さった場所で。詳しくは書けない、私の秘密の場所だ。などと、撮ってきた写真を丁寧に整理してパソコンに保存し、作品に殊勝にナンバーを丹念につけて。今日は、これでおしまい。ただ、1枚ぐらい読者にご披露したくなるな。コローの絵の場所と、ほぼ同じイメージなのであるが。今は冬であるが、そこまで来ている新緑を思うと心、踊る。   

 

 

 

 

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