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2018.02.03

杉山勝己と聖書(253)ニーチェを読む意味

 

 基本的にか、どうか、わからないが。

 ロシアとアメリカが、どうも対立する(核兵器保有数についての政治的駆け引きがある/TV)。

 そこに、ロシア正教とカトリックの対立の歴史をを見るのは、間違いであるか。ようするに、両者の接点(国家群)に今だ、紛争が生じるからである。で、ニーチェ的結論で言えば、神は存在しないのであるから、イスラムの過激派ISの論拠でもある神も、消滅することになる。という、何かと面倒な、現代の神問題が収束するとは、思えないが。興味のある、問題である。

 ニーチェには、近代社会で先験的にそのような役割があった、のではないか。などと、考えながら、読み進んで見たい。ニーチェの無神論は、共産主義国家群、思想家、支持大衆を生み出したが、いまや役割が終了したのであろう。が、一方、無神論という結論は、解決していない。有神論との対立も、当然存在する。が、これは、あくまでも哲学上の紙上問題であり。腕力では、決して解決できるものではない。下は、ネットから。ニーチェの肖像。

 

 

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