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2018.02.09

杉山勝己と聖書(261)どちらにしても、キリスト教の伝統を重ねたヨーロッパで、ニーチェという爆弾思想が出たのも、伝統あるがゆえであった。

 

 秦剛平さんという聖書学者を調べてみると、

 ほとんど個人的な経歴はネット上に出ない。写真があったので、その人かとも思うのであるが、

 なるほど学者らしく髭を生やし、著書などはおびただしい数であり、そのキリスト教的高さが圧倒してくる。が、氏は、一つ私より年下である。私は明治学院大学、氏は国際基督教大学である。その大学はICUともいい、私たち明治学院の高校の頃、そこへ行かないか式の声が、盛んに聞こえた。現に、教会の先輩でもあり高校の先輩が在学中で、ともかく活動的な人で、魅力に富んだ人であった。教会の青年会報を作り、書店にも並べるという人で、アメリカで行方不明になった。

 ICUという学校は、駐留軍が東京帝国大学を解体し、その代わりに作ろうと策した学校である。ミッションスクールは、この時概ねブルンナーの教科書を使い、ブルンナーをICUの学長に迎えたいとの意図があった。

 が、それはできなかった。とか、なんとか忘れ去られた戦後史であるが。そう言った文脈上の出来事として、秦氏をかんがえると、何かと面白いことに思い至る。 秦氏の本は、聖書学にとってかなりデリケートで、戦後盛んになった「聖書の史的理解」、という厄介な問題にメスを入れたようだ。要するに、知らず知らずニーチェなのである。我が国の、私から見てのキリスト教の非伝統は悲劇であるが、それはその徹底的な弾圧による。これには、二点の主要な観点がある。

 要するに、弾圧したために日本は欧米植民地主義から免れ、独立を維持できた、という性善説。先進思想たるキリスト教の排除が、日本の先進化を遅らせたのだ、という性悪説である。社会的結論は出ようがない。どちらにしても、キリスト教の伝統を重ねたヨーロッパで、ニーチェというただならない爆弾思想が出たのも、伝統あるがゆえであった。そこから欧米が混乱し、近代日本も巻き込まれる。その点、日本は思想的には、微温にすぎなかったはずであるが。なかなか、そうも行かなかったようだ。それが、明治学院の歴史に垣間見られる。

 
 
 
 
 

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