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2018.02.21

杉山勝己と聖書(278)やはり、ここに至るのであるか。レームとヒトラーと三島由紀夫のチャーチル

 

 と、書いたのは。

 チャーチル本が、レームというヒトラーに粛清された人に、至ったからである。

 第二次世界大戦の開始になる、ドイツの再軍備は、理想主義的な軍縮政策の破綻からくる。と言うことを、しっかりと認識してはいなかったが、チャーチルを読むと、それがそうなのであると、知る。

 もう少し、というか、もっとというか、もっと真面目に、というかもっと真剣にというか。一次戦(大日本帝国は戦勝国)の戦勝国が、押し付けた戦勝国の巨大で無情な賠償金と傲慢が、ドイツの密かな再軍備を促し、またそれを正視できずに見過ごしていた戦勝国の怠慢。これは有名な歴史構造であるが、今までは深くは知らなかった。

 が、チャーチルを読むと、ある日。ヒトラーは病気のレームを山小屋に見舞う(ウィゼーだと言う)。午前七時。ヒトラーは一人で武器を持たず、先輩であり年上の知識人の歴戦の勇士(WW1の)政治運動の恩師仲間であるレームと会った。こと、が、書かれているが、その内容は歴史の闇になっていて、何が話されたのか、まさに神のみぞ知る世界。の様子を見事に、チャーチルさんは書いている。が、その時同時に他所で、陰惨な粛清が進行する。そのページに書かれた、粛清者数は五千から七千と、書かれている。なんとも、言葉がない。これで、ヒトラーは歯止めを取り除き(目の上のたんこぶ)、世界に堂々と厚顔を晒す。のである。

 が、この事実は全く知らなかった。私はヒトラーという超有名人が言うまでもなく嫌いで、嫌悪していた戦後青年であったから。もちろん、三島由紀夫の戯曲「わが友ヒットラー」など、読んではいない(サド侯爵夫人には、興味があった)。から、その戯曲がレームを書いたものであるなどとは、一切知らなかった。のは、健康な精神を持って絵の勉強をしていた青年であったからであろう。

 が、もはや老人。チャーチルさんから知らされるレーム事件の事実は。歴史の曲がり角や、ヒトラーの出現を許す、人間政治の限界の限界を知って、限界とは言わないで、なんとか理想主義とばかりいわずに、よき方向を求めているであろう大衆を操作せずに。なんとか、人々が幸せに暮らせるように、するのが、政治ではないか、などと平凡に、今日はこれまでにしたい。朝の、5時56分。

 だがついでにもう一つ余計を書くと。チャーチルさんはこの本で、ノーベル文学賞。三島氏はこの本の表題で、ノーベル賞を逸した。と思う。下は、ネットからであるが、ナチスの裸体運動、なのか。

 
 
 
 
 
      

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