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2018.03.16

杉山勝己と聖書(316)9・30世界を震撼させた日/インドネシア政変の真相と波紋、という本(岩波現代全書/倉沢愛子著/2014年)

 

 を、昨日は盛んに読んで、疲れた。

 池袋のジュンク堂で買い、雑司ヶ谷に出る途中のベローチェで、少し読んで家に帰った。

 久しぶりの帰路の雑司ヶ谷は、いい昔の雰囲気を残している珍しい場所だ。若い人向きではないが、年寄り的で日本的だ。祖父の創業した会社の近く、今でも少々の株主でもあるから、寄れないこともないのであるが、今更。で、寺の脇道がまた好く。その辺りを抜けて音大を左に見。鬼子母神を抜けて雑司ヶ谷駅に出た。雑司ヶ谷墓地という、由緒ある場所は。都電の線路の向こう側であるから、という気は起こらず。そのまま、地下鉄に乗ったのは。

 本の内容が、あまりにも悲惨だったからだ。日本型の情緒、を味わえる内容ではない。墓地には、永井荷風の墓もあり、漱石も、ラフカディオハーンも、色々たくさんあるが、一切忘れて。暗い気持ちで電車に乗った。

 倉沢さんという人は、1946年生まれ。私の妻の年齢に近い。東大卒である。

 さすが、内容は学者の書く本で、見事に戦後のインドネシアを書いている。一番驚いたのは、殺された人は一説によれば300万、と言うから異常であることに違いはない。と、言うことは一番の悲惨であるが。その次に興味があったのは、スカルノ大統領がともあれ独立する時、の事情である。てっきり、日本が敗戦で整理され直ちに、すぐ問題もなく独立したのか、とばっかり思っていたが。

 それは、違っていた。

 旧宗主国のオランダが、手を出していたという、ことである。過去の利権の復活を、目指したのである。なんともアコギ、と思ったのであるが。それが、植民地政策である、とも現実を経験した老人になっているので、理解できた。だから、それを知るスカルノさんは、手を出される前に、素早く独立を宣言した、と言うことである。これは、知らなかった。さすが、植民地慣れしている人である。相手を信用していない。

 一方、大日本帝国のアジア共同体、すなはち大東亜共栄圏構想は、アジア戦争遂行の大目的であった、が。それは、西洋のアジア植民地主義を排除する、と言う大理想目的であった、とは知っていた。が、これほど強く、その排除思想である大東亜共栄圏構想が、自分の中で合理化されたことはなかった。

 いままで、一切インドネシア史など、知らなかったのである。し、中国を除くアジア史に本当の意味で、目を向けたことはない。ので、恥ずかしく思った。もちろん、日本の侵略も、理想と現実は乖離し悲惨なもので、東條英機ら軍人上層部で理想とした、大東亜共栄圏という合理化は、下部構造において、ほとんど機能しなかったことも現実である。と、認識することができた。

 のであるが、ともあれ、300万人を殺戮したと言う、戦後のインドネシアの対共産主義思想排除も、いろいろあったにしても。殺戮の実行者である主に下部組織の実行犯が、マルクスの資本論を読んでいた様子もなく。アジアの思想家毛沢東の「矛盾論、実践論」を読んでいたとは、とても思えない。という殺戮であった。とはっきり言えることである。のは、人間の悲しい現実であろう。

 ポルポト殺戮も、同じ構造であることは、今にしてわかることである。で、自分は学生の頃、薄い本であり現売もしている毛沢東は読んだが、資本論はかじったに過ぎない。し、もともと日本上部構造の人間ではない。し、それを目指した覚えも全くなく。単なる、だらしのないクリスチャンなのである。と、自分を知っているつもり、であるが。

 が、どの国であれ、上部の指導者は、そういった本を必ず読んでいるのだろうと、推定して。その日は寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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