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2018.03.18

杉山勝己と聖書(321)苦い日本民族経験としての、大東亜戦争も第二次世界大戦と呼ばれ、太平洋戦争と名称される複雑さを持っている。が、やはり終戦から70年も経てば、そこに生きた人たちはあらかた死んで。私のように、米合衆国への真珠湾攻撃の年に生まれたものが、人口構成要員の中に、少しは生き残り。やがて、10年もしないうちに、消滅していく構成要因なのであるが。

 

 で、人類史の中で、最も愚かで悲惨な大戦は、大(だい)大戦と呼んでも良いのにも関わらず、

 すでに、人間史の彼方に消えかかっている。

 いくら有名なオトボケ漫画家蛭子さんでも、テレビで見るあの顔には、やはり老人としての分別が見えすぎるようになった。と、見える。氏の漫画本を一冊も買って読んだことはないが、ただ。ネットでのぞいたエロチックな、拙劣漫画の、劣等表現は。戦後のあのとき、立派に通用する表現方法だったと思う。なぜなら、大悲惨を産んだ、壮大な大東亜共栄圏思想は、あまりにも高い思想だったからである。イデオロギーの立派さと、現実結果現象の無残とは、裏腹であるということが、よく表現されている。

 要するに、これが西洋哲学でいう、弁証法なのである。

 また、東大出の西部邁さんが、自殺に至る知性を持って、高等社会評論を成功させたとしても。とても人を生かす人間論に、達しなかったというべきで。と、考えても、おかしくないようような気がする。

 ここで、あくまで祖父ネットは、キリスト教的教養(明治学院大学的)で書かれるから、何を言っているのやらわからないと思うのであるが。それは、わかりやすい、美しいミロヴィーナスの、同時代に生まれた聖書を、原点として書かれているからで。

 それはただし、外国の地名人名歴史で溢れているから、そう簡単にわかるものではない。し、そこに人生の救いがある、式の宗教勧誘などに引っかかってはならない。ただし、ヴィーナスの美が現在でも明確であるのと同じく、聖書が語ったとされる、神の真実や愛も明確である。が、ニーチェをきっかにして、60年代に生まれた、その「神の死」の神学も、あるのだから。思想や哲学や、宗教を真剣に追求する人にとっては、食いがいのある、真面目な考察であることに違いはない。

 まだまだ、人類も無数の人生も、先のあることで。これからも人間論は、増し加わっていくに違いない。老兵は消えゆくのみであるが、ブログは、かくうるさく書けるので。いい時代では、ないか。と、技術社会を積極的に評価している。

 

 

 

 

 

 

 

 

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