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2018.04.30

杉山勝己と聖書(374)軽井沢日記(4)神保町岩波書店のブックセンター再開の喜びを書く。

 

 映画「マルクス・エンゲルス」を毎日新聞の広告で見て、

 我ながら、不思議の感に打たれた。瞬間だった。なぜなら、ここ祖父ネットで最近、書いていたからである。エンゲルス氏の書いた(1845年/弘化2年)「イギリスにおける労働者階級の状態」が、下地だ。

 この本は、レポートであって。イギリス産業革命の、あまりにも酷い労働搾取が書かれている。ので、それを書くエンゲルスが好きになっていたのである。かなり前だ。唯物論者にはなれない若い時代の私(キリスト教の受洗をしていた)は、その著者のヒューマニズムには感動していた。この2冊の本は、上下で。大切にしていたが、ある若い芸術家に読んでもらいたい、のであげてしまった。ただ、下巻だけ大切に、今も持っている。

 だから、差し上げてしまった上巻は、古書で(絶版している)買って。それが、驚いたことに、出版当時の装丁を模したものだったので、一層感動した。そこに、ドイツ文字で1845(私が生まれた1941年から、約100年前)と書かれている。それは、科学的社会主義の古典叢書で、新日本出版社から2000年に、出版されたものである。

 それが、映画、とはとはとほほ。早速、行くことにした。岩波ホールは久しぶり、私のような老人が多い。のは、やはり、賢し、老人は素晴らしい。映画は二時間強。最後のほうで、最近富に近くなった小便タイム(前立腺肥大症)、で退場し、戻ったら席は塞がっていた。ので、後ろに立って最後まで観た。エンゲルスの高尚な生活ぶりとヒューマニズム、は十分に書かれ、マルクスの好色ぶりも知っていたから、なるほど。よく描かれて、いる。と、思った。男は、皆好色で、なかなかやるね。と、ブックセンター(岩波書店)でコーヒーを飲み、池袋の世界堂により、家に帰った。

 帰り際、西武デパ七階(六かもしれないが)で、芸術家の友人が、文房堂で。自分の造ったノートを売っていると教えられ、日記用に買って帰った。高価なものであったが、いい作りで。我が最終の人生の記録、を書くには。誠にふさはしいな、と思う、年齢になったな、と思いながら。

 家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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