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2018.04.14

杉山勝己と聖書(359)鎖国の心理学、を被攘夷派であるクリスチャンが、書いた事例は皆無、ではないか

 

 日本のクリスチャンは、基本的に、被鎖国派である。要するに、侵入派である。

 鎖国される理由の脅威とは。相手の軍事力と、宗教であることは論を待たない。

 日本の鎖国史は、太古は中国である、と町田本から、知った。あの強大な国家、とはいっても、どの程度かは、情報による心理に過ぎない。次の本格的な鎖国時代の西洋は、心理ではない。ザヴィエルが厄介であるのは、乗り込んできたからである。明確なキリスト教宣教。で、それも、すでに毀損したキリスト教で(宗教改革されていた側)。

 それを、嫌な思い(キリシタンを散々ぶち殺す)をして、せっかく追い出したのに、幕末期、また黒船だ(これは宗教改革した側)。これも一層具体的で手強い。上陸する前に、ドーンと沿岸から一発、なのだ。そして、最新現代の米軍は、1945年である、占領、日本無条件降伏。これも、ある人に言わせると、攘夷に敗れた(敗戦)という。

 敗戦を、攘夷ができず申し訳ないと言ったのは、「攘夷の幕末史」を書いた、町田明広さんの、祖父。それを、町田さんは「あとがき」に、書いた。氏は、1962年生まれ、私が明治学院で安保闘争に疲れ果てている頃。最近自殺し、今は刑事事件になっている、西部邁が東大4年生か。そろそろ、まともに勉強しなければならない時。そのころに、町田さんは生まれ、町田さんの祖父が彼に言った言葉が印象的だ。

 「日本人は、中国人や朝鮮人に本当にひどいことをした。もうこれ以上は話さない。」と、繰り返す。町田氏はそれに対し、「本当に勝てるとおもっていたのか」と孫の町田さんは言う。で、「薄々はどうかなと、思わないこともなかったが、神州(当時は日本のこと)が最後に勝つであろうと信じていた。それにしても、陛下(昭和天皇)のために攘夷がかなわなかったことが残念である」で、これで、戦後のキリスト教が一時期、大きく復活する。これが、本当の宗教の自由である、が(明治憲法が終わり、新憲法が創られ、世界基準だと言われる)。

 この町田さんの祖父が言ったと言う、「攘夷」と言う言葉が、クリスチャンである私の頭に突き刺さった。へー、あの時もそうか、攘夷だったのか、と思ったのである。初めて聞く、現代のデリカシー、と、日本史の面白さは、抜群である。下は、町田本、ジュンク堂検索から。

 

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