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2018.05.09

杉山勝己と聖書(379)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(7)

 

 旧小笠原邸を見学に、行った時、

 東新宿駅で乗り換えた。

 変な話なのであるが、その駅、いつも通り越していた駅である。建築設計業界で年金を積み立てたにしては、この手のことに疎いのは、よろしくない。と言うことを、書いて見たい。

 いつもその駅は通り越していた、というのは、本当で。その下を営団地下鉄副都心線が通っている、からである。横浜元町(ヘボン邸記念碑、明治学院が立てた)まで、一気に通じた時から。自分の最寄り駅と、して。要するに、しょっちゅう副都心線を利用しているし、工事中からよく知ってもいるから、変な話であると、我ながら思っている。

 おかしいなと思ったのは、後の今であるが。本当に笑ってしまう。営団東新宿から都営地下に乗り換え、次の駅まで行き。そこで降りて(聞きなれない駅名で、思い出せないので書かない)、小笠原邸に行った。のである、が今回はそのことは書かない。帰りは、東新宿まで歩いた。そして、初めて見るその駅の様、要するにビルと広場を、なんとなく空気として感じた。

 その日は通っただけであるが、なにか底知れない印象があったので。翌日も、出かけた。ともかく、魅力的な場所で、あるとわかった。じっくりと見学し、スクエアーエニックスで、コーヒーを飲み、帰宅した。  

 

  それで、昔読んだ「広場の造形」(鹿島出版会/1983年初版/2005年第5刷)を、本棚に見つけ、久しぶりに少し読んだ。以下、その内容を見出しだけ列記するのは、東新宿のその広場が、その本を実現した、日本における最高の傑作である、と言いたかったからである。その日、家に帰ってウィキペディアで調べると、そここそ昔。日本テレビの、ゴルフ練習場であったと思い出した。

 明治通りは、営業から会社に帰る時、しょっちゅう、バスの中から見ていた、あの風景と同じ場所だと、その時は全く気づかなかった。日本の「広場の造形」も、こんな高質のものになったのかと、感慨が湧いた。では、以下、見出しをご紹介する。

 「広場の造形」カミロ・ジッテ著、大石敏雄訳 鹿島出版会SDシリーズ

 第1章、以下12章まで羅列したい。建物とモニュメントと広場の関係。広場の中央を自由にしておくこと。閉ざされた空間としての広場。広場の大きさと形。古い広場の不規則な形。広場群。北ヨーロッパ諸国の広場構成。現代の都市設計におけるモチーフの貧困と無味乾燥。現代の方式。現代の都市計画における芸術の限界。現代の方式の改良。芸術的基準に従った都市計画の例。

 である。以上の事柄の、すべてが、そこにあった。と、知った喜びは、老人の心をそこに、いこわしめる。そこが、私の今後の、コーヒータイムの憩いの広場となると、予感する。で第一回目が、ARTNIA SQUARE ENIX 。そこで、コーヒーを飲んで帰った。言うまでもなく、ENIX はゲーム会社である。そのビルに本社がある。とは、全く知らなかった。第一に、ドラゴンゲームなど、やったことは、ない。が、若者が、列をなして買いに行く姿は池袋ビックカメラで、見て知ったいた。ビックカメラは、池袋の出身。それを見ていた私は、池袋が事務所だった。

 人生に、満足感があるとは、ありがたいこと、この上は、ないと、書いておこう。  

 

 

 

 下は、旧小笠原邸(ネットから)で駅は、都営地下鉄線若松河田駅です。小笠原邸は、東京駅の設計者辰野金吾と同級生の、東京帝大造家科一期生(現在の東京大学建築学科)卒業の人が、昭和2年スペインデザインを基調にして設計監理したもの。年中無休で、コーヒーも飲め、結婚式がない限りスペイン庭園も楽しめます。お金に恵まれた方は、ディナーやランチも準備されています。どうぞ、、、、、。

 

 

 

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