« 杉山勝己と聖書(375)軽井沢日記(5)アポロ13、と言う映画は。私が結婚した時期の、時間的同時的出来事だった、とは | トップページ | 杉山勝己と聖書(377)軽井沢日記(7)アウグスティヌスの二元論は、すでに西暦500年ほどが経過した時 »

2018.05.01

杉山勝己と聖書(376)軽井沢日記(6)高島野十郎、と言う画家は知られていない。言うまでもないが、知られることが、目的でもないが。

  

 軽井沢旅行では。

 佐久市立近代美術館に、「三上 浩」を観に行った。

 言うまでもなく、三上 浩も知られていない。知られていない、ということを嘆いているのではない。知られないことこそ、価値だと、言っても誰も信じないだろう。価値を求めて、世間は騒ぐのが名画なのだ。が、それが、どうでも良いこと、ではないことは言うまでもない。

 知られていないと言っても、ここで書く以上。知られているのである。その範囲はごく小規模、であるにすぎない。個人が、数人の知り合いと一緒に、生きている現実と変わるものではない。我々もごく少数に知られて、生きている毎日。で、自分を知っていてくれる人は、言うまでもなく貴重な人である。

 三上氏は、私の、夜学画学校、の教師。その葬式には、かなりの人が来た。示現会の理事長、でなくなったからである。が、そんなことは今更関係がない、全ては、過ぎ去る。

 三上 浩の絵画が、佐久市立近代美術館にある、と言うことは。かなり前から知っていた。説明は面倒なので省くが、四点ある。皆大作である。ネットで判明する。今度の軽井沢旅行で、観に行くか行かないか迷った。挙句、美術館に電話を入れた。話してくれたのは、土屋 信さんと言う、係りの人。私の話は、きっとややこしいことに感じると思って電話している。特別に観る方法は、ないか、と思ったのである。

 三上氏の絵が、展示されると言うことは期待されない。膨大な収蔵品の中には、世間でよく知られた画家も多い。そのなかで、だから無理だと、わかっていた。いや、理解できるほど、私も絵画に関わってきた。ので、率直にこのことを話した。

 ところが、方法が、ある、という。ただし、一点、5000円。少しムッとした。

 だが、土屋さんにお話を伺っていると、その意味が少しづつわかってきた。で、お願いした。言うまでもなく、書類がいる。その書類を揃えた上で、行ったのである。結果を言うと、馬鹿でかい部屋でたった一人、で。壁にかかった三上 浩先生の絵を観た。もちろん、土屋さんは監視員として立ち会っている。が、この方法、要するに模写を想定したもので、5000円は安すぎるぐらいの値段だと、本当にわかったのは、やはり現場で、実見した時だ。

 人に話しても、決して理解されない。130号の大作が、たった一点。傲然と壁にかかっていた。彼の絵は、九州男児らしく豪快。若き溌剌とした先生が、一瞬に蘇った。これ以上は、書くこともない。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

|

« 杉山勝己と聖書(375)軽井沢日記(5)アポロ13、と言う映画は。私が結婚した時期の、時間的同時的出来事だった、とは | トップページ | 杉山勝己と聖書(377)軽井沢日記(7)アウグスティヌスの二元論は、すでに西暦500年ほどが経過した時 »