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2018.05.29

杉山勝己と聖書(412)聖書はいかにして、信じられるのか(12)神学の存在を知らなかった明治キリスト教の、悲劇

 

 神学の歴史は、2000年近くと、長い。

 もしそれを、聖書のパウロに求めるのなら、それも良いであろう。

 しかし肝心のイエスは、神学を語ったのではない。信仰を語ったのである。それも、ユダヤ人として。長い伝統のあるユダヤ民族の一青年として、思うところを言ったに過ぎない。それが、伝統的なユダヤ人の、宗教支配層の琴線を刺激した。ので、ある。つまり、当時最先端型破りの、若者(当時の年齢30歳ぐらいは、壮年期かも知れない)であった。なぜなら、彼を評して、祭司たちは次のように言う。「あれは、なんだ。たかが、大工の息子ではないか」。と。要するに、学歴がないのである。     

 

 だが、聖書はその故か、イエスの血の王統をわざわざ書く。これも、多分挿入である。内村もそれを、解釈する。天才の非神学的解釈は、日本人を唸らせる。   

 

 たかがイエスを、聖書の箇所から英語で書いてみよう。Isn't he the carpenter's son であるが。マタイ伝(マタイによる福音書)13章55節。で、。これ以上ではない。これ以下でもない。で、この人が、神の子になって行く。まさに神学の起点、すべての疑問の初めでもある。これで、もめる。のであるが、これは聖書にすでに予想されている。イエスの言葉、「争いの言葉」を、書いておこう。

 「わたしは、この世に、平和をもたらすために来たのではない。それぞれを争わすために、来た。」(記憶で書いている)とさらに聖書には、書かれている。多分、これが、本当のイエスの言葉、ではなく。聖書編纂者(原本はない)の挿入であろうとは、予想できる。が、証拠など、ない。うまくでき過ぎている。まるで、年季の入ったイギリスTVドラマを観るが、ごとし。もっとも、英国は、キリスト教の影響下に、ローマ帝国時代から、ある。年季が入っている。

 こう言ったイエスの言辞は、いかにも若者らしく革命的である。で、死刑にされる。イエスの死刑は、当時あの辺りの支配者、ローマ帝国の手で行われた。訴えたのは、説明したように同胞である。

 と、いったことから、明治時代。要するに、日本がキリシタンという、キリスト教を新井白石が調書(西洋紀聞/東洋文庫/オンデマンド)したとき以来、久しぶりに遭遇したキリスト教であるが。その時から、さらに。一層高い神学が出来ていたキリスト教、であるとは。全く知らないまま、キリスト教を信じたのが、明治人である。である。とは、悲劇というか、喜劇というか。よくわからない。が。

 で、日本ではいまだに、正確にキリスト教を受容した、とは言い難いものがある、のではないか。内村も、その一人に過ぎない。が、内村はその天才性のゆえに非常に、高い、異常に純粋な信仰となる。それが、今にも通じる。要するに、明治キリスト教の代表者である。

 5月27日、毎日新聞11面。村上陽一郎さんが評を書いている。新保祐司さんの書いた、「明治の光・内村鑑三」(藤原書店)には、錯綜する明治キリスト教と、真剣に対峙する日本人の姿、が書かれている。読みたいと思うのは、私ばかりではないと、思う。  

 

 下はジュンク堂検索から  

 

 

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