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2018.05.12

杉山勝己と聖書(382)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(10)が、確定する日

 

 という、表題が、かくも正確であったとは、

 驚きである。

 自分が、別に特に意識したわけではない。のに、こと、ここに至った。のは、読書の流れからであろう。小川が、大河になるが如く達したのであるが。日本人のブロガークリスチャンだから、できたのであろう。欧米では、このことは禁句、のようである。

 秦 剛平と言う人、学者である。

 氏の訳本でエウセビオスが書いた、「コンスタンティヌスの生涯」。すでに祖父ネットで書いている。が、ともあれ、今日はそれを読んでいた。細かく挑戦していると、深刻度が増す。例えば、本の帯にある紹介文。「キリスト教を公認し、大胆な改革を敢行したローマ皇帝の全生涯を記す教会史。本邦初訳。」は、内容を知れば知るほど深刻である。日本人には関係がないが。

 この本は、西洋古典叢書第3期第5回配本で、出したのは京都大学学芸出版会。2004年。

 で、読んだのは最近。秦さんを、多少は知っていたが、改めて氏の経歴の詳細を見て、びっくりした。出版時、氏は、多摩美術大学の教授。高い人文学者が務める学校ではない。ジャンルが違っている、ではないか。それに、氏は私と一つ違い、親近感は湧く。1942年生まれなのだ。

 が、ここまでは平凡な事実。が、コンスタンティヌスの生涯、を読んで、特に。と、秦さんの解説を先読みした。本の最後にある。そこを、読み始めた。前半2、30ページを、読んだ後。それまでの印象は、コンスタンティヌス帝を持ち上げるばかりの、要するによいしょ書きである。呆れていた。俗に言う、面白くない。

 よくある手であるが。と思いながら、秦さんの解説に飛んで見た。で、キリスト教を、ローマ大帝国の国教にしたのは、間違いなくコンスタンティン帝、なのだとわかる。これは、歴史的事実で。で、よいしょは、まずいよと思って、エウセビオスを読んでいたのである。そのことを、秦さんも、解説に書く。を、読んで、ほんとうにびっくりした。がっかり、ショック。つまり、キリスト教に失望した、のは自分の予想が当たってしまったからである。

 気を取り直して少し読み込むと。この書きものは、今から100年ほど前まで。なんと、欧米出版会でまともに取り上げなかった、らしい。とは、卑怯ではないか。と、思ったのである。わかる気もするが、事態はかなり深刻だ。と、思う。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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