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2018.05.15

杉山勝己と聖書(388)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(16)という意識は、ヨーロッパ旅行へ飛ぶ

 

 今では、国会図書館にある本であるが、

 「欧州ポンコツ青春旅行」という本がある。

 この本は私の提案で、書いた人が納本した本である。検索で出ると、実に嬉しい。旅行者は五人、2012年あたりの旅行、出版は2013年。出版当時、池袋のジュンク堂にも置いてもらった。密かに買いに行って、かなり桜を、やった。

 私は、その中の一人しか知らないが、その人が明治学院高校の時の、同級生。なぜか、今も付き合っている。その上当人。明治学院の教育方針を裏切り、文系の人間にならず、さっさと理系の大学に行ってしまった。しかし、感心なことに、その後(いつ頃か知らないが)。社会に出て洗礼を受け、呆れたことに今も教会に通っている、という。キリスト教に熱心だった私は、それで同級生の中でも有名であったが、ついに50歳ぐらいで無教会になってしまった。だから、いまは、こんなくどいブロガーになって、表題のような、非常識な課題に至った、ということは、われながら、呆れる。

 そんな彼が、旅行者で。その旅行記を、「ポンコツ」としたのはなんとも気に入らない。当人たちの、当時の偽らざる意識なのであろう。今五年ほど経ってみると、どこがポンコツであるものか、と思う。当時は立派な人生の現役で、今こそ文字通り「ポンコツ化」している。その証拠に、五人のうち、お一人はすでに冥界に旅立ったそうだ。元気よく、実に長い旅行行程をこなしているのである。ポンコツ、ではない。

 地図を改めてみていると、パリから出発し、そこに戻るのであるが。キャンピングカーを自分たちで運転し、自炊、カー宿泊で。なんと、フランス、スイス、イタリー、オーストリア、ドイツ、と回って、小国ながら国の、リヒテンシュタインまで数えると、6カ国、になる異常旅行である。バカか、と言いたいが、確かに実行したのである。

 先ほど、この本を本棚で見つけ。あまりにもいい写真と製本なので、思わず友人に電話を入れた。そこには、本物のヨーロッパ(教会)が写っているが。その意味など、全く理解していない日本人のノーテンキぶりに、思わず腹が立った。これで、日本のキリスト教は外形化し、単なるデザインに過ぎない今になった、と思ったときに、これを書き始めた。

 いささか、自分で、この本をベースに。及ばず、ながら何か書いてみよう、と思ったのである。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

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