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2018.05.01

杉山勝己と聖書(375)軽井沢日記(5)アポロ13、と言う映画は。私が結婚した時期の、時間的同時的出来事だった、とは

 

 アポロ計画は6回だったとか、

 月にそんなにも人類は行ったのであると、は知らなかった。

 映画はTV。なんとなく観たが、面白かった。あの事件が自分の結婚という事件と、同じ時期だったとは、特に認識したことはない。千葉県北小金のアパートの、二階の、木造全戸四所帯の一室。鉄骨外階段、で典型的な田舎アパート。そこから、風呂に通った。新婚生活の清新な風は、私の健康的な結婚(見合い)の、明確な出発だった。京都と出雲に旅行して帰り、今から思うと素晴らしい女性と、よく結婚ができたものだと思う。

 自分のアポロも、いささか故障気味であったが、その話はしない。若い時は、完全な若さと、大いなる未経験が、人生を面白くする。近くには、小さな薬局があって、それが、今はなんと「マツモトキヨシ」だから、人生とは面白いものである。

 近辺は田園地帯。そのアパートの近くで、人知れず画業をしていたのが、知られざる画家「高島野十郎」である。「野十郎」と表現される彼は、私と同じ示現会に、一度出品したことがあるひとだ。彼のことを書いた多田茂治氏は、本で。人はなぜ描くの、か。と書く。学歴(東大)を捨て、世におもねらず、一生独身。清貧無欲に徹し、廃屋でひたすら絵を描いていた。その廃屋が、私の新婚アパートのほんの近く。

 とは、知らず。私の新妻は不安な日々を、私と楽しく生きていた。と言うわけである。くどく言ってしまえば、野十郎さんのアトリエは、私のアパートのすぐ近く、とは全く知らなかったのである。本の題名は「野十郎の炎」(多田茂治著/2008年三版/弦書房)。故障したアポロの帰還は、見事。科学は、そこまで行きつき、芸術はさらなる高みに登って、いた野十郎さんの時期と私の新婚時と、アポロ13は同時期。

 その結婚の仲人は。軽井沢千ヶ滝に隠棲していた、大逆事件の関係者だった、とも知らなかった。時期、である。     

 

 

 下は、ネットにある野十郎の自画像。  

 

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