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2018.05.18

杉山勝己と聖書(392)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(20)十万人を越える祖父ネットに、意味はあるか

 

 と書くのは、数字に興味のない自分にしては、

 出来過ぎという感じである。

 というのも、数字には意味がないからである。意味づけるのは、人間の所作に、すぎないが。これを無視すると、虚しくなり。重視すると、馬鹿げている。が、要するに常識程度に、いささか数字を横目で見ながら(記念に読みやすくした)、気にするのが人間の道であろう。給料明細証と、同じだ。そんな中、昨日は珍しく銀座に行った。教文館に、本を買いに行ったのである。目的とする本が、あるかないか。を、まず電話で確かめると、内心に過ぎないが、少々トラブルになった。

 要するに、あの館は、各階の(7階までか)電話番号が違っている。それまでもネットで、開店時間10時の確認をするなどという、トラブルに時間をかけていたので。これも今までと違い、ネット検索上のルートの、画面の違いがある。で、調べたのちに、たまにかけると、前にメモしてあった番号が、違う階に通じていて、いきなりちんぷんかんぷんになる。それで、ムットッするのである。事情は知らない。その上、電話の応対が、「昔」と違って、甚だ悪くなっている。が、これは今、どこにでもある、よくある、最近のスマホ現象である。ただ、池袋の世界堂には、これが一切ない。これが、私が世界堂を好きになる主な理由で、いろいろあるが、いつも気持ちが良い。教文館は、その反対である。

 たかが、あることがわかっている売れもしない本の、店頭在庫の確認に手間取る。やはりあって、午後買いに出かけた。本を買う前に伊東屋により、彫刻刀の実物を確認し、これなら帰りに世界堂により、買うことにして、銀行で本代を下ろして、教文館に行った。

 レジで、明らかに、私が電話でお願いした本を持って、清算しようとした時。ふと見たお嬢さんは、とても、電話でとらぶった、方に違いない方だ。と、若い清新なおじょうさんではないかと思いつつ、を横目で見ながら。電話では、とても、そう思えなかった。ので、恐縮したが、それはそのまま黙って帰った。ようするに、現代のコミニケーッションの機械的なあり方は、とても人間的な高さを、表し得ない。が、世界堂方式なら、それを実現できると思ったが、それは。そうたやすくできる技ではない。ジュンク堂などの、電話の受け方も、最近は最悪で。世界堂にとても及ばないが、池袋に出て、世界堂により、彫刻刀を5本買って家に帰った。

 本は、私のよく知る岡部一興氏の書いた、「山本ひでてるとその時代/伝道者から教会史家へ」である。「ひでてる」と漢字を書かず、ひらがなにしたのは、ワープロでは出ないからである。ウィキペディアなら出るので、そこで出して漢字コピーをとり、それで表示すると、次のようになる。面倒であるが、やってみよう。ちょっと、待ってね。それも、「山本ひでてる」とやらないと、出ない。で、出したので、コピーして置く。少し改変する。

 山本 秀煌(やまもと ひでてる、18571216日(安政41030日) - 1943年(昭和18年)1121日)は、キリスト教明治初期の教会人で、牧師、でもある。明治学院教授と、要するに、この人のことを書いた本を買いに、銀座まで行ったのである。三冊目。

 買って世界堂によって、帰った。今日はここまで、これ以上は、面倒なので、書かない。この文章を推敲もしなければ、ならないし、祖父ネットに貼らねばならないから。これ以上は、目が続かない。今朝の数字は、なんと99569だ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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