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2018.05.05

杉山勝己と聖書(374)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(2)

 

 こんなことを書いているとき、ご存知ノーベル賞でセクハラである。

 だいたい、にして。男から性的攻撃性を抜き去ると、男ではなくなる、と自分の人生経験から明確である。

 老人になると、それはほとんど消滅してしまうから、と言うことは、古今東西南西でおんなじ真実のこと、である。ノーベル賞に文学賞があるのが、間違いで。文学とは、その男の悩みをまたは抑圧を書いて、こそ、文学であるが。そんなものを、科学的報奨の代表がやること自体が、間違っている。長い間の伝統で、継続されるだろうが、文学が概ね、男の性の制御にかかっていると言うことは、世界の歴史が証明している。

 ので、あまり気にしないほうがいい。ノーベル賞などは、もう古いのである。と言う危惧は、このところなぜかズーート感じていた。が、日本でももはや、文化勲章が、それほどでないと言うことも、最近の傾向である。のは、言うまでもない。

 ようは、人間のあるところ性ありでありで、最近のネット上の性の開示を観ていればわかることではないか。と、文句を並べて、今日はやめたい。結局のところ、ローマ大帝国が滅びた原因も、それにあったとするのは、定説である。このような文章や内容は、今までは決して本にならない。が、今では、ブロガーが、こんな際どいことも書けるのは、ノーベル賞お得意の科学の発達の。お陰であるが。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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