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2018.05.10

杉山勝己と聖書(380)ローマ帝国の国教になったことが、キリスト教の失敗である(8)

 

 ややこしいことを書くと(表題のこと)、

 マー、気になるが止むを得ない。

 今日も、広場に行く(予定)。そこで、コーヒーを飲みながら本を読む予定だ。広場というのは、日本にはない。それは、ヨーロッパのものである。日本の広場で有名なものは、皇居前広場。早速そこで、戦後「血のメーデー」が、実行された。要するに、メーデー側が、暴力沙汰に及んだ。子供ごごろに覚えているが、それは長い裁判になった。ようだ。テーマは、「コメよこせ」。

 そこは。戦後かも知れないが、砂利引きになった。砂利だと足元が悪く、人民の集会は、不活発になる。もちろん、デモも禁止されたのであろう。だがしかし、ヨーロッパは先輩で。要するに、ヨーロッパの革命は広場から起こった。ヨーロッパの大衆は、広場で議論をする。それがあるからで、それ、とは広場だ。日本には従来ないもので。だから、日本に、革命は、ない。

 日本に、これと言った革命がないのは、広場がないからである。だれも、そこに行って、雑談するわけでもないのは、広場がないからである。革命は、雑談から始まる。その起点が、広場だ。

 それが、広場の芸術も生む。もともと、ヨーロッパの街は、教会(協会ではない)を中心に、都市ができた。シンボライズされたものが中心となって(教会)、四方に伸びて街となり、それを囲って町となり国となって行く。のである。頂点の、あるいは中心点は、空高く伸びる。のが、教会の塔、である。日本で言えば、寺と、商店街、と言ったところ。寺を中心に据えて、一方へまっすぐ伸びて行く。広場ではない。だから、日本には革命がない。と、言ったのは、今は誰も言わないハーバートノーマンさんだ。自殺した人だ。カナダの人で、学者でもある。岩波文庫があるし、ウィキペイディアにも書いてあるだろう。

 何にしろ、今日は東新宿広場で、「コーヒー」で読書。君も来ると、ひょっとしたら僕に会えるかも知れないよ。広場とは、そう言ったところだ。いい広場だ。ただ僕は見知らぬ人と、雑談は、しない。日本人の高い、文化である。だから、日本には、革命がない。     

 

 

 下は、ネットから。写真は、広場の中心的建物。再開発前は、日本テレビのゴルフ練習場だった。

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