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2018.06.03

杉山勝己と聖書(425)聖書はいかにして、信じられるのか(25)さすが、八木誠一さんは、私ども日本人クリスチャンの、良き先輩である。ローマ帝国の国教になったことは、キリスト教の失敗であり、また成功であると、矛盾することを書く祖父ネットも。それは世界史上の、難題である。と、いう意識には、相違がないのではないか

 

 最新のウィキペディアで、八木さんを読むと、面白い記述がある。

 まず要点を整理して、ウィキペディアで書いてみると。八木誠一1932年2月15日生まれ。

 日本の神学者、東京工業大学名誉教授。神奈川県横浜市生まれ。実家は無教会系のクリスチャンホーム。1955年東京大学教養学部ドイツ科卒、1962年同大学院西洋古典学専攻博士課程単位取得満期退学。ゲッティンゲン大学留学。1967年「新約思想の成立」で九州大学文学博士。

1960年関東学院大学専任講師、1964年助教授、東京工業大学助教授、1975年教授、1988年桐蔭横浜大学教授、2000年客員教授、2000~2002年ハンブルク大学客員教授。ベルン大学客員教授、名誉神学博士。日本基督教学会理事長、東西宗教交流学会会長。

関東学院大学において、新約聖書への批判的言辞は研究にとどめ、授業では教授しないことを求められ。学問の自由の立場から、同大を辞任。研究分野は、新約聖書学から出発し、仏教との対話を媒介とし。キリスト教と仏教の交点に立って、宗教の本質を探った。

滝沢克己との論争し、久松真一を含めた禅仏教を批判。当初キリスト教への傾倒が強く、1980年代一時は仏教に極めて近い立場をとる。その後、超越者の存在を強く打ち出しキリスト教路線へ戻った。

 と、書かれている、から面白い人物で祖父ネットは共感できる。まして、関東学院を辞したところなど、サムライである。清水書院の「イエス」伝には、たしかに、以上のような傾向が顕著であるが、私はいささかの違和を感じつつも、本は大切にしている。日本の、キリスト教は歴史が至って浅く、その苦労は計り知れない。が。クリスチャンはみな、同労者にならざるをえないほど、仲間はどんどん減少している。日本人が平凡を嫌うからであろう。私からすれば、お気をつけ、めされ、と言いたい。一種の予言であるが。    

 

 

 

 

 

 

 

 

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