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2018.06.01

杉山勝己と聖書(419)聖書はいかにして、信じられるのか(19)で、ローマ帝国の国教、という面倒なキリスト教のミスを、歴史から

 

 全て紀元後(西洋では、ADとする)、で表示するが

 これだけは、祖父ネットを読む以上、知っていて、ください。この深刻な論旨の要点です。

 で、

 313年(AD)キリスト教はローマ帝国に公認される(それまで、散々殺されたキリスト教徒も多い)、発生して300年経過

 392年(AD)そして、いよいよ国教になる(これをキリスト教的に問題視するのが、祖父ネット)

 395年(AD)その挙句、とうとう大ローマ帝国は、東西に分裂する

 413年(AD)アウグスティヌスが、西洋初めの歴史哲学書「神の国」を書き始める。完成は426年で、アウグスティヌスは73歳

 このプロセスが、実はキリスト教を良くも悪くも、世界的な宗教とする。

 要するに、崩壊して行く大ローマ帝国は、キリスト教のせいである、キリスト教を国教にしたからである、との批判が顕著になり。アウグスティヌスが護教論文を残した、ということである。であるから、ここに、当時の事情がある程度、推定できる。で、国教化したのが帝国の皇帝コンスタンティヌス、ということで、その伝記を参考にする、というわけである。ついでに言ってしまえば、それから約千年後の、ルターによるご存知宗教改革は。その国教化からキリスト教を脱出させよと、試みられたもの、なのである。が、ご存知のように、中途半端に終わっているというのが、現代の現状である。

 この先を論ずるのが、ポストもモダン。私の役割ではない。ご苦労様ですが、いい仕事ができるであろう。御幸せに。と、言っておきます。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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