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2018.07.13

杉山勝己と聖書(479)聖書はいかにして、信じられるのか(57)天使論は、如何に展開するのであるか(十五)友あり、遠方より来る、また楽しからずや/と詠んだのは中国の詩人である、

 

 近くに越してきた友人は、

 ここのところ、いろいろあって。近くに越してきた。越してきたのを幸いに、度々コーヒータイムを共した。が、一向に面白くない。

 と、いうことは当然である。友人の抱えた問題は、膨大で呆れるばかり。実は当人コーヒータイムどころでは、ないのである。こちらは他人様の(友人であっても)の苦労など、所詮他人事なので、近くにきた友人を肴に、酒は飲めないのでコーヒータイムと洒落ようとの魂胆、にも関わらず一向に乗ってこない。今から思うと当然で、書くのも嫌になるほどの激変に耐える神経は、時間こそ必要なものである。

 内村祐之さんを読んでいるから、どうしても精神科的頭になる。ので、友人が少し落ちつてきたのだと、理解できた。暑い夏ではあるが、徒歩で尋ねコーヒーでもまた飲む気になっている。彼とは明治学院高大以来の友人で、私のようなくどい思想派とは、およそ縁のない。漢文、単純、明解な中国語一本の秀才である。大会社に勤め、家族を養い育て、中国との友好に市民として貢献した。

 が、時を移して、ことは激変。中国と日本は、今や友好国ではない。昔々の漢文詩を持ち出しても、もはや皆馬耳東風である(買い物には来るが)。そんな時、最後の本買いと心に密かに思っている、本間俊平著古書「八紘一宇の大生命」が、届いた。この本、昭和十八年六月二十日5000部を発行した、と書いてある。その5000部のうちのささやかな、一部であろう。

 今や買う人もいないはずだ。それを昭和16年11月二日に生まれた私が、買った。

 この八紘一宇、という漢字。広辞苑を引くと、まず「はっこう」は、地形訓で四方と四隅、地の果て、転じて、天下。全世界。熟語として「はっこういちう」は、(宇は屋根の意)世界を一つの家とすること。太平洋戦争期、日本の海外進出を正当化するために用いた標語。日本書記の「六合(くにのうち)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)を掩ひて宇(いへ)にせしむ」に基づく。と、ある。

 ああ、疲れる文章であるが。トランプさんは、これを断ったので(キリスト教的神の愛)、習さんと子分の安倍さんが実行しているようだ。もっとも、安倍さんはトランプさん(かつてのアメリカ)と「価値観を共有し」という哲学だったから。呆れること、この上ない。と言っておこう。

 なお、最後に言えば。本間俊平さんの八紘一宇の「一」の字は、「為」となっている。広辞苑が本当か、本間さんが正しいのか、知らない。暑い夏だ。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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