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2018.08.09

杉山勝己と聖書(515)聖書はいかにして、信じられるのか(71)永遠の生命論の研究(十八)心理学者内村祐之の、原爆による人類崩壊予言は意外にあっさりと書かれている

 

 が、当時は終戦時で何事も「どさくさ」の時で、

 いかに優れた東京大学の精神科医であっても、まさか今の2018年、それが現実問題(北朝鮮とイラン)となるとは言うまでもなく夢想だにしていない。と、思う。それが、日本の代表的宗教家でもある父の内村鑑三あたりが、言うのであれば。さもあらん、宗教家だから。だが、息子の超一流の科学者(精神科医)の口からそれが出るとなると、予言というよりも科学的見解として実に正確度が高く深刻でる。まして、人間の心理、生理、体質、特に精神病などと深く関係する原爆となると、もはや避けることのできない崩壊と映ってもおかしくはない。

 内村鑑三を預言者という人は多い。確かに彼は人一倍国を憂い、近代社会に突入する日本の将来を大いに、心配している。ことは、すべて宗教的(キリスト教で)であるから、当たり前のような気がする。そして、その予言に慣れてしまえば、特に異常はなく。むしろそれが宗教的結論であっても特に特別とは感じられない。が息子の、科学者の心理学者、それも超一流の内村がそれをいうと、ことはただならない。その上鑑三、裕之という親子についてかなりよく知っている自分は、ショックなのである。

 多磨霊園にある同型の二人の墓は、私のバブル時代またその崩壊時代。会社の崩壊現象や、その大枠である社会の経済崩壊現象の、いろいろあった局面で、よく祈りに行った場所である。その時は、祐之の墓は、あまり気にならなかった。その後少し研究はしたが、氏が大川周明の精神鑑定や、神谷恵美子などを育てた人としてしか、知らなかった。墓に向かって祈りながら安心をいただいたのは、内村鑑三という父親の墓の方である。

 が、ここに来て、科学的にいかにもあっさりと祐之さんが。精神病者が政権を握り、無常無慈悲に原爆を炸裂させることは、ありうると書くと。まさに驚愕する。氏が参考にしたクレッチマーは次のように書いた、と祐之さんは書いている。

 「性格異常者は常に存在する。そして冷静な時代には、我々(精神科医)が彼らを鑑定するが、時代が灼熱すると、彼らが我々を支配する」と。書いたという。内村は、その前段で。原水爆の爆発という一大事も(彼の被曝脳研究以後)ただ一人の人間が出現すれば起こりうるのである。このことは、誰よりも精神科医がよく知っている。人間の心に突然変異でも起こらぬ限り、私は、クレッチマーの次の言葉(すでに書いた)を、残念ながら真理と認めざるを得ない。と、クレッチマーの書いたという言葉が、書かれたのである。

 精神病それも強度高度深度の深刻な精神病者(松沢病院院長として)と、数多く接触した精神科医内村の、だからこそ、その深い真理は深刻である、と言ったのは私ばかりではないのではないか。たった一人の、気まぐれで核爆発が起きるという想定は、政治的混乱を経験したあの時代の発想である。とばかりは、いえないのではないか。だれが、そのボタンを押すにしろ、当人が精神病者ではないと、政治が決めているわけではない。精神病の深さが、これほどのものとは、素人がわかる話ではないが。トランプさんや、北朝鮮の責任者や、イランの神学者大統領や、はたまたインドや中国や、イスラエルや。フランスや、イギリスやロシア。のボタン責任者を、精神病者ではないと鑑定しうるのは、真の専門医のみだとすれば。

 世界中のボタン責任者に鑑定書を作成してもらわないと、世界はおちおち眠れないのだ、と知った。のは、誠に恐ろしい。のは、過剰反応精神衰弱気味、だということもないとはいえないが、本当の話なのである。

 だから、ありうると、私も思うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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