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2018.08.06

杉山勝己と聖書(510)聖書はいかにして、信じられるのか(66)永遠の生命論の研究(十三)西洋東洋の溝

 

 中野孝次さんの「ブリューゲルへの道」(文春文庫/2004)も古書で届いた。

 文庫の宣伝の帯には、「名著復活、中野流人生哲学の源となった画期的な随筆集」となっている。少し読んでみて、本の1ページも満たないが、よく理解できる。のは、今までわからなかったからである。

 この人有名な方のようで、文筆業で成功した東大文学部出身の人であると、知った。私は明治学院文学部出身のブロガーに過ぎないが、私との間には、年齢こそ違うものの、分かり合える大きな溝が見える。溝があるからこそ、よくわかると、言っておこう。話はかなり複雑になるようなので、詳しくは今書けないが要は、私はこのかたの本をすでに読んでいた。「すらすら読める方丈記」と、「清貧の思想」である。

 であるが。ある偶然で、一気に明治の大事件大逆事件が蘇った。場所は北区滝野川、ある官舎から話を始めたい。と、今日はこれで。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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