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2018.09.22

「日本ブロックゲージ生誕史」訂正版 日本精密工業史の一部としての通読篇(その一)

 

      プロローグ

 

 事件と言っても、自分の問題に過ぎないのであるが、いつもの歴史癖が出てここ迷いに迷っている。

 時間の経過にしたがって、問題は益々深くなるばかり。一向に、解決の糸口が見つからない。「事件」は本当に古い話で、言えば70年以上前のこと。国会図書館にも行き、少しは糸口がつかめた。要は、機械史ではなく人生問題であると言えば、そうなのである。

 ある暑い夏の夜のこと。

 夕は9時に寝、朝は5時に起きると言う、老人習慣も。何とか板につき始めた矢先、なまあたたかい風が吹いていた夜であった。寝ようかと思っていると、友人から電話。電話は大した用でもないようなことから始まった、ギックリ腰の話である。老人らしいことで、ある人がソレになったという。もちろんこんな夜に、わざわざ電話で言うような話ではない。から、ことは重大で、この物語を書くきっかけ、いや全体となった。

 なぜギックリ腰か、と言うと「重い津上のミシンを動かそうと思った」から、だという。その前に用件は、それになったのでお約束の教会への出席は、できない、が用件である。でその中、友人は気にかかって、「津上」、と言うと、長野の、ですか、と聞いた。

 だいたい普通「津上」(現在の上場会社のツガミ)のミシンなど聞いたことがない。それなのに、つい長野かと聞いたのだそうだ。これが発端である。

 言った方も聞いている方も、「今時」ということを、本気に思っている。今時、ミシンメーカーで「ツガミ」など、知っている人はいない。それはもっともで、現在売られているものではない。確かに70年は経過したものの、以前あったものだ。

 友人は絶句した。普通「重いミシンを動かして、、、、」と、表現してもおかしくないことであるが。わざわざ「重いツガミ」の、とその人は表現したのである。ともかく、友人はその人と会う約束もあり、そんなことで行けなくなった、という話に過ぎないことである。実は、教会はそのときトラブルも抱えていた。その相談である。が、この事件とは関係がない。

 実は二三年前友人は、信州にあるツガミ工場の大桜並木を見学に行ったばかり。桜の余りの美しさに、しっかりとツガミを、記憶に止めていたのである。ツガミの桜見物は、私が主導者。たが、私の目的は桜ではなく、ツガミの工場を、小海線北中込で見るために行ったのである。その旅行の目的は盛りだくさんで、それは友人が一式プランしてくれた。ツガミ工場は、旅程最後の見学地である。そこから新幹線佐久平駅に出、東京に帰ったという旅行であった。

 そんなことから、友人は「ツガミ」を知っていたのである。

 現在の「ツガミ」は、精密機械工業で有名な上場会社である。あるいはだから、ツガミだけなら、知っている人はいるかもしれない。しかし、「ミシン」まで知っている人は、そうはいないはずである。くどいけれど、これは70年以上も前の、古いはなしであるからである。

 ギックリ腰の話が、大げさになったようだ。しかし結局、それは私をして「日本の工作機械の歴史」、に思いを至らしめた。  

 

 

下記の写真は、信州中込の子供頃に住んでいた家の真下、に小川があって。その辺りの物語。


 

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