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2018.09.07

キリスト教的永遠の生命論の研究(1)特に、なぜ一神教になるのであるか(その六)北海道地震の宗教的解釈について

 

 前回は、年甲斐もなくかなり感情的な反応をした。

 しかし、災害というものは常に、誰であれ神意なるものを多少は感じるものである。

 ただ、その解釈はそう簡単ではない。旧約聖書(もともとユダヤ教の聖典)には、災害と人々との関係は、かなり頻繁に物語として書かれる(自然的人的を含む)。物語はどれも有名であるが、人間が神に創造されてのち、親(神)のいうことを聞かず。どの程度の時間かは、いうまでもなく分からないが、神(親)に対して反抗し、それで罪(原罪と思想上基礎付けられる)が、人々に常住するというのが物語の骨子になっている。

 だからそれは、キリスト教の場合、神学の骨子の骨子であって。それが、被造物としての人間の、全体像を聖書的に決定している。この原罪との関係で、救済者としてのキリスト(救い主)が出現するのが新約聖書(基督教の聖典)で。それを要するに、紀元後1500年代で革新的に解釈したのが、福音主義といわれるプロテスタントである。ここに個人の実存が初めて哲学的にも認識される、というのが近代の始まりと言われる。

 要するに、親不孝を反省することによって、人間を創造の原点に戻し。た、という福音神学が、キリスト教プロテスタントの神学の基本になっている(近代哲学もここから)。これが、キリスト教の話としては、話が、はじめから決して悪くはない話なので(人間には得になる)、ヨーロッパ人はこれ信じ、約1500年に渡りヨーロッパ文化を構築したのである。1500年と書いたのは、イエス以来正確には2000年であるが、初めの500年は、キリスト教の草創期として、苦闘の歴史になる。簡単にいえば、右も左も、分からない時代。

 だから、やや明確な第一ステップが、ローマ帝国のキリスト教国教化(西暦500年ぐらい)で、第二ステップがその改革(16世紀にドイツで発端した宗教改革)である、と考えると分かり易い。

 で、ここでキリスト教の面白いところ、また絶妙なところを、もう一歩踏み込んで聖書から説明してみよう。

 聖書の中で使徒行伝(注、昔はそう表題した)は、使徒なるものが生まれ、基督教会(ユダヤ教会と分離独立)が生じるプロセスを説明する物語。で、終点はローマ。ローマ書(注に同じ)は、聖書の神学的解釈の精華で(四福音書は基本書)、二つの書物は好一対である。その中に、ユダヤ教からの決定的なターニングポイントがある。使徒行伝では十三章46節、ローマ書では十一章12節。

 そこに、単純な神罰説ではない、基督教の深さが書いてある(キリスト教神学の発祥動機ないし萌芽)。これが、現在の基督教の世界布教を成功させた鍵である。

 要するに。本来的でもっとも直接的な、被造物たる人間ユダヤ人(原原罪人たる・聖書物語上の)が、外されて(聖書ではいつの間にか一般論となる人間の)。異邦人(ユダヤ人以外ないしユダヤ教以外の)である(罪人、世界の一般人間)が救くわれていくというプロセスが。絶妙な基督教の味なのである。そこは短い箇所なので書くと。

 「彼らの罪が世の宝となり、彼らの失敗が異邦人(筆者注、ユダヤ人以外)の富となるのであれば、まして彼らが皆救いにあずかるとすれば、どんなにかすばらしいことでしょう」。である。日本人も、この中に入るわけだ。  

 

 これは 余計なお世話、だといえないこともないが、世界史で起こったことなので、仕方がない。日本神話(民族神話に終わった、アマテラスオオミカミであったのに)では、これが、できなかった。武力的制圧(太平洋戦争)では、不可能な話なのである。私からみると、やはり狭い民族的思想に思える。つまりユダヤ教的民族的神(のちに人類的キリスト教の神となるもの)、と日本の神は似ているともいえるであろう。が、基督教の神と決定的に違うのが、「神の愛」が、どちらにも(ユダヤ教にも日本神話にも)決定的にないことであろう。  

 

 これでわかってもらえるとは思えないが。神の愛が、人類史上では概ね2000年前に確認されていた、ということが分かる出来事なのである。  

 

 天照大神、とアマテラスオオミカミは漢字で書くと、すごい神であるが。神の愛は、描かれなかったのである。

 ユーチューブで天罰じゃなどという、(牧師が)いかにインチキであるかこれでわかるでしょう。この話は、聖書自らが2000年近く表明してきたこと、とわかってもらいたい。地震報道が少し落ち着いて、知り合いのいる北海道札幌に電話を入れて無事を確認した。だが、電話は当然、長くはできなかった。それ以後の連絡は、未だできていない。

 天罰は、彼ら夫婦にはなかった、ようだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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