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2018.09.23

改めて祖父ネットのカテゴリーについて

 

 この祖父ネットのカテゴリー問題を提案してくれた友人に、

 深く感謝しないわけにはいかない。このブログを始めて約十年が経過した。

 はじめから、キリスト教を、無教会的立場で宣教するのが目的であった。「祖父」としたのは、有名なソフトバンクさんに対する嫌がらせとか、ではない。

 始めた時、ブログ機能がテレビで紹介され、張り切ってこれこそ無教会宣教にもってこい、の方法である、と勝手に思いこみ実行したのである。それも、銀座の四丁目の和光の角にたち、路傍伝道をすると言う、仮想想定である。取り上げたのは、岩波文庫にあったヒルティさんの本を参考にした。その頃、盛んに読んでいた。

 祖父という思いつきは、自分がその歳になったので、若い人たちに古いキリスト教の話を、して。少しは劣勢のキリスト教をなんとかしたいとも思ったのである。

 時は過ぎて、試行錯誤の結果。何も成果はないのであるが、冒頭で書いたように、友人からカテゴリーのアドバイスをいただいた、と言うわけである。それでも、初めはよく理解できなかったのであるが、そのうちにさらに聞いてみると。つまり祖父ネットを読んでいて、どこに何があるか、読みにくい、やらわからないので。カテゴリーを整理して見たらどうか、と言われていると言うことがわかった。

 それで。

 祖父ネット十年の成果とは何か、を調べてみると。ニフティーココログ祖父ネットは、なんとすでに1500ページ強に及んでいることがわかった。で、我ながら呆れたのである。つまり、友人のアドバイスは的確で、もはやこのような集積があるとは、本人が一番認識していなかった、と言うことに気づいたのである。

 友人は画家で、私のような夜学の絵画専門学校(駒込美術学園・示現会)での実践的画家ではなく。絵画の専門大学校、武蔵野美術大学で、本格的な勉強をした人であるとは、知るものの。その絵画に対する作品の深さは、であるがゆえに私の及ぶところではないと、知るこの頃でもあった。ので、敬服もまた一段と深くなっていたのである。誰あろうそれは、いつもこの頃、祖父ネット文章の末尾に、その作品を紹介している「帰る場所」の作家、であると言っておいて。カテゴリー整理の、貴重な効果を改めて味わっている。と、感謝を込めて、書いている。

 初めはわからなかったカテゴリーも、ココログにおいて、意外に簡単に。1500篇もの文章を、ある程度整理できると知ってから、なるほど。ここらで。

 祖父ネットも一息入れて、そのカテゴリー化にかからなければ、社会的責任を果たせないと思ったのである。テクノロジーの方は、ニフティーさんも頑張っているようで、上手く編集できるように日々発展していると、知った。新たな文化的文章世界を担うブロガーとしては、気を入れてカテゴリー整理をしたい、と改めて書いたのである。

 最近の新潮社の、経営的思想的混乱を思うと、私が明治学院大学文学部を卒業する頃の出版業界の隆盛が思いやられる。が、TBS入社に失敗した若者の私は、崩壊していく映画会社(日活)に入り、ホテルマンをしたのであるが、MASAKA。新潮社が、このようなことになるとは、思っても見ない時代となったのは。こう言った、ブロガーが成長した証拠でもある、のであるが。なんとなく悲しくもある、と言うのが本音である、と言っておこう。

 全て人の世は、変わる。が、神の世は二千年もまた無限に変わるものではない、とわかる歳になったと、祖父ネットは思うのである。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

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