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2018.09.19

キリスト教的永遠の生命論の研究(1)朝は三時に起キテ製図二従事ス

 

 表題の言葉は、一円本の272ページにある。全てカタカナ漢字表現であるが、一部読みにくのでひらがな混じりにもするが、お許しアレ。

 「内山熊八郎」の言葉である。

 内山という人を知らなかったが、詳しく知るために古書ネットを使うと、その伝記がなんと二万円と知って、びっくりした。そこで、さらにたどると、柏崎市役所に資料がある。その資料300円。簡単な、その人の伝記であるようだ。現金書留を使い、その趣旨を書いて教育委員会に送ってください。となっている。もちろん返信用費用も同封の上、とあるから。先刻承知の助、で即日実行した。

 その日の郵便局は、妙に混んでいて、嬉しかった。と、過去に、郵政省の勤務だった友人の父上が、その郵政省で労働運動をしていた人で、それを聞いただけで嬉しくなるような方である。ので、今の郵便局がご盛況であると、嬉しくなるのである。

 まだ未着の柏崎市役所の冊子は、読んでいない。また内山熊八郎は、Wikipediaにもあるに違いないがまだ読んでいない。が少し、その部分を古書一円本から書いてみよう。茅原健著「工手学校・旧幕臣たちの技術者教育」(中央公論新社・2007年初版)から。

 「落成した(注、大震災で移転した工手学校が築地から新宿に)淀橋工手学校の本館三階の371号室は、「内山教室」と命名された。第22回建築学科卒業(明治33年二月)が、震災の校舎復興資金として、一万円(注、今の一億円か計算できない)を寄付したことに、学校が応えたものである。」

 で、この新校舎で授業を受けたのが、私の父であるが、と思うのであるが。実は、父はもっと深刻で、やけあとのバラックないし、どこかを借りての授業、を受けたと思われる、が、まだ調べていない。あとで、調べて見たい。

 どちらにしても、神田から徒歩で、築地から移転した工手学校に通った、と言っていたから、間違いはない。で、ひさしぶりに父上の本当の姿に出会った、と思ったのである。一円本は、私の貴重な本となった。こういうことが、起るのであるな、人生には。感謝あるのみ。

 永遠の生命論が、何もキリスト教に限ったことではなく。人生全般と、深く関わっているということも、考えてみれば当然のことである。

 

 

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 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

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いよいよ、祖父ネットの作家が直接画像で登場する。それが、最新のマックではなんとか見られる(本人ではなく)ものに発展したので、実行した。

 

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