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2018.09.03

キリスト教的永遠の生命論の研究(1)特に、なぜ一神教になるのであるか(その一)

 

 昨日は雨の中、ちょっとした用事で久しぶりに東銀座から歩き、

 東京駅近くで用事を足して帰宅した。その往復路でエミール・ブルンナー さんを読んだ。読んだものは、その「教義学1」(教文館刊行)で、氏の神学の精華だと言われている。

 氏は私の明治学院高校時代の教科書で、それは「我らの信仰」という基本的な読み物である。戦前に発行されたもので、戦後荒廃する日本の精神状況の中に、キリスト教的意図を持ってに投入された、キリスト教の基本的な教義が解説されていた。と、今なら知ることができる。彼は、一連の神学的流れを、スイスの宗教改革者カルヴァンを基礎として、その基盤をカルヴァンの書いた膨大な「キリスト教綱要」に基づいて自分の神学を構築する神学者であると、さらにまさに今なら知ると言っておこう。

 こう考えると、自分の明治学院的信仰構築は、正統なプロテスタント信仰の王道をまっしぐらに歩いていた、らしいと知る毎日である、が。そんな中、友人の画家が、多神教世界の人類史の歴史の中で、どうして一神教の様なものが発生したのかという疑問を、私にもたらしてくれた。それは、私が、このブログ書きではっきりとした意識でもあって、もちろん当然の現代的疑問であると、いうべきである。

 私のように、不幸にして早くから一神教(特にキリスト教)の信者になってしまったものは、多神教的日本の精神状態との真剣な対話が、弱くなる。のは、仕方のないことであり、今更なが77歳にも近くなる自分の不明とするところであるが、この問題はまさに、ブルンナーさんの解説するものである、ということをその教義学から知った。ばかりである。

 が、このワープロのタッチの微妙な変換にまだなれないので、慣れるまで文書作成が疲れるところから、今日はこれまで、としたい。

 

   下の写真はわたしの実写したもの。スイスの誇る美山アイガーとその北壁です。宿泊したホテルの部屋の窓から撮影した。当時は気がつかなかったが、その部屋はこの眺望を得ることができる最高の部屋であった、と知る、のも現在にすぎない。当時、この旅行をプランしたとき、アイガーやその北壁をみたいとは思ってもいない。偶然です、とは本当のことで。その時、期せずしてジュネーヴのカルヴァンの旧家も見ることができた、という幸運にも恵まれたのである。スイス旅行のはじめの着地点(国際空港)は、チューリッヒであったから、ここがそうだブルンナー先生のお墓があるところであるとは、着いたときにチラリと思ったことであるが。要するに、その旅行は単に、母の介護に疲れたわれわれ夫婦の息抜き旅行にすぎなかったのである。  

 

 今から思うと、それがクリスチャンであった母の大きな贈り物であるとは、思ってもみなかったことである。

 

 

 

 

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