« 永遠の生命と中村佳子( nakamura keiko )さん | トップページ | 永遠の生命をいうキリスト教 »

2018.10.30

永遠の生命とバルトの老年と私の老年

 

 バルトの自伝(最近再販)を読んでいると、

 彼の老年の記述が出る。もちろん自伝であるから、当然であるが、孫もいて、静かに今も「教会教義学」を、書き続ける幸せを書いている。要するに、いい老人である。

 それで、彼が若い時ベルン大学や二、三の大学を経、ジュネーヴで1909年、改革派教会の副牧師に就任した、と書かれている。多分、その教会が、私も行ったことがあるジュネーヴの有名な教会であろう。スイスネットで調べたが、今のスイスも宗教情報はそっちのけで、いらっしゃいスイス式の観光ものばかりで、一向に教会が見つからない。ジュネーヴの改革派教会、と、検索しても日本改革派教会が出てしまい、スイス検索でも、結局は観光が優先され、宗教はそっちのけである。

 が、その中で珍しくヒットしたのが、信州長野県の中込の改革派教会のHPだった。あまりの懐かしさに、メールしたのであるが、掲載されている、あのような田園の中で(昔も今も)、キリスト教の教会が立派に生きているというのは、驚きである。と、思ったのである。よく経費が、まかなえると思うのであるが、日本のキリスト教の現状は、幅広くかつかなり歴史的にも、深いものであると知った。が、教会の財政的苦しさは、今も昔も、変わるものではない、と知っている。

 ともあれ、教会は神学を勉強するところではない。信仰的に生きる人の、礼拝の場所である。私のような、神学好きは孤独に無教会にでもなって、コツコツとバルトやブルンナー を読んで神学を勉強し、永遠の生命論に挑戦しているのが、いいのである。

 それにしても、中込教会のHPにある、美しい田園の風景は、何とも懐かしいものである。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc



 

やはりというか。どうも中込画像にも、田園風景はない。建物ばかりが出て、ここは田舎ではない、と言っているように見える。その中で、この一枚だけが、田園的であったので、掲載した。ネットからであるが、本当は、水田が多い。のであるが。私のいた頃より(70年前)、確かに都市化はしているが、基本的には田園である。なぜ、それが、悪いのであろう。わからない。これも、経済問題であるに違いない。都市化仕切った老人の、わがままであろう。と、思う。 

 

  

Photo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|

« 永遠の生命と中村佳子( nakamura keiko )さん | トップページ | 永遠の生命をいうキリスト教 »