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2018.10.16

永遠の生命とバルトという神学者

 かつて、この人の神学を好み、推奨したクリスチャンは多い。

 

 でなければ、平凡社という一般書店が、取り扱うわけもない。

 明治学院高校の時読んだバルト本は、どこの出版社かは忘れたが、立派な布製のハードカバーだった。それを読もうとした私もバカだったが、だが今は感謝している。何度もここで書いているが、読めなかった。

 あの時(高校の時)読んだのは、バルトばかりではない。カルヴァンも読んだ。カルヴァンを直接読んだのは、大学に行ってからで。高校の時は、その関連書を読んだ。トーランスという人が書いたもので。かなり影響を受けたが、ともかくキリスト教漬け、になった。高校生で、ともかく唯物論者にならない準備が済むと、明治学院大学に進学できた。そんな本ばかり読んでいたので、成績は不良で、親はきっと悲しんでいたに違いない。

 が、一向にお構いなく、どんどん進んだ。が、大学に行ってからはキリスト教的サークルには行かなかった。正確に言えば、明治学院にいっぱいあったキリスト教的サークルには、一切近づかず、中国を研究していた。それは、唯物論の研究でもあった。それが、私の精神史である。

 東大の文学部や教養学部は、戦後の優秀な学生を唯物論に誘導した結果になった。明治学院大学ももちろん唯物論を教えた。それは、現代哲学では避けて通れない宿命である。当然、キリスト教と激突する。この現象は、いうまでもなく、ヨーロッパで生まれたものである。アメリカももちろん巻き込まれた。

 そして、レッドパージ、赤狩りである。悪名高い思想弾圧。その犠牲者がハーバートノーマン。軽井沢で活躍した宣教師の息子さん。素晴らしい人である。後で、それが原因で、エジプトで自殺する。エジプト大使だったカナダ人である。

 日本人では都留重人、一橋大学の学長ノーマンの友人である。一時は日本の左側の経済学をリードした思想家である。その都留家には牧師がいる。し、明治学院の学長もいた。そんなデリケートな組み合わせが、それこそ戦後思想史の真髄である。世界中同じだ。この構造の政治的表れが冷戦構造、と言われた。

 要するに唯心論唯物論の激突である。まさかこの時、後でソビエトが崩壊するとは、誰も思っていない。まさに、奇跡なのである。中国は毛沢東思想の生成成熟期、遅れた中国は、統制されて共産党の毛沢東唯物論で一本化されたが、アジア的伝統的大度も中国に残った。中国共産党が唯物論のみに陥らなかったのは、アジア的心性の歴史的成果であろう。さすが、大国儒教の国として、単なる唯物論的共産主義ではなかったのである。それは、毛沢東の「矛盾論」と「実践論」を読めばわかる。私は、明治学院大学でそれを読んだ。

 それは恐ろしく中国的人文的な伝統で、現代ヒューマニズムを含んでいるが、大中国の深い歴史の成果でもあった。と、いうべきであろう。それは、今も変わるものではない。中国は、いうまでもなく私たちに漢字を教えてくれた国で。だが、日本の偉さは、それをひらがなにした。この大発明は、ただ事ではない。本居宣長は、その意味を伝えた恩人である。

 で、この辺りで、いいかしら。少し、休憩したい。 

 

 

  下の写真は、中国旅行した時の仲間との写真。大連、という駅の大看板が映る。1970年代後半である。結局この旅行、毛沢東葬儀旅行に変化した。偶然である。 

 

 

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