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2018.10.20

永遠の生命と心の貧しさ

 

 貧しき者は幸いである、

 とイエスキリストは言った。と言われるマタイ伝第五章三節。ぐらい、不思議な言葉はない。この言葉、今の聖書では「心の貧しい人々は、」「幸いである。」と、なる。

 つまり貧しき人、とは「心の」貧しい人、なのである。この言葉、「東電OL殺人事件」などを読む、今の私には非常に深刻である。明治学院の学生の頃に覚えたフレーズでは、この箇所は「貧しき者」であって、「心の」はついていない。つまるところ、物質的貧しさを連想していた。

 あの時代「戦後」。周辺は貧しく、徹底的に爆撃されており、焼け野原で戦臭の匂いがする、と文学上は表現された。最もこの焼け野原、子供の私の目には焼け野原ではない。のは、昭和16年(太平洋戦争開始)に大阪で生まれ、なぜかすぐ信州に行ったから美しい田園が私の故郷である。東京は爆撃される、広島長崎に原爆が落ちる、などは無縁だった。

 で、小3で赤坂に来た時に、やや敗戦の後の日本の姿があった。が、焼け出された焦土、ではないかった。銀座にも親に連れられて行ったが、特に焼け野原ではない。四丁目あたりも焼けたと写真ではあるが、その時は既に綺麗で大きなビルがあって、銀座が特に焼け野原という印象がない。昭和16年に戦争が始まる。東京は焦土となって、というが実はよくわからない。実感がない。ただ、その時は赤坂に住んでいた。

 小三といえば、10歳ぐらいか、ともあれ戦後から四、五年後か、10年は経過していまい。それなのに、赤坂に焦土はなかった。あったのは少し目立った軍事廃墟(今のTBSあたり)である。街の中は、信州の田舎から見れば都会であって、何もかも街であった。信州は何もかも田んぼで、トンボとりをして、雪にスズメの歩いた後、蛍や柿や杏の実がなり、くるみは実にうまかった。浅間山が見えて、いた。そんな私の風景から、銀座を見ると、いや東京を見ると、何もかも新鮮で都会であり、別に焦土、というものはなかった。

 都会があって、も空き地があってもの建物の方に目が行き、空き地で遊んでいたが、そこが戦中まで。つまり、爆撃されて焼けて空き地になっていた、らしいが草がいっぱい生えていて、田舎よりも何やら瓦礫もあるにしても、それは草深くミステリーで、その空き地にちり紙などが落ちていると、なんとなくいやらしい、性的興味が湧いた。のは、草むらの情欲は、田舎の方がはるかに、高いエネルギーがあることを知っての、都会の貧しい卑猥は、小学生でも感じることはあった。

 が、私から見ると焦土、ではなかったのである。だが、明治学院で聖書を読んで、この箇所を物質的な貧しさ、と捉えてしまった。よくわからないが、聖書は戦後も何度か改定されている。から、この箇所は、私が覚えている、貧しきものは幸いである、となっていたのだろうか。調べてみたいものである。が、銀座教文館ビルの聖書資料室は消えてしまった。から、調べようもない。

 が、今は「心の貧しい人は、幸いである。」が正確である。これは、マタイ伝(今は、マタイによる福音書、以後マタイ伝という)に書かれた、イエスのはじめの説教の言葉として、とても重要だと思う。で、ここで。それは物質なのか、心なのか、を考えざるを得ない。では、英語ではどうか。 やや、ややこしい表現を、する。

 Happy are those who know they are spiritually poor . なぜ、ここまでややこしい構文にするのか、私にはわからない。もし日本語で、「心の貧しい人は、幸いである」といういうのなら、もっと英語では簡潔に(通常簡潔である)いえば良さそうなものである。たとえば Happy are supiritually poor man. なのか。でも、これでは「人」がうまく表現されないでMAN は「男」、となってしまうの。か。どうか、英語は誠に貧しい言葉である。

 

 これが、世界を席巻する。言葉なのであるが、英語聖書は意味をくどく表現している。つまり、心の、貧しい人、は幸いなのであって、これを言わんがため、英語ではくどくなるのである。のではないか。ヘブライ語、ラテン語の原文では、どうなのかわからない。

 心の貧しい人、で間違いない。これは人間にとってショックな言葉である。心の貧しい人、とは全人類に通じる恐るべき普遍で。これで、なぜ「幸い」なのであるか。実に、深い言葉である。考えるに、考えるに、答えが、出ない。

 イエスは、これを最初に発言した。誠に神の子にふさわしいと、今では思っている。それが最も、正確だからである。今の世は、物質が溢れているが、それに反比例するように心が一層貧しくなっている、のではないか。そこが、幸いな心の帰るところ(場所)、つまり芸術の世界を見出すことで人は正気になる。と画家筒井友美が描いたのか、とふと、そう思ったのである。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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