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2018.10.13

永遠の生命と画家佐藤貢

 

 キリスト教的永遠の生命、と普遍の永遠の生命、とを書いている。のか、な。

 と自分を省みているが、答えは出ない。ブルンナーに言わせれば、永遠の生命論はキリスト論であると、言う。が、東洋人の私は、そう簡単には納得できないのが、実体である。洗礼を受けたのは子供の時(明治学院高校)で、以来クリスチャンであるが、その時は教会と深い縁がある。が、今はない。

 スイス人のブルンナー にすれば、キリスト教はドイツだろうがフランスイタリアアメリカだろうが、それが普通の生活環境なのである。であるが、ここ日本はアジアである。長い伝統に加え深い、伝統があり、日本人の環境は決してキリスト教ではない。仏教か神道である。のは、何も問題ではない。それが、当然の世界であって、彼らがキリスト教であるのと、全く同様の環境である。

 少し、イスラムが気になるが、東西の混接地域としてイスラムを書くと、しても、佐藤氏のインドのアジア宗教の本質を理解する上でのことにしたい。要するに、アラブイスラムは東西の混合宗教的臭気が十分、にする。

 その中で、アジア宗教の深さはインド方面。に真髄があり、その淵源を辿る旅を佐藤氏は体験する。その旅は凄まじい旅で、普通ではない。それが、彼の「旅行記・前編後編」に書かれている。それを、だいたい読み終わった。氏の旅行も色々のきっかけがあり、すべて和歌山県和歌浦から始まって、和歌浦に戻った。九ヶ月の旅であった。命からがら、と表現しよう。

 と、書いて。そこに、宗教の原点のすべても書かれている。と、思った。

 彼は、そのアジアの原点を図らずも残らず余すところなく見たのである。といえる。ところで、ショートカットも、見事にうまくいった。完全にマスターできたので、2002年(平成14年)のウィーンの私の旅(ヴィデオ撮影)を思い出せるから、ヨーロッパの本格的なキリスト教も書ける。

 ローマなどより、ウィーンの方がキリスト教は鮮明に見える。小さくまとまっているので、書きやすいし、クリムトというフランス印象派などとも違った味のある、画論も書ける、はずだ。要は、ウィーンは見事なキリスト教と、現代史のサンプルなのであり、現代絵画の見事な断面も露呈している、ことも、最近わかった。

 アジアの宗教サンプルは、インド。行ったことはないが、佐藤氏の記述で十分も十分、これ以上のものは日本にない。佐藤氏の中では意識されないとはいえ、アジアの永遠の生命論も、そこに書かれている、のではないか。下のカットは、今朝成功したもので。場所はシェーンブルグ城内部のレストランだと、思う。

 で、佐藤氏の出発地点、和歌山の和歌浦の、万葉集の一節。高校生の時に、耳で覚えて、漢字や意味の取れなかった和歌で、初めて正しく認識できた。お会いできた佐藤氏にも、この話はした。

 和歌の浦に、、、瀬満ちくれば、、、、かたを、、なみ、、、葦辺をさして、、、、つる鳴き、、わたる、、。であるが、かた、は潟。なみ、は無と漢字では書く、と初めて知った。佐藤氏は、其の碑が建つ前の海岸で野宿していたようだ。

 波の音を聞いて、初めて静かに眠れた、と書いている。 

 

 

Photo

レストラン卓上の花

 

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私たちのケーキに恐れることなく寄ってきて、ケーキを食べる、でかいスズメ。日本のスズメは小さくて、可愛い。が、ともかくデカクズウーズうーしい。こっちが諦めた。

 

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その時の、城の内部の主な建物。で、今は上階は市民のアパートらしい。有名な王妃様の部屋は、その時も保存展示されていた。彼女はスイスのレマン湖のほとりで、暗殺された、と記憶している。そのレマン湖にも行ったことがある。スイスはブルンナー さんの故郷です。だいたい、ハプスブルグ家は、スイスの辺境から移動した家柄、と帰国後の研究でわかったが、あらかた忘れた。これをきっかけに、再研究をしてみたい。ものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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