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2018.10.01

西郷隆盛と聖書を書いたついでに

 

 もう一つ外人と幕末を書いておきたい。

 当時キリスト教は外国を代表するが、西郷によって外国の支配は回避できたようだ。で、いよいよ明治維新が始まる。明治学院を作ったヘボンたちの本格的な活躍も、始まる。

 

 その中で、グリフィスという人がいる。WILLAM  ELLIOT  GRIFFS  であるが、アメリカにある墓碑には Born at Philadelphia Pa. September 17, 1843 ~ February 5, 1928  Life is ever Lord of Death .とあるから、主の死によって永遠の生命にある、とでも訳すのだろうか。ともあれ、彼が書いた東洋文庫430・明治体験記(平凡社刊行)には、維新以後消えて行く福井藩の様子が書かれている。彼が、実際経験したことが、書かれている貴重なものである。

 少し引用すると、240頁「明日、福井が封建制度に別れを告げる。その次の日には、ここは藩主のいない地方になる。忠節をつくす時代が終わるのだ。愛国心の時代が来たのである。

 今日、藩主から(松平茂昭 当時35歳頃か)別れの手紙が届いた。その時いっしょに、すばらしいご馳走をつめた貝殻模様の金時絵巻の重箱を贈り物にもらった。別れに感謝のしるしとして(グリフィスは廃止する藩校の教師だった)受けてほしいとのことであった。」

 グリフィスは明治維新に遭遇し、その学校が廃校になるという現実を経験した。ということである。この辺りは、明治維新以後の各藩の対応の典型が記録され、読むと実に深い思いにとらわれる。

 「十月一日、今朝早くから裃姿の武士が告別の準備をして城に集まってきた。私は(グリフィス)九時に大広間についた。この感銘を与えた光景は一生忘れない。部屋を仕切っている襖は全部取りはずされて、大きな畳の間になった。そこは福井藩三千の武士が位階の順に並んでいた。各自、のりのついた礼服を着て、頭部を剃り、銃の撃鉄のようなちょんまげをつけて、正座して、自分の前にまっすぐに立つ刀の柄を両手でにぎりしめていた。」

 この記述は、グリフィスの実際の経験であるが、ゆえに。こののち消えて行く日本武士を忍ことになるが、なかなか。愛惜の情にとらわれる。

 ので、今日はこれまでとする。明日こそ、永遠の生命論であるか。

 筒井友美個展 「帰る場所」

  https://m.youtube.com/watch?v=uhejKeFZBGc

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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