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2018.10.14

永遠の生命論を求めて

 

 昨日も池袋ビックカメラパソコン館。

 驚くべき成果。15年ほど前のウィーンヴィデオのマックパソコン再構築、は終わった。

 帰路、素晴らしい喫茶店を見つけた。THE FUKURO SHOSABO という。西池袋、であるが場所は言えない。秘密にしておきたい。そこで、昼食。久しぶりにハンバークをいただいた。すごくうまい。昔を思い出して。もちろん500円のコーヒーも飲んだ。そこで、財布の現金は枯渇した。

 で、「佐藤貢」さんを読みきった。これで上下を全て読んだことになる。ブルンナー さんを放り出して、佐藤さんを読んだのである。佐藤さんは、東洋の宗教書のようなもの。東洋宗教の真髄に触れた画家の佐藤さんは、日本に帰り現代日本とのズレに悩む。悩んで夜中に走り回り最後に天から、のお告げを聞く。

 「芸術」を遣りなさい」。である。で、正式名ボヘミアンギャラリー(夏目書房)で個展を開き。私は画家筒井友美の勧めで、そこに行き、佐藤作品に触れ、そこで上下本を買い、それを TH FUKURO SHOSABO で読みきった。ということである。

 西洋宗教の真髄ブルンナー 、東洋宗教の真髄インドネパールの旅の佐藤本、は一対である。と、感じた。少し整理する時間が必要だ。で、ウィーンヴィデオで、改めてウィーンを観ていると、なんと日本庭園がでる。あの時(ほぼ15年前)、有名な西洋庭園の一角で、本格的な日本庭園を見た。日本風の植木師が静かに座り込み、草木の手入れをしている。日本人だなー、と思いつつ彼がウィーンの人であることは、明確にわかった。それをヴィデオに撮影しておいた。いずれ祖父ネットでヴィデオカットして、披露したい。

 佐藤氏はヴィデオなどという、しゃれたものは持っていない。最も、彼はそういう人でもないし、そういう時代でもなかったのであろう。ただ単に、和歌の浦で突然、インド行きを思いつき、そこに行った人である。要するに、何の準備もせず、あのような無謀旅をした。殺されそうになったことは数度、人々から特に同胞日本人からも軽蔑されながら、エベレストを眼前にする。8000メーターだったか。富士山の倍だな。直線にして、8キロに過ぎない高さだが。

 彼が、インドのガンジス川で、死体の流れる川で、食器を洗い、水浴をする国の人々を見て接触し、ある祭りに遭遇する。そこにどんどん焼きのようなでかい積み山、のてっぺんから予期せぬ火がでる。人口の山は、その瞬間すっかり燃えて祭りは、おじゃん、彼が見ていた、その瞬間に火が出たの、話。それを、自分が見たからだと自分を誇大視する精神状態、を経験する。

 彼は、どこまでも絵描きなのである。自分の獲得すべき自由という宝物を、まだ発見しなままエベレストを見ることになる。人の心の闇、自分。帰国後彼は、廃材を使って見事に作品を作る人(芸術家)になる。その彼から、サインをもらった旅本(旅行記・有限会社スカイ発行・TEL06ー6292ー2811・2016年刊行は今でも画廊で売っているはず)は、わたしの大切な宗教書、になった。

 FUKURO SHOSABO とは、日本漢字では 梟書茶房、と、書く。ややこしいネーミングだが、味は抜群。要するに、図書館書店喫茶と呼べるような見事な三つの性格を備えて、いるのだ、NE。

 池袋西口の意外な場所に、ある。

 

 

 

 下の写真は、少しやっとヴィデオカットに成功したもの。実際はもっと魅力的です。ウィーンとキリスト教を書きながら、公開していく予定。全て、万人永遠生命論のためです。果たして、できるか。

 

 

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